第11話 イエレド散る

(クロノとの激戦の末にイエレドが敗れた。プライドのために彼が自害したとの報告を受けたシェイドは・・・・・・)

「また腕を上げたようだな」
4本の腕をくねらせ、イエレドが迫る。
対するクロノはこの巨躯なムドラの戦士に、怯むことなく果敢に挑む。
ディーモスでジュエルシードが見つかった。
イエレドはこの情報に見事に騙された。
これは管理局が仕組んだワナ。
ムドラの民をおびき寄せるための、稚拙で巧妙なワナだった。
「君たちにはいろいろと聞きたいことがあるからね」
戦闘中にこのような会話を挟む余裕が、今のクロノにはあった。
双刃のS2Uを武器に、イエレドの懐に飛び込む。
この地区で反応するジュエルシードは、じつは管理局が以前に手に入れていた物だった。
早急になのはを救い出し、ムドラの民を捕らえたい管理局にとっては、これがもっとも合理的な方法だった。
すなわちわざとジュエルシードを放ち、ムドラの民をおびき寄せること。
とはいえ、ムドラの民5人を同時に相手にして勝つほどの力はない。
そこで敢えて、1個だけを放出したのだ。
ムドラの民はたった1個に総勢で攻めては来ないだろう。
1人、多くてもせいぜい2人というところだろう。
戦闘力の高いムドラの民でも、各個撃破すれば勝機が見出せる。
かくして管理局はイエレドとの1対1の戦いに持ち込むことができた。
「だがそんな貧弱な武器では、オレを倒すことはできんぞ」
4本の腕から繰り出される素早い技には隙がない。
攻守に優れたこの戦術に、クロノは長期戦を覚悟した。
「倒す・・・・・・。それが僕の務めだ!」
クロノが大きく跳躍し、イエレドの背後に回る。
振り向いたイエレドの腕に、青色の光刃が一閃!
右肩の義手が悲鳴を上げて斬り飛ばされた。
「き、貴様・・・・・・!!」
イエレドは完全に相手を見くびっていた。
光のように素早いクロノの身のこなしは、イエレドの戦闘スタイルをたしかに上回っていた。
しかしイエレドにとって幸いだったのは、斬り落とされたのが義手だったことだ。
怒りに狂った彼は、狂瀾怒涛の連撃を叩き込む。
腕力ではとうてい敵わない。
クロノは距離をとり、イエレドの行動の癖を読もうと試みた。
冷静さを失っている相手には、逆に冷静に対処してやればいい。
いかに剣技に長けた者でも、一度冷静さを欠けば簡単に崩れる。
思ったとおり、イエレドは力に任せた攻撃をしかけてきた。
彼は焦っていたのだ。
とるに足らない小さな敵と侮っていたクロノが、ここまで剣技の腕を磨いていたことに。
そして油断していたとはいえ、義手を斬り飛ばしたその確かな技量に。
戦況はクロノに傾いていた。

 2人の戦いを見守るように、遥か上空にアースラが待機していた。
「リンディ提督。エネルギー充填、完了しました!」
エイミィが後ろにいるリンディに、振り返らずに言った。
「いよいよね・・・・・・」
リンディが艦首に響き渡るような大声で言った。
「これより試射を行います! 展開中、どのようなトラブルが起こるかは分かりません。各自、準備を!」
「了解!」
「了解!」
クルーたちの頼もしい声が返ってくる。
リンディは制御盤の赤いボタンに手をかけた。
強化障壁陣アドミカル・エリア、展開ッ!!」
アースラの先端から虹色の帯光が降り注ぐ。
それらは地上にぶつかると、大きく跳ねて巨大なドームを作った。

 上空から降り注ぐ虹色の光に、イエレドは小さく舌打ちした。
予想外にもクロノが押し、イエレドは切り立った崖にまで追い詰められていた。
「オレはまんまとお前たちのワナにかかったってわけか・・・・・・」
直後に展開される七色のドームが、2人を包み込む。
イエレドは瞬時に、そのドームが持つ性質を解した。
そしてムダと分かっていながらも、彼はドームの破壊を試みる。
イエレドが手に力を込めると、黄金の光刃がさらに輝きを増した。
彼のありったけのプラーナが光刃の先端に収束される。
刹那、眩い光とともに光刃の先端から光線状となったプラーナが天を貫く。
しかし結果は彼が思ったとおりだった。
虹色のドームはプラーナを真正面から受け止めると、その威力を吸収していく。
管理局が張ったこの結界は、魔法属性のものではない。
改良に改良を重ねた、プラーナへの耐性を持つものであった。
「イエレド、降伏しろ。弁護の機会が君たちにはある!」
「断る! 誇り高きムドラの民は、決してお前たちなどに屈したりはしない!」
「そうか・・・・・・なら・・・・・・!」
「・・・・・・!!」
イエレドの四肢を、光の鎖が絡め取った。
オレンジ色の光を放つ鎖と緑色の光を放つ鎖が、イエレドの自由を完全に奪っている。
その鎖の先を辿ると、そこには当然のごとくアルフとユーノが油断なく2人を見つめていた。
ムドラの民に魔法が通用しない事は百も承知だ。
ほんのわずかに時間を稼げばそれでいい。
「もう一度言う! 降伏しろ!」
クロノが迫った。
次の瞬間には中空に無数のゲートが開き、そこから現れた武装局員がイエレドを取り囲む。
その手には白刃のストレージ・デバイスがしっかりと握られていた。
「・・・・・・・・・」
イエレドは覚悟を決めた。
この数を相手に彼に勝ち目はなかった。
おそらくシェイドなら、鎖を断ち切り一瞬で眼前のクロノを斬り捨て、返す刃で周囲の武装局員を一掃。
その展開に狼狽しているアルフとユーノをプラーナ・ライトニングで葬る。これくらいのことは造作もないだろう。
「シェイド様・・・・・・申し訳ありません・・・・・・」
イエレドは眼前のクロノにも聞こえないようにつぶやいた。
「イエレド!? 何をする気だ!?」
クロノが叫んだ。
「お前たちに捕らえられ、無様に生き恥を晒すくらいなら、オレは迷わず死を選ぶ! それがムドラの民だッ!」
叫ぶと同時にイエレドは自分の腕を拘束する鎖を無理やり引きちぎると、黄金に輝く光刃を胸にあてがった。
「よせっ! やめろッ!!」
クロノが制止するが、もう遅い。
「ムドラの民よ・・・・・・・・・永遠なれッ!!」
そしてそのまま、光刃を一気に胸につきたてた。
イエレドは最期にクロノに向かって何かを言いかけ、断崖の底へと身を落とした。
「な、なんてことだ・・・・・・」
クロノはがっくりと肩を落とした。
それを見ていたアルフたちもまた、やりきれない想いでいっぱいだった。

「まさかイエレドがあんな行動にでるとは思いませんでした・・・・・・」
アースラに回収されたクロノたちはイエレドの訃報を告げた。
といってもその時の様子はモニタリングしており、クルーのほとんどはその事実を知っている。
「僕たちは判断を誤ったのでしょうか?」
今回の作戦に参加していたユーノがリンディに訊ねた。
分からない、というふうにリンディが首を横に振った。
ムドラの民を倒すというのが管理局全艦に共通した使命だ。
しかしこれまでの実績からアースラにはこれとは別の指令が与えられている。
それは”ムドラの民を捕らえる”こと。
裁判にかけ、真実を明らかにするためだ。
たとえイエレドを倒したとしても、彼が自害してしまっては事実上、作戦は失敗だ。
「彼らは本気よ。イエレドのあの行動を見る限りはね」
リンディはそれだけ言うのが精一杯だった。
敵の戦力を削げたことに関しては素直に喜ぶべきだ。
しかし降伏を拒絶し、ムドラの民のために自害した彼を見てリンディは複雑な思いだった。
彼らはただ、魔導師への復讐とムドラ帝国の復活しか考えていないのだろうか?
話し合いの余地はないのだろうか?
様々な考えがリンディを取り囲み、しかし何一つ納得できる答えは出てこない。
「フェイトは?」
クロノがユーノに訊いた。
「トレーニングルームにいる。もう朝からずっとだ」
「そうか・・・・・・」
フェイトの剣技の腕は誰もが認めるところだ。
できることなら自分が練習相手になってあげたい。
しかし今となっては2人の実力には如何ともしがたい差がある。
クロノなどが模擬戦の相手となっては、かえってフェイトの練習の妨げになりかねない。
「ちょっと様子を見てくるよ」
ここにいても建設的な意見は出そうに無い。
クロノはリンディに一礼すると、艦首を去った。





「フェイト」
トレーニングルームの扉を開けるなり、クロノが呼びかけた。
「クロノ?」
トレーニング中に誰かが入ってくるのは珍しい。
フェイトは光刃を収めた。
「ユーノに聞いたぞ。そろそろ休んだ方がいい」
「うん、分かってる。でも・・・・・・」
クロノはやれやれとため息をついた。
「君となのはは似てるな」
「・・・・・・? どういうこと?」
「一本気なところさ」
「・・・・・・?」
「大方、責任を感じてるんだろ? なのはを救えなかったのは自分のせいだって」
「う、それは・・・・・・」
クロノはお見通しだった。
もしかしたら彼は、フェイト以上に鋭いのかもしれない。
そういえばシェイドを最初に疑い、その正体を暴いたのも彼だった。
「今からそんな無茶をしてどうする? いざという時に動けなくなるぞ」
「うん、ありがとう。でも大丈夫だよ。自分のことは自分が一番よく分かってるし」
「そうは思えないよ・・・・・・」
だがクロノは険しい表情をフェイトに向けた。
「今の君はかなり無茶をしてる。もっとも、君の気持ちもよく分かるけど・・・・・・」
クロノは立場上、自分の感情をあまり表に出す事ができない。
なのはやフェイトのように、自分の考えをしっかり持ち、信念をもって行動できることが羨ましくもあった。
「私はなのはを助けたい。そのためには、もっと強くならなきゃダメなんだ・・・・・・」
今のままでもフェイトは十分に強い。
しかしシェイドはそれよりももっと強いに違いない。
なのはを救うということは、シェイドと対決するということだ。
シェイドの強さに関してはクロノも痛感していた。
4人がかりでも彼を倒すことはできず、それどころかユーノが重傷を負ってしまった。
それほど強いシェイドを、もしかしたらフェイトはひとりで倒そうとしているのかもしれなかった。
「イエレドが死んだ。僕たちが追い詰め、あいつは自滅を・・・・・・」
「え・・・・・・?」
フェイトには信じられなかった。
あの剛騎士・イエレドがそんな簡単に命を絶つなんて。
「仲間を失ったことで、今後ムドラの民がどんな行動に出るか分からない。その時、君の力が必要なんだ」
クロノの言いたいことは分かる。
「その時に備え、君には万全の体勢で待機していてほしい」
アースラにとって、いや管理局にとってフェイトは最後の切り札ともいえた。
わずか9歳にして溢れんばかりの魔法の才能。
大人をも唸らせる知力。
何ものにも屈せぬ勇気。
そしてムドラの民への唯一の対抗策である、剣技の技量。
どれをとっても、彼女に敵う者はいないだろう。
もしフェイトを失うようなことがあれば・・・・・・。
それは魔導師の滅亡に限りなく近づくことになる。

 うっすらと立ち上る白い湯気。
シェイドは砂糖入りの緑茶を口に含んだ。
管理局や魔導師は忌々しい存在だが、唯一彼が認めているのはこのリンディ特製の緑茶だった。
お気に入りらしく、一日に2回は淹れている。
そんなささやかなティータイムを赤髪の少女がぶち壊した。
「シェイド様ッ!」
走ってきたのか、ツィラは肩で息をしている。
「騒々しいな。あ、そうだ。お前も飲むか?」
シェイドは眠そうな眼で言ったが、ツィラは誘いに構わずに言った。
「イエレドが・・・・・・イエレドが・・・・・・!」
「・・・・・・イエレドがどうした?」
瞬間、シェイドの顔つきが変わった。
射すくめるような視線をツィラに送る。
「イエレドが・・・・・・死にました・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
シェイドはわけが分からず、目を大きく見開いた。
そして数秒後、彼女の言葉を反芻する。
「まさか・・・・・・」
シェイドはあやうく湯飲みを落としそうになる。
その様子をやや離れたところで心配そうにみつめるなのは。
「何かの間違いじゃないのか?」
その場に居合わせたレメクとミルカが同時に訊いた。
「間違いだったらいいんだけど・・・・・・」
「信じられない・・・・・・」
ミルカががっくりと肩を落とした。
イエレドは文字通りの剣豪だ。
エダールセイバーの腕では、メタリオンでトップかも知れない。
そのイエレドがたった1個のジュエルシードのために敗れた。
「管理局にやられたのか?」
そう訊ねるシェイドからは一片の感情も窺えなかった。
ただ機械的に口だけを動かして声を発しているような。
「イエレドは連中に捕らえられそうになりましたが、生き恥を晒すくらいならと自害を・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
ツィラの言葉に、シェイドは何の反応も示さなかった。
何かに耐えるように、ただ俯いて肩を震わせているだけだった。
だからその場にいる誰もが、彼の突然の行動を予測できなかった。
シェイドはおもむろにエダールセイバーを起動すると、一足飛びになのはの正面に着地した。
「・・・・・・ッ!?」
そして何のためらいもなく光刃を振り上げる。
「シェイド様ッ!」
レメク、ミルカが同時に制止に入るが間に合わない。
その時、2本の赤い光刃がシェイドの一撃をしっかりと食い止めていた。
そのわずか数センチ下には、なのはが呆然と立ち尽くしていた。
「お止め下さい! シェイド様!」
ツィラが叫んだ。彼女がほんの数瞬でも動くのが遅れていたら、きっとなのははこの世を去っていただろう。
「奴らのことだ! きっと卑怯な手を使ったに違いないッ!」
「お気持ちは分かります! しかし・・・・・・」
「なぜだッ!? 奴らにも同じ苦しみを与えてやらねば気が済まないッッ!!」
そこを退け、と言わんばかりにシェイドがツィラを睥睨した。
だがその視線の先には、いまだ状況を把握できないなのはが佇立していた。
「感情に任せた行動はいけません! 彼女は人質として利用することもできます!」
「それに同じ苦しみを与えるのであれば、連中の眼前での方が効果的です」
ツィラの諫言に、レメクも助け舟を出した。
「・・・・・・・・・」
シェイドの腕が小刻みに震える。
やがて諫言を聞き入れたシェイドが、光刃を収めた。
「そうだった・・・・・・僕としたことがつい感情的になってしまったよ・・・・・・」
グリップを懐にしまうと、シェイドはなのはを見た。
「これで2度目だな・・・・・・」
そしてなのはの頭を撫でる。
なのはは怯えた子犬のような目をしていた。
「ごめんね、なのはさん。ビックリしただろう・・・・・・」
その声はあまりに低く、今のなのはには悪魔のささやきに聞こえた。
「借りは返さなければならない・・・・・・。君の出番だ」
シェイドはミルカに目配せした。
その視線にどういう意味が込められているのか、ミルカにはすぐに分かった。
こくんと小さくミルカが頷く。
「なのはさん。君は強い。ミルカの指導の下、エダール剣技を習得したんだからね」
シェイドは腰を少し折り、目線をなのはに合わせた。
「もはや管理局の誰もが君を倒すことはできないだろう」
シェイドはこの言葉を、2つの意味を込めてなのはに刷り込んだ。
エダール剣技を習得し、管理局の誰よりも強くなったという意味と。
元魔導師のなのはを、味方である管理局が倒せるハズがないという意味。
「今こそ君の力を振るう時だ。忌まわしき管理局を屠り、この世界に安寧秩序と恒久平和を取り戻すんだ」
シェイドの口から発せられる言葉のひとつひとつが、なのはの脳に直接届く。
「管理局を倒せば、君は自分の世界でこれまでどおり平和な日常を送ることができる」
もういい加減聞き飽きたセリフでも、この場においては効果的だ。
「これから奴らに攻撃をしかける。君も是非参戦してくれ」
断るハズがないことは分かっていた。
シェイドの言う事は全て正しいと思い込んでいるし、イエレドが倒れたことも後押ししている。
「うん・・・・・・」
直前のシェイドの行動にやや怯えを残しつつも、なのはは大きく頷いた。
その応えにシェイドは満足げな笑みを浮かべた。
しかし彼を取り巻く3人のメタリオンは、何かうしろめたいものがあるのかシェイドを見ようとはしなかった。

「ワナかも知れないぞ」
クロノが強い口調で言ったが、フェイトは折れなかった。
「シェイドのことだからきっとワナだとは思う。だけど、なのはを助ける最後のチャンスかも知れないから」
エイミィがミッドチルダ南部の大草原に、なのはが現れたことを確認したのは今から10分ほど前だった。
この緊迫した事態で、エイミィもリンディもモニターからはほとんど眼を離してはいない。
おかげでムドラの民の動きはいち早く掴めるようになっている。
「周囲にムドラの艦船の反応が無い。なのはちゃんを囮にしてるんじゃない?」
エイミィがキーを素早く叩き、周囲のエネルギー反応を索敵する。
「どうしても1人で行く気だな?」
クロノが尋ね、フェイトは大きく頷いた。
「フェイト、無茶だよ。危険すぎる!」
アルフにしてみれば、これは無謀なミッションだ。
シェイドの狡猾さは誰もが知るところだし、その強さも身をもって思い知らされた。
アースラクルーの中で、シェイドと戦っていないのはフェイトだけだ。
我が主は、きっとシェイドの強さを知らないからそんな事を言っているのだとアルフは思った。
これはワナであると誰もが分かっていた。
イエレドに対してしたように、今度はムドラの民が管理局をおびき寄せようとしているのだと。
だが彼らがどんな巧妙なワナを巡らせようと。
どんな残忍な手段に出ようとも。
フェイトの意志は曲げられなかった。
「今度こそ・・・・・・今度こそなのはを助け出してみせるから」
不思議なことにフェイトにそう言われると、誰も何も言えなくなる。
任務を完遂できるだけの力が彼女にはある。
「向こうからの挑戦、という意味もあるかもしれないわね」
リンディが冷静に分析する。
強化障壁陣アドミカル・エリアの準備はできてるわ。それに武装局員も待機してる。あらゆる危険を考えないと・・・・・・」
「ムドラの民がどこから現れるか分からない。領域は私たちがしっかりチェックしてるから」
エイミィの言葉が心強い。
「たとえどんな事があろうと、私はなのはを助けます」
「フェイト・・・・・・」
もう何を言っても彼女は聞かないだろう。
そう判断したクロノが珍しく優しい口調で言った。
「分かった。だけど無茶だけはするな。危険だと思ったらすぐに帰艦するんだ」
「うん。ありがとう、クロノ」
フェイトは右手にバルディッシュを、左手にレイジングハートをしっかりと握りしめた。
(あなたのマスターは私が助け出してみせるから)
赤色の宝石にそう告げると、フェイトはかつてない真剣なまなざしで艦首を出た。

 なのはは1人、草原を撫でる風に身をまかせていた。
彼女がここにいるのは彼女の意思ではない。
シェイドの命じたままにいるだけなのだ。
だが目的や考えは合致していた。
”ここに現れる管理局の人間を倒すこと”
彼女はただ平穏な生活を送りたいだけだった。
魔法に触れたのは奇妙なキッカケからだったが、ジュエルシードなるものが存在し、
それが人々や町に危害を及ぼすものであると分かると、彼女は魔法を受け入れた。
それは主に正義感によるものだったが、結局は平穏な生活を求めているのと大差はない。
他人が傷つかないのであれば、魔法を持っていてもよかった。
しかし騒動の中で出会った管理局は、そんななのはの考えとは正反対の組織だった。
魔法を使い、世界を蹂躙し、支配していく。
なのははシェイドにそう教え込まれた。
かけがえのない家族や大切な友だちを護るためには、管理局を滅ぼさねばならない。
そう言われれば、なのはは迷いなく魔法を捨ててムドラの民と同じ行き方をする。
なのはの左手には、シェイドから渡された金属製のグリップが握られている。
レイジングハートと違い、意思など持たぬそれは、握りしめたところで金属特有の冷たさしか伝わってこない。
しかしなのははそれで良かった。
忌まわしき管理局を打ち倒し、愛する者を護られるのであれば。
数分の後、なのはの前にひとりの少女が降り立った。
金髪のツインテールを揺らし、漆黒のマントに身を包んだ少女。
かつて何度も戦い、そして何度も助け合ってきた少女が。
敵であり、友となった少女は、今はまた憎むべき敵となった。
昔と違うのは、なのはに明らかに好戦的な意志があること。
分かり合おう、歩み寄ろうなどという甘ったるい感情はそこにはない。
金髪の少女が管理局の人間である以上、それは倒さねばならぬ怨敵でしかないのだ。
「私と戦うの?」
フェイトが訊いた。
なのはに少しでも善の心が戻っていれば、この問いかけに何らかの反応を示すハズだ。
なのははハッキリと頷いた。
すでに桜色の光刃を起動させている時点で、彼女に戦う意志があることは明白だった。
ひとりでここにいろとシェイドに言われた時、なのはは自分の力が信用されているのだと思った。
訓練にひたむきに取り組み、剣技の多くを習得したからだと思っていた。
シェイドと過ごした日々が、なのはの人格をわずかに変えてしまっている。
争いを好まない彼女がいま戦いたがっている。倒したがっている。
なのはの考え方は、なのはが気付かぬうちにシェイドの考え方にすり替えられていた。
一縷の望みも消え、フェイトは仕方なくバルディッシュを起動する。
風を斬る音とともに、金色の光刃が伸びる。
「・・・・・・シェイドはいないんだね」
「・・・・・・」
フェイトは視線だけで周囲を探った。
なのはだけがここにいるのは不自然だが、フェイトには好都合だ。
「フェイトちゃんを倒すくらい、私ひとりで十分だよ」
そうは言っていても、シェイドのように笑みを浮かべたりする余裕はない。
相手はあのフェイトだ。
前回敗れた屈辱を晴らすため、なのはが躍りかかった。
まるで加速魔法を使ったかのようなスピードだったが、フェイトはそれを完全に見切っている。
なのはは常に正面にフェイトを捉えるように動くクセがある。
シェイドの元で訓練を積んだとはいえ、やはり近接戦には慣れていない。
手強くはあったが、フェイトはなのはを倒す自信があった。
桜色の光刃が瞬き、フェイトを容赦なく襲う。
フェイトはそれを紙一重で躱しながら、自在に且つ正確になのはへ一撃を叩き込む。
「くっ・・・・・・」
剣を受けるたび、グリップを握る手が痺れる。
フェイトの攻撃は素早く、そして重い。
そのくせ剣の軌道は全くブレず、そのために威力は倍加される。
この攻守に優れたスタイルに、なのははフェイトの背後に回ろうと試みる。
どんな強者であっても背後からの攻撃には弱い。
なのはの戦術は正しいといえるだろう。
しかしそんな完全に死角を突いた攻撃も、フェイトには通用しなかった。
「なのはは迷ってる! シェイドの言葉がウソだと思い始めてるんじゃないの!?」
「違うッ! ウソをついてるのは管理局の方だよ!」
図星を突かれ、なのはが僅かに狼狽したのをフェイトは見逃さなかった。
彼女の指摘するとおり、なのはには確かに迷いがあった。
シェイドが管理局の言うとおりムドラの民であったこと。
メタリオンを動かしていたのもシェイドだったこと。
迷いはあるが、もはや後には引けない。
なのははズルズルと、シェイドに言われるがままの道を歩んでいた。
そして自分の行いを正当化するため、彼女は管理局こそが悪であると信じ込もうとしている。
それに、だ。
シェイドが実はムドラの民だからといって、管理局が悪ではないということにはならない。
むしろシェイドが正体を偽らなければならなかったのは、管理局が彼の言うように陋悪だからだろう。
「私には分かる。・・・・・・なのはは迷ってるんだ!」
2本の光刃が交錯するたび、なのはの感情が光刃を通してフェイトに流れてくる。
リートランドで戦った時とは違う、なのはの感情が。
痛いほどに伝わってきた。
2人はしばらく縺れた後、数メートル後方にジャンプして距離をとった。
「なのは、よく考えて。シェイドは魔導師を憎んでいるのに、どうしてなのはを味方につけたの?」
フェイトはなのはと戦いながら、意識の半分はどこかに潜んでいるかもしれないシェイドに向いていた。
この何もない草原に、なのはが1人でいるなどありえない。
おそらくどこかから監視しているのではないか。
どちらが勝っても、必ずシェイドの思い通りの展開になるのではないか。
「そんなの簡単だよ、フェイトちゃん。私が魔導師じゃないからだよ」
「魔導師じゃない・・・・・・?」
なのはの答えはフェイトが想像もしなかったことだった。
「本当にそう思ってるの?」
思っているわけがない。
思わされているのだ。
「私は魔導師なんかじゃない。ユーノ君や管理局に勝手に仕立てあげられただけ・・・・・・」
「・・・・・・じゃあなのはが今まで使っていたのは何? 私やアルフと出会ったのは魔法のおかげだよ」
「でもそのお陰で管理局に利用されそうになった・・・・・・シェイド君に出会えて良かったと思ってる」
「・・・・・・・・・」
なのはは・・・・・・。
高町なのはの心はここまで歪められてしまったのか。
「それはなのはの本心じゃない。シェイドの言葉なんだよね?」
フェイトがすがるような視線を向けた。
「どっちでもいい。大切なものを護れるなら――!」
なのはが闘志をむき出しにして構えた。
フェイトもまた自ら編み出したフォームで挑む。
これ以上、なのはに罪を重ねさせるわけにはいかない。
彼女は管理局の艦船を3隻も沈め、数え切れないほどの局員を斬ってきた。
今ここでなのはを救えなければ、ますます多くの人が凶刃に倒れることになる。

 この戦いをモニタリングしていた一同は固唾を呑んで見守っていた。
最も間近で観ているエイミィは、制御盤を叩くのも忘れてこの熾烈な闘争を凝視していた。
リンディやクロノもまた、勝敗はもちろんのことムドラの民の動向を探る意味も含めて対決を見ている。
アルフはただ主の無事の帰還と、なのはの更生を願っていた。
書庫にこもっていたユーノは、アルフから話を聞き飛び出してきた。
変わり果てたなのはを見て、彼の眼にはうっすらと涙が浮かんでいる。
それが雫となって落ちるのに、そう時間はかからなかった。
「力は五分五分といったところか・・・・・・」
S2Uを握りしめ、クロノが呟く。
「何言ってんだい。どう見たってフェイトのほうが優勢じゃないか」
アルフは今にもクロノに掴みかからん勢いで言った。
「そうでなくちゃ・・・・・・困るんだよ」
吐き捨てるようなアルフの言葉を、ユーノは聞き逃さなかった。
なのはの件について、最も責任を感じているのは彼だ。
彼女に魔法と出会うキッカケを作った者として、また彼女のパートナーとして。
なのはの起こした不祥事は、自分のいたらなさ。
その事実からは逃れられないし、否定もできない。
本当なら自分が身を呈してでもしなければならないことを、モニターの向こうでフェイトがしている。
負けることは許されない。

「やああぁーー!」
なのはにしては素早い動きでフェイトの懐に飛び込んだ。
この戦闘スタイルはおそらくシェイド直伝のものだろう。
ユナイトでクロノ相手にシェイドが披露した戦い方を、フェイトはハッキリと覚えていた。
憎悪を力源とするムドラの民の戦い方は、その全てが攻撃に傾倒していると言っていい。
身を守るよりもまず相手を倒すという目的があるため、攻撃力だけならエースをも上回る。
しかしその分、防御はおろそかになりがちだ。
とりわけ、なのはのような未熟な者であれば本人が思っている以上の隙が生まれる。
どこか乱雑になりはじめたなのはの攻撃を躱しながら、フェイトは悲しみを堪えた。
先ほどのなのはの言葉もそうだが、この戦い方もなのはのものではない。
シェイドを真似てか、あるいはシェイドに刷り込まれてか。
彼女の剣捌きは、間違いなく魔導師への憎悪から生み出されたものだ。
フェイトはバックジャンプで距離をとるが、なのはの猛攻はそれを許さない。
大きく振りかぶって斬りつけるなのは。
その軌道を読み取り、確実に捌いていくフェイト。
2本の光刃が再び交差した。
2人は戦闘中、最も近い距離でにらみ合う。
組み合った光刃越しに見るなのはの瞳は、大半の憎しみとわずかな善の心に揺れ。
フェイトの瞳は、そんななのはを包むこむような力強さと慈愛の心に震えていた。
なのはを押し戻すと、フェイトは間髪を入れずに回し蹴りを放った。
「ああ・・・・・・!」
剣での戦いでは常に剣撃が来るものと思い込んでいたなのはは、この攻撃への対抗策を持ちあわせていなかった。
予想していなかった衝撃と痛みに、大きく吹き飛ばされる。
背中をしたたかに打ちつけたものの、見た目ほどのダメージはない。
なのはは素早く身をひねって起き上がると、宙返りを打ってフェイトの背面に回りこむ。
だがフェイトはこの行動すらも見切っていた。
0.5秒前にはなのはがこのように動くことを、彼女の視覚とは異なるヴィジョンとして読み解いている。
奇襲に成功したと思っていたなのはは、後ろ手にガードしたフェイトに狼狽した。
見切っていたとはいえ、この近接戦向けの見事な戦術。
なのはの剣技の腕はクロノを凌いでいるのではないかとフェイトは思った。
まだまだ未熟で学ぶべきところが多いものの、鍛えればかなりの戦士になれるだろう。
シェイドが自分の代わりとして眼をつけた理由も理解できる。
2人は再び組み合った。
間近に感じる2人の吐息が、2人を現実と夢の世界にいざなう。
そしてフェイトは気付いた。
なのはから魔力とは違う、何か別の”パワー”を。
これは・・・・・・プラーナ?
そういえばフェイトは、シェイドに近い場所にいながらまだ一度もプラーナに触れたことはない。
僅かではあるが、彼女から発せられるパワーは少なくとも魔力ではない。
フェイトは思い出した。
プラーナは魔導師への強い憎悪が生み出した力だと。
だとすれば、なのはは心から魔導師を憎んでいるのだろうか?
2人は距離をとり、それぞれ最も得意な構えのまま静止した。
フェイトとなのはは、次で勝負を着けるつもりだ。
一陣の風が、2人を優しく撫でた。

 

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