第4話 それは古代の技術なの?

(敗北を喫したクルーたち。その後の調べで、彼らはムドラの民とムドラが操るプラーナについて知る。そしてシェイドは・・・・・・)

「お疲れ様」
どう声をかけていいのか分からないエイミィは、とりあえず明るく振舞うことにした。
アースラに帰艦した面々は外傷こそ負っていないものの、精神的なダメージが大きかったようだ。
「ありがとう、フェイトちゃん。もう大丈夫だから・・・・・・」
フェイトに身体を支えられていたなのはは、自分の肩に回されていた手を優しく掴んだ。
フェイトは怪訝そうになのはを見たが、それが強がりでないことが分かると素直に離れる。
「みんな、大変だったわね」
リンディがねぎらいの言葉をかける。
「特にシェイド君は初めての任務なのに・・・・・・。怪我はない?」
「え、ええ。大丈夫です」
シェイドはぎこちない笑みを返す。
艦首の巨大モニターには先ほどの戦いの模様が映し出されていた。
「あの小型艇は本部を襲ったものじゃないみたい」
制御盤を忙しく叩きながらエイミィが言った。
当たり前だろ、とクロノは突っ込もうとしたがやめた。
本部を襲う戦艦があんなに小さいわけがない。
「それより奴らの正体は・・・・・・?」
クロノはリンディとエイミィ、両方に訊いた。
「ムドラの民って言ってたわよね。もしかして古代帝国ムドラのことじゃないかしら?」
リンディが顎に手をあてて言った。
「古代帝国?」
「ええ、たしかそんな名前の国がかなり昔に栄えていたらしいけど、詳しくは・・・・・・」
「古代帝国ムドラ。開闢の時より栄えたとされる自然界との調和を礎とする帝国・・・・・・」
「えっ・・・・・・?」
その場にいた全員が一斉に彼に注目した。
「魔力を持たず自然と共に生き、自然と共に死するムドラの民は超神秘の秘法を手にしたが、隣国との戦争に敗れ滅ぶ。
秘法もまたその時に砂塵とともに滅びたとされる・・・・・・」
シェイドは淡々と語った。
エイミィが目をぱちくりさせる。
「シェイド君、今のは・・・・・・?」
我に返ったようにシェイドが照れ笑いを浮かべた。
「ああ、試験勉強しててたまたま覚えてたんですよ。管理局の筆記試験は難しいって噂でしたから」
それにしても、とリンディが感心する。
「そんなこと、よく覚えてたな」
クロノもただただ感心するばかりだった。
「でもちょっとおかしくないかい? ムドラってのは滅びたんだろ? それじゃあさっきの連中がムドラの民ってのは・・・・・・」
難しいことを考えるのが苦手なアルフは。フェイトの視線を送って答えを求める。
私には分からないよ、とフェイトも視線で答える。
「実は密かに生き延びていた、というのは?」
アルフの問いに仮定を述べたのはまたしてもシェイドだった。
「つまり彼らはムドラの末裔だってことだけど・・・・・・」
その時、モニターには戦闘記録とは別に、文書といくつかの画像が表示された。
エイミィが管理局データベースにアクセスしたのだ。
「ムドラ帝国について検索かけたんだけど・・・・・・」
映し出された画像の中に大きな宮殿があった。
「ムドラが存在していたことを証明するのはこの宮殿の遺跡と、あとはいくつかの書だけなの」
文献を元に作成されたらしい文章も、ほとんどが憶測の域を出ていない。
文末には”現在も調査中である”とある。
「でも実際はムドラ帝国がどこにあったのかさえも曖昧なままなの」
エイミィが付け足した。
「え、どうしてですか? 宮殿の跡があるならそこに・・・・・・えっとムドラがあったってことじゃ?」
なのはも会話に参加する。
しかしエイミィは首を横に振った。
「あの宮殿跡がムドラのものとは限らないの。つまりそれだけ情報が少ないってことだけど」
「そうなるとムドラが本当に存在したかどうかさえ怪しくないかい?」
アルフの諦めにも近い口調にシェイドが言った。
「歴史は時に権力者の手によって捏造されることがある・・・・・・」
「えっ?」
「って言う学者がいるんだよ」
シェイドはそう付け加えた。
「それよりも」
平行線をたどる論争に終止符を打とうとしたのはクロノだった。
「問題はどう対処するかだ」
クロノがそう切り出すと、面々の表情が翳った。
「これを見て」
エイミィが制御盤を叩くと、モニターにフェイトとツィラが映し出された。
あ、と小さく声を漏らすフェイト。
ツィラが迫り、フェイトもまた近接戦を試みる様子が流れている。
「ここでフェイトちゃんがバルディッシュを振り下ろす・・・・・・」
動画に解説をつけるようにエイミィがつぶやく。
「ほら、ここっ!」
エイミィが動画を停止した。モニターはちょうどバルディッシュの光鎌とツィラの光刃が重なったところで止まっている。
「よく見てて」
そう言ってコマ送り再生に入る。
組み合った両者の光刃はほのかな光を放っている。
数コマほど進めると、バルディッシュの光鎌が徐々に萎縮していくのが分かった。
「バルディッシュ・・・・・・」
フェイトはあの時の奇妙な感覚を思い出した。
エイミィが再生を止めた。
リンディがちらっとフェイトの顔を見る。
そして小さな声でこう言った。
「彼らがムドラかどうかは分からないけど、ひとつハッキリするのは・・・・・・」
全員がリンディの次の言葉を待った。
「彼らは魔法とは違う、何か別の力を使っているということよ」
その言葉の意味するところを、この場にいるほとんどが理解していない。
「魔法じゃない・・・・・・?」
ありえないリンディの発言にユーノが聞きなおした。
「ええ。多分、いえおそらく間違いないわ」
リンディがエイミィの横から制御盤を叩いた。
モニターに今度はなのはが、スターライトブレイカーを放つ瞬間が映し出された。
先ほどと同じようにコマ送りで再生する。
膨大な魔力を収束して発射された桜色の魔力が、イエレドの持つ光剣に吸い込まれていく。
文字通り吸い込まれるその消え方は、魔法によって生じたものではない。
次に映し出されたのも、やはり襲撃者が魔法を使っていないことを裏付けるものであった。
レメクの手にした魔法銃から発射される藍色の光弾。
なのははそれに対して万全ではないにしろ、確かにバリアを展開している。
だが光弾はバリアに阻まれるでもなく、またバリアを破壊するでもなく、そのままなのはの身体を貫いた。
なのはに先ほどの苦々しい記憶がよみがえる。
そんななのはの心中を察してかフェイトはなのはの横に回り、そっと手を握る。
「フェイトさんの時といい、なのはさんの時といい、やはりこれは魔法ではないわ」
リンディが深刻な面持ちで言った。
事実、この現状はかなり深刻なものだった。
「魔法を無力化してるようにも見えるね」
アルフが言った。
「魔法でないとすると、連中が使ったのはプラーナかと思います」
シェイドが突然に口を開いた。
聞き覚えのない単語に、即座にリンディが反応する。
「プラーナ?」
「ええ、そうです」
そしてエイミィに向き直った。
「エイミィさん。さっきみたいにデータを検索したりできますか?」
「え、できるけど。えーっと、プラーナだっけ?」
「そうです」
エイミィはすばやくデータバンクにアクセスして情報を検索する。
”検索中”の文字が数秒明滅したあと、該当項目が1件見つかった。

 プラーナ:(名)  -Plana-

 プラーナとは古代帝国ムドラの秘法のひとつと言われる、超魔術をさす。
ムドラが存在したと思われる遺跡から発掘された書物によれば、プラーナは多くのムドラの民が会得していたと思われる。
プラーナの力の源はムドラの民に流れる血と、術者が抱く強大な憎悪であるとの見解が強い。
資料No.04BAA38 『ムドラの神秘』にそれを裏付ける記述がなされている。
 ムドラ帝国は先天的に魔力に恵まれなかった魔法世界の民が構築した共同体が始まりとされる。
当時の魔法世界は、魔力の存在そのものが万物の指針であったため、魔力を持たない者は迫害され、追放された。
追放された民は魔法を憎み、魔法を基準とする世界、そして魔導師と呼ばれる人間を嫉んだ。
そうして成立したものがムドラ帝国であるとされる。
ムドラの民は幾世代にもわたる研究の末に、プラーナという超魔術を編み出した。
魔法と魔導師に対する強い憎悪を源とするプラーナは、一般的な魔法を超越した力である。
すなわち魔導師はプラーナによる直接的あるいは間接的な攻撃に対して、防御する術を持たない。
とはいえムドラの滅亡とともにプラーナもまた過去の遺産として消滅し、現在にはプラーナの存在は確認されていない。

 モニターに映し出された文章を皆が黙読し終えるまで、数分を要した。
カタイ言い回しが多く、なのはやフェイトは読み終えたもののどこまで理解しているかは疑問だ。
実際エイミィもこのテの文章は苦手らしかった。
「これも試験勉強で読んだことがあるんですよ」
シェイドはおそらくされるであろう質問に先に答えた。
「プラーナは魔法では防げない、か・・・・・・」
クロノは先ほどのフェイトやなのはの戦いを思い出しながら言った。
「ちょっと待って・・・・・・そういえばシェイド君」
エイミィがくるっとイスごと振り返った。
「あの剣は何なの?」
「剣?」
訊きかえしたのはクロノだった。
襲撃者の力は強く、あの場にいた誰もが自分の相手にだけ集中していたため、教育係とも言えるクロノはシェイドの戦いを見ていない。
「モニターに出すね」
エイミィが再び制御盤をいじる。
シェイドとミルカの戦闘の模様が流れた。
白と紫の光刃が激しく交わる。
両者の剣術レベルもさることながら、何より気になるのはシェイドの持つ光剣だ。
「これのことですね」
そう言ってシェイドが漆黒のコートの中から金属製のグリップを取り出す。
「見たこともない武器ね。形はちょっと違うけどメタリオンのものと性質は同じね?」
ちょっといいかしら、とリンディが光剣を受け取った。
あちこち見回してみるが、剣の柄としか見えない。
「どうしてシェイドが奴らと同じものを持っているんだ?」
クロノはまるでシェイドを疑うかのような口調で訊いた。
「クロノ」
リンディが険しい目つきでたしなめる。
「これは・・・・・・」
シェイドが俯き加減につぶやいた。
「シェイド君、気にしないで!」
エイミィもその場をとりつくろう。
シェイドが萎縮したのは、クロノが彼を疑っているせいだと思ったからだ。
だがシェイドはさっきよりも語気を強めて続けた。
「これは祖父から貰ったものなんです。祖父は骨董品を集めるのが趣味で、僕もよくそれに付き合わされていました」
遠い目をして懐かしそうに語るシェイドに、誰も相鎚を打たなかった。
「ある日、これを貰ったんです。いつか役に立つときが来るから手放すなと。その時はその言葉の意味が分かりませんでしたが・・・・・・」
リンディからグリップを受け取ったシェイドは、それを少し高く上げて言った。
「祖父の言った意味がようやく分かりました」
「シェイド君・・・・・・」
エイミィが困惑した表情で名を呼んだ。
「そのおじいさんは・・・・・・?」
訊いてはならないと思いつつも、リンディは素朴な疑問を口にしてしまった。
「もう何年も前に亡くなりました。今思えば、もっと話を聞いておけばよかったなと後悔してます」
「ごめんなさい・・・・・・」
「いえ、いいんですよ。気になさらないでください」
ひたすら頭を下げるエイミィに、シェイドは微笑みながら言った。
「シェイド君・・・・・・」
とても言いにくそうにリンディが切り出した。
「その・・・・・・・申し訳ないんだけど・・・・・・」
慎重に言葉を選びながらリンディが途切れ途切れに言う。
「その剣を少し貸してくれないかしら・・・・・・」
リンディは何かを要請するときはたとえ部下に対しても、提督とは思えないほど謙ることがある。
亡くなった祖父の話の直後だと、なおさらそのような姿勢になってしまう。
「彼らがプラーナを使うのだとすると、今の私たちに対抗する術はないわ。あなたのその剣を除いては」
「ええ」
「その剣の仕組みを詳しく調べたいの。うまくいけばシステムをデバイスに組み込めるかも知れないわ」
「そうすると、どうなるんだい?」
アルフが訊いた。
「光刃を構成している成分が再現可能なものなら、デバイスに組み込む事でこの光剣と同じ性質の光刃を発生させることができるわ。
つまり私たちもメタリオンと対等に戦えるってわけ」
エイミィがリンディの思惑を代弁する。
「なるほどね。でもその剣って名前とかないのかい?」
アルフが少し戸惑った様子でシェイドに訊いた。
今日まで2人はほとんど言葉を交わしたことがない。
というより話す機会がなかったのだ。
「祖父はエダールセイバーって言ってたと思う。うろ覚えだから確かじゃないけど」
「調べてみるね」
シェイドが言い終わらないうちに、エイミィはすでに検索をかけていた。

 エダール剣技 エダールセイバー:(名)  -Edal Arts-  -Edal Saber-

 古代帝国ムドラの民は、自らと自らの王を護るために独自の技術を用いて剣を作り出した。
エダールセイバーは剣の原型を生み出した民の名に由来する。
エダールセイバーは通常は金属製のグリップ部分のみが携帯されていたと思われる。
グリップに施されたスイッチを押す事でセイバーが起動し、様々に輝く光刃が発生する。
この光刃もまたプラーナを源としていると考えられており、発掘された資料には赤や青などの光刃が描かれていたことから
使用者ごとに異なった光刃の色が発生していたと思われる。
このエダールセイバーを用いた剣術をエダール剣技という。
エダール剣技は徹底して実戦を見据えた研究がなされていたと推測される。
斬る・突くなどの基礎的な動作から、受け・払いなど18に及ぶ戦術が開発されたと思われる。
剣技の全ての動作は魔法と魔導師に対する強い憎悪の結晶であり、高威魔法をも打ち砕くといわれる。
ただしエダールセイバー及びエダール剣技に関しては物的な確証がなく、これらの記述についてはあくまで推論であることを付記する。

「なんだか分からないことだらけだね」
ようやく読み終えたアルフはため息をついた。
「ムドラに関するデータは本当に数が少ないから」
エイミィが苦笑した。
「でもその文章。書き換えなきゃね」
アルフが頭の後ろで手を組んで言った。
「どうして?」
フェイトが訊いた。
「だってさ、エダールセイバーってもうそこにあるじゃん」
アルフはシェイドの持っている光剣を指差した。
「データバンクの情報はそう簡単に更新できないんだよ」
エイミィが言った。
「何度も何度も調査して、本局のOKが出て初めて更新できるの。たぶん1年はかかるんじゃないかな」
「へぇ、そんなにかかるのかい」
アルフは大袈裟に驚いてみせた。
「それにどっちにしても、混乱状態にあるからデータの更新なんてやってるヒマはないしね」
シェイドがリンディに向き直った。
「リンディ艦長。これを役立ててください」
そう言ってシェイドは金属製のグリップをリンディに押しつけるように渡した。
「ただの骨董品で終わるところだったんです。祖父もきっと喜ぶと思います」
そう言うシェイドの瞳には何か決意のようなものが宿っていた。
「ありがとう。大切に使わせてもらうわ」
リンディはそっと受け取ると、グリップを見つめた。
「再現可能なものであればいいんだけど・・・・・・」
ハッとなってリンディが慌てた口調で言った。
「みんな、疲れてるでしょう? 今日はゆっくり休んで」
この言葉を合図に、話し合いはほとんど強制的に終了となった。

「さっきは悪かった」
通路を歩きながら、クロノはシェイドに謝罪した。
「君を疑ってたわけじゃないんだ。だけど気になって・・・・・・」
「ああ、気にしてないよ」
シェイドは笑った。
本当は気にしていた。
しかし彼は自分が隠したい感情を表に出す事は決していない。
彼の真の心は誰にも明かせないのだ。
「それよりデバイスに組み込むって・・・・・・。クロノ君のそれにもってことか?」
シェイドは素朴な疑問をぶつけてみた。
さっきアルフが同じような質問をエイミィにしていたが、エイミィの回答は正直難しすぎた。
「なのはやフェイトはインテリジェント・デバイス。僕のはストレージ・デバイス。そもそも仕組みが違うからな」
それはつまり、同一のものではないと言いたいのだろう。
「でもそれができないとすると、また対策を考えなきゃならない」
ふぅ、とクロノがため息をついた。
そんな彼を見ながら、シェイドはふと訊ねてみる。
「クロノ君っていつもそんな感じなのか?」
「?」
クロノはシェイドの言っている意味が分からず、無言で首をかしげた。
「その、なんて言うか・・・・・・いつも冷静で・・・・・・」
「ぶっきらぼうだって言いたいんだろ?」
「あ、いや・・・・・・」
クロノにずばり言い当てられ、シェイドは当惑した。
「昔からこうだったわけじゃない。自然になったんだ」
そう言う口調もやはり、どこか無愛想な感じがした。
「それはやっぱり執務官だから?」
「そうかもしれない。実直な態度でって思い込んでいたのかもな」
「はあ・・・・・・」
シェイドにはよく分からない。
感情をすぐに表に出さないのは、場合によっては自分のためにも相手のためにもなったりする。
しかし気の置けない間柄でまで、そのように接するのは間違っているのではないか。
そうは思っていても、新任のシェイドにそこまで言及する権利はない。
「ま、何であれ僕はこういう性格なんだ。あんまり気にしないでくれ」
「そう言うと思ったよ」
シェイドは苦笑した。
人と付き合うのは難しいな、と彼は思った。

 

 数日後。
シェイドを含め、クルーの面々が会議室に集められた。
招集をかけたのはリンディだ。
シェイドは少し時間に遅れて会議室に入る。
「すみません、遅くなりまして・・・・・・」
「いいのよ、シェイド君。それより全員揃ったわね。エイミィ、お願い」
裏でごそごそやっていたエイミィに声をかける。
振り向いたエイミィの手には待機状態のレイジングハートとバルディッシュがあった。
「シェイド君の協力で、メタリオンへの対抗策を立てることができたわ」
エイミィがなのはとフェイトに、それぞれのデバイスを渡す。
「ありがとう、シェイド君。あなたのおかげよ」
リンディに言われ、シェイドはほのかに頬を赤らめた。
「エダールセイバーを解析して、改良を施した新しいデバイスよ」
2人は見た目何も変わっていないデバイスを見た。
とりあえず起動させてはみたが、やはり変化はない。
「2人とも、エダールモードにしてみて」
エイミィが言った。
その言葉ははじめて聞いたが、なのはもフェイトも動じることはなかった。
持ち主とデバイスは精神的にも密接な関係にある。
心の中でエダールモードという言葉を浮かべるだけで、デバイスはそれにちゃんと答えてくれるのだ。
レイジングハートとバルディッシュ。
2本のデバイスは小気味いい音とともにその形状を変化させていく。
エダールモードと呼ばれるそれを手にした、2人は困惑を隠せなかった。
それはもはや杖や戦斧などではなく、剣の柄だった。
シェイドのそれと同じく金属製のグリップとなっている。
異なるのは、グリップの中央にそれぞれ赤と黄色の宝石が埋め込まれていることだった。
「ちょっと起動してみて」
エイミィに言われ、2人は念を送る。
すると風を切るような起動音とともに、グリップの先端から光刃が伸びた。
レイジングハートからは桜色。バルディッシュからは黄色の光り輝く光刃だ。
「これは・・・・・・?」
なのはが呟いた。
「シェイド君のものと同じ、エダールセイバーよ。これならメタリオンと対等に戦うことができるかもしれない」
リンディが言った。
かもしれない、というのはこの光刃の秘める力が未知数だからである。
「インテリジェント・デバイスに関してはその形状になるんだけど・・・・・・」
そう言ってリンディはクロノを手招きした。
「ストレージ・デバイスは構造上、光刃を出す事ができないの」
クロノがリンディの元へやって来た。
「クロノ。S2Uをエダールモードにしてみて」
言われるまま、クロノが思念をS2Uに送る。
レイジングハートのように音をたてて形状が変化することはなかった。
そのかわり両端に電気を帯びたような青色の小さな刃が展開した。
「見た目は違うけど、性質は2人のものと同じだよ」
エイミィが言った。
「ストレージ・デバイスに関しては今はクロノ君だけだけど、順次武装局員にも配給する予定だから」
クロノたちは生まれ変わったデバイスに、目を白黒させた。
「今のところメタリオンへの対抗策はそれだけよ。ただ・・・・・・」
エイミィが言いにくそうに切り出した。
「いくつか問題があるんだけどね・・・・・・」
最前線でメタリオンと戦う面々にしてみれば、長所よりも短所のほうが知りたい情報となる。
なのはたちは身を乗り出した。
「まず気をつけてほしいのは、エダールモードの時は全ての魔法が使用できないってこと」
「「ええっ!?」」
なのはとフェイトは同時に声をあげた。
魔法は魔導師にとって力であり命でもある。
その魔法が使えないというのはどういうことか。
「ムドラが魔法を憎んでプラーナを生み出した、という情報はどうやら本当らしいわ」
リンディが深刻な表情で言った。
「エダールセイバーの再現には成功したけれど、どういうわけか魔法とプラーナを同時に発動できないのよ」
シェイドがちらりとリンディを見て言った。
「お互いに相容れない存在だってことですか?」
「ええ、おそらくは。もし同時に発動しようとすると、デバイスに強い負荷がかかってしまうわ」
なのはとフェイトはお互いに顔を見合わせた。
これまでの自分たちの戦闘スタイルを完全に否定されたかたちになってしまっている。
「ということは当然、射撃もバリアも使えないってことですよね?」
なのはがおずおずと尋ね、リンディが頷いた。
「そんな・・・・・・それじゃあどうやって敵の攻撃を防げば・・・・・・」
フェイトが弱音を吐くのもムリはない。
バリアを張らなければ、魔導師は無防備なのだから。
この問いにクロノは心の中で自分なりの答えを出していた。
相手の攻撃に対して、すばやくエダールモードを解除してバリアを展開。
こちらが反撃に転じる際にまたエダールモードに切り替えて・・・・・・。
千変万化する戦場で、そのような手順をいちいち踏むわけにはいかない。
「心配しないで。光刃そのものが強力なバリアの役目も果たしてるから」
エイミィが親指を立てて言ったが、今ひとつ安心できない理由があった。
エダールモードが剣の形状をしており、かつ射撃等の魔法が使えないとなると・・・・・・。
必然的に近接戦を強いられることになる。
フェイトはすでに気づいていたが、なのはがそれに気づくまで若干の時間がかかった。
「もうひとつの問題は・・・・・・」
フェイトは次にエイミィが言う言葉が分かっていた。
「近接戦しかできないってことなの・・・・・・」
やっぱり、とフェイトは思った。
「どういうことですか?」
「エダールモードだと射撃系の攻撃はできないから、こっちから光刃で斬りにいかなきゃいけないの」
なのはの問いに答えたのはフェイトだった。
「さすがフェイトちゃん、その通りよ」
「でもそうなると・・・・・・」
切り出したのはユーノだった。
「フェイトはともかく、なのはは近接戦は苦手です。なのはを危険に晒すことになりかねません」
ユーノはなのはの力を疑ったりはしていない。
ただ彼女のこれまでの戦闘スタイルと180度違う剣での斬り合いはかなり危険だ。
「大丈夫だよ、ユーノ。私がなのはを護るから」
そう言ってフェイトは笑ったが、メタリオンの強さを前にしたフェイトは、誰かを守りながらの戦いが困難であることを知っている。
「たしかにその通りよ。接近して戦うエダールモードは、自分の光刃で自分を傷つけてしまうこともあるかもしれない」
リンディは答えの出ない考察に、小さくうなった。
「あの・・・・・・」
その時、シェイドがすっと前に出てきた。
「さしでがましいようですが・・・・・・」
そう言っておずおずとリンディの顔を見上げて言った。
「もしよければ・・・・・・僕が皆さんの剣の訓練を受け持ってもいいでしょうか・・・・・・?」
「えっ?」
「恐れながら、剣の腕には多少覚えがあるんです。ですから僕なら皆さんに剣技を教えられますが・・・・・・」
傍から見れば、彼の発言はさしでがましく、ある意味では図々しいともとれる。
つい先日局員になったばかりの、しかもこんな子供が剣を教えてやるなどと。
しかしリンディがそんな風に思うハズがない。
ただ即断することはできなかった。
シェイドはまだ新人だ。
リンディやなのはたちが良くても、局員の中には反発する者も出るのではないか。
「提督。先ほどの記録を見ても、シェイド君は互角に戦っています」
エイミィが進言した。
アースラにとって最善の策を促したとともに、シェイドに助け舟を出す形となった。
「ありがたい申し出だけど・・・・・・本当にいいの?」
「剣術を学ぶことは自分の身を守ることになります。許可さえいただければ、僕が知っていることを全てお教えします」
シェイドがいつになく強い語調で言った。
今はその気迫が心強い。
「あなたさえ良ければ、ぜひともお願いするわ。皆、それでいいかしら?」
なのはが頷き、フェイトが小さく「よろしく」と言った。
クロノは特にアクションを起こさなかったが、同意とみていいだろう。
「トレーニングルームBを開放するわ。あそこならより実践的な訓練ができるから」
リンディはエイミィに、トレーニングルームのキーロックを解除するよう命じた。
待機状態にあるレジングハートとバルディッシュが、ほのかに輝いた。
それはこれから新たな戦いに身を投じる持ち主への、激励を兼ねた挨拶であった。

 

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