孤独とかがみ

(仲を取り持つことに奔走するかがみ。しかし結果はその不手際が裏目に出て・・・・・・)

 私っていつもそうだ。
自分の考えや想いをうまく言葉にできないから。
それが相手に伝わらないから。
すぐに怒ってごまかそうとしてしまう。
他人は自分じゃないから。
何でもかんでも分かってくれるわけがない。
そりゃもちろん、察してくれれば私も言葉にしなくて済む分だけ楽になるけど。
親、姉妹とだってすれ違いからケンカすることだってあるんだ。
他人とならなおさらだよ・・・・・・。
分かってはいるけど――。

 

 その日のカリキュラムを終えたかがみは、誰よりも早く教室を出た。
後ろでみさおとあやのが何か言っていたようだが、それも聞こえないフリをした。
いつものように隣のクラスで3人を拾わずにそのまま校門へ。
廊下で他愛もない会話に花を咲かせている男女が鬱陶しい。
前を行く女子たちはこれからカラオケにでも行くのだろうか?
一瞬、つかさの事が気になったが、といって引き返すことはしなかった。
いくらなんでも1人で家に帰られないわけではあるまい。
たまにはこうして別々に出るのもいいかもしれない、と。
そう考えると、かがみは少し罪悪感に駆られた。
つかさは何も悪くないのに。
悪いのは全部自分なのに。
(・・・・・・・・・・・・)
かがみにも言い分はあった。
皆が納得するとは思えないが、それでも彼女なりに考えた上での行動をとってきたつもりだった。
ただ、それを――。
言葉にしていない以上、誰にも理解されないのは当然だった。
(いまさら言えるわけないけど)
でも分かってほしいという想いは強い。
言葉にしなければ何も伝わらないし、何も変わらない。
かがみは自分が情けなくなった。
昨日、あれほどこなたに偉そうに諭しておきながら自分はこれか。
他人には言えるくせに自分は言わなければならないことも言えないのか。
情けなかった。
今頃、3人は楽しくお喋りしながら下校しているのだろう。
当然だ。仲直りしたばかりなのだから。
スイーツでも食べているか、それともお金をかけずにウインドウショッピングにでも興じているか。
(私って卑怯だな)
惨めさを存分に味わいながら、かがみは電車に乗った。
持ってきたラノベを読む気も起こらない。
左に流れていく景色を見ながら、頭の中では何も考えていなかった。
しかし車内アナウンスだけは聞いており、降りる駅に近づくと自然と体が動いた。

 

「ただいま〜」
とりあえず家族の前ではいつも通りに振舞う。
誰にも心配をかけたくなかった。
「おかえり。早かったわね」
すぐにみきが出迎えてくれる。
彼女はとても不思議そうな顔をした。
毎日と言っていいくらい、寄り道をして帰ってくるくらいだ。
それが直帰とは珍しい。
「あら、つかさは? 一緒じゃないの?」
すぐに気付き、問うてくる。
「あ、うん。今日は別々に帰ってきたから――」
その理由を訊かれたらどうしようかとかがみはヒヤリとしたが、みきはそこまでは踏み込んでこなかった。
取り繕うように笑って自室へ。
翳りのある顔を誰にも見せたくなかったかがみは、鞄を放るとベッドに突っ伏した。
何も考えたくない。
あのまま、こなたが2人と仲直りをすればそれで終わるハズだった。
つかさもみゆきも根は優しい女の子だから、こなたがちゃんと謝れば絶対に許してくれると。
かがみは分かっていた。
昨日、今日知り合った仲ではないのだ。
冷静に見る第三者からすれば、事の成り行きは良い方向に進むと予想できていた。
しかしまさか、あんな展開になるとは想像もつかなかった。
みゆきの言った事は真実なのだが、あれでは和解に水を差すだけだ。
あの一言がなければ、全て丸く収まっていたのに。
柔らかいクッションに埋没しながら、かがみは少しだけみゆきを恨んだ。
が、すぐにそれが見当違いであると自覚する。
彼女は当たり前のことを言っただけだ。
親友である以上、隠し事はしたくない。
きっと聖人君子はそう思っていたのだろう。
互いが互いの罪を赦し合うことで絆を取り戻したかったのだろう。
それは正しい。
そもそもこなたが謝る、というのはそういう事のハズだ。
「お姉ちゃん、入っていい?」
となると、こなたの背中を押した自分の行動そのものは間違ってなかったといえる。
謝れば済む。
と言ってしまえば、罪を犯した人の開き直りにも聞こえる。
が、したことを悪いと思っているのなら、相手が許そうが許すまいが謝るべきなのだ。
「お姉ちゃん・・・・・・?」
ドアの向こうでつかさの声がした。
かがみはハッと顔をあげた。
「つかさ? うん、いいよ」
一度目は無視する恰好となったが、かがみはベッドに座りなおした。
そっと控えめにつかさが入ってくる。
かがみは反射的に時計を見た。
自分が帰宅してから1時間ほど経っている。
「寄り道・・・・・・しなかったんだ?」
3人で楽しくしていると思い込んでいたかがみは、妹の早い帰宅に驚いた。
「うん・・・少しお話はしたけど」
なにを緊張することがあるのか、つかさは部屋の入り口で立ったままだ。
「そんなとこいないでさ、こっち来なよ」
かがみが手招きした。
つかさはわずかに逡巡したが、すぐに表情を明るくしてかがみの隣に座った。
様子からして姉を嫌ったり軽蔑したりはしていないようだ。
その証拠に、
「お姉ちゃん、大丈夫?」
と、不安げに声をかけてきた。
「私は平気よ」
妹に気遣われる資格なんてない、と思いながらかがみは努めて普通を装う。
だがそこは10年以上を共にしてきた姉妹。つかさはすぐに姉の変化に気付く。
「昼間のことだけど・・・・・・」
控えめなつかさは、身内に対してもやはり控えめだ。
どうせこの話題しかないと踏んでいたかがみは、特に反応せずに次の言葉を待った。
「どうして――」
やっぱり来た、とかがみは思った。
何故こなたに謝らなかったのか、と問い詰めてくるに違いない。
「どうして言ってくれなかったの?」
「ええっ――?」
だが続いて出された質問は、予想していたのとは少し違っていた。
「え、何が? どういうこと?」
かがみは狼狽した。
一瞬、”こなたに謝罪の言葉を言ってくれなかった”という意味かと思ったが、それならこのセリフは不自然だ。
この場合はどう考えても、
「どうして私にもゆきちゃんにも黙ってたの?」
こちらの意味だろう。
つかさは続けた。
「お姉ちゃんはほんとはこなちゃんの事、好きなんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「あの時、一緒になってこなちゃんを悪く言ってたけど、ヘンだなって思ったよ」
「・・・・・・・・・・・・」
「本当は違うんだよね?」
「違うって何がよ?」
かがみは半分怒ったような口調で問い返した。
「こなちゃんを悪者にしたのって、理由があったんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・ッ!?」
かがみは感情を隠すのが下手だ。
楽しいとき、腹立たしいとき、悲しいとき、憂えたとき、いちいち顔に出てしまう。
その癖をつかさはよく知っていた。
姉が目を見開いて――つまり驚いて――自分を見つめてくることも、つかさには分かっていた。
そのかがみは実際に動揺していた。
秘めていた思考が簡単に露になる。
「これは私の思い込みだけど・・・・・・」
と前置きしてから、つかさがタネ明かしを始める。
「お姉ちゃん、私たちに気を遣ってくれたんじゃないの?」
「・・・・・・・・・・・・」
「一緒になってこなちゃんを悪く言ったのって、私やゆきちゃんに同調してくれたってことだよね。
私たちが不満に思ってること知ってたから・・・・・・それで私たちのストレスを解消させてくれたんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・」
「もしあの時、こなちゃんを庇ったりしたら私たちの不満が余計に溜まるから・・・・・・。
だからわざとこなちゃんを悪者にしてくれたんでしょ?」
「つかさ・・・・・・」
普段、頼りなげな妹はここぞというところで名探偵並みに推理力を発揮する。
いや、これは推理というよりも姉の心を汲み取った故の結論だ。
「でも本当は今までみたいに4人で仲良くしたいよね? お姉ちゃんもそう思ってたよね?」
「うん・・・・・・」
かがみは小さく頷いた。
「だから私たちに同調して一緒に怒ってくれて・・・・・・でも、こなちゃんの背中も押してあげてた・・・・・・。
ごめんね、お姉ちゃんのやった事、駄目にしちゃって・・・・・・」
「・・・・・・」
「お姉ちゃんがみんなをうまくまとめてくれようとしてたのに――」
「つかさ・・・・・・」
「”絶交”って言われた時、私、急にこなちゃんのことが可愛そうになったよ。ゆきちゃんも多分同じだったと思う。
あれもお姉ちゃんの考えだったんだよね?」
正解だった。
つかさの”思い込み”は全て事実だった。
4人でいつまでも仲良く、とは誰もが思っていたハズだ。
それが今回、こなたを中心に関係が崩れようとしていた。
つかさとみゆきが、こなたに不満を抱いていると知ったとき、かがみは最初、こなたを庇おうと思った。
だが咄嗟にそれが逆効果だと気付いた。
それではつかさ、みゆきがさらに反発し、こなたとの溝をさらに深めてしまいかねない。
だから、あの場ではこなたを悪者にした。
”絶交”というきわどい単語を口にしたのも、2人に後ろめたさを味わわせるためだった。
この言葉で2人が躊躇いや戸惑いを見せるなら、関係は必ず修復できるだろうと。
そこでこなたが素直に謝れば、何もかも元通りになると。
一から十まで緻密に考え抜いたわけではないが、それが最善だとかがみは思っていた。
「こなちゃんから聞いたんだ、昨日のこと・・・・・・」
「そう・・・・・・」
昨日、つまり朝早くから出かけてこなたと会っていた時の話だ。
「怒ってたでしょ、私のこと。それとも呆れてたか――」
「違うよっ!」
つかさにしては珍しい大きな声に、かがみは少しだけ竦(すく)んだ。
「違わないわよ。こっちではこなたの悪口言っておきながら、本人には謝れなんて言ったんだから!」
関係を修復したいと思っていた自分の不手際で、まさか自分自身が関係を崩してしまうとはなんたる皮肉か。
かがみは自嘲した。
私ってバカだ。
最低だ。
「こなちゃん・・・・・・悔しがってたよ?」
「・・・・・・!!」
かがみはバカでも最低でもない。
そもそも4人の関係は崩れていない。
「そりゃそうよね、まんまと私に騙されてた――」
「違うの! 違うんだよ、お姉ちゃん!」
つかさはかがみの肩を掴んだ。
「こなちゃん、お姉ちゃんに謝りたいって」
つかさは泣きそうな目でかがみを見た。
なぜここで、この局面でつかさが涙する必要があるのだろう。
そう思っていると、つかさは昼休み後の出来事を教えてくれた。

 

 昼休みそのものは散々であった。
飛び出したこなたは授業開始間際になって教室に戻ってきたようだ。
5限目と6限目の休み時間では、誰も何も喋らなかった。
互いによそよそしく、6限目開始のチャイムを幸運に思ったほどだった。
放課後になると、まずみゆきが2人に声をかけた。
昼休みにはじっくりと話す機会がなかったこと。
一昨日、かがみがこなたをどう言っていたのか。
”絶交する?”という、極めて辛辣な言葉を持ち出したことも。
2人はこなたに話した。
聞かされたこなた自身は、それがかがみの積極的な意思ではないと分かった。
つかさもみゆきも、
「悪意があったとは思えない」
と繰り返していたからだ。
続いて移った話題は当のかがみの件。
かがみの行動には何か理由があるのではないか。
彼女はまず妹であるつかさに尋ねた。
が、思い当たる節はないと首を横に振ると、こなたがぽつりぽつりと語った。
それが”昨日の出来事”だった。
こなたは包み隠さず話した。
朝早くメールが来たことも、ファミレスに行ったことも、その後でゲーセンで遊んだことも。
もちろん、会話の内容も覚えている範囲で全て語った。
「そんなことが・・・・・・」
みゆきが俯いた。
つかさもみゆきも、かがみをどっちつかずのコウモリだとは思わなかった。
八方美人で計算高く、巧みに身を躱すキツネだとは思わなかった。
屋上では取り乱したこなたでさえ、冷静である今となってはかがみを責める気にはならなかった。
言葉には出さなくとも、ここにいる3人がだいたい同じ事を考えていた。
つまり、”かがみは仲を取り持つために、わざとどっちつかずの態度をとった”ということ。
実際、つかさ・みゆきとこなたの間の橋渡しをしたのは彼女だ。
2人に燻る不満をうまく和らげ、こなたに素直に謝らせたのも彼女だ。
「かがみさんには申し訳ないことをしてしまいました・・・・・・」
みゆきはやはり責任を感じていた。
親しい間柄とは隠し事を何一つしない、肝胆相照らす仲だと思い込んでいた。
それは勘違いだった。
嘘も方便、知らぬが仏、という言葉がなぜ存在するのか?
みゆきは今になって分かった。
隠しておくべきこともあるのだ。
それを露呈させることで、上手くいっていたものが瓦解することがあるのだ。
「みゆきさん?」
考え込んでいるみゆきに、こなたがそっと声をかけた。
「明日、かがみさんに謝ります。かがみさんが私たちの仲を取り持ってくれたのですから」
こなたがかがみを恨んでいるなら、かがみが双方の間でやったことは無駄になるし、
つかさとみゆきが屋上で真実をバラしたことも仇でしかなくなる。
しかしこの場合は違う。
こなたはかがみが何をやろうとしていたかをちゃんと理解したのだ。
同時に自分がどれだけ子供で、ちっぽけで狭い人間なのかも痛感したのだ。
対するかがみが大人で、寛大でしかも聡明だと認識を改めたのだ。
こなたは自分が恥ずかしくなった。
いつも揶揄(からか)っていた相手が、自分には到底及ばないほどの思慮深さの持ち主だった。
この点では博識のみゆきですら敵わない。
バカばかりやっている自分を心から恥じた。
見た目どおり、自分はちっとも成長していない。
こなたは思ったが、そこまでは言葉にしなかった。
「私も」
と、こなたが言った。
「明日、ちゃんと謝る。かがみは何も悪くないから。悪いのは私だもん」
「私だってそうだよ。私だって・・・・・・」
つかさは小さく、しかしハッキリとした口調で言った。
「お姉ちゃんに謝らなきゃ」
3人は同じ事を思い、同じ事を約束して別れた。

 

 つかさの言ったことが自分に対する気遣いではなく、全て事実であるなら自分のやった事は無駄にならなかった。
かがみは気分が落ち着いているのを自身の呼吸で感じた。
同時に申し訳なくも思う。
実は間を取り持つためにやった、とさっさと言っておけばここまで引っ張る話ではなかったかもしれない。
自分からは言えない、誰かに悟ってもらうまで真実が見えてこない。
今回はこなた、みゆき、そして何よりつかさに感謝すべきだ。
「ごめん、つかさ・・・・・・わたし・・・バカだ・・・・・・」
かがみは涙を見せた。
「お、お姉ちゃんが謝ることないよ! だってお姉ちゃん――」
「ううん、もっといいやり方があったかもしれないのに、こんな回りくどいことして・・・・・・。
挙句にみんなに迷惑かけちゃって・・・・・・」
落涙を止められなかった。
自分は恵まれている。自分は幸運だと、かがみは繰り返し思った。
自分の言動について、察してくれる人がいる。
つかさたちがかがみの真意を探ろうとせず、行動のみを表面的に見ていたら、彼女はただの八方美人で終わっていた。
それによって3人は団結できただろう。
八方美人の柊かがみ、という共通の敵を突くことで――。
しかし誰もそれをしなかった。
団結することはできても、敵を作ってましてやそれを叩くなんてできない。
つかさもこなたもみゆきも、そんな悪辣な面は持っていない。
だからこそ柊かがみの友だちなのだ。
インターホンが鳴った。
階下でごそごそと音がする。
「ううん、お姉ちゃんのおかげだよ。でなかったら私たち――」
「かがみ〜、こなたちゃん来てるわよ〜」
みきの呼び声が、つかさの言葉を遮った。
「えっ?」
「え?」
2人は思わず顔を見合わせた。
このタイミングでやって来るとは。
しかもみきの呼び方からして、はじめからかがみに用事があるらしい。
「お姉ちゃん」
立ち上がるかがみに、つかさは静かに言う。
「私は・・・・・・私は行かないから、ね」
かがみは少しだけ考え、
「うん、分かった」
妹の配慮に感謝しながら部屋を出た。

 

 午後5時を過ぎたあたりでは、さすがに吹く風にも冷たさが帯びる。
が、今この時は少しくらい冷たいほうがいい。
意識をハッキリ保っていられるし、温暖な時よりも五感は鋭くなっているハズだ。
「かがみ、泣いてたの・・・・・・?」
近所の公園。
子供たちの姿もすでに見えなくなって、2人は借り切り状態のブランコに揺られていた。
「な、泣いてなんかないわよ!」
慌てて否定するところが怪しいし、間近で顔を見るとたしかに涙に濡れた跡がある。
嘘をつかれるのが、こなたには悲しかった。
かがみは意地っ張りなところがあるが、せめて2人だけの時は些細な事でも嘘をついて欲しくなかった。
「・・・・・・かがみ」
こなたは土を見たまま言った。
ゆらゆらと揺れる影が寂しさを誘った。
「ごめんね・・・・・・」
こなたは搾り出すように言ったが、本当はこんな言葉を使いたくはなかった。
使い古されたありきたりの言葉では、気持ちは伝わらない。
こなたは考えた。
誰にでも言えそうなものじゃなく、オリジナルの謝罪の言葉はないかと。
「本当にごめん」
しかし口から出るのは、やはり陳腐な謝り。
「別にあんたが謝ることないでしょ」
かがみはあしらうように言った。
「悪いのは私。ぜんぶ私なのよ」
ふてくされているようにも見えた。
実際そうなのだろう。
関係を修復させようとした一番の功労者が、どうして後ろめたさを感じなければならないのだろう。
「なんでかがみが悪いの!?」
無意識に大声を出していた。
「そもそも原因は私じゃん。私と2人の問題でかがみは関係な――!」
言いかけてこなたは口を噤んだ。
また余計なことを言ってしまった。
バラバラになりかけていた関係をここまで修復してくれたのは、誰あろうかがみだ。
それを今になって、関係ないとは言えない。
ただ、こなたにしても、かがみを巻き込んでしまったという罪悪感はあった。
わざわざ休みの日をつぶしてまで自分を励ましてくれたことも、多分生涯忘れないだろう。
だが今はそれ以上に――。
「ごめんね、かがみん。わたし・・・・・・ひどいこと言っちゃったね・・・・・・」
謝るほうが先立った。
「私バカだからさ。かがみが本当は私のこと、嫌いなんだって思ってた。だから・・・・・・。
つかさやみゆきさんと一緒になって、私のこと責めてたんだって・・・・・・」
かがみは何も答えない。
こなたは続けた。
「でもそんなワケないよね。それだったら昨日、私を誘ってくれたり、アドバイスくれたりしないし。
ちょっと考えたら分かることなのに――何も考えないでかがみにひどいこと・・・・・・」
こなたにとってかがみは大切な友だち――親友だった。
向こうがどう思っていようが、こなたはそう思っていた。
つかさともみゆきとも仲は良い。
だが2人に対して持つ感情と、かがみに対して持つ感情は違っていた。
その大切な友だちを――。
疑いの目で見てしまった自分が情けなかった。
「もういいよ、こなた」
かがみは慰めるように言った。
「そりゃ確かにあんたを悪者にしたのは、2人の不満を取っ払ってやろうと思ってやったことよ。それは事実」
と前置きしたうえで、
「でも理由があったとはいえ、あんたのことを悪く言ったのも事実だから――」
彼女は俯いた。
「ううん、理由があるとかないとかじゃなくて、他人を悪く言うのはいけないことよ。どんな理由があっても」
かがみは自分の行動を正当化しようとはしなかった。
回りくどいやり方だった、と彼女は後悔した。
現状を見れば誰も意地を張ったりしていないのだから、関係はほぼ完全に修復できている。
最後にもう一度、4人が顔を合わせて互いに謝ればそれでお終いだ。
結果はこれで良かったが、経過は最悪だった。
「私が自重してればこんな事にならなかったよね?」
こなたは疑問調で自分に言い聞かせた。
「わたし・・・バカだから・・・・・・」
こなたは自分を卑下する回数が増えた。
重苦しい雰囲気に堪えかねたかがみは、話題を変えようとした。
「そういえばさ、なんでわざわざ来たのよ? 学校は明日もあるんだし、電話でだって――」
「それじゃダメなんだよ」
が、すぐに真剣なこなたの言葉に遮られる。
「最初は明日謝ろうと思った。でもそれじゃダメなんだよ」
「なんでよ?」
「私がそうしたいから」
「はぁ?」
かがみは半ば呆れたようにこなたを見た。
「あんたさ、それで風邪でも引いたらどうするんだ?」
呆れながらも、さりげなく気遣う。
こういう一面をいちいち見せるから、ツンデレだと評されることを彼女は自覚していない。
「いいよ、それでも」
思いのほか、あっさりと答えるこなたにかがみは目を丸くした。
「かがみに会うのを遅らせることに比べたら、風邪引くなんてどうってことないよ」
「・・・・・・・・・・・・?」
いまひとつ言っている意味が分からない。
(何が言いたいんだ?)
今、横でブランコに揺られているのは見飽きたオタクではない。
「かがみにずっと甘えてたね・・・・・・」
「・・・・・・」
「私が暴走したら、いつもフォローしてくれて・・・・・・それにずっと甘えてたよね」
「言ってる事がよく分からないんだけど?」
かがみは流そうとするが本当は違う。
こなたが何を言おうとしているのか、ほとんど理解しているのだ。
ただそれを認めてしまったら、付き合いの中に役割というか上下のようなものができてしまう。
かがみはそれが厭だった。
「ありがとう」
こなたはそう言った。
この距離で聞き間違うハズもない。
「なんで私がお礼言われるのよ」
かがみは怒ったような困ったような複雑な表情をした。
普段ならここでこなたが揶揄(からか)うところだが、今日は妙にしんみりと、
「私といてくれて――」
照れることもせずに言った。
その言葉に頬を紅潮させたのはかがみだった。
「なに言ってるのよ。おじさんもゆたかちゃんもあんたといるでしょ? それにつかさやみゆきだって――」
「ううん、そうじゃなくて・・・・・・」
「・・・・・・なによ?」
「――友だちとしてだよ」
「だから、それならつかさやみゆきはどうなるんだよ?」
「・・・・・・・・・・・・」
2人の名を出された途端、こなたは押し黙ってしまった。
「こなた?」
こういう時、かがみは誰よりも優しい。
腫れ物に触るようにこなたに接する。
それをこなた自身がどれほど感謝しているのか、当のかがみは半分ほどしか分かっていなかった。
「なんていうかね・・・かがみだけなんだよね。普通に話できるのって――」
こなたはずっと伏せていた顔を上げ、奥にあるすべり台を眺めた。
カラスが鳴いた。
冷たい風が背中をなぶった。
「私ね、高校に入るまで友だちなんていなかったよ」
突然に、こなたは昔話を始めた。
「ほとんど誰とも喋らなかった。クラスの子の顔も名前も思い出せないくらい」
その語りがあまりに痛々しくて、かがみは思わず、
「もしかしてあんた・・・・・・いじめに・・・・・・?」
問うてしまった。
「あ、いや、そういうわけじゃないんだけどね」
とろんとした目のまま否定するこなたの表情からは、嘘か本当かは読み取れない。
「でも誰とも遊んだりしなかった、休みの日もお父さんとどこかに出かけたり――」
なんだか重苦しい話だ。
相槌を打つことすら躊躇われるくらい、ひどく陰鬱な話。
「なんだか寂しくってね・・・・・・」
普段のこなたなら絶対に言わないような言葉が出てくる。
「お父さんがやってたゲームを借りたんだ。タイトル忘れたけど、そこそこ売れてたギャルゲーだったよ」
「タイトル言われても分からないだろうな、私は」
なんとか口を挟む隙間を見つけてかがみが相槌を打つ。
黙って聞き手に回るには辛い内容だ。
「ギャルゲーってさ、女の子がいっぱい出てくるでしょ?」
「まあ妙にモテる男が主人公だからな。でないとゲームにならないし」
「ゲーム自体はあんまり面白くなかったよ。ストーリーもいまいちだったしね。だけど――」
そこでこなたは一呼吸おいて、
「久しぶりに誰かと喋ったって記憶は今でもハッキリ残ってる」
「・・・・・・!?」
かがみはハッとなってこなたを見た。
ギャルゲーは恋愛の疑似体験だ。
たいていは感情移入しやすいように音声も顔すらも謎の主人公を操って、目当ての女性と結ばれる。
これはゲームだ。
だがこなたはつまり、
「バカだよね。ゲームに出てくるキャラを友だちだと思っちゃうなんて」
こういう状況だった。
主人公にというより、プレイヤーに媚びるように出てくるキャラはみな主人公に優しく接してくる。
甘え上手な幼馴染とか、ベタ惚れの同級生とか、上から目線で導いてくれる姉とか。
そういうキャラがとっかえひっかえ現れて、プレイヤーの心をくすぐる。
こなたはゲームをしながら、意識を完全に主人公と同化させてしまっていたらしい。
所詮は画面の奥でプログラムが予定通りの表情をさせ、決まったセリフを吐いているだけだというのに。
こなたはそれらのキャラを友だちとして見ていた。
少女がママゴトや人形遊びをするのに近いかもしれない。
ただそれを、高校に入る直前まで続けていたとは。
「あんた――」
かがみはかける言葉が見つからなかった。
オタクというのはゲームなりアニメなりに興じるあまり、現実でうまく生きられないものだと思っていた。
そういう先入観をかがみは持っていた。
だから現実をうまく生きていけない人が、仕方なくゲームやアニメに没入してしまうという逆の考え方ができなかった。
「いっそ主人公が女の子のギャルゲーがあったらいいのに、って思ったくらいだよ」
こなたに友だちがいなかった理由は分からない。
いじめだったのかもしれないし、そうでないのかもしれない。
どちらにしても、彼女が孤立した理由は何なのだろう。
かがみは少しだけ考えてみた。

――小学生みたいな体型だから?
それなら小学校の時に友だちがいたハズだ。
――飛び出たアホ毛のせい?
寝癖のまま学校に来てる奴なんていくらでもいた。
――くるんと巻いたような唇が原因?
阻害される理由にはならない。

 どれも違うようでどれも当てはまるような気がした。
人間は同を好んで異を厭うから。
自分たちと少しでも違うものを仲間からはずしたがる。
特に小さな子はそのあたり、非常に残酷な面を持っている。
一度輪からはずされた者が、群れの中に入っていくのは難しい。
自分自身の力では不可能だからだ。
輪の中に入るには自分がどうこうするだけではなく、輪そのものから認めてもらわなければならない。
「そんな感じでゲームとかアニメに没頭するようになったんだよね。今は好きだから別にそれでもいいけど」
こなたは自分を嘲笑った。
「こなた・・・・・・」
ほんの数年前まで、彼女が友だちと呼べるのは画面の向こうのCGだけだったのだ。
会いたければハードの電源を入れればいいし、疲れたら消せばいい。
選択肢を覚えていれば、自分の思い通りにキャラが動いてくれる。
言われて嬉しいセリフはセーブ・ロードを繰り返すことで何度でも言ってもらえる。
「だから嬉しかったよ。つかさと知り合えて、みゆきさんと喋って、かがみとも親しくなれて」
「・・・・・・・・・・・・」
これは冗談などではない。
つかさもみゆきも、おそらくこの事は聞いていまい。
かがみにだけ打ち明けた、過去と真実だ。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・?」
ずいぶん長いこと黙っているなと、かがみが視線を横に移すと、こなたは泣いていた。
つらい過去を思い出したからだろうと、彼女はそっとハンカチを手渡した。
我ながら用意がいい、とかがみは思った。
無言で受け取るこなた。
「つらかったんだね、あんたも――」
かがみはもらい泣きしてしまいそうなのを堪えた。
痛々しい過去だ。
が、こなたが涙した理由はこれではなかった。
「でもわたし・・・・・・人との付き合い方がよく分からなかったから・・・・・・」
「うん」
「どう言えば喜ぶかとか、何を言われたら怒るとか・・・・・・そんなこと全然考えなかった・・・・・・!」
なるほど、ギャルゲーはあくまで疑似体験。
生身の人間との付き合い方は、どれだけプレイを重ねても習得できるものではない。
「みんないつも笑ってくれてたから、それでいいんだって思ってた」
「まぁ、言いたいことは分かるけど」
「それでワガママばかり――」
小さなしずくがこなたのスカートを濡らした。
彼女はさっと立ち上がり、かがみから離れるように背を向けた。
泣き顔を見られたくないらしい。
「私って最低だよ・・・いつも自分のこと・・・ばっかりで・・・・・・みんなに迷惑かけて・・・・・・」
ほとんど声が聞き取れない。
「こんな勝手なことばかりして・・・・・・嫌われ――ッ!?」
その後は続かなかった。
背中に感じる体温と、回された両腕がこなたの体をしっかりと押さえつけていた。
「もう言わなくていいから」
母のように優しいかがみの声がすぐ後ろから聞こえた。
「かがみ・・・・・・」
今この瞬間、こなたにはかがみがとても大きな存在に感じられた。
――今だけではない。
こなたにとって、かがみは常に偉大な存在だったハズだ。
彼女がそれをそうだと認識していなかったに過ぎない。
「現実はゲームとは違うんだ。生身の人間だからプログラムどおりになんていかない」
「うん・・・・・・」
「どうすればいいか悪いかなんて誰にも分からないから。だからみんな気を遣って生きてるんだ」
「うん・・・・・・」
「でもな、これだけは言っておく」
「・・・・・・」
「心配しなくても、誰もあんたを嫌ってなんかないからな」
その言葉が今のこなたにはありがたい。
背中から全身に伝わった温もりは、たしかに自分と柊かがみがいることを実感させてくれる。
「落ち着いたか?」
そう問うかがみの口調はいつものそれだった。
こなたはこくんと頷いた。
「よし!」
努めて明るく掛け声ひとつ。かがみはポンとこなたの頭を叩いた。
「それじゃ、この話はこれで終わりにするからな」
と、本人の確認もとらずに切り上げてしまう。
振り向いたこなたは口をとがらせて、
「相変わらず強引だね〜かがみんは〜〜」
いつものようにおどけてみせた。

 

「どうする? うちでご飯食べてく?」
公園を出て、人気のまばらになった道を歩きながらかがみが問うた。
「うーん、今日はお父さんがカレー作るって言ってたしなあ」
「そっか・・・・・・」
かがみは少し残念そうだった。
だが、こなたがいつもの明るさを取り戻したことで嬉しくもあった。
「かがみんの愛妻弁当は次の機会にとっとくよ」
「誰が作るかよ」
「私は質素な中身でも大歓迎だよ」
「ケンカ売ってるだろ?」
軽口を叩きあいながらも、この時間こそが2人にとっては至福だった。

「ほんとに駅まで送らなくていいの?」
「うん。私が勝手に来ただけだし、かがみに悪いし」
「あんたなぁ・・・まだそんな事言うか・・・・・・?」
「あはは、それじゃまた明日ね」
「うん、バイバイ」
「バイバイ」
「・・・・・・こなた!」
「なに?」
「さっきの話、誰にも言わないから。つかさにも――」
「うん、ありがと」
駅の方向へと消えるこなたが振り向いた時、瞳が潤んでいたのをかがみは見逃さなかった。
「まったく世話が焼けるわね」
苦笑まじりに踵を返したかがみは、自分も彼女と同じように涙を流していることに気付かなかった。

 

 

 

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