第7話 隠された真実なの?

(メタリオンとの熾烈な戦い。負傷したシェイド。クロノはそんなシェイドに何かを感じていた。そして・・・・・・)

 メイランド南部の緑地で。
クロノは注意深く辺りを見渡した。
フェイトとなのはは、そんなクロノから少し距離を置くようにして敵襲に備える。
全てを知っているシェイドは、他の3人にできるだけ顔を見られないようにしている。
「気をつけろ。奴らはどこから来るか分からないぞ」
S2Uを構え、クロノが言った。
数分前、エイミィがこの緑地にジュエルシードの反応を捉えたのだ。
それも3個。
詳しい位置はまだ特定できないが、それまでにメタリオンが来る可能性は高い。
今回の人選に限り、先日帰艦したばかりのリンディが判断を下した。
ジュエルシードが3個となると、これまでとは事情が異なる。
おそらく敵も総出で手に入れようとするだろうと睨んでのことだった。
「なのは、どうしたの・・・・・・?」
周囲を窺いつつ、フェイトが言った。
「え、別に・・・・・・?」
ここ数日、なのはがどこかよそよそしい感じがする。
人の心情の変化に敏感なフェイトは、そのことが気になって仕方がないのだ。
「来たぞ!」
何か言いかけたなのはを遮るように、クロノが叫んだ。
なぜ今まで気付かなかったのだろう。
上空にこれまで何度か見た、あの小型艇が待機していた。
「セラ・・・・・・」
言いかけてシェイドは慌てて口を噤んだ。
誰も知らないハズの小型艇の名前を口にしてしまうところだった。
ジュエルシードの反応はまだない。
となると、これから激戦が展開されることはこの場にいる誰もが理解していた。
クロノはゆっくりと、フェイトとなのははグリップをしっかりと握ってエダールモードを起動する。
少し遅れてシェイドも光刃を起動した。
シェイドの光剣は本物のエダールセイバーであるため、エダールモードとは言わない。
しかし4人がそれぞれに持つ光刃は同じ性質を備えている。
「やはりお前たちか・・・・・・」
セラ・ケト級小型艇から、クロノたちを威圧するようにイエレドが出てきた。
続いてツィラ、レメクが憎悪の視線を叩きつける。
ミルカはいない。おそらくセラ・ケトの操縦を務めているか、別の場所にいるのだろう。
この時点で誰が誰の相手をするかは決まっていた。
今日まで何度もメタリオンと剣を交え、それぞれの相手が決まっていたのだ。
それは向こうも承知しているらしく、乱戦には発展しない。
クロノが上空高くに飛翔し、レメクを睨みつける。
レメクは不敵な笑みを浮かべると、懐から細身の銃を取り出す。
ツィラは2本のエダールセイバーを持て余しながら、フェイトに近づいた。
フェイトもそれに応えるように金色の光刃をツィラに向ける。
「行くよ、バルディッシュ・・・・・・」
『”Yes sir”』
フェイトが呼びかけ、バルディッシュがそれに応える。
沈黙が場を支配した。
嵐の前の静けさと表現すべきか。
「あいつは強敵だ。なのはさん、手を貸してくれ」
シェイドがなのはにそっと言った。
2人が戦う相手は黄金の剛騎士・イエレドだ。
「オレたちを止められるものか」
イエレドは両肩の義手を怪しく動かしながら、2人に迫る。

 クロノは両端の光刃で、レメクの攻撃を華麗に捌いていた。
レメクが相手では、訓練の初期に学んだ剣対剣のスタイルはほとんど役に立たない。
なぜならレメクの得物はエダールセイバーではなく、遠距離から確実に相手を仕留める銃だからである。
時おりクロノは接近を試みるが、高速で移動しながら正確な射撃をおこなうレメクには届かない。
「腕を上げたな、クロノ・ハラオウン」
相変わらず余裕の表情でレメクが言った。
当のクロノにはそんな余裕は全くない。
レメクは射撃に関して、洗練された技術を持っている。
長距離からの安全な戦いに徹するのではなく、時にはクロノの接近を許すこともある。
しかしそれは彼女の作戦だ。
S2Uの光刃が自分に届くか届かないかのギリギリの位置まで待つことで、より射撃の命中精度を上げようとする。
計算し尽くされたこの戦術にクロノは苦戦を強いられている。
S2Uによる斬撃が期待できない以上、クロノに残された戦術は光弾をはじき返すことしかない。
それ自体は難しくはないが、はじき返した光弾をレメクに当てるとなると話は変わってくる。
目にも止まらぬ速さで迫る光弾を、向かってきた方向に偏光する技術は並大抵の努力では身につかない。
まして訓練の時間がとれないクロノではこの戦術で切り抜けることはさらに困難を極める。
「君たちにジュエルシードを渡すわけにはいかないからね」
S2Uを構えなおすクロノ。
レメクは余裕の表情を見せるが、油断しているわけではない。
クロノを常に正面に捉えながら、レメクは地上でのもうひとつの戦いに目をやった。

 爽やかな微風が緑地の小さな命を撫でているその上で、3本の光刃が交わった。
赤色の2本の光刃は持ち主の憎悪をエネルギーに変換して、雄々しく輝き。
金色の光刃は持ち主の優しさと意志の強さを受け、逞しく輝いていた。
フェイトとツィラ。
今や2人の剣技の腕は互角となっていた。
ツィラが剣技の鍛錬を怠ったからではない。
フェイトがそれ以上に訓練に真摯に取り組み、今は光剣の姿をしているバルディッシュと一体となったからだ。
実戦を繰り返すうち、フェイトにも独自の戦闘スタイルが確立していた。
もともと近接戦が得意だったフェイトは、剣の腕に加え、自身の動きにも重点を置いている。
半歩踏み込んでの横斬り、サイドステップによる素早い回避行動。
そして時には大胆にジャンプし、相手の背後に回りこみ虚を突く。
かつてシグナムとの戦いで鍛えた近接戦のスタイルが、ここでも活かされていた。
2本の光刃から繰り出される猛攻にも、フェイトは冷静に対処していた。
「私が勝ったら・・・・・・あなたたちがジュエルシードを求めている理由を教えてくれる?」
眼前に迫る赤色の光刃を防ぎながら、フェイトが言った。
その言葉にツィラはすぐに返事をしなかった。
フェイトの剣に、何か彼女独特の意識のようなものを感じたからだ。
デバイスが意思を持っているからではない。
彼女の斬撃のひとつひとつが、懸命にツィラに訴えかけている気がするのだ。
そしてフェイトは感じた。
ツィラの瞳から一瞬、憎悪が消えたのを。
しかしすぐに我に返り、ツィラは再び猛攻を繰り出す。
「言ったところでお前たちには理解出来ないに決まってるッ!」
瞳には再び憎悪が宿り、その憎悪が彼女の太刀筋をより凶悪なものにする。
2本の光刃による攻撃は手数は多いが、一撃の重さには欠ける。
競り合いになればグリップを両手で支えるフェイトに分があった。
彼女は半ば確信を持って、ツィラの本音を聞きだすためにバルディッシュを構えた。
そうした中で多少余裕が生まれたのか、フェイトは大きく跳躍したもう一人の敵を見た。

 2対1という有利な状況にも関わらず、シェイドとなのはは押されていた。
4本のエダールセイバーを自在に操るイエレドの猛攻は、たとえ2人がかりでも止められるものではない。
このような戦いを想定しての訓練は一度も行われていない。
なのはは相手の出方を慎重に窺いながらも、果敢に攻めようとする。
しかし巨躯な体格から繰り出される連撃を前に、なのはの表情に疲労の色が見える。
「どうした、その程度か?」
イエレドは余裕の笑みを浮かべたが、それはなのはだけに向けられていた。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・」
肩で息をするなのはを見て、シェイドが言った。
「僕がやる。なのはさんは下がっていて」
「え、でも・・・・・・」
なのはの返事を待たずに、シェイドが躍りかかった。
予期せぬ動きにイエレドが一瞬立ちすくむ。
「何をしているッ!」
紫色の光刃が瞬き、イエレドの義手に振り下ろされる。
間一髪、この攻撃を防いだイエレドがシェイドに詰め寄る。
(いい事を思いついた。ちょっと演技しろ)
4本の黄金色に輝く光刃と競り合いながら、シェイドが思念を送った。
(どうなさるおつもりで?)
すぐさまイエレドからの思念が返ってくる。
(簡単なことだよ。いいかい? なのはさんに・・・・・・)
2人は小さく頷くと、距離をとった。
いくらか体力の回復したなのはが、2人の間に割って入ろうとしたからだ。
「ごめん、シェイド君。もう大丈夫だから」
なのはの桜色の光刃は、迷いなくイエレドを捉える。
彼女は今日までの訓練でかなり力をつけた。
とはいえ剣技においても、また腕力においてもイエレドの方が上だ。
はじめこそ攻勢だったなのはも、時が経つにつれじりじりと後退していく。
シェイドはその横から、時おりなのはをサポートする程度にエダールセイバーを振るう。
イエレドが渾身の力を込めて光刃を叩きつける。
「あああッ・・・・・・!」
その重圧を受け切れなかったなのはの小さな体は、物理法則にしたがって後方に飛ばされる。
「なのはさんっ!」
シェイドはイエレドの目を見ながら叫んだ。それが合図だった。
イエレドはシェイドには目もくれず、大きく跳躍するとなのはの眼前で着地。
いまだ体勢を立て直せないなのはに、イエレドの黄金色の光刃が振り下ろされた。
「・・・・・・ッ!!」
「なのはさん・・・・・・!」
・・・・・・沈黙とともに時間が止まった。
「シェ・・・イド・・・くん・・・・・・?」
刹那に展開された目の前の悲劇を、なのははしばらく理解できなかった。
なのはの前にはエダールセイバーを振り下ろしたイエレドがいる。
しかしその手前には腰から体をふたつに折ったシェイドの後姿があった。
「シェイドくん・・・・・・!」
そして彼女はようやく理解した。
自分が無傷であること。
無傷であるハズのシェイドが斬撃をまともに受けたことを。
「愚かな奴め。お前を庇ってこのザマだぞ」
イエレドは愚かな2人(彼にとっては1人)を見下し、嘲笑した。
なのはには。
自分のふがいなさを嘆くことも、シェイドを斬りつけたイエレドを恨むこともできなかった。
なぜなら轟音とともに、中空で何かが起こったからだ。

「なんだ? これは・・・・・・」
銃をしっかりと構えて、レメクが見たもの。
戦場を覆うように張られた結界と、炎を上げる小型艇。
上空高くから一直線に放たれた光線。
たった一筋のその光が、セラ・ケトという名の小型艇の装甲をえぐっていた。
「管理局の連中か・・・・・・」
レメクはクロノに銃を向けたまま。ツィラとイエレドに思念を送った。
(私たちを封じ込めるつもりだ)
(ふん、分かってないね。私たちにこんな結界が通用するもんか)
(何にせよ、オレたちの仕事は終わった。これ以上、ここにいる意味はない)
(じゃあさっさと帰ろう。もうこいつらの相手はうんざりだ)
(ああ。悔しいが、セラ・ケトは捨てよう)
ツィラがエダールセイバーを高々と掲げた。
「待って、ツィラ!」
フェイトが叫んだ。
「お前との勝負はまた今度だ。・・・・・・次があるかどうかは分からないけどな」
ツィラの表情が苦痛に歪む。
赤色の光刃がさらに赤く輝き、プラーナがその先端に集束される。
(ツィラ・・・・・・その傷は・・・・・・)
(大丈夫だ。これくらい)
集束されたプラーナが乾いた音とともに、上空に放たれた。
高速で撃ち出されたプラーナは風を切り、ドーム状に展開された結界を破砕した。
「クロノ・ハラオウン。次に会ったときは貴様の最期だと思え」
レメクはそう言い捨てると、すぐそばにいたツィラを伴なって空間の彼方に消えた。
イエレドも2本の義手を双肩のプレートに格納すると、レメクらの後を追う。
「結界も無意味なのか・・・・・・」
メタリオンを逃がしてしまったという自責の念がクロノを支配した。
だが今はネガティヴになっている場合ではない。
クロノとフェイトは緑地に降りた。
地上ではなのはが涙を流しながら、シェイドを抱きしめていた。
「シェイド・・・・・・?」
ただならぬ様子にフェイトが駆け寄るが、シェイドからの返答はない。
仰向けに倒れているシェイドの腹部には、光刃による傷痕が生々しく残っている。
致命傷ではないが、意識を喪失しているところを見ると軽傷とはいえない。
「君たちは先にアースラに戻って、シェイドを医務室に連れて行ってくれ」
上空を見上げたクロノの視界には、炎に包まれた小型艇がゆっくりと沈んでいくのが見えた。
「クロノ君は・・・・・・?」
嗚咽の声をあげながら、なのはが訊いた。
「ジュエルシードを回収したらすぐに帰艦するよ」
クロノは何か嫌な予感を抱きつつも、1人この地に残ることにした。

「シェイドの容態は?」
アルフが小声で訊いた。
「傷は深くはないみたいだけど・・・・・・。でも光刃による傷は治りが遅いかもしれないって」
フェイトが沈痛な面持ちで言った。
「そっか・・・・・・」
凶刃に倒れたシェイドを医務室まで運んだのはアルフだった。
ギリギリまで書庫の整理を手伝っていたアルフは、もう少し早く到着していれば助けられたかもしれないと自責した。
「アルフのせいじゃないよ・・・・・・」
フェイトがアルフの肩をぽんぽんと叩いた。
「アルフさんのせいじゃない・・・・・・私のせいなの・・・・・・私が・・・・・・」
なのはが落涙しながら言った。
「シェイド君、私をかばって・・・・・・それで・・・」
「なのは・・・・・・」
フェイトはなのはの頭をそっと撫でた。
「なのはのせいじゃない・・・・・・ううん、誰のせいでもないから」
アルフがゆっくり立ち上がって言った。
「2人とも、出よう」
フェイトはその言葉の意味を瞬時に理解した。
「なのは、さあ」
泣きじゃくるなのはを、半ば強引にフェイトは立たせようとする。
「シェイドのことは医師に任せて、ね」
アルフもなのはを連れ出そうとする。
なのはは渋々立ち上がり、医務室を出た。
今のシェイドの姿を見せることは、なのはにとって良いことではない。
必要以上に自分を責めるなのはを、アルフもフェイトも見ていられなかったのだ。
医務室のドアが閉まる切るまで、なのははずっとシェイドを見ていた。
「フェイト、すまないけど書庫に戻っていいかな?」
アルフは気まずそうに切り出した。
「ユーノのことも心配なんだよ。あの子、ほとんど休まないで書庫の整理してるからさ」
「あ、うん。そうだね。私も手伝おうか?」
「フェイトはいいよ」
そう言ってアルフは目配せした。
「うん、分かった」
アルフを見送ったフェイトは、意気消沈してしまったなのはに声をかけた。
「シェイドのことはもちろん心配だけど・・・・・・でも自分を責めるのは間違ってるよ」
こういう時のフェイトは誰よりも優しく、また本人以上に相手の心情を理解している。
なのはが今抱えている不安、悩み、後悔。
フェイトにはそれらが手に取るように分かった。
だからフェイトはそれ以上は何も言わず、ただなのはを優しく抱きしめた。
「フェイトちゃん・・・・・・」
背中に回されたフェイトの腕、フェイトの吐息から彼女の温もりがなのはに伝わる。
今はただこうしているのが一番心地よい。
なのはを落ち着かせるためには、シェイドの話題には触れないこと。
フェイトは分かっていた。





フェイトが微笑むと、なのはも同じように返した。
リンディの淹れてくれたお茶(砂糖抜き)を飲み終えた二人は、体の内からくる温かさに身を任せた。
「良かった」
「えっ?」
ふとフェイトが言った。
「いつものなのはに戻って」
「あ・・・・・・」
なのはが恥ずかしそうに俯く。
フェイトに言われるまで、さっきまでは取り乱していたことを忘れていたのだ。
「あ、ありがと・・・・・・フェイトちゃん・・・・・・」
なぜかなのははフェイトを直視できない。
そのことがフェイトには気がかりだった。
なのはがそんな態度をとらざるを得ない理由はひとつ。
それはフェイトに対する後ろめたさだった。
ムドラの件では、なのははアースラのクルー(特にフェイトに対して)に遠慮することが多くなった。
これまでの戦闘スタイルを否定された上、クロノやフェイトに比べて剣術の習得が遅れているのだ。
今はなのはが2人の倍の日数を使って訓練するようカリキュラムが組まれている。
自分は足を引っ張っているのではないか。
現にさっきも・・・・・・。
さっき・・・・・・シェイド・・・・・・。
なのはの頭にまたシェイドのことが甦ってきた。
その時、なのははふと思い出した。
シェイドが言っていたことを。
なのはは管理局やアースラを疑っているわけではない。
しかしシェイドのこともまた、疑ってはいない。
だがこの二つの考えは矛盾している。
・・・・・・確かめる術はある。
彼女にしてみれば管理局も信じたいし、シェイドのことも信じたい。
だから自分の力で真実を確かめるのだ。
「ねえ、フェイトちゃん」
「なに?」
「ヘンなこと、訊いていい・・・・・・?」
なのはがこんな切り出し方をするのは珍しい。
フェイトは惑った。
「使い魔って、どうやって作るの・・・・・・?」
「・・・・・・・・・!?」
突然の質問に、フェイトは明らかに動揺した。
幸い、なのはは目をそらしていたのでその表情の変化を悟られることはなかったが。
しかし動揺したのはほんの一瞬だけ。
シェイドにこの事を聞かされてから、フェイトはすでにこの質問に対する答えを考えていたのだ。
「どうしてそんなこと訊くの?」
フェイトは逆に質問した。
シェイドは絶対に教えるな、と言っていたが。
もしなのはが真剣に使い魔について探求しているのであれば、その方法を教えてもいいとフェイトは思っていた。
たしかに他のことに目をむけることは、ただでさえ遅れている剣術の訓練をさらに遅れさせる原因になるかもしれない。
シェイドの言うことは間違ってはいない。
むしろなのはの事を一番に想っているゆえに、なのはにとって最も良い考えなのだろう。
だがそれは絶対ではない。
何事に対しても真剣ななのはのこと。
使い魔に対する想いが真剣であれば、それは決して剣術の妨げにはならないハズだ。
フェイトはそう思って訊いた。
「えっと、その・・・・・・何となく・・・・・・」
だからなのはのそんないい加減な答えが、フェイトにはショックだった。
「本当に? 何か理由があるからじゃないの?」
フェイトにはなのはの真意が測りかねた。
冗談でもこんな事を言う娘ではないのに・・・・・・?
「ううん、ちょっと訊いてみただけ」
なのはは少しだけ笑みを含んで言った。
やはりシェイドの言うとおり、興味本位で訊いているのだろうか。
だとしたらこの質問に答えるわけにはいかない。
なのはのためにも・・・・・・。
「どうやって作るのかな・・・?」
尚もなのはは食い下がってくる。
フェイトは少し厳しい目をして言った。
「なのはにはユーノっていうパートナーがいるじゃない。使い魔なんて必要ないよ」
その返事に、今度はなのはがショックを受けた。
フェイトなら絶対に答えてくれると思っていたのに。
なのはにとってフェイトからの答えは、シェイドの言葉を否定し管理局を信じるための重要な分岐点だったのだ。
これではシェイドの言葉どおり、管理局がなのはに何かを隠しているという事を肯定しているのと同じだ。
「そっか・・・そうだよね・・・・・・。ごめんね、ヘンなこと訊いたりして・・・・・・」
「なのは・・・・・・?」
ふと、なのはが悲しげな表情を見せたのをフェイトは見逃さなかった。
しかしこれ以上、この話を引き伸ばすわけにはいかない。
「気にしないで。ちょっと気になっただけだから」
慌てて取り繕うなのは。
しかし彼女は・・・・・・自分だけが魔法世界の住人でないことを思い知らされた。
自分だけが魔法について何も知らないことを痛感させられた。
そして、自分だけが管理局にいいように利用され、あげくに締め出されるのではないかと危惧した。

 リンディは今だ目を覚まさないシェイドを介抱していた。
介抱といっても、体を拭いてやるくらいしかできないのだが。
息子同然に思っていたシェイドが凶刃に倒れたと聞き、リンディは後悔した。
身寄りを喪った自分の息子と同い年の少年が、着任早々に大事件に巻き込まれ、例を見ない剣術の指導をして・・・・・・。
その傍らでは任務の第一線魔導師として活動するも、果てにはなのはを庇って傷つき倒れた・・・・・・。
リンディはシェイドが不憫でならなかった。
なぜ彼ひとりがここまで頑張らなくてはならないのか。
クルーの力不足を責めるつもりはないが、今のアースラはシェイドに頼りきっているように見えるのだ。
そう思うからこそ、本部に戻ったリンディは会議で熱弁をふるう傍ら、自らを鍛えた。
シェイドやクロノのように、自分も率先して現場で戦えるだけの力をつけるために。
「う・・・ん・・・・・・」
「シェイド君?」
かすかなうめき声とともに、シェイドの瞼がゆっくりと開く。
リンディはそっとシェイドの頬に手を当てる。
その感触と、目の前にいるのがリンディと知りつつシェイドは最も効果的な名詞を口にした。
「・・・母さん・・・・・・」
「・・・・・・ッ!」
彼の意図通り、リンディは何とも言えない感情に襲われた。
まだ意識が朦朧としているのだろう。
たしかシェイドは、母親とリンディが似ていると言っていた。
ならば目覚めた直後に見たリンディを、母親と間違えても不思議はない。
リンディは、今だけは母親でいようと思った。
「シェイド・・・・・・」
シェイドの母親がシェイドをどう呼んでいたのかは知る由もないが。
リンディは精一杯母親を演じた。
「・・・・・・リンディ・・・艦長・・・・・・?」
リンディに束の間の夢を見せたあと、シェイドはリンディをそう呼んだ。
突然のことに慌てるリンディ。
「だめよ、まだ寝てなきゃ」
起き上がろうとしたシェイドを、リンディがベッドに戻した。
「すみません。ずっと付いていて下さってたんですか?」
「ううん、少し前に来たんだけど・・・・・・ごめんなさいね」
着任の日から、リンディは何度シェイドに謝っただろうか。
「あなたにばかり辛い思いをさせてしまって・・・・・・」
「艦長・・・・・・」
涙を浮かべたリンディに、シェイドは優しくささやいた。
「このとおり、僕は無事だったんです。それよりなのはさんは・・・・・・?」
「なのはさんは無事よ。シェイド君のおかげでね・・・・・・」
こんなにボロボロになりながらも、なお仲間の身を気遣うシェイドに、リンディは逞しさと弱さを見た。
「それは良かった。リンディ艦長、お願いが・・・あるんです・・・・・・」
シェイドは遠慮がちに言った。
「何でも言って」
「なのはさんの事なんですが・・・・・・」
「ええ」
「何か迷っているみたいなんです。・・・何にかは分かりません。ただ、憎しみに満ちたムドラの民を見て
自分がしていることは間違ってるんじゃないかって思っているみたいなんです」
言い終わってシェイドは、しまったと思った。
目覚めたばかりにしては、あまりに饒舌すぎた。
ここは息も絶え絶えにゆっくりと穏やかな口調で言うべきだったと後悔した。
「・・・・・・気づかなかったわ。なのはさんがそんな風に思ってたなんて・・・・・・」
リンディもまた、クルー(なのははクルーではないが)の心情を察することができなかった事を恥じた。
「きっと・・・・・・そんな心の迷いが・・・イエレドに隙を与えたのだと・・・・・・」
先ほどとはあまりにも口調が異なり、さすがにこれは演技とバレバレとも思えた。
しかし半ば塞ぎこんでいるようなリンディは、それに気づくことはなかった。
シェイドは続ける。
「ですからリンディ艦長の口からこのように言っていただきたいのです・・・・・・」
「・・・・・・」
「”なのはさんは何も考えなくていい。ただ管理局を信じて戦ってくれればいい”と」
医務室という狭い空間の中で。
さらにその狭い空間で2人きりとなると、各々の言葉は平時よりも重みを増してくる。
搾り出すようなシェイドの声には、まさにそのような効果が如何なく発揮されていた。
「そう、ね。ありがとう、シェイド君」
「艦長。くれぐれも僕から聞いたということは伏せておいて下さい」
「ええ、分かったわ」
そう言ってリンディはシェイドの頭を撫でた。
「私はもう戻らなきゃならないけれど。ムリしちゃだめよ」
「はい・・・・・・」
リンディは医務室のドアの前で立ち止まった。
「ねえ、シェイド君・・・・・・」
「はい?」
「私じゃ・・・・・・あなたのお母さんにはなれないかな・・・・・・?」
「・・・・・・艦長・・・・・・それはどういう・・・・・・?」
シェイドが聞き返すと、リンディは慌てて言った。
「あ、ごめんなさい! 今のは気にしないで! ね?」
そう言ってニッコリ笑うと、リンディは医務室を出て行った。
「・・・・・・・・・・・・」
シェイドは遠い目をして微笑むと、時間が経つのを待った。
音も動く物もない密室で、時が過ぎるのを待つのは酷なことだ。
シェイドはヒマを持て余しながら、時が来るのをひたすら待った。
10分が過ぎ、20分が過ぎた。
「そろそろいいだろう・・・・・・」
自分に言い聞かせるようにそうつぶやくと、シェイドはゆっくりと起き上がる。
「成すべきことを成さないとね」
医務室のドアが音を立てて開いた。

「あ、おかえり。クロノ君」
相変わらずモニターとにらめっこをしているエイミィは、背後にクロノが現れたのを感じた。
「どうだ? 何か分かったか?」
ただいまも言わず、クロノはあくまで事務的な執務官に徹する。
そんなクロノに苦笑しつつも、今日のエイミィの表情は真剣そのものだ。
「やっぱりおかしいよ。ジュエルシードの反応どころか、反応があったことすら記録してないなんて・・・・・・」
エイミィは前代未聞の事態に頭を抱えた。
アースラのコンピュータには様々なデータが収録されているが、それらを分析・解析する能力にも優れている。
通常、各世界の魔力反応を絶えずチェックし、異常な周波を確認して初めて魔導師が現地に派遣される。
それがジュエルシードによるものであれば、さらに厳重に分析を重ねるのが普通だ。
なぜなら膨大な力を持つジュエルシードが、外からの刺激によって次元に大きな影響を及ぼしかねないからだ。
今回のメイランドの件にしても、エイミィがその目でジュエルシードの反応を確認している。
それはメモリーにも記録されているハズだった。
「はじめからあそこにはジュエルシードなんてなかった・・・・・・?」
エイミィがつぶやき、クロノがまさかと否定した。
「データを改竄されたとしたら、どこかに足跡が残ってるハズだ」
クロノがモニターを注視した。
「どんな凄腕のハッカーでも、人間のやることだ。どこかにミスがあるに違いない」
「調べてるけど、その様子もないの。ハッキングとは違うかもしれない」
「どういうことだ?」
「つまりこういうこと。索敵プログラムがジュエルシードの反応を誤認した・・・・・・」
「よく分からないな・・・・・・」
クロノはややイラついた口調で言った。
目標が自分たちが一度関わったジュエルシードである以上、早期に解決したいという想いが強い。
しかしメタリオンの度々の妨害が、そんなクロノをさらに焦燥させる。
今回にしても、3つもあったハズのジュエルシードは実際そこには存在せず、彼は肩透かしを食らわされた恰好だ。
「決して不利とはいえなかったメタリオンが、たかが小型艇を破壊されただけで逃げたのが気になるのよ」
エイミィが唸った。
「・・・・・・たしかにそうだな。プラーナが使えるなら魔法結界だって簡単に破れるわけだし」
「でしょ? さっきの見てると、誘き出された感が拭えないのよ」
忙しくキーを叩いているが、エイミィには納得できるだけの答えも仮定も出てこない。
「外部から何らかの方法でアースラにアクセス、索敵プログラムをいじったとしか・・・・・・」
「もうひとつ気になることがあるんだ」
クロノの口調から、これは全く別の話になるとエイミィは感じた。
「どうしてイエレドはシェイドに止めを刺さなかったのか・・・・・・」
「・・・・・・どういうこと?」
エイミィはキーを叩くのをやめ、振り返った。
「シェイドが倒れてからアースラが小型艇を砲撃するまで、かなりの時間が経っている。にもかかわらず、
イエレドはシェイドを殺そうとはしていない・・・・・・。本当ならシェイドは・・・・・・」
「何言ってるのよ、クロノ君!」
エイミィが立ち上がった。
「シェイド君が無事だったんだから、それでいいじゃない!」
「ちょ、ちょっと待てよ。怒鳴ることないだろ」
「怒鳴るわよ! それじゃまるでシェイド君が死んだ方が良かったみたいな言い方じゃない!」
「ぼ、僕はそんなつもりじゃ・・・・・・ただ・・・・・・」
「・・・ただ・・・・・・何・・・?」
気まずい空気が流れた。
クロノは言葉を選びながら、ゆっくりと話す。
「なんだかしっくり来ないんだ」
「どういうこと?」
「シェイドの力は確かに凄いけど、最近やりすぎじゃないかって・・・・・・」
いまいちクロノの言いたいことが分からないエイミィは、相鎚を打つのをやめた。
「任地に派遣するメンバーを勝手に決めたり、重要な作戦の指揮権を握ろうとしたり・・・・・・。
アースラの内情にいろいろと口を挟むことが増えてきた気がするんだ」
「たしかに、それはそうだけど・・・・・・」
でも、とエイミィは弁護した。
「それは管理局や私たちのことを一番に考えてくれてるからでしょ。今日だってそのせいであんなケガを・・・・・・」
そう言われればクロノには返す言葉がない。
「シェイド君のお陰でずいぶん助かってるんだよ? そんな風に悪く言うのはシェイド君に失礼だよ」
「・・・・・・」
クロノは何も言えなくなってしまった。
といってエイミィの言葉を100%受け入れたわけではない。
心のどこかでは、シェイドに対する疑心が首をもたげている。
だがこれまでの功績から、アースラのシェイドに対する信頼は絶大だ。
だからこそ本来ならリンディや高官にしか与えられていない権限を、シェイドが握ることができるのだ。
新任のシェイドにそんな大権を与えていいのだろうか。
「たしかに言い過ぎたかもしれない。ちょっと頭を冷やしてくるよ」
そう言ってクロノは部屋を出て行った。
後ろ姿を見送りながら、エイミィはなぜクロノがあんな風に言ったのかを考えてみた。
 部屋を出たクロノは、あてもなく長い通路を歩いていた。
仲間を疑ってしまう自分に嫌気がさしてしまったためだ。
本当にどこかで頭を冷やさないと、ますます疑心が大きくなってしまいそうだ。
「ん・・・・・・?」
考え事をしていたせいだろう。
クロノがそれに気づくのに若干の時間を要した。
「・・・・・・シェイド・・・・・・?」
10メートルほど先の通路を曲がっていった影が見えた。
顔を見たわけではないが、なびいた漆黒のコートは間違いなくシェイドのものだった。
胸騒ぎがしたクロノは、小走りに追いかけた。
シェイドに気づかれないように距離をとりながら・・・・・・。
何度目かの角を曲がり、シェイドが一室に入る。
「・・・・・・?」
シェイドが入っていった部屋のドアを見て、クロノの疑心はますます膨れ上がった。
そこは今はもう使われていない通信室だった。
たしか閉鎖されていたハズだが・・・・・・。
そもそも妙なのは、シェイドが医務室にいないことだ。
エダールセイバーによる創傷は魔法攻撃ではないため、魔導師にとっては物理的なダメージに近い。
プラーナを源とする光刃がまともに皮膚を切り裂くのだから、バリアなどは無意味だ。
だからこそシェイドは剣技の訓練で、攻撃よりも防御に重点をおいた指導を施している。
「どういうことだ・・・・・・?」
イエレドの一撃をまとも(ほぼ無防備状態で)に受けたシェイドは、絶対安静とはいかないまでもかなりの深手を負っているハズである。
そんな彼がなぜ?
何かの用事で自室に戻ったのならともかく、使われていない通信室に何の理由があって・・・・・・?
クロノはもはやシェイドを信用できなくなっていた。
たとえば今すぐに乗り込んで問いただすこともできるが、それはスマートなやり方ではない。
クロノは踵を返すと、エイミィの元に向かった。
言い過ぎたことを謝るためではない。
「エイミィ・・・・・・訊きたいことがあるんだけど」
エイミィがゆっくりと振り向いた。
「どうしたの?」
怒っている様子はない。
彼女は怒りを後に引かない性格のようだ。
「たしか通信室は2年ほど前に閉鎖したと思うんだが・・・・・・」
「あ、うん。そうだけど。それがどうかしたの?」
クロノはためらった。
ここでまたシェイドの名を出すと、いざこざが生じるのではないか。
しかし迷っているヒマはない。
「さっき誰かが通信室に入ったのを見たんだ」
「ああ・・・・・・クロノ君は知らなかったっけ?」
エイミィが笑いながら言った。
「あの部屋、今はシェイド君が使ってるのよ。本当は通信士になりたかったんだって。それでどうせ使ってないからって、
リンディ提督がシェイド君のために貸し切ったのよ」
「そうなのか・・・・・・?」
「うん。私にとっては可愛い後輩みたいなもんだけどね」
そうか、とクロノはようやく理解した。
シェイドは通信士の先輩として、エイミィにいろいろ尋ねていたのではないか。
そうしているうちに親しくなった。だからさっき、シェイドを必死になって庇ったのか。
「でもあれだけの傷を負っているのに通信室に行くなんて、よっぽど大切な用事だったんだね」
エイミィは遠い目をして言った。
「もしかしたら恋人とか・・・・・・」
クロノはそれ以上、何も言う気にはなれなかった。
大傷を負っているにも関わらず、通信室に向かったことをなぜ疑わないのだろう。
どう考えても不自然なハズなのに?
クロノには、やはりシェイドを信じることができそうになかった。

 セラ・ケトを失ったメタリオンは、やむなく母艦に戻った。
全長1200メートルの大型艦船。
管理局本部を強襲し、ジュエルシードを飛散させた艦である。
設計者の名にちなんでこの艦は、シン・ドローリクと名づけられた。
その通信室に3人のムドラの民が、主君からのメッセージを待っていた。
壁面のモニターが明滅し、続いてシェイドが現れる。
「シェイド様。リートランド北区に管理局が建設中の基地を見つけました」
ミルカが言った。
彼女はメイランドの戦いは参加せず、ひとりで管理局の情勢を調査していたのだ。
『規模は?』
「中規模で30名ほどです。うち少なくとも14名は武装局員と思われます」
「すぐに攻撃しますか?」
ミルカに続いてレメクが言った。
『いや、手を出すのはまだ少し早いよ。ジュエルシードの回収はどうだい?』
「はい。すでに8個を手中に収めました。この戦いも終わりが近いようです」
今度はイエレドが肩をわずかに上下させながら言った。
だが良い報せのわりにはシェイドの表情は優れない。
『そう思いたいけど、セラ・ケトを失ったのは痛かったな。まさかアースラにあんな武装があるなんて思わなかった』
損失を被ったことを悲観するシェイドを慰めるように、レメクがやんわりと言った。
「間もなく新たな仲間が来るのです。それに比べれば艦を失ったことなんて安い物です。艦などまた作ればいいのですから」
『あの娘のことか・・・・・・』
励ましたつもりが、シェイドの口調はさらに重くなる。
『そういえばツィラが負傷したようだけど、傷は深いのか?』
「いえ、右腕に傷を負ってはいますが軽症です。ただ、満足に戦える状態ではありませんが・・・・・・」
『そうか・・・・・・。その傷をつけたのはあの娘だ』
「ええ。シェイド様がおっしゃるように、彼女は才能の持ち主です。ツィラを追い詰めるなんて・・・・・・」
以前、シェイドにこの話を持ちかけられた時はレメクは内心では賛成していなかった。
憎むべき魔導師を仲間として迎え入れることは、ムドラの信念に反するからだ。
だが今は違う。
エダール剣技をマスターし、ツィラをも打ち負かしたのだ。
「あれだけの腕前なら、私たちの悲願を成就するのに役立つでしょう」
『たしかにあの娘は強いし、幼いだけに将来性もある。だけどその幼さがあの娘の成長を妨げてることもある』
シェイドの口調がさらに低く重くなる。
『遠回りをすることになりそうだ』
「はい・・・・・・?」
レメクは訊き返し、ミルカ、イエレドは顔を見合わせた。
シェイドは普段の会話の中でも比喩(特に隠喩)的な表現をすることが多い。
メタリオンはその比喩を適切に読み解かなくてはいけないため、会話が途切れることもままある。
『つまり第1希望は諦めなきゃならないかも知れないってこと』
「はあ・・・・・・」
レメクは無難に相鎚を打ったが、もちろん彼の言葉の意味は理解できていない。
それはミルカやイエレドも同じだった。
『心配はいらないよ。すぐに僕たちの仲間になるよ。もう準備はできてるからね・・・・・・』
よく分からないが、そういうことらしい。
と、そこでシェイドの表情が急に厳しくなった。
『それはそうと、イエレド』
「はっ」
突然に名指しされ、イエレドは平伏した。
何かの命令が下されるかと思ったが、彼の口からは全く予想していない言葉が出た。
『お前、本気で斬りつけやがって。今もまだちょっと痛むんだぞ・・・・・・』
そうは言っているがモニターに映るシェイドを見る限り、そんな様子はない。
「も、申し訳ございません。しかし、奴らに悟られないためと思い・・・・・・」
『言い訳か? うん? それは言い訳なのか?』
どうもシェイドの人格が少し壊れたように思える。
ミルカはそれが可笑しく、下を向いて小さく笑った。
「いえ、決して言い訳などでは・・・・・・。しかし・・・・・・」
『奴らに悟られない程度に演技すればいいんだ。まったく・・・・・・』
悪態をついてシェイドはこう言い放った。
『今度、お前に演技指導してやるからな』
言いたいことだけ言うと、シェイドは強引に通信回線を切った。
「ぷっ・・・・・・」
堪えきれず、ついにミルカが吹き出した。
「笑うな!」
イエレドは赤面した。
身長2メートル以上もある巨躯なイエレドが、小柄なシェイドにいいように言われているのが可笑しくてたまらない。
レメクも平静を装ってはいるが、限界が近い。
ちっ、と舌打ちしてイエレドは通信室を出て行った。

 

 数日後。
ようやく傷が完治したシェイドは、これまでどおり平日を訓練にあてていた。
不思議なことに今日まで、メタリオンが現れることはなかった。
そのため訓練に集中することができる。
だがこの日だけは様子が違っていた。
本来ならば2人は実戦さながらの剣技訓練を行う予定だった。
だが教官であるシェイドにも、生徒であるなのはにもそんな気はなかった。
というよりそんな気にはなれなかったのだ。
トレーニングルームという広い空間の中で、2人はただ沈黙が過ぎ去るのを待った。
先に切り出したのはなのはだった。
「シェイド君、元気ないよ・・・・・・大丈夫?」
なのはが何か言い出すのを待っていたシェイドは、すぐに返答した。
「あ、ああ・・・・・・大丈夫だよ」
「本当に? まだ傷が痛むんじゃない? ごめんね、私のせいで・・・・・・」
「いや、本当に大丈夫だって。ただちょっと考え事をしてたから」
「考え事?」
なぜだろう?
なのはにはその内容が知りたくて仕方がなかった。
胸が締め付けられるような感じがする。
「なのはさん・・・・・・聞いてくれるかい?」
「うん・・・・・・」
シェイドはゆっくりと話し始めた。
「やっぱり管理局は、僕が思ったとおり裏の顔があったんだ・・・・・・」
「えっ・・・・・・?」
なのはは驚いた。
その内容にではなく、自分が思っていたことと同じだったことにだ。
「クロノ君に言われたんだ。近いうちにハイランドの町を攻撃するから、それに参加するようにってね」
「ハイランド?」
「うん。遠い世界だよ。大きな鉱山があってね。それが狙いらしいんだ・・・・・・」
「艦を作るため・・・・・・?」
なのはは以前、シェイドが言ったことを思い出した。
「たぶんね。・・・・・・あの写真を思い出したよ・・・・・・」
シェイドは大きなため息をついた。
これはもちろん、なのはへのアピールだ。
「それで、シェイド君はどうするの・・・・・・?」
これはかなり答えるのが難しい質問だ。
シェイドは今後の受け答えを十分にシミュレートしてからこう言った。
「拒否したいけど、それは難しいかもしれない」
「どうして?」
「だって僕は管理局の局員なんだよ? 上からの命令に従わなかったら、どうなるか・・・・・・」
「だけど・・・・・・!」
「分かってる。僕ひとりでどうなるものでもないとは思うけど。だけど、できるだけ戦ってみるよ」
「シェイド君・・・・・・」
「管理局は間違ってる。自分たちの利益のために、平和に暮してる人々を傷つける権利なんてないんだ」
そう強く言って、シェイドは慌てたふりをしてなのはに顔を近づけた。
「なのはさん。この事は誰にも言わないでくれ!」
シェイドは小声で叫んだ。
それはなのはの耳に、強く叩き込まれる。
「この話、なのはさんにだけはするなって言われてるんだ・・・」
「えっ・・・・・・?」
なのははさほど驚かなかった。
心のどこかでは予想していたことかもしれない。
「君は魔法世界の住人じゃない。だから管理局の素顔を伏せて、君を操ろうと・・・・・・」
「うん・・・・・・」
なのははもはや、その類の言葉を疑いはしない。
その曖昧な相鎚から、シェイドは確かな手ごたえを感じた。
さては何かあったな。
そう直感したシェイドは、なのはの心の中に巧みに潜り込む。
「僕はどうしたらいいんだ・・・・・・。君は、君だけは守ってやりたい・・・・・・」
シェイドは声を詰まらせた。
「何も知らない君が、このまま何も知らされずに悪事に手を貸す姿なんて見たくない・・・・・・」
演出過剰かと思ったが、これはかなり効果があったようだ。
「シェイドくん・・・・・・私も、どうしたらいいか分からないよ・・・・・・」
なのはが苦痛に顔をゆがめた。
「君も何か悩んでたみたいだね。僕に言ってくれ。できるだけのことはするから」
そう言ってなのはの肩に手を回す。
このポジションは、密かにユーノが狙っていたものだ。
「フェイトちゃんが・・・・・・」
なのはがポツリと話し始めた。
「使い魔のこと、フェイトちゃんに訊いたの」
「使い魔の作り方?」
「うん。フェイトちゃん・・・私に教えてくれなかった・・・・・・」
なのははシェイドに話しているというより、まるで独り言のように小さな声で言った。
だがシェイドはそれでよかった。
これこそ彼が望んでいた(一度は頓挫したが)シナリオなのだから。
「やっぱり・・・・・・。どんな些細な事でも管理局は君に隠そうとしてるんだ」
「・・・・・・」
「君とフェイトさんは親友同士だと思ってたけど、どうやら違うみたいだね・・・・・・」
「そ、それは・・・・・・!」
フェイトとの仲を言われ、これには流石になのはも反論しようとした。
「仲はいいかもしれないけど、でもフェイトさんは君には何も教えず、管理局の側にいるってことだよ」
違うかい、とシェイドは詰め寄った。
なのはとフェイトが友情以上の強い絆で結ばれているであろうことは、シェイドにも察しがついていた。
なぜなら彼はアースラが関わった全ての事件を調べつくしているのだから。
必然的になのはやフェイトの情報も入ってくる。
訓練の初期に行った模擬戦や、実戦での2人を見ているとイヤでも見えてくる。
2人は常にお互いを気遣い、そして信頼し合っていると。
そんな友情を裂くことは、なのはを背かせるのに最も有効な手段といえよう。
「結局フェイトさんにとっては、なのはさんじゃなく、管理局が一番大切なんだ」
「・・・・・・!!」
比べるものが違う。それらは一番とか二番とかの問題じゃない。
シェイドは重々承知していた。
しかしなのはは・・・・・・シェイドのそんな突飛な言葉を否定できない自分が悔しかった。
その悔しさは憤りに変わり、やがてフェイトとの友情に対する疑心の種となる。
「フェイトさんに気を許しちゃ危険だ。彼女も今や管理局の魔導師なんだから・・・・・・」
シェイドは一気に畳みかけた。
なのはの心が揺れているうちに追い討ちをかけようというのだ。
そうかも知れない、となのはは思い始めている。
そう思うだけの根拠がもうひとつあるからだ。
「リンディさんに言われたの・・・・・・」
「何を・・・・・・?」
聞かずとも分かる。
「”なのはさんは何も考えなくていい。ただ管理局を信じて戦ってくれればいい”って」
僕が言ったままの言葉じゃないか。
シェイドは楽しくて楽しくて仕方がなかった。
本当は呵々大笑したいところを、なのはの手前、彼は必死になって堪えた。
「シェイド君の言うとおり、みんな私のこと騙してるの?」
もはやなのはが相談できる、頼れるのはシェイドだけとなっていた。
「騙してるというより、隠してるんだ。君が何も知らない方が彼らにとっては都合がいいから」
シェイドの台詞は時を追うごとに現実味を帯びてくる。
それに比例してなのはの心もまた、管理局から離れつつある。
シェイドが立ち上がって止めのひと言を放った。
「僕だけは君の味方だから・・・・・・」

 ユナイトにある時空管理局駐屯地がメタリオンの攻撃を受けたという報せが届いたのは、3日後のことだった。
当時の状況を解析すると、当該駐屯地付近にはジュエルシードの反応は無かったという。
「現場は混乱していて被害の状況がまだハッキリと分からないの」
エイミィがスクリーンにユナイトの地形図を表示させた。
北部から南西にかけて広大な海が広がっている。
その海岸に問題の駐屯地がある。
かなり入り組んだ地形。険しい崖の上に危なげに乗っかっている高さ数十メートルの建造物。
「奴らの狙いはジュエルシードじゃなかったのかい?」
アルフが怪訝な顔つきでシェイドに訊いた。
「さあ? でもムドラの民が魔法を憎んでいるのなら、当然怒りの矛先は魔導師に向けられると思う」
シェイドは顎に手を当てて言った。
「今まではジュエルシードを優先してたけど、管理局に標的を切り替えたってことかい?」
「分からない。何にしても連中にとって僕たちは邪魔者なんだ。襲撃されても不思議はないよ」
とにかく、とリンディが言った。
「状況の確認も兼ねて調査員を派遣したいんだけど・・・・・・」
リンディはちらっとシェイドを見た。
これはつまり派遣するのが何人で誰を向かわせるかの判断を、シェイドに仰いでいるのだ。
作戦に先立ち、2人の立場は逆転していた。
「ジュエルシードが目的でなければ、他の管理局の施設が狙われるおそれがあります。手当たり次第に襲っているのか・・・・・・」
シェイドはリンディの反応を窺いながら続けた。
「あるいは陽動作戦とも考えられます。この場合、遠隔地が襲われると柔軟な対応ができません。
ですから調査に行くのは2人が最適だと思います」
シェイドの言には説得力がある。
ユナイトのみならず、戦況全体を見渡しての冷静で見事な分析だ。
「ということだけど、皆はどう?」
リンディは念のため、全員に確認をとる。
「私はいいと思うよ」
「私もだ」
フェイト、アルフが賛同する。
「私も・・・・・・」
なのはもそれに同調する。
「ちょっと待った」
異を唱えようとしたのはクロノだった。
「クロノ? どうしたの?」
てっきり賛成するものと思っていたリンディにとって、クロノの反応は意外だった。
「僕たちを待ち伏せするワナかもしれない。そう考えれば2人は少なくないか?」
クロノは挑戦的な視線をシェイドに送った。
彼にとっては、人数が多かろうが少なかろうが人数は問題ではなかった。
ただシェイドの提案どおりに全てが決まるのが、しっくり来なかっただけである。
クロノめ、余計なことを・・・・・・。
シェイドは語気を強め、今度はリンディだけでなくこの場にいる全員に訴えるように言った。
「少ないかも知れないが敵の狙いが分からない以上、大勢で行くのはもっと危険だよ。
戦力が不在なのをいいことに、このアースラが襲われる可能性だってあるんだし」
それに、とシェイドが付け加える。
「戦うのが目的じゃない。あくまで調査なんだ。行くのは最低限の人数に留めて、有事の際には素早く対応できるよう、
アースラで待機しておく。その方がいいと思うけど」
そうだね、とシェイドを支持したのはエイミィだった。
「シェイド君の言う事も一理あるよ。アースラがやられちゃったら話にならないもんね」
「そうね」
リンディもその意見には賛成のようだ。
調査員は2人で決まりという雰囲気が漂い、シェイドはさらに続けた。
「肝心の人選ですが、僕となのはさんが向かいたいと思うのですが」
「どうしてだ?」
絡んできたのは、またしてもクロノだった。
「なのはさんの剣技はまだ十分に上達していない。だから僕がそれをサポートする意味で選んだんだ」
「フェイトとアルフでも問題ないだろう」
クロノもしつこく食い下がる。
「それは・・・・・・」
ここで初めてシェイドが劣勢に立たされた。
クロノがここまで反論することを想定していなかったのだ。
「あの、クロノ君」
その時、様子を見守っていたなのはがおずおずと言った。
「私、調査に参加したい」
「何だって?」
「たしかに私、剣の腕はまだまだだけど、でも実戦を通じて訓練もできると思うし」
なのはのこの申し出は予定外だったが、シェイドにとっては好都合だった。
なのはは管理局に不信感を抱いている。
そしてシェイドはなのはの味方だ。
彼女の申し出はある意味、必然でもあった。
「リンディ艦長。任務に対する強い意志は、作戦を完遂するのに必ずプラスに働きます。どうかご許可を」
「なのはさんさえ良ければ、構わないと思うわ」
この時点で決まったとシェイドは思った。
「まあ、なのはがそういうなら・・・・・・」
クロノも引き下がらざるを得ない。
話を上手く運べたことを喜ぶかたわら、シェイドは危機感をも抱いていた。
クロノが自分を疑いはじめている・・・・・・!
先ほどのクロノの厳しい追求を見れば分かる。
シェイドは通信でレメクが言っていたことを思い出した。
”この戦いも終わりが近いようです”
レメクが感じたそれを、シェイドも今になって感じるようになった。

 

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