第11話 熱砂の地

(再び現れたソルシア。彼女を倒すため、ブライトはある策を決行する)

「そうか、それは見たかったな」
ブライトはフェイトからなのはの裁判の様子を聞いた。
無罪となったことは既に知らされていたが、その模様まではブライトは知らなかった。
魔導師総括の執拗な尋問、それに堪えかねた法律顧問が吼えたこと。
顧問弁護士の弁護により、傍聴人から万雷の拍手が起こったこと。
フェイトの語り口調は淡々としていたが、ブライトの頭にはその時の様子が鮮明に描かれている。
「彼女が無罪になったと聞いた時、僕は少しだけ救われた気がしたよ」
ブライトは悲しげに言った。
「なのはさんには何の罪もないから。もっとも、彼女には自責の念があるみたいだけど」
フェイトが証言台に立ってなのはを弁護してくれたことにブライトは深く感謝した。
本来ならばそれは彼の役目だったハズだ。
「僕の口から直接謝罪したい――」
ブライトが呟き、フェイトが慌てて制した。
「そんな事したら、あなたがシェイドだってことが――」
「分かってる。でも僕の気持ちはそうなんだ」
気まずい空気が流れた。
フェイトはぱっと顔を上げて、
「言葉で表わすことだけが謝罪じゃないよ」
と言った。
「なのはが怪我をしないように、一刻も早く闇を倒す。それだって立派な謝罪になると思う」
(ああ、そうか)
ブライトは彼女の言葉の意味を瞬時に理解した。
要は気持ちの問題なのだ。
言葉で謝罪の意を述べるのは方法のひとつでしかない。
もちろんそれが自分の気持ちを最もストレートに、かつ確実に相手に伝える方法であることに間違いはない。
それができるなら、彼はとっくにそうしていた。
だが、できない。
できない理由を言うこともできない。
結局、言葉による謝罪は叶わない。
なら別の行動で示せばいい、とフェイトは言った。
「きみは大人だな。フェイトさん」
心に思っていたことを、ブライトは無意識のうちに口にしていた。
「もしよかったら、少し付き合ってもらえないか?」
ブライトはここぞとばかりに言った。
「闇と戦うためさ」

 相変わらずトレーニングルームは使われた形跡がない。
1秒ごとに力を増す闇に対抗するためには、自身の能力アップは不可欠だ。
とはいえ苦労して得た力もたやすくコピーされることを知れば、トレーニングに割く時間は無駄だとも言える。
この矛盾した闇への対抗策に、ブライトは自らの力を高めることを選んだ。
といっても、自分を追い詰めて力を解放するのではない。
「用意はいい?」
フェイトが訊ね、ブライトは小さく頷いた。
「僕に気を遣うことはないよ。本気で来てくれ」
フェイトの右手から金色の、ブライトの右手からアメジスト色の光刃が伸びた。
どちらが合図するともなく、2人は同時に駆けた。
フェイトが低い姿勢から一撃を繰り出す。
ブライトは背を反らせて躱し、次いで力任せに光刃を叩きつけた。
この軌道は読みやすい。
直線的な攻撃を避けたフェイトは、地を蹴ってブライトの側面に回りこむ。
そこから連撃を繰り出すが、これらは全てブライトに防がれてしまう。
「何を躊躇ってる! きみらしくないぞっ!」
フェイトの攻撃にゆるさがあることは、ブライトにはすぐに分かった。
おそらく以前のように力を発揮できない彼への配慮だろうが、これではこの部屋で剣を交える意味がない。
その怒声に彼の覚悟を感じたフェイトは別人になった。
まるで金色の牙を持った突風のように、フェイトは恐ろしいスピードで縦横無尽に駆け、あらゆる方向から同時に攻撃した。
「くっ!! そうだ! それでいいッッ!」
闇と同様にフェイトの力もまた、時とともに増している。
彼女の光刃を受け止めるブライトには、目の前のフェイトが何人にも見える。
しかもそれら全てが素早く、そして正確に一撃を叩き込んでくる。
バルディッシュと一体となった彼女の強さから、ブライトは思った。
(この娘は一日もトレーニングを怠ったことがないんだ)
それも、もう使うことはないだろうと思われていたエダールモードである。
(どうしてフェイトさんはエダール剣技の練習を続けていたんだ?)
ブライトには分からない。
が、彼女の強さの秘密を見た気がした。
2本の光刃は数度もつれた。
手数が多いのはフェイトの方だったが、ブライトも決して負けてはいない。
攻撃に傾倒するフェイトと防御に徹するブライト。
2人の位置ははっきりしていたが、この戦いに勝敗はない。
本気で戦うことにこそ意味がある。
(強い・・・・・・な。さすがはフェイトさんだ)
ブライトの鉄壁の防御をフェイトは切り崩せないでいた。
彼女がどれほど不意を衝こうとも、彼は見事な体の捌きでそれを躱していく。
(やっぱりシェイドだ)
フェイトは改めて思った。
この世界のどこにも、彼ほど剣技に巧みな者はいない。
金色の光刃が煌めき、ブライトの左腕を斬った。
セーフティモードにしているため、この一撃が傷となって残ることはない。
バックステップで距離をあけたブライトは、腕に痺れを感じながら光刃を収めた。
それに合わせてフェイトもバルディッシュを待機状態に戻す。
「少しだけ感覚が戻った気がするよ」
と言ってブライトは笑った。
彼は闇との戦いに再びエダールセイバーを握ることを決意した。
このムドラの技術の粋は彼にとって、最も強い武器ととなり最も堅牢な防具となるハズだ。
しかしそれを持つ使い手に相応の力が宿っていなければ、エダールセイバーは死んだのと同じだ。
彼はかつてシェイドであった頃の感覚を取り戻すために、フェイトと剣を交えた。
「大丈夫?」
フェイトがブライトの手をとった。
「平気さ。少し痺れてるけど」
「ううん、そうじゃなくて――」
「違う?」
「心配なんだ」
ブライトは眉をひそめた。
「また・・・・・・シェイドを喪いそうで・・・・・・」
「フェイトさん?」
彼女の口調が少し変わっていることに気付いたブライトは、語気を強めて返した。
「きみの気持ちは痛いほど分かる。ああ、分かるさ。でも今、きみが抱いているような感情は危険だ。闇はそういう暗い心を好むから」
だから後ろ向きになるな、とブライトは言った。
「ごめん・・・・・・」
フェイトは今度は力なくうな垂れた。
「きみの気持ちはありがたく受け取っておくよ。でも心配しなくていい。僕は決して負けないから」
強がりでもよかった。虚勢を張っていてもよかった。
とにかくそう口にするだけで闇への牽制になる。

 トレーニングルームを出た2人は、息を切らせたエイミィに捕まった。
「さっきクロノ君から連絡があったんだけど」
「どうしたの?」
「ソルシアを倒したって――」
「本当ですか?」
フェイトが身を乗り出した。
エイミィの短い言葉の中には、ソルシアが生きていたこととソルシアが倒されたことの2つの事実が含まれていた。
「うん。クロノ君は不意を衝かれたらしいんだけど、なんとか倒せたって」
「場所は――」
横で聞いていたブライトが口を開いた。
「場所はどこですか?」
「ノートリアスだよ」
「ノートリアス・・・・・・」
ブライトは呟き、何かを言いかけたが押し留めた。
「リンディ提督に報告しないといけないから。それじゃあ、また後でね」
エイミィは返事を待たずに艦橋に消えた。
「どうしたの?」
エイミィの姿が見えなくなるのを待ってフェイトが訊ねた。
しばらく返答を躊躇っていたブライトだったが、やがて、
「ソルシアを倒したというのは間違いだろう」
と言った。
「ノートリアスはほとんど陽が当たらない場所だ。そこでソルシアが倒れたとは考えられないよ」
「どういうこと?」
と訊きながら、フェイトは辺りを見回した。
誰もいない。
もし会話を聞かれていたら面倒なことになりそうだ。
「きみもソルシアを見ただろう? あいつに限らず全ての影は、闇から闇へ移動する力があるんだ」
ブライトは足元を指差した。
「影には実体がない。だから倒したと思っても、実は近くの闇に逃げ込んでいるのが大抵だ」
「ノートリアスには陰が多い――」
「そうだ。影と戦うときは注意が必要だ。奴らを倒すなら光の中しかない」
彼の言葉を裏付けるように数分後、ノートリアス西部に再びソルシアが現れたとの報告が飛び込んできた。

「クロノ君は?」
「すぐに別の現場に・・・・・・遠隔地だからすぐには戻ってこられないと思う」
モニター相手に格闘するエイミィに、ブライトが邪魔にならないように声をかけた。
「今、なのはちゃんとユーノ君が向かってる。でも規模が大きいよ・・・・・・どうしよう」
ノートリアス西部は開発が始まったばかりの地域だ。
影がここを襲った理由は言うまでもない。
全てを闇で覆うための襲撃だ。
これまで以上の影がノートリアスを中心に展開している。
しかもそれを率いているのが、あのソルシアだ。
「僕に考えがあります」
エイミィが振り向いた。
何かまた、無茶な提案でもしてくるんじゃないか。
彼女は自然と身構えてしまう。
「ソルシアを倒すには全ての影から奴を切り離す必要があります」
「どういうこと?」
「孤立させて叩くんです。それしかありません」
言ってから彼は、しまったと思った。
勢い込む余り、つい断定口調になってしまっている。
管理局情報部ですら知りえないようなことを、なぜこの少年が知っているのか?
疑惑の視線を向けたのは彼女ではなく、その隣にいたリンディだった。
視線に気付いたフェイトがすぐに助け舟を出した。
「私もそう思う。今までの影の動きを見ていると、ソルシアを倒す方法はそれしかないんじゃないかな」
フェイトはちらっとリンディを見た。
リンディは腕を組んだ姿勢のまま、ブライトを訝しげに見つめている。
「うまくいくかは分からないけど、それが通用するなら――」
エイミィは含みを残しつつリンディに意見を求めた。
「・・・・・・そうね。このままじゃいたずらに被害が増えるばかりだわ。ブライト君、フェイトさん」
「はい」
「私もあなたたちの考えを信じるわ。でも決して無理はしないように」
「分かりました」
ブライトは頭を下げ、リンディの視線から逃れるようにその場を去った。
彼の後を追ったフェイトは、あえてアルフを拾わずにノートリアスに向かう。
「どうするの?」
「ソルシアをノートリアスから引き離すんだ」
「どうやって?」
「ユーノ君が得意な手段さ」
リンディの目が頭から離れないブライトは、つい淡々と答えてしまう。
「フェイトさん、きみはノートリアスに残ってなのはさんたちの援護をしてくれ」
「・・・・・・分かった」
私も行く、という言葉をフェイトは飲み込んだ。

 

「なのは、後ろ!」
広域の防御魔法を展開しながらユーノが叫んだ。
なのはは絶えず回避と攻撃を繰り返したが、その顔には明らかに疲労の色が見える。
かつてないほどの影がここにいる。
彼女たちがまだ見たことのない悪鬼の群れが、ノートリアス西部を覆っている。
アースラから20数名の武装局員が派遣されているが、彼らの疲弊は甚だしい。
数の上でも力の上でも圧倒的に不利だった。
「ホラホラ、どうしたの? もっと楽しませてくれなきゃ♪」
戦場からやや離れたところでソルシアが高みの見物に興じていた。
「せっかく遊びに来たのに、これじゃつまんないよ」
僕たちは生かされている、とユーノは思った。
もしソルシアが本気で攻撃してきたら、ここにいる局員たちはたちまち潰滅。
なのはやユーノも時間をおいて全滅するだろう。
彼女たちはソルシアの油断に感謝するべきだ。
「ソルシアちゃん!」
悪鬼の追撃を躱しながら、なのははソルシアと同高度まで飛翔した。
「やっぱり話は聞いてもらえないの!?」
この期に及んで懇願するようななのはに、ソルシアは嘲笑で答えた。
「甘いね、アンタ。そういうの・・・・・・嫌いじゃないよ?」
「え?」
「アンタみたいなのはアタシたちにとって恰好の獲物だってこと♪」
「・・・・・・!?」
動くのが遅かった。
ソルシアが忍ばせたプラーナが、なのはの四肢の自由を奪った。
ソルシアは侮蔑の笑みを浮かべ、指を曲げた。
力の流れに従い、なのはの体が引き寄せられる。
「怖いの? いいね、その顔。もっとよく見せてよ?」
言ってソルシアがさらにプラーナを繰ると、なのははまるで磔刑に処せられた恰好で彼女の前に引き出された。
完全に彼女の間合いだ。
『”Spread Buster”』
音声とともにソルシアの頭上から無数の光矢が降り注いだ。
敵が手薄な隙をついて、武装隊がソルシアへ攻撃をしかけたのだ。
だが局員の力が足りなかったのか、それとも彼女が強すぎたのか。
光矢は一本としてソルシアには命中しなかった。
プラーナによって軌道をねじ曲げられた光矢はあさっての方向に落ちていく。
これを放った局員はソルシアが一睨しただけで後方に吹き飛ばされた。
「なのはッ!」
様子を見ていたユーノが援護に向かおうとするが、数体の悪鬼が行く手を阻んだ。
「ソルシアちゃん・・・・・・」
プラーナはなのはの呼吸まで奪おうとしていた。
なのはは必死にもがき、見えない力から逃れようとした。
「お願い・・・少しでいい・・・から・・・・・・話を聞いて・・・・・・」
ソルシアという少女を見た目で判断するのは大きな誤りだ。
彼女は少女の姿をしているだけの闇でしかない。
「話し合う必要はない!」
戦域外から飛び込んできたブライトがエダールセイバーを振るった。
なのはに集中していたソルシアはそれを避けられず、脇腹を斬り裂かれた。
プラーナの鎖から解き放たれたなのはは、素早く後退しレイジングハートを構えた。
「来たね、ルーヴェ――」
「なのはさんッ! こいつから離れろ! 早くッ!」
ブライトはソルシアに話す機会を与えなかった。
今もあやうく彼の名を口にするところだった。
なのはは言われた通りにした。
遅れて現れたフェイトも、すでにブライトの横でエダールモードを起動している。
だがフェイトがソルシアに対して金色の光刃を使うことはない。
(ユーノ君)
ブライトは念話で呼びかけた。
(きみは転送の魔法が得意だと聞いたけど、そうか?)
(まあ、得意な方かな。どうしたの?)
すぐにユーノから答えが返ってきた。
(なら頼みがある。隙をみて僕とソルシアだけを転送してくれ。場所はタレントムならどこでもいい)
「アンタさえ消えれば・・・・・・世界は闇のものになるんだ!!」
激昂したソルシアが手を振ると、40個の魔法陣が現れた。
フェイトが素早く前に出、対速射攻撃用の結界を展開する。
(それは作戦なのか?)
ユーノが悪鬼の攻撃を防ぎながらも、意識はブライトに向けて問うた。
(そうだ。リンディ艦長の許可も出てる。ソルシアを倒すにはそれしかない)
とブライトが答えてから、若干の間があった。
ユーノには逡巡があったらしい。
だがブライトの言葉にはなぜか聞く者に、従わなければと思わせる何かがある。
実際、そんなハズはないのに彼には闇の全てが見えているような気がする。
だからユーノはブライトの言葉を信用した。
今だに話し合いを試みようとするなのはを、冷徹なソルシアの危険から遠ざける意味もある。
あの強敵をブライトひとりで引き受けてくれるなら、こちらの戦いは相当有利に転ぶ。
反面、彼はどうなるのかという疑問が浮かぶ。
まさか道連れに・・・・・・?
一瞬だけその考えがよぎり、ユーノが慌てて否定したところへ、
(ユーノ、お願い)
と、フェイトの声が聞こえてきた。
フェイトの保証が付いたことで、ユーノのためらいは消えた。
ソルシアを早急にこの戦域から遠ざける必要がある。
そう感じたユーノは悪鬼の攻撃を躱しながら、ブライトに近づいた。
この時、40個の魔法陣から怒涛の速射攻撃が始まっていた。
赤色の光弾は結界に阻まれ、速度を落とした。
が、ソルシアの力は前回よりも成長している。
光弾のいくつかが結界の外縁を這うように飛び、四方からフェイトを追い詰めようと迫る。
しかも時間差による多重攻撃が、フェイトに対応の難しさを突きつけた。
最初の光弾はすでにフェイトの眼前まで迫っている。
しかしここで撃ち返してしまうと、その瞬間に結界を解くことになってしまい、大きな隙が生じてしまう。
フェイトの危機になのはが駆けつけた。
ソルシアの攻撃のいくらかを自分がひきつけようというのだ。
突然の乱入に、ソルシアの注意がフェイトとなのはの間で揺らぐ。
「ユーノ君、急いでくれ!」
叫びながらブライトはソルシアの懐に飛び込む。
「な、アンタ・・・・・・!?」
虚を衝かれたソルシアは今度は俯瞰してブライトを視界に捉えようとした。
その視線にブライトが顔を上げるより早く、緑色に輝く魔法の球体が2人を包み込んだ。
数秒後、ノートリアスの戦域から2人の姿が消えた。

「ブライト君とソルシアの反応が消えました!」
2人が消える直前までモニターを凝視していたエイミィは、予測していたこととはいえその事実に驚きを隠せなかった。
「すぐに探索して! ブライト君から目を離しちゃだめよ!」
エイミィと同じように自らも制御盤と格闘するリンディは、つい数分前のやりとりを思い返していた。
ソルシアを闇から切り離して叩く、というブライトの案だ。
これにはリンディも賛成したが、彼がどこにソルシアを連れ出すのかを聞いていなかった。
明らかに確認を怠ったリンディのミスだが、そのために今、こうしてブライトの行方を捜索する羽目になってしまった。
「ユーノ君の魔力からして、そう遠くではないと思いますが・・・・・・」
エイミィは純粋に任務としてブライトの行方を追っているが、リンディは少し違った。
だが、その違いが何かはリンディ本人にも分からなかった。

 ノートリアスの戦いでは、にわかに管理局側が有利になった。
フェイトが加わったことも影響していたが、何より睨みを効かせていたソルシアがいなくなったことが局員を鼓舞した。
なのはやフェイトにとっては群がる影はさほどの脅威ではない。
基本に忠実に、背後を取られないように常に注意していれば傷を負うこともない。
「ユーノ!」
フェイトはバルディッシュを再びエダールモードに切り替え、ユーノを襲撃しようとした悪鬼を斬った。
「あ、ありがと・・・・・・」
背後から影が迫っていることに気付かなかったユーノは額に汗を浮かべた。
それだけ影が強いというわけだが、それをさらに上回るフェイトに彼は実力の開きを見た。
(せめて、足手まといにならないようにしなくちゃ)
金色の光刃を手に、闇を斬り裂いていくフェイトを見ながら、ユーノは決意を新たにした。
同じように彼女の勇姿を遠くから見ていたなのはは、複雑な感情を持った。
あの金色の光刃を見ると、亡きシェイドを思い出してしまう。
味方を装って自分たちに近づき、裏切り、自分を利用し、多くの人を傷つけ、フェイトの心までも奪ってしまった彼を。
なのはの心のどこかに、彼を許せない自分がいるのは確かだ。
エダールモード特有の唸り声が聞こえるたび、なのはの体を熱いものが駆けていく。
(私・・・・・・)
我に返ったなのはが顔を上げた時、ほとんどの影が姿を消していた。

 

 地を踏んだブライトは、すでに勝利を確信していた。
ユーノの魔法によってタレントムに飛ばされた2人は、十数メートルの距離で対峙した。
ここタレントムは、”熱砂の地”とも呼ばれている。
文字通り、照りつける太陽と渺々とした砂漠以外に何もないこの惑星が、今のブライトには大きな強みとなっている。
「アンタにこんな潔いところがあったなんてね」
ソルシアが暗い瞳でブライトを睨みつけた。
彼女はブライトが1対1の闘いを望んでいるものと思っている。
事実そういうことになるが、彼は正々堂々とした戦いよりも、智力による戦いを好む。
「いいよ、相手したげる♪」
ソルシアがこう言った時点で、彼女はすでに彼の術中にはまっている。
太陽が地表を余すところなく照らしている。
ブライトは辺りを窺った。
この星にはほとんど雨が降らない。つまり空を覆う雲もない。
影との主戦場には最適だ、とブライトは笑った。
が、彼は表情を隠して訊いた。
「本体はどこにいる?」
「教えると思う?」
「いや――」
ブライトは即答した。
もともとソルシアが素直に答えるとは思っていない。
「仮に見つけられたとしても、アンタに勝ち目はないよ」
「どうしてそう思う?」
「だって――」
ソルシアが両手を掲げた。
「アンタはアタシにも勝てないんだからねッッ!」
彼女を囲むように16個の魔法陣が出現した。
が、そのひとつひとつは明らかに小さくなっている。
(勝った)
ブライトは思いながらエダールセイバーを起動した。
アメジスト色の光刃が太陽の光を受けて燦然と輝く。
「お前たちの好きにはさせない」
彼は剣を構え、地を蹴った。
眼前の魔法陣から無数の光弾が飛んでくるが、ブライトにとっては攻撃ではない。
光弾の飛行速度は普段のソルシアからは考えられないほどに遅い。
しかし慢心しているソルシアは光弾の速度が落ちていることにも、出現した魔法陣の変化にも気付かなかった。
「今も昔もそれがお前たちの弱点だ!」
向かってくる光弾を叩き落しながら、ブライトはソルシアめがけて走った。
彼の進攻は弱体化したソルシアの攻撃では止められない。
これがブライトの狙いだった。
闇や影は当然ながら、光に弱い。
太陽光の強いこの星でなら、影であるソルシアの力は減衰する。
しかも周囲には光を遮るものがないため、逃げることもできない。
ブライトが迫る。
危険を感じたソルシアは上空に逃げようとした。
だが遅かった。
発射され続ける光弾を魔法陣ごと叩き斬ったブライトは、ついにソルシアを間合いに捉えた。
「――ッ!?」
ブライトが振りかぶった。
「消えろっ!」
叫び、光刃を振り下ろした。
「う・・・・・・アアアッッ・・・・・・!」
苦悶の表情を浮かべながら、しかしどこかに笑みを残しながらソルシアの体は闇となって飛散した。
「・・・・・・僕はお前たちほど甘くはないぞ」
ブライトは意味深な言葉を吐き、太陽に背を向けた。
そしてエダールセイバーを逆手に持ちかえ――。
自分の影に突き立てた。
「アアアアアァァァァッッ!!」
ソルシアの断末魔が地を震撼させた。
ブライトの影に乗り移り、窮地を脱しようとしたソルシアはその影の主によって退路を断たれた。
アメジスト色の光が影を呑み込み、夥しい憎悪と嫉妬と欺瞞の混ざり合ったソルシアという存在を消していく。
数秒後、光刃を引き抜いたブライトの前には、エダールセイバーを構えた少年の影があった。

 

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