第3話 安純の悲劇
(目を覚ました安純が教室に戻ると、そこにはあの・・・・・・)
松竹は勢いよく倉庫のドアを開けた。
「南さんっ!」
さも今発見したかのような芝居をする。
「あれ・・・・・・いない・・・?」
楓がいるハズのそこには、たしかに楓を縛っていた縄と、乾いた破瓜の血痕があるのみだった。
ギリギリと、松竹の歯軋りが倉庫内に響き渡った。
どうして南さんがいないんだ?
施錠したドアは内側からも開けられるとしても、その前に楓の両手足は縛っておいたハズだ。
すると、原因は結木にあると考えられる。
結木が縄を緩めていたという可能性はどうか?
いや、彼が縛った後で松竹が確かに結び目を確認した。
「だったらどうして・・・・・・?」
呟いてみたところで答えはでない。
しかし、これによって当初の松竹の計画は事実上、完全に失敗したことになる。
「くそっ・・・・・・!!」
金持ちの御曹司らしからぬ単語を吐くと、松竹は忌々しげに倉庫を出た。
彼の計画とは概ね次のようであった。
まず適当な理由をつけて結木に楓を犯させ、倉庫から出られないように自由を奪っておく。
これで楓が結木に絶望し、恋心を抱かなくなる。
時を見計らって松竹が楓を救出に現れる。
絶望の後の希望という相乗効果が加わり、楓の心は松竹に傾く。
単純ながら、成功する見込みはかなり高かった。
今、この場に楓さえいれば・・・。
なぜいない?
実はあの後、こっそり結木が戻って来て自分に見つからないように楓の縄を解いたとか?
いや、ありえない。
結木はたしかに午後の授業、5・6時限に出席していた。
休み時間にどこかに出かけた節もなかった。
となると結木ではない。
そして楓自ら脱出することもありえない。
この計画を立ち上げた時、松竹はムルモに予め頼んでいたことがある。
それは他の妖精たちが学校に近寄らないようにすること。
ムルモの愛くるしさを武器にすれば、たとえば「遊んでくだちゃい」ぐらい言わせれば、これに逆らおうなんて妖精は
いないだろう。
そうして学校から遠ざけておいて、一切の邪魔が入らなくなったところで・・・・・・。
邪魔・・・?
松竹はそこまで考えて、いよいよ思い出した。
そういえばミルモの性格を考慮に入れるのを忘れていた。
実の弟にもかかわらず、あの2人が不仲であることは松竹もよく知っている。
もし手違いでムルモがミルモの足止めに失敗していたとしたら・・・・・・?
楓が倉庫から消えたのも説明できる。
松竹は考えた。
もしそうだった場合、自分はどういう態度でいればいいか。
簡単だ。
知らないフリをすればいい。
何しろ楓を襲ったのは結木だけだし、結木がまさか松竹の名前をバラすなんてことも考えられない。
結木の行為は、松竹の仕業だと言うにはあまりにも度を超したものだからだ。
「でも、やっぱり確かめておいたほうがいいよね」
「んん・・・・・・」
コケティッシュな声を漏らしながら、安純が目を覚ました。
手に触れる柔らかい感触が握られた楓の手だと分かるまでしばらくかかった。
いつの間にか眠っていたらしい。
そっと自分の唇に指をあててみる。
「なんで、私が南楓なんかとキスしなきゃならないのよ」
彼女は静かに怒鳴った。
あの時のことを思い出すと、自然と顔が赤くなってくる。
唇にほのかに残る感触だけが楓と絡み合った唯一の証拠になっていた。
チラッと横を見ると、楓が安らかな寝息を立てている。
この寝顔を見る限り、心配はなさそうだ。
となると、今度は今何時かが気になってくる。
「ウソッ!?」
言ってから安純はあわてて楓を振り返った。
予期せず口を突いた大声に楓が起きてしまったのではないかと思ったからだ。
彼女は今も夢の中だ。
それが悪夢かどうかは定かではないが。
もう一度時計を見る。
3時30分を少し過ぎたところだった。
「授業・・・終わってるじゃない・・・・・・」
安純がポツリと呟いた。
6限目の授業が終わるのが3時20分。ホームルームはせいぜい5分程度なので、授業は完全に終わっている。
ということは廊下がざわついていてもいいハズなのだが、外からは足音ひとつ聞こえない。
そもそも校医が一度も保健室に来ていないというところが気にかかるが。
とりあえず楓の恥様がバレていないのが救いだった。
「あ・・・鞄・・・・・・」
安純は問題点に気付いた、
教室にはまだ自分と楓の鞄が置きっぱなしだ。
2人同時に消えたことも怪しまれるが、こんな時間まで戻ってこないこと自体、危険なことだ。
安純は鞄を取りに戻ろうと思ったが・・・・・・。
楓をここに残しておいて大丈夫だろうか?
それにクラスメイトや先生に会ったりしたら、きっと詰問されるに違いない。
「ああもう、ヤシチはどうしたのよっ」
こういう時に限ってヤシチが出てこない。
それも不安材料のひとつだった。
観念したように安純が立ち上がった。
教室が施錠されてしまったら、カギをとりに職員室に入らなければならない。
そうなれば鞄を手に入れることが難しくなるだろう。
教室がまだ施錠されておらず、かつ誰もいない状況がベストなのだが・・・・・・。
問題は保健室だ。
自分が出て行ったら、ドアのカギが開いたままになる。
安純が戻ってくるまでに誰かが入って来る可能性は否定できない。
どうすれば・・・・・・?
安純なりに考えてみたが、いい考えは思い浮かばない。
そして苦悩の末に出た結論は。
「すぐに戻ってくればいいわよね・・・・・・」
確かめるなんて言ったが、松竹にはすでに答えが出ていた。
実は昼休み以降、楓たちのクラスでちょっとした事が起きたのだ。
なんと楓と安純が同時に消えてしまったというのだ。
松竹はこの話を結木から聞いた。
結木にしてみれば松竹に報告するなどという義務的なものではなく、楓の身を案じて松竹に反省を促す意味で
喋っただけなのだが。
残念ながら松竹には結木の思いは伝わらなかった。
「南さんが帰ってこない。日高さんも帰ってこない・・・・・・。怪しいよね・・・」
松竹はかなり大きな声で独り言を言った。
安純が楓を保護している・・・これはほぼ間違いないだろう。
とすれば、2人が今どこにいるかだ。
さっき見てきたように体育倉庫にはいなかった。
他に2人がいそうな場所は・・・・・・。
「・・・・・・」
何となく見当がついていたが、松竹はすぐにそこには行かなかった。
目の前の現実になりつつある予想を先に片付けてからだ。
フッと不敵な笑みを漏らしながら、松竹は保健室に向けていたつま先を反転、階段を昇り始めた。
一方で安純は自分の強運に感謝した。
保健室から自分たちの教室まで、ほとんど誰にも会うことがなかったのだ。
時々すれ違う生徒は上級生であったので、安純がいま走っていることに何の疑問も抱かない。
このまま行けば、案外と容易く鞄を取ってくることができるかもしれない。
勢い勇んで教室のドアを開ける安純。
そこには・・・・・・。
「あ・・・・・・ぁ・・・・・・」
安純は言葉を失ってしまった。
誰もいないと思っていた教室に1人だけいた。
いま一番会いたくない人物が。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
彼は何も言わなかった。
安純も何も言わなかった。
そうして沈黙。
先に口を開いたのは安純だった。
「どうして・・・・・・?」
「日高・・・聞いてくれ・・・・・・」
「聞きたくないわよっ!!」
安純の叫び声が室内にこだまする。
「違うんだ・・・」
「何が違うのよ! どんな理由があったとしても、結木君は・・・! 結木君は南さんをっ・・・・・・!!」
その後は言えなかった。
楓の傷を掘り返すようで言えなかった。
そして、”言えなかった”のは結木も同じだった。
彼が南楓を蹂躙した理由を。
まさか、自分のつまらない欲望のために楓を襲ったなどと。
言えるハズがない。
「日高・・・・・・」
「・・・・・・?」
何を言うのか。
安純は身構えた。
「南は・・・・・・どうしてる?」
「・・・・・・!」
その言葉に安純の怒りが再び燃え始めた。
「あ、あなたにそれを訊く資格はないわっ!」
「っ・・・・・・」
彼女のあまりの剣幕に結木は思わずたじろいでしまった。
「南さんに・・・南さんにあんなコトを・・・・・・!」
安純は怒りに震えるあまり言葉にならない言葉を発した。
その目が涙ぐんでいたことに結木は気付かないでいた。
実のところ、教室に入るまで安純には結木が楓を襲ったことがまだ信じられなかった。
しかし今の結木の口ぶり。否定しないところを見て、安純もその事実を認めざるを得なかった。
「日高・・・たのむっ! 教えてくれっ! 南は今どこにいるんだ?」
「訊いて・・・・・・どうするの?」
居心地の悪い沈黙が再び訪れた。
どちらも何も言わなくて。しかし時間はすぎていく。
「分からない・・・・・・」
「・・・・・・」
この男の言うことを信じていいのか?
安純は迷った。
どんな理由があったかは知らないが、自分に恋心を抱いている少女を犯した男を。
教えるべきか・・・それとも・・・・・・。
「その前に理由を教えて! どうしてあんなコトをしたのか」
取り返しのつかないコトをしてしまったのだ。
よほどの理由があるハズなのだ。
だが。
「それは・・・・・・言えない・・・・・・」
「どうしてよ!?」
「それは・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「南さんのこと・・・どう思ってるの?」
「あれは仕方がなかったんだ。本当だよ。不本意なことだった・・・・・・ああせざるを得なかったんだ」
「本当に?」
「信じてくれ・・・・・・」
安純の心中は保健室で眠っている楓のことでいっぱいだった。
体育倉庫で楓を発見した時。
楓は錯乱していた。彼女は安純を見て、結木だと思っていた。
今、再び結木を会わせてもいいのか?
楓の傷は深い。それが癒えないうちに結木を見たら・・・・・・?
しかし結木に責任を取らせたいという気持ちもあった。
それにもし、楓にまだ結木が好きだという気持ちが残っているなら・・・・・・。
悔しいがそれが最も有効な方法だといえる。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「南さんは・・・・・・保健室にいるわ・・・・・・行ってあげて」
「日高・・・・・・ありがとう」
その時。
コツン、コツンという規則正しいかすかな音が聞こえた。
その音に聞き覚えがあった。
あれは革靴で歩いた時の音だ。
「まさか、そのまま行くつもりじゃないだろうね?」
安純にとっては馴染みのある声。
結木にとっては不吉な悪魔の声。
緩慢な動きで教室に入ってきたのは松竹だった。
そして日高を見てニヤリと笑う。
「ま・・・つたけ・・・くん・・・・・・?」
居るハズのない存在に安純は驚愕した。
そして先ほどの彼の口ぶり。
松竹から出た言葉とは思えないセリフだ。
「結木、忘れたわけじゃないよね?」
意味ありげな事を言うと、松竹は後ろ手にドアを閉めた。
そして、ジリジリと2人に詰め寄る。
「一応訊いておくよ。南さんの居場所を訊いた理由はなんだ?」
「・・・・・・」
結木はヘビに睨まれたカエルのように身動きひとつできないでいた。
何か喋ろうとしているが、カタカタと震えて歯の根が合わない。
「まさかとは思うけど、今さらイヤになったわけじゃないだろう?」
松竹がニヤリと笑った。
「保健室へは僕が行くよ。だけど、その前に・・・」
ちらっと安純に目を向ける松竹。
「待てよ、日高は関係ないだろ」
それまで黙っていた結木が声を荒げた。
「ちょ、ちょっと結木君・・・それに松竹君も、一体どういう事なのよ?」
安純は訳が分からないといった様子で2人を交互に見ている。
だが松竹はそんな安純を無視して、
「相手してあげなよ? それが君の願いを叶える条件だよ」
顎でしゃくった。
「俺にはできない。南にあんなコトして、おまけに今度は日高まで・・・・・・」
「リルムがどうなってもいいのかい?」
「・・・・・・っ!?」
結木の顔色が恐れから怒りへ変わった。
「リルムに・・・・・・何をした?」
「まだ何もしてないよ。”まだ”ね。だけど君の行動次第ではどうなるか分からない」
「くっ・・・・・・!」
そのやりとりを見ていて、安純にはようやく理解できた。
「南さんがあんな目に遭ったの・・・・・・松竹君の所為だったのね・・・・・・」
「半分当たりで半分外れかな。直接手を下したのは結木だからね。もっとも、そういう風に仕向けたのは僕だけど」
「どうしてよ? どうしてそんなことするの!?」
松竹は澄ました顔で両手のひらを上に向けた。
「これは結木にも言ったことだけど。僕が何度もアプローチしてるのに、南さんが全く僕を相手にしないからさ。
だからお仕置きしてやったんだよ」
「そんな・・・そんな理由で? ふざけるんじゃないわよっ!」
「どうして日高さんが怒るのか僕には理解できないよ。もし南さんの恥態が白日の下に晒された時、一番喜ぶのは
君だと思ってたのに・・・・・・」
「なっ・・・・・・?」
「あんなコトされたから、結木は南さんに嫌われたんだ。嬉しいだろう? 嬉しいハズだ。これで君と結木の仲を
邪魔する者はいない。君と結木は結ばれて、僕と南さんが結ばれる。めでたしめでたしってワケだよ」
松竹はまるで挑発するように安純を見た。
安純の体が怒りに震えているのが分かる。
「日高さんだって散々、僕に南さんを妨害する話を持ちかけてきたじゃないか? 僕は君が望むことを現実に
してあげたんだ。怒るどころか感謝してくれないとね」
この言葉が引き金となった。
「いい加減にしなさいよっっ!!」
安純は普段、楓にしているように拳を振り上げ松竹に飛びかかった。
殴っても怒りが収まらないことは分かっている。
断罪せずにはいられなかった。
「・・・・・・!?」
突如、安純の両眼が大きく見開かれた。
「どうしてよ・・・・・・?」
振り上げた安純の腕は、結木によってしっかりと痛いぐらいに掴まれていた。
松竹の笑みが勝利に酔いしれた狂喜に変わっていく。
「一刻も早く南さんのところに行ってあげたいんだけど、顛末を見届けないと不安だし・・・・・・」
松竹のこのセリフは、結木に先を促している。
それは結木にも伝わったようで、後ろから安純を強引に抱き寄せた。
「ちょ、離してよっ!」
大好きな結木に抱かれているというのに、安純はちっとも嬉しくなかった。
「日高・・・許してくれ・・・・・・」
耳元で結木の謝罪だけが聞こえる。
「許せるわけないじゃない!」
そんな結木の身勝手さに安純は松竹にも聞こえる声で叫んだ。
「理由を聞かせてよ、日高さん。僕にはどう考えても君が怒る理由が理解できないんだ」
舐めるように安純を見回す松竹が気持ち悪い。
「あんた、そんな事も分からないのっ? 私は松竹君はもっと理解がある人だと思ってたわ」
「理解はあるさ。だから君に手を貸した。日高さんは結木と南さんの間を引き裂こうとしていたじゃないか。
それとも君は2人が恋人同士になることを望んでいたのかい?」
「そういうことじゃないわ! 結木君と仲良くしてる南さんを見ると憎いし、腹も立つわ。私は結木君が好きだった!
だけど、こんなやり方は許せない! 南さんを辱めるような真似は許せないのよっ!」
それまで笑っていた松竹が急に笑わなくなった。
そして涙目になっていた安純の顎を指で挟むと、グイッと自分の方へ向けさせた。
「ずいぶん勝手だな。2人の邪魔はしたいけど、やり方が気に入らないって? 綺麗ごと言うなよ。何でもかんでも
自分の思い通りになるって思ってるんじゃない? 思い上がりもほどほどにしないとね、ひだかさん」
最初は激しい口調だった松竹も、段々といつもの口調に戻っていった。
「・・・・・・っと、ごめんね。ついつい言い方がキツくなっちゃったよ。お詫びにいい思いさせてあげるからね」
松竹は安純の唇にキスをすると、それを指で軽く拭い、結木に合図した。
すると突然、結木が安純の体を押し倒した。
「・・・・・・ッ!?」
一瞬、何が起こったのか分からず慌てて抵抗する安純だったが、すでに手遅れだった。
2度目で慣れてしまったのか、結木はいとも簡単に彼女のスカートと下着を脱がせることに成功した。
「やめて・・・・・・離してよ!」
必死にもがく安純が、結木の前では可愛く見える。
「日高さん、良かったね。結木が南さんにしたのと同じコトをしてくれるってさ」
結木が安純の胸に手をかける。
「やだっ! 離して! 離しなさいよっ!!」
だがそう言われれば言われるほど、結木の手は安純に接触しようとする。
「もっと喜びなよ。”愛する結木”にしてもらえるんだから・・・・・・ふふ・・・」
身悶えする安純だが、いかに彼女といえども結木の力に敵うハズもない。
いつの間にかズボンのジッパーを下ろしていた結木。
そして・・・・・・。
「・・・・・・! 痛ッ! 離してっ! 離してっ!」
愛撫も前戯もない、結木と安純の交わり。
準備もできておらず、今や恋愛の対象として見れなくなった結木に無理やり犯されて。
安純の心身はすでにボロボロだった。
ただ辛うじて意識を保ち、結木に最後の抵抗を試みたが。
残念ながらそれも叶わぬ夢となった。
「いやあああぁぁッッ!! 痛・・・・・・ゆう・・・き・・・・・・ああぁぁぁ!!」
安純の苦痛にゆがむ顔と、彼女の悲鳴が松竹には心地良かった。
結木のペースは最初からもてる全ての力を振り絞っているかのように激しかった。
「ひだかっ! すぐに・・・・・・すぐに終わるから・・・・・・」
結木は本音を言った。
彼にしてみれば、安純にできるだけ苦痛を与えまいとしての行動だったのだろう。
長引かせないように。
今の松竹を満足させるためには”出さなくてはならない”。
結木は一刻も早く絶頂を迎え、松竹を怒らせないようにしようと努めたのだ。
だが、この行動がかえって安純の感じる激痛を増大させてしまっている。
「ぅ・・・・・・うああぁぁぁぁぁぁ!!」
安純はこんなコトを強行する結木よりも、こんなコトを強要する松竹を憎んだ。
断続的に襲ってくる痛みに耐えながら、安純は考えていた。
いったい結木は、松竹にどんな弱みを握られているのだろう。
あの2人は知りあって間もないハズだ。
異性には無関心と思われるほど冷静な結木が、よりにもよって南楓に手を出すなんて。
よほど重大な弱みを握られているに違いない。
さっきリルムを引き合いに出していたが、あれは真の理由ではない。
あれは付随したものだ。
もっとも、痛みが増してきた安純はそこまで考察することはできなかった。
「やめて! やめてぇ・・・・・! はなして・・・・・・はなして・・・・・・よ・・・」
その言葉どおり、早く彼女を解放してあげたい。
そのためにはどうしても頂上に到達し、松竹に証明しなければならない。
急ぐ結木のソレに生温かいものが流れた。
血だ。
彼が安純のはじめてを破いた証拠だった。
楓の時もそうだったが、やはり女の子の体内から血を流させる行為は罪悪感を呼び起こす。
こればかりは何度経験しても慣れそうにない。
「くぅぅっ・・・・・・・・・!!」
安純は耐えた。
耐えようのない激痛に歯を食いしばって耐えた。
それとは対照的に、松竹は腕を組んだ姿勢で笑いつづけていた。
「あはははは。どうだい日高さん? 気持ちいいだろう? 大好きな結木と結ばれたんだからね」
哄笑の中、安純はそろそろ限界に達していた。
今はじめて分かった、楓の受けた苦痛。
下半身から瞬時に全身に駆け抜ける痛み。
もがいてもあがいても、逃れられない苦しみから。
さらにその苦しみを直接与えているのが結木だという事実から。
安純は全てから逃げたかった。
渾身の力を込めて結木を引き離そうと試みる。
しかし仰向けの姿勢からでは間近にいる結木を押しのけるほどの力は出ない。
それどころか、この行動が彼の勢いをさらに増長させることになってしまった。
「ああああっ!! 離してっ! やめてよっ!! お願い・・・・・・!」
安純の抵抗がだんだんと弱まっていく。
「あ・・・・・・あっ・・・・・・ああっ!!」
「ひだかっ! すぐに終わらせる。だから少しだけ我慢してくれ・・・・・・」
結木が後ろにいる松竹に聞こえないように言った。
「いやっっ! 結木くん・・・どうして・・・・・・こんなコトするの・・・・・・あああっ!?」
結木のひとつひとつの動作が、確実に安純を苦しめていく。
「いたっいやああああぁぁぁぁっっ!!」
もはや声にもならない声をあげる安純。
「くっ・・・・・・もう少し・・・もうすぐだから・・・・・・!」
結木が安純を押さえつける腕にさらに力をこめた。
だがその指が自分の腰に食い込む痛さとは比べ物にならないほどの激痛が。
「あぐっっあああああああぁぁ!!」
安純にとって何度目かの限界が近づいたとき。
「うっ! ・・・・・・まつたけッ! 見ろっ!」
先に結木の限界が来た。
結木が安純と接続していたソレを抜き、中空に向けた。
とたん、透明とも白とも見える液体が弧を描いて放たれる。
松竹に見せつけるように飛び散るそれは、どこか誇らしげでもあった。
最後の一滴までしぼりだしたと同時に、結木が崩れ落ちた。
短い時間に二度も、しかも罪悪感に苛まれていたのだ。
精神的にもかなり参っていたに違いない。
一方で安純はかろうじて意識は保ってはいるが、疲労困憊の様相だ。
2人の疲れきった様子に、松竹は満足したらしい。
ニヤニヤと厭な笑いをうかべながら近寄ってくる。
「すごいね。見ていて興奮を抑えるのが大変だったよ」
そしてゆらゆらと体を左右に揺すりながら拍手した。
「まつた・・・け・・・・・・もう・・・・・・いいだ・・・ろ・・・?」
結木が力なく言うと、松竹は急に険しい顔つきに戻った。
「まだだね。これはまだ始まりにすぎない。余計なことを言う前に、君は君を慕ってくれている日高さんを大切に
してあげなよ。ほら、疲れてるみたいだ」
松竹が顎でしゃくった。
その先には息も絶え絶え、ぼやけた視界の中にようやく男子2人を捉えている安純がいた。
我に帰った結木が彼女のもとに駆け寄った。
「さて、と・・・見るものは見たし、僕は南さんのところに行くよ。結木に弄ばれた彼女を僕が優しく介抱する・・・・・・。
想像しただけでワクワクしちゃうね」
何かに取り憑かれたかのような足取りで、フラフラと立ち去る松竹。
その途中、
「そうそう、言い忘れてたけどとりあえずリルムは無事だよ〜」
そう言い残して消えた。
「行かなきゃ・・・・・・」
結木もそれに続こうとする。が、
「・・・待っ・・・て・・・・・・」
安純に腕をつかまれた。
「・・・今だって・・・何もできなかったじゃない・・・・・・・。今さら行ってどうするのよ・・・?」
しばらく横になっていたからか、安純の体力が回復しているように思えた。
この期に及んで、まだ結木を引きとめようという気があったのか。
「・・・・・・」
結木に反論などできなかった。
安純の言っていることは事実だ。たしかに松竹の後を追って保健室に行ったところで、何ができるわけでもない。
有名作家に会える。ただそれだけのために2人の少女を手にかけてしまったのだ。
無論、彼がとるべき責任は果てしなく重い。
だが逆に考えれば、ここまでしておいて掴みかけた夢を捨てるという選択もできなかった。
今さら後戻りはできない。
「・・・・・・ひだか・・・・・・?」
罪悪と欲望にさいなまれていた結木は、いつのまにか廊下に立っていた安純に気付かなかった。
立っていられるハズがない。
安純が結木にされたことは、楓がされたそれと同じだ。
あまりの痛みにろくに体も動かせないハズなのに。
「わたし、行くわ・・・・・・このままじゃ・・・あんまりよ・・・・・・」
そうだ。普通に考えれば安純の意識がハッキリしていること自体、ありえないことだ。
彼女を奮い立たせているのは、おそらく怒りだ。
「日高・・・・・・無理するな」
「無理なんて・・・・・・早く行きましょ・・・・・・」
結局、結木は安純に引っ張られる形で保健室へ急いだ。
しかし、この瞬間にも彼は葛藤していた。
やりかけの罪と願望を完成させるか、理性を勝たせるか。
その命題を解決に導く女の子が前にいる。
安純だ。
彼女が保健室に行くと言う以上、この場を逃れることはできそうにない。
となれば松竹の機嫌を損ねてしまう。
そうなれば、これまでの苦労は水の泡だ。
どうする・・・・・・?
どうする・・・・・・・・・?
答えが出た。
松竹は・・・・・・おそらく楓になにかするつもりだろう。
そして、そこに安純が乗り込んでいったら・・・・・・。
これ以上、犠牲をだすわけにはいかない。
結木は決意し、保健室のドアを開けた。