第18話 光と闇、少女と少年
(対決の時がきた。なのはたちが見守る中、フェイトはひとり、シェイドとの戦いに臨む)
アースラの艦橋にはリンディを筆頭に、エース魔導師とそのパートナーが集った。
「彼が戦場に指定した場所は・・・・・・」
エイミィが表示させた地図を指差してユーノが言った。
「かつて魔導師とムドラが最初に戦った場所です。そして・・・・・・」
ユーノが周囲をはばかるように小声で言った。
「最後に戦った場所でもあります・・・・・・」
この情報はユーノが最後に手にとった文献に記されていた。
その文献には魔導師とムドラの戦いの模様が具(つぶさ)に示されていた。
が、ユーノはこの情報についてはほとんど信じてはいない。
歴史は勝者が記し、伝えていくものだ。
この中のいくらかは勝者たる魔導師が自分たちの都合の良いように改竄したものであろう。
事実、彼の見た限りでは魔導師は正義、ムドラが悪とはっきり区別されていた。
正義が勝つのではなく、勝った方が正義を名乗っただけなのだ。
「ワナをしかけている可能性は・・・・・・?」
エイミィがリンディを責めるように尋ねた。
エイミィはまだ、フェイトがひとりで戦うことには賛成していなかった。
「ない。・・・・・・と思う。今回に限っては・・・・・・」
「どうしてそう言えるんですか?」
彼女はなおもリンディに食ってかかった。
リンディは答えられない。
なんとなく、などエイミィの問いに対する答えではない。
たとえそう答えることが許されても、彼女は納得しないだろう。
「大丈夫だよ、エイミィ。シェイドはそんなことしない」
なぜ分かるのだろう。フェイトにも分からなかった。
だが心のどこかで彼女にそう囁く存在があるのは確かだった。
「フェイトちゃんは本当にいいの?」
エイミィがフェイトの決意を鈍らせるような質問をした。
フェイトは無言で頷いた。
「・・・・・・・・・・・・」
エイミィは何も言わなかったが、その判断が正しいことを祈った。
だが内心ではどうして全員で戦わないのかという当然の疑問もあった。
アースラは今、シェイドが選んだ戦場「オルキス」の上空にいる。
転送装置の座標はすでに設定してあるため、ゲートを使えばそこは最後の戦いの地だ。
「フェイトちゃん・・・・・・」
なのはが心配そうにフェイトの名を呼んだ。
これからムドラとの最後の戦いに赴くフェイトに、なのはは何と声をかければいいのか分からない。
「ごめん、なのは。シェイドを捕らえれば、なのはの罪が軽くなるって言ったのは私なのに・・・・・・」
戦犯となったなのはを救いたいという気持ちは皆の心にあった。
しかし彼女は自らその提案を破棄しようとしていた。
ド・ジェムソから回収した8個のジュエルシードは、全てなのはの功績となっている。
捜索指定遺失物の回収は、時空管理局においては非常に大きな手柄だ。
これを材料になのはの無罪を主張すれば、まず間違いなく無罪を勝ち取れるというのがアースラの見解だ。
それにもうひとつ
明言こそしないものの、なのはにシェイドを捕らえるのは不可能だと誰もが分かっていた。
無罪が決まっているのに、わざわざ危険を冒すことはない。
ましてやそのために命を落とすようなことがあっては・・・・・・。
「ううん、いいのそんなこと・・・・・・。それよりフェイトちゃんのほうが心配だよ・・・・・・」
これはクロノを含め、皆が思っていたことだった。
「大丈夫だよ、私はちゃんと戻ってくるから」
励ますつもりが逆にフェイトに励まされ、なのはは泣きはらした目で彼女を見た。
2人の眼下にはオルキスの荒涼とした大地が広がっている。
両勢力が激しく争い、何千年もの時が経った今でもこの地にはかつて人間がいた形跡はどこにも見られない。
魔導師はオルキスだけは支配下に置かなかったのだろうか。
「なのは・・・・・・」
「・・・・・・?」
フェイトが静かにそう言い、なのはが無言でその呼びかけに応えた。
「少しだけ・・・・・・ひとりにしてくれないかな・・・・・・」
「え・・・・・・?」
思いがけない言葉になのはは惑った。
しかしフェイトにも想うところがあるのだろう。
少なくとも自分なんかよりはずっと冷静で、ずっと先を見ているに違いない。
そう悟ったなのはは、「私でよければ、いつでも呼んで」と言い残してその場を去った。
「ありがとう」
フェイトは去っていくなのはの背中にそう投げかけ、オルキスを見下ろした。
あそこにシェイドがいる。
シェイドが待っている。
フェイトは両手を胸の前で組み、何かを念じた。
闇を視覚的に捉えるもっとも簡単な方法は目を閉じることだ。
彼女は静かに目を閉じた。
・
・
・
・
・
思ったとおりだ。
フェイトは闇とコンタクトをとることに成功した。
しかも以前よりも闇を身近に感じる。
”あなたはどこにいるの?”
フェイトは問いかけた。
闇はしばらくの沈黙のあと、観念したようにそれに答えた。
”ここにいる”
ここという表現が直接的な表現なのか、それとも比喩的な表現なのかはフェイトには分からなかった。
”お前は何を望む?”
今度は闇が問いかけてきた。
だがこの質問が来ることを知っていたフェイトは、迷わずに答えた。
”私は何も望まない”
闇の中でフェイトは”無”だった。
そうでなければ闇を理解することはできない。
”彼が待っている”
闇は語気を強めて言った。
フェイトは闇に背中を押されるようにして闇から投げ出された。
・
・
・
・
・
フェイトは大きく息を吸った。
なのはが横にいた。
「ごめん・・・・・・やっぱり気になって・・・・・・」
イタズラを見破られた子どものように、なのはは顔を赤らめてフェイトを見上げた。
フェイトはそんな彼女が愛おしく、両手で彼女を抱いた。
そして自分が闇から投げ出されたのは、なのはが側にいたからだと知った。
しばらくそうした後、フェイトはなのはから身を退いた。
時間だ。
不安げな表情のなのはの手を引き、フェイトはゲートに向かった。
オルキスの大地を撫でる風は冷たかった。
今は使い物にならないシン・ドローリクを背後に、シェイドは空を見上げた。
肉眼では見えないが、アースラがそこにあることを感じる。
艦は・・・・・・アースラ1隻だけか・・・・・・?
バカげてる。
シェイド相手にたった1隻でどうにかなると思っているのか。
それともあの中にはシェイドを凌ぐような剣術師でもいるというのか。
彼はすでに勝敗が決まっている戦いをどう終わらせるかだけを考えていた。
エダールセイバー一振りで敵をなぎ払い、すぐに決着させるか。
それとも時間をかけて1人ずつ片づけ、魔導師に恐怖と絶望を植えつけてから始末するか。
アースラは上空に待機したまま動く気配を見せない。
まさかいきなりアルカンシェルはないだろうな。
シェイドはその可能性を即座に否定した。
連中はそんなことは絶対にしない。
というよりできないハズだ。
そうだ。
ここは彼の復讐の場だ。
彼が負けることはありえない。
魔導師が勝つことはありえない。
決して――。
「もうすぐ全てが終わるぞ」
シェイドは闇に念を押すように言った。
この闇は音もなく忍び寄ってきて、気がつくと彼のすぐそばにいる。
”そうだ、全てが終わる”
闇が静かに同調した。
いい気分だ。
彼の気分をさらに昂揚させるように周囲にいくつもの巨大な魔力反応が出現した。
「いよいよだな」
ゲートを前にしてクロノが言った。
冷静を装っているが、その表情には恐怖や焦りを隠せない。
「フェイト・・・・・・」
アルフが主の顔を見やる。
使い魔の不安げな目をよそに、フェイトはいたって冷静のようだ。
なのは、ユーノはあえてフェイトに声をかけなかった。
彼女の決心が鈍るかも知れないし、何よりこの人選はもう変えられないのだ。
「エイミィ、後のことはお願いね」
見送りに来ていたエイミィに、リンディは優しく微笑みかけた。
「縁起でもないこと言わないで下さい」
まるでこれが最後の別れだと言わんばかりの提督に、エイミィは本気で怒った。
そしてその怒りはすぐに不安に変わり、彼女の視線はフェイトに注がれる。
「大丈夫だよ。ちゃんと戻ってくるから」
フェイトはエイミィの目をまっすぐの見て言った。
不思議と彼女が言うと、虚勢を張っているようには聞こえない。
フェイトがゲートをくぐり、その後をクロノ、リンディが続く。
さらにレイジングハートを握りしめたなのは、ユーノ、アルフもゲートをくぐった。
「それじゃあ、行ってきます」
フェイトは笑顔でそう言うと、6名の体は真下のオルキスに転送された。
エイミィは目を閉じ、彼女たちの無事を祈った。
オルキス地表の空間がわずかに歪み、そこから見知った顔が次々と姿を現す。
執務官として正義感と冷静さを合わせ持ったクロノ・ハラオウン。
そして彼の母であり、アースラの艦長でもあるリンディ・ハラオウン。
目ざましい成長をとげたエース魔導師、高町なのは。
彼女のパートナーで魔法の師匠でもあるユーノ・スクライア。
狼素体の使い魔で格闘術に長けているアルフ。
彼女らはシェイドからやや離れた位置に展開した。
そして・・・・・・。
彼の前に金髪をなびかせ、黒を基調としたバリアジャケットに身を包んだ少女が。
これから始まる戦いに何を思っているのか、悠然と歩いてくる。
シェイドはやや彼女を見下ろすかたちとなり、この位置関係こそが力関係だと知らしめるように笑った。
フェイトは笑みを浮かべなかった。
彼は周囲に散らばる魔導師たちを一見すると、彼女に視線を戻して言った。
「そうか・・・・・・君が先鋒というわけだね」
その声は暗く低く、フェイトにはまるで闇が彼の口を借りて喋っているように聞こえた。
「最後はおそらくリンディ艦長だろうけど・・・・・・いきなり君を持ってくるとは大胆な戦術だな」
さも意外そうにシェイドは驚いてみせたが、彼にとっては戦術ではなくただ斬り伏せる順番の違いでしかない。
フェイトは首を横に振った。
その動作の意味が分からずシェイドが目を瞬いていると、
「戦うのは私だけ・・・・・・私があなたを倒す・・・・・・」
フェイトが静かに言った。
「君だけだと? では連中は?」
フェイトはまたも首を振った。
「・・・・・・まさか観客・・・・・・なんて言わないだろうね・・・・・・」
もしそうだとしたら、これはシェイドにとって最上級の侮辱だ。
魔導師が――しかもこんな幼い――たった一人でムドラの民と戦うだと?
そして僕を倒すだと?
シェイドの心拍数が怒りのために少しだけ上がった。
だが彼の予想は少しだけはずれている。
彼女らは観客などではない。
もしシェイドが遺跡の時のように”兵”を率いていたら、彼女らがそれの相手をする予定でいた。
フェイトとシェイドが1対1で戦う状況を作り出すために。
だがオルキスはおろか、周辺の次元にも彼の”兵”らしきものは姿を見せない。
この事はリンディたちにとって幸運だった。
アースラの武装隊は誰一人としてまともに戦える状態ではない。
ここに何十、何百もの兵が展開していたら・・・・・・。
シェイドと戦うどころではない。
リンディたちは幸運に感謝しつつ、成り行きを見守っていた。
そのため彼女らはシェイドからすれば観客に見えていた。
「まあいいや。ここでは観客がステージに立つこともありうる」
怒りを鎮めたシェイドがフェイトを凝視した。
そしてまず目視だけで彼女の力を探ろうとした。
目の前にいるフェイトという魔導師は、戦いにはまだ早すぎるくらいに幼い。
だがこの姿は見る者に錯覚を起こさせる。
彼女の真の姿、真の強さは戦いを通してしか見えない。
そしてアースラの魔導師で唯一、シェイドとまともに闘ったことのない者は彼女だけだ。
ゆえに彼女の力をシェイドは把握しておらず、ゆえに彼女さえ倒せばアースラクルーに勝つことができる。
もちろん勝利は決まっているが、彼はニヤッと笑うとフェイトに、
「君はこれの使い方を知っているかい?」
そう言い、ふところから青く光る宝石を取り出した。
遠目から見ていたリンディたちが一瞬息を呑む。
それを感じ取ったシェイドは宝石を高く持ち上げた。
「そうだ。君たちが欲しがっているジュエルシードだ。そして僕が欲しかったものでもある」
得意の心理戦に持ち込むつもりだ。
そう感じたフェイトはそれには反応を示さなかった。
「ジュエルシード・・・・・・美しい響きだね。君たちにとってはただの名詞かも知れないが。
僕はこの言葉の美しさ、壮大さが好きなんだ。・・・・・・君にもそういうものがあるだろう?」
シェイドの問いかけにフェイトは答えなかった。
「面白い事実を教えてあげるよ。かつて君の母親プレシア・テスタロッサがアルハザードに到達するため、
ジュエルシードを集めていたね? あのことだけど・・・・・・」
プレシアの名を聞き、フェイトは無意識に明らかな反応を示してしまった。
シェイドは続けた。
「実はアルハザードに行くくらいのことなら、ジュエルシードは1個あれば充分だったんだよ。
そこはしょせん魔導師ということかな。彼女は正しい使い方を知らなかったんだね」
シェイドはちらっとフェイトを見た。
彼女は明らかに動揺している。
本人はそれを悟られまいと必死だが、シェイドにだけは手に取るように分かった。
「見ていてもどかしかったよ。”そんなに集める必要はないぞ”ってね」
「・・・・・・!!」
フェイトははっとなってシェイドを見た。
「母さんを・・・・・・知ってるの?」
理性が好奇心を抑えきれなくなったとき、フェイトはそう問うていた。
「見ていただけだよ。彼女がある程度集めたら、僕がそれを手に入れるつもりだった。
が、それより先に管理局が来てしまったものだから姿を隠したけどね」
これはウソなのか? それとも真実なのか?
フェイトにはそれを読むことはできなかった。
「それじゃあ私やアルフのことも?」
「もちろん。ジュエルシードと同時に彼女の周辺にも注意を払っていたからね」
「・・・・・・・・・」
しばらくの沈黙の後、フェイトがしぼり出すように言った。
「それじゃあ、プロケード先生のことも知ってたんだね?」
「ああ、言っただろう。僕は周囲も見ていたとね」
フェイトが頷くのを見て、シェイドは顔色を変えた。
瞳孔が開き、一瞬だけフェイトから目をそらしてしまう。
「まさか今のは・・・・・・ハッタリか・・・・・・?」
フェイトが強く頷いた。
「プロケード先生なんていないよ」
「・・・・・・」
彼は大方、管理局の事件記録か何かで得た知識を駆使し、あたかも自分が居合わせたかのように語ったのだろう。
事件記録になかったプロケードという固有名詞とフェイトの口調が、まるで実在する人物のように思わせた。
そしてシェイドは彼女の術にかかってしまった。
「ふふ・・・・・・」
シェイドが笑った。
「驚いたな。まさか僕がこんな初歩的な手に乗せられてしまうなんて・・・・・・。これも魔法の成せる業か?」
心理戦が誤爆に終わったとはいえ、それで形勢が逆転したワケではない。
「だけど、”彼女が使い方を間違った”のは本当さ。ジュエルシードの正しい使い方は・・・・・・」
そう言って彼は手にしたジュエルシードを――。
――喰った。
一度も咀嚼せず、舌の上で弄ぶこともなく。
彼はそのジュエルシードを嚥下した。
「ああ・・・・・・プラーナが僕の中に戻っていく・・・・・・」
腹中に飲み下されたジュエルシードが、彼に強大な力を与えた。
だがフェイトは動じなかった。
彼の体内から溢れ出すプラーナを前にしても、彼女は冷静さを保っていた。
そんなフェイトの態度に苛立ちを覚え、シェイドはあり余る力の片鱗を見せつけようとした。
シェイドが指を鳴らす。
すると地面が水面のようにうねり、夥しい数の土塊が姿を現した。
1000体をゆうに越える土塊の戦士に、リンディたちが戦闘態勢に入る。
「心配はいらないよ。これはただの”観客”さ。あくまで戦うのは僕ひとり・・・・・・」
そう言ってリンディを見て、
「なぜなら僕が勝つことは決まっているからね。ステージを盛り上げる演出だよ」
彼は笑った。
「ちょっとヤバいんじゃないか・・・・・・?」
アルフがクロノに耳打ちした。
「まさかジュエルシードを食べちまうなんて」
言ってからアルフは、かつての暴走体を思い出した。
そういえばこれまでの暴走体はみな、体内にジュエルシードを宿していた。
そう考えればシェイドの行動は何も特別なことではない。
しかし・・・・・・。
「クロノ君・・・・・・本当にフェイトちゃんを・・・1人にしていいの・・・・・・?」
なのはが息を切らして言った。
シェイドの体内から溢れるプラーナの渦に、リンディたちは軽い吐き気をもよおしていた。
強大なプラーナの波が見えない刃となって彼女たちの体を貫く。
それに周囲を取り巻く土塊が、彼女たちの警戒心を煽った。
シェイドはああ言っているが、あれがいつ動き出すか分からない。
(あんなにシェイドに接近していて平気なのか? やっぱりフェイトは・・・・・・)
クロノはなのはの質問を無視し、S2Uを持ち直した。
これはフェイトの支援のためでもあり、もしなのはが飛び出してしまった場合には抑止力にもなる。
緊張の中、ユーノはシェイドがとった行動に少しだけ安堵した。
(ジュエルシードがプラーナの器としての機能を取り戻したら、その力で世界を破壊できる・・・・・・。
でもそれをしようとしないところを見ると、シェイドはジュエルシードの起動方法までは知らないのか)
シェイドがそうしていたら、魔導師や管理局はおろか、全く関係のない世界までも消滅させてしまう。
「ユーノ君」
その時、シェイドがフェイトから目を離さずに言った。
「僕がそのことに気付いていないと思うかい?」
「・・・・・・ッ!!」
ユーノは戦慄した。彼は他人の思考を読み取ることができるのか?
「知っているさ。なにしろ”僕の物”だからね。だけど世界を消滅させて何が残る? 僕の帝国は今のこの世界の上に築くのさ」
「ユーノ、いったい何の話だ?」
クロノが訊いた。
「前に言っただろ。ジュエルシードはムドラの民が使えば世界を消滅させるほどの力を発揮するって」
ユーノは諦めにも近い感情を抱いた。
たとえ今はそうしなくても、フェイトがこの戦いを制した時。
果たして彼がその力を使わないかは保障できない。
「一応訊いておこうか。本当に君ひとりで僕の相手を?」
プラーナの快感に身を任せながら、シェイドが言った。
「言ったでしょ。私があなたを倒すって――」
フェイトはまるで臆していない。
遠巻きに見守るリンディたちでさえシェイドの力には恐怖を抱いているというのに。
「愚かだよ、フェイトさん・・・・・・君は何も見えていない・・・・・・」
憐れみの視線をフェイトに向け、彼は紫色に輝く光刃を起動した。
「バルディッシュ、行くよ・・・・・・これが最後の戦いだ」
バルディッシュが持ち主の意志を受け取り、金色の光刃を起動した。
『”I pray a fortune.”』
愛杖の言葉を胸に、フェイトはそれをしっかりと構えた。
「・・・・・・!?」
次の瞬間、シェイドの視界から少女の姿が消えた。
上か? いや、違う。
背後に気配を感じてシェイドが振り向いた時、フェイトはすでに振りかぶっていた。
金色の光刃が振り下ろされ、紫色の光刃が受け止めた。
フェイトはさらに身をひねり、バックハンドで斬りつけた。
シェイドの光刃の先端がぎりぎりでそれを弾き返す。
光刃が数ミリ短ければ、彼の体は真っ二つにされていたかもしれない。
フェイトの攻撃はなお激しさを増す。
上段から中段、さらに下段への斬り返し。
それら全ての動きが、シェイドを追い詰める。
彼女の攻撃は素早く、力強く、そして正確だ。
剣を交えるたび、シェイドはある疑問を抱いた。
(一体、誰がこの少女にこんな剣術を教えたんだ?)
フェイトの剣術の型は彼の知っている型の中にはなかった。
世界中のあらゆる剣術を探しても彼女の使っている型は存在しない。
それゆえ彼は攻めあぐねていた。
この型には全く隙がない。
しかも小柄な少女からは想像もつかないほどの重い連撃が彼を押していく。
「・・・・・・!!」
シェイドは反撃に転じることができない。防御するので精一杯の状態だ。
しかしある考えにたどり着き、彼は安堵した。
(この少女は魔導師の中で最も強い)
もし彼女に剣技を教えた者がいて、それがまだ彼女よりも強い人物であれば。
ここにいるハズだ。
となるとどう考えても、フェイトよりも強い魔導師がいるとは思えない。
仮にいたとしたら、敗北が死を意味するこの戦いに弟子を送り込むだろうか?
それは考えられない。
2人は1秒の間に5回斬り結んだ。
2本の光刃が唸りをあげ、交わり、弧を描く。
「見事な腕前だよ、フェイトさん! 正直、後悔してるんだ!」
言葉を発するたびに息が弾む。
わずかでも気を抜けば、金色の光刃の餌食になってしまいそうだ。
「アースラにいる時に始末しておくべきだったよ! 君が力をつける前にねっ!」
これは彼の本音だ。
実際、エダールセイバーを振るうシェイドの表情には微塵の余裕もない。
「あなたは間違ってる! 管理局を滅ぼしてもムドラの復活にはつながらない!」
金色の光刃が閃いた。
シェイドは上体をそらせて躱す。
「本当は気付いてるハズなんだッ! あなたはこんなコト、望んでないッ!」
バルディッシュを斜に構え、フェイトが訴えた。
これは戦いだ。
彼女の名「FATE」が示すとおり、この戦いは彼女にとって避けられない運命だ。
「僕の望みはムドラの復活だ! そのためにはお前たちを滅ぼさなければならないんだ!」
シェイドが振りかぶった。
目にも止まらない素早い攻撃がフェイトを押し戻す。
これは彼と彼女の個人的な戦いではない。
魔導師とムドラの、生存をかけた死闘だ。
光と闇の運命を賭した争いだ。
2人はそれを分かっていた。
この戦いの中で、2人は光と闇なのだ。
シェイドの光刃が一閃し、フェイトのマントを斬った。
フェイトの光刃が煌めき、シェイドの漆黒のコートを切り裂いた。
光が闇を照らし、闇が光を覆った。
闇が濃くなればなるほど光はその輝きを増し、光が強くなればなるほど闇はより深くなっていく。
シェイドが宙返りを打ってフェイトの背後に回りこむ。
だが着地と同時にフェイトが振り向きざまに光刃を振り、シェイドがバランスを崩す。
フェイトの猛攻が、シェイドの鉄壁の防御を破ろうとしている。
(どういうことだ?)
グリップを握る手に痺れを感じつつ、シェイドは思った。
彼女のこの強さは何だ?
僕の体内にはジュエルシードがあるんだぞ?
なのになぜ魔導師ひとりに苦戦を強いられる?
たしかに、初めて会った時から彼女は強かった。
たった一日で剣技の基本をほぼマスターするほどの才能の持ち主だ。
だがそれがどうした?
真に剣技を昇華させているのは僕だ。
エダール剣技はあらゆる武術の頂点に位置し、最も実戦的な剣術のハズだ。
何ひとつとして彼女に劣る要素はない。
なのに何故だ?
彼女の強さはどこから来るんだ?
リンディたちはある選択を迫られていた。
フェイトは確かに強い。
おそらくこの中にいる全員で戦ってもシェイドを倒すどころか、互角の戦いに持ち込むことも難しいだろう。
しかしだからといって、彼女だけを戦わせるべきなのか?
クロノの言う、”足手まといになる”という考え方も頷ける。
だがこれが魔導師とムドラの戦いなら、なぜ自分たちは傍観の立場をとっているのだ。
ましてやそれが娘として迎えたいフェイトなら、なおさらのことだ。
リンディはチラっとクロノを見やった。
クロノはゆっくりと首を横に振った。
ここでは思念通話は危険だ。
先ほどのユーノの件でも明らかなように、思考の全てをシェイドに読み取られる危険がある。
リンディはできるだけ考えないようにして、2人の戦いを見守った。
もはや自分たちには介入できないレベルの戦いになっている。
スピードも、技量も、意志も。
そのどれも2人には敵わない。
だが、それでも。
もしフェイトの身に何かあれば、命を賭してでも助けにいく覚悟はしていた。
それが母親だ。
怒りのためか、それとも焦りのためか。
シェイドの攻撃が激しさを増した。
ただ、なのはやクロノと違うのは、その攻撃の正確さが落ちない点だった。
いよいよ彼が攻勢に転じる番だ。
グリップに確かな手ごたえを感じながら、シェイドが風のように戦場を駆けた。
彼は大胆に、しかしこれまで以上に慎重に光刃を振った。
フェイトの動きの先の先まで読み解き、最も効率的な攻撃をしかける。
フェイトはそれを必死に防ぎながら、反撃の隙を窺った。
彼女にはシェイドの動きが視覚ではなく、直感的に理解できるハズだった。
だが今、その能力は充分に発揮できない。
おそらく彼自身がまとっている強力な闇が、フェイトの”視力”を妨げているのだろう。
「私があなたを倒す・・・・・・あなたを止めてみせる――」
2人は数メートル距離をとり、激しく睨み合った。
「それはムリな話だよ。決して――」
シェイドが両手に握ったエダールセイバーを掲げた。
「プラーナのひとかけらでさえ、君たち傲慢な魔導師には足元にも及ばないほど強大なんだ」
2人の姿が消えた。
彼らは空中で斬り結んでいた。
両者の光刃は残像でしか捉えられない。
空中での戦いはフェイトにやや有利だった。
なぜなら地上での戦いと違い、360度あらゆる方向に移動できる空中では彼女の機動力が充分に発揮できるからだ。
フェイトは先ほどの何倍もの素早さでシェイドの死角に回り込む。
バルディッシュがエダールセイバーを叩いた。
シェイドが身をひねってフェイトの追撃を躱す。
だがフェイトの攻撃は常に単発ではない。
フェイントを織り交ぜた巧みなコンビネーションが、シェイドの俊敏な動きを完全に封じた。
「・・・・・・ッ!?」
不意に左腕に痛みを感じ、シェイドは咄嗟に視線を落とした。
コートの裾が裂け、血が滲んでいる。
「フェイトォォォッッ!!」
自分の血を見たシェイドが、怒りに任せて光刃を振るった。
血の色に興奮したのではない。
相手の一撃を許してしまったことに屈辱を感じたのだ。
だがこの一撃はシェイドの平常心をいくらか奪うと同時に、その闇をさらに深くした。
危険を感じてフェイトが離れた。
今のままでは彼の動きが見えない。
「お前たちが憎いッ!!」
シェイドの表情にもハッキリと憎悪が見て取れた。
紫の光刃がひときわ強く輝き、目の前の怨敵を斬り裂こうと迫る。
フェイトが再び地上に降りた。
そして上空からの一撃に備える。
「くっ・・・・・・!」
プラーナをまとった紫色の光刃が、バルディッシュごとフェイトを叩き斬ろうとした。
フェイトのブーツが重圧に耐えられず、地面を削った。
「シェイドッッ!!」
フェイトが叫び、シェイドの憎悪を弾き返した。
少女の光が少年の闇を照らした。
空中でバランスを立て直したシェイドは、そのまま地上に降り立つ。
「危なかったよ。もう少しで冷静さを欠いてしまうところだった・・・・・・これじゃまるでクロノ君だね」
肩で息をしながら、シェイドがぎこちない笑みを浮かべた。
そしてチラッとクロノの反応を確かめた。
ダメだ。この程度の挑発には乗ってこない。
シェイドは再びフェイトを睥睨した。
あれだけの激戦の後にもかかわらず、彼女の呼吸はまったく乱れていない。
恐怖も動揺も、焦燥感すらも抱いていない。
シェイドはそれがたまらなく不愉快だった。
なぜ彼女はそうなんだ?
リンディも、クロノも、なのはも、ユーノも、アルフも!
そしてアースラからこれを見ているエイミィやクルーも!
誰もが僕に恐怖を感じている。
僕にはそれが手に取るように分かる。
だが、目の前の魔導師だけは・・・・・・違う。
彼女の真意が読み取れない。
プラーナの洞察力も彼女には効果がなかった。
まるで彼女を深い闇が覆っているようだった。
「君だけは油断できないな・・・・・・」
シェイドが目を細めて少女を見た。
彼女は今、戦闘意欲を喪ったかのようにバルディッシュを下に向けている。
シェイドがエダールセイバーを振り上げた。
フェイトもそれに応じるようにバルディッシュを構えなおす。
「ここで決着をつける――」
フェイトが静かに言った。
「それは・・・・・・」
彼は俯いた。
「僕のセリフだッ!!」
シェイドは振りかぶり、踊りかかると見せかけ――。
素早く左手を前に突き出すと、閃電を放った。
体内のジュエルシードからプラーナを得たアメジスト色の稲妻が、フェイトをふき飛ばした。
フェイトはシン・ドローリクの船体に激しく背中を強打し、地面を転がるようにして落ちた。
持ち主の手を離れたバルディッシュは、光刃を消失させて落下した。
「フェイトちゃんッッ!!」
「フェイトッ!?」
なのはとアルフが同時に叫んだ。
だがうつ伏せに倒れた少女からは何の反応もなかった。
「ふふ・・・・・・」
シェイドが左手に残るプラーナを感じながら笑った。
「アハハハハハッッ!!」
まるで箍(たが)が外れたように、彼は大声をあげて笑った。
「勝った! 勝ったぞッ! 僕は勝ったんだ!!」
シェイドは天に向かってそう叫んだ。
彼は時折、艶美な笑みを浮かべることがある。
これは”笑うことにより相手の心理に影響を与える効果”を狙ってのことだ。
だが彼は今、珍しくそうした打算や駆け引き抜きに笑っていた。
当然だ。
彼は勝ったのだ。
咄嗟のプラーナ・ライトニングを防げなかった点を考えれば、フェイトはクロノやなのはにも劣る。
彼が最も警戒していた少女が、実は彼がこれまで戦ってきた誰よりも弱かった事実。
そして何より、フェイトさえ倒せば脅威となる者が存在しないという現実。
ムドラの勝利。
彼はそれらをひとつひとつを噛みしめ、その余韻に浸った。
「見たか、リンディ! これがムドラだ! これがプラーナだ! 僕は魔導師に勝ったんだッ!」
シェイドは憎悪と狂気と歓喜の混じった視線をリンディに叩きつけた。
フェイトが強いだと? 見たこともない型で戦っていただと?
彼女が僕の脅威だったと?
それらは全て買い被りが引き起こした錯覚だ。
フェイトはただ、がむしゃらに光刃を振るっていただけだ。
それが型どおりに戦おうとするシェイドには、見たこともない型に思えただけだ。
シェイドはちらりとフェイトを見た。
倒れたままピクリとも動かない。
先ほどの閃電には、想像を遥かに絶するパワーが込められている。
以前にクロノが受けた何十倍もの威力を伴なっている。
もしかしたら、もうすでに・・・・・・。
そう考えると、シェイドは止めようと思ってもこみ上げる笑いを止めることができなかった。
アルフは反射的に飛び出していた。
「なにが――」
シェイドがゆっくりと振り向いた。
「おかしいんだッッ!!」
アルフが拳を振り上げ、シェイドに飛びかかる。
この無謀な攻撃にシェイドはエダールセイバーを軽く一振りした。
全く力をいれていなかったが、これだけでもアルフの突撃は充分に牽制できた。
すかさずシェイドが左手を突き出し、プラーナを撃った。
憎悪を帯びた衝撃波が、アルフを遥か後方の森林に突き飛ばす。
「クロノ!」
リンディが叫びながら、シェイドに斬りかかった。
「遅いッ!」
シェイドはリンディの方を見もしないで逆手に持ち直したエダールセイバーを振った。
美しすぎる軌道を描き、紫色の光刃がリンディの右肩をかすめる。
リンディは一瞬怯んだものの、すぐに剣を構えなおして再び斬りかかる。
だがその切っ先はシェイドを捉えられない。
シェイドが紫の光刃を3度振るった。
1度目は緑色の光刃を叩き、2度目はリンディの長髪を斬り――。
そして3度目はリンディの右肩を貫いた。
「くっ・・・・・・!!」
痛みに顔をしかめながら、リンディは後ずさった。
手からエダールセイバーのレプリカがすべり落ち、シェイドの足元に転がった。
シェイドはそれを見やると、光刃を逆にして外科医のような正確さでレプリカに突きたてた。
金属製のグリップが悲鳴をあげ、バラバラに砕け散る。
そしてシェイドはリンディにとどめを・・・・・・刺せなかった。
シェイドの前には彼女を護るようにクロノとなのはがそれぞれの武器を手に立ちはだかっていた。
「左右から同時に攻めるぞ」
クロノが呟き、なのはが頷いた。
「ふふ・・・・・・」
シェイドが口の端をゆがめて笑った時、2人はほぼ同時に展開した。
左からクロノの青色の光刃!
シェイドはそれを余裕で見切る。
右からなのはの桜色の光刃が迫った!
シェイドはその場でくるりと一回転すると、2人の精一杯の攻撃を右手だけで払った。
「なのはさん・・・・・・ようやく本気で戦うようになったね」
桜色の光刃を眺めながら、シェイドが感嘆の吐息をもらした。
「シェイド君とは・・・・・・こんなふうに戦いたくなかったよ」
なのはは目を伏せた。
背後からクロノの光刃が振り下ろされる。
シェイドはそれを後ろ手で防ぐと、なのはを見て嘲弄した。
「悩むことはないよ。君もすぐにフェイトさんの後を追うんだからね」
シェイドは左手を後ろに向けてプラーナを放った。
クロノの体が中空に持ち上げられる。
なのはがレイジングハートを振り上げた。
「どうして!? どうしてこんなことするの!?」
シェイドは右手に持ったエダールセイバーでなのはの渾身の一撃を抑えた。
「どうして復讐なの!? 私たちは分かり合えるハズだよッ!」
シェイドはさも面倒くさそうに、
「そう思ってるのは君だけさ」
そう言って光刃を力任せに振り、なのはをふき飛ばす。
間髪をいれず彼は振り向き、ニヤッと笑った。
クロノは指一本動かせず、まるで磔(はりつけ)にされたように中空に体を固定されていた。
シェイドはエダールセイバーを一閃すると、まずS2Uを真ん中から叩き割った。
さらになぎ払い、クロノの脇腹を斬った。
「うああ・・・・・・ッ!!」
声にならない悲鳴をあげ、クロノが苦悶の表情を浮かべる。
シェイドがプラーナを緩めると、クロノはその場にどさりと崩れ落ちた。
再び彼が振り向いた時、なのはは怯えたような目でレイジングハートを構えていた。
その手は明らかに震えている。
それを見てシェイドは嬉しくなった。
威圧するように一歩前に踏み出る。
反射的になのはは一歩退いた。
シェイドが右手のスナップを効かせてエダールセイバーを投げた。
アメジスト色の円を描きながら飛来する光刃に、なのはは魅入られたように立ちつくした。
「ああぅッ・・・・・・!」
うなりを上げて飛ぶ光刃が、なのはの左太腿をえぐった。
痛みに耐えかね、なのはがひざまずく。
エダールセイバーはブーメランのように回転しシェイドの手に戻った。
白いバリアジャケットが裂け、そこから鮮血が流れた。
続いてシェイドは、リンディに治癒魔法をかけているユーノを見やった。
「・・・・・・ッ!!」
その視線に気付き、ユーノが肩をこわばらせた。
「君の心は分かるぞ。君は責任を感じているね。今のムドラを作ったのは魔導師だと・・・・・・」
シェイドの眼が妖しく光った。
「だけど、だからといって僕が君に手心を加える理由にはならないな・・・・・・」
そう言って彼は左手を突き出し、いくらか力をセーブしてプラーナを放った。
「がはッ・・・・・・!!」
背後の木に叩きつけられて、ユーノが呻いた。
シェイドは突き出した左手をそのまま後ろに向け、迫ってきたアルフに狙いをつけた。
「・・・・・・!?」
完全に背後をとったと思っていたアルフは、一瞬たじろいだ。
シェイドが左手の指を何かを掴むようにすぼめた。
「くっ・・・・・・」
アルフの首が見えない力に締め上げられる。
「君も光に還るといいよ・・・・・・」
締め上げる力がさらに強くなった。
だが、もう少しでアルフの呼吸を完全に奪う段になって、シェイドはふっとその力を弱めた。
アルフが両手を首にあて、息苦しそうにシェイドを睨みつけた。
シェイドは観客たちの顔を順番に見やった。
ある者は彼を憎み。
ある者は仔犬のような怯えた視線を彼に向け。
ある者は苦痛に顔をゆがませていた。
そのどれもが彼を快感と勝利に酔いしれさせた。
シェイドが安易にリンディたちの命を奪わなかったのは手加減からではない。
この恐怖や絶望、怒りや憎悪といった感情を楽しむためだ。
「シェイド・・・・・・」
リンディがよろよろと立ち上がって言った。
彼女が唯一、シェイドに対抗できる武器「エダールセイバーのレプリカ」はすでに彼によって破壊されている。
シェイドはチラッと彼女に視線を移すと、
「あんたは最後だよ。まずは――」
すぐにその視線をフェイトに注いだ。
エダールセイバーをしっかりと握りしめ、フェイトを正面に捉える。
勘違いとはいえ、一度は自分を脅かした少女から先に始末しようと考えたのだ。
「フェイトちゃんッッ!!」
なのはが立ち上がって叫んだ。
だが傷が思ったよりも深かったのか、なのははすぐにその場に座り込んだ。
「フェイトちゃんっ!」
痛かった。
これまで彼女が受けたどの傷よりも痛かった。
息苦しささえ感じる。
だが、それでも彼女はフェイトの名を叫び続けた。
「フェイトちゃんっ!!」
しかしなのはの叫びもむなしく、フェイトが立ち上がることはなかった。