第58話 アビス脱出

(激戦から一転、暗闇の中を逃走する3勢力。葵と琴音の前に現れたのは・・・・・・)

「セ、セリオ・・・・・・! まだなのかいっ!?」
「もうすぐです、佐藤様」
「そんな事言ったって・・・・・・もう足が・・・・・・」
雅史は今にももつれそうな足を必死に前に運んだ。
後ろに続く男子たちも同じような有様だ。
出口へと急ぐ雅史たちは、奇妙な錯覚に襲われた。
「来た時よりも長い気がするんだけど・・・・・・」
「それは気のせいです」
「あ、そう・・・・・・」
セリオの即答で雅史の疑問は無理やり解消された。
「あっ・・・・・・」
ステイアが小さく声をあげた。
「どうかしたんですか?」
「地上のこと、すっかり忘れてたわ。ここを無事に抜け出せても・・・・・・」
ステイアは地上に残してきた13型を思い出した。
おそらく全滅しているだろう。
まだかなりの敵ロボットがいたし、エージェントもいた。
13型を散らした敵が待ち伏せしているのではないか。
そんな不安がステイアの思考をよぎった。
「先ほどの敵ロボットのように、機能停止してくれていればいいんですが・・・・・・」
「そうね。でも楽観視はできないわ。皆を守れるのは私たちだけなんだから」
「ええ」
セリオが相鎚を打ったとき、視界に光が見えた。
「出口か!?」
雅史が目をこすりながら、駆け出した。
男子たちの足も自然と軽くなる。
「やっと出られるんだ!」
喜びを隠し切れない彼らの後ろで、セリオとステイアは険しい表情だった。
それもそのハズ。
彼女らには見なくとも、地上の惨状が見えたからだ。
暗闇の恐怖から解き放たれた雅史たちは、我先に光の中へと飛び込んだ。
「なんだ・・・・・・これは・・・・・・!」
そして立ち止まった。
荒れ果てた地に、敵味方が折り重なるようにして崩れ落ちている。
敵ロボットも13型もこうなってはただの残骸でしかない。
男子たちはそのあまりの凄惨さに声を失った。
セリオとステイアは予想していたため、それほど衝撃は受けなかった。
彼らにとって幸いだったのは、セリオの言ったとおり敵ロボットが機能停止していたことだった。
当座の危機は去ったことになる。
「いない・・・・・・」
「えっ・・・・・・?」
ステイアのつぶやきに、セリオが反応した。
「どこに・・・・・・?」
ステイアはエージェントたちが消えていることに気付いた。
倒したハズのベルーナやデメテル。それに13型を全滅させた張本人であるテミステーもいない。
ここには全滅した13型と勝ち残っていたハズの敵ロボットの姿があるのに。
「ステイアさん・・・・・・?」
セリオの視線にステイアがようやく気付く。
「な、なんでもないわ!」
ステイアが慌てて取り繕う。
改めて辺りを見渡すと、そこは地獄と表現しても間違いではない悲惨な光景が広がっていた。
あるのは今はもう動かなくなったロボットたちの残骸。
死んだのが人間化ロボットかの違いだけ。
雅史たちにとってはロボットでも、セリオやステイアにとっては仲間だ。
普段は感情を表に出さないセリオでさえ、表情に翳りがあった。
謎の施設からの無事の生還を祝う気にはなれなかった。
その時、彼方から車両が煙を巻き上げながら飛び込んできた。
未来を思わせるような装甲車だ。
「おーいっ! 無事かぁーっ!?」
聞き覚えのある声。高城だった。
「高城さん?」
雅史がよろよろと車両に駆け寄った。
それに合わせるように高城も出てきた。
「信号が消滅したから来てみたん・・・・・・」
高城はそこまで言って、はじめてこの場の異様さに気付いた。
そしてつぶやく。
「大変なことがあったらしいな・・・・・・」
娘たちを失った高城は複雑な表情だった。
「とにかく君たちが無事でよかった。さあ、乗ってくれ」
高城の言葉に男子たちは解らないといった表情をした。
「君たちを迎えに来たんだよ。本来ならば我々が出向くべきだったんだからね」
それを聞いて男子たちは喜々ととして車両に乗り込んだ。
「佐藤様?」
「あ、あれ?」
気付くとセリオもステイアもすでに乗り込んでいる。
取り残されそうな不安を払いのけるように、雅史も慌てて飛び乗った。
浩之を始末できなかったのは惜しい。
しかしこの惨状を見る限り、とりあえず無事であったという喜びを雅史はその身で感じた。

「こっちです、急いでください!」
キディがそう叫ぶが、人間には一寸先すら見えない闇ではこの指示はまるで役に立たない。
「こっち、ってどっちだ!?」
浩之たちは暗闇と爆発音と振動とに翻弄された。
とりあえず前の足音についていけば間違いないだろう。
後に続く男子たちは冷静だった。
うっすらと光が見えてきた。
「おい! 出口じゃないのか!?」
言うまでもなかった。
前方の光はだんだんと大きく広くなってくる。
「やっと出られるんですねぇ〜」
この状況でのんびりと構えられるマルチが浩之には少しだけうらやましかった。
とはいえ当面の危機は去ったのだ。
一行は我先に光の輪の中へ飛び出した。
「うっ・・・・・・」
突然飛び込んでくる光に浩之たちは目をしばたかせた。
だがそれも一時のこと。
やがて光に慣れてきた浩之たちの目に徐々に地上の光景が映りはじめる。
「・・・・・・!」
暗闇からようやく脱出した喜びもつかの間、次に襲ってきたのは再び恐怖だった。
地上を埋め尽くすような残骸。
いくらロボットとはいえ、人の姿をしているだけに死体というイメージが絶えずつきまとう。
「か、かわいそうです〜〜」
マルチがキュっと浩之の袖口をつかんだ。
だが男子たちにはかわいそうなどという感情は微塵も湧かなかった。
「葵・・・・・・」
好恵はふっと声をもらしていた。
彼女にしてみれば葵は妹のような存在だった。
今すぐ引き返せばもしかしたら葵に会えるかもしれないのに、好恵には再びあの暗闇に足を踏み入れる勇気はなかった。
そのことが葵を想う気持ちと矛盾しているようでもどかしかった。
「こんなことになるなんてな・・・・・・」
浩之は誰にも聞こえないようにつぶやいたが、そばにいたマルチには届いていた。
「どうしたんですか?」
「いや、ちょっとな・・・・・・。思い出してただけだ・・・・・・」
その時、背後でひときわ大きな音が響いた。
それにともなっての振動。
「どうやら、施設への道は完全に閉ざされたようですね」
揺れが収まるのを待ってキディが言った。
「先ほどの振動で周辺の壁面がかなり崩落したようです。ここから再び入るのは不可能です」
「ここから・・・・・・?」
浩之が繰り返した。
「そうだ。雅史は別の方向から来たんだ! くそっ、あの時追いかけていれば・・・・・・!」
「藤田様っ」
キディが強い口調で言った。
「皆様が無事であったことを喜ぶべきです。佐藤様の追撃はいつでもできます」
「あ? うん、うん・・・・・・そうだな」
キディの語気に浩之はたじろいだ。
「とにかく戻りましょう。ここにいても仕方ないわ」
好恵が言うと、皆が頷いた。
寺女はここから歩いて帰られる距離にある。
戦いで疲れてはいたが、彼らにはまだ歩くだけの体力は残されていた。
「葵ちゃんのこと、気にしてんのか?」
道すがら、浩之は浮かない顔の好恵に訊いた。
「・・・・・・当然でしょ。葵だけじゃないわ。姫川さんもよ」
いつもの覇気のない口調に浩之は惑った。
「すまなかった・・・・・・。謝って許してもらえるなんて思ってねえが、あの時俺には助ける勇気がなかった」
その言葉に今度は好恵が驚く。
「あんたからそんな言葉を聞けるとは思ってなかったわ」
強がりを言うが、やはりその語気にいつもの強さは感じられない。
「あの2人は無事だよ。きっとな」
「まるで知ってるみたいに言うのね」
好恵が苦笑した。
彼女にしてみれば浩之と会話をしている間は、心配事を一時的に忘れられるようだ。
一行は歩き続けた。
随分と疲弊したらしく、その足取りは重い。
もちろんロボットにそのような事はないが、人間に対する配慮して彼らに歩調を合わせている。
キディもそうだった。
ただキディについては12型よりもはるかに人間に近い感覚を持っているため、歩調の遲い理由もまた人間に近かった。
彼女が気がかりなことはひとつ。
この荒廃した戦場にセルピナの姿がなかったことである。
たしかに倒したハズのエージェントがいないということは、補助電源が働き自力で離脱したか。
あるいは何者かによって運ばれたかのどちらかしかない。
後者の場合はまだいいが、前者の場合であればまた襲ってくる可能性もあるのだ。
正直、人間はもちろんのこと、12型が束になってかかっても倒すのは難しいだろう。
キディはまだ警戒態勢を緩めることができないのだ。

 葵は暗闇から伸びた手に掴まれるまま、施設内を走った。
琴音は葵の手をしっかりと握り返し、離れまいと懸命に走った。
「あ、あなたは・・・・・・」
葵がしぼり出すようにそれだけ言った。後は言葉にならない。
暗闇だった視界にわずかに施設の壁が見えた。
予備灯が作動したようだ。
うっすらと視界が広がると、2人の感じた恐怖と絶望が現実のものとなった。
葵の手を引いていたのはエリスだった。
葵は反射的に手を離そうとしたが、エリスの力にはかなわない。
「あなたたちを脱出させる! 急いで!」
その言葉に2人は惑った。
たしかに自分たちを殺すつもりなら今すぐにでもできるハズだ。
それをしないということは、この言葉にウソはないのかもしれない。
だが・・・・・・。
何度も命の危機を覚悟した2人にとって、エリスの言葉を信じることはできなかった。
振動はいっそう激しくなる。おまけにあちこちで爆発音が響いている。
長くはもたないかもしれない。
エリスは走るスピードをあげた。
それが2人の危機感を煽った。
照明の数が少なくなってくる。当然、それだけ視界に映るものも少なくなる、
エリスの後姿がぼんやりと見えづらくなると、なぜか2人の不安は増した。
ここではぐれてしまったら、永遠に出られなくなるという意識があった。
「もう少しよっ!」
そんな2人の気持ちを悟った・・・・・・などとはありえないが、エリスは言い聞かせるように叫んだ。
やがて緩やかなスロープにさしかかる。
この道が地上へ続くのだと思うと、自然と2人の緊張感は薄れていった。
琴音は葵から離れまいと必死だった。
決して着いていけない速さではないが、少しでも気を抜くと上体だけを持っていかれそうだ。
目の前が急に明るくなった。それと同時にスロープの傾斜が急になる。
葵は光に慣れない目をしばたかせた。
その時、背後でひときわ大きな音がした。
「遮断壁が作動したわ! もう少し遅かったら閉じ込められていたところよ!」
エリスが言った時にはすでに地上に出ていた。
葵と琴音はなかば転げるように飛び出した。
「はぁ・・・はぁ・・・・・・・・・」
2人はそのまま倒れこんだ。
起き上がる気力すらなかったのだ。
その様子をじっと見つめるエリス。
「姫川さん・・・・・・大丈夫・・・・・ですか・・・?」
葵が息を切らせながら訊いた。
「え、ええ・・・・・・大丈夫・・・って言いたい・・・ところ・・・・・・ですけ・・・・・・ど・・・・・・」
答えるのも辛そうな琴音は目を開けることができなかった。
日ごろトレーニングしている葵でもこのあり様だ。
それが琴音であればどうなるかは想像に難くない。
呼吸が落ち着くまで10分はかかっただろう。
葵はようやく落ち着きを取り戻し、辺りを見渡した。
そこは芝生の上だった。
背後には施設への入り口があり、その向こう側は森になっている。
小高い丘になっているのか、遠くの景色がやや下に見える。
「ここ・・・・・・どこなんでしょう・・・・?」
琴音も周囲に気を配りながら言った。
「ABYSSから2キロほど離れたところよ。あなたたちが侵入した場所からそう遠くはないわ」
エリスが2人の後ろから言った。
今の2人にとってはそれは不吉な声でもなんでもない。
「この先に人間が作った研究所があるわ。どう、歩ける?」
葵と琴音は互いに顔を見合わせてから頷いた。
「いろいろと話さなきゃいけないコトがあるから・・・・・・」
エリスは歩き出した。
その後ろをトボトボと着いていく2人は今の自分たちの状況に違和感を覚えた。

 

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