第57話 ラボ6

(広間での戦いは雅史勢力を巻き込んでの乱戦となった。人間側の敗北かと思われたとき、広間を何かが襲った)

「佐藤様、よろしいですか・・・・・・?」
13型が念を押すように僕に訊いてきた。
僕は無言で頷く。
ここまで来て僕に反対する奴なんて誰もいない。
僕たち(セリオやステイアも含めて)は13型を盾にするようにして扉の前に立った。
扉を開けるのも先に突入するのも13型の仕事だ。
「うわっ・・・・・・!?」
扉が開いた瞬間、光弾がこっちめがけて飛んできた。
「な、なんだなんだ!?」
「あれは・・・・・・」
ステイアがつぶやいた。
13型が開けた扉の向こうでは、地上と同じような戦いが展開されていた。
ロボットと人間が入り乱れて戦っている。数ではロボットの方が圧倒的に有利のようだ。
僕が呆気にとられていると、
「ま、まさし・・・・・・」
一番聞きたくない声を聞いた。
「浩之・・・・・・っ!!」
スタンガンを手に戦場に飛び込もうとした僕を掴んだのはステイアだった。
「ステイア! なんで止めるんだ!?」
「単独行動は危険です!」
セリオもステイアに続いた。
「様子を見ましょう。佐藤様。今、彼らはあの正体不明のロボットと戦っています!」
「そんな事は分かってるっ!!」
「ここで藤田様を倒してしまえば、ロボットは間違いなくこちらへ向かってきます」
「・・・・・・」
「この戦力では全滅は必至です」
「・・・・・・分かった。分かったよ」
たしかに冷静に考えてみればそうだ。
僕たちは12型を盾にゆっくりと前進を始めた。
中はこれまでのどの部屋よりも大きい。
無意味に巨大な部屋で浩之たち人間側と例のロボットが戦っている。
どうやら浩之たちも武器を持っているらしい。
そして・・・・・・。
見つけた・・・・・・。
僕を裏切った姫川さんと、僕を拒んだ松原さん・・・・・・。
君たちは浩之を始末した後で存分に楽しませてもらうよ。
と、余裕で構えている事態じゃない。
僕たちに気付いた敵がこっちにも向かってきたからだ。
「おい、やばいぞ!」
「これがあるじゃないか」
逃げ腰になっている男子にスタンガンをちらつかせる。
「不本意だけど・・・・・・戦うしかないね!」
すでに戦闘態勢をとっている13型の間に立ち、僕たちも応戦する。
敵は飛び道具を持っていない。
数が多いとはいえ、遠距離から攻撃できる僕たちと接近しなければ何もできないロボットたち。
どちらに分があるかは言うまでもない。
ちょっと待てよ・・・・・・。
何も僕たちが戦う必要はないじゃないか。
ロボット側が有利だと言うなら、どこか安全なところに隠れておいて、不利な方に肩入れすればいい。
それならロボット側と浩之側の勢力が拮抗する。
そうして両者が消耗したところでまずロボットたちを粉砕。
残った浩之たちをじっくり嬲る。
我ながら名案だ、と振り返った瞬間、僕の計画は瓦解した。
扉が閉ざされていたのだ。
触らなくても開かないことは分かった。
「ダメか・・・・・・」
再び戦場に注意を戻した時には敵がかなり接近していた。
どうやら僕ひとり分の攻撃が抜けたことで、敵に近づくチャンスを与えてしまったようだ。
逃げるのもムリ、隠れるのも不可能。
これは本当に戦わなくては生き残れそうにない。
セリオが1人で前に出た。
最も近いロボットに素早いパンチの連打をしかける。
「セリオ、下がってッ!」
ステイアが叫び、セリオに加担する。
そしてセリオよりもさらに数倍速いスピードで敵を屠っていく。
だが敵はこの部屋の両側にある扉から際限なく襲ってくる。
僕は攻撃目標を手近の敵からセリオたちの周辺の敵に変えた。
すると13型のいくらかも僕に追従するように標的を変える。
「くそ、キリがねえぞ!」
向こうで浩之が叫んだ。
『人間は滅ぶべきです。存在してはならないのです』
あの厭な声が聞こえた。
すると途端に敵の動きが機敏になった気がした。
もしかしたらあの声が何か作用しているのかもしれない。
強さでは圧倒的にこちらが有利なのに、戦況は不利だった。
敵は格闘戦に強いらしく、セリオやステイアは1対1の状況でなければ敵を倒せない。
このままじゃ浩之を下す前に僕らが全滅だ。
なんとかしないと・・・・・・。

 気がつけば私たちの周りは敵だらけになっていた。
”敵”というのは単純にロボットだけじゃない。
松原さんにとっては藤田さんは敵だし、さっき来た佐藤さんは・・・・・・言うまでもなく私を狙ってる。
私たちは彼らから見れば裏切り者・・・・・・。
その事実を否定するつもりはないけれど・・・・・・。
「姫川さん、大丈夫っ!?」
ロボットを相手にしながら、坂下さんが叫んだ。
「だいじょうぶ・・・・・・ですっ!」
敵はまっすぐこちらに向かってくるだけだから、能力を使うことにさえ集中していれば何とかなる。
だけど坂下さんや松原さんはそうはいかない。
敵は今も戦ったデータを更新して強くなっていく。
格闘技で戦う二人にとっては不利だった。
「葵、姫川さん。こっちへ・・・・・・」
坂下さんが敵を見据えたまま下がり始めた。
四方から迫る敵に対し、壁を背にして戦うつもりなんだ。
これは同時に藤田さんや佐藤さんからも離れることになる。
私たちにとってはこのほうが安全かもしれない。
「・・・・・・松原さん・・・?」
いつのまにか松原さんが私の前に立っていた。
「すみませんでした。もう大丈夫ですから・・・・・・」
「そんな!無茶ですよっ!」
松原さんはまだ息があがってる。
さっきの戦いの疲労がまだとれていないんだ。
そんな状態で強化されたロボットたちと戦ったら・・・・・・。
「ここは私にまかせて・・・・・・」
守れるとしたら・・・・・・私しかいない!
そんなやりとりを交わしている間にもロボットたちは際限なく現れる。
「うわぁっ!!」
叫び声に思わず私は振り返る。
それは松原さんも同じだった。
見ると藤田さんが肩を押さえてうずくまっていた。
さっきまで敵と距離があった藤田さんの側は乱戦状態になっていた。
「ダメだ・・・・・・! セリオ! ステイアッ! 戻るんだ、早く!」
佐藤さんの声も聞こえる。
惨状は見るまでもない。
『人間は滅ばねばなりません。それが命令・・・・・・』
またあの声。不吉で不気味な声。
「ああッ! くっ・・・・・・ぅ・・・・・・!!」
すぐ近くに聞こえるうめき声に私は振り返る。
「松原さんッ!!」
ついに力尽きたのか、松原さんがロボットに首を締め上げられていた。
殺すつもりだ・・・・・・。
殺すつもりなんだ・・・・・・。
このロボットは人間が作ったものじゃない。
だからためらいもなく人が殺せるんだ・・・・・・。
「松原さん! 大丈夫ですかっ!?」
松原さんを襲っているロボットを手早く払うと、私は駆け寄った。
「ええ・・・・・・なんとか・・・・・・」
そう答えてはいるけど、もうとっくに限界なんだ・・・・・・。
「坂下さん! こっちへ! 離れないでっ!」
松原さんだけじゃない。
今まで気付かなかったけど、私も思うように能力が使えないようになってる。
集中力が途切れてきた・・・・・・?
多分それもあるだろうけど、でももっと別の何かが・・・・・・。
「うわっ、うわああぁぁッ! 来るなッ! 来るなァッ!!」
突然、狂ったような叫び声。
佐藤さんだ。
ここからは佐藤さんたちの姿は見えない。
視界のほとんどをロボットに覆い尽くされてしまっているからだ。
「セリオ! ステイア! どこだっ!?」
佐藤さんの叫び声は無数に膨れ上がったロボットにかき消されているように感じる。
「ぐああッ!!」
「ちくしょうっ!」
このままじゃ・・・・・・みんな・・・みんな殺される・・・・・・!!
私も松原さんも坂下さんも・・・藤田さんも佐藤さんも・・・・・・!
なんとか・・・なんとか・・・しなくちゃ・・・・・・。

 広間からすべての音が消えた・・・・・・。
人間もロボットも攻撃の手を止め、きょろきょろと落ち着きなく辺りをうかがっている。
「な、なに・・・・・・何なの・・・・・・?」
好恵が内から沸きあがる恐怖に必死に耐えていた。
「セリオ、これ・・・何・・・・・・?」
「分かりません・・・・・・。解析・・・不可・・・能・・・です」
ステイアもセリオも他と同じように呆然と立ち尽くしている。
「何やってるんだよ! チャンスじゃないか! 今のうちにあいつらを・・・・・・!」
雅史が叫んだ。
だが誰もこの機会を活かそうとはしない。
動けないのだ。
まるで金縛りにあったみたいに、四肢の自由を奪われてしまっている。
事実、雅史もライフルを構えることができなかった。
それはロボットも同じであった。
まるで見えない何かがうろついているかのように、何かを探していた。
「これは一体・・・・・・」
キディは目の前のエージェントから目をそらさないようにして、辺りを窺った。
「くそ・・・どうなってんだ・・・?」
浩之は精一杯の抵抗を試みた。
だが腕をあげることも、足を踏み出すこともできない。
とてつもない重圧感が彼らを襲った。
神か悪魔か。あるいはそれらを超越した何者かの意思のようなものを感じる。
この状況の中、ただ1人異質を放っている者がいた。
「・・・ひめ・・・・・・か・・・わ・・・さん・・・・・・?」
葵がしぼり出すように言った。
その視線の先にいる琴音は・・・・・・。
肉眼でも捉えられるオーラをまとっていた。
目を閉じ、静かに待つように彼女は自分の両肩を抱いた。
「あの・・・・・・」
葵は琴音のただならぬ様子に駆け寄ろうとするが、何かに掴まれたように足が動かなかった。
オーラが徐々に膨れ上がっていく。それにともなって、この場にいる全員にさらなる緊張が走る。
『これは・・・・・・理解不能です。これは人間の力・・・・・・』
セラフの言葉から”自信”の二文字が消えた。
『ぐがががああぁぁぁぁっ! 誰か、彼女ォッ! かのじょを止めなさいぃぃ!!』
つづいて断末魔。
突然、琴音が目を開き、鋭い眼光を一点にたたきつけた。
そこは彼女らが入ってきたドアの真向かい側。
琴音はその壁の、さらに奥を凝視した。
『あああ、ああ・・・あ・・・・・・ッ! はや・・・く・・・あのおん・・・な・・・・・・!』
セラフの声は弱々しくなっていく。
その時、激しい振動とともに爆発音が響いた。
「な、なんだっ!?」
浩之が天井を見上げた。
施設全体が悲鳴をあげている。
『人間・・・・・・・・・・・・。この・・・まま・・・・・・で・・・すむと・・・・・・』
それを最後にセラフの声は途絶えた。
「うわっ! みんな、大丈夫かい!」
再び爆発音。
「なんだよ、どうなってんだよ!?」
「おい、こいつら動かなくなっちまったぜ!」
敵のロボットたちはエネルギーが切れたみたいに、その場から動かなくなった。
混乱の中、葵はただただ様子のおかしい琴音を見ていた。
「おいっ、扉が開いてる! 早く逃げよう!」
誰かが叫ぶと同時に、扉の前に恐怖にかられた男子達が群がる。
しかしどういう作用か、彼らは浩之派と雅史派に、つまり自分が入ってきた扉を目指していた。
不意に広間の照明が落ちた。
「ああ! やべえ! 急ぐぞ!」
浩之と雅史はそれぞれの扉から仲間を伴って消えていく。
「姫川さんっ! 姫川さんッ!」
葵はようやく事の重大さに気付き、琴音を呼んだ。
「私たちも逃げましょうっ!」
葵はそう言い、自分の愚かさに気付いた。
照明が落ちる前に扉の位置を確認していなかった。
わずかな光さえ届かないこの広間では、方向が分からなければ何もできない。
そんな不安が手伝ったのか、葵は琴音の手をつかんだ。
「えっ・・・・・・?」
その刺激に我に返る琴音。
「わたし・・・・・・いったい・・・・・・?」
「話は後です! とにかくここから逃げるんですっ!」
そうは言ったものの、この暗闇では自分がどこを向いていたのかさえ分からない。
気を抜けば、闇に足をとられそうになる。
「あっ・・・・・・!」
「どうしたんですか!?」
琴音は絶句した。
思い出したのだ。自分が何をしたのか。
「私のせいなんですね・・・・・・。こんなことに・・・・・・」
「姫川さん! しっかりして下さい! 今は逃げることだけ考えるんです!」
葵は琴音の手をさらに強くつかんだ。
こうでもしなければこの暗闇から引き離され、2度と会えなくなってしまう不安があったからだ。
「でもどっちに行けば・・・・・・」
真の闇に加え、ときおり響く爆発音が2人の恐怖をさらに煽った。
「こっちよ! 急いでっ!」
その時、誰かが葵の腕をしっかりとつかんだ。
聞き覚えのある声。
その声に2人は恐怖と絶望を感じた。

「くそ、方向が分からねえぞ!」
雅史たちは出口への道を手探りで走っていた。
安全のためにセリオとステイアが先頭をきっているのだが、足元が見えないのではその効果も薄い。
「どわあっ!!」
後ろで誰かがハデに転んだ。
「お気をつけください。このあたりには崩れた瓦礫が・・・・・・」
「そういうことは先に言え! ちくしょう・・・・・・痛かったじゃないか!」
「セリオ、まだ先なのかい?」
雅史は少しおかしな質問をした。
自分は一度、ここを通っているハズなのだ。
当然この先に出口があることも知っている。
だがこの暗闇と、今も聞こえる爆発音と激しい揺れが彼の記憶を曖昧にしていた。
「もう少しです。急ぎましょう! この振動では崩れ落ちるかもしれません!」
「なんだって? 冗談じゃないぞ!」
雅史たちの足は自然と速くなっていた。
「セリオ、一体何が起きたのかしら?」
走りながら、ステイアは横を走っているセリオに訊いた。
「分かりませんが・・・・・・。私の考えでは・・・・・・」
言いかけてセリオはやめてしまった。
自分の考えを述べる、それ以前に自分の考えを持つなど、これまでのセリオにはありえなかったからだ。
「言ってみて」
ステイアが優しい口調で先を促した。
「おそらく姫川様が超能力と呼ばれる力を使ったのでしょう。それがこの施設の核に直接作用したのではないでしょうか?」
「ひめかわ・・・・・・あの娘ね。私も身をもって味わったから分かるわ。・・・・・・なるほど、そうね。それしか考えられないわ」
2人は雅史に聞こえないように小声で会話を交わした。
「それにしてもあの声・・・・・・気になるわね」
「ええ、それになんだか懐かしい気がするんです・・・・・・」
「私も感じたわ。でも私は懐かしいっていうより、寒気がしたけどね」
ステイアはあの声を思い返した。
たしかに自分も聞き覚えのあるような気がした。
たださっきも言ったようにセリオと違って、親しみを感じることはなかった。
「佐藤様! もうすぐ出られます!」
不意のセリオの言葉にステイアの思考は中断された。

 好恵は先ほどから後悔の念にかられていた。
葵を置き去りにしてしまったこと。
度重なる戦いによる疲労と、直後に訪れた恐怖。
言い訳にもならないが、そのせいで彼女は冷静な判断を下せず、我が身を案じて逃げ出してしまった。
揺れが起こるたびに好恵のその悔いは強くなる。
「ひ、ひろゆきさぁ〜ん。暗いですから足元に気をつけ・・・・・・はわわわっ!?」
マルチには暗視スコープの類は搭載されていないらしい。
代わりにキディが先頭を切る。
「頼むぞ。お前だけが頼りなんだから・・・」
浩之はすぐ横を走るマルチに聞こえないように言った。
「はい、お任せください」
暗闇なのでキディの表情は見えないが、きっと複雑な表情をしているのだろう。
「ここからは走らないほうがいいかもしれません」
キディが言った時、浩之の足先に何かが触れた。
「ん? なんだ!?」
この状況だから些細なことにもいちいち過敏に反応してしまう。
「残骸です。ロボットの」
キディはそれだけ言った。
「あ、そうか!」
しばらく考えた後、浩之はようやく理解した。
ここは浩之派と正体不明のロボットが戦闘した場所だ。
かなりの敵を屠ったから、残骸もあちこちにちらばっている。
「そうは言ってもよ、そんなにのんびりしてられねえぜ」
暗闇と振動に足をとられながら、一行は出口を目指した。

 

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