第8話 栄光に潜む影

(石動は処刑された。だが、両者の間に新たな動きがあった)

 2人の屈強な男が肩を並べていた。
「おい。お前、あの女の言ってること信用できるか?」
「さあな。半信半疑ってところだ」
「その割には、あっさり話に乗ってたよな?」
「面白そうじゃねえか。どっちが正しいのか、俺たちで判断させてもらおうぜ」
「さすが、石動も畏れる"山吹"だな。考えることが違うぜ」
「もし佐藤があの女の言うようにとんでもねえ奴なら・・・話し合いにくるだろうな」
「どうしてだ?」
「そりゃあ、できるだけ話で丸め込むためさ。そういうタイプはたいてい、話し上手なんだよ」
「なるほどな。じゃあ、そうでなかったら?」
「自分に非がないなら、堂々としてるハズだ。つまり、俺たちの布告を無視する」
「ふうん、俺には分からねえ話だ」
「まあ、あいつの出方を待つとしようぜ」
廊下を歩く山吹は何かを楽しみにしているらしい、不敵な笑みを浮かべた。
対する古賀は、話の流れがいまひとつ掴めていない。

「ヒロ、やったわよ」
「何がだ?」
まったく、この男は相変わらず鈍いわね。いちいちあたしが言ってあげなきゃ駄目なんだから。
「山吹と古賀よ。雅史に宣戦布告したらしいわよ」
「やったじゃねえか。もちろん、俺たちの名前も入ってるよな?」
「当たり前でしょ。ちゃんと、あたしたちが布告したことになってるんだから」
「で、場所はどこなんだ?」
ヒロってば、さっきから訊いてばっかね。
なーんか、ちっともリーダーって感じがしないわ。
ま、あたしは今が楽しければそれでいいんだけどね。
「見せしめの意味も込めて、正門にしたわ」
「校門か・・・。そりゃ、確かに派手だな」
「なにが? 何がハデなの?」
いつのまにか、レミィが隣にいた。
気配を隠すなんて、やるわね・・・。
「明日、雅史たちと決闘するのよ」
「ケットウ? バトルのこと?」
「そうそう。弓の手入れしときなさいよ」
あたしが弓矢を引き合いにだすと、レミィはすぐに乗ってきた。
「OK! アタシにまかせなさい!」
屈託のないレミィの笑み。
ヒロよりよっぽど頼りになりそうだわ。
「ところで、アオイはどうしたの?」
「ん? そういえば最近見ないよな」
"そういえば"ってヒロの奴、あんなに松原さんのこと可愛いって言ってたクセに。レミィに言われない
と気付かないなんて、やっぱり鈍いわ。
あかりもよくこんな奴の世話焼いてるわよねえ。
「松原さんなら、この前坂下さんと何か話してたわよ」
「坂下と?」
瞬時にヒロの顔が変わる。ホント、分かりやすいわ。
どうせ空手かエクストリームか、って話題なんでしょうけど。
「坂下の奴、まだ空手にこだわってんのか?」
「さあ、アタシに分かるわけないでしょ」
「そうだよな・・・」
ほんっとにムカツクわね・・・。
アタシったら何でこんな奴に協力してるのかしら?
我ながら疑問だわ。
「あ、浩之さ〜ん」
底抜けに明るい声がした。
声のした方を見ると、高校生とは思えないくらい小柄な――マルチだった。
「よう、マルチ。遅かったな」
「探しましたぁ〜」
「この前言ってた事は本当なのか?」
「私たちロボットはウソはつきませんよ」
「そっか、ありがとな」
なんか、勝手に話が進んでる。この私を差し置いて、許せない行為ね。
「ちょっと、なにアンタたちで盛り上がってんのよ?」
「おう、すまねえな。実はさ、マルチが俺たちの味方になってくれるんだ」
「ふーん、この娘が?」
「ああ」
ヒロは満足そうだ。でも、アタシには理解できない。
どうして、こんなドジロボットが味方になって喜べるのかしら。
もっと頼りになる仲間が他にもいるでしょうに・・・。
「でも、どうして私なんですか? 同じロボットならセリオさんの方がずっと優秀なのに」
マルチが卑下するように言った。悪いけど、アタシも同感ね。一度しか見た事ないけど、はっきり言って
セリオのほうがよっぽど頼りになると思うけど。
「マルチの方がいいに決まってんだろ。何て言うかさ、マルチの方が人間らしいんだよ。俺はそういう
のが好きなんだ」
「浩之さん・・・」
バカじゃないの・・・? 人間らしさのために、性能を捨てるなんて。
やっぱり、コイツの脳みそはどうかしてるわ。
あ〜あ、こんなことじゃ明日が思いやられるわね。

雅史は明らかに動揺していた。
それはすぐに垣本や琴音、他のメンバーにも伝わり、場は異様な緊張感に包まれた。
「さっきの話、間違いないんだな?」
垣本が凄みを利かせて問う。
「間違いありません。明日、この校門前でという話でした。おまけに、どういうわけか藤田派の連中も
一緒のようです」
「山吹と古賀だろ? 藤田は関係ないと思うがな」
「いや、関係ないことはないだろ。俺たちを敵に回す以上は、藤田側が味方ってことになる」
「それにしても、なんでこんな所でやるんだろ・・・?」
「きっと、見せしめのためだろうさ。ここならグラウンドよりも目立つかも知れねえからな」
十数人も集まっているというのに、まるで孤立してしまったかのような雰囲気だった。
それはメンバー全員が山吹と古賀、この2名の実力を知っているからに他ならない。
「ケッ、望むところだぜ。ケンカが強けりゃいいってモンじゃねえって事、教えてやろうぜ」
垣本が意気も盛んに豪語した。
「あの、垣本さん」
「なんだよ、姫川さん。やめろって言ってもムダだぜ」
強気な垣本。琴音は彼が苦手だった。雅史ほど優しいとは思えないし、そもそも接点がない。
今、初めて自分の名を呼ばれたくらいだ。
「ここは、へりくだった方がいいと思います」
「なんでだ?」
「上手く言えないんですけど・・・その、今の私たちには勝ち目がないと思うんです」
「僕もそう思うよ」
助け舟を出したのは雅史だった。
「相手はあの山吹と古賀だ。それに加えて浩之、格闘のプロの松原さん、弓道のレミィ、バスケ部の矢島も
侮れない。そういうことだよね?」
「は、はい」
やっぱり雅史は優しい。琴音はそう思った。
「ですから、ここは下手に出てやり過ごすんです」
琴音の案はメンバーに多大な影響を与えたようだ。さっきまで戦う気満々だった垣本も、こう言われて
しまうと黙り込んでしまった。
数秒して、雅史が言った。
「じゃあ、多数決だ。姫川さんの意見に賛成は?」
言い終わらないうちに、パラパラと数人が手を挙げた。雅史と琴音も手を挙げている。
「じゃあ、垣本に賛成の人は?」
誰も手を挙げない。
驚いたことに垣本は今度も手を挙げなかった。
「残りは中立、ってことでいいのかな?」
雅史は垣本を見ながら言った。
決めかねている。雅史はそう判断した。
結果、琴音の意見に賛成の数がわずかに多かった。
「それじゃあ、姫川さんの意見に賛成、ってことでいいね?」
雅史が今度は全員を確かめるように見て言った。
誰も文句は言わない。
「ちょっと待って」
とその時、どこからか中断の声がかかった。
上品そうな女性の声だ。
サッカー部たちは声のした方を見た。
「聞いちゃったんだけど、あなた佐藤君?」
見たこともない女性だ。もっとも違和感があったのは、その服装だった。
寺女の制服だ。似たような制服の学校も多いが、これだけは間違えようがない。
「そうだけど、君は・・・誰だっけ?」
雅史はいくらか警戒しながら問い返した。その顔にどこか見覚えがあったからだ。
「おい、雅史・・・」
横から垣本が小声で呼びかける。
「あれって・・・エクストリームの・・・」
それだけ聞いて、雅史の脳裏にある記憶がよぎった。
いつか雑誌で見たことがある。エクストリーム女子部門の覇者・・・来栖川綾香。
「もしかして、君は来栖川綾香さん?」
「そうよ。私ってけっこう有名だったのね」
綾香は屈託のない笑みを返した。
「ところで姉さ・・・3年の来栖川芹香を知らないかしら?」
綾香の仕草のひとつひとつが妙に官能的だった。
「来栖川さんなら浩之のところにいるはずだけど」
「そう・・・やっぱり」
綾香は覚悟していたかのように目を伏せた。
「佐藤君、さっきの話、私にも聞かせてくれない?」
雅史はすっかり綾香のペースに引き込まれてしまった。

「ふ〜ん・・・なるほどねえ」
佐藤君から情報を聞き出して正解ね。
姉さんが巻き込まれるのは我慢ならないわ。
「なら明日。私も付き合うわ」
「えっ?」
驚いた顔を見せたのは、垣本君。
そういえば、さっきからずっと私の顔ばかり見てる。そんなに珍しいかしら。
「山吹だかなんだか知らないけど、私のストレートなら一撃よ」
まともに私の相手ができるのは、好恵と葵ぐらいだもんね。
でも、佐藤君は何か言いたそうね。
「どうしたの?」
「いや・・・、来栖川さんの言う事はありがたいけど・・・」
「綾香でいいわよ」
「綾香、さんの気持ちは嬉しいけど・・・でも、今の僕たちじゃ敵わないよ」
「あら、どうして?」
「敵が多いし、強いんだよ」
答えたのは垣本君。
「山吹や古賀だって強いのに、他に大勢いるんだぜ」
「あなた、私がエクストリームのチャンピオンだって知ってるんでしょ? それは私を見くびってるって
ことかしら?」
私がちょっと睨むと、とたんに柿本君の体が緊張したのが分かった。
私・・・そうとう怖いみたいね・・・。
「そうじゃねえよ。あんたの姉さんの芹香さんが藤田の側についてるんだ。もし、あんたが下手に
動いたりしたら、芹香さんがどうなるか分からねえぞ」
・・・・・・!!
うかつだった・・・。
そういえば、姉さんは浩之に好意を持ってたっけ。
「そう、そうね・・・。じゃあ明日は大人しくしてるって条件で、私たちも仲間に入れてくれない?」
「ええ・・・?」
「私もだけど、セリオはもっと役に立つわよ。ねっ?」
「・・・うん。綾香さんが味方になってくれれば心強いよ。僕たちの方こそよろしく」
「よろしくね」
佐藤君が差し出した手を私が握りかえす。
「ところで、"私たち"っておっしゃいましたけど、そのセリオさんはどこに・・・?」
声をかけてきたのは、いかにも儚げな女の子。
彼女も今回の争いに巻き込まれちゃったのかしら。
「ああ、セリオは外にいるわ。セリオ〜!! こっち来て〜〜!!」
セリオはすぐにやって来た。
「あれ、その耳の・・・」
「そうよ。ここにはマルチがいたわね。セリオも同じようにテストされてるの」
「初めまして。HMX−13型、通称セリオと申します」
あいかわらず丁寧ね。
「セリオはマルチと違ってサテライトサービスを搭載しているのよ」
「あ、聞いたことある。この前テレビでやってたやつだろ」
「・・・多分ね。彼女を軍師にすれば、きっと役に立つわよ」
「ぜひともお願いするよ」
利害一致ね。
でも、せっかくの戦いを前に何もできないなんて・・・ちょっと残念だわ。

 

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