第1話 歓迎パーティーなの

(時空管理局局員登用試験にひとりの少年が合格した。彼は魔導師としてアースラに配属されることとなった)

「それでは、これより第27期新着任魔導師の配属先を発表いたします」
時空管理局人事部に、およそ200名の若き魔導師が集った。
彼らは27期の管理局登用試験に合格した有能な人材だ。
試験には毎年5000名近くが臨むが、その中で実力を認められるのはごく一握りだけ。
管理局は人材確保の際、出生などの人となりはそれほど重視しない。
知力、体力、魔力に優れた人物であれば・・・・・・さらにその力の使い方が的確であれば、それは管理局の求める戦力である。
その中にひとりの少年が居た。
漆黒のコートに身を包んだ、温和な少年。
鈍く輝く黒色のショートカット。清らかだが、どこか憂えのある蒼い瞳。
今年15歳になる彼は魔力こそ平均的だったものの、面接での受け答えやその冷静さが買われ、管理局の魔導師となった。
彼の名はシェイド・B・ルーヴェライズ。
瞳の奥に深い慈愛と狂気の欲望を湛える、恐るべき魔導師である。

「あなたが今年の新人さんね」
アースラの艦長、リンディ・ハラオウンが到着したばかりのシェイドを迎えた。
「シェイドと申します。本日よりアースラでの専属魔導師としてお世話になります」
シェイドは深々と頭を下げた。
その仕草がリンディには心地よかった。
歳の頃でいえば息子・クロノと同じくらいだろうか。
このように落ち着き払った振る舞いは、息子にも見習わせたいものである。
「よろしく。この艦の艦長を務めているリンディ・ハラオウンよ。あ、そんなに固くならないで」
「いえ、艦長じきじきにお出迎えいただけるなんて、恐縮至極です」
敬意を表するシェイドと、和やかな雰囲気を好むリンディ。
傍目にはこの2人は相容れない組み合わせに思えた。
「まあいいわ。そうだ、艦の案内をするわね」
リンディは返事を待たずに、なかば強引にシェイドを連れ出そうとした。
艦長という高官にありながら、このように新人を相手にできるのはひと言で言えばヒマだからだ。
最近まではプレシア・テスタロッサ事件と呼ばれるジュエルシード奔走、つづいて闇の書の問題など激戦が絶えなかった。
しかし今は次元間の巡視任務こそあるものの、魔導師が現地に赴いてどうこうするほどの事件はない。
2人はアースラの無機質な通路を歩く。
「ここがあなたの部屋よ。そこそこ広いし不自由はしないと思うわ」
いくつも並んだドアのひとつを指差し、リンディが言った。
シェイドは興味なさそうにドアを一見すると、すぐに視線をそらした。
2人は続いて食堂、動力室、艦首とそれなりに重要と思われる部署を回っていく。
「まぁこんなところね。何か訊いておきたいことはある?」
リンディはどんな相手に対しても、決して上から物を言うことはない。
新人魔導師に対しても、払うべき敬意がある。
彼女はそう考えている。
もっとも、彼女としてはそのような上下関係を取っ払って和やかな雰囲気を作るのが一番なのだが。
「そういえば通信室をまだ見てないのですが・・・・・・。これだけ大きな艦ならあるのかと・・・・・・」
「あら、まだ案内してなかったかしら? こっちよ」
妙なことを訊くな、と思いつつリンディは素直に案内する。
三角のマークがついているドアの前まで来ると、リンディがドアを開けて中に入る。
シェイドもそれに続いた。
「ここが通信室よ。といっても、今は艦首でモニタリングもポートもやってるから、ここを使うことはもうないのよ」
なるほど、たしかに数年使った形跡がない。
壁に張り付いた巨大なモニターも、音声変換機器も、ほこりを被っている。
「今も使えるんですか?」
シェイドは真っ黒なモニターを見つめて言った。
「ええ、電力は通ってるからね。あ、もしかして通信の技能が必要とか思ってる?」
「・・・・・・?」
「だったら心配いらないわ。後で紹介するけどエイミィが通信に関する業務についてるから」
「ああ、いえ・・・・・・」
シェイドは言いにくそうに俯いた。
「実は僕・・・・・・昔から通信士になるのが夢だったんですよ」
「そうなの?」
「ええ。機械をいじるのが好きで、そういう真似事みたいなことしてました。だから将来は通信士で生きていこうと・・・・・・。
ただ自分で言うのも何ですが僕にはそれなりの魔力がある。魔導師になるべきだと周りから言われて・・・・・・」
「そうだったの・・・・・・」
「あ、でも、今の自分がイヤだとかそういうわけではないんです。魔導師としての能力があるならそれを活かすのもひとつの道ですよね」
自分のことを話してくれるシェイドが、リンディは素直に嬉しかった。
先ほどまではよそよそしい感じだったのに、艦を案内している十数分の間に、ずいぶん親しくなれた気がした。
さらに自分を曝け出せる少年が羨ましくもあった。
艦長という立場上、クルーとの会話に私情を挟んだり弱音を吐いたりはできない。
実の息子であるクロノにすら、艦内では艦長と執務官という間柄でやってきている。
「それならあなたにこの部屋を貸し出すことにしましょう」
「えっ・・・・・・」
「どうせ使ってないんだし、あなたの好きにするといいわ。趣味に使っても、通信の勉強をするのも構わない。そうね・・・・・・故郷の知人と
メッセージのやりとりをしてもいいわね」
「リンディ艦長・・・・・・」
「もちろん。本部との連絡や管理局のほかの艦との連絡は禁止よ」
「あの、本当にいいんですか?」
「気にしないで。新人への私からのプレゼントよ。受け取ってくれるわよね?」
そう言ってリンディはウインクした。
シェイドは数歩下がり、深々と頭を下げた。
「僕なんかのために・・・・・・ありがとうございます」
あまりに丁寧すぎる挨拶に、リンディは少しだけ慌てた。
「ここのところ何の問題もないから、ちょうどいいわ。ただいつ出撃するような事態になるか分からないから、準備だけは怠らないように」
「はい、もちろんです!」
「うん、いい返事。それじゃあ、ホールに行きましょうか?」
「ホール?」
「そうよ。あなたの歓迎パーティー」
リンディは母親が愛息子に向けるような柔らかな視線をシェイドに向けた。

 アースラに限らず、管理局の艦には多目的のホールが最低ひとつは設置されている。
言葉から受ける印象どおり、ドーム型のホールはかなり大きい。
艦内にこんなものを作って何に使うんだ、という声は昔からけっこうある。
しかしそれが風習なのか、最近に建造された艦にもやはりホールが付属していた。
野球ドームほどもある、この空間。
外側に円形に並べられた数十段のプレートは、座席として活用される。
おそらく今年使うのはこれが最初で最後だろう。
『ようこそ アースラへ!!』
という垂れ幕と、豪勢な料理の数々。
新人の着任にこのようなもてなしをするのは、どこを探してもアースラだけであろう。
だからシェイドははじめ、ここに来ることに多少のためらいがあった。
まるで自分のイメージしていたものとかけ離れていたためだ。
リンディに連れられシェイドがホールへと足を踏み入れた時、四方からクラッカーが鳴らされた。
「ようこそ、アースラへッ!!」
垂れ幕と同じ言葉が混声合唱された。
クルーたちは既にグラスを手に持っており、シェイドへ勧める。
断る理由もなくそれを受け取り、一気に飲み干す。
その思い切りのよさにクルーたちは歓喜した。
「本日より配属されました。シェイド・B・ルーヴェライズと申します。みなさま、宜しくお願いいたします」
和やかな雰囲気のなか、歓迎パーティーが始まった。
クルーの紹介は後に改めておこなわれるため、各々談笑したり飲み食いしたりと、自由気ままだ。
「クロノ・ハラオウンだ。今後ともよろしく」
握手を求められ、シェイドが握り返す。
「よろしくお願いし・・・・・・あれ? ハラオウンというと・・・・・・」
シェイドはリンディをちらりと見た。
「ええ、私の息子よ」
「そうだったんですか」
「あなたと同い年ね。仲良くしてやってね」
「こちらこそ」
そんなやりとりをしていると、フェイトとアルフがやって来た。
「こんにちは」
金髪の少女はおずおずと手を差し出す。
「フェイト・テスタロッサです。よろしく」
「私はアルフ。この娘の使い魔さ」
シェイドはそれぞれに差し出された手を握り返し、フェイトを見つめた。
「そうか、君があの事件の・・・・・・」
その言葉を聞き、フェイトが少しだけ表情を曇らせる。
「話には聞いていたけど、まさかこんなに可愛い娘だなんて思わなかった・・・・・・」
古傷に触れてしまったと咄嗟に理解したシェイドは、慌てて取り繕う。
「当たり前さ、なんてったって私のご主人様なんだからね」
なんとか険悪なムードは免れたようだ。
アルフが言った。
「ユーノなんだけど、少し遲れるってさ」
「何かあったのか?」
クロノが訊いた。
「野暮なこと言うんじゃないよ。きっとなのはを連れてくるのさ」
「あら、いいのかしら。急な話で・・・・・・」
「良かったね〜、ク・ロ・ノ」
アルフが意地悪そうな目つきで言った。
「ま、まあいいじゃないか。久しぶりに会えるんだし」
そうは言っても頬が自然と赤くなるのはごまかせなかった。
「和やかな雰囲気ですね。どこの艦もこんな感じなんですか?」
シェイドが空になったグラスを持て余しながら言った。
「アースラだけじゃない? 他はもっと殺伐としてるかもね」
いつの間に現れたのか、エイミィがシェイドの背後から言った。
「そうですか・・・・・・もっと厳粛な感じをイメージしてたんですが」
シェイドはグラスになみなみとジュースが淹れられていることに気付いた。
おそらくエイミィだろう。
「こんな雰囲気は苦手?」
エイミィがシェイドにしなだれかかるような恰好になる。
彼女にしてみれば、クロノ同様、可愛い弟のように見えるのだろう。
「あ、いいえ。おかげ様で緊張せずにすみます」
「言葉の割にはまだまだ固いわよ。ほとんど無礼講みたいな感じなんだから。ねえ、提督」
リンディは苦笑しながら、「そうね」と相鎚を打った。
シェイドは久しぶりに心の底から楽しいと思った。
自分のために盛大なパーティーを開いてくれたこと。
想像とは違い、とても和やかな雰囲気であること。
優しそうな上官や魔導師に出会えたこと。
彼が感じた楽しさの理由は、そのどれでもなかった。
「新任魔導師、シェイド君に大きな拍手を〜〜!!」
エイミィがグラスを高々と上げると、クルーたちが一斉に手を叩いた。
万雷の拍手の中、シェイドはやがて訪れる素晴らしい未来を想像して、思わず笑みがこぼれた。
クルーたちは彼の笑みを、歓迎に対する気恥ずかしさと受け取った。
「あ、なのはちゃんっ!」
エイミィがホールの向こうに手を振った。
見るとユーノが制服姿のなのはを伴なって、こっちに向かってくる。
なのはは弾けるような笑顔で走ってくる。
「なのは・・・・・・」
フェイトがほんのりと頬を赤らめて迎える。
「フェイトちゃんっ!」
対照的にころころと表情を変えるなのはは、フェイトの胸に飛び込むように抱きついた。
それをしっかりと受け止めるフェイト。
「あらら、クロノ君。振られちゃったわね〜」
エイミィがさも可笑しそうに笑った。
「だから、そんなんじゃないって言ってるだろ」
怒る気力もないのか、クロノはグラスのジュースを一気に飲み干した。
だが正直、クロノは多少のショックを受けていた。
久しぶりにアースラの面々と会うなのはが、真っ先に名前を呼んだのがフェイトであることに。
エイミィのせいもあってか、なぜか意識してしまう。
「なのはさん、お久しぶりね」
リンディがなのはの分のグラスを持ってきた。
「お久しぶりです、リンディさん」
グラスを受け取りながら、なのはは垂れ幕を見た。
「誰かの歓迎パーティーですか?」
「ああ。新任の魔導師のね。なんだユーノ、説明もせずに連れて来たのか?」
クロノはなぜかユーノに対しては厳しく接している。
さっきのことがあって、彼はなおさらきつい口調でユーノに当たった。
「後で説明してもいいかと思って」
内心はムッとしながらも、ユーノはわずかに表情を険しくしただけだった。
シェイドがなのはの元に歩み寄った。
「シェイドです。よろしく」
そう言って手を差し出す。
「はじめまして。高町なのはです」
臆することもなく、なのははその手を握った。
「君のことは聞いてるよ。すごい魔導師なんだってね」
「え、そんな・・・・・・たいしたことないから・・・・・・」
「魔法の存在が認知されていない世界の住民にも関わらず、強大な魔力を秘めてるって・・・・・・。素直に尊敬するよ」
なのはは恥ずかしそうに俯いた。
「さあさあ、メンバーも揃ったところで、パーッとやりますか?」
アルフがアルコール交じりのジュースに手を伸ばした。
「もう何度も言ってるけど・・・・・・シェイド君の着任を祈念して・・・・・・」
全員がグラスを持ち上げる。
「かんぱーーいっ!!」
「かんぱーーいッ!!」
クルーたちは大いに盛り上がった。
アルフはごちそうの山にシッポをうれしそうにバタつかせ。
なのははフェイトやリンディと談笑し。
ユーノとクロノはささいな理由で口論を始め。
エイミィはシェイドを可愛い弟分とするべく、積極的なアプローチを試み。
歓迎会という名目で開かれたパーティーは、それぞれの楽しみ方で営まれた。
和やかな雰囲気に包まれるアースラ。
しかしこの時、すでに恐るべき陰謀がすぐそこまで迫ってきている事に誰ひとり気づく者はいなかった。
ただ一人を除いて・・・・・・・・・・・・。

 

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