第6話 激戦のはじまりなの?

(ますます激しくなるメタリオンとの戦い。しかし敵は意外なところに潜んでいた・・・・・・)

 林間を歩くツィラの歩みがふと止まった。
その瞳は憎悪に満ち、今にも斬りかからんばかりだ。
「ツィラ・・・・・・」
そんなツィラの前に立つ少女。
フェイトはできるだけ刺激しないような口調を心がけた。
「お前・・・・・・!」
ツィラが2本のエダールセイバーを構えた。
「待って。私はあなたと戦いに来たんじゃない。話し合いに来たんだ・・・」
あくまで温和に、フェイトは会話を試みた。
「お前と話すことなんかないッ!」
赤色の光刃が伸びたかと思うと、ツィラは疾風のごとく斬りかかる。
不意打ち気味ではあったが、これを予測していたフェイトは隠していたバルディッシュを素早く取り出す。
金色の光刃がツィラの2本のエダールセイバーをしっかりと食い止めた。
「・・・・・・へぇ、そんな物を作ったのか。どこまでも気にいらねえ奴だ!」
ツィラは過激で攻撃的な性格だ。
「あなたたちが何のために戦ってるのか教えてほしい」
フェイトはツィラの猛攻を抑えているが、徐々に後退していく。
ツィラが大振りの一撃を放ち、フェイトが大きく吹き飛ばされる。
地面を蹴ってバランスをとったフェイトに、ツィラが再び飛び込んできた。
「・・・・・・ッ!?」
真っ直ぐに振り下ろされた赤色の光刃は、紫色の光刃によって制止させられた。
「フェイトさん、遅れてごめん。大丈夫だったかい?」
「シェイド・・・・・・。うん、大丈夫」
フェイトは再びバルディッシュを構えなおした。
「2対1かよ・・・・・・。まあいいや、やる事に変わりはないんだしな」
ツィラは後方に跳躍すると、空中で静止して2人を見下ろした。
シェイドとフェイトもその後を追う。
エダールモードの時はデバイスは魔法を使えない。
フェイトは飛べるかどうか不安だったが、飛行にはデバイスの力を必要としないため可能だった。
「フェイトさん・・・・・・まだ1日目だけど、訓練で学んだことを生かすんだ」
シェイドが小声で言い、フェイトが小さく頷く。
「喰らえーー!!」
憎悪に満ちた瞳でツィラが迫る。
可愛らしい民族衣装から想像する少女とは裏腹に、今のツィラは狂気の戦士だ。
2対1とはいえ、油断のできない状況だった。
2本のエダールセイバーを携えるツィラの攻撃は、バリエーションに富んでいる。
シェイドはともかく、まだ剣での実戦経験のないフェイトにとっては不利な相手だった。
必然的にシェイドが前に出て戦うこととなり、その合い間をフェイトが補う形となる。
「君たちの目的は何なんだ? なぜジュエルシードを狙う?」
ツィラの猛攻を捌きながらも、シェイドは交渉を試みる。
「ムドラの復活。それだけだ!」
メタリオンの攻撃手段はエダールセイバーだけではない。
もちろん剣を主軸として戦うが、それ以外にもいくつかの格闘術を身につけているようだ。
「うぐっ・・・・・・」
身をよじりながらのツィラの蹴りが、シェイドの腹部に突き刺さった。
予期しなかった衝撃にシェイドは下方の地面に叩きつけられた。
「シェイド!」
フェイトは叫ぶが、シェイドの安否を確認するヒマはなかった。
今少しでも視線をそらせば、たちまち赤色の光刃の餌食になる。
戦闘中の雑念は死を招く。
フェイトはやはり斜に構え、ツィラの攻撃を巧みに捌く。
「魔導師のくせになかなかやるな」
2人の実力は拮抗している様に見えた。
しかしツィラは、フェイトに傷を負わせないように手加減して戦えとの命令を受けている。
フェイトは自身の剣技の腕が成長していると思っているが、これは誤りだ。
”ツィラはフェイトの腕に合わせているのだ”
シェイドは大袈裟に地面に叩きつけられたフリをすると、痛みに表情をゆがめる演技をした。
アースラではこの戦いの模様を、(おそらくエイミィが)モニタリングしているハズだ。
遅れてやって来たことを不審に思われないだろうか?
シェイドはそれだけが心配だった。
大して痛みもないのに、大袈裟に痛がってなお立ち上がろうという演技はかなり疲れるものだ。
シェイドは空中で戦う2人を見た。
両者ともなかなかの剣さばきだった。
その時、さらに上空に何かが瞬いた。
(ジュエルシード・・・・・・)
そう思った途端、シェイドはすでに空高くに飛翔していた。
「フェイトさん!ジュエルシードだっ!」
急いでエダールセイバーを構え、シェイドが2人の間に割って入った。
「ここは僕に任せて、フェイトさんは急いで回収を・・・・・・」
「分かった。お願い!」
フェイトはエダールモードを解除し、光り輝くジュエルシードの元へと飛翔する。
「ジュエルシードは渡さないッ!」
その後をツィラが追おうとするが、眼前のシェイドがそれを阻んだ。
3本の光刃が鍔迫り合い、接触部が悲鳴を上げる。
(ツィラ、なかなかの演技だぞ)
シェイドが思念を送る。
(どうだ、あの娘の強さは?)
(確かに強いですが、まだまだ私の敵じゃありません)
ツィラには対抗意識があるようだった。
(当然だ。まだ訓練1日目だからね。でもそれにしては強いと思わないか? 君の時と比べて・・・・・・)
思念通話はモニタリングしているアースラには届かない。
鍔迫り合いでは両者は力を入れるフリさえすればいいので、会話に集中できる。
2人は特に示し合わせたわけでもないのに、まるで本当に競り合っているかのような顔つきになる。
(剣技のセンスは本物だよ。鍛えればもっと強くなる。管理局は自らの戦力によって滅ぼされるんだ)
彼らの演技が上手い理由は、思念通話の中に魔法や魔導師への憎悪が話題としてのぼっているからだ。
だからこそ真剣な表情になれるし、表情にも力が入る。
(でも、いいんですか? あいつにジュエルシードを回収させても・・・・・・)
ツィラはちらっとフェイトを見た。
フェイトはすでに回収のためにバルディッシュを構えている。
(構わないよ。彼女が味方になれば、彼女の持っているジュエルシードはそっくりこっちの物になるんだからね)
そろそろだ、とシェイドが結びにかかった。
フェイトがジュエルシードの封印を終えたところで、ツィラが捨て台詞のひとつも残して退散する予定となっている。
鍔迫り合いを解いたのはツィラだった。
上空ではジュエルシードを封印し終えたフェイトが、再びエダールモードで構えている。
「くそっ・・・・・・この次会ったら覚悟しとけよ!」
ツィラの周囲の空間が捻じ曲がったかと思うと、次の瞬間には民族衣装の少女の姿は消えていた。

 アースラに帰艦した2人は、若干の疲れの色を顔に表わしていた。
「2人とも、お疲れ様」
艦首ではリンディが迎えてくれた。
{フェイトちゃん、凄かったね。互角に戦ってたんだもん」
エイミィも笑顔で迎える。
「シェイドのおかげだよ」
フェイトが頬を少し赤らめて言った。
「どう? 彼女たちの目的は・・・・・・?」
リンディが訊ねると、シェイドが首を横に振った。
「僕たちに対して強い憎悪を抱いているようでした。ムドラの復活のためだと言っていましたが・・・・・・」
「それがジュエルシードとどう繋がるのかは分かりませんでした」
シェイドの言葉にフェイトが付け足した。
「そう・・・・・・」
リンディが残念そうな顔をした。
正直、シェイドにとってこんな会話はどうでもよかった。
今のところ、彼が知りたいのはひとつ。
自分の存在がメタリオンと戦うために、このアースラで最も重要であるとアピールできたかどうか。
答えはすぐに返ってきた。
「シェイド君、あなたのお陰よ」
「何がですか?」
「あなたのお陰で、アースラのクルーを守ることができるのよ」
「・・・・・・?」
言いたいことは大方分かっているが、シェイドはわざと気づかないフリをした。
「あなたがいなければ、私たちはメタリオンに抵抗すらすることができなかったわ。剣術の指導もしてくれて、本当に感謝してるわ」
「そんな、当然のことをしたまでですよ」
シェイドは照れて見せた。
「2人とも疲れたでしょう? 今日はもうゆっくり休んで、ね?」
リンディが優しい声で言うと、フェイトは俯いた。
その頬が紅潮していることは本人しか知らない。
「それでは失礼します」
フェイトは丁寧にお辞儀をすると、艦首を去った。
「あの・・・・・・リンディ艦長」
フェイトの姿が完全に消えるのを待ってから、シェイドは声をかけた。
「どうしたの?」
リンディは何かを期待しているかのような明るい表情だった。
「今後の訓練のことで、ちょっとお話があるんですが」
「訓練? ・・・・・・ええ、どうしたのかしら?」
返す言葉に一瞬詰まったのは、リンディの期待がはずれたからだ。
リンディは本当にシェイドを息子のように思っている。
少なくともシェイドには母親代わりをしてやりたい。
彼が歩んできた半生があまりにも辛すぎることを知ってしまったからだ。
だから向こうから話しかけてくれると、母親として接してくれるのではとの期待があった。
しかし彼の口から出たのは任務に関する訓練の話。
シェイドにとって、リンディはまだ”艦長”なのである。
「今日、訓練を始めたばかりなのですが、カリキュラムを変えたいと思いまして・・・・・・」
「何か不都合なことがあったの?」
「ええ、不都合というか・・・・・・。クロノ君もフェイトさんもなのはさんも、すでに基本をマスターして、早くも実戦的な訓練に入ります。
でも3人の熟練度には大きな開きがあることが分かりました」
「そうね。3人とも戦闘スタイルが違うから」
「剣技の訓練内容は熟練度などによって個人個人異なるものでなければ意味がありません」
リンディは思いついたように言った。
「なるほどね。今は合同で訓練をしているから・・・・・・」
「はい。そこで毎日交代で個別に訓練をしたいと思います」
こういうことは急いだほうがいい。
シェイドは畳みかけるように、しかしあくまで許可を求める低姿勢で訴えた。
もちろん、リンディがこの申し出を断るハズがない。
「ありがとう、シェイド君」
「はい・・・・・・?」
許可を得られるとは思っていたが、突然に礼を言われてシェイドは惑った。
「そこまで皆のことを考えてくれてるなんて・・・・・・」
リンディは感動のあまり、今にも泣き出しそうな様子だ。
「今回の件に関しては、あなたに一任するつもりよ。剣術の指導はもちろん、任務に同行する魔導師の人選も・・・・・・」
これは願ってもみない幸運だった。
アースラにおいて非常に強い権限が得られるのだから。
これはクロノ執務官ですら許されないことなのでは、とシェイドは思った。
「ありがたいお話ですが、僕が許可を得たいのは訓練についてだけですから。それに僕には荷が重すぎます」
シェイドは辞退した。
ここで素直に受け入れたら、貪欲な奴だと警戒されてしまうかもしれない。
とりあえず徐々に力を見せ付けておいて、もっと多くの信頼を得るほうが得策だ。
「もちろん、あなたの意思を尊重するわ。ムリを押しつけるつもりもないから」
リンディは言い過ぎたと思って、やや卑屈になった。
「お心遣いありがとうございます。では明日からカリキュラムを組み直しますので、これで失礼します」
シェイドは居心地が悪くなって、早々に艦首を後にした。
「はぁ・・・・・・」
リンディが思わずついたため息に、エイミィがすかさず反応した。
「提督、どうかなさったんですか?」
「なんだかシェイド君がかわいそうでね」
「あ・・・・・・」
何となく思い当たるエイミィは返答に詰まった。
「きっと誰よりもアースラのことを考えてくれてるのに、なんだかあの子だけが馴染めてない気がして・・・・・・」
たしかに、とエイミィが返す。
「まだ少しよそよそしいところ、ありますからね。いい子なのに・・・」
そういう点はクロノにもあるが、事情はまるで異なる。
何より彼はリンディの息子なのだ。居心地が悪いとか考えるハズもない。
「シェイド君の居場所、作ってあげたいとは私も思ってました」
エイミィが言った。
彼女が特にシェイドに、時に馴れ馴れしいと思う振る舞いをするのはそういう理由があったからだった。
これまでの実績と、彼の人柄。
もはやアースラのクルーで彼を疑う者など1人もいなかった。

 それから、しばらくは訓練の日々が続いた。
クロノ→なのは→フェイトの順で交代される日々の訓練では、それぞれの成長度合いがよく分かる。
1人に対して丸1日を費やせるため、得意分野の強化や弱点克服など、本人にとって最善ともいえるプログラムが組める。
クロノはS2Uによるトリッキーな戦術を身につけ、その腕前はシェイドをうならせるほどにまでなった。
なのはは相変わらず単調な攻撃に傾倒しているものの、実際に戦ってみるとかなり手強い。
そしてフェイトはまるで光刃と一体になったように、自在にエダールモードを操っている。
攻撃・防御・受け流しに加えて、今は偏光を学んでいるところだ。
偏光とはこれまでの剣技とはまるで異なる光刃の使い方である。
遠距離、あるいは中近距離から飛んで来る敵の攻撃を、光刃で防いだり反射したりするのだ。
これは剣対剣の扱い以上に、高度な技術が要求される。
高速で発射される攻撃を、光刃だけで受け止めるからだ。
これに関しては日々の鍛錬に加え、より神経を研ぎ澄まさなければならない。
フェイトたちはこの技術を見事に身につけた。
この訓練には自律浮遊標的「Z−PHER」が役に立った。
Z−PHERには訓練用のレーザーが装備されている。
本来は回避能力開発のために用いられるものである。
シェイドは訓練の成果が実感できると、フェイトたちを誉めそやした。
彼は厳しい教官ではなく、優しい教官を貫いた。
フェイトたちは誉められたことで有頂天になるのではなく、さらに自分を高みへと押し上げる為の努力を怠らない。
 また、シェイドたちは数々の任務を共に遂行した。
各地にジュエルシードの反応があると、シェイドはたいてい、フェイトかなのはを伴ない任地に赴く。
時にはメタリオンの妨害が入るが、日々の訓練で培った剣技のおかげで窮地を切り抜けることができた。
こうした中でシェイドは、フェイトやなのはと親しくなっていった。
2人にとってシェイドは良き教官であり、良きパートナーでもあった。

 そんな日々を送っていたある日のこと。
シェイドはリンディに呼ばれ、小会議室に来ていた。
わざわざここに呼びつけたのは、何か意味があるのだろうか。
シェイドがそう思っていると、リンディがやってきた。
「艦長」
「シェイド君。ごめんね、待たせちゃって」
「いえ、今来たところですから」
などとデートの待ち合わせで男女がするような挨拶を交わす。
「実は明日から当分の間、本部に行かなければならなくなったの」
リンディがため息混じりに言った。
どうもあまり乗り気ではないようだ。
「どうしてですか?」
「今回の事件のことでね、各艦の艦長や高官が召集をかけられたのよ。まあ、理由はだいたい分かってるけど・・・・・・」
「なんですか?」
「本部はジュエルシードの管理責任の所在を転嫁しようとしてる。哨戒部隊の業務怠慢を理由にね。
それに私も呼ばれたってわけ」
リンディがさっきよりも大きなため息をつく。
「その、つまり他の艦がちゃんと監視していれば、謎の艦が本部を強襲するのを未然に防げたってことですか?」
「ええ、そうよ。今はそんなことで揉めてる場合じゃないのに」
リンディは憂鬱だった。
管理局本部の連中は、事件の解決より責任追及に力を入れている印象が強い。
そのくせ、ジュエルシードの再回収に関してはアースラを名指ししている。
こういう風潮は昔からあったようで、リンディは何か事が起こるたびに本部に足を運んでいる。
しかしわざわざ出向いた割には、建設的な意見は出ない。
旧態依然とした管理局の体質に、リンディはうんざりしていた。
「お話はそのことでしたか」
そんな話をなぜ会議室で、と質問しかけたシェイドだったが、リンディが先に切り出した。
「まぁ、それもあるけど・・・・・・。それより、この前の話だけど・・・・・・」
「はい・・・・・・?」
「その・・・・・・私があなたの母親代わりになるって・・・・・・」
リンディは気恥ずかしそうに俯き加減で言った。
「艦長のご厚意には感謝しています。ですがそのお話に関しては・・・・・・」
まだ決心がついていない、という表情をシェイドが返した。
「あまり断り続けるとかえって失礼だとも思います。しかし僕の母親は一人ですから・・・・・・」
我ながらうまい言葉だった、とシェイドは思った。
体よくリンディの申し出を断る方法を考えるのは容易ではなかった。
だが言葉だけでなく仕草や表情も織り交ぜれば、やんわりと断ることができる。
「ご、ごめんなさい・・・・・・。あなたの気持ちも考えずに・・・・・・・」
”母親は一人”という言葉にリンディはハッとなった。
これ以上、この話題を続けさせないためにシェイドは言った。
「いえ、お気になさらないで下さい。艦長のお心遣いには感謝しております。ところで、リンディ艦長。
ジュエルシードの捜索にはある程度の目星をつけてるんでしょうか?」
「目星?」
「ええ、どこに飛散したか分からないものを闇雲に探しても埒があかないと思いますが」
シェイドは逸る気持ちを抑えながら言った。
「ある程度地域を絞り込んでるわ。捜査班が様々なデータを参照しているから、かなり期待できるわ」
突然に話題を変えられたリンディだったが、その返答は冷静だった。
「だいたいどの辺りに?」
「捜査班によれば、ユナイト全域、リートランド北区、メイランド南西部・・・・・・それとミッドチルダ北部ね。
特にミッドチルダには多数の局員を派遣しているわ。つまりそれだけ可能性も高いってことだけど」
「そうですか・・・・・・」
シェイドが険しい顔つきになったので、リンディが覗き込むように言った。
「どうしたの・・・・・・?」
「あ、いえっ!」
シェイドが慌てて顔を上げて言った。
「艦長が不在になるので、僕もそういう知識を持っておいたほうがいいと思いまして」
シェイドはそそくさと立ち上がる。
「すみません、午後の訓練がありますのでこれで失礼します!」
「あ、待ってシェイド君」
引きとめようとするリンディをシェイドが制した。
「リンディさん、僕のことは気にしないでください」
それだけ言うと、シェイドはトレーニングルームに消えた。
「はあ・・・・・・」
今日何度目か分からないため息をついて、リンディは会議室のイスに腰かけた。
「ダメね、私ったら・・・・・・」
シェイドに近づこうとすればするほど、逆に敬遠されているような気がする。
リンディはシェイドが去っていったドアの方向を見やる。
「あ、そういえば・・・・・・」
そして思い出した。
さっき、去り際にシェイドが”リンディさん”と言ったことを。
リンディは少しだけ嬉しくなった。
もしかしたらシェイドと気の置けない関係になれるかもしれない。
そんな期待が徐々に膨らんでいく。

 魔法に見放されたムドラの民は、艦や武器などの科学技術に敬意を表し、それらに人間のような名前をつけることが多い。
メタリオンが移動用に使っている小型艇も例外ではない。
セラ・ケトと呼ばれるこの小型艇の名前は、初代の艦長の名前に由来している。
武装はしていないが、長距離の次元間移行が可能であり、メタリオンの足となっている。
その内部にある通信室に、4人の騎士が揃った。
中央にある巨大なモニターには、彼女らが従うべきリーダーが構えている。
「シェイド様、ご連絡が遅れましたことをお詫びいたします」
レメクがその場にひざまずいた。
ミルカ、ツィラ、イエレドもこれに倣う。
『気にすることないさ。こっちも奴らに見つからないように通信してるんだ。お互い様だよ』
シェイドとメタリオンにははっきりとした主従関係が成り立っているが、シェイドは主らしからぬ低姿勢だった。
彼は部下のことを大切に思っているし、メタリオンもそれを感じている。
だからこそ威厳に頼って威張りちらしたりはしない。
彼は組織をまとめるのが上手かった。
『ジュエルシードについてだけど、管理局の連中は捜索地域を特定したらしい。さすがに一度関わっただけあって
向こうのほうが探し方は上手いみたいだ』
シェイドは淡々と言った。
『まずユナイト全域。それからリートランド北区、メイランド南西部、ミッドチルダ北部だそうだ。
ミッドチルダに関しては他の地域よりもジュエルシードが見つかる可能性が高いらしいよ』
「かなり絞られていますね」
イエレドが低い声で言った。
彼の声は通信では聞き取りにくい。
「それだけの範囲でしたら、我々でも手が回ります」
レメクが付け足した。
シェイドが述べた場所は、どこもミッドチルダを中心とした近い場所にあった。
手分けして探せば管理局よりも先に手に入れるチャンスもある。
『それともうひとつ朗報だ。管理局各艦の高官が本部に召喚されてる。つまり・・・・・・』
「つまりその間は、奴らの捜索が手薄になるということですね?」
『その通りだ。この機にできるだけ多くのジュエルシードを手に入れたい。ただし――」
シェイドはそこで一呼吸おいた。
『あくまで君たちの安全が最優先だ。ムリだと思ったらすぐに退く勇気を持つんだ。いいね?』
「はい。仰せのままに・・・・・・」
『奴らの僕に対する信頼も厚くなってきた。そろそろ話を持ちかけようと思う』
シェイドが唐突に話題を変えたため、レメクたちは惑った。
『フェイト・テスタロッサ、彼女を味方に引き入れるってことさ』
その名前にレメクとツィラが反応した。
「しかし彼女ではメタリオンには・・・・・・」
ミルカが懸念の声をかける。
『彼女は強い。持って生まれた才能もあるだろうけどね。彼女の強さはツィラがよく知っているだろう。
君が一番多く戦ったんだから』
シェイドがツィラを見た。
たしかにジュエルシード争奪戦では、フェイトと最も多く戦ったのはツィラだ。
もちろん、シェイドは必ずその場に居合わせている。
『とにかく、近いうちに新しい仲間を連れて行くよ。僕が手塩にかけた従順な戦士としてね』
アースラで何かあったのだろうか、シェイドはメタリオンたちの返事を待たずに通信を切った。
イエレドがゆっくりと立ち上がった。
「シェイド様はああ仰っているが、急いだほうがいいな」
「そうね。私たちには崇高な目的があるんだから」
シェイドとの通信を終えたレメクの瞳には、決意の色がうかがえた。
「まずはユナイトから探そう。あそこなら3日もかければ大方探索できる」
レメクが言った。
メタリオンの中ではレメクの発言権は強い。
いつも冷静に状況を見ることのできる彼女をシェイドも信頼しているようだった。
セラ・ケト級小型艇は、ゆっくりとその針路をユナイトにとった。

「よし、今日はここまでだ」
フェイトの光刃を紙一重で躱したシェイドが言った。
日を追うごとに恐ろしい勢いで成長するフェイトの剣の腕を感じながら、シェイドは光刃を収めた。
「ありがとう」
フェイトはいつも、訓練が終わるとこう締めくくる。
「や、もう終わったのかい?」
突然トレーニングルームの扉が開き、アルフが入ってきた。
「うん、今終わったところ」
フェイトが呼吸を整える。
カリキュラムを変更してから、フェイトの訓練の日には度々アルフがやって来る。
それも訓練が終わる頃になってからである。
シェイドがその理由を尋ねると、どうやらユーノの手伝いをしているかららしい。
闇の書の事件以降、ユーノはアースラの書庫の整理をしているそうだ。
ユーノはその手の魔法が得意らしく、朝から書庫に篭りっきりという日もあるらしい。
「どう? アルフさんも使ってみる?」
何の前触れもなく、シェイドが金属製のグリップをアルフに差し出す。
「あ、いや〜、私はそういうの苦手だからさ」
苦笑しながらアルフはやんわりと断った。
フェイトとアルフ。深い絆で結ばれたこの2人は、戦闘時の特性が似ているとシェイドは最近になって気づいた。
フェイトの剣技、アルフの格闘術と攻撃面に秀でている。
そんな2人のコンビネーションを見続けていたシェイドは、そろそろ頃合いだと判断した。
作戦に要する言葉は用意してある。
「フェイトさん」
シェイドは普段の彼らしい真剣な視線をフェイトに向けた。
その様子にフェイトもいい加減な受け答えができないことを悟る。
「ヘンな質問をするようだけど、君は時空管理局についてどう思う?」
「・・・・・・?」
フェイトが訝ったが、これは当然の反応だ。
質問の意味がよく分からない、という顔をしている。
「まあ、良いとか悪いとか・・・・・・どういう印象を持ってるのかなって思って・・・」
「良いところだよ、すごく」
良いか悪いかの二択では、フェイトは迷わず”良い”と答えた。
前向きなフェイトの返答に比し、シェイドは表情に翳りを作って言った。
「もし・・・もしもだよ。仮にもし管理局が悪い組織だったらどうする?」
これは挑戦だ、という視線をフェイトに向ける。
このシェイドの異常とも思える問いに、アルフは怪訝そうな顔をしながらも口を挟むのは止まった。
「悪いってどういう風に?」
「たとえば裏で法律に反するような悪いことをしてた、とか。あ、もしもの話だからね」
「そんなことありえないよ」
やや呆れたといった表情でフェイトが即答した。
「仮にそうだったとしても、管理局のことだから何か考えがあってやると思う。悪いことは絶対にしないよ」
”絶対に”という言葉をフェイトは強調した。
「そうかな。僕たちは時空管理局が具体的に何をしているのかは全然知らないんだよ?」
シェイドの口調は起伏が激しく、聞き手をその気にさせる効果がある。
しかしこの術は純粋に何かにすがり、信じる心を持つフェイトには通用しなかった。
「たとえそうだとしても、私はリンディ提督だけは信じる。もちろん、このアースラも・・・・・・」
「リンディ提・・・・・・?」
言いかけてシェイドは口をつぐんだ。
そういえば以前、この2人には養子縁組がどうとかの話が持ち上がっていたのだ。
なるほど、今は保護者であり母ともいえるリンディを、彼女が裏切るような真似はしないか。
「そうだよ。私たちの居場所はこのアースラなんだ。フェイトの言うとおりだよ」
今まで黙っていたアルフが言った。
「そうか、そうだよね。ヘンなこと訊いて悪かったよ」
シェイドが苦笑交じりにつぶやいた。
「一体どうしたんだい? 急にそんな話するなんて・・・・・・」
アルフはシェイドの質問に疑義を抱くというより、そんな様子のシェイドを心配して言った。
「いや・・・・・・ごめん。どうかしてたよ・・・・・・」
額に手をあてシェイドは大袈裟にため息をついた。
「シェイド、疲れてるんじゃない?」
フェイトが心配そうに覗き込む。
「そういえばここのところ、ずっと訓練と任務の連続じゃないか。ちゃんと休んでるのかい?」
アルフまでもがねぎらいの言葉をかける。
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう。自分のことは自分がよく分かってるから」
言いながら、シェイドは瞬時に思考をめぐらした。
彼の作戦はあまりにも呆気なく砕け散った。
フェイトをうまく唆し、管理局に背かせる。
突然の裏切りに管理局は狼狽し、混乱の中でやがては自滅。
それが彼の狙いだった。
しかし先ほどのフェイトの受け答えで、シェイドは悟った。
フェイトの管理局(究極的にはアースラとリンディ提督)に対する揺るぎない信頼。
さらにはアルフの存在が、彼の作戦を失敗に導いた大きな原因だった。
主を思うが故に、アルフは主に対しては忠実だ。
しかしその主が道を踏み誤った時には、アルフは身を呈してでもその過ちを正そうとするに違いない。
そもそも主のフェイト自身が歳不相応なほど利口なのだ。
フェイトを動かすなら、彼女が信頼するリンディを味方に引き入れる必要があるが、それは不可能だ。
フェイトの管理局に対する信頼は強い。
これをムリに引き剥がそうとしても、逆に自分が疑われるのは目に見えている。
彼女らを言葉で操るのは不可能だ。
シェイドは先ほどのわずかな問答の中で、それを見抜いた。
しかしフェイトの剣の腕をみる限り、彼女を味方にしないのはあまりに惜しい。
味方にできないのであれば、せめてそれに代わるくらいの収獲がなければ・・・・・・。
彼が剣技の訓練に費やした時間が無駄になってしまう。
そんなことを考えながら、シェイドはふとアルフに目が止まった。
アルフ・・・・・・アルフ・・・・・・。
シェイドは2人に気づかれないように笑みを浮かべた。
わずかな時間に彼は次の作戦を思いついたようだ。
「フェイトさん、アルフさん。ちょっと話があるんだけど」
さっきまでも散々話していたくせに、シェイドは話題を変えるという意味で言った。
「なのはさんの事なんだけど」
シェイドは言いながら、フェイトの反応を見る。
予想どおり、フェイトが身を乗り出してきた。
・・・・・・ように見えた。
「なのはがどうかしたのかい?」
「うん・・・・・・。なのはさんって使い魔はいないよね?」
「うん、いないよ」
フェイトが答えた。
「それじゃあ、なのはさんは使い魔の作り方を知ってるの?」
この問いにはフェイトは少し間をおいて、
「知らない・・・・・・と思うけど。どうしたの?」
と途切れがちに言った。
少し不安そうな様子だった。
「そうか・・・・・・うん・・・・・・」
シェイドはわざと含みのある言葉を発した。
当然、2人はなのはがどうなったのかが気になってしかたがない。
「4日くらい前にね、なのはさんの訓練を終えた後に訊かれたんだ。使い魔の作り方を教えて欲しいって」
「なのはが・・・・・・?」
フェイトには信じられなかった。といって、シェイドを疑っているわけではない。
「僕は知らないって答えたけど・・・・・・」
シェイドが言いよどんだ。もちろん、これらの仕草は全て作戦のうちだ。
「どうしてそんなことを・・・・・・」
「分からない。君たちは訊かれなかったのか?」
フェイトがアルフを見やると、アルフは首を横に振った。
「そうか。なのはさんは魔法世界の住人じゃなかったね。だからこそ興味を持ったんだと思うけど」
シェイドは声をひそめて言った。ここからが腕の見せ所だ。
「そこで頼みがあるんだ。もしなのはさんに使い魔について訊かれたら、うまくはぐらかして欲しいんだ」
「はぐらかす?」
アルフが訊きなおした。
「うん。作り方についても絶対に教えないでほしい。これはなのはさんのためなんだ」
「どうしてそれが、なのはのためになるんだい?」
「実はなのはさんの訓練が少し遅れてるんだ・・・・・・たしかに才能はあるんだけど、まだまだ実戦では安心できない状態だ」
シェイドはここぞとばかりに神妙な顔をする。
「メタリオンの攻撃から身を護るためには、エダールモードを使いこなすしかない。そういう意味でなのはさんには
剣術の訓練に集中してほしいんだ」
「つまり、他の事に気を向けさせないためだね?」
「そうなんだ。メタリオンの猛攻は日々激しさを増してる。ここで訓練を怠れば、手痛い目に遭うのは間違いない。
なのはさんはもっと強くなる必要がある。だからこそ訓練に専念しないとダメなんだ」
フェイトは物分かりのいい娘だから、シェイドの言葉を疑うまい。
「うん、分かったよ」
彼の思惑どおり、フェイトは了承した。
それに追従するアルフの答えも聞かずとも分かる。
「特に作り方を訊かれたら、絶対に答えないように。この事を他のクルーにも伝えてほしいんだ。君たちのほうが
クルーとは親しいだろうから、頼んでもいいかい?」
「まかしときな。なのはのためにも私から言っとくよ」
「そうしてもらえると助かる。あ、僕から聞いたってことは伏せておいてくれ。ヘンな誤解があったら困るから」
「ヘンな誤解?」
「うん。新人があんまりでしゃばり過ぎると、よく思わない人もいるだろう?」
「ああ、そういうことか」
アルフはあっさり納得した。
「シェイドって、いろいろ考えてくれてるんだね」
唐突にフェイトが言った。
その言葉に自分の信頼が広く及んでいることをシェイドは実感した。

 3日後。
「あいかわらず強いな。少し休憩させてくれないかい?」
5回にも及ぶフェイトとの模擬戦ですっかり疲弊したシェイドが言った。
「あ、ごめん。うん。今日はもう終わりにしようか?」
フェイトが心配そうに顔を覗きこむ。
「いや・・・いや、これは僕の大事な仕事だよ。少し休憩したら再開するから」
「ムリしないで。シェイドは疲れてるよ。今日はもう終わりにしよう」
少し語気を強めてフェイトが言い、シェイドは渋々それに従った。
「ありがとう。それじゃお言葉に甘えさせてもらおうかな」
そう言って壁面に設えられたイスに座る。
微笑を浮かべながら、フェイトもその横に座った。
しばらく2人は無言だった。
ただ過酷なトレーニングによる疲れをとるのに精一杯だったのだろう。
少なくともフェイトは。
だがシェイドは違った。
彼はまだ彼女のことが諦めきれなかった。
そこで彼は彼女に切り出した。
「フェイトさん・・・・・・ちょっと大事な話があるんだけど・・・・・・」
「・・・・・・?」
唐突に言われ、フェイトは惑った。
これまでの付き合いから、シェイドが冗談を言うような性格ではないことはよく分かっていた。
そんな彼が改めて切り出す話。これはきっと想像以上に重要な話なのではないだろうか。
「おっす、フェイト! あれ? もうトレーニングは終わったのかい?」
気がつくとアルフがドアの前に立っていた。
(くそ、こんな時に・・・・・・)
シェイドは表情ひとつ変えず、アルフに会釈した。
「どうしたんだい? 深刻な顔して? なにか話してた?」
アルフが2人を覗きこむようにして言った。
「ははは・・・・・・アタシ、ひょっとしてお邪魔だったかな・・・・・・」
「い、いや、そんなことはないよ。うん! アルフさんもよければそこに座って」
仕方なくシェイドはアルフにも座るよう勧めた。
予定外の乱入者だが、ここで追い返しては不信に思われる。
「大事な話なんだ。ぜひアルフさんにも聞いて欲しい」
「なんだか深刻だね。よし、分かった。私も聞くよ」
だがシェイドはそれ以降、何も言おうとしなかった。
「・・・・・・? どうしたの?」
「うん・・・・・・」
話があると言いながら、シェイドは中々それを口に出そうとはしない。
「いいよ。言ってみて」
そんな彼にフェイトは優しくささやく。
不覚にもそんな彼女の仕草に、シェイドは胸の高鳴りを覚えた。
「うん・・・・・・怒らないで聞いてほしいんだけど・・・・・・」
シェイドが覚悟を決めたように話し始めた。
「・・・その・・・・・・君はお母さんに会いたくはないかい?」
「えっ・・・・・・?」
フェイトは落ち着きなく視線をあたりに散らす。
しばらくして再びシェイドに視線を戻したフェイトは、弱々しく言った。
「どうしてそんなことを・・・・・・?」
「ああ・・・・・・うん、話すよ」
シェイドは一呼吸おいて口を開いた。
「君のお母さん、プレシア・テスタロッサの起こした事件のことは知ってるよ。もちろん彼女が何をしようとしたのかも・・・・・・」
「うん・・・・・・」
フェイトは複雑な想いを抱いていた。
アルフは滔々と話すシェイドに眉を顰めた。
「そして彼女がどこにいるのかも知っている。失われた地、アルハザードだ」
「・・・・・・・・・」
フェイトは何も言わなかった。
忘れてはいなかった。
だからといって意識の中に置いているわけでもなかった母の名を呼ばれ、彼女は動揺を隠せなかった。
「どうしてそんなことを知ってるんだい?」
彼女の代わりにアルフが訊いた。
「いろいろ勉強したからね。アースラに配属が決まった時、この艦が関わった出来事は学んでおく必要があると思ったから」
「なるほどね」
「君たちにはつらい過去かも知れないが、ぜひ聞いてほしい」
2人から返事はなかったが、彼は構わず続けた。
「アルハザード。今は伝説化してしまっているが、そこは今でも存在している。そして・・・・・・」
「・・・・・・」
「プレシア・テスタロッサは生きている。彼女はアルハザードで生きているんだよ、フェイトさん」
「・・・・・・ッ!?」
「なんだって!?」
2人からはほぼ同時にほぼ同じような反応が返ってきた。
「僕の夢は通信士だった。そのために見聞を広めようといろんな世界について学んできた。そして辿り着いたんだ。
今や伝説となったアルハザードが存在していることにね」
「まさか・・・・・・」
「そのまさかなんだよ。違う次元に存在しているから、特殊な条件下でしか行くことはできないが」
「その条件ってのがつまりジュエルシード?」
アルフが訊いた。
シェイドは大きく頷いて続けた。
「彼女は生きている。きっと今ごろはアリシアとかいう娘を甦らせ、彼女は元の優しい母親に戻っている」
「・・・・・・っ!?」
フェイトは頭を殴られたような衝撃に襲われた。
「シェイド、もういいよ。もうこの話は・・・・・・」
アルフが制止した。
フェイトにはあまりに辛すぎる話だ。
自分をあれほど酷い目に遭わせ、挙句に愛してなどいないと言い捨てた女の話など。
「そうだとしたら・・・・・・なおさら私は母さんのそばにはいられない・・・・・・」
フェイトが息を吐き出すように小さな声で言った。
あまりにか細く、注意しなければ聞き取れないほどだ。
「それは違うよ、フェイトさん。君のお母さんは娘を失った悲しみで狂ってしまっただけだ。だが今、彼女には甦った娘がいる。
ようやく正気に戻ったんだよ。だから君のことを娘として可愛がるのは当然だし、アリシアは君のお姉さんということになる」
それを聞きながら、フェイトは思い浮かべてみた。
自分と母さんとアリシア、そしてアルフとの楽しい生活を。
「どうしてそんな事まで知ってるんだい? 生きてるってことは見てきたってことなのかい?」
そんなフェイトの夢想の幸せを、アルフの下賎な質問がぶち壊した。
「まさか。さっきも言ったがジュエルシード無しにアルハザードには行けない。でもそこに行ける人物がいるだろう?」
「行ける人物? いったい誰なんだよ」
もったいつける言い方に、アルフが痺れを切らしたのか考えようともせずに答えを引き出そうとする。
「ジュエルシードを持っているのは?」
「う〜ん・・・・・・?」
アルフは知っている人物の顔を片っ端から思い浮かべた。
なのは? ユーノ? フェイトは違うし、もちろん私でもない。
シェイドは・・・・・・この話をしてるんだからありえない。
他にジュエルシードを持っているのは・・・・・・?
「まさか、メタリオン!?」
アルフが思わず大きな声をあげた。
「違うよ。どうして誇り高きムドラの民がアルハザードに行くんだ。そ、それに僕たちに話すわけないじゃないか・・・・・・!」
シェイドの額を一筋の汗がつたった。
「時空管理局だよ・・・・・・」
その言葉は2人を驚愕という感情で震撼させるには十分すぎる効果を持っていた。
「まさか・・・・・・?」
フェイトは反射的にアルフを、そして次にシェイドの顔を見た。
アルフは定まらない視点でなんとかシェイドを正面に捉えようとする。
「本当だよ。クルーから聞いたんだから」
「クルーってアースラのかい!?」
アルフが身を乗り出した。
「僕はアースラ以外の艦に乗ったことはないよ」
シェイドはため息まじりに言った。
そして息をゆっくり吐きながら、彼はフェイトの反応を窺った。
思ったとおり、かなり動揺している。
母親が生きていることももちろんだが、何よりその事実を管理局が隠していることに驚きを隠せないようだ。
「信じられないよ。母さんが生きている可能性はあるとしても、それを管理局が隠してたなんて」
もしかして、とフェイトは続けた。
「私を元気づけようとしてくれてるの?」
だがシェイドは首を横に振った。
「これは本当の話だ。僕も心苦しいが・・・・・・」
「いろんな事を知ってるね。でもそうだとしたら、どうして隠す必要があるんだい?」
アルフが鋭い指摘をした。
だがある程度予測していた彼は、顔色ひとつ変えずに答えた。
「おそらく、君たちが優秀だからだろうね。管理局は君たちのような戦力を必要としている。もしお母さんが生きていると知ったら・・・・・・
そしてジュエルシードを使えばアルハザードに行けることを君たちが知ったら・・・・・・」
シェイドは自分の言が2人の脳に浸透するのを待ってから続けた。
「きっとお母さんに会いに行くハズだ。保管されているジュエルシードを奪ってでも・・・・・・。
それは管理局にとって耐え難い損失になる。だから秘匿としたんだと思う」
だから、とシェイドが続ける。
「こんな事言いたくないけど、リンディ艦長が養子縁組の話を持ちかけているのもそのためじゃないかなと思ってる。
そうすれば君はお母さんのことを忘れられるから」
彼の言う事は筋が通っていた。
だがそれでも矛盾があることにアルフが気付く。
「隠したいなら誰にも言わないのが普通じゃないのかい? どうしてシェイドがそれを知ってるんだい?」
(この狼・・・・・・なかなかやるな)
シェイドは心の中で舌打ちし、当意即妙でそれを回避する。
「僕はこの艦に就いてからもずっと勉強してた。そんな時にアルハザードの項目にぶつかったんだ。
講義室でたまたま勉強してる時に、彼らに見つかった。僕がアルハザードについて調べていることを知ると、
彼らはこう言ったんだ。”プレシア・テスタロッサが起こした事件について知っているか”とね」
「それで?」
「質問の意味が分からなかったから、当然僕は知ってると答えた。そうしたら次にこう尋ねられた。
”ではアルハザードへの行き方は知っているのか”」
「それで、知ってるって答えたんだね?」
アルフが迫り、シェイドは頷いた。
「彼らは僕に口止めしたよ。くれぐれも君たちに言わないようにってね。僕がいろいろ知っているから、黙っておけば
君たちにアルハザードへの行き方を教えてしまうんじゃないかと思ったらしい」
結局言ってしまったけど、とシェイドはうなだれた。
「やっぱり言うべきじゃなかったかな・・・・・・こんなこと・・・・・・。でも僕は・・・・・・何も知らされず戦い続ける君たちが・・・・・・
不憫でならなかったんだよ・・・・・・」
シェイドは必死に訴えた、
声は震えているが涙は出ていない。
「あと2個ほどジュエルシードを回収すれば、それでアルハザードに行ける。君たちさえ良ければ
管理局に内緒でお母さんの元に連れて行ってあげるよ」
「ちょっと待った。話が急すぎて・・・・・・」
アルフが慌てて制止した。
「シェイドの気持ちは嬉しいよ。ありがとう。でも・・・・・・母さんのことは完全じゃないにしても、自分で決着をつけたから・・・・・・」
フェイトはゆっくりと、しかし強い口調でそう言った。
プレシアはフェイトの母親だ。それは紛れもない事実である。
しかしフェイトの母親は彼女だけではない。
今はリンディという名の心優しい女性が、娘となるまで待ってくれている。
「その答えを出すのは早すぎるよ。管理局に恩義を感じてそう言っているのかもしれないが、まだお母さんを忘れられないのでは?
僕にまで気を遣うことはないよ。君の本心を聞かせてほしい」
だがフェイトはそれでも頑なに拒んだ。
「たとえ管理局が魔導師欲しさに私たちを引き止めてるとしても、私たちの居場所はここだよ。それにいつか、ううん近いうちに
リンディ提督を母さんって呼べるようになると思うから・・・・・・」
「そうだね。私はどこまでもフェイトについて行くよ」
「ありがとう、アルフ」
シェイドは苛立っていた。
こんなハズではなかった。
彼の完璧すぎるプランでは、寂しさに負けたフェイトがアルハザードに行きたいと答えるハズだったのだ。
「もしかしてこの前言ってた、管理局が悪の組織だとかって話はこのことだったのかい?」
唐突にアルフが訊いた。
「うん? あ、ああ・・・・・・そうだよ! あの時は・・・・・・その、言い出しにくくてね」
曖昧に答えながらも、シェイドはひどく落胆していた。
(やはり諦めなければならないのか・・・・・・。絶対におとせると思っていたのに)
ぎこちない笑みを浮かべるシェイド。
彼の心は初めて計画が失敗したという屈辱に荒れていた。

 剣術訓練のカリキュラムが再び変更となった。
なのは→フェイト→なのは→クロノの順で組まれたローテーションは、徹底してなのはの剣術の腕を強化するため、
という名目で行われた。
まだ本部に逗留しているリンディには、エイミィから伝えてくれるらしい。
事後報告となったことをシェイドは詫びたが、エイミィは気にするなと励ました。
「太刀筋が鋭くなってきた。でも一手で止めるな。攻撃を間断なく繰り出せるようにするんだ」
訓練回数が多くなったなのはは、当然それだけ剣技の腕が上達する。
シェイドもそれを間近で感じ取っていた。
とはいえ、ようやくフェイトに追いついてきたというレベルである。
「もういい時間だな」
訓練を切り上げるのはシェイドにとって、本来の目的を達成するための出発点に過ぎない。
訓練はあくまで信を得るためのパフォーマンスであり、今からの時間こそが彼にとって重要なのである。
「お疲れ様」
と、とりあえずいつものように声をかける。
「少しは・・・・・・強く、なったかな・・・・・・」
かなり激しく動いたせいか、なのはの呼吸は荒い。
「ああ、強くなったよ・・・・・・とてもね。そのうち僕を超えるんじゃないかな・・・・・・」
「そんな、シェイド君に勝てるわけないよ」
肩で息をしながら、なのははシェイドの横に座った。
こうすることが日課となっていた。
訓練を終えると、訓練生とシェイドはしばしの雑談をする。
「なのはさん。前にも話したけど・・・・・・」
なのはの動悸が治まるのを待って、シェイドが声をかけた。
「やっぱり管理局のことが分からないよ・・・・・・」
ここ数日、シェイドはなのはに、以前フェイト相手にしたように例え話を持ちかけていた。
もし管理局が陰で悪事を働いていたら?
実は管理局が凶悪なプロジェクトを秘密裏に進めていたら?
荒唐無稽な夢想から現実にありそうな例え話に徐々にシフトしていく。
初めは笑い飛ばしていたなのはも、シェイドがあまりにしつこく迫ってくるため深く考えるようになってきた。
「なのはさんはもうすぐ10歳か・・・・・・。ってことは管理局の”管理”って意味は分かるよね?」
「うん・・・・・・」
なのははリンディに似ていて、どんな相手のどんな話にも軽んじた態度を示すことはない。
頭から冗談と分かっているなら笑い飛ばすこともあるが、シェイドの話はそう単純なものではないのだ。
「次元間の犯罪や事件を収拾・・・・・・つまり管理するのが管理局の務めだけど。でも誰が言い出したのかな?」
シェイドは敢えて疑問形でなのはに詰め寄った。
こうすれば、なのははこの話題に真剣に耳を傾けるようになるし、彼女の意見を聞くこともできるからだ。
「どういうこと?」
「つまり、管理局っていうのは大勢の人が作った公平な組織なのかなってことだけど・・・・・・」
「う〜ん・・・・・・」
「彼らが勝手に”管理局”という名前で始めたのかもしれないよ」
いまいち自分の言いたいことが伝わっていないと感じたシェイドは、お得意の例え話を持ち出すことにした。
「たとえば君の通っている学校の誰かが、誰に断りもなく勝手に校則を作って、守るよう強制したらどうだい?」
「それは困るよ。そういう大事なことは皆で決めなくちゃ」
「そうだろう。管理局もそれと同じなんだ。皆に選ばれたわけでもないのに、勝手に振る舞って・・・・・・」
「そんなことないと思うけど・・・・・・」
たしかにシェイドの弁には強引なところがあった。
「僕は苦労してこのアースラのクルーになったわけだけど、正直何のために頑張ってるのか分からないんだ」
強引さの後に弱音を吐く。
このギャップが聞く者の意識を話し手に向けさせることをシェイドはよく分かっていた。
「どういうこと?」
思ったとおり、なのはが乗ってきた。
「僕の夢はね、皆が平和に仲良く暮せる世界を作ることなんだ。それができそうだったのが管理局だからこそ、志願したんだ。
だけど、今はどう? ジュエルシードが危険だからどうとか言ってるけど、結局は戦って力でねじ伏せようとしてる。
ムドラの民とかメタリオンとか、向こうの気持ちをまるで理解しようとしてない」
「でもアースラの人たちは歩み寄ろうとしてるよ」
「本当にそう思う? だったら僕はどうして君たちに剣術を教えてる? どうして君たちは剣術を学んでるんだい?」
「それは・・・・・・」
なのはにももちろんしっかりとした考えがある。
しかし言葉でシェイドに勝てるほど、彼女はディベートには慣れていない。
「歩み寄ろうとするなら、剣術なんていらないよ。僕たちが剣術を学んでいるのは、戦って勝つことが前提だからだ。
勝ち負けをはっきりさせる。かくして勝者となった管理局は、強引に話を押し進めていく・・・・・・」
まるで完結したストーリーをなぞるようにシェイドが言った。
でも、となのはも反論する。
「お互いを理解しあうために戦うことが必要ってこともあるよ。そのために強くなる必要があると思う」
まさかこのような反論が来るとは思わなかったシェイドは、少しだけ慌てた。
「君の言う事は正しい。じゃあP・Tプレシア テスタロッサ事件はどうだった?」
シェイドは持てる知識を最大限に生かして、なのはを論破しようとする。
彼は時空管理局局員登用試験に際して、管理局に関する多くの情報を仕入れた。
機関・高官の名前と経歴・管理局が関わった事件の経緯と顛末・・・・・・。
アースラ就任が決まってからは、アースラが関わったもののみを頭に叩き込んだ。
P・T事件や闇の書の事件は記憶に新しいため、これは大きな論争材料となる。
「なのはさんはあの事件に深く関わっていたらしいね。だったら、そのあまりにも悲しすぎる結末も目の当たりにしたんじゃないか?
あの事件ではアースラの武装局員が、時の庭園に無理やり踏み込んだ。そうだろ?」
「うん・・・・・・」
あの時のことを思い出すと、今でもなのはの胸が痛む。
そのおかげでフェイトと友だちになれたが、代わりにフェイトは母を喪うことになってしまった。
「思うんだよ。そんな手荒なことをせずに、話し合いを進めていればフェイトさんのお母さんも死なずに済んだのでは、ってね」
「・・・・・・・・・・・・」
なのはは何も言えなかった。
事情は少し違うが、なのはも力で踏み込んだ一人だったからだ。
友だちのためだとか言い訳もできるが、結果として武装局員とやったことは同じだ。
シェイドの言葉は、そのままなのはにも当てはまっていた。
「そんな失敗をしたのに、管理局は昔のままだ。このままだと、今回の件でもプレシアさんの時と同じことが起きる」
シェイドはいつのまにか例え話をやめていた。
今日はこれくらいでいい。そう判断したシェイドは、なのはが何か言い出す前に立ち上がった。
「しおらしい話になっちゃったね。今日はこれで終わりにしよう」
塞ぎこんでいたなのはは、その言葉に救われたような気がした。
「明後日の訓練だけど、いつもと少し違うことをやろうと思うんだ」
「違うこと・・・・・・? なにをやるの?」
「それは明後日のお楽しみ、ってことで」
シェイドは笑いながらトレーニングルームを出た。
残されたなのはは、シェイドの言葉を何度も反芻していた。

 2日後の訓練は、これまで学んできた剣術を一から学びなおすような感じだった。
「今日はこれを使う」
そう言うシェイドの手には、両端に光刃を発生させたデバイスが握られていた。
S2Uではないが、それは紛れもなくストレージ・デバイスである。
「ストレージ・デバイスに試験的にエダールモードを組み込んだそうだよ。技術班に頼んで借りてきたんだ」
なのはは訝った。
メタリオンにはこのタイプのエダールセイバーを使う騎士はいなかったハズである。
だとしたらこれを相手に訓練することに何の意味があるのだろうか。
「敵がどんな武器を隠し持ってるか分からないんだ。あらゆる事態に臨機応変に対応するためだよ」
なのはの疑問には、シェイドはそう答えておいた。
なるほどそういうものかもしれない。
納得したなのはは、この日も半日近い訓練に真剣に取り組んだ。
シェイドは剣技に関してはかなり腕がたつらしく、これまで一度も手にしたことのない両刃のエダールモードを
手足のごとく操って、なのはの相手役を務める。
ストレージ・デバイスの両刃は攻撃よりも防御に適している。
同時に2方向からの攻撃を防ぐ、とイメージすると分かりやすい。
防御に優れた両刃と手練のクロノ。
鉄壁の防御を崩すのは容易ではなかったが、なのはにとっては有意義な訓練だった。





本日のプログラムを終えたシェイドは、まるで生気が抜けたように座り込んだ。
訓練の時とはまるで違う様子に、なのははどう声をかけていいか分からない。
「シェイド君・・・・・・大丈夫・・・・・・?」
疲れているのでは、と顔を覗き込むなのは。
しかし肉体的な疲れではないらしいと知る。
「見なければよかった・・・・・・」
シェイドは先ほどから、そんなことばかり呟いている。
「シェイド君、悩みごとがあるなら、私でよければ相談に乗るから・・・・・・元気出して」
言いながら軽はずみな言い方だったと、なのはは反省した。
しかしシェイドは暗闇の中に一筋の光を見出したように、なのはを見つめて言った。
「ありがとう、なのはさん。でも君まで辛い思いをすることになるかも・・・・・・」
「楽しいことも辛いことも分け合える。シェイド君とはそんな仲になりたいから・・・・・・」
なのはは純粋な気持ちでそう言った。
シェイドはコートの懐から数枚の写真を取り出し、なのはに渡した。
「これ、は・・・・・・?」
懐かしいものを見るように、なのはは一枚一枚に写る風景を脳裏に焼き付けていく。
美しい風景が写真の枠いっぱいに広がっている。
1枚目には緑多き山をバックに、手前には小さな湖と粗末だが寝泊りくらいはできそうな小屋。
それらが薄水色の天空を支えているように見える。
次の写真には、どこかの山村が写し出されていた。
野菜や果物の売買が盛んに行われているらしい、市場の風景がそこにあった。
近代的なビルなどはなく、背の低い家々が軒をつらねる、ほのぼのとした光景だ。
残る数枚に写っているのも似たようなものだった。
「これがどうかしたの・・・・・・?」
なのはには、シェイドがこのタイミングでこんな写真を見せる理由が分からない。
シェイドは再び懐から数枚の写真を取り出すと、なのはに見せた。
「え・・・・・・?」
なのはは反射的に自分が手にしている写真と、シェイドが差し出した写真とを見比べる。
「何があったの・・・・・・?」
なのはの口から無意識にそんな疑問が出る。
写真は同じ場所の異なる時間を記録していた。
シェイドの持つ写真には・・・・・・。
岩肌を露出させた山とその手前にある干上がった湖。小屋はどこにもない。
人間味の溢れる市場は、家々とともに瓦礫に埋もれ、もはやみる影もない。
なのはに手にある写真が明なら、シェイドの持つ写真は暗だった。
「もしかして地震が・・・・・・?」
なのはが言った。
この2種類の光景の合い間には、大規模な地震があったと推測される。
木々が倒れた山や、瓦礫に埋もれた村を見れば、多くの人間がそう思うだろう。
しかしそれでは湖が干上がっているのはなぜか。
シェイドが言った。
「地震なんかじゃない・・・・・・。地震なんかじゃ・・・・・・!」
シェイドの口調は怒りを押し殺しているようにも感じられた。
「これは・・・・・・管理局の仕業だ・・・・・・」
シェイドの口から信じられない言葉が飛び出した。
「えっ・・・・・・」
「管理局がやったんだ」
シェイドはもう一度言った。今度はゆっくりと、なのはの頭に刷り込むように。
「まさか・・・・・・」
「ありえない、と? でも事実だよ。ほら、ここを見て・・・・・・」
シェイドが写真の隅を指差した。
何百年もかけて生長したと思われる大木の無惨な最期が写っていた。
幹は深くえぐられ、表面はわずかに焦げている。
「これは魔法攻撃を受けてできたものだよ。この傷のつき方はね・・・・・・」
ということは、物理攻撃の性質をもった魔法攻撃を受けたということになる。
「信じられないよ。どうしてこんな・・・・・・」
「この村ではね、すごく珍しくて高価な宝石が採れるんだよ。赤や青のきれいなやつさ」
シェイドは遠い目をして言った。
次第に声も小さくなり、なのははよく聞き取ろうと意識をシェイドに集中させる。
「ある時、管理局がこの村に来てね。宝石をひとつ残らず奪おうとしたんだよ。村人は拒んだ。村の宝だからね。
そうしたら管理局の連中は怒って、武装局員を送り込み・・・・・・」
「そんな、どうしてそんなことを・・・・・・」
「言っただろう? 珍しくて高価な宝石だって。管理局がどうしてこんな大きな艦をいくつも持ってると思う?」
なのはは首を横に振った。
「艦を作るには沢山のお金がいる。だから管理局はこの奪った宝石を売ってお金に換えたのさ」
「・・・・・・」
信じられない、となのはは言いたかったが、それはできなかった。
シェイドの言葉が荒唐無稽なウソだとは思えなかったからだ。
彼の言う事は筋が通っている。
「まだ信じられないって顔してるね。ムリもないか。なのはさんは何も聞かされてないから・・・・・・」
シェイドはわざと含みのある言い方をした。
彼の思惑どおり、なのははその続きを聞きたがった。
「いいかい。この艦の中で、魔法世界の住人でないのは君だけだ。だから彼らは君に正体を隠してるんだ」
シェイドはさらに小さな声で言った。
まるでそばに誰かいて、そいつに聞かれないようにしているみたいに。
「魔法のこともできるだけ君に隠そうとしてる。よく考えるんだ。君が何も知らないことをいいことに、管理局の連中は
君を操ってる。君が気づかないようにね」
シェイドの口調にはある種の凄みがあった。
「そんなことない。皆いい人だもん」
なのはは見えない希望にすがりつくように、シェイドの言葉を否定した。
「君がそう思ってることが何よりの証拠さ。思ってる、というより思い込まされてる」
なのはは分からなくなってきた。
何が真実で何が虚偽なのか。
自分は何を信じ、どう考えているのか。
「・・・・・・管理局にとって、君が魔法や管理局に関する知識を持たないほうが好都合なんだ」
「知識・・・・・・?」
なのははオウム返しに訊いた。
その間に自分の考えを整理しようと思ったのだ。
しかしそれはシェイドが許さなかった。
「そうだ。そうだな・・・・・・アルフさんがフェイトさんの使い魔だってことは知ってるよね?」
「うん・・・・・・」
「じゃあ使い魔の作り方は?」
「え・・・・・・?」
「使い魔の作り方を知ってるかい? それとも・・・・・・」
「作り方は・・・・・・知らないけど・・・・・・」
「誰にも教えてもらわなかった?」
「うん・・・・・・。あ、でもそれは私が訊いてないだけだし!」
なのははようやく一筋の光明を見たように言った。
「なら訊いてみるといいよ」
「え・・・・・・?」
「僕の言う事が信じられないなら、なのはさん自身で確かめるといい。アースラの誰かに使い魔の作り方を訊くんだ」
「うん・・・・・・」
「誰でもいいけど、一番確実なのはフェイトさんだろうね。何しろ、使い魔がいるんだし」
シェイドは少しだけリラックスして言った。
なのははもうすでに、シェイドの術中にはまっている。
彼女がいかに思考をめぐらしても、シェイドの言からは逃れられない。
「彼女が君に教えれば、僕の言ったことは間違いだ。でも当然知っているハズの彼女が、君に教えなかったら・・・・・・」
「・・・・・・」
「僕の言ったことは正しいってことになる」
はじめ、シェイドの悩みについて相談に乗るつもりが、今は逆になのはが悩んでいた。
シェイドの言葉にはウソが感じられない。
しかし管理局が悪だとも思えない。
ハッキリさせるにはどうすればいいのか・・・・・・。
なのははこの日、結局明確な答えを出す事ができなかった。

 

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