第7話 石動処刑
(石動の全盛は終わり、ここについに処刑されることになった)
翌日。
行事予定にない壮大なイベントが、グラウンドで行われようとしていた。
クラスごとに整列はさせず、朝、校門前には“自主参加”という内容の看板が立てられた。
だが、参加を強制していないにも関わらず、ほぼ全ての生徒がグラウンドに集合、多くはスタンドの上で
これから起こる喜ぶべき行事を心待ちにしている。
グラウンド前方の中央には掲揚柱がある。そこに石動が両手を縛られた状態で立っていた。
本来、校旗を揚げるべきロープは石動の自由を奪い、地面にギリギリ足が届くくらいの位置まで吊り
あげられた。
それを遠目から見つめるのは雅史だ。
そしてその雅史を少し軽蔑を含んだ目で見るのが垣本と琴音。
他のサッカー部員や元石動の部下たちは特に何も思っていないようだ。
時計が11時を指すと、校舎から校長以下、全ての職員がスタンドまでやって来た。
「生徒諸君! ついにこの時がやって来た!!」
スピーカーを通して、校長の歓喜の声がこだまする。
「ある勇敢な生徒とその仲間たちが、石動の暴挙に終止符を打ったのだ!!」
途端にグラウンド中がどよめく。
そもそも“完全自由”などという校則を作ったために起こったことなのだが、校長はまったく罪悪感を
感じていない。
「2年の佐藤雅史くんだっ!!
校長が振り返ると、雅史が待ってましたとばかりにスタンドの中央まで歩いてきた。
「佐藤っ!! 佐藤っ!!」
数百人の生徒が一斉にコールした。
雅史は照れ笑いを浮かべている。
みんなが狂喜する中、往々として楽しまない者がいた。
浩之である。
さらには志保、あかりもその中の一人だ。
浩之の後ろに隠れるようにして立っているのは、葵。
第一線で活躍したレミィは誰の味方、というよりこの状況自体を楽しんでいる。
彼女のふところには折れた一本の矢が隠されている。
これは彼女独自のお守りのようなものだ。
どういうわけか、この学校にいる間は弓矢が手元にあれば安心するらしい。
雅史コールが引くと、いよいよ処刑の時がやって来た。
体育教官が刃渡り40センチはあろうかという包丁を持ってきた。
刃は鈍く光り、曇りひとつない。
教官が石動の前まで来た。
石動は怯える様子も見せず、ゆっくりと目を閉じた。
運命を受け入れようということらしい。
「潔い態度だな、石動」
教官が誰にも聞こえないような小さな声で言った。
「へっ、ここでジタバタしたらかっこ悪いからな」
目を閉じたまま石動が答えた。
「そうか、なら覚悟はいいな」
「さっさと殺れよ。みんな待ってるぜ」
これから起こる非常識的な処刑に、誰ひとり意見するものはない。
繊細な心を持つ女子も、争いを嫌う男子も、早く殺せと待ち望んでいる。
これには大きな理由があった。
男子が彼の処分を望む一番の要因は、被害額だ。
石動に少しでも抵抗の意思を示せば、やはり暴力を振るわれる結果に終わる。
その恐怖から逃れるためには、男子は毎週一定額を納金しなければならない。
より多くの金額を納めたものは、その分だけ優遇される。
優遇といっても、石動の脅威にさらされる回数が減るだけのことなのだが。
女子が彼の処分を望む一番の要因は、身の安全だ。
石動は女子に対しても容赦がない。
自分の気に入らない女子には、一生ものの暴行を加えたこともある。
肉体的にもそうだが、それ以上に精神的な痛みの方が大きかった。
これまで何人もの女子が、石動の性欲を満たすためだけに利用された。
処刑されて当然である。
そして・・・。
石動の最期が訪れた。
教官が包丁を大きく振ると、風を斬るような音が一瞬。そして次の一瞬後には、石動の頭は胴体から
完全に離れていた。
地面に転がった石動の頭は何回転かして、上を向いてとまった。
「き・・・おぼ・・・・・・」
石動の頭が何か言いかけてとまった。
胴体から離されているというのに、斬られた後、数秒は生きていたらしい。
「やああああああっっ!!」
数百人の歓喜の叫びがこだまする。
「佐藤っ!! 佐藤っ!!」
彼らの興奮はいつまで経っても止まらない。
「生徒諸君!! 今日からはこの佐藤君がこの学校を導いてくれる! 新たな指導者に拍手を!!」
「佐藤ッ!! 佐藤ッ!!」
拍手どころか学校中が雅史を称えた。
当の雅史は相変わらず陽気な笑顔を浮かべている。
浩之は志保たちに呼び出された。
「石動が処刑されるまで待てってのはどういうことなんだ?」
「分かってないわねぇ。処刑された後なら“残虐な雅史は許せない”って大義名分が立つでしょうが」
「ああ、なるほどな! おめえ、結構頭いいじゃねえか」
「ふふん、アンタとは違うのよ」
「言ったのは俺だがな」
志保の後ろにいた山吹が言った。
「なんだ、受け売りかよ」
「いいじゃない、そんなことは」
「あ、浩之ちゃん! あれ見て!」
あかりが指差した方を見ると、スタンド上で校長が雅史に厚手の紙を渡している。
場合が場合なら、これは誰が見ても表彰状の授与だろう。
「なるほど。あれがリーダーになる証明か」
睨みつけるようにして古賀が言った。
「証明? なんだそれ」
「あの紙切れがこの学校を仕切るために必要な証明なんだ。あれさえあればたとえ校長との約束がなく
たって、ここを仕切れるぜ」
「そんなに大事なものなの?」
「ああ、2ヶ月前、石動もあれを貰ってた」
「そうと決まったら、さっそく宣戦布告ね」
「まてよ、こんな中でできるか。落ち着いてからだ」
「分かってるわよ、それくらい」
どんな状況にあっても志保と浩之は口ゲンカしている。
それがちょっとだけあかりには微笑ましかった。
たとえその内容が、新たな戦いの予兆だったとしても。
壮大なイベントの後。
サッカー部の部室に雅史たちが集まった。
「やったな佐藤! お前がこの学校の支配者なんだぜ」
「すごいです、佐藤先輩!」
「あはは、でも実感ないよ」
今の雅史を見る限り、残酷な面は微塵も見えない。
垣本はほんの少し安心した。
だが、琴音はそんな雅史から目をそむけている。
「それで雅史。ひとつ訊きたいんだけど」
「なんだい?」
おそるおそる垣本が質問する。
「学校のリーダーになったってことは、校則も自由に変えられるってことだよな」
「うん、校則だけじゃないよ。この学校のことならなんでも自由だって」
「ならよ、2ヶ月前の“完全自由”って校則、あれもナシにできるんだよな?」
「そうだよ。でも、そうするつもりはないよ」
雅史はあっさりと言い捨てた。
「ええ・・・?」
その言葉に琴音はつい声をあげてしまった。
「ど、どうしてですか、佐藤さん?」
「だって浩之に失礼じゃないか。約束をしておいて僕が権利を放棄したら・・・浩之はきっと馬鹿に
するなって怒ると思うよ」
「藤田さんは関係ないじゃないですか」
「それに、その方が皆のためにもいいんだよ」
「皆のため・・・?」
「そうだよ。僕がここで“完全自由”を止めさせてしまったら・・・。その時は今までどおり教師たちが
大きな力を持つようになる。中には調査書の成績を理由に不当に体罰をしたり、差別する先生だって
いる。生徒のことを考えたら、同じ生徒に権限があるほうがいいんだよ」
「つまり、“生徒の生徒による生徒のための学校”ってことか?」
「そうだよ」
垣本の問いに雅史はさらりと答えた。
「心配しないで。皆が困るようなことはしないよ。これからは皆でこの学校を作っていくんだ」
「そうか・・・そういうことなら安心だ」
ようやく垣本の不安は払拭された。
この雅史の答えに琴音も安心している。
「なあ、藤田君」
廊下を歩く浩之に後ろから声をかけたのは委員長・・・保科智子だった。
「お、委員長じゃねえか。珍しいな、そっちから話しかけてくるなんて」
抑揚のない浩之の言葉に、なぜか智子は恥ずかしそうに俯く。
その仕草の意味が浩之には分からなかった。
「あの・・・あのな・・・。私・・・藤田君のこと誤解しとったわ・・・」
「うん? 誤解って?」
「今回のことや。最初はまたアホなことしよんか思とったけど・・・。でも、藤田君が頑張っとん見て
見直したわ」
「はは、そうだろ?」
「それでな・・・」
「何だ?」
「うちも・・・藤田君らの仲間に入れて欲しいんや・・・」
「委員長が!?」
「あかんか? あかんのやったら別にええけど」
「いいに決まってるじゃねえか。委員長がいてくれりゃ心強いぜ」
「ほんまか・・・?」
「ああ、ウソはつかねえよ」
「ありがとうな」
「いいって。俺たちだって委員長が仲間になるなんて願ってもみない幸運だぜ」
そう言い残して浩之は立ち去ろうとした。
「あれ、藤田君、どこ行くん?」
「ああ、ちょっとな。もう1人の仲間のところだ」
「神岸さんのとこか?」
「いや、違うよ。マルチのところだ」
「マルチって、あのメイドロボットの?」
「ああ」
今度こそ浩之は立ち去っていった。
もう1人の仲間・・・。
なぜマルチが“仲間”なのか、智子にはいくら考えても分からなかった。
勝利を喜ぶ雅史たちに、突如、不穏な影が襲いかかった。
サッカー部の部室に勢いよく飛び込んできた男子。
雅史と共に戦い、今回の勝利を共に味わったサッカー部のフォワード。
その男子生徒が真っ青な顔をして部員に話し始めた。
「どうしたんだよ? そんな顔して」
「大変です、垣本先輩!! あいつらが・・・」
「あいつらって誰だ?」
部員のただならぬ様子に、楽しかった場は一瞬にして緊張に包まれた。
「山吹と古賀が・・・!」
その名を聞いて、誰もが表情をこわばらせた。
「あいつらが・・・どうしたってんだ?」
「俺らに宣戦布告してきました!」
「なんだあ!? おい、どういうことだ?」
「それが・・・俺も理由はよく分からないんですが・・・。今回のことを取り消すためだそうです」
「取り消すって何だよ。あいつらだって賛成してたじゃねえか」
「はあ・・・」
一体、何が起こったのか分からない。
雅史はそんな顔をしていた。
「どういうつもりか知らねえけどよ・・・。もしかしたら、今度はあいつらと戦わなきゃなんねえかも
しれねえぜ」
いつになく垣本が真剣な口調で言った。
「まさか・・・」
微妙な笑いを浮かべた雅史だったが、その額に汗が流れているのを琴音は見逃さなかった。
そして琴音はすでに分かっていた。
この戦いがもっと大きく、もっと多くの人を巻き込んだ戦争になることを・・・。