第5話 悲恋の楓

(結木と安純を護るため、松竹に従属することを申し出てしまった楓。だがこの愚行が楓をさらなる悲劇に追い込むこととなる)

 楓の前におとぎ話にしか出てこないような屋敷が聳立(しょうりつ)していた。
白を基調とした荘厳な屋敷だ。
彼女はこれまでに何度か誘われていたため、この屋敷には見覚えがある。
「着いたよ、南さん」
松竹が耳元とささやく。
なぜだろう。今日ばかりはこの屋敷が不吉な悪魔の巣窟のように思えた。
もう逃げられない。楓は松竹をチラリと見やった。
普段の温厚な松竹だが、口元だけが微笑んでいる。
「お帰りなさいませ、お坊ちゃま」
いつの間にか平井が前に立っていた。
「ただいま、平井。聞いてよ! 南さんがうちに来てくれたんだよ!」
無理やりに連れてきたというのに、松竹は満面の笑みだった。
「それはようございました。南様、お坊ちゃまをよろしくお願いいたします」
平井がうやうやしく頭を下げた。
彼は気付いているのだろうか? 護るべき”お坊ちゃまの正体”を。
二人が足を踏み出すと、背後で門が音をたてて閉じた。
「あっ・・・・・・」
楓が小さく漏らした。
「どうしたの、南さん?」
「う、ううん・・・・・・」
楓は答えなかったが、内心ではさらに恐怖・・・・・・というより絶望の兆しが強くなっていた。
頼りになるのは・・・・・・。
楓は松竹に気付かれないように、視線だけを平井に向けた。
だが平井はそんな彼女の小さなサインに反応を示すことはなかった。
玄関をくぐると、視界のなかにまばゆい光とともに巨大なロビーが現れた。
このロビーだけでも楓の家くらいありそうだ。
「お帰りなさいませっ!」
左右にならんだ使いたちが一斉にお辞儀する。
十数名いるが、どの顔も平井に見える。
松竹は彼らの作った花道を抜け、廊下を右に曲がった。
「僕の部屋へ行こうか?」
松竹は楓の顔をのぞきこむようにして訊いた。
楓が小さく頷く。
松竹はいつも楓が断れないことを知っておきながら質問する。
彼の中では楓は理想の女性であり、決して自分のオモチャなどと思っているわけではない。
ただ望むものは何でも手に入る環境で育てられたため、楓が自分の思い通りにならないと気に入らないのだ。
この性格は結木への作戦が成功したことでさらに強くなった。
松竹の部屋は廊下を少し進んだ南側にある。
日当たりも考慮してだが、何より楓の苗字である”南”にかけているのだ。
ここに来るまで楓はほとんど言葉を発していない。
松竹はそのことが少し気になったが、自分のせいだとは微塵も思わなかった。
部屋はかなり広かった。
豪華なベッドとテーブル、それに二人掛けのソファがあるが、目を引くのはそれくらいだった。
「こういう日を夢みてたんだ・・・・・・」
うっとりしたまなざしで楓を見つめる松竹。
年頃の女の娘ならこれでドキドキしないわけがないのだが、楓は別の意味で鼓動の早まりを感じていた。
「水族館のことだって・・・・・・本当は南さんと二人だけで行きたかったのに」
松竹はいつか水族館に行った時を思い出した。
「疲れただろう? 座りなよ」
松竹がソファをすすめる。
楓はそれに従うしかなかった。楓がソファに腰かけたのを確認して、松竹はベッドに腰をおろした。
これで二人はちょうど向かい合う恰好になった。
「・・・・・・・・・」
楓は何か言いたそうにしている。
「足を開いてよ・・・・・・ゆっくりとね」
彼の言葉には魔力があった。下はスカートのため、この命令には従いづらかった。
(もっとも、どんな恰好であろうと女性ならためらうであろうが)
しかし拒むとどんな目に遭わされるか分からない。
楓は自然に流れようとする涙を必死に止めながら、松竹の望みを叶えた。
「いいね、清楚可憐な乙女って感じで・・・・・・。僕の理想の女性だよ。南さんは」
恍惚の瞳でみつめた後、松竹はぽつりと呟いた。
「ねえ南さん・・・・・・僕って異常かな・・・・・・・・・?」
楓は反射的に顔をあげた。
命令ではなく質問だったことに楓は惑った。
「・・・・・・・」
松竹は答えを待っている・・・・・・。同じ姿勢で、同じ表情で・・・・・・。
まるで時が止まったか、あるいは人形にでもなってしまったかのように。
何か答えなければ・・・・・・でも何と・・・・・・?
楓はわずかな間にできる限り素早く、最大限に思考を巡らせた。
松竹は今、さきほどの口調からも想像できるとおり弱気になっているハズだ。
だがたった今までの彼と比べるとあまりにも変わりすぎている。
不安定になっているのか・・・・・・。
ならば刺激しないよう無難な回答をしたほうがいいのか。
「松竹くん・・・・・・」
楓は意を決して声をかけた。
松竹からの反応はない。
「松竹くん・・・・・・ヘンだよ・・・・・・・・・」
楓の頬を一筋の涙がつたった。
「・・・・・・結木君にあんなことさせて・・・・・・それで・・・私だけ・・・・・・じゃ・・・・・・日高さんまで・・・・・・。どうしちゃったの・・・・・・?
松竹くん、いつも優しくて・・・・・・」
その言葉はまさしく楓の疑問を率直に示していた。
「・・・・・・南さん・・・・・・きみは保健室での話を覚えていないのかい・・・・・・?」
再び地の底から響くような声。
松竹は今にも呪い殺さんばかりの恨みの念をもって楓を睨みつけた。
その二つの眼はとても恐ろしく、楓を震撼させた。
「君は賢い娘なんだ。だからそんなバカな質問を繰り返さないでほしいな・・・・・・」
「・・・・・・」
「君が悪いんだよ・・・・・・。君が結木になんか興味を持つから、君が僕に振り向いてくれないから・・・・・・。はじめから僕だけを見てくれていれば、
こんなことにはならなかったんだよっ!」
松竹はそう叫ぶと楓の肩をつかんだ。
「いたっ・・・! いたいよ、まつたけくん・・・・・・っ!」
楓が懇願するように松竹を見た。
「なんだよっ、その目はあぁっ!? そんな目で僕を見るなよぉぉぉっ!!」
楓を掴む腕に力がこもる。
あまりの痛みに楓は思わず目をそらした。
「なんで僕を見ないんだっ! 結木を見るように、僕を見るんだよっ!」
・・・・・・彼は狂っている・・・・・・。
楓は命の危険すら感じた。松竹の言うことはさっきから支離滅裂だ。
おそらく彼自身も何を言っているのかを把握していないのだろう。
しかし今さら逃げるわけにはいかないし、そもそも松竹を振り切って逃げる気力も体力も残されていない。
「・・・・・・・・・分からないよ、南さん、どうして君は僕を好きになってくれないんだ? 僕が言えば、君はきっと僕のことを好きだというだろうね。
でも違うんだ。それは僕が言わせてるだけで、君の気持ちじゃない。そうだろ?」
今度は恐ろしいほど冷静だった。
呂律もしっかりとしている。
だが楓を掴む手にはまだ力が込められていた。
「なにか理由があるハズだ。僕ではなく君が結木なんかを選ぶ理由が。その理由は何だい?」
松竹の冷たい視線が突き刺さる。
答えられるハズがない。人が誰かを好きになること自体が漠然たることだ。
その理由を求めるなど、松竹がまだ本当の恋愛を知らない証拠だった。
「僕は悔しいよ。君が結木よりも先に僕と出会ってくれていれば・・・・・・そうすれば君は僕を好きになってくれたのに・・・・・・」
「な・・・・・・何を言ってるの・・・・・・?」
そう訊かずにはいられなかった。
「南さんは・・・そうだ。先に出会った男を好きになるんだろう? だから僕じゃなくて結木を・・・・・・!」
そこまで言って松竹は笑った。この屋敷で見せた初めての笑顔。
だがその笑顔は間もなく消え、深い怒りの念をともなった羅刹のような表情に豹変する。
「結木の存在が南さんの判断を鈍らせているのならっ! 僕は結木を殺すっ!」
言ってはイケナイ。言わせてはイケナイ言葉を松竹はついに発してしまった。
「結木が憎いッ! 僕を出し抜き、南さんを奪った結木を憎むッ!」
松竹の目は真っ赤に血走っていた。
もう彼の暴挙を止められない。
いや、方法はまだ残されている。
「待って、松竹くんっ!」
それはほとんど悲鳴だった。
「私は本当は・・・・・・ずっと松竹くんのことが好きだったの・・・・・・」
「なにを言ってるんだい?」
「ずっと告白しようと思ってた。でもできなかったの。だって松竹くんは財閥の出でしょう? それに周りにはいつも女の子がいっぱいいた。
わたし・・・・・・釣り合わないって諦めたの・・・・・・」
「南さん・・・・・・?」
「それにあんな沢山の女の子・・・・・・かわいい娘だっていっぱいいたし、そんな娘たちに勝てるわけないもん! だからキッパリ諦めた。
それで近くにいた結木君にしかたなく近づいてみたの」
松竹の顔がだんだんと崩れてくる。
「そんな・・・・・・そんなバカな・・・・・・。僕は君に何度もアプローチした。でもそれを拒み続けたのは南さんじゃないか」
「あれは・・・・・・」
この問いにはさすがに楓も口ごもってしまった。
早く答えないと松竹に嫌疑の念を抱かせてしまう。
「あれは・・・・・・松竹君が私に気を遣ってくれてると思ったの。正直言って、みじめだった・・・・・・。同情されてもツライだけだから・・・・・・」
口から出まかせだった。
結木を守り、かつ松竹を戒めるためのまったくのウソだった。
筋書きも準備もない即興のウソ。
「そんな・・・・・・なんてことだ・・・・・・」
だがこのウソは思いの外効果をあげていた。
言葉にならない声をあげながら、松竹はその場に力なく崩れおちた。
その様子を見て、楓もすっかり力が抜けてしまった。
緊張が一気に緩んだのだ。
「南さん・・・・・・僕は取り返しのつかないコトをしてしまった・・・・・・。まさか南さんが僕を・・・好きだったなんて・・・・・・」
松竹は頭を抱えた。
「気付いていれば・・・・・・いや、気付いてあげられなかった・・・・・・。ああ、僕はなんてことを・・・・・・!」
楓はチャンスだと思った。
逃げることはムリでも、なんとか松竹をなだめることができるのではないか。
そのためのもっとも効果的な方法は・・・・・・。
「・・・・・・!? 南さん・・・・・・?」
楓は立ち上がり、松竹の背中へそっと両腕を回した。
すると松竹から怒気のようなものが失せていく。
「松竹くんの気持ち、すごく嬉しい・・・・・・でも・・・・・・」
「・・・・・・」
「あんなことしちゃ・・・・・・ダメだと思う・・・・・・。私のことが好きなら・・・わたし・・・だけを見て・・・・・・」
まるで母親が愛しき子を諭すような口調だった。
「んん・・・・・・」
松竹が楓の唇を奪ったのは、その直後のことだった。
楓は抵抗する素振りは見せない。
「南さん、好きだ。きみのコトが誰よりも・・・・・・」
「私も・・・・・・松竹くん・・・・・・」
楓は恍惚の瞳で松竹を凝視した。
「私を離さないで・・・・・・」
楓の言動は演技には見えなかった。
傍から見れば、本当に相思相愛のカップルにしか見えない。
すると、松竹はゆっくりと楓の制服を脱がしはじめた。
「恐がらないで・・・・・・イヤなら言ってよ。僕はきみのイヤがることはしないから・・・絶対に」
スルスルと音を立てずに制服が脱がされていく。
松竹は慣れた手つきだったが、ここまでスムーズに衣服が楓の肌をすべり落ちていくのは、ほかならぬ楓自身が、松竹が脱がしやすいように
微妙に体を動かしているからだ。
もはや楓は拒もうとはしなかった。
今の松竹が保健室で見せたような乱暴な人格ではなくなっていると踏んだからだ。
松竹の手がスカートにかかったとき、楓が顔をしかめた。
「ごめんっ! イヤだったかい?」
「ううん・・・・・・そうじゃ・・・・・・ないの」
「そうか・・・・・痛かったんだね・・・・・・」
そう言うと松竹は手を離し、それ以上楓に何かするのをやめた。
その時、楓の中で何かが変わった。
求めている・・・・・・。
松竹に求めている・・・・・・。
続きをせがむように・・・・・・。
それは決して本心からではないハズだ。
「南さん・・・・・・いいのかい?」
楓は小さくうなずいた。
「でも、僕にはできないよ」
積極的な楓に比し、松竹は奥手になったようだった。
「きみの痛みを分かってあげられない自分がツライよ・・・・・・」
そんな松竹に楓がそっと呟いた。
「私だけを見て・・・・・・」
楓に迷いはなかった。
松竹から迷いが消えた。
今、目の前に自分のことをこんなにも愛してくれる女性がいる。
そう思えるだけで松竹は幸せだった。
松竹は震える手でスカートをはずした。
その間、楓は松竹からの愛を感じた。
下着だけになった楓は、懇願するように松竹を見た。
「分かってるよ。南さん」
松竹はそばにあるベッドに楓を寝かせた。
仰向けになった楓の小さな胸が、彼女の呼吸に合わせて小さく上下する。
それが松竹にはたまらなく愛おしかった。
「かわいいよ、南さん。世界中の誰よりもね」
松竹は真っ白なブラを外しにかかった。
興奮が抑えられないのか、松竹の息が荒くなる。
それを文字通り肌で感じながら、楓も妙に興奮している。
「みなみさん・・・・・・」
かろうじてあることが分かる楓のふたつの丘。
たしか安純のそれはもっと大きかったと思うが、松竹は満足だった。
愛してやまない楓の胸を、自分だけのものにできるのだから。
「んぅ・・・・・・」
松竹の指が触れるだけで、楓の全神経がそこに集中する。
体中を出塩基が駆け巡る快感。
今日まで味わったことのない苦痛と快感。
今日という日は彼女にとって大きすぎた。
激動の連続に。楓は疲れていたのだろう。
松竹のアプローチも手伝ってか、楓の感覚は最も鋭くなっていた。
「あっ・・・・・・」
攻める手が少しだけ強くなった。
乱暴な、というより楓の快感をもっと引き出そうとする意図がある。
「松竹くん・・・・・・好き・・・・・・大好き・・・・・・」
はじめは演技だった。
自分を護るため。
少し余裕ができてくると、結木や安純を護るために。
さらに余裕ができると、狂気の松竹の目を覚ますために。
「抱いてよ・・・・・・松竹くん」
すべては演技だった。
楓は気付きはじめている。
自分がウソではなく、本当に松竹を愛していることに・・・・・・。
松竹が楓の胸を揉みしだく。
快感に身をまかせながら、楓は考えた。
どうして松竹が好きだと思えるようになったのだろう。
自分を護るため?
結木や安純を護るため?
松竹に同情したから?
無理やりそう思わされてる?
・・・・・・違うっ!
よく考えた末の結論だ。
松竹はこれ以上にないというくらい、自分のことを愛してくれている。
それはこれまでの執拗とも思えるアプローチから容易に窺い知ることができる。
楓が好きなのは結木だ。
だが結木が何らかの反応を示してくれたことがあったか?
楓の愛を彼は知っているハズだ。
なのにまるで手ごたえのない独り相撲を楓は演じてきた。
そんな毎日に嫌気がさしてきたのかもしれない。
「んん・・・・・・」
松竹の手が背中に回された。
自分を抱いてくれる両腕が温かかった。
それ以上、松竹は何かをしようとはしない。
ただぬくもりを・・・・・・。
愛する人の体温を感じている今この時が、彼らにとっては幸せだった。
しばらくして松竹の手が離れた。
「あ・・・・・・」
楓が息をもらした。
彼の両手ははさむように楓の腰のあたりを掴んでいた。
「まつたけくん・・・・・・んん・・・・・・」
快楽に身をゆだねながらも、彼女の体は快感から逃れるように身を捩った。
松竹の手はするすると上へとあがっていく。
あくまで優しく、楓を温かく包み込むように愛撫しながら。
白い肌の上を彼の手がのぼっていく。
腰から胸、そして脇へと・・・・・・。
その全ての部分が楓の心身を快感へと昇華させる。
自分を愛してくれる男の愛撫に、快楽を感じないハズがない。
「僕は君を傷つけてきた・・・・・・。それは許されることじゃないけれど・・・・・・」
松竹が耳元でささやいた。
「きみを愛していたからなんだ・・・・・・それだけは分かって欲しい」
楓は嬉しかった。
こんなセリフ、間違っても結木は言ってくれない。
そのことを考えただけでも。楓はこれまでのコトを全て許せそうだった。
だから楓は何も答えなかった。
口に出さなくとも、彼女の今の状態が松竹への答えを示していた。
生まれたままの姿で、無防備な状態で自分をさらけ出している姿が。
それが何よりの答えだった。
松竹も鈍感な男ではない。
「ありがとう・・・・・・そうだ。このままじゃ不公平だよね」
松竹はいったん楓から離れると、服を脱ぎ始めた。
「きみの前でだけだよ・・・・・・」
これで松竹は楓と対等になった。
「おそらく”はじめて”だったろうけど、そのはじめてが結木で君は幸せかい?」
「・・・・・・・・・・・・」
松竹の口調はいきなり沈んだ。
その質問は楓には複雑すぎた。
「幸せ・・・・・・だったかもしれない・・・・・・。でも今は違うよ・・・・・・」
「そうか・・・・・・良かったよ・・・・・・」
松竹はそそり立つものを楓に向けた。
「きみがそのことを一生悔やみ続けるのなら・・・・・・それは僕の罪だ。償っても償いきれないよ」
「・・・・・・・・・」
「でも、やっぱり南さんは優しいね」
楓は松竹を迎え入れる準備ができている。
「入れるよ・・・・・・みなみさんっ!」
言うと同時に松竹の進攻がはじまる。
「ううっ・・・・・・!」
先端がほんの少し触れただけで、楓は苦悶に顔をゆがませた。
「僕は少し不幸だよ。やっぱり結木にあんなコトさせるんじゃなかった・・・・・・。後悔の念でいっぱいだよ」
「う・・・・・・くぅ・・・・・・!!」
楓は耐えた。ここで耐えることが松竹の愛に応える術だといわんばかりに。
「できることなら時間を戻したい。一日でいいんだ。僕があいつに話を持ちかける前に・・・・・・」
「痛っ・・・・・・!」
松竹は自責の念にかられながら、楓を貫いた。
ゆっくり、ゆっくりと。
二人をつなぐ部分からわずかに血が流れた。
「この真っ赤な血・・・・・・流さなくてもよかった血を・・・・・・」
「いたいよ、まつたけくん・・・・・・」
「ゴメンね、南さん。もう我慢しなくていいんだよ。引くからね・・・・・・大丈夫。ゆっくりと抜くから」
言葉どおり、松竹の分身は楓から離れはじめた。
彼女が苦しまないようにゆっくりと。
それがまるで名残惜しそうにしているように見える。
「うれしい・・・・・・松竹くん・・・・・・優しくしてくれるから」
結木はもっと荒っぽかった。
まるで楓の体など気遣う素振りは見せなかった。
ただ、何度も何度も謝罪の言葉はあったが・・・・・・。
「いまはまだ膣内に出すわけにはいかないからね・・・・・・」
先端が見えた。
楓の体と松竹の体は接点を失った。
「やだ・・・・・・松竹くん・・・・・・やめないでよ」
楓は松竹を求めていた。
だが松竹は首を横に振った。
「ダメだ、きみは疲れてる。そんな状態じゃ・・・・・・」
求める者と拒む者。
ここに二人の立場は逆転した。
松竹は何かを計算して拒んだわけではない。
だがジラされた楓は、それまで以上に松竹を欲しがった。
もう彼女には松竹以外見えていない。
そして松竹にも彼女以外見えていない。
「ねえ、松竹くん・・・・・・」
「・・・・・・」
「ねぇ・・・・・・」
「ダメだ、やっぱりダメだよ。まずは体を休めないと。ね、南さん・・・・・・今日は泊まっていきなよ」
突然の松竹の申し出に楓は惑った。
「え、でも・・・・・・」
「心配ないよ。ご家族には後で連絡するからさ」
「うん、そうじゃなくて・・・・・・」
楓は恥ずかしそうにうつむいた。
「男の子の家にお泊りって・・・・・・きっと許してもらえない・・・・・・」
これは泊まりたいという意思表示だ。
「そうか・・・・・・それもそうだね・・・・・・。ごめんね、軽率だったよ」
「なにか、いい方法はないかな?」
楓が食いついた。
「・・・・・・そうだね、平井に相談し・・・・・・いや」
部屋の電話をとりかけた松竹は思いとどまった。
「僕が考えるよ。いつまでも平井に頼ってちゃダメだからね」
松竹は楓の横に座った。
手をそっと伸ばし、楓の背に回す。
「中の良い女の子の友だちはいないのかい?」
「悦美・・・・・・それに明日香かな」
「木戸さんなら僕もよく知ってるよ。だったら木戸さんに頼んでみたらどうかな?」
「悦美に・・・・・・あぅ・・・・・・」
松竹の手が触れた。
「そうだよ。木戸さんの家に泊まることにするんだ。そうすれば同じ女の子同士なんだし、お母さんも了承してくれるよ」
常套手段だが、松竹はそれでもうまくいくと思っていた。
一方の楓はそんなこと考えもしなかったのか、目を丸くしている。
「そうしよう。ね、南さん?」
「うん。分かった」
そうと決まれば躊躇うことはない。
松竹は受話器を楓に手渡した。
「番号分かる?」
「うん、よく電話するから覚えてる」
だが楓は受話器を凝視したまま動きをとめた。
{どうしたの?」
「私・・・・・・お昼からいなくなってるんだよね・・・・・・」
「あ・・・・・・」
しまった。
これは誤算だった。
松竹は今日一日のことしかプランにいれていない。
考えるまでもなく、彼らには明日があり明後日がある。
こうなってしまった以上、結木も安純もすbてを暴露するだろう。
安純は辱められた羞恥心から、結木は自分が手を下したという罪悪感から他人には話さないという希望もある。
しかしその可能性は限りなくゼロに等しい。
なぜなら楓と安純が消えたことは、クラスの大勢が知っているからだ。
もしかしたら事が大袈裟になって捜索隊が動くことも考えられる。
楓がここにいることは彼女を含めて4人しかしらない。
つまり行方不明という扱いになっている。
教室にはまだカバンが残っている。
そこまで考えをめぐらすと、いよいよ言い逃れができなくなってくる。
誰がどのように報告しても、周囲の視線は最初に消えて最後に見つかる楓に集まる。
すると松竹の動向も明らかになる。
考えてみれば、今回のプランが松竹が楓を屋敷に連れ帰るまで誰にも発覚しなかったこと自体が奇跡だ。
学校という狭い枠の中でだけ作戦を展開してきた松竹のミスだ。
「南さん・・・・・・参ったよ・・・・・・」
「どうしたの?」
「今日のコト・・・・・・近いうちにみんなが知ることになる・・・・・・」
「・・・・・・ッ!!」
楓の表情から一切の余裕が消えた。
松竹も同じだった。
「たとえ今日をしのいでも、明日も明後日もある」
「そんなッ! そんなのヤダよッ! ねえ、松竹くん! 何とかしてよっ!!」
「なんとかって言われても・・・・・・」
彼は自分の軽率さを恥じた。
もし発覚したら松竹家の面汚しだ。
というよりもはや世間に顔を向けることはできないだろう。
このことは父や母にも及び、永く栄えた松竹家の存亡がかかってくる。
取り返しのつかないことをしてしまった。
彼がさっき言ったこの言葉は、今になって現実味を帯びてくる。
「どうにもならないよ・・・・・・。僕が犯した罪、南さんや日高さん痴態は白日の下に晒される・・・・・・!」
「そんな・・・・・・」
観念したように落胆したあと、松竹は楓から受話器を奪った。
そして内線につなぐ。
「平井・・・僕だよ。すぐにヘリを用意して。うん・・・・・・場所はどこでもいいから。できるだけ遠くがいい。・・・・・・それは任せるよ
うん、それじゃ・・・・・・」
松竹はため息をついた。
「どうするの・・・・・・?」
「遠くに逃げる。警察の捜査は松竹の力を使えばなんとかなる。でも世間はそうはいかないからね。ほとぼりが冷めるまで
どこかで暮すことにするよ」
あまりの突然の展開に楓はどう返せばいいか分からない。
「坊ちゃまっ!」
その時、勢いよくドアが開いたと同時に平井が駆けつけた。
「ひ、ひらい! 急に入ってこないでよ!」
「申し訳ありません、坊ちゃま」
二人はいそいそと制服を着た。
「お坊ちゃま・・・・・・私は待っておりました」
「何をだい?」
「私めに相談して下さることをです。南様を振り向かせる作戦・・・・・・私にはご相談なさらず全てお坊ちゃまがお考えになりました。
そのことが嬉しくもあり寂しくもあるのです」
「なっ、知ってたの!?」
「もちろんですとも。倉庫でのこと、保健室でのこと、すべて見ておりました。もちろん、この部屋でのことも・・・・・・」
二人の顔は羞恥からたちまち赤くなった。
「松竹家の名に傷をつけることを承知で私も黙認いたしました。ご主人様には何と申し開きすればいいのか・・・・・・」
そう言って平井は楓に向き直った。
彼女はすでに制服に着替えている。
「南様、今回の件、誠に申し訳ありません。全てはお坊ちゃまの南様に対する感情が起こしたことなのでございます」
平井は名前の通り、平身低頭して謝罪した。
「いいんです、平井さん。そのおかげで私、自分の本当の気持ちに気付くことができたんです。私はやっぱり松竹くんが好き・・・・・・・。
誰よりも・・・・・・松竹くんが・・・・・・だから・・・・・・!」
楓の表情が険しくなった。
「私も連れて行ってください!」
松竹が目を見開いた。
「な、何を言うんだ、南さんッ!?」
「だって、皆に知られるのはイヤだし・・・・・・それに松竹くんと離れるなんて・・・・・・」
楓は今日というわずかな時間で、すっかり変わってしまった。
あれほど熱をあげていた結木を諦め、それまで恋愛対象として見ていなかった松竹に心を奪われた。
ヒドイコトをされたハズなのに彼女は全てを許容した。
「松竹くんと一緒にいたいの・・・・・・」
裏表のない、もはや楓の本音だった。
平井と松竹は顔を見合わせた。
松竹の心は決まっている。
あとは平井の返答を待つだけだ。
「南様、本当によろしいのですか?」
「はいっ!」
楓は深く頷いた。
愛する人となら、どこででも暮せる。
今の楓にはそうする自信があった。
「かしこまりました。お二人のお気持ちがお決まりでしたら、この平井、もはや申し上げることはございません」
そうして平井は天井の一角を指差した。
「私、平井。坊ちゃまと南様の愛の逃避行のお手伝いをさせていただきますッ!!」
平井が一番盛り上がっていた。
「NO.1247の島へ参りましょう! 隠れるにはちょうどよい場所です」
言うが早いか、平井は部屋を飛び出していった。
残された二人は恍惚の表情で見つめあった。
「うれしいよ、南さん。僕と一緒にいたいだなんて」
「だって、本当のことだもん・・・・・・」
そうだ。
これは出発点にすぎないんだ。
世間が自分たちをどのように噂し、罵ろうと知ったことじゃない。
むしろ誰からも咎められることなく、二人だけの甘い時間を独占できるのだ。
当事者にとってこれほど幸せなことはあるまい。
「さあ、南さん。行こう。そろそろ準備が終わるころだよ」
松竹は楓の小さな体を抱きしめた。
彼の腕の中で、楓は愛される喜びと快楽に溺れた。

 

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