第8話 最後の教えなの
(クロノはついにシェイドの正体を暴いた。裏切り者のシェイドを捕らえようと、彼は2人の武装局員とともに基地に向かう)
「・・・・・・うん、分かった。お疲れ様、シェイド君、なのはちゃん」
先刻、駐屯地での調査を終えたシェイドとなのはが、通信システムを使ってエイミィに状況を報告する。
2人からの報告によれば、施設の破損は僅少なものの、生存者が確認されていないそうだ。
『・・・・・・ですから、もう・・・・・・らく調査・・・たいと思います。いいでしょうか?』
アースラとユナイトはかなり離れているため、通信メリットがあまり良くないようだ。
それでも聞き取れないほどではない。
「うん。でもムリしないでね」
エイミィが返すが、このメッセージも先方にどれだけ鮮明に届いているかは疑問である。
クロノはエイミィの後ろで、この報告を傍聴していたが、内容は耳に入っていない。
彼は先ほどから、頭にひっかかる何かを必死に結び付けようとしていた。
解けそうで解けないパズル。クロノはそれを独力で解こうとしている。
「シェイド君がいないんじゃ、フェイトちゃんの訓練もしばらくお休みだね」
エイミィが何気なくクロノに言った。
「・・・・・・トレーニング・・・・・・」
だがその何気ないひと言が、パズルを解く最後のカギとなった。
「・・・・・・なんてことだ・・・・・・」
クロノはよろめき、部屋の壁にもたれかかった。
「ちょ、どうしたのよ、クロノ君」
冗談だと思ったのだろう、エイミィが笑い飛ばした。
しかしその表情が冗談でないと分かると、流石のエイミィも身構える。
「どうして、今まで忘れていたんだ・・・・・・」
クロノは頭を強く振ると、部屋を飛び出していった。
「え? えっ?」
エイミィはどうしていいか分からず、右往左往した。
・
・
・
・
・
クロノは今は閉鎖されている通信室のドアを乱暴に開けた。
”彼”に関する情報を得るためだ。
老朽化してはいたが、設備は正常に稼働するようだ。
そして当然だが、つい最近まで使用していた形跡もある。
「ちょっと、クロノ君! 何してるのよ!?」
結局、クロノのことが気になり後を追いかけてきたエイミィが怒鳴った。
「あいつはムドラかも知れないんだ!」
クロノはエイミィの制止を振り切り、通信システムを起動した。
「あいつって誰よ?」
「シェイドに決まってるだろ!」
数秒してシステムが起動する。
クロノは慣れない手つきでキーを叩き、通信履歴を呼び出そうとする。
「そんなわけないじゃない。何言ってるの?」
エイミィは必死にシェイドを庇おうとするが、クロノのあまりの剣幕に気圧されている。
「くそっ! 履歴が消されてるッ!」
クロノが憎々しげにキーを叩いた。
「どういうことなのか、説明してよ!」
エイミィに肩を揺さぶられ、クロノはようやくエイミィに向き直った。
「忘れてたんだ。あいつがプラーナを使ったことを」
「プラーナ? まさか・・・・・・」
「本当だ。あいつが着任してしばらくしてから模擬戦をしたことがある。その時にあいつが・・・・・・」
クロノは悔しそうに拳を握った。
「エイミィ。メインコンピュータに通信履歴が残ってるハズだ。呼び出してくれ」
アースラの通信システムは、通信履歴をすべてメインコンピュータに送るようプログラムされている。
つまりこの部屋で履歴を削除しても、メインコンピュータには同じ内容のものが残っているのだ。
「でも・・・・・・」
エイミィは惑った。
上記のプログラムは不正アクセスを検証、防止するための極めて重要な目的で設定されている。
そのため、閲覧には艦長か通信士の承認が必要となる。
エイミィにはその権限があり、彼女が承諾すればクロノはその閲覧を許されるのだ。
「リンディ提督のことを考えると・・・・・・」
そうだ。リンディはシェイドを息子同然に見ている。
できれば母親になってあげたいという話を、エイミィはリンディ本人から何度か聞かされている。
今、クロノの開示請求に応えることは(しかもリンディに内緒で)、リンディの気持ちを踏みにじることになる。
リンディが知ったらどう思うだろう・・・・・・。
「考えてる時間はないんだ。早くしないと・・・・・・」
そもそもこの通信室はシェイドのためだけに貸しきっている。
プライベートを覗くようでエイミィは気が進まなかった。
だがこのクロノの切迫した様子に、エイミィもただならぬものを感じたらしい。
「少しだけだよ・・・・・・。何も無かったらすぐに中断するからね」
渋々ながらエイミィは、素早くキーを叩く。
艦長と通信士しか知らないパスナンバーを入力し、メインコンピュータの通信履歴を呼び出す。
2つあるフォルダから、”通信A”を選択し、開く。
15近い項目がずらりと並ぶ。
左から通信日時・送信者・受信者・通信時間・ポート番号などの情報が並ぶ。
履歴は言うまでもなくシェイドが着任してからのものだけを見る。
ごめんね、シェイド君・・・・・・。
心の中でそう呟きながら、エイミィはシェイドが行った最も古い通信履歴を呼び出した。
通信日時 ** 送信者 ** 受信者 ** 通信時間 2分05秒 ポート番号 M816
「レメク。ジュエルシードの回収状況はどうだ?」
『申し訳ございません、シェイド様。反応を感知できず、回収は滞っております』
「そうか。まあ焦らずとも、探していれば自然に見つかる。あまり気にするな」
「僕たちが躍起になって探さなくても、アースラの連中が探し出してくれるさ」
『申し訳ございません』
「それより、ちょっと面白いことになってきたぞ」
『どうなさいましたか?』
「エダール剣技の手ほどきをしたんだけど、将来有望な娘がいる」
「うまくいけば、あの娘を僕たちの仲間に引き入れられるかもしれない」
『我らの仲間に・・・・・・』
「そうだ。フェイト・テスタロッサと・・・・・・一応、高町なのは。この2人に対しては傷を負わせないように、全員に伝えてくれ。
もちろん、管理局の連中に悟られない程度に演技も必要だけどね」
『フェイト・テスタロッサ・・・・・・?』
『しかしあの娘はミッドチルダの魔導師。我らが憎むべき敵ですよ?』
「だからこそその魔導師を僕たちの仲間にする。最高の復讐だとは思わないか?」
『シェイド様のご命令とあらば・・・・・・。そのように伝えます』
通信日時 ** 送信者 ** 受信者 ** 通信時間 5分17秒 ポート番号 M816
『シェイド様、ご連絡が遅れましたことをお詫びいたします』
「気にすることないさ。こっちも奴らに見つからないように通信してるんだ。お互い様だよ」
「ジュエルシードについてだけど、管理局の連中は捜索地域を特定したらしい。さすがに一度関わっただけあって
向こうのほうが探し方は上手いみたいだ」
「まずユナイト全域。それからリートランド北区、メイランド南西部、ミッドチルダ北部だそうだ。
ミッドチルダに関しては他の地域よりもジュエルシードが見つかる可能性が高いらしいよ」
『かなり絞られていますね』
『それだけの範囲でしたら、我々でも手が回ります』
「それともうひとつ朗報だ。管理局各艦の高官が本部に召喚されてる。つまり・・・・・・」
『つまりその間は、奴らの捜索が手薄になるということですね?』
「その通りだ。この機にできるだけ多くのジュエルシードを手に入れたい。ただし――」
「あくまで君たちの安全が最優先だ。ムリだと思ったらすぐに退く勇気を持つんだ。いいね?」
『はい。仰せのままに・・・・・・』
「奴らの僕に対する信頼も厚くなってきた。そろそろ話を持ちかけようと思う」
「フェイト・テスタロッサ、彼女を味方に引き入れるってことさ」
『しかし彼女ではメタリオンには・・・・・・』
「彼女は強い。持って生まれた才能もあるだろうけどね。彼女の強さはツィラがよく知っているだろう。
君が一番多く戦ったんだから」
「とにかく、近いうちに新しい仲間を連れて行くよ。僕が手塩にかけた従順な戦士としてね」
「なんてこと・・・・・・」
エイミィは気を失いそうになった。
モニターには送信者であるシェイド、受信者であるメタリオンが映し出されている。
もしかしたらこの通信が行われる前にシェイドの正体を暴けたかもしれないクロノは、悔恨の念にとらわれた。
「シェイド君が・・・・・・まさか・・・・・・」
エイミィはまだ夢と現実の狭間にいるような気分だった。
リンディに何と言えばいいのだ。
「初めからそのつもりだったのか・・・・・・アースラに就いたのも・・・・・・」
呆然とするエイミィの横からクロノは手を伸ばし、最後の一つを再生する。
通信日時 ** 送信者 ** 受信者 ** 通信時間 7分01秒 ポート番号 M958
『シェイド様。リートランド北区に管理局が建設中の基地を見つけました』
「規模は?」
『中規模で30名ほどです。うち少なくとも14名は武装局員と思われます』
『すぐに攻撃しますか?』
「いや、手を出すのはまだ少し早いよ。ジュエルシードの回収はどうだい?」
『はい。すでに8個を手中に収めました。この戦いも終わりが近いようです』
「そう思いたいけど、セラ・ケトを失ったのは痛かったな。まさかアースラにあんな武装があるなんて思わなかった」
『間もなく新たな仲間が来るのです。それに比べれば艦を失ったことなんて安い物です。艦などまた作ればいいのですから』
「あの娘のことか・・・・・・」
「そういえばツィラが負傷したようだけど、傷は深いのか?」
『いえ、右腕に傷を負ってはいますが軽症です。ただ、満足に戦える状態ではありませんが・・・・・・』
「そうか・・・・・・。その傷をつけたのはあの娘だ」
『ええ。シェイド様がおっしゃるように、彼女は才能の持ち主です。ツィラを追い詰めるなんて・・・・・・』
『あれだけの腕前なら、私たちの悲願を成就するのに役立つでしょう』
「たしかにあの娘は強いし、幼いだけに将来性もある。だけどその幼さがあの娘の成長を妨げてることもある」
「遠回りをすることになりそうだ」
『はい・・・・・・?』
「つまり第1希望は諦めなきゃならないかも知れないってこと」
『はあ・・・・・・』
「心配はいらないよ。すぐに僕たちの仲間になるよ。もう準備はできてるからね・・・・・・」
「それはそうと、イエレド」
『はっ』
「お前、本気で斬りつけやがって。今もまだちょっと痛むんだぞ・・・・・・」
『も、申し訳ございません。しかし、奴らに悟られないためと思い・・・・・・』
「言い訳か? うん? それは言い訳なのか?」
『いえ、決して言い訳などでは・・・・・・。しかし・・・・・・』
「奴らに悟られない程度に演技すればいいんだ。まったく・・・・・・」
「今度、お前に演技指導してやるからな」
最後のメッセージにクロノは戦慄した。
そして彼は、実はシェイドの正体を暴くチャンスがもう一度あったことに気づく。
通信日時はメイランド南部の戦いの直後。
シェイドがイエレドの一撃に昏倒した時だ。
あの時、クロノは通信室に向かうシェイドを見ていた。
そしてこの通信内容・・・・・・。
過去のメッセージではフェイトを唆し、仲間に入れようとしていた。
だがこの最後のシェイドの言葉では、それが逆転している。
「クロノ君!」
エイミィが叫んだ。
「なのはちゃんが危ない!」
そうだ。
どういう理由があったのかは知らないが、奴はなのはに目をつけている。
そして当の2人は、今ユナイトにいる・・・・・・!
「クロノ君、どこに行くの!?」
慌てて通信室を飛び出しかけたクロノを、エイミィが呼び止めた。
「決まってるだろ! ユナイトに行ってあいつを捕らえるんだ!」
「ちょっと待ってよ! 提督に連絡もなしに・・・・・・」
「そんなヒマはない!」
リンディ、フェイト、アルフ・・・・・・。
アースラで最も戦力になる彼女らは今、遠隔地に赴いている。
彼女らが帰艦するのを待っていては、取り返しのつかない事態になるかもしれない。
クロノはエイミィが止めるのも聞かずに飛び出していった。
途中、フリーだった2人の武装局員に事情を説明し、彼らはユナイトに飛んだ。
「信じられないよ・・・・・・どうしてシェイド君が・・・・・・」
彼に全幅の信頼を寄せていたエイミィは、この通信履歴が偽りであって欲しいと願った。
普段のシェイドと通信時のシェイドは、まるで別人のようだった。
これは誰かの陰謀で、シェイドを陥れようとしているのではないか。
シェイドに似た別人が彼になりすまし、信頼を裂こうとしているのではないか。
エイミィのそれらの希望は儚く消える。
襲撃者が手を抜いたのか、ユナイトの駐屯地は大破を免れていた。
生存者は確認されていないが、シェイドもなのはもそんなことはどうでも良かった。
2人はあくまで調査員として派遣されている。
事実がどうであろうと、それを正しく報告しさえすればそれでいい。
施設の最上階。おそらく隊長の部屋と思われるひときわ豪華な空間で。
シェイドはヒマを持て余していた。
なのはは今、ここにはいない。
海の向こうでジュエルシードの反応があったとシェイドが言うと、なのはが飛び出していったのだ。
なのははシェイドがまだジュエルシードを封印する力を持っていないと思い込んでいる。
だからこそシェイドはアースラとの連絡係としてここに残り、なのはが現場に駆けつけた。
「ふぅ・・・・・・」
ため息をひとつついて、シェイドは荘厳な作りのソファーに腰を下ろした。
彼は間もなく席を立って剣を振るわなければならない。
不意に正面のドアが開いた。
現れたのは敵意に満ちた目をシェイドに向ける、3人の時空管理局局員。
「これはクロノ”執務官”。それに武装局員の方々まで。なぜここにいるんだい?」
言葉とは裏腹に、シェイドは全てを悟っているような口ぶりだった。
クロノたちがストレージ・デバイスをしっかりと握っている。
「物々しいな。そんなもの持って・・・・・・。一体何があったんだ?」
あくまで白を切るシェイドをよそに、クロノたちは室内に踏み込んだ。
「君の正体は分かっている」
クロノがエダールモードを起動した。
「シェイド・B・ルーヴェライズ・・・・・・君を逮捕する!」
武装局員たちもエダールモードを起動した。
「逮捕? 一体何のことだ? 僕には身に覚えがないけど」
「とぼけてもムダだ。おとなしく投降すれば便宜は図ろう」
武装局員の1人が光刃を向けて言った。
「罪状は?」
「経歴詐称、時空保護法第147条違反、アースラに対するスパイ行為及び時空管理局の破壊工作教唆・・・・・・。
説明は不要だろう」
舌を噛んでしまいそうな用語を並べ立て、クロノはさらに一歩、シェイドに詰め寄った。
(大変なことになった。管理局が僕を逮捕しようとしてる)
シェイドは無言になった代わりに、なのはに思念を送った。
「・・・・・・僕を逮捕する? あんたらにそんな権限はな・・・・・・」
「ある!」
クロノがシェイドの言葉を遮って言い放った。
(シェイド君? どういうこと? 逮捕って・・・・・・)
しばらくして、なのはから思念が返ってくる。
(な、なのはさん! 助けてくれっ! クロノ君が・・・・・・!)
シェイドはわざと適当なところで思念通話を遮断した。
(シェイド君!? シェイド君! 返事してっ!)
シェイドはソファーにふんぞり返ったまま言った。
「本気で言ってるんじゃないだろうね?」
シェイドは最後の意思確認をとる。
「・・・・・・」
クロノからの返答はなく、代わりに3本の光刃がシェイドに向けられた。
武装局員の光刃は白だった。
光刃の色としては珍しい。
(武装局員にもエダールモードが支給されるようになったのか)
シェイドは面倒くさそうに、ゆっくりと立ち上がった。
その手には金属製のグリップがしっかりと握られている。
「・・・・・・止められると思っているのか・・・・・・?」
紫色の光刃が伸びた。
と同時にシェイドがスピンしながらジャンプした。
「・・・・・・!!」
言葉通り、目にも止まらぬ速さでシェイドは3人の背後に着地する。
「ぐあぁぁッ!」
「がああッッ!」
慌てて振り向いた時にはすでに手遅れだった。
紫色の光刃が煌めき、素早い太刀筋が2本の傷をつくる。
武装局員はその光刃を一度も振るうことなく沈んだ。
「くそッ!」
1人残ったクロノは一旦距離を置き、シェイドの追撃に備える。
シェイドがエダールセイバーを振り上げ、大きく踏み込んだ。
が、この動きを予測していたクロノは青く輝く光刃で牽制する。
「さすがに飲み込みが早いな。僕の教えたことをちゃんと守ってる」
シェイドの攻撃は速かったが、クロノの両刃はそれをしっかりと防御する。
(シェイド君! 何があったの・・・・・・!)
なのはの思念がシェイドの脳に直接響く。
だがシェイドはそれには答えず、真っ直ぐにクロノを見据える。
青色の光刃が煌めき、2方向からシェイドを襲う。
完全に虚を突いたハズのこの攻撃を、シェイドはいとも容易く捌いた。
「クロノ君、復習はしたか? まだまだ振りが甘いぞ」
シェイドは笑っていた。
そして両手でしっかりと握っていたグリップから、左手を離した。
それをキッカケに、クロノはさっきよりも数倍速い動きで攻め込む。
双刃のエダールモードから繰り出されるトリッキーな連撃が、シェイドを追い詰めるハズだった。
しかしシェイドは片手で持ったエダールセイバーを軽々と振り、その攻撃をことごとく受け流す。
まるで挑発するように、左手をコートのポケットに入れたまま。
自分の正体がバレるとすれば、それに一番に気付くのはクロノだと分かっていた。
同い年の少年が、自分の母親に取り入っているのだ。
リンディもそれに騙され、息子同様にシェイドを愛していた。
実の息子であるクロノがそれを面白くないと思うのは当然だ。
「おいおい、クロノ君。君と対等に戦うには、僕はどれだけ手を抜けばいいんだい?」
シェイドはそう言って嘲笑し、クロノの怒りを煽った。
両手持ちのクロノの方が斬撃に勢いもあり、競り合いになれば負けることはないハズだ。
にもかかわらずそれを片手で軽々と捌けるのは、おそらくシェイドだけだろう。
彼は剣技をかなりの域までマスターしている。
力の流れを目で見るよりも鮮明に感じ取れるシェイドは、力任せに振るわれた攻撃の力の流れを理解している。
だから小さな力でもその流れを利用すれば、簡単に受け流したり返したりできる。
「シェイド・・・・・・全てはお前の計算の上か?」
優勢に立てないことに苛立ち始めたクロノが言った。
呼び方が”君”から”お前”に変わったのをシェイドは聞き逃さなかった。
「アースラに就任したのも・・・・・・」
「それは違うね。僕がどの艦に配属されるかは管理局が決めるんだから」
クロノの一撃を紙一重で躱す。
そう言ってはいるが、彼の計算高さを見るとアースラに就任したのも彼が仕組んだことのように思える。
シェイドが追い詰め、クロノは徐々に後退を始める。
戦場は隊長室を離れ、広間に変わった。
ここにはエレベータがあるのみで、障害物となるものはない。
純粋に剣と剣のぶつかり合いとなる。
2人は常に一定の距離を保つようにして対峙する。
シェイドが右手を引き、突きの構えに入った時、
彼の背後で光球が瞬いた。
光球は中空に浮かび上がり、シェイドに向けて飛んだ。
「・・・・・・!?」
気配を感じ、咄嗟に光刃を背に回す。
加速した光球は、紫色の光刃に吸い込まれるようにして消えた。
クロノがS2Uを構えなおす。
「いまのは中々いい戦術だな。君の得意技か?」
右手に持ったエダールセイバーを弄びながら、シェイドが言った。
「それじゃあ僕も・・・・・・」
シェイドは左手をコートのポケットから出し、クロノに向けた。
五指から凄まじい電撃が放たれ、恐ろしい速さでクロノを襲う。
「くっ・・・・・・!!」
紫色に輝く電撃が、S2Uの光刃に吸い込まれていく。
クロノは必死に耐えた。
少しでも力を緩めれば、電撃に体を吹き飛ばされそうになる。
「・・・・・・なるほどね。エダールセイバーを完全に再現したわけか・・・・・・」
エダールセイバーの光刃がプラーナの電撃を防ぐ能力を持っている事を知っているシェイドは、小さくため息をついた。
シェイドの電撃は、クロノにとって屈辱的なものだった。
「あの時すぐに、お前がプラーナを使ったことを思い出していれば、と後悔してるよ」
プラーナは魔法では防げない。
だが今の彼には同じプラーナを源とするエダールモードがある。
「あれは迂闊だったよ。ついムキになってプラーナを使ってしまった。が・・・・・・」
シェイドが迫る。
「仮に気づいていたとしても、君の死期が早まっただけさ」
シェイドはまたも挑発した。
彼は人の心を読み、そして操るのが得意だ。
クロノが自分の正体に気づいたと知ってから、シェイドはクロノが最も平常心を失うような言動を心がけている。
「なにしろ、あの時点では君たちにはプラーナに対抗する術がなかったんだからね」
笑みを帯びたシェイドの瞳が、クロノに突き刺さる。
「僕を逮捕する、というよりむしろ感謝してもらいたいね」
「感謝だと・・・・・・?」
クロノの語気が強まった。
「そうさ。君のそれ、エダールモードは僕が提供したものだ。いいかい? 僕は君たちにムドラの民と対等に
戦えるチャンスを与えてやったのさ。感謝されることはあっても、恨まれる謂われはないと思うけどね」
「ふざけるな! それだってお前が仕組んだことだろう」
クロノが吼える。
いいぞ、彼は少しずつだが感情に波が見え始めた。
シェイドはもう一押しだと思った。
「そう思うならエダールモードを解除して、お得意の魔法で戦ったらどうだ?」
シェイドがエダールセイバーを振り上げ、クロノに躍りかかった。
悔しさに必死に感情を殺しながら、クロノはこれに応戦する。
責任ある執務官たるもの、常に冷静でなければならないのだ。
そう言い聞かせ、再び冷静に戻ったクロノはシェイドの攻撃を受けつつ、少しずつ後退する。
一見すると押されているように見えるが、これはクロノの作戦だった。
シェイドの表情がわずかに険しくなった。
「クロノ君・・・・・・君はまだ僕に勝てると思ってるな?」
さも面白くない、といった表情を見せるシェイド。
剣の腕では圧倒的に不利なクロノの目が、いまだ希望の光を失っていないことにシェイドは気づいたのだ。
シェイドの感情はハッキリと2つに分けられる。
ムドラの民として抱く、魔導師に対する深い憎悪という感情と。
敵対する者が敗北する時に見せる怯えと絶望の表情を楽しむ狂気の感情と。
「もちろん僕の力を見定めてのことだろうね。相手の能力を知ることは間違ってないよ。だけど――」
「・・・・・・」
クロノはシェイドの言葉に備えた。
彼が策士で、言葉によって人を操る事を痛いほど分かっているからだ。
「・・・・・・僕が本当に”AA”ランクだとでも?」
「・・・・・・!?」
S2Uを握る手に力が込められる。
思いつめるな。
これはシェイドお得意のハッタリだ。
クロノはそう言い聞かせた。
「登用試験で僕が手を抜いたとは考えなかったかい?」
シェイドは笑った。
これは本当なのか、それともハッタリなのか。
クロノには判断が付きかねていた。
こればかりは、シェイドは真実を語っていた。
登用試験で彼は、他の候補に比べて目立つのを恐れて力をセーブしていた。
純粋な魔法を使わない彼の能力を、魔導師として正確にランク付けすることはできない。
だが仮に管理局基準に無理やり当てはめたとすれば・・・・・・。
シェイドはおそらく、”SS−”か”SS”ランクと評価されるであろう。
「お前の実力がどうであろうと、なのはやフェイトに手は出させない! お前の野望は終わるんだ!」
「なんだと・・・・・・?」
これはクロノの強がりにも見えたが、シェイドは意外なことにこれに反応した。
「どうしてそれを知ってる・・・・・・?」
今度はシェイドが狼狽する番だった。
「お前がメタリオンと通信していたのを見させてもらった」
「そんなはずは・・・・・・。通信履歴は全て消去したのに・・・・・・」
クロノがにやりと笑った。
「メインコンピュータにも履歴が残るのさ。さすがにそこまでは気が回らなかったようだな」
ハッとなってシェイドの目が一瞬だけクロノから逸れた。
しかしその隙をついて、クロノが攻撃をしかけることはできなかった。
なぜなら次の瞬間には、シェイドはいつものように余裕の笑みを浮かべていたからだ。
「わざわざそんな手段を使ってまで探るとは・・・・・・君たちには個人のプライバシーを尊重する習慣はないのかね?」
バレてしまったものは仕方がない。
ここでクロノの言葉に狼狽し、慌てふためくなどシェイドの美学がそれを許さない。
シェイドが再び左手をあげ、クロノに向けた。
先ほど同様、電撃が来るものと思ったクロノは光刃を盾がわりに構える。
だが・・・・・・。
「なっ・・・・・・!?」
クロノの体が見えない力によって持ち上げられた。
1メートルほどの高さに持ち上げられたクロノは、身動きひとつとれない。
「プラーナが目に見える力だけだと思ったら大間違いさ」
シェイドが左手に力を込めると、クロノの体は背後の壁に叩きつけられた。
「かはっ・・・・・・!」
ずるずると力なく崩れ落ちるクロノ。
「残念だったね。これはエダールセイバーでは防げないのさ」
シェイドはクロノを見下ろし、目を細めた。
そんなシェイドを、クロノは悔しそうな目で睨みつけた。
「さあ、遊ぶのはもういいだろう・・・・・・」
紫色の光刃を煌めかせ、シェイドが一歩また一歩とクロノに詰め寄る。
シェイドがエダールセイバーを振り上げた、その時、
「・・・・・・!」
彼の右腕が、何かに掴まれた。
続いて左腕、左足、右足と強い力に封じ込められる。
彼の四肢を青く光る光輪が固定する。
クロノが小さく笑った。
「ふうん、これがバインドってやつか・・・・・・」
だがシェイドはそれほど動じない。
「僕がここまで追い詰めると踏んでのワナか。うん、なかなか良い戦術だな」
クロノがゆっくりと立ち上がる。
先ほどの衝撃でまだ少し背中が痛むが、戦うには支障はない。
そもそも戦いはもう終わっているのだ。
少なくともクロノはそう思っている。
「でも分かってないな。・・・・・・僕には魔法は通用しないっていうのに」
シェイドが自分の両足に視線を移すと、彼の足を拘束していた光輪が音を立てて破砕した。
「動くなっ!」
クロノがS2Uをシェイドに向けた。
青色の光刃が今にもシェイドに届きそうだ。
「・・・・・・・・・」
この距離だと、シェイドが光輪を破壊するより先にクロノの光刃が彼を貫くだろう。
「お前の野望もここまでだ、シェイド!」
シェイドの額を、一筋の汗が伝う。
「シェイド・・・・・・お前を逮捕する!」
「では彼女にもそう言うんだな」
そう言ってシェイドはエダールセイバーを落とした。
支えを失った金属製のグリップは重力の流れに沿って床を転がる。
持ち主の手を離れたエダールセイバーは光刃を消滅し、そこには金属製のグリップのみが残った。
「シェイドくんッ!」
その時、バリアジャケットに身を包んだなのはが広間に入ってきた。
「なのは、無事だったのか」
クロノが安堵する。
「な、なのはさん、助けてくれ! 管理局が僕を殺そうとしてるんだッ!」
突然、シェイドが情けない声をあげてなのはに助けを求める。
「・・・・・・クロノ君・・・本当なの・・・・・・?」
なのはは疑念に満ちた目でクロノを見た。
「なのは! こいつはムドラなんだ!」
クロノはシェイドから視線を外さないようにして言った。
「メタリオンを操っていたのはこいつだ。管理局が襲われたのもジュエルシードが飛散したのも、こいつの仕業なんだ」
なのははまだ信じられないといった表情でクロノとシェイドを交互に見つめる。
「なのはさん、見ろ! これが管理局の正体なんだ」
シェイドも必死に弱者を演じる。
「クロノ君は僕を殺すつもりなんだ・・・・・・」
「クロノ君っ!」
なのはが叫んだ。
「殺すなんてダメだよ! どうしてこんな・・・・・・」
「心配するな。殺したりしないよ。シェイドはこれから裁判を受けるんだ」
それを聞きなのはは安堵したが、シェイドがさらに悲鳴をあげる。
「ち、違うぞ! 違うぞ、なのはさん! 君がいるからそう言ってるだけだ!」
シェイドはおそらく今まででもっとも熱の入った演技で訴えた。
「仮に本当に裁判にかけられたとしても・・・・・・裁判官も検事も陪審員もみんな管理局の人間だ!
僕の運命は変わらないッ!」
シェイドはなのはを凝視した。
「僕は管理局のために身を削って貢献してきた。その結果がこれだ! 僕もなのはさんと同じだ!」
「な、どういうことだ!?」
クロノの表情が険しくなる。
「前に言っただろう! 管理局が侵略を計画してるって。僕はそれを断った。そうしたらクロノ君が・・・・・・」
「侵略だって・・・・・・?」
クロノはハッとなった。
そうだ、これはシェイドの手だ。
管理局の悪事をでっち上げて、なのはを陥れようとしているのだ。
「なのは! こいつの言う事に耳を貸すな!」
クロノが叫ぶ。
なのははどうしていいか分からず、2人の言い分を聞くしかできなかった。
「僕が死ねば、真実を語る者がいなくなる! だから今のうちに言っておくぞ、なのはさん!」
「なのは、聞くな!」
「管理局はいずれ君の世界をも侵略するぞッ!!」
「・・・・・・!!」
その言葉になのはは戦慄した。
シェイドの口調が真に鬼気迫るものであったからだ。
「君の家族や友だちを守りたくないのか!?」
「なのは、こいつの言う事は全部ウソだ!」
クロノもまた必死になって、なのはに真実を訴えようとする。
「分からない・・・・・・分からないよ・・・・・・」
なのはの呟きは、彼女の心の底に眠る感情。
どちらが正しいのか。どちらが虚偽を述べているのか。
信頼の厚さは付き合いの長さで決まるものではない。
彼女の心は、わずかだがシェイドに傾いていた。
「シェイド、お前が何を言おうと裁判にかければ全てハッキリする・・・・・・」
クロノが言い放った。
この時点でクロノは大きなミスを犯している。
それはシェイド逮捕劇の前に、なのはにあの通信履歴を見せなかったことだ。
シェイドがメタリオンと接点を持ち、ジュエルシード収集、果てはフェイトやなのはを唆そうとしていた事実を知っていれば。
もしかしたら、なのははシェイドを信じなかったかもしれない。
だがシェイドにとっては、それでも構わなかった。
”管理局が僕を陥れるために、あたかも僕が通信しているかのような映像を捏造した”
とでも言えばいいのだから。
もうひとつ彼がミスを犯しているとすれば、それは同行させた武装局員が少なすぎたことだ。
(クロノ君、それでいいのかな?)
不意に、シェイドの思念がクロノに問いかける。
(まさか僕が素直に出廷するとは思ってないだろうね?)
シェイドの嘲笑が思念となってクロノをくすぐる。
(このバインドを解いて今この場で君となのはを倒すのに、きっと1分もかからないね。そうしたら次はアースラだ・・・・・・。
そうだな・・・・・・まずはリンディ艦長から始末するか・・・・・・)
「・・・・・・ッ!!」
母親の名を呼ばれ、クロノは冷静さを失いつつあった。
シェイドの思念は、なのはには聞こえていない。
「真実を見るんだ、なのはさん。彼らは君に偽りしか教えていない」
「こいつの言葉に惑わされるな! こいつは裏切り者なんだ!」
「違う。彼こそは裏切り者だ!」
クロノがS2Uを構えなおし、シェイドの喉元にあてがうように近づけた。
(さっきも言ったけど、僕は出廷しない。僕をこの場で斬るか、それとも僕が君たちを始末するか・・・・・・選ぶんだ)
「貴様ッ!」
S2Uを握る手に力が込められる。
「ダメだよ、クロノくん。お願いだから、武装を解除して」
なのはが嘆願した。
その言葉にクロノは驚きを隠せない。
「な、何を言ってるんだ、なのは!?」
「だって、シェイド君はもう戦える状態じゃないんだよ?」
たしかにシェイドは武器を持っておらず、その両手はバインドによってしっかりと固定されている。
「なのはさん・・・・・・もういいよ・・・・・・」
突然、シェイドがうな垂れた。
「君だけでも逃げるんだ・・・・・・」
「・・・・・・どういうこと・・・・・・?」
ただならぬ様子のシェイドに、なのはは惑った。
「僕が軽率だった・・・・・・。僕は、管理局が君の世界を侵略することを話してしまった・・・・・・。
秘密を知った君を管理局が生かしておくハズがない・・・・・・」
シェイドがとんでもない事を言い出した。
さすがにそこまで考えていなかったなのはは、驚いた様子でクロノを見る。
「シェイド、お前のウソは聞き飽きた。・・・・・・時空管理局執務官として、身柄を本部に引き渡す」
(まだ、そんなことを言っているのか。僕は本気だぞ? それを見せてやる)
シェイドが右手を軽く振ると、五指に紫色の放電が生じた。
「・・・・・・ッ!」
なのはの位置からはシェイド自身がちょうど遮っているため、この放電は見えない。
(滅べッ! 管理局ッ!!)
思念でクロノにそう言い放つと、シェイドは五指をクロノに向けた。
「シェイドッッ!」
反射的にクロノがS2Uを振り上げた!
「駄目ぇッッ!!」
だがそれより速く、エダールモードを起動したなのはが2人の間に割って入る。
「な、なのは・・・・・・?」
クロノの振り下ろした一撃を、桜色の光刃がしっかりと受け止めていた。
「シェイド君の言うとおりだった・・・・・・」
「そこを退け、なのは! こいつを生かしておいては危険なんだ」
「どうしてそんなことが分かるの?」
なのはがクロノを押し戻した。
「・・・クロノ君、さっきシェイド君を斬ろうとしたんだよね?」
あまりにも静かなその口調に、クロノは戦慄した。
「シェイド君の言うとおり、逮捕するっていうのはウソだったんだね」
「違うんだ! こいつは投降する気なんてない。このままじゃ・・・・・・」
「言い訳なんて聞きたくないッ!」
なのはが叫んだ。
「ああ、なのはさん。僕を助けてくれるのか? そうだ、君の家族や友だちを護るために、僕を助けてくれ!」
感情を高ぶらせて叫ぶシェイドの両手を固定するバインドは、その叫びともに破砕した。
「なのは、そこを退いてくれ。公務執行妨害で君まで罪に問われるぞ」
クロノのその台詞に、シェイドはここぞとばかりに訴える。
「聞いたか、なのはさん? 僕だけでなく、君までも捕らえようとしてる。いや、違うな。僕たちは・・・・・・」
「なのはっ!」
彼女の答えはもう決まっていた。
どちらが正しいのかではなく、どちらを信じるのかを。
ただその決定をするための後押しが必要だった。
なのはの後ろで、シェイドが紫色の電流を帯びた右腕を掲げた。
(2人まとめて潰えろ・・・・・・)
シェイドはこの言葉をクロノだけに送った。
「貴様ッ!」
シェイドがなのはを飛び越えん勢いで踏み込んだ。
それを自分への攻撃だと勘違いしたなのはが、レイジングハートでの斬撃を見舞う。
桜色の煌めきが、S2Uを真ん中から叩き割った。
「な・・・・・・?」
呆然と立ち尽くすクロノ。
その時、シェイドが身を捩ってクロノに電撃を浴びせた。
「うああああぁぁぁっっ!!」
紫色の閃電がなのはのすぐ横をかすめ、蛇行しながらクロノを包み込む。
「ハーッハッハッハッ! 滅べぇ! 管理局ぅッ!」
シェイドの憎悪が閃電となって、クロノの体を蝕む。
トレーニングルームで見せた電撃とは比べ物にならないほどの威力だ。
シェイドがさらに力を込めると、クロノの体は広間の壁を突き破り、折れたS2Uもろとも落下していった。
『”What have you done...my master......”(マスター、なんということを・・・・・・)』
レイジングハートが呟く。
一瞬何が起こったのか分からないなのはは呆然と立ち尽くしていた。
「なのはさん、君のおかげで助かったよ」
何食わぬ顔でシェイドが言った。
「わたし・・・・・・なにを・・・・・・?」
「後悔することはないよ。君は正しかったんだ。あの時、クロノ君はなのはさんを攻撃しようとしてた」
本当は自分を狙っていたことを知っているシェイドは、わずかに笑みを含んでそう言った。
もっとも彼が笑おうが、今のなのははそれに気づく余裕はない。
「連中は僕が邪魔だという理由だけで殺そうとした・・・・・・。彼らには善人と罪人の区別なんかないんだ。
僕を殺す理由を正当化するために、僕がムドラの民だと言いがかりをつけた」
「・・・・・・」
「しかし君は取り返しのつかないことをしてしまったな。管理局は今度は君をも狙うぞ」
「・・・・・・」
覚悟はしていたから、その言葉にそれほど驚きはなかった。
「言葉巧みに君を誘うか、あるいは力ずくで拉致するか・・・・・・。いずれにしてもそれに屈してはいけない。
いいかい? 君はクロノ執務官を攻撃した。そんな君を連中が放っておくわけがない。連れ戻されれば・・・・・・」
その先は言わなくても分かるね? という風にシェイドがなのはの顔を覗きこんだ。
「僕もいつまた、奴らに命を狙われるかもしれない。だからもうひとつ言っておくよ」
シェイドはきわめて重みのある口調で言った。
「これは僕が独自に調べたことだけど。管理局が必死になって探しているジュエルシードだけど・・・・・・。
あれはムドラの民が作ったものなんだ」
「えっ・・・・・・?」
「持ち主に素晴らしいパワーを与えるジュエルシードは、もともとムドラの民のものなんだよ。
管理局はそれを略奪して自分のものにしようとしてる・・・・・・!」
でも、となのはが反論した。
「その分、ジュエルシードは危険なものだってユーノ君が・・・・・・。それに私も怪物化したりしてたのを見たし・・・・・・」
「仮に危険なものだったとして、それじゃあどうして管理局に集める権利があるっていうんだい?」
{そ、それは・・・・・・」
「危険なものであれば、誰にも触られないようどこかに隠すのが正しいとは思わないか?」
シェイドはなおも畳みかける。
「よく考えるんだ。今のままでいくと、管理局だけがジュエルシードを使うことができるんだ。そっちの方が危険では?」
「・・・・・・・・・」
「なのはさん」
シェイドが優しく、しかし厳しく言った。
「迷うことはない。君は管理局に騙されていたんだ」
「・・・・・・」
「君は悪者になりたいのかい?」
「・・・・・・!?」
なのはの表情が変わった。
「管理局を信じたい気持ちは分かる。でもその考えは危険なんだ」
「それは・・・・・・」
「フェイトさんは君に使い魔の作り方を教えたか? 僕が医務室で寝ている時、リンディ艦長は君に何と言った?」
シェイドが迫る。
「君を利用しているからこそ、フェイトさんは君に何も教えなかった。ただ闇雲に管理局を信じろと言ったリンディ艦長の言葉が、
何よりの証拠じゃないか!」
人心収攬。
シェイドの言葉のひとつひとつが、なのはを揺さぶる。
「なのはさん、酷なようだけど言うよ。君はユーノ君に教えられたまま魔法を使い、管理局の言葉を鵜呑みにして働いてきた。
君は正義のために事件を解決しているつもりでも、それは結局すべて管理局の利益につながるんだよ」
「・・・・・・」
「何も知らないのは君だけだ。奴らの言葉、奴らの動きが君を惑わしている・・・・・・」
なのはは拳をギュッと握った。
「君の世界・・・君の家族や友だちは君自身の手で守らなくちゃならないんだ」
なのはは、こくんと頷いた。
「管理局は恐ろしい組織だ。君のようなか弱い女の子にも、彼らはためらいなく魔手を伸ばすだろう」
「うん・・・・・・」
「管理局に属するものは・・・・・・たとえどんな親しい者であっても気を許しちゃダメだ」
「・・・・・・」
なのはの表情が曇った。
その理由をシェイドは一瞬で見抜いた。
「フェイトさんの事を考えているね? でも彼女もあいつらの仲間だ。その使い魔のアルフさんもね・・・・・・」
それでも戸惑いの色を隠せないなのはに、シェイドはそっと耳打ちした。
「実は君にとって最も危険なのはフェイトさんなんだ。君と彼女は特に親しかった。フェイトさんはそのことを利用して
君を唆そうとするかもしれない。友情なんていうつまらない情に流されないように」
「うん・・・分かってる。大丈夫だよ・・・・・・」
そう言うなのはの目には、もう迷いはなかった。
「管理局をこのまま野放しにするわけにはいかない。なのはさん、正義のために力を貸してくれ」
”正義”という言葉がなのはを突き動かした。
「リートランド北区に、管理局が基地を建設してる。リートランドといえば、管理局が支配している世界の中でも
君の住む世界に最も近いところだ」
なのはは黙って聞いている。シェイドは続けた。
「もしその基地が完成すれば、彼らはそこを足がかりに君の世界を侵略するに違いない」
シェイドはあえてそこまでしか言わなかった。
ここから先は言わずとも、なのはなら自分で考えて行動するだろうと踏んでのことだ。
「家族や友だちを護るため・・・・・・」
そうだ。それでいい。シェイドはため息をついて言った。
「成すべきことを成すんだ。管理局という忌まわしき地を彼らの亡骸で満たせ」
若干9歳には難しすぎる言い回しだったが、別に構わなかった。
なのはは何をすべきかをちゃんと理解しているのだから。
「シェイド君はどうするの?」
「僕は、これまでずっと君を苦しめてきた原因・・・・・・アースラを叩く。君が関わったもの全てを排除するよ」
シェイドがなのはの肩に手を置いた。
「僕は君を助けたい。君も僕を助けてくれ」
なのははシェイドの手をとることで、その言葉と彼の意志に応えた。
そしてシェイドは笑った。
声を出さず、あくまで口元だけで。
正義感の強い人間を操るのは簡単だ。
正しき道を追求する姿勢はあるが、その正しき道を見極める能力については話は別だ。
むしろ正義の心に熱い者ほど、そういった能力に乏しい場合がある。
だからシェイドはなのはを選んだ。
正義感は強いものの、その正義の対象をなのはは理解していない。
彼はそこを突き、なのはの正義の対象を管理局からムドラへとすり替えたのだ。
「なのはさん、これが君への最後の教えだ・・・・・・」
リートランドに向かおうとしたなのはの背中に、シェイドが刷り込むように言った。
「魔法を捨てろ。君を縛り、苦しめてきた魔法など捨ててしまうんだ」
「シェイド・・・・・・」
フェイトが呟いた。
任務を完遂したフェイト、アルフ、リンディは帰艦するなり、エイミィに呼び出された。
そして先ほど見た、通信履歴を見せる。
「まさか、メタリオンと繋がってたなんてね」
アルフが吐き捨てるように言った。
その口調はシェイドの正体を見抜けなかった自分への怒りの表れだった。
「僕も信じられないよ」
ユーノもまた、そんな彼の正体を見抜けなかった中の1人だ。
だが、最もショックが大きかったのはやはりリンディだった。
エイミィ同様、まだこの事実を受け入れられないのか、さっきから何か呟いている。
「提督・・・・・・」
誰よりもリンディの気持ちを理解しているエイミィにとって、この空間この時間は耐え難いものだった。
彼女に比べ事実を知ってから時間が経っているエイミィは、多少だが冷静に判断ができるようになっていた。
「提督、これが全て真実とは限りません。シェイド君から話を聞けばハッキリします」
リンディを慰めるつもりだった。
しかしこの言葉自体が、エイミィにさらなる不安を煽ることとなる。
「クロノからの連絡は?」
アルフが訊いた。
「それが・・・・・・」
途端にエイミィの表情が翳る。
「何の連絡もないの。もう30分以上も経ってるのに・・・・・・」
シェイドの所在が掴めないのか?
・・・それは考えにくい。
彼とは直前まで通信を行っている。
クロノほどの実力者が取り逃がすことがあるのだろうか。
何にせよ、クロノからは何らかの連絡があるハズなのだ。
憶測が先行し、それが不安に繋がる。
もしや彼の身に何かあったのか?
「エイミィ、しばらくアースラを任せてもいいかしら?」
突如、リンディが顔を上げて言った。
「えっ? え・・・・・・提督・・・?」
言葉の意味が理解できず、エイミィはうろたえた。
「クロノからの連絡がないなんておかしいわ。何か起きたのかもしれない」
息子同然に見ていた少年と、息子。
比べることは不謹慎かもしれないが、母親としてまた女性として、どちらを信じるのか?
どちらを重んじるのか? ・・・・・・それは考える間でもなかった。
これが何かの間違いであれば、とは思う。
だがそれは自分自身の目で確かめればいいことだ。
「私がユナイトに行くわ」
「提督、私も行きます。なのはの事も気がかりです」
フェイトが申し出た。となるとアルフもそれに追従することとなる。
「僕も連れて行ってください」
ユーノがいつになく強い口調で言った。
「もしシェイドが本当にメタリオンのリーダーであるなら、急いだほうがいいと思います」
モニターを見ながらユーノが言った。
「自分の正体が知られたとなったら、メタリオンを率いて攻撃をしかけてくるかもしれません」
ユーノの言うことはもっともだった。
「つまりシェイドの正体を暴いたからには、すぐに捕らえないと危険だってことだね?」
アルフが補足した。
「分かった。じゃあ皆が留守の間は、私がしっかり護るから」
任せて、とエイミィが力強く言った。
この非常事態、1人1人がしっかりと自覚を持って行動しなければ、管理局はたちまち混乱に陥るだろう。
「お願いね、エイミィ」
4人はリンディを先頭に、通信室を出た。
「・・・・・・・・・」
今にして思えば、シェイドには不審なところが多かった。
発言にも自分がムドラの民であることを仄めかす表現が見受けられた。
アルフはそう思ったが、口には出さなかった。
少年が帰ってきた。
ユナイトの駐屯地調査に派遣された少年は、何食わぬ顔でアースラに帰艦する。
だが同行したなのはの姿はそこにはなかった。
彼は漆黒のコートの襟を正し、長い通路を歩く。
しかし彼の無事の帰還を温かく迎え入れる者はいない。
いるのは物々しい甲冑に身を包み、戦闘態勢に入っている武装局員。
ストレージ・デバイスに白色の光刃を発生させて、シェイドを取り囲む。
「シェイド・・・・・・この裏切り者め。ここから先には行かせんぞ」
シェイドには、数を恃みに意気込んでいるようにしか見えなかった。
武装局員の数は多いが、彼は全く動じない。
「あんたたちでは準備運動にもならないな」
シェイドはそう言って笑い、懐に忍ばせておいた金属製のグリップを右手に滑らせた。
唸り声をあげて紫色の光刃が起動する。
「武装を解除しなければ、直ちに攻撃する!」
武装局員のリーダーらしき男が言ったが、シェイドにとってはそれは宣戦布告だった。
「やってみろ・・・・・・」
言うが早いか、シェイドは最も近い敵をなぎ払った。
それを合図に、四方から武装局員が光刃を振り下ろす。
白色に輝く光刃が、一斉にシェイドめがけて走る。
「遅い・・・遅すぎるぞ」
素早く身をひねり、シェイドがエダールセイバーを振るう。
「ぐああぁっ!」
紫色の光刃が煌めくたびに、1人また1人と武装局員が倒れていく。
「貴様ッッ!」
リーダー格が華麗な剣捌きを見せる。
他の連中よりは少し強い。
しかしそれでもシェイドの敵ではなかった。
「拙い剣技だね。手に余る武器なら持たない方がマシさ」
シェイドはクロノ、なのは、フェイトの3人以外に剣技を教えた覚えは無い。
武装局員への剣技の指導は、おそらく時間を見つけてクロノが施したのだろう。
「誰も僕を止められない・・・・・・」
シェイドが左手をかざすと、リーダー格の男の体が持ち上げられる。
さらに力を込めると、男の体は側面の壁に叩きつけられた。
そのままずるずると崩れる局員。
辺りに転がる局員たちを踏み越え、シェイドは真っ直ぐに艦首を目指す。
赤色の甲冑に身を包んだ武装局員がシェイドの行く手を阻んだ。
「ヴァスティラン・・・・・・アースラ武装局員第1遊撃隊隊長のお出ましか・・・・・・」
「シェイド・・・・・・まさか貴様がムドラの民だったとはな」
ストレージ・デバイスの白い光刃を煌めかせてヴァスティランが迫る。
「管理局の剣技など僕には通用しない」
シェイドがエダールセイバーを高々と掲げた。
途中、何度かこのような妨害にあったが、シェイドは傷一つ負うことはなかった。
純粋に光刃のぶつかり合いなら彼が負けることはありえないし、背後からの不意打ちに対しても
白色の光刃が彼を貫く前に、プラーナが局員を弾き飛ばすのだ。
(妙だな・・・・・・)
艦首に近づくにつれ、シェイドの不安が大きくなっていく。
これだけの騒ぎなのに、なぜリンディもフェイトもアルフもユーノも現れないのだ?
どこかで待ち伏せしているのか?
油断した隙をついて、一斉に攻撃をしかけるつもりなのか?
そんな不安を抱きながら、シェイドはとうとう艦首に入った。
クルーの姿はない。
武装局員以外のクルーはすでにどこかに避難したのか。
それともどこかに隠れているのか。
彼にとってはどちらでも良かった。
ただ始末しなければならない人間に出会っていないこと。
それだけが気がかりだった。
リンディたちが駐屯地にたどり着いた時には、すでにクロノが来てから50分近くが経っていた。
先にシェイドから報告を受けたとおり、損壊した駐屯地には生存者の姿がない。
「誰も・・・・・・いない・・・・・・?」
ユーノが呟いた。
彼はリンディには悪いと思いながらも、真っ先になのはを探していた。
ところどころ焼け焦げた壁面を見て、アルフはメタリオンの攻撃が激しかったものと知る。
1階には人の気配がない。
一行はまだ稼働するエレベータを使い、2階、3階と見て回る。
そして最上階まで来たところで、
「・・・・・・」
リンディたちは感じた。
エレベータを出てすぐの広間に。
魔法戦が行われた後特有の、魔力の残滓が漂っていることを。
これは間違いなくクロノのものだ。
血を分けたリンディが一番にそれに気づいた。
「やっぱりここで・・・・・・」
アルフは慌てて口を噤んだ。
その後には、シェイドとクロノが戦ったのか、と続くハズだった。
「リンディ提督。監視室とかはないんですか?」
ユーノの何気ない質問に、リンディはハッとなった。
なぜ気づかなかったんだろう。
ここで何が起こったのかを知るなら、全てを記録している管理室に行けばいいのだ。
「ありがとう、ユーノ君。すっかり忘れていたわ」
監視室はこの階の北側にある、と言ってリンディは3人を伴なって移動する。
この有様なので破損していないかと気がかりだったが、警備システムは正常に作動していた。
「良かった。ここは無事ね」
リンディは慣れた手つきで制御盤を叩いた。
各階の要所に取り付けられた監視カメラの映像が、複数枚のパネルに表示される。
リンディはそれらの記録を巻き戻しはじめた。
パネルの映像は過去に遡る。
初めに映ったのはリンディだちの姿だった。
複雑な表情で探索をしている自分たちが映っている。
順を追って巻き戻すのは時間がかかるとして、リンディは一気に40分前から再生した。
・・・・・・・・・・・・。
隊長室のソファーにシェイドが座っている。
「なのはは・・・・・・?」
フェイトが呟いたが、4人がどのパネルを見てもなのはの姿は見つけられなかった。
その時、3人の影が施設に入ってくるのが見えた。
「クロノだ」
アルフが指差した。
3人はエレベータで最上階にあがり、隊長室のドアを開けた。
『これはクロノ執務官。それに武装局員の方々まで。なぜここにいるんだい?』
『物々しいな。そんなもの持って・・・・・・。一体何があったんだ?』
『君の正体は分かっている』
『シェイド・B・ルーヴェライズ・・・・・・君を逮捕する!』
『逮捕? 一体何のことだ? 僕には身に覚えがないけど』
『とぼけてもムダだ。おとなしく投降すれば便宜は図ろう』
クロノたちの音声がハッキリと聞き取れる。
『罪状は?』
『経歴詐称、時空保護法第147条違反、アースラに対するスパイ行為及び時空管理局の破壊工作教唆・・・・・・。
説明は不要だろう』
『・・・・・・僕を逮捕する? あんたらにそんな権限はな・・・・・・』
『ある!』
『本気で言ってるんじゃないだろうね?』
『・・・・・・止められると思っているのか・・・・・・?』
シェイドが紫色の光刃を起動したのを見て、その場にいた誰もが戦慄した。
この瞬間、リンディの心の中のわずかな希望が音を立てて壊れた。
警備記録の中のシェイドは2人の武装局員を一瞬で斬り伏せ、クロノまで倒そうとしている。
「信じられない・・・・・・」
フェイトが否定するように首を横に振った。
彼女が何と言おうと誰がどう思おうと、このパネルの映像は真実を映している。
ここで起こった全てのことと、ここで発せられたほぼ全ての言葉が。
『シェイド・・・・・・全てはお前の計算の上か?』
『アースラに就任したのも・・・・・・』
『それは違うね。僕がどの艦に配属されるかは管理局が決めるんだから』
一進一退の攻防を続けるシェイドの背後に、明らかにクロノのものと思われる魔法反応。
先ほど広間で感じていたのはこれだ。
クロノも善戦しているが、どう見てもシェイドの実力の方が上だ。
2人は尚も戦い続け、クロノがバインドでシェイドの動きを封じる。
「やったっ!」
まるでスポーツ観戦をしているように、アルフが拳を握った。
『お前の野望もここまでだ、シェイド!』
追い詰められながらも、最後はクロノ優勢で幕を閉じたかと思われたこの逮捕劇に。
思わぬ乱入者の姿が。
「なのはっ・・・・・・!」
フェイトとユーノがほぼ同時に叫んだ。
リンディも声こそ上げなかったものの、その登場の仕方と直後のシェイドの言動には驚きを隠せなかった。
『な、なのはさん、助けてくれ! 管理局が僕を殺そうとしてるんだッ!』
『メタリオンを操っていたのはこいつだ。管理局が襲われたのもジュエルシードが飛散したのも、こいつの仕業なんだ』
『なのはさん、見ろ! これが管理局の正体なんだ』
『僕は管理局のために身を削って貢献してきた。その結果がこれだ! 僕もなのはさんと同じだ!』
『前に言っただろう! 管理局が侵略を計画してるって。僕はそれを断った。そうしたらクロノ君が・・・・・・』
「な、なんてヤツなんだい・・・・・・」
アルフが怒りに震えている。
「こんなヤツだったなんてね」
アルフは本当に悔しそうだ。
フェイトは何も言わずに、事の成り行きを見守った。
なんだかイヤな予感がする。
このままシェイドが逮捕されるなら、自分たちは今ここにはいないハズだ。
一体、この後何が起きるんだろう・・・・・・。
『僕が死ねば、真実を語る者がいなくなる! だから今のうちに言っておくぞ、なのはさん!』
『なのは、聞くな!』
『管理局はいずれ君の世界をも侵略するぞッ!!』
『君の家族や友だちを守りたくないのか!?』
『なのは、こいつの言う事は全部ウソだ!』
『分からない・・・・・・分からないよ・・・・・・』
「まさか・・・・・・」
2人の言葉の間でゆれるなのはを見て、リンディは思わず呟いた。
リンディは何となくだが、この先の展開が見えてしまったのだ。
それはフェイトも同じだった。
「なのは・・・・・・お願い・・・・・・」
フェイトが両手を組んで祈った。
警備記録には結果が映っている。祈って現実が変わるハズがない。
分かってはいても、フェイトはそう願わずにはいられなかった。
『真実を見るんだ、なのはさん。彼らは君に偽りしか教えていない』
『こいつの言葉に惑わされるな! こいつは裏切り者なんだ!』
『違う。彼こそは裏切り者だ!』
このあと訪れる最悪の結果を、ユーノとアルフはまだ読めていない。
しかしそれもムリはない。
なぜなら警備システムは映像と音声は認識できても、思念通話までは記録できないからだ。
ここにいる全員が、3人のやりとりを見ることはできても、シェイドとクロノの間で交わされた会話までは分からない。
リンディは思慮深く、フェイトは人の感情を自分のことのように理解できる。
だからこそこの2人は、なのはがどんな行動に出るのかを読むことができた。
パネルの中のクロノがS2Uを構えなおす。
『ダメだよ、クロノくん。お願いだから、武装を解除して』
『な、何を言ってるんだ、なのは!?』
『だって、シェイド君はもう戦える状態じゃないんだよ?』
『僕が軽率だった・・・・・・。僕は、管理局が君の世界を侵略することを話してしまった・・・・・・。
秘密を知った君を管理局が生かしておくハズがない・・・・・・』
『シェイド、お前のウソは聞き飽きた。・・・・・・時空管理局執務官として、身柄を本部に引き渡す』
しばらくの沈黙のあと、シェイドの右手に放電が生じた。
なのははこの事実を知らないが、監視カメラはそれをしっかりと記録している。
「・・・・・・」
一同は固唾を呑んで見守った。
『シェイドッッ!』
『駄目ぇッッ!!』
とんでもないことが起こった。
クロノの一撃を、なのはが防いだのだ。
半ばこの展開を予想していたリンディとフェイトはさほど驚きはしなかった。
『そこを退け、なのは! こいつは生かしておいては危険なんだ』
『どうしてそんなことが分かるの?』
『・・・クロノ君、さっきシェイド君を斬ろうとしたんだよね?』
『シェイド君の言うとおり、逮捕するっていうのはウソだったんだね』
『違うんだ! こいつは投降する気なんてない。このままじゃ・・・・・・』
『言い訳なんて聞きたくないッ!』
『ああ、なのはさん。僕を助けてくれるのか? そうだ、君の家族や友だちを護るために、僕を助けてくれ!』
『なのは、そこを退いてくれ。公務執行妨害で君まで罪に問われるぞ』
『聞いたか、なのはさん? 僕だけでなく、君までも捕らえようとしてる。いや、違うな。僕たちは・・・・・・』
なのはが知らなかった現実を、監視カメラはしっかりと捉えていた。
彼女の背後で今にも電撃を放たんとしているシェイドを。
そしてそれを防ごうとしたクロノと、そのクロノを止めようとしたなのは。
桜色の光刃にS2Uを斬られ、防御手段を失ったクロノをシェイドの電撃が突き落としたことを。
・
・
・
・
・
「・・・・・・なんてこと・・・・・・」
リンディは力なくその場にヒザをついた。
息子同然に見ていたシェイドに裏切られ、彼を息子同然に見ていたがゆえに、実の息子である
クロノが危険に晒されることを防げなかった。
「なのは・・・・・・」
フェイトの脳裏に、その瞬間が焼きついて離れない。
「でも・・・・・・」
アルフが呟いた。
「おかしくないかい? シェイドの言う事は本当のことのように聞こえるけど、それだけでなのはが揺れるなんて」
警備記録を見ていただけのアルフには、なのはが背くほどの理由が見当たらなかった。
「たぶん・・・・・」
フェイトが言った。
「思念通話があったと思う。クロノやシェイドの表情の変わり方が不自然だったから。きっとシェイドがなのはか
クロノに思念を送っていたんだと思う」
フェイトはよく見ている。
誰もが気づきそうにないことでも、彼女の鋭い目はそれを逃がさない。
しかしそれでも、シェイドの真意を見抜くことはできなかった。
”なのはが興味本位で使い魔を知りたがっている”
シェイドのあの言葉は、全てこの時のためだったのだ。
シェイドが着任してからの全ての事物は、彼が計画していたことだったのだ。
そしてフェイトは見事に彼に踊らされていた。
リンディでさえも。
「本当なら、私がなのはの立場に立ってたんだね・・・・・・」
フェイトがぼそりと呟いた。
「こんなことになるなんて・・・・・・」
ユーノの目から涙がこぼれた。
「僕のせいだ・・・・・・。僕がなのはをもっと見ていれば・・・・・・」
ここしばらく、書庫の整理を理由になのはと接していなかったユーノが落涙した。
もっと接していれば、なのはの変化を見抜けたかもしれないのに・・・・・・。
ユーノもまた、シェイドの正体を見抜けなかった1人だ。
彼の場合は、それほどシェイドとの接点は無かった。
だから彼の本性に気づかなかったのもムリはない。
「それにしても、ジュエルシードがムドラの物だったなんて、大したウソをつくもんだね」
アルフの口調にはシェイドに対する深い怒りが込められていた。
「・・・・・・それについては、どうか分からないよ」
ユーノがしぼり出すように言った。
「ジュエルシードはもともと遺跡から発掘されたものだから。ムドラの生み出した物っていう可能性はあると思う」
そうは言うものの、ユーノ自身、それが真実なのかどうかは分からない。
なのはを騙すためにあまりにも突飛なウソを平気でついているのだ。
シェイドがどれだけ真実を語り、虚偽を述べたのか。
もしかしたら、シェイドという名前自体が偽名かもしれないのだ。
そしてそんな危険な男と、なのはを近づけてしまった。
誰もがそれぞれに自分の至らなさを恨んだ。
誰一人としてシェイドの裏切りと、なのはの変化を見抜けなかったことに。
だが、後悔するのもここまで。
彼女らにはやらねばならない事があった。
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「だめだ、どこにもいない」
駐屯地付近を捜索していた面々は、ロビーで落ち合った。
「クロノ・・・・・・」
シェイドの電撃を浴び、落下したクロノの姿はどこにもない。
リンディの表情が曇った。
「リンディ提督。クロノはきっと無事です」
ユーノがそう言ったが、慰めにもならないことは分かっていた。
「そう・・・・・・そうね・・・・・・クロノはきっと無事だわ・・・・・・」
言い聞かせるようにリンディが呟いた。
クロノもだが、彼女らにはまだ気がかりなことがあった。
「アースラが・・・・・・」
そうだ。
警備記録によればシェイドは、アースラを攻撃するか乗っ取ることを考えていると思われる。
クルーたちが心配だ。
「アースラに戻りましょう。もう・・・手遅れかもしれないけど・・・それでも・・・・・・」
そう言うリンディの目には、これまでにない強い意志の炎が宿っていた。
愛する者を守り、憎むべき者を斬る。
今のリンディはそれができる。
「ええ」
「分かった」
ユーノとアルフが頷く。
だがフェイトだけは違う考えだった。
「お願いがあります」
静かに、しかし情熱的な口調がリンディをくすぐる。
「私をリートランドに行かせてください」
「・・・・・・・!?」
「フェイト、何を言い出すんだよ?」
アルフが慌てて止めようとする。
「なのはを・・・・・・なのはを助けたいんです」
もう誰が何と言おうと、フェイトはなのはを助けるつもりなのだろう。
彼女の目を見れば分かる。
精神がリンクしているアルフなら、なおさらその想いが痛いほど分かる。
「ワナを張り巡らせてるかもしれないわ」
リンディが言った。
「構いません。それでもなのはを助けたいんです」
「・・・・・・」
リンディが小さく頷いた。
「分かったわ。でもムリはしないで。危険だと思ったらすぐに戻ってきて・・・・・・」
言いかけてリンディは止めた。
戻る場所なんてあるのか・・・?
アースラは今どんな状態なのだろうか。
「大丈夫です。必ずなのはを助け出して見せます」
強い意志が宿る瞳。
その瞳を見ると、彼女の揺るぎない想いが伝わってくる。
「私たちはアースラに戻る。もしかしたらシェイドがいるかもしれないけど・・・・・・」
その時は戦うことになる、とアルフは敢えて言わなかった。
「うん・・・・・・」
フェイトは強く頷いた。