第2話 それは新たなる脅威なの?

(アースラのクルーとしての日々を送るシェイド。だが事件は突然に起こる)

「少しは慣れたか?」
クロノが抑揚のない口調でシェイドに訊いた。
「おかげ様でね。それにみんな親切にしてくれるし」
シェイドもまた、クロノと同じような口調で返した。
「提督のおかげだ。他の艦だと派閥とかいろいろと問題があるから」
「じゃあ僕は運が良かったわけだ」
「まあ君が来てくれて、正直僕もうれしいよ」
「どうして?」
「この艦には同じ年頃のクルーがほとんどいないからな」
「エイミィさんは? 彼女は同じくらいかと」
「まあ・・・・・・エイミィは・・・・・・」
クロノは恥ずかしそうに頭を掻いた。
その仕草が普段冷静なクロノには似合わないので、シェイドは小さく笑った。
それにしても、とクロノが話題を変えた。
「珍しいな。デバイスを使わない魔導師なんて」
これはもちろんシェイドのことだ。
「僕はいつも感覚で魔法を使うんだ。術式やプログラムなんて考えたことないよ」
「それで”AA”クラスだって言うんだから、才能としか言いようがないな」
クロノはふぅとため息をついた。
シェイドの魔力レベルや戦法は、先に行われた登用試験ですべてデータ化されて保存されている。
艦長や執務官はそういった情報をいつでも閲覧できる。
一般の魔導師やクルーでも、開示を請求すれば閲覧は可能だ。
シェイドがアースラの魔導師になると決まった日、クロノは彼の情報に一通り目を通した。
年齢が同じという点で興味本位で見ただけなのだが、その魔力レベルに驚いた。
デバイスも使わずに”AA”クラスに認定される強者など、ほとんど見たことがない。
管理局武装隊には原則、ストレージデバイスが与えられるが、シェイドはこれを辞退している。
原則には例外がつきものだ。リンディも彼の特性を知っているので、彼の行動は特別ではあったが規律には反していないと言い通している。
「そういうクロノ君は”AAA+”だろう? 君こそ才能に恵まれてるじゃないか」
「僕は才能じゃなくて訓練で強くなったんだ。シェイドもデバイスを使えばもっと強くなると思うけど」
クロノは常に素っ気無い態度だが、シェイドは割と好印象を抱いている。
それはクロノも同じで、シェイドとは良き仲間であり、ライバルになれそうな気がした。
「デバイスか・・・・・・。これまでいろんな人の勧めで何種か手にしたけど、どれも手に馴染むものはなかったよ」
「そうか・・・・・・」
クロノは残念そうに相鎚を打ったが、それでもいいかとも思った。
デバイスを持てば術者の能力以上の力が発揮されるが、それが万人に当てはまるとは限らないのだ。
彼の生涯の中でデバイスを使わない方が強いという人物には、まだ一度も出会っていない。
しかしだからといって、自分の経験のみで物事を測ってしまうほどクロノは愚かではない。
現に彼は、なのはという例外とも思える人物と出会っている。
全く魔法を知らなかった少女が、ごく短期間でクロノも驚くほどの魔力を有している。
しかも実戦での扱いにも長け、客観的なランク付けでは彼のほうがやや上になっているが、
実際はクロノと互角か、ともすれば彼を凌ぐ可能性もあるのだ。
意外性という点では、シェイドはなのはと似ているといえる。
「シェイド、午後から時間空いてるか?」
クロノが突然訊いた。
「午後? 別に予定はないけど・・・・・・?」
「だったら僕と模擬戦に付き合ってくれないか?」
「僕がクロノ君と?」
シェイドは答えが分かりきっている質問をした。
「せっかくのお誘いだけど辞退するよ。君と僕とじゃレベルが違いすぎる。きっと退屈するよ」
「勝ち負けの問題じゃない。まあ、ちょっとした運動だと思ってくれ」
なぜだかクロノは、無性にシェイドと競ってみたくなった。
実力はあるのに謙虚。でもやる時は全力を尽くす男。
クロノはシェイドをそう評価している。
「クロノ君がそこまで言うなら・・・・・・。でも君にとっては手ごたえのない相手だってことは言っておくよ」
行き過ぎた謙虚さは、逆に自信の表れとも見られることがある。
これは彼の欠点だな、とクロノは思った。

「それじゃ、用意はいいかい?」
クロノが自身のデバイス、S2Uを構えて言った。
「いつでもいいよ」
シェイドがクロノからやや離れた位置で、両足を肩幅に開いて対峙する。
アースラには魔導師向けのトレーニングルームがいくつか設えられている。
上下左右にかなりの広さを確保しており、高機動戦など実戦さながらの訓練を行うことができる。
内壁には強力な結界が常に張られているため、艦の損壊などの余計な心配をせずトレーニングに集中できる。
(ちょっとやりにくいな・・・・・・)
クロノは構えながら、そんなことを考えた。
シェイドはデバイスを使わず戦うといっても、対するクロノからみれば丸腰だ。
ともすれば戦意のまるでない相手に思えるため、攻撃をしかけることに多少の躊躇いがあるのだ。
しかし訓練を言い出したのはクロノである。今さらそんな言い訳をするわけにはいかない。
「行くぞ!」
クロノは後方にジャンプすると、中空からの攻撃を試みる。
「”Pale Glint of light”」
持ち主の意思がデバイスに伝わり、S2Uが反応する。
先端がほのかに輝いたかと思った瞬間、直後に凄まじい勢いで光の槍が放たれる。
「・・・・・・ッ!?」
クロノは眼前のシェイドを見て声を失った。
シェイドは避けるどころか、身動きひとつしない。
クロノほどの実力者の魔法ともなると、攻撃の軌道を見てから躱すことはまず不可能だ。
光の槍がシェイドに届くか届かないかの位置まで来たところで、シェイドはようやく右手をあげて防御の構えをとる。
すると薄いムラサキ色のバリアが、彼の右手を中心に円形に展開される。
妙なのはバリア特有の魔法陣の形をとっていないこと。
まるで光のカーテンのように展開されるバリアは、スクリーンという表現がぴったりだった。
「・・・・・・」
シェイドは手に力を込める風でもなく、ただ右手を掲げているだけ。
光の槍はそのスクリーンにまるで吸い込まれるように消えてなくなった。
やはり彼はクロノの期待を裏切らない男だった。
「さすがだな。でも今のはほんの小手調べだ」
次いでクロノはそのままの姿勢で次の攻撃に移る。
「”countless cartridge”」
S2Uの声と同時に、クロノの周囲を蒼白に輝く光球が取り囲んだ。
その数64個。本気になればまだまだ数を増やすことができるが、彼が言ったように勝ち負けではない。
これはただの”運動”なのだ。
「行けぇ!」
クロノがシェイドを指差すと、64個の光球が一斉にシェイドめがけて飛んだ。
弧を描いて飛ぶこの攻撃は先ほどのような直線的な攻撃ではないため、多方向から立体的に相手を追い詰める。
無駄に魔力を消耗させないためにも、シェイドは上空かあるいは後方に回避するハズだ。
クロノはそう睨んでいた。
だが現実は違った。
シェイドは今度は両手を前に突き出し、まるで迫る光球をすべて受け止めるかのような姿勢をとった。
「無茶だ! 回避しろ」
クロノが言った時には光球はシェイドに向けて放たれていた。
時間が止まった。
おそらく1秒以下という短い時間だろうが、たしかに時が止まった。
クロノはそう思った。
順調に彼の意図したとおりに飛んだ光球は、空中で静止した。
それもひとつ残らず。
あまりに意外な展開にあっけにとられたクロノは、直後に自分に向かって飛来する光球を予測できなかった。
「なっ、バカな・・・・・・!」
などと言っているヒマはない。
すでに64個の光球は、クロノめがけて直進している。
「くっ・・・・・・!」
咄嗟にバリアを張り、耐えるクロノ。
さいわい攻撃力の小さい魔法だったため、ダメージはほとんどない。
「今度は僕の番だ」
シェイドが右手を今だ空中にいるクロノに向け、真っ直ぐに指を伸ばした。
指先から電撃が放たれた。
恐ろしいスピードで、かつ正確にクロノに届く電撃。
見た目にはフェイトと同系の魔法に思えるが、異なる点がふたつ。
ひとつは彼の電流がムラサキ色であること。
そして、もうひとつは。
「うあああああッ!!」
バリアを張っていたハズのクロノは、まるで無防備の状態で攻撃を受けたかのように後方に吹き飛ばされた。
背後の壁に叩きつけられ、クロノが小さくうめく。
シェイドの電撃は魔法による攻撃ではなかった。
これがバリアをも瞬時に貫く強力な魔法であっても、まずバリアを破壊してからクロノに直撃するハズである。
しかしクロノの張ったバリアはまるで無意味だった。
突き抜けた感じがあった。
ゆっくりとクロノが立ち上がる。
「なかなかやるな」
「クロノ君こそ」
不敵に笑う2人。





約10分に渡る戦いは、クロノの勝利で幕を閉じた。
単調な遠距離攻撃をおこなうシェイドと、機動力で相手を翻弄したクロノ。
もともと魔導師としてのランクにも開きがあったため、この結果は当然ともいえた。
多数の攻撃を受けわずかな痛みを感じつつ、シェイドは立ち上がった。
「さすが”AAA+”。僕じゃ到底かなわないよ」
敗北という結果を受けて、シェイドのこの言葉は謙遜ではなくなっている。
しかしクロノは額にうっすらと汗を浮かべていた。
決して余裕の勝利ではなかった。
クロノは機動力でシェイドを制したが、数ある戦術の中からこのような戦術を選択したのではなく、”このような戦術しかとれなかった”のである。
「まあ僕は実戦の経験があるからね。そう考えればシェイド、君のレベルもかなり高いよ」
お世辞などではない。
シェイドの力にはそう言わせるだけの威圧感があった。
トレーニングルームの扉をロックし、2人はまたアースラの通路を悠然と歩く。
「それにしても、君の攻撃は何なんだ・・・・・・?」
クロノは思っていることをそのまま口にした。
「自分で言うのも何だけど、バリアの出力には自信があったんだ。でもシェイドの魔法を防ぐことはできなかった」
クロノが機動戦をせざるを得なかったのは、このためだった。
なぜかシェイドの攻撃を防ぐことができない。
戦闘時のシェイドをみる限り、本気を出していたとも思えない。
そもそもバリアを破ることなくターゲットを攻撃すること事態がありえないことだった。
そうなるとクロノは必然的に回避行動をとらざるを得なくなる。
結果的にこの戦法が奏功し、勝利を収めることはできたが。
「僕にもよく分からないよ。魔法ってそういうものだと思ってたからね」
「どうも一般的な魔法とは少し違うみたいだな」
バリアを無力化する魔法など聞いたことがない。
「でもそれだけの能力があるんだ。やっぱりデバイスを使えばシェイドはもっと・・・・・・」
「クロノ君」
再びデバイス使用を勧めようとしたクロノに、シェイドが静かに言った。
「僕はデバイスを使わない」
怒っているのか、そうでないのか。
シェイドの口調にはクロノの脳を直接突き刺すかのような鋭さがあった。
その時だった。
(クロノ君、緊急事態。艦首に来て)
クロノの精神にエイミィの声が届いた。
思念通話と呼ばれるそれは、遠隔地との交信を円滑に行う事ができ、ほとんどの魔導師がその術を身につけている。
「何かあったらしい。シェイド、君も来てくれ」
「あ、ああ分かった」
言われるままシェイドも、突然走り出したクロノの後を追う。

 新たなる脅威が現実のものとなった。
艦首で通信の任に就くエイミィの額にうっすらと汗が浮かぶ。
その様子をリンディは固唾を呑んで見守っていた。
「信じられない・・・・・・」
管理局本部からのメッセージにリンディは驚愕した。
「何があったんだ?」
気がつくと、クロノがシェイドを連れてやって来ていた。
「大変だよ、クロノ君。これ見て」
エイミィが空間に映し出されたモニターを指差した。
「これは・・・・・・」
クロノはその惨状を見て愕然となる。
そこには管理局本部の生々しい姿が表示されていた。
高度文明によって築かれた本部の基地が、大きく損壊している。
強力な結界で守られているにも関わらず、よほど大きな威力の攻撃を受けたのだろう。
外壁は広域に渡って熔融しており、ひどいところでは内部が裸出している。
「2時間ほど前のことよ」
リンディがゆっくりと話し始めた。
「管理局本部を謎の戦艦が強襲した。当時、本部には3隻の護衛艦が待機していたけど、いずれも大破。
謎の戦艦は基地に穴を開けた後、すぐに離脱していったそうよ」
リンディがため息をついた。
「一体何のために・・・・・・? テロリストの仕業かも・・・・・・」
クロノが言ったが、エイミィが首を横に振った。
「分からない。ただのテロならすぐに追跡すればいいんだけど・・・・・・」
そこでエイミィはリンディを見た。
この先を話してもいいのか、そう訊ねるような視線を送る。
リンディが小さく頷いた。
「戦艦の攻撃で基地が損壊した際に、保管してあったジュエルシードが放り出されてしまったのよ」
「何だって?」
久しぶりに聞いたその単語に、クロノは思わず身を乗り出した。
「放り出されたジュエルシードはあちこちに飛散したわ。今のところ正体不明の艦の居場所はまだ分かってないけど、
ジュエルシードの強奪が目的だったって意見も出てるわ」
「その証拠にすぐ引き上げていったしね」
リンディの言葉にエイミィが付け足す。
「本部を襲った戦艦については他の艦が捜索しているわ。私たちの任務は飛散したジュエルシードを再び回収すること・・・・・・」
リンディがどこか悔しそうな表情で言った。
「フェイトさんたちにも協力を要請しているわ。ただ、今回は捜索の範囲が広いから・・・・・・」
「なのはちゃんにもお手伝いをお願いしてるの」
シェイドはクロノから一歩退いたところで、これらのやりとりを傍聴していた。
何も知らないような顔で。
全てを知っているような顔で。
緊張と焦燥を隠せない3人の顔を見て。
シェイドは少しだけ笑った。
しかしその笑みはすぐに消さなくてはならなかった。
なぜなら、ジュエルシード捜索隊から連絡が入ったからだ。
『ミッドチルダ北東の海上にジュエルシード1個の反応あり。座標を送信します。至急、援護を』
「了解! まずは1個ね」
エイミィがメッセージを送る。
「もしかしたら襲撃者が現れるかもしれないわ。クロノ、現場をお願い」
「分かりました」
クロノの目つきが一層厳しくなった。
「あの・・・・・・」
後ろからおずおずとシェイドが言った。
「僕はどうすれば・・・・・・」
「そうね・・・・・・」
リンディが少し考えていった。
「初めての任務が危険なジュエルシードの回収なんて、本当は反対なんだけど・・・・・・。今は1人でも多くの魔導師が必要なの。
行ってくれるかしら?」
「もちろんです。僕はアースラの魔導師です。クロノ君の足手まといにならないよう頑張ります」
シェイドはそう言ったが、リンディは複雑な思いだった。
実戦経験のない魔導師を、いきなりジュエルシード回収に向かわせていいものか。
初めての任務にしては、あまりにも重大で危険である。
リンディは苦渋の決断をした。
「もしもの事態に備えて、フェイトさんとアルフさんにも現場に向かうよう要請するわ。それに了解を得られればなのはさんにも・・・・・・」
これまでの任務からすれば異例の出来事だった。
たかが1個のジュエルシードに6人もの、それも高レベルの戦力を投入することなど。
シェイド以外はジュエルシードがどのような物かを知っているハズだから、この人選は大袈裟に思えた。
しかしリンディは、これでも足りないくらいだと思っている。
襲撃者がやって来るかもしれない。
さらにその襲撃者は強い魔導師かもしれない。
これらは推測に過ぎないが、リンディはなかば確信めいたものを感じている。
「でもシェイドは・・・・・・」
と切り出したのはクロノだ。
「僕たちはつい先ほどまで模擬戦を行っていました。慣れていないシェイドにはまだ疲れが・・・・・・」
「僕なら大丈夫だ」
心配無用とばかりにシェイドが強い口調で言った。
「何かイヤな予感がする。2人とも気をつけてね」
エイミィが親指を立ててエールを送った。
その仕草にシェイドは照れ笑いを浮かべながら、艦首をあとにした。

 

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