孤独のこなた

(突然、終わりを告げた4人の仲。二次元ではない現実の冷たさに、こなたは・・・・・・)

 どうしてこんなことになったのだろう。
こなたは普段、ゲームやアニメを前にしてしか使わない頭をフル回転させた。
あまりに速い――あるいは早い――展開だったため、彼女自身の思考が追いつかなかった。
兆候はあった。
現実の異変は唐突に思えたが、今にして思えば変化は実はゆっくりとしたものだったかもしれない。
(う〜〜ん・・・・・・)
とぼけた表情からは想像もつかないが、彼女は深刻だった。
真剣に事に当たる局面が他人に比べて圧倒的に少なかったから、彼女は今でさえ飄々としているように見える。
(・・・・・・・・・・・・)
こなたは考えた。
考えて、考えて、考え抜いた。
するとなぜか、つい最近の出来事を思い出してしまった。

 

「――でさ、気がついたら百合な展開になってたんだよ。積みゲーは積みゲーで置いとくべきだなって」
昼休み。
いつものように、4人で他愛もない会話を交わしていた。
つかさ、みゆき、休み時間ごとに隣のクラスからやって来るかがみ。
趣味にどっぷりと浸かりきったこなたの言葉につかさとみゆきが苦笑し、かがみがツッコミを入れる。
それが”いつも”だったハズなのだ。
――しかし。
今日だけは少し違った。
「・・・・・・・・・・・・」
つかさは苦笑いではなく愛想笑いを浮かべていた。
みゆきは表情をほころばさせるどころか、恥ずかしそうに俯いた。
かがみだけは呆れたように小さく息を吐いた。
だがこの段階では、こなたはおかしいとは思わなかった。
妙な空気が流れた後、かがみは係の仕事があるからと言って教室を出て行った。
「う〜ん、かがみんがいないと調子でないよねー」
半分とろけそうな目で机に突っ伏したこなたに、
「あのね、こなちゃん・・・・・・」
つかさが言いにくそうに切り出した。
「うん? どしたの、つかさ?」
この時、こなたはほんの少しだけ、何かが違うと思った。
が、それは違和感という程度で、自分に直結する変化だとは夢にも思っていない。
「あんまりそういう話はしないほうがいいんじゃないかな・・・・・・」
つかさはちらっとみゆきを見やった。
みゆきは口元に手をあてて小さく頷いた。
「ん? そういう話って?」
こなたはまだ分かっていない。
そこまで言わせるのか、とつかさは心底困った顔で、
「だから、その・・・ゲームとかアニメ・・・とか・・・・・・」
ほとんど聞き取れない声で言った。
「なんで?」
こなたは訊き返した。
つかさ、みゆきを見ればこの2人の間に共通の認識があることが分かる。
分かっていないのはこなただけだ。
「だってほら・・・私たちもう高校生だし・・・ね・・・・・・?」
つかさはみゆきに助けを求めた。
律儀な彼女はつかさ一人に損な役回りをさせるべきではないと考えて、
「そうですね。やはり年相応の会話というのもあるかと――」
彼女らしく控えめに助け舟を出した。
一方でこなたは何がどうなっているのかまだ分からない様子だった。
しかし、話題の中心が自分であることと好ましくない方向に展開していることは感づいた。
「つかさもみゆきさんもどったの? 急にそんなこと言うなんて」
自分に理解できない冗談だと思った。
どちらも天然なのだ。
ちょっとした冗談が空回りしているのかもしれない、と。
だからこなたは冷や汗をかいて笑った。
つかさも笑った。
みゆきも笑った。
誰も心から笑っていなかった。
「あの、ね、こなちゃん。気を悪くしないで聞いてね。あのね・・・・・・」
「うん」
「こなちゃん、周りからなんて思われてるか知ってる?」
「ヲタクでしょ?」
「・・・・・・うん」
あまりにあっさりと答えたため、つかさは返事に窮した。
正解だった。
確かにそうだ。
が、この正解にはまだ付け加えるべき言葉があった。
「それね、私たちもそう思われてるんだ・・・・・・」
”私たち”
この単語が頭について完答となる。
「どゆこと?」
さすがにこなたの表情が怪訝なものに変わった。
つかさが心底迷惑そうな顔をしていたからだ。
不意にみゆきと目が合う。
みゆきは迷惑しているとこなたに悟られることが失礼だと思っているのか、笑っているのか怒っているのか分からない顔をしていた。
「こなちゃんといるとね・・・私たちまでヘンな目で見られちゃうんだ・・・・・・」
ここまで言われれば、こなたもいつもの飄々とした態度で躱(かわ)すことは難しい。
「・・・・・・・・・・・・」
最後まで言われなくても分かる。
”私たち”という単語が出た時点で、つかさもみゆきも、こなたとは一線を引きたいのだ。
「ヘンな目って――」
こなたは複雑な表情をみゆきに向けた。
彼女は居づらそうに俯いた。
「え? なんで? 今までそんな事言わなかったじゃん?」
「う、うん・・・・・・それは私たちも悪かったんだけどね・・・・・・」
つかさは殊更に、”私たち”という言葉を用いる。
そうすることで自分たちがいわゆる常識人でしかも仲間がいる。
対するこなたは市民権を得たとは言いがたいオタクで、孤独なのだと強調しているのだ。
もちろんつかさはそうした効果を狙っているのではない。
が、無意識のうちに自分たちが正常である、と認めているためにこのような単語が出てくるのだ。
「やはり私も奇異の目で見られるのは嫌ですし・・・・・・母にも、その・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・?」
「・・・・・・その・・・付き合う友達は選びなさいって・・・・・・」
蚊の鳴くような声を、こなたはしっかりと聞いていた。
ショックだった。
つかさ、みゆき、そしてかがみ。
4人でいることが当然で、いることが当然だから誰も不満を持っているとは思っていなかった。
こなたはこの3人と共有する時間が楽しかったし、3人をかけがえのない仲間だとも認識している。
だからこそ――。
自分と同じ感覚を、皆が持っていると思っていた。
しかしそれは単なる独善。
周囲が自分に歩調を合わせてくれていたのだと知る。
「あ、でもでもね! こなちゃんが嫌いになったってわけじゃないから!」
慌ててつかさが取り繕う。
だが、とってつけたような言い方は繕うどころか、こなたとの溝をますます深めてしまう。
「あのさ・・・つかさ・・・・・・」
搾り出すようにこなたが発した。
「ずっと前から我慢してたの?」
せめてそれだけは確かめておきたい。
こなたにはまだ希望があった。
つかさなら、この問いにかぶりを振ってくれる、と。
「・・・・・・うん」
残念ながら、つかさは数秒置いた後に小さく頷いた。
「みゆきさんも・・・・・・?」
同じ問いを今度はみゆきにする。
「はい・・・・・・」
意外なことにこちらは即答だった。
我慢していたのではない。
我慢させていたのだ。
そこに気づいたこなたは泣きそうになった。
きわめて短い時間で過去を振り返ってみる。
4人の会話の中で自分が中心にいる時間は長かったように思える。
大抵の場合は自分から話題を提供して、3人がそれに合わせてくれていた。
問題はその話題が――。
あまりにも偏りすぎていたことだ。
それも自分に都合の良いように。
オタクだから異常、そうでないから正常という決め付けは誰にもできない。
アニメやゲーム、漫画というジャンルだけでオタクのイメージがつきまとう。
これは現在では納得はできないが、そういう風潮が確かにあるという点は心得ておかなければならない。
つかさもみゆきも、オタクだからといってこなたを邪険に扱ったりはしなかった。
2人はとても優しいから。
誰かを嫌ったり敬遠することもできないのだろう。
そんな2人にここまで言わせてしまったのだ。
「・・・・・・・・・・・・」
思えば自分の趣味に関することばかりを話していた。
かがみはその方面について多少知ってはいたが、つかさとみゆきには別世界の話題だ。
2人がついて来られない話題なのに、そんなことお構いなしにこなたはしゃべり続けていた。
つかさ、みゆきがその度に苦笑していたのは、共感からではなくただの取り繕いだったのだ。
反応に困っているという意味では同じだが、抱く感情はまるで異なる。
自分だけが分かっている話を延々続け、聞き手のことなど考えもしなかった。
これは会話とは言わない。
4人もいながら、意思の疎通はほとんどとれていなかった。
(・・・・・・・・・・・・)
自分が悪い。
こなたは素直にそう思った。
誰と話していても、すぐにアニメやゲームの話に持っていこうとする自分の癖を恥じた。
自分が悪いんだ。
こなたは自覚した。
2人に言われるまで気づかなかったのは蒙昧だったからだが、今なら分かる。
自分がしてきたこと。
2人に強いてきたこと。
「ひどいよ」
だが、口をついて出た言葉は想いとは違っていた。
「2人ともひどいよ・・・・・・」
こなたの声は恨みがましく聞こえた。
「なんで今言うの? 嫌だったんなら、もっと早く言ってくれれば良かったのに」
ふてくされたように漏らすこなた。
つかさは押し黙ってしまったが、ここでも意外なことにみゆきが、
「泉さん、それは言い過ぎでありませんか?」
毅然と反論してきた。
「私たちは泉さんを傷つけないようにと、ずっと我慢してきたんですよ。つかささんだって――」
「いや、だからさ。我慢なんてしないですぐに言ってくれたら――」
「言えるわけないじゃないですか。泉さんが楽しそうにお話されているのに、気を悪くされたら・・・・・・」
みゆきにしては珍しく表情に怒気をはらんでいる。
ここでこなたが素直に謝れば、事は収まったハズだった。
「だったらずっと黙ったままでいればよかったじゃん? 今頃言うなんてちょっと卑怯じゃないの?」
どちらも感情的になっていたのほ間違いない。
が、言ってはならないことを言ったのはこなたの方だった。
「・・・・・・・・・・・・ッ!!」
みゆきは拳を握り締めた。
怒りだ。
反論されたから怒っているのではない。
こなたが自分の非を認めるどころか、逆に食ってかかってきたからだ。
しかし彼女は大人だから、手を上げるようなことはしない。
「泉さん、見損ないました」
攻撃はあくまで言葉で。
「ゆ、ゆきちゃん・・・・・・」
険悪なムードをやや離れたところから、つかさが見守っていた。
みゆきを止めることもできず、こなたに迫ることもできず、彼女はただ展開を傍観するしかできなかった。
「我慢していたことが馬鹿馬鹿しくなります」
口調にはまだ柔和な一面を残しているが、言葉には常に棘があった。
「馬鹿馬鹿しいって・・・・・・2人がそう思ってるってもっと早く分かってたら、私だって気をつけてたよ」
売り言葉に買い言葉で、責められる側のこなたがいつの間にか対等の立場でやりあっている。
物腰の柔らかいみゆきでさえ、ここでは退かずに反撃する。
「あなたは・・・・・・私やつかささんがどんな気持ちでいたか・・・・・・」
「だから分かってたら気をつけてたって言ったじゃん!」
違う!
ちがうちがう!!
こなたは内心で、たった今自分が言ったことを否定した。
悪いのは自分なのに。
謝るべきなのに!
頭に血が上っている彼女は、心とは裏腹の言葉でみゆきに当たった。
「もう・・・結構です・・・・・・」
光の宿らない瞳でこなたを一瞥したみゆきは、ため息をついて教室を出て行った。
「あ、あ! ゆきちゃん!」
つかさは目が覚めたように去り行くみゆきと、こなたを交互に見た。
みゆきも心配だが、こなたも気になる。
しばらく視線を彷徨わせたつかさは結局、みゆきを追いかけていった。
「なんで・・・・・・」
残されたこなたは、力なく机に突っ伏した。
傍から見れば、いつものようにやる気のない姿だが、当の本人は違う。
「なんであんなこと言っちゃったんだろ・・・・・・」
見慣れた教室が違う世界に見えた。
素直に、すぐに謝るべきだった。
そうするべきだと自分でも分かっていたハズだ。
だが他人対他人だ。
内心ではどれだけ詫びていても、それを言葉にし、相手の耳に入れなければ伝わらない。
伝わらないのだ。
ましてや敵意のある言葉を投げかけた今となっては――。
(・・・・・・・・・・・・)
陰鬱だった。
輪に入れば誰よりも多弁だった彼女は、この大切な局面に限って寡黙だった。
どうでもよいことばかり口走り、肝心なことは言えなかった。
いつも呑気で緊張感とは無縁、テスト直前でさえ一夜漬けで乗り越えてきた怠惰な日々が。
無意識のうちに面倒なこと、疲れること、難しいことから逃れるように思考ができあがっていた。
だから自分の大好きなアニメやゲームの話をするのは楽しかった。
快楽だった。
話題が逸れた時、すぐにそのテの話に引き戻そうとするのは、快楽を得たいためだった。
溺れすぎたのだ。
自分ひとりだけが愉快で、他の誰もが不愉快だったことにも気づかなかった。
気づこうとすらしなかった。
みんなは優しいから。
笑って自分の振る舞いを受け容れてくれていた。
こなたはその笑みの後ろまで見ようとはしなかった。

 

 チャイムが昼休みの終わりを告げた。
授業をサボるわけにはいかないつかさとみゆきは、重い足を引きずって教室に戻ってきた。
こなたは2人を見た。
2人は目を合わさなかった。
授業は淡々と進み、時間は冷酷にも平時と変わらない速度で流れていく。
が、3人にとっては永い時間だった。
1秒が1分に感じられ、1時間が1日のように感じられた。
ようやくカリキュラムが終わった頃には、みゆきからは完全に毒が抜けていた。
と言って、この段階ではまだ和解する気はない。
まだこなたからの謝罪がないのだ。
つかさはというと、そろそろ険悪なムードに耐え切れないというのが本音である。
だが、ここで易々とこなたを許してしまうと、みゆきに申し訳ないという思いもある。
常に周囲に振り回され、窮屈なほど葛藤することを強いられるのがつかさの損な役回りである。
5限目と6限目の間の休み時間、かがみは来なかった。
みさおたちと喋っていたのか、係の仕事があったのか。
今日ばかりはかがみが来なかったことを全員が感謝した。
たった10分、彼女がいたところで何も変わらない。
むしろこの気まずい状況を掘り返されて、去られるほうが迷惑だ。
しかし・・・・・・。
そろそろやって来る時間。
「私・・・・・・先に帰るね」
こなたは鞄を抱えて、逃げるように――実際に逃げている――教室を出て行った。
つかさとみゆきは、小学生と見間違えそうな少女の後ろ姿を見送るしかできなかった。
それと入れ替わるように、
「やっとHR終わったよ」
苦笑交じりにかがみがやって来た。
「あれ、こなたは?」
彼女はすぐさま騒がしい少女がいないことに気づいた。
2人ともその問いには答えない。
曖昧に言葉を濁すだけだった。
「珍しいわね、あいつが先に帰っちゃうなんて。あ、今日はバイトの日だったか?」
2人が返事をしないせいで、かがみのこの質問はただの独り言になってしまった。
「え、ええ・・・・・・」
みゆきの表情、つかさの仕草にかがみは違和を感じた。
鋭い彼女はその原因が、ここにいないあのこなたにあるとすぐに思い当たる。
「・・・・・・なんかあったの?」
無意識的に、かがみは双子の妹に問うていた。
「え? ううん、なんでもないよ!」
と、つかさがかぶりを振るのを見て、かがみは”なにがあったの?”と問うべきだったと思った。
「みゆき?」
今度はお嬢様を見やる。
みゆきは顔を伏せてしまったが、この状態がいつまでも続くハズがないと観念した彼女は、
「実は・・・・・・」
と、昼間、かがみが出て行ってからの出来事を説明した。
こなたに執拗に食い下がったのが自分だったから、かがみに話す義務がある。
奥手で引っ込み思案に見られがちな彼女は、時として周囲を驚かせる行動力を持っているのだ。





大方の経緯を知ったかがみは、
「そう・・・・・・」
儀礼的な相槌を打ったきり、黙り込んでしまった。
物事を公平に見ることのできる彼女は、その時の状況を思い浮かべてみた。
2人がこなたに対して抱いていた想いを打ち明け、それを受けたこなたが言い返して――。
みゆきは卑怯者ではないから、かがみに説明した状況に嘘はないだろう。
保身の思考が働き、自分を良いように見せ、こなたを悪者に仕立て上げるような性格ではない。
つかさも同じで、相手を悪く言うなどあり得ない。
「うん・・・・・・」
かがみは考え込んだ。
特に誰が悪いというわけではない。
キッカケはこなたではあるが、だからといって全てこなたが悪い、とも言い切れない。
「私、少し言い過ぎました・・・・・・」
みゆきはハッキリと自分に非があることを認めた。
「あんな風に言い合うつもりはなかったのですが」
だが、この言い方では、やはりこなたに責任があるような含みがある。
「私も同罪だよ。こなちゃんのこと、傷つけちゃった・・・・・・」
塞ぎこむみゆきを見かねてか、つかさもそれに倣った。
「別に2人が悪いわけじゃないでしょ?」
驚くほどアッサリと、かがみは彼女たちを庇った。
「え?」
「え?」
つかさ、みゆきが同時にかがみを見る。
「だって実際、こなたに迷惑してるわけでしょ? だったら謝ることないじゃない」
「そ、それは・・・・・・」
つかさは口ごもった。
不思議なことに自分たちが抱いていた不満を、かがみの口から改めて言われているだけなのに胸が痛んだ。
発端はそれだったのに?
たった今、かがみが言った事をこなたに打ち明けたのが始まりだったのに?
なぜ、”さっき”と”今”でこれだけ違うのだろう。
「確かに空気読めないっていうか、場の雰囲気を考えないところあるからね」
かがみは腕組みして頷いた。
「何の前触れもなく、”萌え〜”とか言い出すし」
というかがみの口調からは、やはり迷惑そうという印象が漂う。
「ええ・・・・・・突拍子もない発言に、私も困惑したことがあります」
みゆきが同調し、つかさも遠慮がちに頷いた。
教室内の生徒たちはまばらになり、賑やかだった室内が一気に寂しい雰囲気を作り上げる。
その中でのこの話題。
気分が昂揚するハズがなかった。
とはいえ、ある種の連帯感が生まれつつあるのは確かだった。
男には稀だが、女は基本的に群れを成そうとする。
大勢の中に溶け込むことで安堵を得るのだが、手っ取り早く安心感を味わうには敵を作ることだ。
なんでもいい、誰でもいい。
とにかく外に敵を作り、群れでもってその敵を突くのだ。
敵の敵は味方だから、敵を攻撃している間は常に群れの一員という意識が生まれ、至福の時間を得られる。
もし外に敵がいないのなら、群れの中から敵を選べばよい。
そうすることで結果、前述と同じ効果が享受できる。
今の3人を見る限り、意識しているかどうかは別として、敵とその敵を突く群れができあがっている。
この関係をより強固にする条件。
群れの構成員をできるだけ多くし、敵の数をできるだけ少なくすること。
たったこれだけで、結びつきはきわめて強いものとなる。
「こなちゃんのこと、悪く言いたくないけど・・・・・・でも、時々疲れるんだよね」
つかさは憚るように、しかし言葉にだしてこなたを非難した。
「そう、ですね」
みゆきが同調する。
「じゃあさ――」
かがみが腕を組んで、
「もういっそ、あいつと付き合うのやめる?」
とんでもない事を言った。
残った生徒たちはそれぞれにグループを作って談笑しているため、この言葉は誰にも聞かれていない。
「それは・・・・・・」
「どういう・・・・・・?」
2人が同時に問うたが、内心ではもちろんその意味をほとんど理解している。
かがみは面倒くさそうにため息をついて答えた。
「絶交ってことよ」
突っぱねるような言い方に、今度はつかさが狼狽する。
「お姉ちゃん、いくらなんでも・・・・・・」
「そうですよ。そんな・・・・・・」
かがみの前言を否定したいのだが、2人とも最後まで言葉に出さない。

 わざわざ教室に残って話すことではないと、3人は駅までの道をこの会話にあてた。
内容は暗い。
ふざけあって下校する他の生徒たちが疎ましいくらいに、彼女たちは陰鬱になっていた。
群れが敵を突くとき、群れの構成員は連帯感とともに快感をも味わう。
敵に対して優位であることを強く認識できるからだ。
だが、この3名で構成された群れは違っていた。
連帯感は得られても、快感などない。
むしろ苦痛であった。
つかさやみゆきが遠慮がちにこなたへの不満を漏らす。
かがみはそれに適当に相槌こそ打つものの、積極的にこなたを批判したりはしなかった。
そろそろ駅が見えてきたところで、
「ま、あいつの事でいちいち腹立てるのも馬鹿馬鹿しいじゃない?」
かがみはみゆきにだけ言った。
「これからはほどほどに付き合ってるほうが得策かもね」
そこまで言われて、みゆきは何も答えなかった。
おかしな話だ。
こなたへの不満は確かに持っているのに、かがみが言うと聞く方は胸が痛む。
それはつかさも同じだった。
改札前まで来た。
ここからは高良家、柊家で道が分かれる。
かがみはこの瞬間を待っていたように、
「明日は休みだし、ゆっくり考えなさい」
と、まるで妹をたしなめるようにみゆきに言った。
「・・・・・・ええ、では、かがみさん、つかささん、ごきげんよう・・・・・・」
みゆきは胸にしこりを残したまま、ホームの向こうへ消えた。
「私たちも帰ろ」
姉の声に、妹は曖昧に頷いた。

 

 

 翌日。
カレンダーが指し示す今日の日付は赤色。
卓上の小さなこれは、日付と曜日のみが書かれているだけで何の日かは分からない。
学生にとっては登校すべき日なのか、そうでないのかが分かっていればいいので特に困らない。
かがみは柊家で誰よりも早くに起きた。
時刻は午前5時を少しすぎた頃。
目覚ましを鳴らしたわけでもないのに、彼女は正確に5時ちょうどに目を覚ましていた。
携帯電話を手に取り、電源を入れる。
メーカーロゴが表示された後、見慣れた待ち受け画面。
キーを何度か叩き、アドレス帳を呼び出し、メールの本文を打つ。
文面は簡素で構わない。
用件が漏れなく、誤解なく相手に伝わればそれでよい。
送信相手が携帯電話の電源を入れなければアウトだが、それでもよかった。
この日、この時間にメールを送っている、という事実が重要なのだ。
とりたてて緊急でもないから、後日これを見たとしてもそれほど問題ではない。
が、あまりに時間が経ちすぎればかがみもその相手も困る、という状況ではあった。
(こんな早くに起きてるわけないけどね。でも、もしかしたら・・・・・・)
という想いがかがみにはある。
(まったく・・・・・・)
彼女はベッドに仰向けになって白い天井を眺めた。
考えはあるのだが、寝起きではまとまらない。
数分ほどして。
ベッドがごくわずかに、静かに振動した。
震源地はすぐ横に置いてあった携帯電話だ。
反射的にそれを手に取り、かがみはただちに受信されたメールを開く。
送ったときと同じく、相手は簡素に用件のみを伝えてきた。
(とりあえず、ひと安心ってところかしら)
どうやら返事は彼女が意図しているものであったらしい。
少しだけ安堵し、かがみは読みかけのラノベに手を伸ばす。
ページ数は進んだが、内容は頭に入らなかった。

 7時前になるのを待って、かがみは階下へ。
父母ともすでに起きており、キッチンにはいのりがいる。
「おはよう」
「あ、おはよう。どうしたの? 今日は休みでしょ?」
「あはは、つかさと一緒にしないでよ。私は休みでもちゃんと起きるわよ?」
突然、名前を出された当のつかさは案の定、まだ夢の中だ。
「朝から出かけるけどいいかな?」
朝食の用意をしている母に、かがみは遠慮がちに声をかける。
「ええ、いいわよ。友だちと?」
と逆に問われ、かがみは一瞬だけ間をおき、
「うん」
小さく答えた。
親の許可も得られた今、あとは行動するだけだ。
できれば迅速に。
少なくともつかさに気付かれないうちに家を出たい。
愛すべき妹が遅くまで寝ているのは、今日が祝日だということもあるだろうが、理由はそれだけではない。
彼女のことだ。昨日の出来事を考え悩むあまり、就寝が遅くなったのだろう。
手早く朝食をすませ、自分の分の食器を洗った後、かがみは音を立てないように自室に戻る。
カジュアルな服装に着替え、持ち物は財布。
買い物が目的ではないので、バッグは不要だ。
ぐずぐずしていられない。
つかさが起きてきたら・・・・・・出かけるところに出会したりしたら面倒なことになる。
かがみは不自然に、逃げるように家を出た。
「それじゃ行ってきます」
律儀な少女は、急いでいてもその一言は忘れない。

 

 休日ということで人が多い。
雑踏に揉まれるようにしてホームから這い出たかがみは、待ち合わせの相手を探した。
この人混みに加え、件の相手は小学生並みの低身長だ。
探すのは容易ではない。
とりあえず目印になりそうなアホ毛を捜してみる。
(ほんっとにカップルが多いわね!)
かがみはイラついた。
チャラチャラした格好で道いっぱいに広がって、ダラダラと歩く連中が気に入らない。
(ここは公共の場だっつーの)
物陰に隠れることもしないで、堂々とキスをするカップルを目撃した時は蹴りをいれてやろうかと思った。
行き交う人々の隙間に、わずかに蒼色の髪が見えた。
かがみは一度はそれを見逃したが、2度目に見たときはすぐにそれが誰のものか分かった。
「こなた」
雑踏の中で大声で呼ぶのはみっともないと考え、かがみは傍まで行って声をかけた。
「かがみ・・・・・・」
振り向いたこなたは、薄手のシャツにキュロットパンツと活動的な格好だ。
対するかがみも、トレーナーとロングパンツなのでそう違いはない。
しかし相対した2人がまず目がいくのは服装などではない。
「ごめん、急に呼び出して迷惑だった?」
すでに繁華街の方向へ歩きながら、かがみが訊ねた。
「ううん」
やはり、こなたはいつもと違って口数が少ない。
「それにしても珍しいわね。あんたがあんな時間に起きてるなんて」
かがみは冗談めかして言ったが、こなたはきわめて神妙そうに、
「うん、なんか眠れなくて」
と控えめに答えた。
あの時間までずっと・・・・・・起きていたということだ。
かがみは敢えてそこは問わないで、
「とりあえずファミレスでも行こっか」
と、返事も待たずにこなたを近くのレストランまで連れて行った。
こなたは不気味なほど凋落している。
かがみが何かを話しかけても上の空。
返事はするのだが内容はほとんど頭に入ってないハズだ。
こなたはアイスコーヒー、かがみはアイスティーを注文した。
席はほとんど埋まっているが、落ち着いた雰囲気の店のためか騒がしくはない。
運ばれたコーヒーを一口飲んだところで、
「なんで誘ったの?」
普段なら絶対に言わない言葉を、こなたは上目遣いで発した。
かがみはあの場にいなかったが、つかさとは双子姉妹なのだから、当然事情は彼女から聞いているだろう。
それを分かっていて敢えて誘った意図が、こなたには分からなかった。
が、分からないながらもその誘いに乗ったのも確かだった。
「つかさとみゆきから聞いたわ」
ストローを弄びながらかがみが言った。
眼前の少女のタレ目は気だるさからではなく、極度の落魄からくるものだと分かる。
「・・・・・・・・・・・・」
こなたは何も言わずにコーヒーをかき混ぜた。
「で、あんたはいつまでそうやって落ち込んでるわけ?」
快晴の下、ツリ目の少女とタレ目の少女は微妙にすれ違った軌道で視線を交わした。
先にそらしたのはこなたのほうだった。
「かがみも・・・・・・そうなんでしょ?」
「はぁっ?」
蚊の鳴くような声でこなたは言う。
「嫌なんでしょ? 私といるの」
質問に質問を重ねてくる。
「あんたさぁ、それで私が誘うと思うか?」
かがみは呆れ半分、怒り半分で突っ込んだ。
「嫌だったらせっかくの休みに、しかもあんな朝早くからメールなんてしないわよ」
肯綮に中った即答に、こなたは何も言い返せない。
代わりにひとつの疑問が浮かび、彼女はそれを口にした。
「なんで誘ったの?」
よく考えれば、先ほどの質問と全く同じだ。
対してかがみは、「つかさとみゆきから聞いた」と言ったが、それは質問に対する答えではない。
数秒おいて、
「あんたがどんな顔してヘコんでるのか見てやろうと思ってね」
と冗談とも本気ともとれる回答をした。
いつもこなたがやってくる手だ。
おどけてみせて、真剣な雰囲気を和やか――悪く言えば茶化して――にする。
それを今度はかがみがやった。
「うん・・・・・・」
だが、こなたは”してやられた”という顔をするでもなく、先ほどよりも居辛そうに目を伏せた。
(こりゃ重症だな)
かがみは思った。
四六時中をいい加減に生きている少女だから。
どんな辛辣な言葉もさらっと流して、ネトゲに熱中しているものだと思っていた。
翌日には、
『ごめんよ〜。私って結構KYだからね! 時代の最先端を行ってるのだよ』
とか言っておしまいになる話だと思っていた。
予想は完全にはずれた。
こんなこなたは見たことがない。
あるいは落ち込んでいるように見せてパッと表情を変え、ドッキリだった。という展開もありそうだが・・・・・・。
(今のこなたじゃそれはないわね)
そうする余裕もなさそうだった。
昨夜は眠れなかったというのは本当で、仮にネトゲをやっていたとしてもそれは気を紛らわせるためだったのだろう。
「2人に言われたこと、気にしてるんでしょ?」
茶化したり、冗談で流したりすることはやめた。
かがみは真剣に――いつもの生真面目さで――こなたから言葉を引き出そうとする。
「うん」
こなたは親にこっぴどく叱られた子供のようにしおらしかった。
元気の源はあの出来事で底をついてしまったようだ。
「それで、2人には謝った?」
そう問うたが、かがみはもちろん先に答えを知っている。
こなたはかぶりを振った。
コーヒーは少しも減っていない。
「あんたはどうなの? 自分は悪くないと思う? 2人の言ってることが間違ってると――」
「悪いのは私だよ・・・・・・みんな私が悪いんだよ」
こなたの瞳が潤んでいるのを、かがみは見逃さなかった。
「みんなのこと、ちゃんと考えなかったから――。自分がオタクだって自覚あるけど、みんなは違うもんね・・・・・・。
なのに私、自分の興味あることばっかり喋って・・・・・・空気読めないどころじゃないよね・・・・・・」
ずいぶんと喋るようにはなったが、自己を卑下する言葉ばかり並べるこなた。
「そうかな。私は何もかもこなたが悪いとは思わないけどな」
こなたを気遣って、という意味ももちろんあったが、それ以上にこれがかがみの本心であった。
「なんでよ? 私といたらかがみたちだってヘンな目で見られるんだよ?」
全ての責任は自分にある、とこなたは繰り返した。
「じゃあ、こなたはヘンな目で見られてるわけ?」
こなたは小さく頷いた。
「ふぅん、まあアニメやらゲームやらが取り上げられるようになったとはいえ、偏見みたいなのはまだあるからね」
かがみはズルズルとグラスの底に溜まった紅茶をすすった。
「そういう国よ、日本って」
言いながらテーブル端のボタンを押す。
「口では差別とか偏見はダメって言いながら、メディアなんかは明らかに煽るような報道してたりするからね。
でさ、政府もそういう報道には何も口出ししないから、いつまで経っても奇異の目で見られるわけよ」
すぐにやって来た店員に追加注文を出す。
「一般人からしたら美しい国を侵食するオタク、なんて構造でもできてるのかしら?」
テーブル上に新たにアイスコーヒーとアイスティーが置かれる。
「・・・・・・っと、話がそれたわね。要はあんただけが悪いわけじゃないってことよ」
つまり、こなたは一切悪くはない、とまでは断言しないかがみ。
「たしかに突っ走るっていうか、周りもお構いなしにオタクトークを連発する。そこがあんたの欠点っちゃあ欠点よね」
彼女はハッキリと言った。
これはこなたも再三認識していることなので、今さらショックは受けない。
「でもさ、それってあんたの個性じゃないの?」
「・・・・・・?」
こなたはパッと顔をあげ、先ほどよりも潤んだ瞳でかがみを見た。
「個性には長所とか短所なんてないでしょ。本人が楽しめればそれでいいわけなんだから」
「でも他人に迷惑かけるから・・・・・・」
「それだけで個性を殺すってのは勿体ないんじゃない?」
かがみは他人に迷惑をかけてまで個性を出すことを奨励しているのではない。
「あんたのことだから、これを機にオタク卒業、なんて思ってんじゃない?」
大金をつぎ込んでまで没頭する趣味を、そう簡単に捨てられるものではない。
日ごろの会話から出てくるように、それらはもはやこなたにとっては生活の根幹なのだ。
言い方を換えれば重度の中毒症状ともとれる。
しかしそれは全てを失ってでも縋(すが)るべきものだろうか。
この場合でいえば友だちを。
外界との交わりを一切避けて、オタクとして引きこもることはできるだろうか。
不可能ではないが、現実的には不可能だ。
アニメやゲームを一番に考えているなら――。
授業は仕方ないにしても、休み時間に友だちを喋ることなんてしない。
そうする時間も惜しんでコンプティーク等の本を読んでいるだろう。
誰かと下校することもできない。
やはり会話の時間を惜しんで漫画を読み耽るほうを選ぶだろう。
休日に友だちの家に電話をかけることもしない。
長電話をするくらいなら、ネトゲにだけ熱中しているだろう。
――こなたはそのどれもしなかった。
それは人との繋がりを大切に思っている証。
周りのことを考えない時もあるが、だからといって他人を遠ざけているわけではないのだ。
「オタクなんて、オタクじゃない人が作った差別用語みたいなもんよ」
かがみは一蹴した。
ついさっきまで、オタクだということで落魄していたこなたは、その言葉に少し救われた。
「私はね、2人にも悪いところがあるって思うんだ」
言いながら、こなたにコーヒーを飲むように勧める。
「なんで?」
こなたはやはり全て自分が悪いと思い込んでいるため、このような単純な疑問を口にした。
「だってさ、今までずっとあんたに嘘ついてたわけだろ?」
「うそ・・・・・・?」
”嘘”の意味が分からず、こなたは目を白黒させた。
「あんたのこと我慢しててさ。それを言わずに付き合ってたんだから、嘘以外の何物でもないだろ」
かがみは小さく息を吐いたが、瞳にわずかに寂しさを帯びた。
これはその”嘘つき”に妹まで含めてしまったことによる苦しさの表れだった。
「かがみは・・・・・・違うの・・・・・・?」
再びこなたの消え入りそうな声。
かがみは心底呆れたように、
「ループしてるぞ。さっきも訊いただろ、それ?」
「ごめん・・・・・・」
こなたはとりあえず謝った。
傍から見れば滑稽なやりとり。大真面目なのは当の2人だけだ。
「つかさもみゆきも嘘をついてたんだから、これでおあいこってことにならないか?」
かがみの挑戦的な質問に、こなたは何も答えられなかった。
実際に、このかがみの言葉に近い意味の言葉を昨日、こなた自身が口にした。
あの時は”嘘つき”ではなく、”卑怯”というキーワードに置き換えた。
だから、わざわざこんなファミレスに連れて来て提示したかがみの打開策は、すでにこなたが使っているのだ。
ただ大きな違いがひとつある。
その言葉が誰の口から発せられたかだ。
当事者のこなたが言ったところで、つかさやみゆきからは逆ギレか開き直りにしか見えない。
これは第三者が、それもできるだけ事情をよく知っている者が言うからこそ効果がある。
(どっちも冷静じゃないんだから、言い合いになるのも無理ないわね)
かがみはメンバーの中では遥かに達観していた。
「つかさにしろ、みゆきにしろ、あんたが嫌いってわけじゃないんだし・・・すぐ元通りになるって」
「うん・・・・・・」
「あんたが悪いと思ってるなら素直に謝る! ・・・・・・できるでしょ?」
「うん・・・・・・」
こなたは静かに強く頷いた。
昨日はそれができなかった。
「私も悪かった。こなた・・・・・・ごめん・・・・・・」
簡単な約束をした直後、かがみは急に表情に翳りを帯びて謝罪した。
「え? え・・・?」
展開が急すぎてついていけない。
「な、なんで? なんでかがみが謝るの? なんで?」
こなたは泣きそうになった。
今日までずっと周囲に迷惑をかけていた自分が、親しい者に頭を下げられる理由などない。
「一緒にいたのに、2人の気持ちに気付けなかった私にも責任があるからね」
強気なのか弱気なのかよく分からない、かがみの言葉と口調。
当事者のようで他人事のようにさらりと口にするそれは、間違いなく弁明ではあった。
「私がクッションになれればよかったんだろうけど、あんたと一緒にオタ話してたらそりゃ2人はついて来られないよな」
わずかに笑みを浮かべたが虚しい。
「そんなっっ! かがみは何も悪くないじゃん! 悪いのは私だっ――」
「あのなぁ・・・・・・それで私だけ関係ありませんって顔できるかよ。そこまで薄情じゃないぞ?」
こなたが言おうとすることを知っていたかがみは、先回りしてそれを打ち消す。
奇妙な時間が流れた。
2人の周囲から音が消え、時間だけが無情に流れるような感覚。
「あんたと喋ってると楽しいのよね」
「・・・・・・・・・・・・?」
またしても展開を急転させるかがみ。
「周りにラノベ読んでる奴っていなくてさ。っていうか、活字すら読まない奴が多いだろ?」
「うん」
「それでなかなか話が合わなかったんだよね。ラノベって何? って顔されて、説明したら、ああオタクかって・・・・・・」
「うん・・・」
「べつに私はオタクだなんて思ってないけどさ。でもそういう偏見ってなくならないでしょ?」
「うん・・・・・・」
「でもあんたってそういうところ隠すどころか、逆に進んでアピールしてるだろ? 最初見たときはさ・・・・・・。
ごめん、正直に言うけどヘンな奴だって思ったよ」
「うん・・・・・・・・・」
「でもよく考えたら、ヘンだって思うこと自体ヘンなのよね。別にこなたが何か悪いことしてるわけじゃないし」
「・・・・・・・・・・・・」
かがみが何を言っているのか、こなたにはよく分からなかった。
もしかしたら本人もよく分かっていないのかもしれない。
洒落たレストランでするような話でもない。
氷の溶けたコーヒーはすでにぬるく、味気ないほどに薄まってしまったが、こなたはそれを一口だけ飲んだ。
今のこなたにはこれでも十分すぎるほどの清涼効果がある。
「そう思ったら、なんか妙にスッキリしてね。ああ、世の中にはこういう奴もいるんだなって思えるようになった」
こなたに刺激されてか、かがみも紅茶を啜る。
「だからさ、あんたと喋ってると結構楽しいんだ」
少なくとも今の彼女にとって、これは最高の褒め言葉だ。
生きていた甲斐があった、と表現しても誇張ではない。
「でもな、私はよくてもつかさやみゆきは違うだろ?」
「うん・・・・・・」
それについては痛いほど認識させられた。
「2人とも優しいから、笑って流してくれるけど・・・・・・ま、今回は箍がはずれちゃったんだろうけど」
「分かってる」
そうだ。もう分かってることなのだ。
昨日、夜通しで考えたこと。
つかさとみゆきがどういう性格で、何が好きで、何が苦手で、何をどう思っているのか――。
それらひとつひとつを彼女なりに考えた結果、自分はことごとくこの2人に馴染まない話ばかりしてきたと痛感する。
「まぁ、あれだ。居心地が良いに越したことはないけど、本音が出てぶつかるのも友だちだと思うぞ」
言いながら、かがみの顔が赤くなった。
さすがに”友だち”という言葉を改まって発するのは気恥ずかしいらしい。
”友だち”とは本来、当事者間で使う言葉ではない。
親や兄弟に”家族”と呼びかけないのと同じで、輪の中にいる者には”友だち”は空気よりも軽い言葉だ。

 

 客の回転率が高いファミレスでの長居は、店にとっても他の客にとっても迷惑だ。
合計6杯分のお茶代を支払って店を出る。
レジ前でどちらが払うか揉めたが、誘ったのは私だからとかがみが会計をすませた。
そこからはかがみにとっては普通の、こなたにとっては救いの時間が訪れる。
「あんた、こういうのホント巧いわね」
大きく開かれたツメがよく分からないヌイグルミをしっかりと掴む。
プログラムに従って左右に滑るアームは、見事そのヌイグルミを筒の下へと落とした。
「ん〜ここのはツメがしっかりしてるからね。それに取りやすい向きに置いてあるし」
と、ガラスの向こうを指差すこなた。
くびれがなぜか2つある不気味な雪だるまのヌイグルミが敷き詰められている。
が、よく見ると全てアームに対して直角に向いているため、一度掴むとバランスがとれるようになっている。
「良心的ね」
言ってかがみは500円玉を入れた。
この筐体は1回200円だが、500円を入れれば3回プレイできるものだった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・お!」
「・・・・・・・・・・・・」
ダメだった。
鋭いツメは雪だるまの表面を撫でるだけで、まるで掴もうとしない。
うち1回はくびれに引っかかったが、持ち上げるには至らなかった。
「ま、いいわ。別に欲しくなかったし」
かがみが精一杯の強がりを言った。
とはいえ、無収穫に500円の出費は学生には痛い。
「おお、出たね。ツンデレかがみん萌え〜〜」
いつものタレ目でこなたはおどけて見せたが、すぐに気まずそうに目を伏せた。
「・・・・・・ごめん」
やってしまった、という後悔の念に苛まれた。
浸透した習慣や癖は一朝一夕には改められない。
すぐにでも治したい、と思っていてもふとしたキッカケでそれが表に出てきてしまう。
気まずくなった。
かがみは気にしていないようだったが、だからといってフォローするわけでもなかった。
(怒らせちゃった・・・・・・よね・・・やっぱり・・・・・・)
こなたがそう思っていると、
「何度も言ってるけど、私はツンデレじゃないっつーの」
ずいぶん遅れてツッコミが来た。
(・・・・・・やっぱすぐには無理か)
かがみは内心で苦笑した。
すぐに反応しなかったのは、こなたの様子を窺うため。
つかさやみゆきと今後付き合う上では、こなたがマニアックな面を必要以上に押し出さないことが必要だ。
しかしだからといって、こなたにオタクであることをやめろとまでは言わない。
それが彼女の個性だから。個性は可能な限り尊重されるべきだから。
かがみの本音は、”いつものこなたに戻って欲しい”。
その方がお互いに気兼ねなく付き合えるから。
そこにつかさとみゆきが加わるとどうだろう。
冷たい言い方だが他人が3人もいるのだから、我を押し通すわけにはいかない。
そこでは親しき仲にも礼儀ありで自重がなくてはならない。
だからその分――。
自分といる時は本来のこなたを曝(さら)け出して欲しい。
つかさは可愛い妹だし、みゆきも自分には勿体無いくらいの聖人君子。
もちろんこなたも大切だ。
誰かひとりにだけ窮屈な思いをさせたくない。
4人のこの関係をいつまでも続けていたい。
決して口には出さないが、それがかがみの裏表のない真実の心である。
(ほんの少し・・・ほんの少し抑えてくれるだけでいいんだけどな)
難しいことをかがみは心底で願った。
「さぁ〜て、陽も傾いてきたしそろそろ帰ろっか」
時刻は6時を過ぎた頃。
明日は学校があるから、あまり遅くまで遊び歩いていると授業に障る。
「もうこんな時間なんだね」
パーティーが終わる直前のようなもの寂しさがある。
「かがみ」
「ん? どした?」
振り返ったかがみは、そのまま視線を下にさげる。
「今日は・・・・・・ありがと」
そう言い、こなたは白い物体を突き出した。
「これ、今はこれしかできないけど――」
あの不気味な雪だるまだ。
かがみはそれをそっと受け取った。
「それじゃ遠慮なくもらっとくわね」
ここで断らずにすんなりと受け取るところが、かがみの強さなのかもしれない。
こなたは思った。
別れ際、かがみは最後に、
「あんたのこと、信じてるからね」
と言った。

 

 

 翌朝、こなたは目覚まし時計が鳴る直前に目を覚ました。
昨夜寝たのが何時だったか思い出せない。
が、ずいぶん遅かったように思う。
一昨日はつかさとみゆきの事を、昨夜はかがみの事を考えていたら眠れなくなった。
こんなことは初めてだった。
小学生の時も中学生の時も、友だちらしい友だちはいなかった。
といって完全に孤立していたわけでもない。
筆記具を忘れた時には貸し借りをしたし、帰路が同じクラスメートとは一緒に帰ったりもした。
だが付き合いはそれだけだった。
家に電話をかけたり、休みの日にどこかに出かけたりする友だちはいなかった。
自分もそうしなかったし、相手もそうしてこなかった。
友だちではなく知人といった程度の付き合いだった。
だから、こなたが他人のことで思い悩むことなどなかったのだ。
(・・・・・・・・・・・・)
何となくだるかった。
このまま布団に潜り込み、学校をサボろうかとも思った。
が、昨日の、
『信じてるからね』
というかがみの言葉を思い出し、こなたは跳ねるように起き上がった。
サボるなんてとんてもない!
こなたは自分に言い聞かせ、慌てて部屋を出た。
「おはよう。どうした、そんなに急いで?」
そうじろうは居間でテレビを見ていた。
ワイドショーとニュースが半分ずつ盛り込まれたような、よく分からない番組だ。
「おはよ! 今日はちょっとだけ早く出るね」
父の背中に短く挨拶し、こなたは手早く身支度を整える。
いつもの彼女からは考えられない俊敏さだ。
菓子パンをふたつ手に取り、こなたは息を弾ませて家を出た。

 

 こなたは雑踏が嫌いだ。
背の高い人たちが我が物顔で練り歩く。
右に左に、遅く速く。
それらを縫うように、こなたはホームを抜け出す。
つかさやみゆきを待つためではない。
たいていは柊姉妹と落ち合い、一緒に登校するのだが今日ばかりは違う。
そのやり方ではつかさには会えても、みゆきには会えない。
しこりを残さないためには、2人に同時に会う必要がある。
そう考えたこなたはいつもより早く登校し、密かに駆け込むように教室に入る。
すでに数名の生徒がいたが、特に挨拶することはない。
他人よりも他人行儀に軽く会釈をする程度。
こなたはつくづく、自分にはリアルの友だちがいないなと思った。
かがみが休み時間に来なかったら、彼女がクラスで友だちと呼べるのはつかさとみゆきだけだ。
時計を見る。
「うん・・・・・・」
こなたは誰にも気付かれないように頷いた。
そろそろだ。
気配を感じて振り向いたこなたは、ちょうど入ってきたみゆきと目が合った。
「・・・・・・・・・!」
「・・・・・・・・・」
みゆきは息を呑んでこなたを見た。
こなたは冷静に、つとめて冷静にみゆきを見た。
一日越しだ。
どちらもあの時ほどの感情の昂ぶりはない。
「泉さん」
みゆきが先に声をかけてきた。
表情から怒りは感じられない。
「みゆきさん、あのさ・・・・・・」
遮るようにこなたが言葉を被せる。
「後で話があるんだ。つかさも一緒に――」
「ええ、私もです」
内心、こなたはホッとした。
みゆきが何を言うつもりかは分からないが、とりあえず話し合いに応じてくれると分かっただけで嬉しい。
「ありがと」
話し合いは昼休みにと決めた。
あと10分もすればHRが始まる。
その短い間に互い、伝えたいことを全て伝えるのは不可能だ。
取り決めをした後、遅れてつかさが入ってきた。
みゆき同様、こなたを見て一瞬呼吸が止まる。
「あのさ、つかさ・・・・・・」
こなたはみゆきを誘う時ほどは緊張しなかった。
つかさの背後には姉のかがみがついている。
心強いバックアップがあるハズなのだ。
「さっきみゆきさんにも言ったんだけど、お昼休みに話があるんだ。良かったら――」
「うん、いいよ」
即答だった。
思えば、つかさはこなたから何か言ってくるのを待っていたのかもしれない。
誰だってケンカは嫌だ。
相手を傷つけるのは嫌だし、自分が傷つくのも嫌だ。
仲直りできるならそうするのが一番なのだ。
「ほらほら、いつまで立っとんやー? 早よ席つけー! 授業始まんでー!!」
3人を取り巻く沈黙は長かったが、黒井ななこのエセ関西弁がそれを苛立たしげに打ち破った。
「じゃああとで・・・・・・」
誰からともなくそう言い、平穏な一日は始まった。
こなたは少しだけ気が楽だった。
まだ仲直りの儀式はしていないが、j心の中には一種の安堵があった。
(かがみのおかげだね・・・・・・)
その日、彼女は真面目に授業を受けた。

 

 柊かがみは人の機微に敏感なようで、彼女は休み時間、一度もやって来なかった。
3人の蟠(わだかま)りが解けるまでは、極力立ち入らないようにしているのかもしれない。
無事に仲直りできれば、満面の笑みでこなたが報告するに違いない。
その時まで待っていようと。
それが昼休みまでなかった。
勘の鋭い彼女は、昼休みにこなたがきっちりと話をつけるものだと悟った。
10分では足りない話だ。
「お姉ちゃん、ちょっと――」
教室の入り口でつかさが手招きする。
「うん?」
と、気付かぬそぶりで席を立つかがみ。
つかさの後ろに一瞬、みゆきの姿が見えた。
「おいおい〜、またちびっ子のところかよ〜」
パンをかじりながらみさおが茶化した。
「まったく寂しいよな。私たちは友だちでも何でもないんだってさ、あやの〜」
大袈裟に嘆いてみせてあやのにしがみつく。
当のあやのは困惑して愛想笑いなんて浮かべている。
「まぁまぁ、柊ちゃんにだって事情があるんだから――」
といって取り繕うのが精一杯である。
もちろん、その事情が何かはあやのの知るところではない。
だがそこは気の置けない仲。
互いに苗字で呼ぶ合うよそよそしさはあっても、相手の変化に気付くくらいはできる。
天真爛漫なみさおにそれができるかはさておいて、あやのはちゃんと分かっている。
だからかがみも、特に言葉を残さずに教室を出た。

 こなたを先頭に、つかさ、みゆきが続き、かがみは最後尾を歩く。
この進路だと行き着くのは屋上で間違いない。
晴れ空の下で仲直りをしようというのだ。
4人は途中、一度も会話しなかった。
こなたにしてもつかさにしても、ある種の緊張があるようだった。
それを後ろから見ていたかがみは苦笑した。
元通りになろうというのに、今さら何を緊張する必要があるのか?
お互いに、ごめんなさい、を言えば済む話である。
それをさっさとやらずに日をまたいだために、関係がややこしくなってしまっただけだ。
(それだけの事じゃない)
少しだけイライラした。
簡単に片付くことを必要以上に先延ばしにする意味があるのか、と問いたくなった。
(私ならすぐに言うこと言って終わるけどな)
が、それはあくまで”かがみ”だからである。
血の繋がったつかさとすら性格は大きく異なるのだから、こういう人間関係での個人差は大きい。
屋上へと続く鉄扉を開けると、やわらかな陽光が差し込んでくる。
「いい天気だね〜」
気が緩んだか、つかさが正直な感想を述べた。
「そうですね」
それに合わせるようにみゆきも相槌を打つ。
前髪をそっとかきあげる仕草が優雅だった。
「・・・・・・て、天気予報じゃ向こう1週間は晴れだって言ってたわよ」
ここで会話を途切れさせてはまずいと思い、かがみが必死につなげようとする。
(あ〜もうっ! こなた、早く言っちゃいなさいよ!)
そうだ。こなたがさっさと言うべきことを言えばいいのだ。
「・・・・・・・・・・・・」
こなたは――黙った。
昨晩、あれほど練習した謝罪の言葉が出てこない。
頭の中では誤っているのに、それが口から出てこないのだ。
「こなたッ!!」
かがみが怒鳴った。
(・・・・・・・・・・・・!!)
つかさとみゆきは驚いてかがみを見た。
その声に鼓舞されたように、こなたは、
「つかさ、みゆきさん」
真剣な目で、真剣な口調で2人を呼んだ。
「2人とも今まで本当にごめん」
イメージトレーニングした第一声とは違っていたが、こなたはちゃんと言葉にすることができた。
「私、2人に言われるまで気付かなかったよ。ほんとにバカだったと思う」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「もっとみんなのこと考えるべきだったよ・・・本当にごめん・・・・・・ごめんなさい・・・・・・」
こなたは伏せ目がちに言った。
許してもらえなかったらどうしよう。
付き合いをやめると返されたらどうしよう。
彼女の心は申し訳なさと不安でいっぱいだった。
高校に入ってせっかくできた友だちを、自分のせいで失いたくはなかった。
初めての友だちを――。
「空気読めないどころじゃないよね、私。みんなにずっと迷惑かけて・・・・・・」
「こなちゃん! もう、もういいよっ!」
堪えかねてつかさが遮った。
「私もこなちゃんに酷いこと言っちゃったもん。私こそ謝らなきゃ・・・・・・ごめんね、こなちゃん!」
「私もです。泉さんと仲違いなんてしたくありません」
眼鏡の奥でみゆきの瞳が濡れた。
「・・・・・・ごめんなさい」
その様子を見ていたかがみは、小さく息を吐いた。
(やっぱり簡単じゃない)
そう思った。
あの時と違い、どちらも意地を張らずに素直に謝ったのだ。
直接の原因はこなたにあったが、強く言い過ぎたつかさやみゆきにも非があった。
それを上手い具合に認め合ったため、溝はこれ以上は深くならなかった。
「泉さんを貶めるような発言をした私にも責任があります。ごめんなさい」
みゆきはもう一度謝罪した。
「ううん、悪いのは私だよ。自分の事ばっかり話してさ。つかさやみゆきさんのこと、ちゃんと考えなかったから」
こなたは視線を落とした。
今の自分にはつかさやみゆきの目を見る資格もないんじゃないか。
そう思ってしまったための反射的な行動だった。
「私、もうそのテの話はしないって約束する。さすがにゲームとか一切やらない、とは言えないけど・・・・・・。
みんなのこと、ちゃんと考えるから・・・・・・!!」
今までは、暴走したこなたをかがみが突っ込むという形で危ういながらも均衡していた。
しかしかがみのフォローにも限界がある。
そういう時、こなた自身が自重しなければならない。
「いいんだよ、こなちゃん。そんなことしなくても」
つかさが言った。
「私たちね、昨日話し合ったんだ。どうしたらいいかって」
「・・・・・・」
”私たち”とは。つかさとみゆきのことだ。
「そしたらね、それがこなちゃんの個性なんだってことになったの。あ、さすがに人前では恥ずかしいこともあるけど・・・・・・。
でも私たちがあの時言った事って、こなちゃんの個性を否定してるんだなって」
「そんな権利、誰にもありませんものね。私たちが愚かでした」
「・・・・・・・・・・・・」
こなたとかがみが話し合っていた時、この2人もこの問題について話し合っていた。
おそらくつかさはまず姉であるかがみに相談したかっただろう。
しかし彼女が起きた時にはすでにかがみは外出していた。
途方に暮れていたつかさの元に、みゆきから電話がかかってきた。
ずいぶん長い間通話していたが、その内容は2人が先ほど述べたとおりだった。
「泉さんらしさがなくなってしまいますから、どうかそんな事言わないでください」
みゆきのそれは懇願に近かった。
「でもそれじゃ何の解決にもならないよ。私はオタクでいいけど、同じように見られるのは厭でしょ?」
こなたは大きく成長したようだ。
すでに他者に対する気遣いが十分にできている。
「・・・・・・う〜〜ん、学校にお人形持って来られたりするのとかはちょっと、ね・・・・・・でも」
「でも・・・・・・?」
「こなちゃんはこなちゃんだから」
よくよく聞いてみれば答えにはなっていない。
少し離れて聞いているかがみは、これでいいと思った。
つかさもみゆきも、こなたに対しては今までどおりでいいと言った。
一方でこなたは自分の自由奔放な言動が原因で、2人に迷惑をかけたと自覚している。
これでいいのだ。
こなたに自覚がある以上、これまでのようにオタク一辺倒の会話はしなくなるだろう。
会話の中に、ほんのわずかでもいい、頭の片隅に聞き手への配慮があれば。
いつものようにボケるこなたと突っ込むかがみ、それに笑って接するつかさとみゆき。
この4人の関係はそれぞれがそれぞれを思いやることでうまくまとまるのだ。
(こなたにだけ気を遣わせるのは嫌だって言いたいのよね、つかさ?)
姉は妹の心を読んだ。
特定の1人にだけ過度に気を遣わせるのは、友だちでもなんでもない。
そういう関係があるとしたら、それは上下かあるいは主従がある時だけだ。
「本当にごめん・・・・・・それと、ありがと・・・・・・」
こなたはぎこちなく笑った。
つかさとみゆきは満面の笑みで返した。
その笑顔のまま、つかさはくるりと反転して、
「さっ、お姉ちゃんも」
かがみを呼んだ。
「そうですね。みんなで仲直りしましょう」
みゆきも笑顔で言う。
「えっ?」
驚いたのはこなたの方だった。
この反応は自然だった。
「お姉ちゃんもこなちゃんと”ごめんなさい”して終わりにしよ?」
(・・・・・・・・・・・・!?)
こなたは訳が分からず目を白黒させた。
かがみは厭な予感がした。
漠然とだが、このまま円満に片付かないような気がした。
こなたもそれに近いことを考えた。
つかさの言っていることはおかしい。
自分はかがみとケンカした覚えはない。
どういう事か問おうとした時、
「ちょ、つかさ・・・・・・!!」
狼狽したようにかがみが制止しようとする。
「もう絶交なんて言わなくていいように、ね」
つかさが余計な事を言ってしまった。
「・・・・・・・・・・・・!」
かがみがハッとなって、こなたを見た。
彼女のこの反応もまずかった。
「ど・・・・・・いうこと・・・?」
こなたはかがみにではなく、つかさに訊ねていた。
「いえ、あの後、かがみさんとも泉さんのことを悪く言ってしまって――」
答えたのはみゆきだった。
みゆきが言ったのは余計なことではない。
隠し事などせず、事実を全て明かすべきだという彼女の誠意の表れだった。
「そうなの・・・・・・?」
かがみを見るこなたの目は、責めているようにも怯えているようにも見える。
「いや・・・私は・・・・・・」
口ごもった。
これが答えだ。
こなたが下校した後、3人でこなたを批難したのは事実だ。
ここでかがみが否定すれば、こなたとの仲が拗(こじ)れることはない。
だがそうすると、今度はかがみが嘘をついたことになり、つかさとみゆきとの仲が壊れてしまう。
正直に言っても、嘘をついても、事態は収まらない。
だから彼女は答えられなかった。
無言のまま、こなたの質問にイエスと答えてしまった。
「ひどいよ」
2日前と全く同じセリフをこなたは吐いた。
「なんで・・・かがみ・・・・・・」
こなたは泣いていた。
2人に謝る時でさえ流れなかった涙が、滂沱として流れ落ちる。
「こなた――」
かがみが声をかけようとした瞬間、こなたは涙も拭かずにその場を飛び出した。
「あっ!」
叫ぶが、誰も追いかけようとはしなかった。
こうなると立ち位置が危ういのはかがみの方で、
「かがみさん、これはどういうことでしょう?」
と、当然のごとく質問が来る。
つかさ、みゆき、こなた。
視点は全く違うが、彼女たちが見る今のかがみは一言で表せばコウモリだった。
つかさやみゆきと一緒になってこなたの悪口を言っていたかがみ。
にもかかわらずこなたへの謝罪もせず、それどころか悪口を言っていたことを認めようともしなかった。
2人からすれば、かがみこそ卑怯者だろう。
当然だ。謝るどころか、罵っていたのも認めなかったのだ。
昨日、こなたはかがみに呼び出された。
2人と仲直りする方法を一緒に考えてくれたし、背中も押してくれた。
その彼女が、本人のいないところで悪口を言っていたのだ。
こなたからすれば、かがみこそ裏切り者だろう。
表面上は理解者を装い、その実では当人を罵っていた。
面従腹背もいいところだ。
こなたはそう思った。
「お姉ちゃん・・・・・・」
「かがみさん・・・・・・」
2人の突き刺すような視線に堪えかね、かがみは何も言わずにその場を立ち去った。

 

 昼休みが終わった。
誰も何も食べなかった。
屋上を出た後、誰がどこで何をしていたかは誰も知らない。
5限目には皆が着席していたから、どこかで時間をつぶしていたのだろう。
「――したがってX軸との交点pとqは・・・・・・」
数学教師がフリーハンドで見事な放物線を黒板に描いているのを、かがみは呆然とした様子で眺めていた。
窓から入り込む風が今日は冷たい。
みさおもあやのも、戻ってきたかがみの様子がおかしいと感じているが声をかけることはなかった。
友だちなら気遣いの言葉をかける局面ではあった。
が、2人ともそれはできなかった。
かがみから近づきがたい雰囲気が漂っていたからだ。
それに仮に話をもちかけても、自分たちの預かり知らないところでの悩み事だ。
ほとんど力にはなれないだろう。
「はぁ・・・・・・」
かがみは何度目かのため息をついた。

 5限目が終わり、6限目が始まった。
英語の授業だった。
ボーッとしていたかがみは教師に指されて慌てて立ち上がった。
英文を和訳しろと言っているのだが、話を聞いていなかったかがみはどこを訳せばいいのか分からない。
「36ページの4行目よ。 However からはじまるとこ」
あやのがそっと耳打ちする。
「えっと・・・・・・”しかしながら、その人の本心を理解することは私にとっては困難だった”」
予習をしていたお陰で、彼女はさらっと訳すことができた。
「 You're correct. 」
完璧な訳に教師には褒められたが、今はまったく嬉しくない。
(よりによってこんな文章・・・・・・)
かがみはますます塞ぎこんでしまう。
その後も授業は進んだが、何も頭に入らなかった。
無駄な時間を過ごしてるな。
かがみは思った。
無駄な時間だ。
こうしている限りは――。

 

 

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