第12話 狂気のシェイド

(激戦の末にムドラの魔の手からなのはを救い出したフェイト。しかし狂気のシェイドは衝撃の事実を口にした)

「そろそろですね・・・・・・」
エイミィが横にいるリンディに言った。
{ええ」
相鎚を打つが、リンディの視線はモニターに注がれたままだ。
モニターの中では2人の少女がその年齢からは想像できないようなまなざしでお互いを睨んでいる。
「僕たちはそろそろ行きます」
クロノはユーノ、アルフを率いて艦首を去ろうとする。
「気をつけて。メタリオンが潜んでいる可能性は高いわ」
「大丈夫です。奴らとは何度も戦ってきましたから」
リンディはまた息子を失うのではないかという不安から、この作戦にはあまり賛成できなかった。
「なのはを助け出して、ムドラを倒して帰って来る。久しぶりに熱いお茶が飲みたいね」
アルフが笑った。
それはつまり全員が無事に戻ってくるから、お茶を淹れて待っていろということだ。
リンディ、エイミィを除く全員がこの作戦は必ず成功すると思っている。
いや、成功させなければならなかった。
フェイトの言うように、これがなのはを救う最後のチャンスかもしれないからだ。
そしてこの作戦がなのはを救う最後のチャンスなら、ムドラの民を捕らえる最後のチャンスになるかもしれない。

 金色の光刃を傾け、フェイトは最後の説得を試みる。
「管理局を倒したあとはどうなるの?」
彼女の声は海よりも深い慈愛に満ちていた。
「管理局を倒せば、安全と平和が取り戻せる。訊くまでもないことだよ」
彼女の声は海よりも深い憎悪に満ちていた。
「安全と平和? それを守ってるのが管理局でしょ?」
「違うよ。魔法の存在がなくなれば、悲しい事件も起こらない。ジュエルシードも闇の書も・・・・・・」
なのはの言葉は完全にムドラ寄りだ。
彼女はシェイドから刷り込まれたことをそのまま口にしているにすぎない。
「だから管理局を倒そうっていうの?」
理由になっていない。
魔導師であったなのはが、どうしてこうも簡単に魔法を捨てたのか。
いや、まだ捨ててはいない。
魔導師であった頃の心もそのままだ。
なぜなら・・・・・・。
なのはは自分を今でもこう呼んでいるではないか。
「フェイトちゃん・・・・・・」
彼女が自分をこう呼ぶ限り、救い出せる道はある。
「本当はフェイトちゃんとは闘いたくない・・・・・・」
「なのは? なら・・・・・・」
{でも邪魔をするなら・・・・・・フェイトちゃんを倒すッ!」
なのはがエダールセイバーを構えなおした。
「なのは・・・・・・やめて・・・・・・」
フェイトはすがるような眼でなのはを見た。
桜色の光刃が強く輝いた。
「やめて・・・・・・なのはッ!!」
なのはが地を蹴って、超低空を滑った。
まるで計算したように真っ直ぐにフェイトの懐に飛び込もうとする。
2人の距離が縮み、なのはの剣がフェイトに届く距離にまで近づいた。
瞬間、金色の光刃が幾何学模様を描くと、なのはの手には既にグリップは無かった。
フェイトがエダールモードを解除し、バルディッシュを収める。
2秒ほど遅れて、なのはの後ろで金属製のグリップが乾いた音を立てて落下した。
時が流れた。
それは一瞬かもしれないし、もっと長い時間かもしれなかった。
フェイトが右手をすっとなのはの前に出した。
それが何を意味するのか、なのはには分からない。
パン! という弾けた音が辺りに響いた。
「・・・・・・ッ!!」
頬を走る痛みに、なのはは驚愕の表情でフェイトを見た。
「・・・フェイト・・・・・・ちゃん・・・・・・?」
なのはの頬がうっすらと赤くなる。
痛みが、なのはを現実の世界に引き戻した。
彼女は夢を見ていた。
とても怖い悪夢だ。
漆黒のコートに身を包んだ少年が、なのはを暗黒の世界に引きずり込もうとする。
少年は温かくも冷たい言葉を発して、なのはの耳から脳をくすぐる。
因縁と憎悪の渦巻く暗黒の世界に、少女が足を踏み入れようとした時。
もうひとりの少女が彼女を助けた。
そして彼女は夢から覚めた。





 どれほどこうしていたかは分からない。
気がつくと、なのははフェイトの腕の中にいた。
とても温かく、柔らかく、心地よい。
フェイトは多くを語らなかった。
こうしているだけで、なのはの心は伝わってくる。
「フェイトちゃん・・・・・・わたし・・・・・・」
落涙しながら、何かを言おうとするなのは。
しかし彼女の背後に現れた気配を感じたフェイトは目を見開いた。
「7分と22秒か。もう少し頑張るかと思っていたけど・・・・・・」
何度も聞いた懐かしい声、不吉な口調。
「シェイド・・・・・・」
フェイトはなのはの肩を掴んで押し戻すと、シェイドを睥睨した。
空間を捻じ曲げて現れたシェイドは、ツィラを伴なってその邪悪な瞳をフェイトに向ける。
「どうしたんだい、そんな怖い顔をして? もしかして君の大切な友だちに管理局を背かせた僕を憎んでいるのか?」
フェイトは何も答えない。なのはは唇の端をきゅっと噛んだ。
「いいぞ・・・・・・その燃えさかるような強い憎悪・・・・・・。それが僕と君をさらに強くする・・・・・・」
ツィラはそんなシェイドから目を背けた。
フェイトはツィラの動向を気にしながらも、シェイドから目を離さない。
「そうだ、君のその感情は正しいぞ。ただその憎悪を僕にではなく、管理局に向けさえすればいいんだ」
シェイドに言われ、フェイトは慌てて感情を押し殺した。
そしてふとなのはを見る。
なのはは怯えたような目でシェイドを見ていた。
「シェイド・・・・・・あなたは・・・・・・」
フェイトが言いかけたところで、シェイドが小さく笑った。
そして無言のままエダールセイバーを起動する。
「そこまでだッ!」
突如、彼の近くでそんな声が聞こえ、次の瞬間には見覚えのある3人が姿を現した。
「やはり潜んでいたか。考えることは同じだな」
シェイドは自分を睨みつける6の瞳を一瞥した。
自分を取り囲む面々を順番に見定め、彼は少年の姿を見て怪訝な顔つきになった。
ユーノだ。
あの時、光刃で貫いたハズの彼が健在しているとは。
「シェイド、今度こそお前を逮捕するッ!!」
それは執務官としての言葉か、それともクロノ・ハラオウンとしての言葉か。
クロノがにじり寄る。
「聞いたよ。君がイエレドを倒したそうだね」
シェイドの言葉のひとつひとつから強い憎悪を感じる。
「彼は優れた剣士だった。プラーナの扱いはまだ劣るところがあったが、いずれムドラの民の鑑となるハズだった・・・・・・」
シェイドの手が震えている。
{それをお前が殺したッ! お前がッ! ・・・・・・イエレドがお前に敗けるハズがないッッ!!」
「・・・・・・・・・」
「言えッ! いったいどんな手を使った!? どんな卑怯な手段で彼を殺したんだッ!」
「シェイド様!!」
それまで黙っていたツィラが口を開いた。
「イエレドは殺されたのではありません! 彼は・・・・・・自害したのです!!」
「ああ、そうだ。そうだったな。だが彼を自害に追い込んだのは誰だ!」
シェイドが不意に紫色の光刃をクロノに向けた。
「耐え難い損失だ。お前たちにも同じ苦しみを味わわせてやる・・・・・・!」
クロノがS2Uを構えた
アルフ、ユーノも戦闘体勢に入る。
だが彼の狙いは彼らが予想していたのとは違っていた。
シェイドは光刃を煌めかせるとスピンしながらジャンプし、なのはめがけて斬りかかった。
「貴様ッ!」
「なのはッ!」
だが間に合わない。
呆然と立ち尽くすなのはは、眼前に迫るシェイドと不気味な唸り声をあげる光刃を見つめるしかできなかった。
横から伸びた2本の赤い光刃が、その侵攻を食い止める。
「・・・・・・ツィラ、何の真似だ?」
シェイドの表情が驚きに変わり、そしてすぐに怒りに変わった。
「もうやめましょう・・・・・・・こんなこと・・・・・・」
ツィラは紫色の光刃を受けながら懇願した。
「やめる? 一体なにをやめるというんだ?」
シェイドの表情は狂気に彩られており、あの狡猾な彼の面影はなかった。
「魔導師に復讐を果たしたとしても、その生き残りがムドラの民を憎みますっ! 同じことを繰り返すだけですッ!」
ツィラも負けてはいない。
彼女の剣技と必死の訴えが、シェイドの心を少しでも動かせればと願う。
「な・・・仲間割れ!?」
アルフの握っていた拳から力が抜けた。
これは誰にも予想がつかない展開だ。
だが管理局にとってこんなチャンスは滅多に訪れない。
「よく分からないが、ユーノ! 今のうちになのはをッ!」
クロノが反対側にいたユーノに言った。
ユーノは迷った。
確かになのはを連れてアースラに戻りたいが、ここで自分が抜けては戦力が欠けることになる。
「ユーノ、行って!」
フェイトが叫んだ。
見ると彼女はエダールモードを起動しており、シェイドと一戦交えるつもりのようだ。
フェイトはなのはの肩をポンと押し、ユーノに預けた。
「ありがとう、フェイト・・・・・・」
ユーノはなのはの肩を抱き、直後上空に開いたゲートに消えた。
なのはの帰艦を確認したフェイトはバルディッシュを手に、戦場を駆けた。
「お前は裏切り者だ、ツィラ・・・・・・」
シェイドがエダールセイバーを振りかぶった。
この構えから繰り出す次の一手は1パターンしかない。
だがその一手はいつまで経っても繰り出されなかった。
代わりに上空で虹色の光が瞬き、戦場を七色のドームが覆った。
「なんてことだ・・・・・・」
シェイドは小さく舌打ちすると、クロノらに向き直った。
退路を絶たれた彼は狼狽することもなく、続闘の意思を示した。
この七色のドームがプラーナを防御することは分かっていた。
シェイドが本気を出せば破壊することは可能だろう。
だがこの状況では難しい。
まずは眼前の敵と、裏切り者を排除しなければならない。
彼にとってリンディがいないことが唯一の幸いだった。
「シェイド様、今ならまだ間に合います。投降しましょう・・・・・・そしてこの復讐劇を終わらせましょう・・・・・・」
ツィラは届かぬ説得だと分かっていて言った。
「奴らに感化されたのか? お前がそんなことを言うとは思わなかった」
シェイドにとって、ツィラの裏切りは予定にはなかった。
もっともそれが分かっていたら、ここには同行させなかっただろうし、もっと早い段階で始末していただろう。
彼は完全に不意を衝かれた。
「シェイド、もう諦めろ。お前の負けだ」
クロノがS2Uを前に歩み出た。
”負け”という言葉がシェイドから一握りの平常心を奪い、代わりに憎悪を倍加させる。
「僕の負けだと? 本当にそう見えるのか? たとえ・・・・・・」
瞬間、シェイドの姿が消えた。
そしてまるで空間を捻じ曲げたようにクロノの前に現れると、光よりも速く光刃を振るった。
「ツィラアアアァァァァッッ!」
彼のクロノへの粛清は、またしてもツィラに阻まれた。
シェイドともに幾多の戦いを生き抜いたツィラは、シェイドの思考や戦闘パターンを熟知している。
彼の言動からクロノを狙うこと、そしてそれが閃電のごとく素早く行われること、ツィラだからこそ分かるのである。
思いがけず敵に助けられたかたちとなったクロノは、シェイドを凝視しつつツィラとの対話を試みる。
彼らの対話を成立させるために、フェイトとアルフがシェイドに挑む。
だがシェイドの狙いは今やツィラにしかないようだ。
あまりにも凶暴でかつ華麗なフォームで、彼はかつての仲間を斬りつけようとする。
この時点で管理局側の意思は固まっていた。
ツィラを助け、シェイドを捕らえること。
現実には困難だが、遂行するしかないミッションだ。

「提督! 敵の一人がシェイド君と戦っています!」
エイミィが驚愕の表情でモニターを見つめた。
強化障壁陣越しでは、鮮明な映像が送られてこない。
時おり砂嵐の混じるモニターを前に、リンディは対決の行方を見守っていた。
ツィラの裏切りは予想外だが、管理局にとって事態を好転しうる大きなキッカケとなる。
加えてフェイト、アルフ、ユーノと百戦錬磨の魔導師が揃っているのだ。
今回の事件はここでひとまず幕を閉じるのではないか、という希望的観測をリンディは抱いていた。
背後の扉が開いた。
振り向くとそこにはユーノと、彼にしっかりと抱きとめられているなのはがいる。
「提督、すみません。僕たちだけ帰艦して・・・・・・」
ユーノは申し訳なさそうに頭を下げた。
「いいえ、正しい判断だと思うわ。それにこの戦い、もしかしたら意外と早く決着するかもしれない」
そう言ってリンディは、なのはを見た。
まだ夢から覚めていないような、うつろな瞳をモニターに向けている。
彼女の両手首には、金属製の手枷がはめられている。
「なのはさん・・・・・・」
「リンディ提督! 西側に強大なエネルギー反応を確認! メタリオンの艦です!」
リンディが何か言いかけた時、通信士がモニターを指差して叫んだ。
通信士が叫んだ時には、メタリオンの艦はすでに索敵範囲の中ほどまで迫っていた。
「エネルギー源・・・・・・!? 攻撃してきますッ!!」
直後、アースラが轟音とともに激しく揺れた。
「正面のシールドを強化! 出力を上げて!」
「ダメです! 強化障壁陣を維持できません!」
エイミィがモニター下のグラフを指差した。
強化障壁陣には膨大なエネルギーを回している。
外からの攻撃のためにシールドを強化すると、その分出力はそちらに流れてしまう。
「アースラの防御を優先しましょう! 構わずシールドの出力を上げて!」
強化障壁陣を失うことで、またシェイドに逃げられるかもしれない。
しかしアースラを失えば、誰が彼らを回収するのか。
わずかな時間葛藤し、リンディはアースラの防御を優先させた。
今はなのはが戻ってきただけで十分だ。

 シン・ドローリクはいつもシェイドが望む時に現れる。
それはつまり乗艦しているレメク、ミルカが彼の意思を正確に感じ取っているからであるが。
上空を覆っていた七色のドームが消滅した。
「観念しろ、シェイド!」
クロノが叫ぶ。
紫、赤、青、金色の光刃が激しく入り乱れる。
その渦中にいてシェイドは輝いていた。
まるで彼や彼女がシェイドのダンスを引き立てるかのように、その剣劇は完全にシェイドのものだった。
シェイドはただ彼に振り下ろされる光刃だけに注意を払っていればいいというわけではなかった。
ある意味ではエダールセイバーよりも厄介な攻撃を繰り出す者がいる。
フェイトの使い魔、アルフだ。
光刃に囲まれ、シェイドは左手をかざした。
狙いはもちろん、彼を裏切った少女。
ツィラの小さな体があらゆる物理法則を無視して吹き飛ばされる。
クロノの攻撃を躱し、フェイトの攻撃を弾き、シェイドは一直線にツィラを追う。
「しまったっ!」
フェイトはシェイドの後を追い、ツィラを守ろうとスピードを上げる。
しかし憎悪に身を任せたシェイドには到底及ばない。
彼の狙いはツィラと1対1の状況に持ち込むことだった。
遥か前方でツィラが体勢を立て直した時には、シェイドはすでに眼前に迫っていた。
「裏切り者め!」
シェイドが滑空し、真っ直ぐにツィラに怒りをぶつけた。
だがツィラはシェイドの剣が届く直前で身を翻し、彼の力をそのまま受け流した。
バランスを崩し、不覚にも地面を滑るように転倒するシェイド。
「シェイド様・・・・・・お許し下さいっ!」
一滴の涙を流し、ツィラが2本のエダールセイバーを振り上げた。
シェイドは素早く身を起こすと立ち上がることもせず、エダールセイバーをツィラに向けて投げた。
「そ・・・んな・・・・・・・・・」
紫色の光刃が幼いムドラの民を貫いた。
それを驚愕の表情で凝視するツィラ。
「ツィラッッ!!」
もはやフェイトの援護も意味を成さない。
シェイドはコートの埃をはたくと、ツィラの腹部からグリップを抜き取った。
と同時に、彼女の体は糸の切れた操り人形のように小さな音を立てて崩れ落ちる。
「どうしてツィラを・・・・・・? あなたの仲間でしょ?」
目の前に転がる彼女を見て、フェイトはまた怒りがこみ上げてくるのを感じた。
「彼女は裏切り者だ。君が裏切り者のなのはさんを倒したように、僕もツィラを倒した」
「なのはは裏切ったんじゃない!」
フェイトがバルディッシュを構えた。
「君はそう思っていても、彼女はどうかな?」
シェイドの瞳が、再びあの狡猾で獰猛な光を取り戻した。
この眼に睨まれれば、彼の言葉を信じてしまいそうでフェイトは身を震わせた。
「今ごろ、アースラの中は戦場と化してるかもしれないよ。魔法少女の叛乱でね・・・・・・」
シェイドは唇の端をつりあげ、不敵に笑った。
「もはやお前に酌量の余地はない。法廷で全てを明らかにしろ、シェイド!」
気がつくとクロノ、アルフが彼を逃がすまいと挟撃していた。
「僕に全てを明らかにして欲しいというなら、逮捕という形ではなく協力を要請するのが筋じゃないのか、クロノ君?」
「ふざけるな。お前を逮捕するだけの理由は十分にある!」
「その理由の中に、なのはさんを唆した罪は含まれているかな?」
シェイドは爆笑した。
冷静を装っているクロノが、実は激昂しているのを彼は知っているからだ。
しかし声をあげて笑っていながらも、シェイドは心の中では別のことを考えていた。
(上は何をしているんだ? 僕が窮地に立たされているというのに?)
アルフが拳を握りしめた。
まず感情を爆発させるのは彼女であろう。
度胸はあるが好戦的で短絡的な思考しかできず、そして主想いであるがゆえに盲目だ。
このような者はシェイドにとって格好の標的となる。
しかしこのまま戦闘を続行させることは得策ではない。
圧倒的な力を持っているとはいえ、今のシェイドは孤立無援だ。
管理局の他の艦が現れる可能性だってある。
「なんだか興ざめてしまった。もう帰るよ」
勝てる勝負であっても決して無謀な戦いには挑まない。
それがシェイドの賢さであり、彼の強さでもあった。
空間が捻じ曲がり、シェイドの体を吸い込んでいく。
追おうとしたアルフを、フェイトが止めた。
{フェイト、どうしてだい? あいつを逃がしたらまた・・・・・・」
「大丈夫だよ。シェイドとはいずれ決着をつけるから」
フェイトはツィラを見た。
一目見て息を引き取っていると分かる。
「彼女を・・・・・・アースラへ・・・・・・」
クロノがツィラの亡骸を見ないようにして言った。

 帰艦したクロノたちを笑顔で迎える者は誰もいなかった。
なのはが戻ってきたことを素直に喜べない。
イエレドに続き、ツィラまでもが命を絶った。
敵対する存在ではあるが、彼らの死は辛く悲しすぎる。
フェイトの希望により、ツィラの亡骸は宇宙葬に附された。
彼女とは理解し合えると思っていたフェイトは、絶望に打ちひしがれた。
「みんな・・・・・・」
艦首に戻ってきたクロノたちを、エイミィは精一杯の明るい笑顔で迎えようとする。
しかしそれはあまりにぎこちなく、悲しみと空しさをより強くした。
「なのは・・・・・・」
ユーノにもたれかかるようにして辛うじて立っているなのはは、モニターを呆然と見つめたままだった。
もう何も映っていないモニターを、うつろな瞳で見続けるなのは。
シン・ドローリクはすでに超航行に移り、アースラの索敵範囲からは消えていた。
「僕たちはこの悲しい戦いを終わらせることができるでしょうか?」
ユーノが誰にとはなく尋ねた。
書庫でムドラの民に関するデータを検索する中で、彼は誰よりもその悲しい過去に触れてきた。
ムドラの民が魔導師を憎む理由。彼らがかつてどこでどのように暮らし、そしてどのように滅ぼされたかも。
もしかしたら自分たちが戦うこと自体が間違っているのではないか。
これは彼らの復讐なのだから。
自分たちが過去に犯した大罪を償うべきではないのか。
ユーノは何度もこの疑問にぶつかり、とうとう答えを出せずに今日まで生きていた。
「和平の道があることを信じましょう」
リンディが力なく言った。
「ユーノ、なのはは・・・・・・?」
フェイトが小声で訊いた。
「落ち着いたとは思うけど・・・・・・」
そう言ってフェイトを招く。
なのはは憔悴していた。
一切の感情がなくなってしまった、ただの人形のように。
両手首を拘束している手枷が痛々しかった。
どうしてこんなものを?
彼女は犯罪者じゃないのに?
「なのは・・・・・・」
フェイトにはただ、なのはを抱きしめることしかできなかった。
触れ合った肌から、わずかになのはのぬくもりが返ってくる。
しかしそれは生きているのが精一杯の、かすかな体温。
あの戦いを見て、なのはは何を感じたのだろうか。
ツィラの息絶える瞬間を見て、なのはは何を思ったのだろうか。
今は抱く必要のない疑問だ。
「提督、なのはを医務室に連れて行きます」
そうだ。今は彼女を休ませねばならない。
フェイトは一礼して、なのはを医務室に連れて行こうと足を踏み出した。
「通信ですッ!」
しかしエイミィの切迫した口調が、踏み出した足を引き戻させた。
緊張が場を支配した。
どこの誰からの通信か。考えるまでもなかった。
『Hello there.(やあ、諸君)』
モニターに現れたのは、誰もが予想していた人物。
おどけた英語で挨拶したのはシェイドだった。
ついさっきまで孤軍奮闘していたとは思えないほどの余裕の笑みを浮かべて。
『お久しぶりですね、リンディ艦長』
その丁寧な口調が、かえって彼の残忍さを浮き立たせている。
「シェイド・・・・・・」
リンディが声にもならない声でつぶやいた。
『あんたらを見くびっていたよ。あんな結界まで作れるようになるなんてね』
シェイドはモニター越しに、リンディたちの顔を順番に見やる。
『ああ、なのはさん、そこにいたのか。憎むべき管理局の人間がそこにいるぞ。さあ、なのはさん・・・・・・。
君の手で彼らを倒すんだ・・・・・・』
その言葉になのはの体がビクンと震えた。
自分の両腕の中でそれを感じたフェイトは、より強く彼女を抱きしめる。
『なんて言ってもムリだろうね・・・・・・君には・・・・・・』
なのはの小さな体が小刻みに震える。
すぐそばにいるユーノも感じ取った。
『それにしても同じ相手に2度も負けるなんてね・・・・・・。君は本当に役立たずだな』
シェイドの口調が変わった。
「シェイド、貴様・・・・・・!」
クロノが今にも殴りかからんばかりの勢いで怒鳴った。
『まあ初めから君には期待などしていなかったよ。何かの役に立てばとは思っていたがね』
「やめてッ!」
フェイトが叫んだ。
「なのははあなたを信じてついて行ったんだ! そんなこと言うなんて・・・・・・!」
『許せない、と言うのかい? どうして君はそんなになのはさんを庇うのかね? 僕には分からないよ』
「友だちだからだよ。あなたには・・・・・・今のあなたには絶対に理解できないよ・・・・・・!」
それだけは胸を張って言える。
なのはは自分の友だち、いや親友だ。
『友だち? 君を裏切り、ためらいなく君を倒そうとした者が本当に友だちか?』
シェイドの眼光が鋭くなった。
細い針のように、狙ったものを確実に射抜くような邪悪な瞳だ。
「それはあなたが仕向けたことだからだ。本当のなのははもっと優しくて・・・・・・」
『分かってないね、君は・・・・・・』
「・・・・・・?」
『僕が彼女に何をした? 僕は彼女に”真実”を教えただけだ。それ以外は何もしてない』
「真実だって? ふざけるんじゃないよッ! 管理局がなのはの世界を侵略することが真実だってのかい!?」
アルフがモニター越しにシェイドを睨みつけた。
『真実は多面的だ。それに真実はそれを受け取る人によって異なる。もう分かるね?』
シェイドはまるで言葉遊びを楽しんでいるようだった。
ひとつひとつの言葉が持つ意味を、彼は何倍にも何十倍にも膨らませる豊富な知識と想像力、そして演技力を持っている。
『”なのはさん自身がそれを真実”にしたんだ。僕はただあり余る想像力を駆使して物語を語ったに過ぎない。
つまり管理局を裏切り、僕の元に走ったのは彼女自身の意思だ』
「ふざけたことを・・・・・・!」
『ふざける? 僕はいたって真面目だよ。もう一度言うよ。なのはさんは自らの意思で君たちを裏切った。僕はキッカケを与えただけだ。
少し考えれば分かるハズだ。僕はなのはさんとどれだけの時を過ごした?』
「・・・・・・・・・」
ユーノはシェイドが着任してから今日までの日数を数えてみた。
考えてみれば1ヶ月ほどしか経っていない。
『僕がなのはさんと語った時間はそう長くはないハズだ。そのなのはさんが管理局を去ったんだ。そう・・・・・・。
つまり彼女は少なからず管理局に不信感を抱いていたわけだ』
シェイドの好き勝手な発言を、リンディは黙って聞いていた。
彼の言葉、声、表情から彼の本当の感情を垣間見るために。
『たとえ僕と出会っていなくても、彼女はいずれ君たちを裏切っていただろう。それでも友だちだと言えるのかい?』
「私はどんなことがあっても、なのはを信じる。なのははそんな娘じゃない!」
フェイトは泣いていた。
シェイドの歪んだ心と、そんな歪んだ心の犠牲になったなのはを想って。
「ふん、何と言ってもなのはは帰ってきたんだ。ひとつ聞かせてもらおうかい。仮に管理局が倒れた場合、
なのはをどうするつもりだったんだい?」
『仮にじゃなくて、管理局は滅ぶよ。アルフさん、君の訊きたいことはつまり、”なのはさんが僕の元にいる状態で
管理局が滅びた場合はどうなるか”ってことだよね?』
アルフは舌打ちした。
『君は重要なことを忘れているな。僕が魔導師を憎んでいるということをね』
「なっ・・・・・・!?」
アルフが驚愕した。たしかに忘れていた。
シェイドが今日までとってきた行動が、全ては魔導師を滅ぼすための布石だったことを。
『きっとなのはさんは喜ぶだろう。憎き管理局を打倒したんだからね。そして勝利の報告を僕に持ってくる。
僕は笑顔で最後の魔導師をこの世から消すんだ・・・・・・』
最後の魔導師・・・・・・なのはが追いすがるような目でシェイドを見た。
「そ・・・んな・・・・・・シェイド・・・・・・くん・・・・・・?」
アースラに戻ってきてから初めて口にしたなのはの言葉がそれだった。
雨に打たれた捨て犬のようななのはの瞳に、シェイドは久しぶりに快感を覚えた。
『そうか、君も”忘れて”いたんだね。それとも自覚していなかったとか?』
「ウソ・・・・・・だよね・・・・・・?」
アルフの驚き、なのはの驚きと絶望が、シェイドに付け入る隙を許してしまった。
『なのはさん。まさか君は自分が魔導師ではないなんて思ってるんじゃないだろうね? あれだけの魔力を持ちながら』
アルフは痛恨のミスを犯してしまった。
してはならない質問をしてしまったのだ。
だがシェイドの表情が何一つ変わらないところを見ると、たとえアルフが言い出さなくてもこの言葉による残酷な攻撃は
予定されていたのではないか。
『僕は魔導師を憎んでいる。君もそれに一度は賛同した。そして僕は君に言ったね。”魔導師を滅ぼせ”と。
しかし君の行動には大きな矛盾があった。そうだ・・・・・・滅ぼす対象に”自分”が含まれていないッ!』
「・・・・・・ッ!!」
『僕を信じ、僕の命に従うのであれば、君は真っ先に自分を滅ぼすべきだったんだ。だが君はそうしようともしなかったし、
おそらくそんな事も考えつかなかっただろう。そんな君を見て、僕は何度も思ったよ・・・・・・』
シェイドがなのはの顔を覗きこむようにして吐き捨てた。
『所詮は自分のことしか考えていない、要領のいい役立たずだってね』
「・・・・・・っ!!」
その瞬間、なのはの体から一切の力が抜け、その場に崩れ落ちた。
「なのはッッ!!」
生きる気力さえ失いかけているなのはを、フェイトは優しく抱きしめる。
少しでも力を入れれば、この小さく脆い少女が壊れてしまいそうだったから。
「シェイド君、私にはまだ信じられないよ・・・・・・」
ついに耐えかね、エイミィが涙まじりに訴える。
「私たちと過ごした時間は全部ウソだったっていうの? 全ては管理局を潰すために・・・・・・?」
シェイドはそんな感情をむき出しにしているエイミィに微笑みかけた。
『エイミィさん、そういえば君にもずいぶんとお世話になったね』
「シェイド君・・・・・・」
『でも、どうせなら通信履歴がメインコンピュータに残ることを教えてくれれば良かったのに・・・・・・』
シェイドがエイミィに言う言葉はそれだけだった。
彼にとって彼女は、ただ利用できるコマのひとつでしかなかったのだ。
エイミィが魔法を使うところを見たことはないが、管理局に属する以上は滅ぼすべき存在だ。
そんな彼女にわずかな情すら抱くハズがなかった。
「でも私には信じられないよ。だってあんなに楽しそうにしてたじゃない! それにリンディ提督だってシェイド君のことを
本当の子ども同然に見てたんだよ!? だから提督のことを”お母さん”って呼んだんでしょう!?」
エイミィはリンディの名前を無意識のうちに出していた。
リンディは彼を息子同然に見ていたが、エイミィは可愛い弟のように見ていた。
シェイドはモニター越しにリンディを一瞥すると、口の端をゆがめた。
『そのほうが効果的だと思ったからね。アースラで自由に動くためには、最も上位の人間に取り入る必要がある。
つまり艦長・・・・・・あんたさ』
この少年には・・・・・・。
シェイドには憎悪以外の感情というものがないのだろうか。
『あんたには息子がいる。だから母親として意識させるためにやったことだ。結果、あんたは面白いくらいに、
僕の思うとおりの反応を示してくれた。医務室でのあれがよほど効いたらしいね』
付け加えねばなるまい。
彼には憎悪のほかにもうひとつ、悦びという感情がある。
『でもあんたと親しくしすぎたために、僕に嫉妬心を抱いたあんたの息子に疑われてしまったよ。
もう少し慎重に行動すべきだったのと・・・・・・通信履歴の件だけがマイナスポイントだったな』
フェイトはわずかになのはの体温を感じながら、シェイドの言葉を黙って聞いていた。
「嫉妬心なんかじゃない! 僕は執務官としての務めを果たしただけだ」
思わずクロノが反論するが、それが面白かったのかシェイドは厭らしく笑った。
『それは違うね。では僕がリンディ艦長を亡き者にしてしまったら・・・・・・君は僕をどうする?
息子として復讐を果たすかい? それとも執務官として法的な手続きを踏ませるかい?』
「・・・・・・」
クロノは何も答えられなかった。
『いや、あるいは君くらいの実力者なら執務官として振舞いつつ、事故に見せかけて僕を殺すかもしれないな。
ユナイトの駐屯地でそうしたようにね・・・・・・』
ここでようやくリンディが口を開いた。
「あなたの言動の全てがウソだったとは思えない。あなたにはまだ善の心が残っているハズよ」
『そう思いたいのは分かるよ、リンディ艦長。でも管理局を潰すためなら、僕はウソをつくことも厭わない』
「あなたのお母さんのことも?」
『・・・・・・・・・』
リンディの追求に、シェイドは口をつぐんだ。
完全に虚を衝かれたかたちだ。
だがすぐに我に返ると、シェイドは肩の力を抜いて言った。
『ああ、あれは本当だよ。母はもういない。僕が手にかけたからね』
「なっ・・・・・・なんですって!?」
彼の言葉を聞いていた誰もが、同じような反応を示した。
特に母親を喪っているフェイトは、まるで別世界のことのように聞いていた。
『あんたと違って母は聡明だった。いろんな事に詳しくてね。よく昔話をしてくれたよ。ムドラの過去とかね・・・・・・』
ここからはシェイドの独白だった。
誰も口を挟もうとしないし、そもそもそれはできなかった。
そうしてはならない雰囲気が、彼から発せられていたのだから。
『僕たちが得る知識の全ては、周りの大人たちが口にすることだけだ。なぜだか分かるだろう? ねえ、なのはさん?』
なのはは彼の言葉が聞こえていないのか、何も答えない。
フェイトはなのはの両肩を挟むようにして強く抱いた。
するとなのはは、数秒遅れて小さく頷いた。
『あの極寒の地で、書籍や資料の全ては暖をとるために焼かれた。だから口伝でしか知識を教えることができなかった』
「・・・・・・・・・」
『だがある時、偶然に一冊の本を見つけたんだ。洞窟の中に一冊だけ埋まってたから、きっと燃え残ったんだろうね。
僕はそれを開いたが中の字が読めなかった。当時、僕は文字というものを知らなかったからね』
アルフは何か言いかけて口を閉じた。
『僕はどうしてもそれを読んでみたくてね。その本を誰にも見つからないように隠した。もし誰かに見られたらそれも
焼かれてしまうだろうからね。そして僕は母から文字を教わった。大変だったよ。なにしろ書くものがないんだから。
母は指を泥だらけにして地面に書き、僕に教えてくれたよ』
シェイドの独白は間違いなく真実であると誰もが悟った。
これは彼のお得意の作り話ではない。
彼が歩んできた苦痛と屈辱の1ページなのだ。
『そして僕は本を開いた。・・・・・・それは歴史書だったんだよ。ムドラの民がどのようにして滅び、今に至ったのか・・・・・・。
僕たちが辿った過去が克明に記されていた。思えばあの極寒の地で。満足に栄養を摂れずに死んでゆく人々を見た。
なぜ僕たちはこんなにも過酷な世界に生きているのだろう。その謎がようやく解けた瞬間だった・・・・・・!
僕は何度も何度もその本を読んだ。韋編三絶するくらいに。今でも全文を諳んじることができるよ。読むたびに・・・・・・。
読むたびに僕の中である感情が強く湧いてくるようになった!!』
シェイドの語気が強くなった。
彼の過去が悲しさから憎悪へと移り変わる瞬間であった。
『僕は復讐を誓った。僕たちをこんな辺境に追いやり、じわじわと殺そうとする魔導師たちにね。ご存知のとおり、
プラーナは激しい憎悪が生み出す力だ。あの瞬間、僕の体内をプラーナが駆け巡った。これが僕の運命だと悟ったよ。
快感の波に溺れながら、僕はこの事実を仲間に告げた。ともに戦う正義の使者を集めるためにね』
シェイドは一呼吸おいて続けた。
『だけどね、母はそれには賛同してくれなかった。憎しみから生まれるものは何も無い。たとえ復讐を果たしたとしても
今度はその犠牲になった誰かが憎しみを抱く。そうして憎悪の渦を繰り返して何が残るのか。母はそう言った。
ショックだった。ムドラの民は皆、魔導師を恨むものだと思っていたからね』
フェイトは聞き覚えのあるセリフに胸騒ぎがした。
憎しみから生まれるものは何も無い?
復讐を果たしても、繰り返すだけ?
同じことを誰かも言っていなかったか?
『そして・・・・・・母はこう言った。”あなたが本当に復讐のために力を振るうなら、私はこの身を犠牲にしてでもあなたを止める。
あなたに私を殺すだけの覚悟もないようなら、そんなつまらない考えは棄てなさい”ってね・・・・・・。
ふふ・・・・・・。すごいだろう? あんたにそんな事が言えるか?』
シェイドは嘲るような視線をリンディに向けた。
その目は明らかに、ムリだろうなという嘲笑が込められていた。
「それで・・・・・・あなたは母親を・・・・・・?」
リンディは答えの分かっている質問をした。
ウソだと言って欲しかった。
そして本当だとしたら・・・・・・この話をクロノやフェイトには聞かせたくなかった。
『彼女の望みどおりにしてやったまでだ。でも僕も母も優しいからね。せめて僕に殺される苦痛を味わわせない為に・・・・・・
眠っている時に決行したよ』
こんなことを平然と言ってのけるシェイドに、人間としての血が流れているとは思えなかった。
母を手にかける息子の心情を、リンディもクロノもフェイトも到底理解することはできない。

 

「本当にそれでいいのか?」
「もう決めたことだ。それにどのみちメタリオンももう終わりだしな」
「そうか・・・・・・。私としては最後までお前と行動をともにしたかった」
「一緒だとも。ただ手段が違うだけだ。私たちは誇り高きムドラの民・・・・・・そうだろう?」
「そうだ・・・そうだが・・・・・・。許してくれ・・・・・・。私は卑怯者だ。仲間を見捨てて逃げていく裏切り者だ・・・・・・」
「そんなことはない。我らの目的は同じだ。誰もお前を裏切り者だと罵らない」
「すまない・・・・・・。どうか無事で戻ってきてくれ・・・・・・。みんなのために・・・・・・」
「もとよりそのつもりだ」

 

「なんてヤツなんだい・・・・・・!!」
アルフは怒りに震えていた。
『分からないだろうね、君たちには。でもそのおかげで今の僕がいる・・・・・・』
「アンタは狂ってるよ・・・・・・」
アルhが吐き捨てるように言った。
『ああ、そうかもな。だが僕が狂ってるとしたら、そうさせたのはあんたたちだ』
シェイドも同じように言い捨てた。
『憎しみからは何も生まれない、か・・・・・・。そういえばツィラも同じようなことを言っていたな』
「・・・・・・!!」
フェイトは思い出した。
そうだ、ツィラだ。
なのはに斬りかかったシェイドを、ツィラはそう言いながら止めていた。
『甘い考えだよ。まぁ、あの女の娘だから当然といえば当然だが』
「なっ・・・・・・!?」
フェイトはなのはを抱きとめていたことも忘れて、呆然とシェイドの目を見返した。
「それじゃあ、ツィラはあなたの・・・・・・!?」
リンディとエイミィが同時に言った。
この少年は、まだ残酷で皮相的な物語を語るつもりなのか。
クルーは戦慄した。
『僕の妹だよ。もっとも知ったのはつい最近だけどね。光刃の色が同じだったら、もっと早くに気付いていたかもしれないが』
なんということだ。
彼は母親のみならず、妹までも手にかけたというのか。
冷酷無慈悲なのは管理局ではなく彼の方だった。
「あなたは・・・・・・それでも人間なの・・・・・・? 母親だけでなく、血のつながった妹までも・・・・・・?」
『冗談じゃないよ。妹と血がつながってるだって? もっとよく考えてから言ったほうがいいね』
シェイドはさも不愉快そうに眉をひそめた。
『僕と血がつながってるのは親だけさ。妹は・・・・・・同じ親から生まれただけの他人だよ』
「なんだって・・・・・・!」
クロノが唇を噛んだ。
『親譲りの才能とは言うが、兄譲りの才能なんて言葉を使うかい? 兄妹なんて他人だよ』
「兄妹は兄妹だよ・・・・・・。他人なんかじゃない・・・・・・」
フェイトが言った。
彼女はおそらく闇の書の中で出会ったアリシアを想いながらそれを口にしているのだろう。
『どうかな? 兄妹とのつながりは親を介してのみ成立する関係だ。それは君が一番良く知ってるんじゃないか? フェイトさん・・・・・・』
ダメだ。
彼の瞳を直視しては・・・・・・。
しかしシェイドの言葉に、フェイトは思いの外、大きな傷を受けたようだ。
母・プレシアと姉・アリシアの関係を抉られているようだった。
「シェイド・・・・・・アタシからひとつだけ訊く。答えてくれるかい・・・・・・?」
アルフが必死に感情を押し殺して言った。
わずかな起爆剤でも彼女は爆発しそうなほどの感情を抱いている。
『アルフさん? ああ、いいよ。僕に答えられることならね。物理と数学は遠慮してもらいたいけど』
彼は飄々と躱す。
「アルハザードでフェイトの母さんが生きているっていうのは・・・・・・あれはウソかい?」
今さらどうでもいいことのように思えた。
しかし彼女はどうしても彼の口から答えを聞きたかった。
主が、フェイトがまだその事を引きずっていることを知っているからだ。
もっともフェイト自身は、まるでそんな素振りを見せてはいないが。
『フェイトさんを迎えられない今となってはウソをつく必要はないからね。いいよ、正直に答えよう。あれはウソだ。
彼女の心を最大限に揺さぶるための、僕の脚本だと思ってくれればいい。ただ・・・・・・』
シェイドは間をおいて続けた。
『ムドラの秘術を用いれば、アルハザードに行き彼女の存在を確かめる術があることを付け加えておくよ。
そしてもし死んでいた場合でも、喪われた生命を取り戻す方法があることも・・・・・・』
これは真実なのか。それとも虚偽なのか。
フェイトを手に入れるためについたウソである可能性は高い。
それを確かめるため、アルフは続いて問うた。
「その秘術を使ってあんたの母さんやツィラを甦らせることもできるんだろ?」
『質問はひとつのハズだぞ。まあいいか。・・・・・・できるよ。そうする必要はないがね』
「そうかい・・・・・・」
アルフはもう何も言えなくなっていた。
そして彼の独白は終わった。
『どうした? なのはさん? ショックだったかい? まあ、そうだろうね。無理もないよ』
シェイドはかろうじて目を開けているだけのなのはを見て、くすりと笑った。
彼女はフェイトに抱きかかえられ、夢とも現実とも分からぬ世界を彷徨っている。
『でも君はこういうショックを経験しているだろう? 僕から管理局の話を聞いたあの時にすでにね』
「シェイド!」
『・・・・・・?』
不意にリンディに名を呼ばれ、シェイドは息を呑んだ。
「あなたの気持ち、あなたのとってきた行動・・・・・・。それはどれも許しがたいことだけれど、全ては私たち魔導師の責任よ・・・・・・」
『・・・・・・へぇ、あんたがそんなこと言うとはね。・・・・・・続きを聞こうじゃないか?』
「私たちはあなたたちに謝罪すべきよ。そして補償も含めて、あなたたちと話し合いがしたいの・・・・・・。
和平的な道は・・・・・・ないかしら・・・・・・?」
その言葉にシェイドの平常心がいくらか削がれた。
『和平だと? そう思うなら、まずは息子をなんとかしろ。彼は僕をムドラの民だというだけで・・・・・・。
有無を言わさず逮捕しようとしたんだぞ!』
「クロノとの見解に相違があったことは申し訳ないと思っているわ。彼は責任感が強くて、ただ執務官としての義務を・・・・・・」
『息子のことはそうやって弁護するんだな。我田引水も甚だしい。貴様らのその姿勢は何も変わってないな!』
「ち、違うわ・・・・・・! そうじゃないの! そうじゃなくて・・・・・・」
『おっと・・・・・・これは”和平の道”ではないな。しかし和平なんて・・・・・・』
耳では聞いているが、シェイドはリンディの言葉を心で聞こうとはしていない。
『あんたらは僕たちがどんな過酷な環境に生きているのか知っているのか?』
「・・・・・・いいえ・・・・・・」
『だろうね。僕たちが住んでいるのはアンヴァークラウン。極寒の地だよ』
「それならなおさら急がなければ・・・・・・! 管理局が責任を持ってあななたちの生活を・・・・・・」
『保護しようって? あんたらはいつもそうだ。和平? 補償? この期に及んで事態を穏便に片付けたいか?
面倒なことは全て金で解決し、それで贖罪したつもりか!?』
シェイドの声は震えていた。
「違うの! 聞いて! 私たち魔導師は最大限の償いをするつもりよ。本部に掛け合って今すぐにでも」
『どれだけの民が苦痛のあげくに死んだと思ってる? あんたの言うそれは僕たちの命を金で評価してるんだぞ!?
ムドラの民ひとりにつき幾ら支払うつもりなんだ? 上限はあるのか? 受給の資格は? 死者にはどう償う?』
「そんなつもりはないの。でも私たちがムドラの民に対してしてしまった罪を償わなければならないわ。
誠意をもって対応する! これだけは信じて!」
リンディもまた必死だった。
これはアースラだけでする話し合いではないが、いま彼と接触できるのはこの艦しかない。
ここでの交渉が、今後に影響するとなるとリンディも自分の意思を告げるだけで精一杯だった。
『そんな表面的なことをどれだけされようとも・・・・・・僕たちの恨みは消えないよ』
「それじゃあ、どうすれば・・・・・・どうすれば、あなたたちを救うことができるの・・・・・・!?」
リンディは絶望の淵に立たされていた。
どんな言葉もどんな補償も、彼の歪んだ心を元に戻し、ムドラを救うことはできないのか。
シェイドは狂気の笑みを浮かべてこう言った。
『僕が言えるのは、”せいぜい苦しめ”ってことさ。もっともっと苦しみぬいて・・・・・・僕たちムドラの民が受けた苦痛を・・・・・・
屈辱を味わうんだ・・・・・・』
彼から一切の感情が抜けようとしていた。
『そして破滅の道をたどるのを僕は笑いながら見届けるんだ。さあ、僕を心から楽しませ・・・・・・・・・』
彼の言葉はそこで止まった。
「・・・・・・?」
何事かが起き、彼はその続きを述べることができないのだと、アースラにいた誰もが瞬時に理解した。
だから誰も何も言わなかった。
彼の言うように、見届ける必要があった。
彼に何が起こったのか。
焦らずともその答えはすぐに示されるハズだ。
彼自身によって。

 

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