第2話 楓と安純
(安純は倉庫で縛られている楓を発見する。そして2人は・・・・・・)
こんな会話をいつまで続けただろうか。
松竹が口にするのはいつも同じような意味の言葉。
同じことばかり繰り返し言っている。
しかしこれは結木がハッキリとした態度を示さないからだ。
曖昧に答える結木に、松竹も一縷の望みと期待、手ごたえを感じているからだ。
それは数日前のことだった。
「松竹、面白い話ってなんだ?」
休日、読書していた結木は松竹に公園まで呼び出された。
「君にしか話せないことなんだ」
出し惜しみするように言う。
結木にしてみても、今日一日は読書に耽りたいところだったが、面白い話と聞いて彼の好奇心が揺り動かされた。
「で、何なんだ?」
「小野寺 輝樹に会いたくないかい?」
「おのでら てるき!?」
普段無口な結木が、その普段の様子からは想像もつかないような大声をあげた。
松竹が心の内で笑った。
「”会いたい”って会えるのか?」
結木の心拍数が飛躍的に上がった。
「そんなに難しいことじゃないよ」
造作もない、といった口調で松竹がたたみかける。
小野寺輝樹というのは、今もっとも有名な作家だ。
推理・ミステリー・SFとジャンルを問わず優れた作品を世に送りつづける彼は、文学賞受賞の経験もある。
もちろん結木も彼の作品にはほとんど目を通している。
彼にとって小野寺輝樹とは憧れであり、もちろん直接会えるなんてことになったら、彼は全てを忘れるくらいの
歓喜に包まれるだろう。
松竹の読みは当たっていた。
「それだけじゃないよ。田路 洋真に中谷 湛山、加地 しょうこだって」
松竹は作家として名高い、つまり結木が惹かれそうな名前を列挙した。
「本当に会えるのか?」
来た。松竹は思った。
「うん、すぐにね。でも・・・・・・」
松竹はかけ引きがうまい。
口調から仕草まで。結木の興味と関心を最大限に引き出す方法を知っている。
「ひとつだけ僕のお願いを聞いてほしいんだ」
普通、こんな物言いをされれば誰だって、次に出されるハズの条件に身構えるのだが。
もはや結木は腑抜けになtってしまっていた。
「オレでよければ何でも言ってくれ」
なんて言い出す始末だ。
こんなにも簡単に釣れるなんて運が向いている証拠だ。
「本当かい? 助かるよ。で、早速お願いなんだけど・・・・・・」
・・・・・・・・・・・・。
松竹に出された条件を前に、結木は真剣に悩んだ。
松竹にしてみれば、欲求を選ぶのか楓を選ぶのかのゲームみたいな感覚だったのだが。
小野寺輝樹といえば政界にも多大な影響を与えうるほどの超大物だ。
そんな彼と直接会って話ができるなど、一般人には夢のまた夢だ。
だがそれを持ちかけているのが松竹グループの御曹司となれば、信憑性に揺るぎはない。
小野寺輝樹に会うという特権は何物にも替えがたい。
ということは少々ムリな注文でも結木は引き受けるだろうと。
それが松竹の考えだった。
たとえその注文が、自分を慕う南楓をめちゃくちゃに犯し、2度とそんな気を起こさせないほどに嬲るという残酷な
ものであっても。
結木は、
「分かった」
と言った。
松竹は複雑な笑みを浮かべた。
「そうか、引き受けてくれるんだね」
松竹は半分は喜び、半分は憎しみを称えて結木と握手を交わした。
愛してやまない南さんが、好きだと言い続けるこの男。
それ自体も気に入らないが、それよりも許せないのが小説家と楓のどちらかを選べという選択で、結木が楓の
ことよりも自分の趣味、欲求を選んだことだった。
こいつめ、自分のためなら南さんを犯すのは平気なのか。
松竹の浮かべた複雑な笑いはこういう理由によるものだった。
もっとも、ここで楓を選択されていても、それはそれで困ったことになるのだが。
とにかく、松竹の計画が実行に移されることに変わりはなかった。
ちょっとお怒りモードの安純が、若干長い歩幅で歩いていた。
「ったく、なんで体育委員でもない私が倉庫のカギをかけなくちゃならないのよ」
4時限目の体育授業のあと、倉庫の施錠を忘れた教員が、たまたま近くを歩いていた安純に頼んだのである。
誰にも聞こえないように不満を漏らしつつ、安純は倉庫へと急ぐ。
さっさと雑務を終えてしまおうというのだ。
倉庫の前まで来た安純はガックリとうな垂れ、そしてまた少しお怒りモードに変わっていった。
「なによ、カギかかってんじゃないの! あ〜あ、とんだ骨折り損だわ」
踵を返して校舎へ戻ろうとした安純だったが、カタンという庫内からの音を彼女は聞き漏らさなかった。
ビクッとなって安純が立ち止まる。
おそらく棚に置いてあった何かが落ちたのだろう。
そう思った。
しかし。
何か嫌な予感がする。
いつもならさっさと立ち去ってしまう安純であったが、今日だけは何か漠然と不吉な予感がした。
「まさか死体が・・・・・・なんてことはないわよね」
言い聞かせるようにつぶやき、そろそろとカギを開ける。
鉄の扉が重々しく開いた。
そして音を立てないように倉庫内を見回す。
「なにも無いじゃな・・・・・・」
言いかけて安純は、足元の何かに気付いてしまった。
両腕を後ろ手に縛られ、まるで死んでいるように眠っている少女の姿を。
「・・・・・・み・・・なみ・・・・・・さん・・・?」
安純が今自分が見ている人物が南楓だと分かるまで、かなりの時間を要した。
楓が閉ざされた体育倉庫にいること事態不自然であったが、それよりも気になるのがその姿だ。
両手と両足を縛られた楓。
制服姿かと思いきや、それは上半身だけでスカートも下着もつけていない楓。
そしてすぐ側には、少量ながら彼女のものと分かる血液が付着していた。
「ひどい・・・・・・・・・」
あまりに現実離れした光景に、しばし茫然となる安純。
見なかったことにして逃げだそうかとも考えた。
だが、もし自分が逃げて楓がこのまま放り出されていたら・・・。
誰かが発見し、大騒ぎになるに違いない。
そうなったら楓は恐怖と羞恥で学校に来られなくなる。
安純にとっては結木を巡るライバルという点では有利だったが、状況が状況だけに楓を放っておくわけには
いかなかった。
とにかく起こさなければ。
本当なら先に縄を解くべきなのだが、気が動転している安純はそれどころではなかった。
「南さん! 起きて! 南さんっ!!」
両肩を揺さぶりつづける安純。
その途中、縄を解かなければならないことに気がついた。
慌てて結び目に手をかけるが、固く縛ってあるうえに混乱しているせいでうまく解けない。
それでも強引に力を入れ引っ張ると、何とかふたつの縄は解けた。
「南さん! しっかりしなさいよ!」
再び声をかける安純。
「ぅ・・・・・・ん・・・・・・」
小さな呻き声とともに、楓の瞳がうっすらと開き始めた。
そして心配そうに見つめる安純と目が合った。
「い、いや、いやっ! 来ないで! 来ないで!!」
狂ったように暴れだし、安純を両手で押し返そうとする。
「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ! 私よ!」
安純は安純で、錯乱状態の楓をなんとか呼び醒まそうとする。
「いやぁっ! 見ないでっ! 来ないでっ!」
それでも暴れつづける楓。
仕方なく安純は楓の顔を自分のほうに向けさせると、思いっきり引っぱたいた。
自分でも驚くほどの音に、ようやく楓の動きが止まる。
「日高・・・・・・さん・・・・・・?」
目元を涙で濡らしながら、楓はじっと安純を見ていた。
目の前にいるのがたしかに安純であると、確認しているように。
「どうしたのよ? こんな・・・・・・こんなところで・・・・・・」
安純はそう言ったが、本当は、”こんな恰好で”となるハズだった。
しかし言葉には出さなくとも安純の視線を辿った楓は、その目線が行き着く先・・・・・・すなわち自分の下半身に
ようやく気がついた。
「あ・・・・・・」
羞恥心が楓を襲った。
体を捩って秘部を安純に見られないようにしたかったが、結木のムリな攻撃の痛みがまだ残っているために、
脚をまともに動かすことができなかった。
「お願いっ! 見ないでっ!」
かすれるような声で懇願する楓。
そのあまりに悲痛な叫びが安純を困惑させた。
「でもそのままってワケにはいかないわ」
さんざん考えあぐねた安純だったが、楓の惨い姿をこれ以上見なくてすむように、とりあえず下着をつけさせた。
「痛ッ!?」
途中、ほんの少しでも脚を動かしただけで走る激痛に、楓が思わず声をあげる。
安純はまさか楓がそこまで痛がるとは思っていなかったので、すぐに手を止め楓の顔を覗き込んだ。
目元が真っ赤に腫れている。
普通の泣き方ではここまで赤くはならない。
よほどヒドイ目に遭わされたに違いない。
そう考えると安純は、たとえ楓が痛みに身を捩っても苦しさに耐え切れず悲痛な声をあげても、少なくとも彼女の
服装だけは元通りにしてやりたいと思った。
”そんな状態”の楓をこれ以上見ることが耐えられなかったから。
痛みが残るほどに弄ばれて、手足を縛られて、真っ暗な倉庫に放られて。
恋敵の変わり果てた姿に、安純は何を思ったのだろう。
「南さん・・・・・・いったい・・・・・・」
訊くのが憚(はばか)られる。
好奇心はもちろんあったし、何よりこうなった原因を突き止めるべきだと思った。
いや、いっそのこと、訊かないでおいた方がいいのかもしれない。
先ほどから泣きじゃくっている楓を見ていると、そう考えたくもなる。
「みなみさ・・・・・・」
言いかけた安純の胸に、楓が体をうずめた。
「ひく・・・・・・ひくっ・・・・・・」
何を言うわけでもなく泣き続ける楓。
安純はとっさのことに戸惑ったが、両手は自然と無意識に楓の背中に回していた。
楓の背を支える両腕に力を込める。
そうしないと楓が崩れ落ちるのではないかと思ったからだ。
安純は問いかけることをやめた。
誰にやられたのかは分からないが、楓は満身創痍だ。
ムリに思い出させることはない。
とにかく彼女が落ち着くまで休ませる。
それが今の楓にとって、一番必要なことではないか。
不思議な気分だった。
結木と親しげに話している楓を見ては、いなくなってしまえばいいのに思っていても、いざこういう状況になると
ライバルとはいえ放っておけなくなる。
そんな複雑な感情に浸っていると。
やがて泣きつかれた赤ん坊のように、楓が小さな寝息をたてはじめた。
「・・・・・・・・・・・・」
安純は下に見える楓の寝顔をそっと覗き込んだ。
同性から見ても素直に可愛いと思える寝顔だった。
しかしその安らかな表情からは想像もつかないコトをされたのだ。
「どうしよう・・・・・・」
今になって自分が何をすべきかを考えはじめた安純。
あと5分もすればお昼休みは終わってしまう。
このまま楓を放っておくわけにはいかない。
かといって誰か先生に任せれば、楓の恥辱が職員室中に知れ渡り混乱は避けられない。
体育倉庫以外で楓を寝かせられる場所、なおかつ誰にも見つからない場所といえば。
「保健室・・・・・・しかないわよね」
自分に言い聞かせるように、しかし言葉の先は楓に向けながら。
安純は楓を起こさないようにそっと立ち上がると、倉庫の扉から顔だけを出して辺りを覗った。
幸いと言うべきか必然と言うべきか、倉庫周辺に人の気配は感じられない。
しかし安純はまだ外に出ようとはしなかった。
近くに誰もいないだけで、校舎に入ればやはり誰かと鉢合わせになってしまうだろう。
授業が始まるまで待ち、人の出入りが少なくなった時がチャンスだ。
安純は待った。
腕時計を見ると、お昼休み終了が3分に迫っていた。
だから安純はできるだけ心を落ち着けて待った。
この狭い空間。
自分以外には傷ついた少女しかいない。
一体誰に・・・・・・?
湧き上がる疑問はそのひとつに絞られていた。
この学校に少女を襲い、倉庫に閉じ込めてしまうような恐ろしいオトコが本当にいるのだろうか。
分からない。
分からないが・・・・・・。
たった3分がずいぶん永く感じられた。
安純はもう一度、辺りを見回した。
やはり誰もいない。
それを確信して、安純はふと思いたった。
もし私が南さんを見つけなかったら・・・・・・?
あるいは男子生徒が南さんを見つけていたら・・・・・・?
起こりうる可能性を順番に考え、不覚にも安純は恐怖を感じた。
だが現実には自分が発見し、つまり思いつく最悪の事態が避けられたことに彼女はさっきの恐怖よりも大きな
安堵を覚えた。
チャイムが鳴った。
締め切った倉庫の中ではすぐ側で鳴っているハズのチャイムの音が遠くに聞こえる。
安純は授業開始のその合図からさらに2分待ってから、楓を連れ出すことにした。
そうした方が、より人に見つかりにくいからだ。
音は・・・・・・2分前のチャイム以外には何も聞こえなかった。
ということはこの近くには誰もいないし、体育の授業が行なわれることもないということだ。
が、念のために人に見つかった時の言い訳まで考えてから、安純は立ち上がった。
そっと楓を抱き上げる。
意識を喪失している人間は抱き上げた時、普段よりも重く感じられるというが、楓はそれには当てはまらなかった。
華奢な体は小刻みに震え、その震えが楓をさらに小さく見せている。
倉庫を出、死角から校舎に入り、できるだけ音を立てないよう廊下を進む。
それらは円滑にこなすことができたが、渡り廊下にさしかかったところで安純はある問題に気付いた。
保健室なら安全だと思っていたが、よく考えれば養護教諭がいるではないか。
校医はやさしい女性で、男女問わず生徒に人気がある。
安純も何度か保健室を利用したが、おそらくこの学校の教師の中で一番親切なのでは、と思ったほどだ。
しかし安純としては、たとえ信頼できる校医とはいえ楓の恥体を晒したくはなかった。
もしかしたら騒ぎになって、結木の同情が楓に向くことに不安を覚えたからかもしれない。
それも無いといえばウソになる。
だがそれ以上に、同性として見て楓の安否を気遣った故の判断であった。
「どうしよう・・・・・・」
ここまで来て、今さら後悔が口をついた。
だが悩んだところでいい答えがでるわけでもない。
安純はすばやく保健室前まで来ると、背伸びをして窓越しに中の様子を窺った。
窓はすりガラスになっておりハッキリとは見えないが、動くものとそうでないものくらいは確認できた。
見たところ人の姿はなく、中からは何の音も聞こえない。
チャンスだ。
塞がった両手をドアに押し当て、そっと開く。
まず校医机のほうに目をやったが、そこには誰もいない。
続いてベッドにも目を向けるが、カーテンで仕切られた向こう側に人の気配はない。
軽いとはいえ、女の子である安純が楓の身体をいつまでも支えられるわけがない。
少々痺れを伴ってきた安純の両腕はそろそろ限界を感じつつあった。
早足でベッドに駆け寄り、いまだ眠ったままの楓の身体をフカフカの布団に埋める。
布団を掛け、しばしその寝顔を見つめる安純。
無垢だった無残に貪られた同級生を見て。
安純はすばやくドアまで歩くと、カギをかけた。
これでここのカギを所有している校医以外は保健室に入ることはできない。
振り向いた時、ちょうど正面にかけられていた時計が視界に入る。
1時40分を少し過ぎたところだった。
「授業・・・・・・サボっちゃったな・・・・・・」
ポツリと呟いてみたが、もちろん誰かに聞こえるわけがない。
楓と安純。
同じ教室で2人の女生徒が同時に消えたのだ。
怪しまれはしないかと安純は思った。
といっても、2人が不仲であることは周囲も知っているし、その2人が仲良くサボるなんて誰も考えないだろう。
まして楓の身にこんなコトが起こっていて安純がそれを介抱しているなど、誰が想像できようか。
そう割り切ってしまえば彼女に不安はない。
問題は楓が再び目を覚ました時、立ち直れるかどうかだ。
授業を抜け出したことによる不安を捨て、意識するところを楓だけに向けた安純は、真っ白な心で楓の寝ている
ベッド脇に腰を下ろした。
楓の寝顔はじつに安らかだったが、ときどき苦悶の表情を浮かべ額にうっすらと汗をかくのが気になった。
安純はポケットからハンカチを取り出すと、額の汗を拭ってやった。
その途中、
「ん・・・・・・」
異物感を感じたのか、楓がそんな艶かしい声をあげた。
「南さん?」
無意識に名前を呼んだ安純。
その声に楓がうっすらと目を開けた。
しばらくして自分を包んでいる暖かさ、違和感にようやく気付きはじめる。
違和感とはここがあの薄暗い倉庫ではなく、ほのかに陽光が差し込む保健室であることに対してだ。
「ここ・・・・・・?」
今度は目から入ってくる刺激に楓が困惑の表情を見せる。
「保健室よ。私以外、誰もいないから」
安純は安心させる意味でそう言った。
今の楓にとって誰もいない、つまり自分の姿を晒さなくてすむ状況が一番落ち着くハズだ。
そこで楓はもうひとつの違和感に気付いた。
そっと布団をめくり、確かめる。
間違いない。
着た覚えがないのに制服を着ていた。
一瞬ヘンな気がしたが、すぐに傍にいた安純を思い出す。
「悪いとは思ったけど、そのままって訳にもいかないでしょ・・・?」
それに気付いた安純が楓に訊かれるより先に答えた。
安純の言うことはもっともだったが、楓は複雑だった。
服を着せられたということは、つまり体を見られたということだ。
同性とはいえ、恋敵に裸を見られてしまった。
羞恥が楓を襲った。
だからといって今、安純がいなくなってしまっては困る。
癪ではあったが、この絶望的状況では安純だけが頼りだった。
「どう? 少しは落ち着いた?」
安純のこの問いには2つの意味があった。
ひとつは言葉どおり、楓を気遣う意味で。
そしてもうひとつは、もし彼女が首を縦に振ったらこうなった経緯を訊くためだ。
無垢な少女を犯し、四肢の自由を奪って放置するという凄惨な事実に、安純自身憤りを感じていたのだ。
楓は何も反応を示さなかった。
判らないのだろう。
何もかもが判らなくなってしまっているに違いない。
だからこそ、彼女はこんな行動をとったのだ。
「ん!? んん・・・・・・・・・」
突然、安純の柔らかな唇が強引に、しかし優しく塞がれた。
驚きに目をしばたかせた安純が目の前にしている少女は・・・・・・泣いていた・・・・・・。
(南さん・・・・・・?)
彼女を見る彼女の目が、みるみる困惑の色に変わっていく。
こんな楓を見たのは初めてだ。
一体どれほどヒドイ目に遭わされたのだろう。
どんなに親身になっても他人である安純に分かるハズがない。
しかし今の楓から、それは伝わってくる。
華奢な体で必死に安純を繋ぎとめようとする楓から。
重なった唇を解いたのは安純のほうだった。
それほど抗う様子も見せなかった彼女は、楓の顔をもう一度見つめると、自らもベッドに上がった。
そして仰向けの楓を包むように体を移動させる。
楓よりも背が高く体格もいい安純は、文字通り楓に覆い被さるという表現がぴったりだった。
さらに胸の発育もいい安純に楓は劣等感を持ったが、直後に全身を駆け抜ける快感にそんなつまらない考えなど
どうでもよくなってしまう。
「んう・・・・・・」
安純の艶やかな手が先ほど履かせたばかりの楓のスカートの中に滑り込んできたのだ。
指の腹で太腿の内側をそっと優しく撫であげる。
痛がっていたこともあり、最も敏感なところ――楓の秘部――だけは触らないであげていた。
「ふぅ・・・・・・・・・」
下半身からくる気持ちよさに楓が甘い吐息を漏らす。
官能的だった。
安純の体のほんの一部が、楓の体のほんの一部に触れただけなのに、楓はそれだけでもう快感の波に溺れ
そうなくらいにとろけていた。
結木の時と違う点は、彼女が快楽を味わっていることだ。
これは楓が望んでいたか否かに因るものが大きい。
といって、まさか楓が安純との交わりを望んでいたとは考えられない。
おそらくは結木との望まざる一方的な行為があまりにも凄惨であったために、安純の一挙一動が楓にとっては
代えがたい癒しとなっているのだろう。
だからこそ快感を感じることもできるし、拒む理由も生まれない。
「んん・・・・・・」
楓のかわいい喘ぎ声が先を促しているようにも聞こえる。
そしてそれに応えるように指先の動きに微妙な変化をつける安純。
安純自身、なぜこのようなコトをしているのかは分からない。
普通に考えればあり得ない出来事のハズなのに。
2人の関係。いや、そもそも同性という時点で。
たとえば安純が冷静になりさえすれば、この行為には終止符が打たれ、おそらく楓は再び眠りに落ちるだろう。
しかし頭で考えたとしても、彼女の手が止まることはない。
なかば無意識に。しかし相手が楓であると承知の上での行動だった。
「・・・あふ・・・・・・」
みるみる朱に染まっていく楓の頬を見ながら、今度は安純が唇を奪った。
彼女らは中学生だから舌を入れたりはしない。
それでも全身を衝撃が駆け巡る。
安純は先ほどから、かろうじて抑えている欲求に疼いていた。
欲求といっても、大したことではない。
ただ、ずっと楓の内太腿を滑らせていた指を、さらに埋没させ秘部に押し進めたいだけだった。
でもそうすれば、きっと楓は痛がるに違いない。
「ひ・・・・・・だか・・・さぁん・・・・・」
安純の手が葛藤に止まったところで、楓が甘い声でささやいた。
どうやら続けてほしいらしい。
その口調と潤んだ瞳とが証明していた。
それに応えるように安純は、ささやかにふくらみを称えるふたつの丘に手を伸ばした。
近づいて見なければそれと分からないほど小さな胸に。
楓はそんな発育の悪さ、安純に比べて劣る乳房のサイズにコンプレックスを抱いた。
が、胸は大きければ大きいほど良いとは限らない。
美しさという点では楓は安純に敵うハズもないが、小振りな胸は可愛らしさという観点からなら、安純にも充分に
対抗できる。
「南さんって・・・・・・小さいのね・・・・・・」
意地悪く目を細めて安純が言った。
ただこの場合の意地悪さは恋敵としての楓に対してではなく、楓の感覚を最大限に引き出すために作られた
オリジナルの言葉だ。
「ぅぅ・・・だって・・・・・・」
不思議と腹は立たない。
今は1秒でも永くこうしていたい。
ついさっきの痛みの、せめてもの慰めに。
楓の内面とは無関係に、安純の指が突起に触れた。
「あっ・・・・・・!?」
ぴくんと小さく、楓の体がかわいく跳ねた。
彼女の反応に勢いづいたのか、安純は親指を添え、突起のさらに先端をその指の中で転がした。
「いたっ・・・・・・!」
咄嗟に楓は安純の腕を掴んだ。
「もしかして・・・自分でしたコトないの・・・・・・?」
意外なものを見たという表情の安純。
楓が恐怖しているように見えたからだ。
「わたし・・・だって・・・そういう時、あるよ・・・・・・」
その言葉に安純はほっと胸を撫で下ろした。
正直、自分を慰めることに少なからず罪悪感を抱いていたから。
共有者がいるのは頼もしい。
しかしそうなると気になるのは・・・。
「結木君のこと考えながら・・・?」
無意識に安純の口調が厳しいものになっていた。
いくら楓に同情するとはいっても、これだけは譲れない。
しかし返ってきた楓の反応は意外なものだった。
楓が。
安純から目をそらせて。
泣いていた。
安純の予想する反応としては、楓のことだから露骨に頬を赤らめて恥らうとか、ウソだとすぐに分かるほど必死に
否定するとかだったのだが。
安純は真意を悟られないための演技かとも思ったが、その考えをすぐに否定した。
演技なんかではない。
本当に、本当に泣いているのだ。
(どうして・・・・・・?)
分からない。
分からないのだが、安純は分かりかけていた。
「南さん・・・・・・訊いてもいい・・・?」
これはある意味、安純にとっても苦痛だった。
楓はしばらく沈黙したあと、うなずいた。
もしかしたら、訊かなければよかったと後悔するかもしれない。
そういう怖さがあった。
しかしもう楓には確認をとってしまったのだ。
彼女は意を決して訊ねた。
「南さんにそんな酷いコトしたのって・・・・・・誰なの?」
安純はわざとイエス・ノーで答えられない質問をした。
”結木がやったか”との問いに楓がイエスと答えてしまえば、その時のショックが計り知れないほど大きいからだ。
しかし質問の仕方による衝撃の度合いに、それほど変化はなかった。
楓はぼそっと、消え入りそうな声で、
「・・・・・・ゆ・・・うき・・・・・・くん・・・・・・」
涙を必死にこらえて言ったのだ。
安純は絶句した。
なんてことだ。
予想した最悪のパターンではないか。
「ウソでしょ・・・・・・?」
ウソだと言って欲しかった。
これは冗談だと笑い飛ばして欲しかった。
楓のヘタな演技であって欲しかった。
しかし。
「いっぱい・・・ヒドイこと・・・・・・されたの・・・・・・いっぱい・・・」
痛みと悔しさと恐怖とを混じえた涙が、また一筋流れた。
楓の髪を優しく撫でながら、安純は楓よりも自分に同情したくなってきた。
絶望的な現実に直面してしまった悲劇のヒロインに。
だがそれよりも、現にその結木にヒドイことをされた少女がここにいる。
事実を知ってしまった安純は、自分が受けたショックも顧みず、楓の介抱に徹することにした。
そこが安純の強さだった。
楓が安純の立場なら、ただひたすらに泣き続けて崩れ落ちてしまうだろう。
「怖かった・・・痛かった・・・・・・・・・私・・・・・・わたし・・・・・・!」
涙が楓の頬を濡らしたが、そこには安純の涙も混ざっていた。
「大丈夫・・・・・・もう大丈夫だから落ち着いて・・・・・・」
半分は自分に言い聞かせるように耳元でささやく。
そうは言いながらも頭の中では、どうすればいいかをずっと思案していた。
結木に対して・・・・・・。
楓が状況はどうあれ、愛してやまない結木と交わってしまった。
そのことに対する怒りと。
愛してやまない結木が女の子に乱暴して、悪びれもなく今も授業を受けている。
そのことに対する悲しみとが。
安純の中を複雑に絡ませていた。
結木のことで悩んだ事はこれまでに何度もあったが、今回は毛色がまったく違う。
考えれば考えるほど難しくて。
そしてそんな辛さから一時的に逃れられる方法がひとつ。
虚ろな瞳で自分をみつめる少女だ。
「南さん・・・・・・大丈夫だから・・・・・・」
こんなに優しい言葉をかけられる自分自身に違和感を覚えつつも。
楓の両肩を挟みこむように掴んで動けないようにする。
ビクンと楓が体を震わせたのは、その力の強さに結木を重ねてしまったからだ。
これ以上じらして楓がまた恐怖を思い返さないように、安純は強引にキスをした。
「んん・・・・・・ひだか・・・さ・・・ん・・・!」
安純の中で楓が小さく震えた。
だからといって安純はキスをやめるつもりはなかった。
だがその強引さが。
安純と結木の共通点だった。
「いやぁ! やめてぇっ!」
楓が小さな体と力で懸命に安純を押し返そうとする。
「ちょっ!? 南さん!? どうしたのよっ!?」
楓の目に映っていたのは安純ではなく結木だった。
極度の恐怖感によるものだった。
さらにこの状況。2人の位置関係。
それら全てが符合し、楓はあの惨劇の再現をしているかのような錯覚に陥ってしまったのだ。
「たす・・・けて・・・・・・ひだかさん・・・・・・たす・・・け・・・・・・」
すでに楓は正常な状態ではなくなっていた。
錯乱している。
それが力を加えすぎた自分の所為であると気付いていない安純は、どうしていいか分からず困惑したが、やはり
楓を押さえつけることしかできなかった。
今度はどんなに楓が頑張って抵抗しても決して離れないように、もはや締め上げるくらいの強さで抱きしめた。
柔らかな唇も強引に重ねて。
「ん・・・・・・んん・・・・・・」
どうすることもできなくなった楓は安純のされるがままだった。
どれくらい時間が経っただろうか・・・。
安純はいつの間にか自分の腕の中で眠っている楓に気付いた。
可愛い寝顔だったが、目元だけは泣きはらしたために真っ赤になっている。
「・・・・・・・・・」
安純も楓の横に倒れこむ。
「結木くん・・・・・・」
疲れがどっと押し寄せてきた感じだった。
あまりにも非日常的なことが続いたため、精神的にかなりまいっていたのだ。
やがて、安純も楓と同じように小さな寝息を立て始めた。