第1話 波瀾の予感
(ムドラとの和解を果たした管理局。だがアースラの中では不穏な空気が漂っていた)
「これでどうでしょうか?」
エイミィが一枚の企画書をリンディに見せた。
「う〜ん・・・・・・」
端から端までを30秒かけて読み終えたリンディは小さく唸り、
「いいと思うわ」
とあっさり了承した。
彼女は企画書を熟読したわけではない。
が、エイミィの腕は高く評価しているため隅々まで目を通さずとも大まかな内容は理解できた。
「お疲れ様。お茶でもどうかしら?」
リンディは彼女の返事も待たずに激甘の緑茶を淹れていた。
「あ、はい。それじゃいただきます」
すでに断れない雰囲気を察したか、エイミィは座敷にちょこんと正座する。
相変わらずこの味は好きになれないが、提督とこうしてのんびりと過ごす時間は心地よかった。
お茶を淹れ終えたリンディはエイミィと向かい合わせるように腰を下ろす。
卓上の練り菓子をつまみながら、エイミィが声をひそめて言った。
「あの噂は本当でしょうか?」
それを聞いたリンディの表情が変わった。
彼女にとってあまり触れられたくない話題らしかった。
「ダメよ、エイミィ。噂というものは尾ヒレをつけて広がるものだから・・・・・・」
まだ本旨を述べていないにも関わらず、リンディはさっさとこの話題を切り上げたがっていた。
しかしそんな彼女の意図に反して、エイミィはなおも続けた。
「それは分かっていますが・・・・・・。でももうここまで広まっていることを考えると、本当なんじゃないかって」
そう言いながらエイミィは身震いした。
芳しい噂ではない。
「確証はないのよ? 見たって言ってる人がいるだけで、証言も具体性に欠けるし・・・・・・」
「じゃあ、ウソかホントかは抜きにして提督は信じますか?」
「まさか」
リンディは鼻で笑った。
「私はそんな根も葉もない噂は信じないわ。いたずらにクルーの不安を煽るだけよ」
エイミィがどう言ってもリンディはこの話題には乗ってこないようだ。
手ごたえのない反応にエイミィは、
「そうですよね・・・・・・」
とだけ言ってお茶を飲み干した。
彼女としてはもう少しこの話題について話し合いたかったのだが、リンディにその気がないのなら仕方がない。
小皿に盛られた和菓子を2つ口の中に放り込むと、エイミィは企画書の作成にとりかかった。
アースラの壁にもたれるようにして、ユーノは長い通路をゆっくりと歩いていた。
「ふぅ・・・・・・」
口を開ければため息しか出ない。
そんな自分が少しイヤになり、彼が大きく深呼吸した時、
「よっ!」
と軽快な声が聞こえた。
「眠そうだね?」
フサフサの尻尾をぱたつかせたアルフがユーノの肩を叩いた。
「うん、最後に寝たのがいつか分からないくらいさ」
彼はほとんどアルフを認識していない。
疲労のためか空腹のためか、自分が床を踏み歩いているという実感さえ乏しくなっている。
「書庫の整理も平行してるんだから無理ないね」
アルフはそっと彼の肩に手を回し、歩行を助けた。
「そういえばさ、最近噂になってるあれ・・・・・・」
アルフがそっと耳打ちする。
「うわさ・・・・・・?」
雲の上にいるユーノには何のことだか分からない。
「あんた、書庫にこもりっぱなしで浮世離れしてるんじゃないのかい?」
まったく失礼な発言だ。
彼がもう少し元気なら軽口を叩いて反論していただろう。
今のユーノには言い返す気力もない。
「ああ、でもあんまり言うなって言われてるんだよね」
しまったと思ったがもう遅い。
「そこまで言うんなら教えてよ」
急に好奇心を刺激されたのか、ユーノが懇願するようにアルフを見た。
「・・・・・・しょうがないね。でも誰かに言わないほうがいいよ」
アルフは身をかがめてユーノの目線にあわせて言った。
「実はさ・・・・・・この艦に幽霊が出るらしいんだよ」
アースラクルー内で密かにささやかれていたのは概ね次の通りだった。
最初に話を持ち出したのは整備士だった。
数日前、機関部の整備中に背後で物音がしたので振り返ると影のようなものが眼前をかすめたという。
ただの錯覚かと思ったがどうやらそうではないらしい。
というのも、その日を境にクルーの多くが同様に影を見るようになったからだ。
動力部、艦底、自室、時には艦橋にもそれは現れるらしい。
騒ぎは大きくなり、2日前リンディが目撃証言を元に調査した。
調査といっても艦内を見回るだけで、特別なことはなにもしていない。
結局、半日かけての調査では何の成果も得られず、彼女はクルーの見間違えということで決着させた。
リンディとしてはつまらない噂でクルーがうろたえる姿を見ていられなかった。
アースラをまとめる者として彼女の判断は妥当だっただろう。
”それ”が本当にクルーの見間違いであったなら――。
しかし一度はただの錯覚だと結論づけた騒動は一向に収まる気配を見せない。
それどころか騒ぎはますます大きくなる一方だった。
ひどい時には一日に14回も見たという報告さえあった。
それほどの頻度で影が現れているにも関わらず、リンディやエイミィは一度も見たことがない。
現場に近いクロノやアルフでさえ、噂に聞いただけにとどまっているらしい。
もっとも、実際にその影が何か実害をもたらしたわけではない。
強いて言うならば数名のクルーがノイローゼ気味になったという程度だ。
目撃者の証言では、影は様々な形で現れるという。
通路に水たまりのように出現することもあれば、巨大な野獣のような姿をしていたり、人間の形をしていたりする。
共通しているのはそれが音もなく現れ、音もなく消えるということだった。
神出鬼没の怪異にさすがのリンディも手をこまねくしかなかった。
あくまで見たという報告だけで、確固たる証拠がないのだ。
結局、噂は収まるどころか今やアースラ中に広まる大騒動となってしまった。
尾ヒレがついて広まった噂は、いつしか”アースラには幽霊がいる”というところまで飛躍してしまった。
「まったく、バカバカしい話だよ」
アルフはため息をついて言った。
「幽霊なんているわけないのにさ」
そう言う彼女は影も幽霊もまったく信じていないようだ。
「う〜ん・・・・・・」
しかしそんな彼女とは対照的に、ユーノは噂についてなにやら考えはじめた。
「やだよ、ユーノ。まさか信じちゃってるのかい?」
あんたがそんなことでどうする、とアルフは彼の頭を小突いた。
「いや、さすがに幽霊なんて僕も信じてないよ」
ただ、と彼は付け足した。
「古代からそういう類の話はよくあるんだ。理解できない現象を無理やり説明づけるためにね。
たとえばエストリア紀では地震や落雷を神のいたずらだと人々は本気で信じていたし・・・・・・」
「まあ、昔の話はよく分からないけどさ」
小難しい話から逃げるようにアルフは苦笑した。
「この時代に幽霊なんておかしいだろ? やっぱりクルーの見間違いなんだよ」
リンディをはじめ、クロノやフェイト、なのはも同様の考えを持っている。
ただエイミィは幽霊存在説を推しているようだが。
「もし本当に幽霊だとしたら・・・・・・」
ユーノは俯き加減に呟いた。
「それは”誰”なんだろう・・・・・・」
彼の呟きはアルフの耳には届いていなかった。
フェイト対クロノの模擬戦はトレーニングルームのバリアを揺るがすほどに白熱していた。
はじめは力をセーブしていた、いわゆる”戦闘テスト”を行っていたのが、いつしか2人とも本気になっていた。
キッカケはフェイトがプラズマランサーを超高速でクロノに直撃させたことらしい。
それがクロノの闘志に火をつけ、デバイスの性能をほぼ100%引き出すまでに達してしまっている。
「ちょ、ちょっと休まないか・・・・・・」
クロノが早くも音をあげた。
本気での戦いはものの数分で彼の血圧を上昇させ、呼吸を乱させた。
「うん、ちょっと物足りないけど」
対するフェイトは言葉通り、まだまだ戦えることをアピールしつつバルディッシュを待機モードに戻した。
やや攻撃面に偏りがちなフェイトの戦闘スタイルは相変わらずだが、実力は相当に上がっている。
いまや2人の実力差は互角と言ってよかった。
これにはクロノの成長が止まったことが理由として挙げられる。
フェイトは無限の可能性を秘めた魔導師だ。
肉体的にも精神的にも彼女は大きく成長した。
「まったく・・・・・・君の力には恐れ入るよ」
お世辞ではなくクロノは本心からそう言った。
フェイトの強みは接近戦での驚異的なまでの攻撃力だ。
フェイントを織り交ぜながら相手のふところに飛び込み、一撃必殺の打撃を叩き込む。
彼女のスピードとパワーは、万全な状態から展開したシールドすら破壊ことができる。
おそらく1対1で彼女に敵うものはいないのではないか、とさえ思わされる。
「これ以上やると、実戦に支障がでるかもな」
額の汗を拭いながらクロノが苦笑した。
今、出撃命令が出されて「模擬戦で疲れたので戦えません」では話にならない。
もしそんな言い訳をすることがあれば、それは彼が執務官を辞める時だろう。
「そう? 私はまだまだ平気だけど」
フェイトは意地悪く笑ってみせた。
もちろん虚勢などではない。
肩で息をしているクロノに比し、フェイトはまったく呼吸を乱していない。
「そういえばなのはは?」
クロノが訊いた。
彼女は午後からトレーニングルームに来る事になっていたハズだ。
「それが・・・・・・」
フェイトの表情に翳がさした。
「体調がよくないみたい。先生は特に異常はないっておっしゃってたけど」
「そうか・・・・・・」
この頃、なのはの元気な姿を見ることが少なくなった。
彼女自身はそれに気付いていないが、彼女の事をよく見ているフェイトやクロノは知っている。
今のなのははまるで太陽が沈んでしまったように、暗く陰鬱な表情をすることがある。
「あれ以来だな・・・・・・」
クロノは何気なく呟き、慌てて口を閉じた。
そしておそるおそるフェイトの反応を窺う。
「そう・・・・・・だね・・・・・・」
フェイトは押し出すようにそれだけ言った。
触れてはならないことに触れてしまった。
クロノは自分の迂闊さ、軽率さを呪った。
「ちょっと様子見てくるね」
フェイトはパッと顔をあげて、部屋を出て行こうとした。
「あ、ああ・・・・・・」
クロノはその後姿に、
「その・・・・・・ごめん・・・・・・」
小さくそう言った。
フェイトは必死に涙をこらえた。
もう泣かないって決めたのに。
今は・・・・・・笑顔で・・・・・・。
なのはに、「大丈夫?」ってひと言声をかけるだけ。
医務室の前に立ったフェイトは潤んだ目をこすり、そしてぎこちない笑顔を作った。
「なのは? 入っていい?」
しばらくして、なのはから返事が返ってくる。
フェイトはそっと医務室のドアを開けた。
窓際に設えられたベッドに、なのははいた。
表情がはっきりしているところを見ると、眠っていたわけではないらしい。
「具合どう?」
フェイトは腫れ物に触るように尋ねた。
「うん、ありがと。だいぶ良くなったかな」
なのはは笑顔で答えた。
が、フェイトには分かっていた。
これは彼女の作り笑顔だ。
本当の笑みはもっと温かくて、花が開いたようなそんな優しさが感じられるハズだ。
何か悩みを抱えているのだろうか?
そうだとしたら、それを知りたい。
そして力になってあげたい。
だが・・・・・・。
今の彼女にはそんなフェイトの優しさを踏みにじるようなトゲがあった。
まるでかつての自分のように、何物も受けつけない冷たい殻に閉じこもっているようだ。
なにはが何を考え、何を想い、何を悩んでいるのか。
それはフェイトなら友だちとして当然訊くべきだっただろう。
ずっと前になのはが言ったように、悲しみを分かち合うべきだっただろう。
「なのは・・・・・・」
フェイトはゆっくりと歩み寄り、なのはの瞳を見た。
少女の無垢な瞳の輝きの中に、よく見ると曇りがある。
「何か悩んでるんだね?」
体と気持ちは常に一体だと聞いたことがある。
特に眼はその人の心を鮮明に映し出す鏡だという。
「・・・・・・・・・」
なのはは何も答えない。
その反応こそ彼女が悩んでいる証拠だ。
「何を――」
言いかけてフェイトは言葉を呑んだ。
「私にも・・・・・・言えないことなの?」
フェイトはなのはの保護者ではない。
理解者ぶるつもりもなかった。
でも大切な友だちとして、なのはが何を思いつめているのかが知りたかった。
好奇心からの”知りたい”ではない。
知ることで彼女を苦痛から救い出せるのであれば。
自らが傷つくことも厭わない覚悟でいた。
しかしそんなフェイトの優しさが逆になのはを苦しめることだってあり得る。
なのはは小さく頷いた。
言うわけにはいかない。
悟られるわけにもいかない。
なのははフェイトのことで悩んでいるのだから。
「そっか・・・・・・分かった」
フェイトは微笑んだ。
彼女は強い。
なのはの反応に胸を痛めながらも、彼女はそんな素振りを微塵も見せない。
「なら無理には訊かないよ、なのは」
必要ならば自分から話してくれるだろう。
その時は優しく迎えればいい。
「でも早くなのはの笑顔が見たいな」
そう言ってフェイトはなのはの前髪をかきあげた。
「えっ・・・・・・?」
フェイトは今見たものが信じられず、思わず声を漏らしていた。
「フェイト・・・・・・ちゃん?」
なのはが怪訝そうな表情を浮かべる。
「う、うん! ごめん、きっと気のせいだね!」
フェイトは慌てて立ち上がった。
顔色が変わったのをなのはに悟られるわけにはいかない。
「あまり長居すると疲れちゃうよね。それじゃ、なのは・・・・・・早く良くなってね」
「あ、フェイトちゃん」
なのはの言葉も聞かずにフェイトは逃げるように医務室を出て行った。
「さっきのは・・・・・・」
通路の冷たい床を足元に感じながら、フェイトは足早に医務室を離れた。
「どうしよう・・・・・・?」
フェイトは体が震えているのを感じた。
恐怖ではなく動揺だ。
これは重大な事実としてリンディに報告すべきか?
しかしリンディが”あの事”に対してどのようなスタンスを取っているかを知っているだけに、これは言いにくい。
「あなたまで何を言いだすの?」と一蹴されるのは目に見えている。
ならさっきのは見なかったことにして黙っておくか?
現状を考えればそうしたほうがいいのかもしれない。
結局、たんなる見間違いか目の錯覚だと言い張れば余計なことを考えなくてすむ。
だがそれでいいのか。
迷った末、フェイトは後者を選んだ。
妄言を吐いて場を混乱させるより、黙っていたほうがいいに決まってる。
フェイトは無理やりにでもそう思い込むことにした。
そう思うと、さっき医務室で見たものも錯覚のように思えてくる。
そうだ、きっと何かの間違いだ。
あんな噂が広まっているせいで、無意識のうちに見たと錯覚してしまったのだ。
「フェイト」
後ろから小走りにクロノがやって来た。
「なのははどうだった?」
「う、うん。まだ少し休養が必要かな。顔色は良かったけど」
顔色が悪いのはフェイトのほうだ。
幸いクロノは人と話す時あまり相手の目を見ないため、フェイトのぎこちなさに気付くことはなかった。
「そうか」
この執務官は二言目にはこう言う。
とても曖昧で何を考えているのか分からない、ある意味無難である意味卑怯な相鎚。
それとも自分から話題を提供しておきながら、自身はその話には乗り気ではないのか。
「フェイト・・・・・・さっきの事だけど」
クロノはフェイトから目をそらして言った。
「さっきはごめん。僕の不注意だ。君の気持ちは分かってるつもりだったのに」
口調から察するに、彼は相当後悔しているようだ。
「ううん、私なら大丈夫だから。だから気にしないで」
「本当にすまない」
クロノはすっかりうな垂れてしまった。
「大丈夫だって」
むしろありがたいくらいだ。
この話題に触れている間は、医務室でのことを忘れることができるのだから。
「もう大切な人を喪いたくない。そのために私は執務官になるって決めたんだから」
フェイトは少し間をおいて続けた。
「だから私にいろいろ教えて欲しいんだ。先輩として・・・・・・それから・・・・・・おにいちゃんとして・・・・・・」
最後の言葉が聞き取れず、クロノは首をかしげた。
その後、2人は他愛もない会話を楽しんだ。
やがてフェイトの部屋の手前まで来ると、どちらともなく話を切り上げることになる。
自室に戻りドアを閉めたフェイトは、ベッドに腰を下ろしてぼんやりと壁の一点を見つめた。
いったいあれは何だったのだろう・・・・・・?
フェイトは自問したが、おそらくその答えとなる言葉はすでに見つけている。
”この艦には幽霊がいる”
それをはじめて聞いた時、アルフは腹を抱えて笑っていた。
大の大人が今さらそんなものを本気で信じて怯えているのだ。
多感な子どもならまだしも、第一線で戦う武装局員までもが怯える姿は滑稽ですらあった。
”幽霊”というまるで説得力の無い解釈に、夢想するならまだいい。
問題はクルーのほとんどがそれを信じきっていることだった。
どうして在りもしないものを見たと嘯(うそぶ)き、それがさも実在するかのように騒げるのだろう。
リンディがそうぼやいたことがあった。
フェイトも同じように考えていた。
彼女の年頃だと逆にそれを信じてもよさそうなものだが、妙に落ち着いた彼女が真に受けることはなかった。
しかし認識を改めなければならないかもしれない。
医務室でなのはの前髪をかきあげたフェイトは、そのまま彼女の額にそっとキスするつもりだった。
驚いて頬を赤らめるなのはの反応を見たい気持ちもあった。
が、それ以上になのはをもっと身近に感じたいとも思っていた。
フェイトは人一倍、他人の気持ちを敏感に感じ取ることができるから。
なのはの緊張、苦痛を少しでも和らげてあげたいと思っていた。
だができなかった。
かきあげた前髪の中から、何者かの眼が見えたからだ。
黒く光る2つの小さな輪。あれは間違いなく何かの双眸だった。
動揺して視線をさまよわせたフェイトは見てしまった。
なのはの首から肩にかけてを這行する黒い物体を。
フェイトはとっさにヘビを連想した。
黒いヘビが医務室で眠るなのはを値踏みするように鋭い双眸を光らせたのか。
慌ててフェイトが立ち上がった時には、何者かは消えていた。
あれが噂の”幽霊”なのだろうか。
そういえば目撃者の話では、現れる影はヒトの形とは限らないらしい。
野獣や水たまりのように見えることもあったという。
それが本当なら、その何者かがヘビの姿をしていてもおかしくはない。
おかしくはないのだが、それだと”幽霊”の存在を認めてしまうことになる。
「幽霊・・・・・・?」
フェイトはその言葉を口にして、ある疑問にぶつかった。
何かが違う。
たしかにクルーが見た――と言っている――ものを”幽霊”で片付けることはできる。
が、やはり何かが違うのだ。
はっきりとはフェイトにも分からなかった。
(私が見たのは幽霊というより影だった・・・・・・)
そこまでたどり着き、フェイトはパッと顔をあげた。
なぜ今まで気がつかなかったんだ。
クルーたちが見たものを、ほんの数日前までは自分も見ていたではないか。
血が逆流するような感じを覚え、フェイトは深く息を吸い込んで気分を落ち着けた。
そしてゆっくりと目を閉じ――。
彼女は五感を解き放った――。