第5話 特訓開始なの
(メタリオンに対抗するため、いよいよシェイドによる剣技の訓練が行われることとなった)
トレーニングルームBは、アースラにいくつかあるトレーニングルームの中でもより実戦的な訓練が行える場所である。
内壁に塗布された結界は最も強く、大型魔法をハデに展開してもビクともしない。
さらに自律浮遊標的「Z−PHER」を設置できる唯一の場所でもある。
Z−PHERは意思を持たせた浮遊標的で、指定領域内を常に浮遊する。
主に射撃系魔法の追尾能力を鍛えるために用いられるが、それ以外にも用途は広い。
これだけの設備が用意されているこの部屋で、これから行われようとしている訓練はあまりにも地味だった。
ここでは教官となるシェイド。訓練生は今のところ3人しかいない。
なのはは桜色の光刃を輝かせるレイジングハートに、まだ多少の戸惑いを覚えつつもグリップをしっかりと握っている。
金色の光刃が力強いバルディッシュは、やはり形状を変えてもフェイトにとって最高のパートナーだ。
クロノのS2Uもまた、両端に輝く青色の光刃があらゆる攻撃から持ち主を守ろうと懸命になっているように見える。
「それじゃあ、まずはセーフティモードに切り替えて」
新人局員であるシェイドが、ベテラン魔導師たちに言った。
「セーフティモード?」
クロノが訊いた。
「そういう機能があるってリンディ艦長が言ってた。非殺傷用で、光刃に触れても痛みとかはないって」
言われるまま、なのはとフェイトは今は光剣となっているデバイスをセーフティモードに切り替えた。
少し遅れてクロノも切り替える。
それぞれの光刃の輝きが少しだけ弱くなった。
それを確認してからシェイドもエダールセイバーを起動する。
風を切る音とともに紫色の光刃が伸びた。
「まずは基本的な構え方からいこうか」
そう言ってシェイドはエダールセイバーをしっかりと握りなおした。
「基本は両手でグリップをしっかりと握る。これが後々の動きにつながるから」
なのはたちは言われたとおりに、グリップをしっかりと握った。
握られた愛杖から不思議な力のようなものが返ってくる。
「エダールセイバーはグリップと光刃からできているけど、光刃には重さがない。だから振るうのに必要以上に力をいれなくてもいいんだ」
論より証拠と、シェイドは軽く振るった。
うなるような音とともに、光刃の軌道が残像で確認できる。
なのはとフェイトもそれに倣う。
シェイドは2時間あまりの訓練で、剣技の基本的な動作を全て教えた。
構えに始まり、攻撃、防御。そして相手の攻撃を受け流しての斬り返し。
クロノのS2Uは形状が他と異なるため、時間を設けて別指導となった。
シェイドは3人の才能にただただ驚くばかりだった。
実家に剣道場のあるなのはは、小さい頃から兄たちの剣術を見てきた。
そのせいか、太刀筋は9歳の少女とは思えないほどの上達を見せている。
フェイトもまた、得意の近接戦である剣技を驚異的なスピードで身につけた。
特にフェイトの場合は基本の型はもちろん、すでに応用的な動きまでをそつなくこなしている。
正直2時間程度ではほとんど成長しないと思っていたシェイドは、認識を改めざるをえなかった。
この調子なら3日もかからないうちに剣を自分のものにできるだろう。
クロノはデバイスの形状の特殊性から、かなりトリッキーな戦術がとれると期待されている。
「双刃の特性をもっと活かすんだ」
S2Uを振るうクロノに、シェイドが語気を強めて言った。
両端に光刃が発生しているということは、単純に言えば通常の2倍の攻撃を行えることになる。
さらにデバイスの中央を両手でしっかりと支えるために安定感が生まれ、太刀筋のブレが極力小さくなる。
今はシェイド相手にS2Uの実戦的な動きを模索しているところだ。
右から左、時に両刃を回転させて攻めてくるクロノを、シェイドは紫色の光刃でしっかりと受け止める。
手数が多いため受ける側のシェイドは一瞬たりとも気が抜けないが、表情にはまだまだ余裕があるようだった。
光刃がぶつかり合うたびに澄んだ音が鳴り響く。
「攻撃がワンパターンになってる。常に相手の隙を突くように!」
クロノの攻撃を受け流しながら、シェイドが的確に指導をする。
今は休憩中のなのはとフェイトが、長椅子に腰かけてその様子を見ていた。
「シェイド君、余裕だね。あんなに攻撃されてるのに」
なのはは2人の光刃を目で追うのがやっとの状況だ。
あれだけ素早さが要求される戦いの最中に、喋る余裕などなかった。
「それだけシェイドが強いってことだよね」
必死のクロノと余裕のシェイド。2人の表情を見ながらフェイトが言った。
「でもさすがはフェイトちゃんだよね。もう使いこなしてるんだもん」
なのはは先ほどまでの訓練の様子を思い出した。
剣の構え方や素振りでは、なのはの方が筋がいいとシェイドが言っていた。
兄たちの剣術を見て育っているのだから、それは当然ともいえた。
だが実際に実戦向けの訓練に入ると、その評価はガラリと変わる。
体移動のスピード、剣の返し、躱し方など、総合的な面ではフェイトが凌駕していた。
この辺りは近接戦が得意なフェイトだけあって、両者の能力が大きく開いている感は否定できない。
「なのはだって十分強いよ。きっとクロノよりも」
「そんなことないと思うけど・・・・・・」
なのはは照れ笑いを浮かべた。
お世辞と分かっていても、誉められるのは悪い気はしない。
「なのははこういうの苦手?」
「う、うん・・・・・・。私、運動あんまり得意じゃないから・・・・・・」
今度は恥ずかしさから照れ笑い。
フェイトはそんななのはの仕草が可愛いと思いながら、シェイドとクロノの訓練の様子を見ていた。
「ここまでにしようか」
シェイドは訓練の終了を宣言すると、光刃を引いた。
クロノも両端の光刃を収縮させる。
「今日はこれで終わりにしようと思うんだけど」
シェイドが言うと、すかさずなのはとフェイトが反応した。
「午後からもできるよ。できればもう少し教えてほしいな」
「うん、うんうん。私もそうしたい」
そんな2人を見て、クロノは自分を恥じた。
正直、シェイドの訓練は厳しくはなかったものの、かなり体に堪える内容だった。
インテリジェントデバイスと、ストレージデバイスでは光刃の特性が全く異なるため、訓練は分けて行われた。
なのはとフェイトの訓練中は、クロノは休憩。30分ごとに交代というプログラムだ。
学校での魔法訓練よりも過酷なプログラムに、クロノは終了近くにはバテかけていた。
にもかかわらずなのはとフェイトはまだ頑張れるという。
一体この小さな体のどこにそんなパワーがあるというのか。
だが最も疲れているのはシェイドだろう。
なぜならこのローテーションの間、シェイドはまったく休憩をとっていないのだから。
「でもシェイドも疲れてるよね?」
フェイトは申し訳なさそうに言った。
「いや、君たちがそう言うなら午後からも訓練するかい?」
「できれば・・・・・・」
フェイトは誰かに頼みごとをする時は、いつも控えめだ。
だがその控えめさが逆に頼まれる側を断りづらくする場合もある。
「分かった。でも午前ほど詰めたプログラムは組まないよ」
2人は納得したように頷いた。
「僕は執務官の仕事があるから午後は参加できないけど」
クロノが言った。
「分かった。明日の午前は大丈夫か?」
「ああ。当分の間、午前は訓練、午後は業務ってことにする」
こうしてアースラでの剣技訓練のカリキュラムが完成した。
「シェイド君」
昼食を終え、そろそろトレーニングルームへ行こうとしていたシェイドをリンディが呼び止めた。
「リンディ艦長」
「訓練の様子はどう?」
リンディが近くにあったイスに腰かけた。
「3人とも素晴らしい才能を持っています。僕が教えることを真綿が水を吸い込むように覚えていくんですから」
リンディに勧められ、シェイドもイスに座った。
ちょっと待ってて、とリンディが席を立つ。
数分後、湯気がのぼる湯飲みを持って戻ってきた。
「いただきます」
シェイドがお茶を啜るのを、リンディは優しげな目で見ていた。
「ごめんなさいね。着任早々にお仕事を押し付ける形になってしまって・・・・・・」
リンディが泣き出しそうな顔になったため、シェイドが慌てて否定した。
「むしろ光栄ですよ! 僕みたいな新人にもこんな活躍の場を与えてくださって・・・・・・」
リンディはお茶を一口含むと、憂えた表情で言った。
「でも大変でしょう? 日頃の任務に加えて、剣技の訓練なんて」
「たしかに大変ですが、やりがいを感じています。それに自分もアースラの一員なんだって実感も湧きますし」
シェイドがそう言えば言うほど、リンディは浮かない顔になっていく。
「あまりムリはしないでね。あなたのお陰でずいぶんと助かっているんだから」
シェイドはふっと悲しげな視線をリンディに送った。
リンディは何事かとシェイドの次の言葉を待った。
「リンディ艦長を見ていると、ときどき母を思い出します・・・・・・」
突然の話に、リンディは相鎚を打つタイミングを失ってしまった。
シェイドは淡々と続ける。
「優しくて、強くて・・・・・・。きっと今も生きていたらリンディ艦長に似ていたかもしれません」
「・・・・・・それじゃあ、あなたのお母さんは・・・・・・」
シェイドが頷く。
「5年前に亡くなりました。僕はその後、祖父に引き取られましたがその祖父も・・・・・・」
5年前というと、フェイトと同じ頃ではないか。
リンディはフェイトの気持ちを察しているつもりでいたが、ここにもまたフェイトと似た境遇の人間がいることを認識した。
「すみません、余計なことまで喋ってしまって・・・・・・」
シェイドは思い出したようにお茶を飲み干した。
「僕もいい歳です。それに今はアースラの一員。いつまでも弱音を吐いているわけにはいきませんから・・・・・・」
そう言って席を立とうとするシェイドを、リンディが制した。
「シェイド君・・・・・・そんなに頑張らなくてもいいのよ・・・・・・」
「・・・・・・?」
「あなたはその若さで苦労しすぎてるわ。その、あなたさえよければ、私を母親だと思って甘えてもいいから・・・・・・」
リンディの瞳にうっすらと涙が見えた。
「それは・・・・・・できません。僕は一介のクルーで、あなたは艦長です。私情を交えてお付き合いなど・・・・・・」
「私は階級やキャリアで決まる人との付き合い方が嫌で、アースラを和やかな雰囲気にしようと思ったの。
だから私に対しても、他のクルーに対しても遠慮する必要はないのよ?」
リンディがここまで言うのはもちろん自分の方針もあるが、何よりシェイドが息子クロノと同い年だからだ。
母親のいないシェイドが母親のいる同い年のクロノと接する時の気持ちを想像すると、リンディの胸が痛んだ。
「すみません。少し・・・・・・考えさせてください・・・・・・」
シェイドが急ぎ足で部屋を後にした。
残されたリンディはため息をついて、湯のみのお茶がほどんど減ってないことに気づいた。
即答をもらえるとは思っていなかった。
ただ今の状態ではシェイドだけがアースラから締め出されているような気がするのだ。
気の置けない間柄になりたい。
そう思うのはリンディだけではないハズだ。
トレーニングルームに入ったシェイドの表情は普段どおりで、何も変わったところはなかった。
ただ少しだけ笑みを含んでいるようにも見える。
そのことが気になってフェイトが訊ねようとした時、
「午後からは模擬戦をやろうと思う」
シェイドが言い出したため、タイミングを逃がしてしまった。
それぞれに昼食を終えたなのはとフェイトは、もう午前の疲れはすっかりとれている様子だった。
「模擬戦はそれぞれ1回ずつにするよ。訓練の本旨はあくまで午前の内容ってことで」
シェイドは2人にエダールモードを起動するように言った。
そしてトレーニングルームの中央に2人を向かい合わせて立つよう誘導する。
「初めから剣での戦いなら、こうやって敵同士向かい合うことが多いんだ」
「あの、もしかして・・・・・・」
なのはがおずおずと言った。
「模擬戦って、私となのはが戦うの?」
「そうだよ。客観的に君たちのスタイルを見たいから」
シェイドの言う事はもっともだった。
長所も短所も、まずは見なければ分からない。
同じ訓練を同じ時間受けた二人なら、実力も伯仲しているだろうと睨んでのことだ。
「気が引けるかい? でもセーフティモードならたとえ光刃が当たっても痺れる程度で済むから」
なのはとフェイトはお互いに顔を見合わせた。
だがこれは訓練で、真剣に当たらなければならない。
油断も手加減も必要ない。
2人はほぼ同時にエダールモードを起動した。
桜色と金色の光刃が対峙する。
「剣を使う場合、一部の型を除いては攻撃と防御を同時に行うことはできない。防御して相手の出方を見ながら
隙があれば積極的に狙う。相手の動きのパターンを読むのも重要だからね」
模擬戦に臨む2人への最後のアドバイスだった。
言い終わるとシェイドは離れた位置から2人を見守る。
なのはは目の前に垂直に立てた光刃をしっかりと構え。
フェイトは左足を半歩分引き、光刃をやや斜め下に構えた。
教官であるシェイドにも、2人の勝負の行方は分からない。
「はじめっ!」
先に動いたのはフェイトだった。
接近戦はフェイトの得意分野だ。
なのははそれを迎え撃つ形で光刃を前に傾ける。
「・・・・・・っ!」
フェイトの素早く重い一撃に、なのはが小さく声を漏らした。
鋭い太刀筋のフェイトの攻撃は、直前まで見切るのが難しい。
なのはは辛うじて防いではいるが、斬り返して反撃に転じる余裕はなさそうだ。
だが攻勢のフェイトにも隙はあった。
一撃を防がれてから次の攻撃に移るまでに間があるのだ。
そのことに気づいたなのはが一瞬の隙を突いて反撃にでる。
「やあっ!」
自らを奮い立たせるという意味で、かけ声とともに光刃を振るうなのは。
だが突然の反撃にもかかわらず、フェイトは冷静にそれを捌く。
これはフェイトの計算どおりであった。
わざと隙を見せ、相手がその隙を突いてきたところを捌く。
すると一見反撃に転じたように見える相手は逆に隙を作ることになるのだ。
シェイドは初めからこのフェイトの計画を読んでいた。
そしてなのははその術にはまった。
敵と密着して戦う剣での勝負は、”読み”も重要な要素だ。
特に大きな隙を作ってしまうと、敵の攻撃から逃れるのは難しくなる。
なのはは何とか攻勢に回ろうとするが、先ほどから力で押そうとする感がある。
それに対しフェイトは冷静に切っ先を見て、時には防ぎ、時には身を躱して無駄な体力を使わないようにしている。
攻めているように見えて、少しずつ後退しているなのは。
直線的でその攻撃を見切るのはたやすい。
フェイトはなのはに申し訳ないと思いながらも、光刃での斬撃をなのはに振るう。
「ああっ・・・・・・!」
金色の光刃がなのはの右腕に接触した。
接触部から幾筋かの光が溢れた。
セーフティモードでは光刃に触れると軽い痺れを感じるようにできている。
なのははバランスを崩し、レイジングハートを落としてしまった。
「そこまでだ」
シェイドが言うと、フェイトが慌ててなのはに駆け寄る。
「ごめん、なのは・・・・・・大丈夫・・・?」
フェイトはなのはの右腕をとった。
傷もなければ衣服の損傷もない。
「えへへ、平気だよ」
引きつった笑みを浮かべてレイジングハートを拾う。
「2人とも凄いね。とても今日訓練を始めたばかりとは思えないくらいだよ」
シェイドは2人に拍手した。
なのはは額にうっすらと汗を浮かべている。
「少し休憩しよう。今度は僕が直接、君たちの腕を見るよ」
それはつまり、シェイドを相手に模擬戦を行うことを意味する。
フェイトはまだまだ余裕そうだが、なのははそうではないらしい。
先ほどの模擬戦でも慣れないのか、少々疲れが見える。
シェイドは少し長めに休憩をとることにした。
2人が万全の状態でなければ実力を正しく見極められない。
30分ほど休息をとったあと、まずはなのはが模擬戦に臨んだ。
疲れはもう完全にとれている。
なのはは桜色の光刃をしっかりとシェイドに向けた。
対するシェイドはどの方向からの攻撃にも瞬時に対応できる型で構える。
模擬戦といいながら、実は2人の攻撃時のスタイルを分析するのが主旨となっている。
そのためシェイドは防御に徹するだけでいい。
「攻撃が直線的だ。もっと左右に振ったほうがいい」
防御しながらも、シェイドは的確なアドバイスをなのはに飛ばす。
当のなのはは頭では理解しているが、なかなかそれを動きに伝えることができない。
しかし数分もすると、徐々に剣の扱いも上達していった。
相変わらず直線的で見抜きやすい太刀筋ではあったが、スピードが大きく上がっている。
結果、手数が増えることになりシェイドも押されることがあった。
「なかなか良くなってきたよ。あとはもっと力まずに流れるように剣先を運べば・・・・・・」
シェイドはなのはの剣を受けながらも、冷静に分析する。
力に任せるなのはの攻撃は単調ではあるが、その分重みがある。
グリップをしっかりと握っていないと叩き落とされそうになる。
「よし、そこまでだ」
なのはの大降りの一撃をしっかりと抑えた姿勢でシェイドが言った。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
肩で大きく息をするなのは。
「まだまだ動きが大きすぎるみたいだ。基本はしっかりできてるから、今後はそこを克服しようか」
落ち込んだ様子のなのはにフェイトが駆け寄った。
「お疲れ様」
ねぎらいの言葉をかけながら、休憩席を勧めるフェイト。
次は自分の番だという強い意思が彼女の瞳から感じられた。
「バルディッシュ、お願い・・・・・・」
金色の光刃が力強く伸びた。
シェイドは両手でしっかりとグリップを握り、フェイトの攻撃を待つ。
おそらくなのはの時のように容易ではないハズだ。
それは先ほどの模擬戦でも明らかになっている。
「さあ、次はフェイトさんの番だ。遠慮なく攻めてきていいから」
フェイトは斜に構える。攻撃的な面が垣間見られる好戦的なスタイルだ。
「全力でいくよ」
こういう時のフェイトは、少女という言葉が不似合いなほど鋭い目をする。
少女特有のあどけなさは残っているが、立派な戦士として通用するだろう。
「・・・・・・?」
視界から一瞬、フェイトが消えた。
シェイドはそう思った。
高速で迫るフェイトの姿が消えたように見えたのだ。
「ぐっ・・・・・・!」
次の瞬間にはフェイトの素早い一撃がシェイドに振り下ろされていた。
「わっ、ちょ・・・ちょっと待っ・・・・・・」
シェイドは攻撃を躱すのが精一杯だった。
金色の光刃が四方八方から迫ってくる。
フェイトの攻撃は素早く、そして重い。
矛盾しているように思えるが、斬撃が速ければ速いほど、それに比例して重さも増す。
さらにフェイントも織り交ぜた巧みな攻めが、シェイドの防御を今にも崩そうとしている。
シェイドはグリップを握る手に汗をかいているのを感じた。
これだけ運動量の激しい猛攻にもかかわらず、そのペースはまったく乱れていない。
「君は天才かも・・・・・・ねっ!」
こうなってはアドバイスどころではない。
防ぐだけで手一杯の状態だった。
(さっきの模擬戦・・・・・・相当手加減していたな)
シェイドは目の前を走る金色の残像を見ながら思った。
これだけ巧みな攻めができるなら、なのはを一瞬で制していたハズだ。
シェイドは思い出した。
『全力でいくよ』という言葉はそういう意味だったのか。
その様子をなのはは複雑な表情で見ていた。
自分とフェイトの実力には大きな開きがある。
決してフェイトよりも優れているだなんて思ってなかった。
ただ、そうなると自分が足手まといになるのではないかと。
それだけが心配だったのだ。
・
・
・
・
・
フェイトの怒涛の攻撃は、シェイドのひと言で止められた。
「フェイトさん・・・・・・すごいね。ビックリしたよ」
シェイドは額にうっすらと汗を浮かべている。
よく見ると少し呼吸も乱れているようだった。
訓練だというのに、シェイドはある種の危機感のようなものを抱いていた。
本当に斬られてしまうのではないか、という恐怖心も抱かなかったわけではない。
「シェイドのお陰だよ。こんなに強くなれたのは」
そう言ってフェイトが笑った。
ごく自然な笑みだった。
たしかに昨日までは剣の扱いなどまるで知らない素人だった。
だがこの成長の早さはなんだ。
これは努力などで養われるものではない。
シェイドが言ったように、フェイトは天才で素晴らしい才能を持っているような気がしたのだ。
2人の様子を浮かない顔で見比べるなのは。
その時、トレーニングルームのドアが開き、クロノが入ってきた。
「メタリオンが動き出した。すぐに来てくれ」
シェイドたちは顔を見合わせ、すぐに艦首に向かった。
「たしか前もこんな感じだったな」
シェイドがポツリと呟いた。
「何が?」
早足で艦首に向かうクロノが訊いた。
「前もトレーニングの直後に敵が来たな、と思って」
「ああ」
クロノが思い当たったように小さく頷いた。
「でも今度は相手のことを知っている。前のようにはいかないさ」
クロノは万全の状態であることに、少なくとも前回のような敗北はないと考えている。
「でも・・・・・・どこまで知ってるのかな・・・・・・」
シェイドが声ともならない声でそうつぶやいたが、その場にいる誰の耳にも届かなかった。
艦首では、いつものようにエイミィが現状をモニタリングしていた。
中央に映し出されているのは、見た覚えのある森林。
おそらくミッドチルダのどこかだろう。
その木々の間を悠然と歩いているのは、赤髪の少女。
「ツィラ・・・・・・」
フェイトがつぶやいた。
なぜここにいるのかは分からないが、その様子からジュエルシードを探しているように見える。
どちらにしても、このまま見過ごすわけにはいかない。
管理局を襲った艦との関連も明らかにされていない。
それだけでも接触する理由は十分にある。
「相手は1人みたいだけど・・・・・・どうする?」
エイミィが訊いた。
「いつ他のメタリオンが現れるか分からないからな・・・・・・向かうのは2人ってところか」
クロノがそうつぶやいた時、シェイドがすかさず言った。
「なら僕が行く。もう1人はフェイトさんがいいと思うんだけど」
突然の申し出にクロノがわずかに眉をひそめた。
「どうしてだ?」
「いや、どうしてって言われても・・・・・・」
シェイドが返答に困っていると、リンディが助け舟を出した。
「人選はシェイド君に任せましょう。私たちと相手の実力を考えてのことだと思うし」
リンディはシェイドを全く疑っていない。
実際、エダールセイバーの提供や剣技の手ほどきなど、この時点で彼の功績は大きい。
今回の件に関しては、彼がもっとも知識を持っていそうだった。
だから誰も反論するものはいない。
「ありがとうございます。フェイトさん、訓練の後だけど大丈夫かい?」
「うん、平気だよ」
力強い返事が返ってくる。
話がまとまってしまったため、それ以上クロノも追求することができなくなってしまった。
「気をつけてね、2人とも」
リンディに見送られ、2人は一礼してから艦首を出た。
「・・・? 大丈夫よ、なのはちゃん。あの2人なら」
力不足であることを思い知らされた形のなのはの表情が浮かなかったのか、リンディがそう声をかけた。
しかし浮かない表情をしているのはなのはだけではない。
クロノもまた、何かしっくりこないものを感じていた。
「メタリオンの目的って何だろうね?」
シェイドが訊いた。
「分からない。でもあの時、ジュエルシードを探しているようなことを言ってたから・・・・・・」
「もし敵が有無を言わさず攻撃してきたらどうする?」
「戦うしかないよ。でも、それだけじゃ何も変わらない。もっとお互いのことを知らないと・・・・・・」
2度の事件でフェイトは大きく変わった。
互いを理解するための戦いを受け入れる覚悟ができている。
「フェイトさん」
強い意志が宿るフェイトの瞳を横目で見ながら、シェイドが言った。
「悪いけど、先に現地に向かってくれないか。ちょっとやり残したことがあってね」
「・・・・・・?」
「僕もすぐに行くから」
「うん、分かった」
何をやり残したのだろう、という疑問が一瞬よぎったがフェイトは了承した。
自分専用になった通信室のドアを開け、シェイドがまっすぐに通信機に向かった。
様々な機材があるが型の古いものもあり、正常に作動するか少し心配だった。
「こんなことなら、前もって設定しておくんだったな」
などと独り言を言いつつ、シェイドはたどたどしい手つきで操作する。
通信機に命が宿り、室内が明るく照らされる。
”PORT M−816”
シェイドは周波数を合わせ、応答を待った。
しばらくすると、正面のモニターに別の通信室らしい部屋が映る。
そのさらに数秒後、部屋に誰かが入ってくる。
栗色の長髪に藍色のケープ姿の女性。
レメクだった。
「レメク。ジュエルシードの回収状況はどうだ?」
シェイドはモニターの向こうにいるレメクに言った。
『申し訳ございません、シェイド様。反応を感知できず、回収は滞っております』
レメクは深々と頭を下げた。
「そうか。まあ焦らずとも、探していれば自然に見つかる。あまり気にするな」
それに、とシェイドが付け加えた。
「僕たちが躍起になって探さなくても、アースラの連中が探し出してくれるさ」
『申し訳ございません』
シェイドのねぎらいに、レメクはもう一度謝罪した。
「それより、ちょっと面白いことになってきたぞ」
『どうなさいましたか?』
シェイドが微笑みを浮かべ、それを見たレメクが首をかしげる。
「エダール剣技の手ほどきをしたんだけど、将来有望な娘がいる」
レメクにはまだシェイドの意図が伝わっていないようだ。
「うまくいけば、あの娘を僕たちの仲間に引き入れられるかもしれない」
『我らの仲間に・・・・・・』
「そうだ。フェイト・テスタロッサと・・・・・・一応、高町なのは。この2人に対しては傷を負わせないように、全員に伝えてくれ。
もちろん、管理局の連中に悟られない程度に演技も必要だけどね」
『フェイト・テスタロッサ・・・・・・?』
レメクが明らかに怪訝な顔をした。
『しかしあの娘はミッドチルダの魔導師。我らが憎むべき敵ですよ?』
「だからこそその魔導師を僕たちの仲間にする。最高の復讐だとは思わないか?」
シェイドは久しぶりに周囲に憚ることなく笑った。
ここには誰もいないのだ。声さえあげなければ、笑みを浮かべるのに気を遣う必要はない。
『シェイド様のご命令とあらば・・・・・・。そのように伝えます』
レメクは一礼して、モニターから消えた。
残されたシェイドはコートの襟を正して通信室を出た。