第9話 ムドラの復讐

(ムドラの復讐が始まった。リンディらはムドラとの対決に赴くが・・・・・・)

 リートランド北区には管理局が建設中の基地がある。
軍事目的などではなく、あくまで通信の中継地点としての用をなすためにその意義は小さい。
急ぎ必要なものでもないため、工事は実に緩慢に行われていた。
建設工員が12名しかいないことからもそれが窺える。
だから彼らは、なぜここが襲われるのか理解できなかった。
白い服の少女が降り立った。
彼女は悠然と敷地内に入っていく。
「止まれ、何者だ?」
3名の保安部員が彼女の進行を妨げた。
少女は何も言わず、右手に握っていたレイジングハートを見せた。
「魔導師か・・・・・・? 所属は?」
1人が彼女の前に進み出た。
その時、桜色の光が一閃したかと思うと、安部員がその場に倒れた。
「き、貴様ッ!」
残る2人が管理局支給のストレージ・デバイスを起動させた。
侵入者が武力行使した場合は、実力をもってこれを排除することができる。
管理局のマニュアルに則り、2人の保安部員はまず少女の動きを止めようとバインドを展開させた。
が、元々魔導師としての力に開きがあったのか、少女は容易くバインドを斬り払う。
リートランドにはまだムドラの存在が知れ渡っていなかったらしい。
もちろんエダールセイバーやプラーナなどに関する知識も広まっていない。
保安部員はこの少女が手にしている光剣を必要以上に警戒した。
こんなものは見た事がない。
あれは何だ。
そんな考えを巡らせている間に少女は素早く駆け抜け、2人を瞬く間に斬り捨てた。
実力的には武装局員は保安部員よりも強い。
基地内に少女の姿を認めた武装局員が、緊張した面持ちでデバイスを構える。
建設工員を避難させ、武装局員がデバイスを構える。
少女がすでに戦う意思を見せていたからだ。
まだまだ幼さの残る少女にその歳からは不釣合いな怒りの念が感じられるのが不気味だった。
「たとえ子どもといえども、抵抗すれば容赦なく攻撃する」
8名の武装局員がじりじりとその包囲網を狭めていく。
だが彼らが使うのはあくまで魔法だ。
魔法には詠唱が必要であり(詠唱不要の微力な魔法では彼女は倒せない)、発動までに時間がかかる。
しかしエダールモードにはその制約はない。
少女は何も言わずに桜色の光刃を振り、最も近くにいた1人を斬った。
「なっ!? かまわん、この少女を捕らえろ!」
武装局員が巧みな連携で彼女を捕らえようとした。
少女は目に涙を浮かべながら、それらを斬り伏せていった。

 来なければよかった。
口には出さないものの、3人はそう思っていた。
ほんの数時間前のアースラとは、艦内の様子がまるで変わっていた。
以前の活気はなく、見えるものは斬撃に倒れた武装局員たち。
「やっぱりシェイドが・・・・・・」
ユーノが倒れた武装局員の肩に手をおいた。
大半は致命傷を負っているが、中には命を奪われた者もいる。
エダールセイバーによる攻撃は、リンカーコアに甚大なダメージを与えるらしい。
局員たちからは魔力がほとんど感じられなかった。
壁面には、あちこちに焼け焦げたような創傷が生々しく刻まれている。
これを見れば、どれだけ激しい戦いが行われたかを想像するのは容易だった。
「これを・・・シェイド1人で・・・?」
ユーノが問うたが、2人とも首を横に振った。
分からないという事だ。
もしかしたらメタリオンが襲撃したとも考えられる。
そうであった場合、自分たちが今いることは無意味といっていい。
正直、この状態でメタリオンに勝てるとは思っていない。
シェイド1人なら何とかなるかもしれない。
しかしその場合でも、自らの命と引き換えになることも覚悟しなければならない。
リンディはその覚悟が出来ているが、ユーノとアルフにはまだない。
「ちょっと待った!」
アルフが歩みを止めた。
「何か来るっ!」
全神経を集中させて、来訪者の来る方向とその正体を探ろうとする。
「・・・・・・!」
数秒遅れて、リンディ、ユーノも危険を察知する。
シェイドではない。
彼にはもっと威圧感があるハズだ。
「あれは・・・・・・」
そこには存在しないハズの物の接近に、リンディは絶句した。
直径60センチほどの無数の赤い球体。
中央に青色のレンズがはめ込まれた、自律浮遊標的。
Z−PHERだ。
「訓練用のものが何故ここに・・・・・・?」
何故に対する答えはすぐに見つかった。
「2人とも、気をつけて! 撃ってくるわ!」
リンディが正面に立ち、すばやくバリアを展開する。
ざっと見ただけでも、40機以上はあると思われるZ−PHERの青色のレンズが輝いた。
針よりも細いレーザーがリンディめがけて真っ直ぐに飛ぶ。
「こんなに出力は高くないハズなのに・・・・・・」
四方から迫るレーザー砲に、リンディは焦燥した。
おろらく、いや間違いなくシェイドの仕業だろう。
訓練用の自律浮遊標的のプログラムを書き換え、管理局員を攻撃するように組みなおしたのだ。
それだけではなく、レーザー砲の出力も大幅に上がっている。
それでも個々の威力は小さい。
しかしこれが束となれば、蓄積ダメージは”A”ランクの魔法攻撃に匹敵する。
「私に任せなっ!」
アルフがシェイドのようにスピンしながらジャンプし、Z−PHERの後ろに回った。
防御よりも攻撃に重点を置くアルフは、Z−PHERに向けて拳を突きつけた。
瞬間、凄まじい旋風とともに幾筋もの光が放たれる。
Z−PHERは訓練用に作られたため、防御力は皆無に等しい。
アルフが力まずとも、わずかな魔法攻撃で粉砕は可能だった。
派手な火花を上げ、Z−PHERが次々に破壊される。
得意げになるアルフの背後から、不気味な音と共にZ−PHERの大群が現れる。
「くそ、これじゃキリがない!」
リンディとユーノが攻撃を防いでいる隙にアルフが攻撃をしかけるが、敵の数が多すぎる。
その時、ユーノがある事に気がついた。
「Z−PHERは前方から来ます。シェイドは艦首にいるかもしれません!」
混戦状態となってはいるが、全てのZ−PHERは前方、つまり艦首側から迫ってきている。
「リンディ提督! ここは僕たちに任せて、艦首に急いでください!」
ユーノが叫んだ。
彼は分かっていた。
自分の力量では、シェイドには敵わないことを。
ならば自分にできることを・・・目の前のZ−PHERをひきつけるしかないではないか。
「でも・・・・・・」
惑うリンディを、アルフが急かした。
「大丈夫だって。こんな奴ら、すぐに片付けるからさ」
時々無謀とも思えるアルフの好戦的な性格が、今は心強い。
「分かったわ! あなたたちも気をつけて!」
「ああ。ここを片付けたらすぐに行く! ユーノ、サポート頼んだよ」
「分かってる」
アルフがリンディの道を作るように、Z−PHERの間をくぐり抜ける。
「さあ、アンタらの相手はこっちだよ!」

 なのはの目にはもはや迷いはなかった。
迷う必要も理由もない。
彼女はもう、後戻りはできないのだから。
リートランドに建設中の時空管理局基地。
進捗度70%の基地の完成は、なのはによって確実に長引いてしまった。
建設工員12名、武装局員8名、保安部員10名。
彼らは突如現れた魔法少女によって、ことごとく蹂躙された。
プラーナへの対抗手段を持たない彼らは、桜色の一閃に散っていった。
今は何も答えない愛杖を手に、なのはは屋上に上がった。
空はどんよりした雲に覆われ、そこに光はほとんどない。
まるでなのはの心を映しているかのように、黒く不気味な雲が渦巻いている。
「なのは・・・・・・」
どこか懐かしい、しかし今は憎むべき少女の声に、なのはは振り返った。
金髪をなびかせ、漆黒のマントに身を包んだ少女が立っていた。
「フェイト・・・・・・ちゃん・・・・・・」
倒さねばならない相手に、なのはは友だちのようにその名を呼んだ。
「なのは・・・・・・どうして・・・・・・」
フェイトは全てを否定するような口調で言った。
「どうしてこんな・・・・・・」
「それは私が訊きたいよ・・・・・・」
対照的になのはの口調にはハッキリと敵意が表れていた。
「皆して私を利用して・・・・・・」
「違うッ!」
フェイトが叫んだ。
「それは全部シェイドのウソだよ。シェイドはムドラの民だったんだ!」
「フェイトちゃんまでそんな事言うの?」
なのはの声は震えていた。
「なのは、聞いて。なのははシェイドに騙されてる。冷静に考えてっ」
フェイトは言葉を選びながら、しかし必死になのはを説得しようとする。
しかし今のなのはには、そんな彼女の声は届いていない。
「違うよ。正しいのはシェイド君だよ。どうして分からないの?」
「アースラに戻ろう、なのは。通信履歴を見れば分かるから・・・・・・」
「シェイド君とメタリオンが話してる記録が残ってるから?」
「うん。それを見れば・・・・・・」
「でもそれは管理局が作り上げたものでしょ?」
{え・・・・・・?」
フェイトが目を見開いた。
「シェイド君が言ってた。管理局は私を利用するためなら何でもするって」
こんなの、なのはじゃない!
フェイトはこの場から逃げ出したくなった。
「フェイトちゃんも今は管理局の人間だから、そう言うんでしょ?」
「違うよ、なのは! 私は・・・・・・」
「もう騙されないッ!」
なのはは泣いていた。
「だったらどうして私に使い魔の作り方を教えてくれなかったの!?」
「それは・・・・・・」
「フェイトちゃんは絶対に答えてくれると思ってた。なのに・・・・・・」
フェイトは視線を落とした。
「ごめんね、なのは・・・・・・。私のせいだ。私がシェイドの本心に気づいていれば、あんな風には答えなかったのに・・・・・・」
結果的にフェイトの返答は、なのはがシェイドの策略に落ちるキッカケとなってしまった。
「でもあれは違うんだ。私がなのはに教えなかったのも、シェイドの策略なんだ」
「・・・信じない・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「信じられないよ。フェイトちゃんも、ユーノ君も、クロノ君も・・・・・・」
「なのは・・・・・・」
「アルフさんも、リンディさんも・・・・・・誰も信じられない!」
フェイトがキッとなのはを睨んだ。
「ならどうしてシェイドの言葉は信じるの?」
「えっ・・・・・・?」
フェイトが語気を強めて問うた。
「シェイドの言葉は疑わなかった?」
「・・・・・・」
なのはがフェイトの言葉を拒絶するように、首を振った。
「だってシェイド君が教えてくれたんだもん。管理局が私を騙してるって。私だけが魔法を知らない世界の人間だからって」
「それこそ、シェイドがなのはを陥れようと言ったんだ。なのは、シェイドに騙されないで!」
「騙してるのはフェイトちゃんたちの方でしょ!」
なのはの瞳には・・・・・・。
彼女らしからぬ感情が・・・・・・。
シェイドと同じ憎悪の感情が宿っていた・・・・・・。
シェイドに感化されたのか、自発的にそう思い込んでいるのか。
彼女本来の優しさは、もう一片も残されてはいなかった。
「私は家族や友だちを管理局から守りたいだけなの!」
なのはが叫んだ。
「お父さんもお母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも! アリサちゃんやすずかちゃんだってッ!」
フェイトの名前が呼ばれることはなかった。
そう思っていると、なのはが呟いた。
「フェイトちゃんも・・・・・・友だちだって思ってたのに・・・・・・」
「・・・・・・友だちだよ、なのは」
「ウソっ!」
「ウソじゃない! なのははシェイドに騙されてるんだ!」
フェイトは憐れみの目で、なのはは憎悪に満ちた目で互いを見た。
「・・・・・・」
なのはは怒りに震える手でエダールモードを起動した。
桜色の光刃をフェイトに向ける。
「管理局さえ倒せば・・・・・・皆が平和で幸せに暮せるんだ・・・・・・」
「シェイドがそう言ったの・・・・・・?」
なのはは何も答えなかったが、それは肯定しているのと同じだ。
「本当にそう思う? 平和や幸せのために、誰かを力でねじ伏せることが・・・・・・」
「管理局は悪の組織だよ、フェイトちゃん! 艦を作るために手当たり次第に町を襲って・・・・・・今度は私の家族や友だちまで・・・・・・。
そうやって侵略を続けていくんだ!!」
なのはの悲痛な叫びが、フェイトの頭に直接響く。
フェイトの頬を温かな涙が伝った。
「管理局はそんなことしないよ・・・・・・」
そう言うのがやっとだった。
かつて自分を孤独から救ってくれた少女に。
今のなのはは、かつての自分と同じだった。
何かを強烈に信じているがゆえに、他人の言葉が耳に入らない。
自分は間違っていないと、強く思い込んでいるのだ。
シェイドには付け入れられる隙を作ってしまったなのはは今、フェイトの言葉を完全に否定してしまっている。
「もう騙されないッ! 私は自分の手で大切なものを護るッ!!」
なのはは桜色の光刃をフェイトに向けた。
ここには、なのはとフェイトしかいない。
エース魔導師のなのはが、自分との戦いにエダールモードを使おうとしている。
なのはは・・・・・・シェイドが言うように本当に魔法を捨ててしまったのだろうか?
わずかな沈黙のあと、フェイトが記憶をたどるように言った。
「なのは・・・・・・私が前に言った言葉・・・・・・おぼえてる・・・・・・?」
なのはは何も答えない。フェイトは構わず続けた。
「なのはに困ったことがあったら、今度は私がなのはを助けるって・・・・・・」
フェイトが言った瞬間、なのはの瞳が一瞬だけ潤んだ。
「フェイト・・・・・・ちゃん・・・・・・」
「今がその時だ」
そう言って、フェイトは静かにバルディッシュを握った。
金色の光刃が真っ直ぐに伸び、フェイトの手となり足となる。
風を斬るような起動音に、なのはは我に返った。
「覚えてないよ、そんな言葉」
なのはは冷たく言い放った。
「そうやって私も倒すんだね?」
再びなのはの瞳に怒りが宿った。
「倒すんじゃない! 助けるんだ!」
なのはが一直線に、フェイトに躍りかかった。
単調な攻撃に終始するのを、フェイトは知っている。
グリップをしっかりと握り、フェイトはなのはの一撃に備える。

 制御盤を叩いて何かを入力していたシェイドは、背後に聞こえる足音におもむろに振り返った。
そしてその姿を認めると、含み笑いを浮かべつつシェイドが言った。
「リンディ艦長・・・・・・生きていましたか・・・・・・」
ターコイズブルーの髪をなびかせた女性。
アースラの艦長がそこにいた。
シェイドは口の端をわずかにゆがめた。
その表情はリンディの登場を喜んでいるようにも見えるし、残念がっているようにも見える。
「僕はてっきり、ご子息の後を追ったのかと・・・・・・」
「クロノは生きてるわ!」
「・・・・・・」
リンディの強い口調に、シェイドは肩をすくめた。
「・・・・・・だといいね」
シェイドはリンディに対してさえも、相手の神経を逆撫でする話術を試みた。
「それにしても艦長たるもの、そうそう艦を離れるものじゃないね。ここまで来るのは簡単だったよ」
シェイドは後ろにある制御盤を後ろ手に愛撫した。
まるでこの艦は自分のものだと言わんばかりに。
しかしリンディは、そんなシェイドの挑発めいた言動にも惑わされずに言った。
「新しい仲間を見つけたようね」
その口調にはハッキリと悔恨の念が現れていた。
だがその事に関しては、シェイドもまた悔恨していた。
「不本意ながらね。本当はフェイトさんを仲間にしたかった・・・・・・」
これはウソではない。シェイドは実に残念そうに言った。
「知力、魔力、体力、剣技・・・・・・あらゆる点で彼女の方が優れているからね」
「・・・・・・」
「何より実戦経験がまるで違う。だけど残念なことだよ」
シェイドはため息まじりに首を振った。
「あの娘は歳の割には利口過ぎる。僕の言葉にはまるで耳を貸そうとはしなかったよ」
「それで、なのはさんを欺いたのね」
「欺いたなんて聞こえが悪いな。僕は真実を述べただけだよ」
「管理局がなのはさんの住む世界を侵略するというのが真実?」
「・・・・・・少なくともなのはさんは信じてるよ。それが真実だってね」
「・・・そうね。私もあなたの話術に騙されたものね・・・・・・」
リンディが懐から金属製のグリップを取り出した。
「・・・・・・!!」
リンディが取り出したそれに、シェイドは不覚にも反応してしまった。
直後、風を斬る音とともに緑色の光刃が発生した。
「まぁ、どの道あんたを始末しておかないと安心できないとは思ってたからね」
シェイドはゆっくりと立ち上がり、懐に収めてあったグリップを右手に滑らせる。
ここ最近で何回起動したか分からない、正真正銘本物のエダールセイバーを起動する。
「どれほど――」
シェイドが目を細めて言った。
「この時を待ち望んだことか――」
その口調はもはや少年のものではなかった。
「力は認めるけど、ムドラの力なんて恐れるに足りないわ」
緑色の光刃をシェイドに向け、リンディが言った。
「もう誰にも止められない。陋劣な管理局が幅を効かせる時代は終わった。これからはムドラの民が世界を支配するんだ!」
2本のエダールセイバーが交錯した。
リンディは軽やかに身をひねると、シェイドの側面に回りこんでの一撃を叩き込む。
それを難なく躱すものの、シェイドの顔から笑みが消えた。
「あんたは艦長席にふんぞり返って指示を出すだけかと思っていたけど・・・・・・」
クロノとの戦いのように、シェイドは片手でエダールセイバーを構えることはしなかった。
認めたくはなかったが、リンディは強かった。
ツィラやミルカよりも。
「そのエダールセイバー、よく出来ているな。僕のを参考にしたのか?」
「メタリオンに対抗するためにね」
剣を交えるうち、シェイドにある疑問がよぎった。
デバイスを持たないリンディが、本物と違わぬエダールセイバーを振るっている。
レプリカだろうが、その性質は本物と何一つ変わらない。
ただ気になるのは。
「誰に教わったのか知らないけど、たいした腕前だね」
シェイドはさり気なく聞き出そうとした。
そんな彼の思惑に気づいたのか、リンディが笑みを込めて言った。
「あら? この程度の力量なら、管理局にはいくらでもいるわよ?」
緑色の光刃が一閃する。
「大方、本部に戻っている間に習得したんだろうね。なかなか戻ってこないから、何をしているのかと思えば・・・・・・」
リンディの鋭い太刀筋に、シェイドは会話を続けることができない。
いきなりの激しい動きに呼吸が追いつかない。
2人は位置を交互に変えながら、時には攻め、時には後退する。
しかし押されているのはシェイドの方だった。
がむしゃらに見えるリンディの連撃を捌きながら、シェイドは戦場をもっと広い場所に移そうとする。
「私が剣を振るうことがそんなに意外かしら?」
シェイドの動きが悪くなった理由に、リンディは気づいていない。
「少しね。もっとも僕の敵じゃないが」
「そう言っていられるのも今のうちよ」
わずかだが、リンディの口調は怒気をはらんでいる。
「どうかな?」
シェイドがバックジャンプで距離をとり、リンディが逃がすまいとその距離を詰める。
かくして戦場はシェイドが意図したとおり、広大な場所に移された。
アースラから出たわけではないが、ここなら屋外同様に戦える。
ドーム型のホール。
かつてシェイドの歓迎パーティーが執り行われたこの場所こそが、彼の復讐の舞台だった。

 桜色の光刃を受けながら、フェイトはたとえようのない悲しみに打ちひしがれていた。
剣での戦いでは、競り合うたびに相手の心が刃を通して伝わってくる。
光刃から伝わってくるなのはの感情は・・・・・・。
管理局に対する憎悪と、自分への怒りだった。
それは彼女の鋭い太刀筋からも窺えた。
まるで剣技など忘れてしまったかのように、力任せにフェイトを斬り伏せようとする。
「なのは・・・・・・」
フェイトはしかし、そんな力任せのなのはを容易に打ち負かすことができなかった。
それは躊躇いのせいではない。
激昂した感情に流されながらも、なのははシェイドから学んだ剣技を随所に組み込んでいる。
フェイトたちの倍訓練を積んだなのはの剣技は、単純に考えればフェイトの2倍の強さということになる。
もちろん、そこにはセンスが加味されることになるが。
それでも、なのははフェイトに迫るほどの力をつけていた。
「そんな目で見ないでッ!」
なのはは一刻も早くフェイトを倒そうと、怒涛の攻撃を繰り出す。
フェイトを倒し、シェイドを助け、そして共に管理局を倒す。
それがなのはの信じる道だった。
だがこの激しい攻防の中で、フェイトは見た。
凶悪な形相で剣を振るうなのはが涙しているのを。
その涙は後戻りのできない自分に対してなのか。
それともただ管理局に対する憎悪によるものなのか。
フェイトには分からない。
だが彼女にも気づいたことがある。
それは、そんななのはを見て自分も涙を流していることだ。
”なぜ自分ではなく、彼女なのか”
”彼女の痛みを、苦しみを、できることなら自分が代わって受けてあげたい”
だがそれは叶わぬことだ。
彼女を苦しみから救う方法はひとつしかない。
少々強引で、危険を伴なう手段。
しかしそれを実行するだけの覚悟はフェイトにはできていた。
再び2本の光刃が交錯する。
なのはは力任せに光刃を振り下ろす。
フェイトはそれを余裕で見切るが、返す刃がフェイトの右肩をかすめた。
「・・・・・・!!」
なのはの剣技は、凶悪なまでに昇華している。
悔しいがシェイドに学んだことをフルに活かさなければ、この一本気な分からずやを救えそうになかった。
「絶対に私が助けてあげるからッ!!」
フェイトは斜に構えて、なのはの攻撃を待った。
あらゆる方向からのあらゆる攻撃に対応できる、フェイトが自ら編み出したフォームだ。
「フェイトちゃんの助けなんかいらないッ!」
怨敵を睨みつけ、なのはが飛びかかった。
凄まじいスピードではあったが、フェイトには十分に見切れる程度だった。
桜色の光刃を受け流し、フェイトが攻勢に転じた。
相変わらずなのはの攻撃は直線的で見切るのが容易だ。
しかし力で押してくるため、まともに受けていてはこちらが硬直してしまい隙が生まれてしまう。
近接戦が得意なフェイトはなのはの攻撃パターンを読み、巧くそれを利用している。
「本当にシェイドの言う事を信じてるの?」
攻撃を躱しながら、フェイトが問うた。
「・・・・・・管理局は私を騙してた。それを教えてくれたのはシェイド君なんだ!」
「騙してるのはシェイドの方だよ。管理局はそんな事はしない。私もユーノも、なのはに隠し事なんてしてない!」
「それじゃあ、どうして・・・・・・!」
なのはの頬を涙が伝った。
「どうして使い魔のことを訊いたとき、フェイトちゃんは答えてくれなかったの!?」
なのはの絶叫が悲鳴に変わった。
「リンディさんはどうして私に、管理局だけを信じろなんて言ったの!?」
なのはの攻撃が一段と激しさを増した。
だがそうなればなるほど、フェイトはより優雅にその攻撃を受け流すことができた。
「私もリンディ提督もシェイドに騙されてた。私たちがなのはに言った事は全部、シェイドの策略なんだ」
「使い魔のことも?」
フェイトは頷いた。
「なのはが使い魔について知りたがってるってシェイドが言ってた。だけどシェイドは、なのはに使い魔については
何も教えるなって私たちに言ったんだ」
「・・・・・・・・・」
なのはは何も答えない。
しかし先ほどとは違い、会話に持ち込むチャンスが生まれたとフェイトは解した。
「なのはは剣の習得に集中しなければならない。そのためには興味本位で使い魔を知ろうとするのは危険だ。
シェイドがそう言ったんだ」
「・・・・・・・・・」
「リンディ提督がなのはに言った事も、きっとシェイドが企んだことなんだ。だから――」
なのはの剣からわずかに憎悪が消えた気がした。
フェイトの言葉に、なのはの心が揺らいでいるのか。
しかしそう思ったのも数秒のこと、なのはは再び恐ろしい剣技で迫ってくる。
「シェイド君が言ってた。管理局は私を騙すためなら、どんなウソもつくって・・・・・・」
「なのは・・・・・・?」
「私が何も知らないから・・・・・・管理局は私を利用してるんだって」
「違う! 冷静に考えて! シェイドの言う事は矛盾だらけだよ!」
だがなのはは聞く耳を持たない。
説得すればするほど、なのはは管理局への不信感とシェイドへの信頼を強めていく。
「・・・・・・少し強引だけど・・・・・・」
フェイトがバルディッシュに囁きかけた。
『”Yes sir”』
バルディッシュがフェイトの想いを受けて、淡く輝いた。
金色の光刃がさらに強く輝く。

「ハッハッハッハーーッ!! 滅べぇぇッ! 管理局ゥぅぅぅッ!!」
シェイドが空高く飛び、左手を天を衝く勢いで掲げた。
するとホールの天井いっぱいに紫色の光球が瞬いた。
まるでプラネタリウムのように燦然と輝く1024個もの星。
それら全てがムドラの憎悪となって、リンディめがけて突進する。
「・・・・・・ッ!!」
満天の星空を見上げ、リンディは戦慄した。
「魔導師よ、潰えろ」
シェイドがリンディを指差すと、光球が一斉にリンディに押し寄せた。
緑色の光刃を盾に、リンディは少しずつ後退していく。
紫色の光球は、光刃に当たると吸い込まれるようにして消えていく。
軌道をそれた光球は床に壁に激突し、小さな瑕疵を作る。
ホールにも結界が張られてはいるが、プラーナが相手ではそれも意味を成さない。
光球がぶつかる度に、憎悪を帯びた衝撃がリンディを襲う。
全ての光球がはじき出された時、シェイドはリンディの目の前にいた。
リンディにとって幸いだったのは、この間シェイドが動けなかったことだ。
「この技、結構力を使うんでね・・・・・・」
額に汗を浮かべながら、しかしシェイドは笑っていた。
さっきまでは般若の形相で管理局に悪態を突いていたというのに。
この狂気のムドラに、リンディは戦慄しながらも、自分の成すべきことを思い出した。
「僕の一番の失敗は、あんたたちにエダールセイバーの技術を提供したことだよ」
シェイドはリンディから目を離さないようにして言った。
「私の一番の失敗は、あなたを信用しすぎてたことよ」
リンディが光刃をシェイドに向けた。
「僕の演技が巧かったのか、それともあんたに人を見抜く力が無かったのか。まぁ両方だと思うけどね」
シェイドの攻撃はとてつもなく素早い。
ユナイトの駐屯地で、一瞬でクロノの背後に回ったように、体捌きも剣捌きも常人をはるかに凌駕している。
おそらく魔導師や魔法に対する強い憎悪がそうさせているのだろう。
しかしそんなシェイドも、リンディ相手では油断はできない。
彼女にもまた、譲れない想いがあるのだ。
「管理局など滅びて然るべきだ・・・・・・」
シェイドが左手を前に出した。
電撃が来ると睨んだリンディは、とっさにエダールセイバーを構えなおす。
しかし予期していた衝撃は目に見えない形で現れた。
リンディの体が宙に浮き、そのまま背後の壁に叩きつけられる。
抗うことのできない見えぬ力に、リンディの背中に激痛が走った。
「・・・・・・ッッ!!」
小さくうめき声をあげるリンディ。
シェイドは容赦なく追い討ちをかけようとする。
五指が瞬いたかと思うと、次の瞬間には紫色の電撃が蛇行しながらリンディめがけて走る。
痛みのせいか、リンディは防御の姿勢がとれない。
シェイドは勝利に酔いしれた。
陋劣な管理局の艦、アースラの艦長を葬ることができた快感に溺れた。
「なっ・・・・・・!?」
そのシェイドの表情が驚愕に変わる。
彼の最も得意とする技、プラーナ・ライトニングがリンディに届くか届かないかの距離で。
横から入ってきた何者かが、青色の光刃を盾に防いでいる。
「クロノ・・・・・・!」
リンディに放たれた電撃を、S2Uの青い光刃が吸い込んでいく。
「なるほどね・・・・・・やはりあの程度では死なないってことか・・・・・・」
なのはによって真っ二つに斬られたハズのデバイスを見て、シェイドが舌打ちした。
「シェイド、お前の野望もここまでだ!」
双刃のS2Uを構えて、クロノが叫んだ。
「それはさっきも聞いたよ。そしてさっきも言ったが――」
2対1というやや不利な状況に立たされたにもかかわらず、シェイドはまだ笑っている。
「誰にも止められやしない・・・・・・」
言うが早いか、シェイドが風よりも速く駆け抜ける。
クロノはほとんど目ではなく、勘を頼りにシェイドの攻撃を受け流す。
だがシェイドの狙いはクロノではない。
おそらく生かしておけば強敵になるであろう、リンディに彼の視線は向けられていた。
「お前の相手はこっちだ!」
クロノが力任せにS2Uを振るう。
彼の背後でリンディがゆっくりと立ち上がり、エダールセイバーを構えなおした。
「親子そろって黄泉の国へ旅立て」
不気味なほど低い声でシェイドが言った。
リンディが素早く彼の背後に回りこむ。
「ムダだ。あんたたちに僕は止められない!」
前後から迫る光刃を、シェイドは流れるような動きでせき止めた。
まるで背中にも目がついているかのように、リンディの攻撃を正確に捌いていく。
「あなたの野望は・・・・・・何としても止めてみせる」
リンディが言ったが、シェイドは体を震わせて笑った。
「何度言ったら分かるんだ? 僕を止める? あんたたちが?」
笑いながらも、シェイドは2人の攻撃を的確に捌く。
「魔導師は絶え、ムドラの民が世界を支配する。これこそが摂理だ」
シェイドはプラーナでリンディを吹き飛ばすと、クロノに向き直った。
「僕は君が大嫌いなんだ。管理局という忌まわしき世界でぬくぬくと育っている君がね」
そう言うシェイドの瞳は針よりも鋭く、瞳に映るもの全てを貫かんばかりだった。
シェイドが左手を向けると、クロノの体が浮き上がる。
「くっ・・・・・・!!」
苦痛にクロノの顔がゆがむ。
シェイドの強大なプラーナが、クロノの四肢の自由だけでなく呼吸まで奪っているのだ。
「くたばれッ! クロノッ!」
恐ろしい形相でクロノを睨みつけ、彼のプラーナが解き放たれた。
クロノの体は自分の意思とは無関係に遥か後方の壁に吹き飛ばされる。
シェイドの五指から電撃が放たれた。
吹き飛ばされるクロノのすぐ後を紫色の閃電が追う。
「うああああぁぁッッッ!」
これまでに2度味わった苦痛。
まだプラーナを熟知していないクロノにとって、プラーナ・ライトニングの直撃は耐え切れるものではなかった。
気を失いかけたクロノを、誰かが抱きとめた。
「おっと・・・・・・! 倒れるのはまだ早いよ」
アルフだった。
あちこちに擦り傷を作っているが、まだまだ戦える体ではあるようだ。
「アルフ!」
「僕もいるんだけど」
アルフの後ろからひょっこり顔を出したのはユーノだった。
「ユーノ、クロノは頼んだよ!」
アルフがそう言って、猛スピードでシェイドとリンディの間に割って入った。
「シェイド、覚悟はできてるだろうね」
アルフが挑戦的な視線をシェイドに向ける。
「何の覚悟かな?」
あくまで白を切るシェイド。そんな彼の態度がアルフの怒りに火をつけた。
「アンタの正体を見抜けなかった自分が情けないよ」
シェイドはちらっとクロノの方を見た。
プラーナ・ライトニングの直撃を受けたクロノは、物理的なダメージも大きい。
それをユーノが魔法で治癒している。
今、プラーナを使うシェイドとまともに戦えるのは、エダールセイバーを持つリンディとクロノだけだ。
彼としては早々とアルフを片付け、まずはリンディを、そして傷の癒えていないクロノを始末したかった。
「数を恃みに言っているんだろうけど、僕には勝てないよ。・・・・・・絶対にね」
言いながらシェイドは、周囲に気を配った。
おかしい・・・・・・。
アルフはいるのに、なぜフェイトの姿がない?
どこかに潜んでいるのか?
アルフたちが自分をひきつけ、その隙に背後から迫ってくるのか?
そんな不安が彼に隙を作ってしまった。
地を這うように緑色の鎖が伸び、シェイドの両足を繋ぎとめたのだ。
「なっ・・・・・・!?」
我に返ったシェイドは慌てて鎖の発生源をたどった。
ユーノだ。治癒魔法を展開していたハズのユーノがバインドをしかけて来ている。
「アルフ、いまだ!!」
シェイドはこの未熟な魔導師のバインドを解こうとした。
だがそれは大きな誤りだった。
緑色に輝く鎖が解けた瞬間、アルフが眼前に迫っていたのだ。
「・・・・・・!!」
突然のことに、エダールセイバーを構える暇もなく立ち尽くすシェイド。
真っ直ぐに伸びたアルフの拳が、シェイドの右頬に炸裂する。
「ごはッ!!」
凄まじい衝撃にシェイドの体は吹き飛ばされた。
弾みでエダールセイバーが彼の手から滑り落ちる。
「ぐぐっ・・・・・・」
後方に転がったエダールセイバーを引き寄せようと、シェイドが手を伸ばした時、
アルフの二撃目がすぐそこまで迫っていた。
宙を滑るように金属製のグリップがシェイドの右手に収まった。
「喰らえッッ!!」
アルフが飛び上がった。
中空で体を反転させて、遠心力を最大限に加えた空中回し蹴りを放つ。
「うおわッッ!!」
モーションの大きいアルフの攻撃を避けようとしたシェイドはバランスを崩してしまう。
辛うじて躱したものの、グリップはまたしても彼の手から離れた。
「アルフ・・・・・・お前っ!」
拳を握りしめ、シェイドが躍りかかった。
アルフもまた、得意の格闘戦に持ち込もうと距離をつめる。
先に攻撃をしかけたのはアルフだった。
目にも止まらぬ素早いパンチ。
スピード、威力とも申し分のない攻撃をシェイドは左手で払いのける。
直後、シェイドの右手が伸びた。
攻撃してきた相手の手と、ガードした自分の手で隙を作り、拳を叩き込む。
シェイドらしい計画性のある攻撃だった。
しかし格闘でアルフに敵う者などいない。
シェイドの拳はアルフがしっかりと受け止めていた。
「驚いたね。格闘技も習ってたのかい?」
アルフが不敵な笑みを浮かべて問う。
「いいや、こっちはシロウトさ」
押されているのにシェイドにはまだ余裕があるようだった。
「だけどプラーナを使えば、君の動きなど手に取るように分かる」
「へえ・・・・・・それじゃこれはどうだい!」
アルフが懐に飛び込んだ。
「うぐっ・・・・・・!」
渾身の力を込めて腹部に拳を叩き込み、間髪を入れず襟首を掴んで投げ飛ばす。
小柄なシェイドは数メートル投げ飛ばされ、背中から落ちた。
「つつ・・・・・・」
背中を強打し、一瞬呼吸が止まる。
シェイドがエダールセイバーを手にしてしまえば、アルフに勝機はない。
一気に勝負をつけようと、アルフが駆けた。
よろよろと立ち上がったシェイドが左手を突き出した。
「しまったッ・・・・・・!」
気づいた時にはもはや手遅れだった。
猛烈な勢いで迫る紫電に、アルフの体は一切の抵抗かなわず吹き飛ばされる。
形勢は逆転した。
自分を地につけた狼素体の使い魔を凝視すると、シェイドが再び左手を突き出す。
「・・・・・・!?」
しかしその五指から紫電が放たれることはなかった。
またしても彼の四肢を、あの緑色の鎖が縛ったからだ。
そして眼前には全快したクロノが、アルフをかばうようにS2Uを構えて立っていた。
「何度やっても同じだっていうのに」
シェイドは四肢に力を込めると、緑色の鎖が音を立てて破砕した。
クロノが青色の光刃を瞬かせ迫っている。
だが間合いが広すぎた。
シェイドは素早く床に転がっていたグリップを引き寄せると、すぐさま紫色の光刃でクロノの侵攻を食い止める。
「お前だけは・・・・・・絶対に許さないッ!」
珍しく感情をむき出しにして、クロノが吼える。
シェイドはバックジャンプで観客席に飛び移った。
そして左手をユーノに向ける。
電撃が来ると思い込んだユーノは、ムダだと分かっていながらバリアを張ろうとする。
しかしそれより早く、ユーノの体が宙に浮いた。
「・・・・・・ッ!!」
この技は何度も見ている。
ユーノは背後の壁との距離を冷静に測った。
「まずは君からだ・・・・・・」
見るもの全てを凍てつかせるような、冷たい瞳がユーノを刺す。
シェイドが指を曲げると、ユーノの体はなんとシェイドに向かって引き寄せられた。
無防備な状態のユーノを見て、シェイドは一瞬だけ笑った。
そして右手に持ったエダールセイバーを突き出す。
「あ・・・・・・・・・?」
一瞬、何が起こったのかユーノには分からなかった。
ただ直後に来る激痛だけが、彼の意識を現実から深い眠りへと誘った。
紫色の光刃は、ユーノの腹部を貫いていた。
ユーノの背から伸びた光刃の先端が、シェイドの残忍さを物語っていた。
「ユーノッッ!!」
シェイドが剣を引き抜くと、ユーノはその場に力なく崩れ落ちた。
「貴様ぁッ!」
怒りに震えたクロノとアルフが、これまで以上の速度でシェイドに迫る。
しかしそんな2人すら、シェイドには些細な抵抗でしかない。
S2Uの一撃を受け、アルフの拳を受け止めながら、シェイドの注意はリンディに向けられていた。
エダールセイバーを手に、大きく跳躍したリンディは今にもシェイドに斬りかからんとしている。
シェイドは2人を力で押し戻すと、リンディの剣を真正面から受けた。
彼が思ったとおり、リンディの攻撃は油断できない。
剣技に必要な全ての知識と技術を会得している。
といって、彼女がシェイドにとって脅威であるというわけではない。
真に剣技を昇華させているのはシェイドの方だ。
リンディは彼がこれまでに出会った人間の中で最も強いというだけである。
「リンディ艦長・・・・・・なぜそこまで必死になる?」
シェイドは左右から来るアルフとクロノの波状攻撃を巧みに躱しながら訊いた。
「あんたの愛する息子は生きていた。僕を憎む理由はないハズだが?」
「いいえ、あるわ!」
「なのはさんの事かな?」
リンディの両手に力が込められる。
「なのはさんはあんたの所有物じゃない。彼女に何を語ろうと僕の勝手だ」
「違うわ! 真実を曲げ、偽りを語るあなたになのはさんはついて行こうとしてる。私にはそれを止める義務がある!」
リンディの猛攻が、わずかではあるがシェイドを後退させた。
「心を歪められたなのはさんは不幸になるだけよ」
「それはなのはさんが決めることだ」
「これ以上、あなたの好きにはさせないわ」
言葉を交わすたび、シェイドの魔導師に対する憎悪は強くなっていく。
燃え上がるような強い憎悪が、競り合った光刃を通してリンディに伝わっていく。
「お前たちのお陰で、ムドラの民がどれほど虐げられてきたか・・・・・・今度はお前たちが滅びの道をたどる番だ!」
シェイドがエダールセイバーを振りかぶったその時、不意にシェイドの動きが止まった。
そして振り上げたエダールセイバーをゆっくりと下ろすと、リンディを睨みつけた。
「楽しみは後に取っておけ、ということか・・・・・・」
「何ですって・・・・・・?」
リンディの問いかけには答えず、代わりにシェイドは左手を軽くゆすった。
その奇妙な行動にアルフモクロノも警戒し、攻め込むことができない。
3人を始末できないことを残念がるように、シェイドは大きくため息をついた。
その時、四方から無数のZ−PHERが飛来した。
プログラムを書き換えられたZ−PHERは、今やリンディたちの障害だ。
シェイドは複雑な表情を浮かべると、ホールから姿を消した。
「しまった!逃げられる!」
慌てて追おうとしたアルフを、クロノが引き止めた。
「ダメだ、追うな!」
そうしている内に、無数のZ−PHERが4人を取り囲んだ。
「数が多すぎるわ!」
3人はユーノを護るように、円陣を組んだ。
バリアを張り、レーザー砲がユーノに届かないように出力を調整する。
「くそ、仕方ないか・・・・・・」
みすみすシェイドを逃がしてしまったことを悔やみつつも、アルフは目の前の雑兵を片付けることに集中した。

 攻守に優れたフェイトの剣に、なのははやや押され気味だった。
怒りに任せて振るうなのはの攻撃を、フェイトは完全に見切っていた。
なのはの剣技に乱れが生じている。
心の迷いによるものか。
強い憎悪に満ちた一撃は鋭くはあっても、その動きは読みやすい。
フェイトはなのはの感情から次の一撃を予測し、巧みに捌いている。
「シェイドの言う事を信じないで! このままじゃ、なのはは不幸になるだけだ!」
「私は家族や友だちを守りたいだけなの! そのためには管理局を・・・・・・!」
「違うっ! なのはは自分で考えて行動してない! なのはは・・・・・・」
金色の光刃が桜色の光刃を押し退ける。
「シェイドに操られてるだけなんだ!」
フェイトが空高く飛翔した。
なのはの頭上を飛び越え、背後に回りこむ。
「管理局のウソはもう聞き飽きたよ、フェイトちゃん」
振り返ったなのはは、フェイトを激しい憎悪に満ちた瞳で凝視した。
「この分からずやッ!」
フェイトは全身全霊の力を込めて、なのはにぶつかった。
これまで躊躇していて、出せなかった本気を。
持てる全ての力を解放して、フェイトはバルディッシュを振りかぶった。
閃電のように速く、天雷のように鋭い一撃を叩き込む。
「くっ・・・・・・!!」
その速く重い一撃に、レイジングハートを持つなのはの手が痺れる。
かろうじて防いではいるが、わずかでも気を抜けばフェイトの気迫に呑み込まれそうだった。
フェイトの狂瀾怒涛の連撃はなおも止まらない。
フェイトとシェイドは似ていた。
光剣での戦闘スタイルも、同じ電撃属性の技を使う点も。
そして、何かに対する揺るぎない信念も。
その対象は違っても、想いの強さは同じだ。
シェイドがそれほどまでに管理局を憎んでいる理由を、フェイトは考えてみた。
かつて栄えていたというムドラの民・・・・・・。
それを侵食した魔導師・・・・・・。
そして彼がムドラの末裔であること・・・・・・。
「・・・・・・・・・」
シェイドが管理局を憎むのは当然かもしれない。
ムドラと魔導師との間にどんな理由があって争いが始まったのかは分からない。
だが争いが起こる以上、そこには勝者と敗者がたしかに存在する。
敗者となった者は・・・・・・シェイドはどんな想いで今日までを生きてきたのだろうか。
そんな昔のこと、今に持ち出すのは間違ってる。
フェイトの心のどこかで、そう結論づける自分がいた。
しかし本当にそうだろうか。
遠い先祖の敗北は、シェイドにとって永遠の敗北だ。
データベースにあったように、ムドラが滅びたというのなら。
いや、滅びたと思われるくらいにその末裔がわずかにしか残っていないのなら。
残された彼らは、復讐という二文字に取り憑かれてしまうのだろう。
「だけど・・・・・・」
フェイトはキッとなのはを見た。
「なのはを巻き込むのは許せないッッ!」
金色の光刃が一閃し、なのはの右腕を斬った。
斬りつけた部分から無数の火花が散る。
「あっ・・・・・・・・・・・・?」
全身を駆け巡る痺れに、レイジングハートが滑り落ちる。
そして程なくして、なのはが力なく崩れ落ちた。
激闘の末の敗者を見下ろすフェイトは、勝利の栄光に溺れることも勝利の余韻に浸ることもなかった。
気を失い目を閉じているなのはからは、先ほどのような憎悪はまるで感じられない。
同い年の、魔法の才能に溢れる強く優しい少女。
その右腕には光刃による攻撃特有の傷痕が残っているが、物理的な傷はないハズだ。
なぜならフェイトは、光刃がなのはに触れる瞬間にセーフティモードに切り替えていたのだから。
「なのは・・・・・・」
フェイトがそう言った時、巨大な何かが迫っているのを感じた。
「・・・・・・・・・!」
聞き覚えの無い駆動音。
上空から幾筋かのレーザー砲が降り注いだ。
それが正確に自分だけを狙っていると感じたフェイトは、慌てて飛翔した直撃を回避する。
黒雲の隙間から、アースラよりも大きな艦が姿を現した。
シン・ドローリク。
もちろんフェイトはその名を知らない。
だが名前は知らなくても、その艦が誰のもので何のために現れたのかは分かっていた。
すでに2人のムドラがフェイトの目の前に立っていた。
「ツィラ・・・・・・イエレド・・・・・・」
シン・ドローリクのハッチが開いた。
中から見覚えのある少年が姿を現す。
「シェ、シェイド・・・・・・!?」
ここに居るハズのないシェイドに、フェイトは絶望に近いものを感じた。
シェイドがここに居るということは・・・・・・。
リンディは、アルフは、ユーノは・・・・・・どうなったのか・・・・・・。
驚愕するフェイトをよそに、シェイドが顎でしゃくって地上の2人に指令を出す。
我に返ったフェイトは再びバルディッシュを構える。
正直、勝てるとは思っていなかった。
イエレドとツィラ。
この2人を相手にとても勝ち目などない。
「勘違いしないで。戦いに来たんじゃないんだから」
ツィラが小さな声で言った。
「えっ・・・・・・?」
イエレドが倒れたなのはを抱きかかえ、艦に引き返していった。
「なのはッ!!」
追おうとしたフェイトを、ツィラが止めた。
それ以上動けば、私はあなたを容赦なく斬る。
ツィラの真っ直ぐな瞳はそう言っていた。
「ツィラ・・・・・・」
「ごめん・・・・・・」
「・・・・・・!?」
ツィラからのありえないひと言に、フェイトは惑った。
「ツィラ、何をしてる? 早く艦に戻れ」
吐き捨てるようにシェイドが言った。
「今はまだ・・・・・・でも必ず・・・・・・」
ツィラはそれだけ言うと、踵を返した。
「待って・・・・・・!」
ツィラはフェイトの声には応えない。
艦へと戻りかけたツィラは、足元に転がっているレイジングハートに気づいた。
「そんなもの捨ててしまえ! もう彼女には必要ないッ!!」
何か言いかけたツィラは、シェイドの怒気に気圧されたのかそのまま着艦する。
シェイドはフェイトを見下ろして言った。
「僕はまだ君を諦めたわけじゃない。いずれ君を・・・・・・・・・」
敢えて最後までは言わず、シェイドがいつもの笑みを浮かべると、シン・ドローリクは雲の中に消えた。
フェイトはいつまでも、艦が去った空を見ていた。

 

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