第13話 Betrayer

(なおも激しさを増す闇の攻撃。敵地に飛び込んだフェイトたちの前で思わぬことが起こる)

 フェイトが闇の誘惑をはねのけた、ちょうどその頃。
本部から悪い報せが届いた。
惑星ラダにある町が、影による攻撃を受けたというものだった。
しかも情報によると、これまでに確認されていない影がいるという。
惑星ラダは巡航中のアースラからほど近く、本部はアースラに出撃の命令を出してきた。
明確に”出撃”と本部が通達したところを見ると、影は滅ぼすべき、というのが管理局のスタンスだと分かる。
影についてまだ理解できていないリンディは、管理局の攻勢を苦々しく思いながらも命令には従った。
戦闘力に長けた武装隊15名がこれに当たった。
遅れてその報せを聞いたブライトは、リンディやエイミィの制止を振り切るようにゲートに向かっていた。
(見たこともない影がいる?)
もしかしたら”本体”かもしれない。
そうだとしたら、たった15名ではとても足りない。
ましてやプラーナを防ぐ手立てのない局員では、たとえその数倍の戦力で向かっても潰滅する可能性が高い。
(それが”本体”なら、僕が倒すしかない)
という覚悟と決意が、彼を留めようとするリンディの固持を解いた。
「ブライト!」
ゲートに向かう途中、フェイトが追いついてきた。
「ブライト! さっき――」
「奴らが現れた。”本体”がその中に紛れているかもしれない」
”本体”のことしか頭にないブライトは、フェイトの話を聞いていない。
「待って!」
普段は決して怒鳴ったりしないフェイトが、珍しく彼の両肩をつかんで言った。
「落ち着いて聞いて」
「・・・・・・分かった」
いつもと違うフェイトに、ブライトは立ち止まった。
彼女は重要な何かを語るに違いない。
ブライトの判断は正しかった。
呼吸を整えたブライトを見て、フェイトは先ほど部屋で起きた事を順序だてて説明した。
「・・・・・・・・・」
聞き終えたブライトは、自分が驚いているのか怒っているのか分からなかった。
実際はそのどちらもだった。
”本体”が自ら、しかもフェイトに接触してきたことに驚いたし、その狡猾な手段に憤った。
「ちょっと待って。まだ”本体”と決まったわけじゃないから」
フェイトは慌てて付け足した。
断定するのは早計だ。
闇は見えにくい。2人が探している”本体”は意外なところに潜んでいるかもしれないのだ。
「うん? ああ、ああ・・・・・・そうだな。ごめん。僕としたことが冷静さを欠いていたよ」
ブライトは恥ずかしそうに俯いた。
「それが”本体”かどうかは別にしても、奴がきみとなのはさんを戦わせようとしているのなら、なのはさんにも接触してるかもしれない」
「あ――」
ブライトに言われてフェイトは初めて気がついた。
狡猾な闇のことだ。
2人に同じように猜疑心を植えつけている可能性が高い。
「なのはさんが危ないかもしれない」
そうブライトは言いながら、体はゲートの方を向いている。
果たして”本体”は惑星ラダにいるのか、それともアースラにいるのか。
わずかな時間で考えたブライトは、アースラの線を捨てた。
「フェイトさん、きみはなのはさんの傍にいてくれ」
「私も行く」
フェイトの申し出にブライトは眉をひそめた。
「どうしてだ?」
「狙いが私たちを仲違いさせることにあるなら、すぐになのはに危険が及ぶことはないと思う」
「うん――たしかに」
「それに・・・・・・なのはだって敵の誘惑には乗らないよ」
そうか。
やはりフェイトはなのはを信じきっているのだ。
心の底から信頼していなければ、こうは断定できないだろう。
フェイトがなのはを信じているように、自分はフェイトを信じよう。
「分かった。きみの言うとおりかもしれない」
ブライトは苦笑した。
「理由はもうひとつあるよ」
「うん?」
「もし”本体”が現れたとしたら、今のブライトひとりで勝てる?」
嫌味ではない。
彼女の言葉は現実を冷静に見つめた上での彼への諫言だ。
『一緒に闘うと決めたんだ。だから先走らないで』
という想いが込められている。
「厳しいな、フェイトさんは・・・・・・」
ブライトはもう一度苦笑した。

 

「遅かった」
惑星ラダに降り立った2人はほぼ同時に呟いた。
やはり局員は、”たった”15人だった。
対する25体の影にこれは少なすぎた。
敵の構成は戦士、悪鬼とそれに混じるように猟犬の姿をした影がいる。
たちの悪いことにこの猟犬は空中を走ることができるらしい。
そのために局員は思いのほかダメージが大きかったと思われる。
「おお、きみたちか!」
奮闘する局員が2人の姿をみつけ、喚声をあげた。
今や管理局の中で、子どもだからと2人をバカにする者はいない。
むしろ切り札として見ている節さえあり、特にフェイトの姿を戦場に捉えると局員の士気は俄然高まる。
「私たちが引き受けます!」
2人は同時に光刃を起動した。
風を斬る音とともに伸びる光の刃は、劣勢だった管理局側を明るく照らす。
瞬間、悪鬼たちが一斉に2人に襲いかかって来た。
戦士に比べ、プラーナを操る点ではこちらのほうが強敵だ。
が、管理局側にとってはこれは好都合だった。
フェイトは電光石火の早業で迫る悪鬼を叩き伏せる。
あいかわらず彼女の太刀筋に迷いはない。
ブライトも負けていない。
彼の場合はまず悪鬼に先に攻撃させ、それを躱して無防備な背後から斬りつける、という戦法を取った。
わざわざ回りくどい戦術をとるのは、悪鬼を相手に剣術の感覚を取り戻すためだ。
いわば真剣勝負に見えて、これは実戦に限りなく近いトレーニングである。
「あっ!」
フェイトが小さくうめいた。
ブライトが見やると、猟犬が彼女の左腕に噛みついている。
(まずい!)
エダールセイバーを携えてブライトが地を蹴った時、
「オオオオンンンッッッ!」
猟犬が咆哮したかと思うと、次の瞬間には体を金色の光に焼かれて消滅した。
(何をしたんだ!?)
涼しい顔をして光刃を振るうフェイトを見て、ブライトはまたひとつ彼女の強さに触れた気がした。
猟犬が飛びかかってくるのを察知したフェイトは、その狙いが左腕にあるのを見切って体内の魔力を沸き立たせた。
それを素早く左腕を覆うように展開し、攻防一体のシールドとしたのだ。
だが猟犬のほうが一瞬速かったため、フェイトはその牙を突きたてられた。
この間、局員たちは攻勢に転じ始めていた。
2人が敵戦力の半分を引き受けたからだ。
個々の実力が劣る局員たちが影と対等に渡り合うには、まず有利な位置取りと連携が必要だ。
2人の登場はその役目を見事に果たした。
(ブライト、気付いてる?)
金色の光に包まれながら、フェイトが思念を送った。
(ああ――)
ブライトは小さく頷いた。
フェイトが言っているのは敵に紛れている、青い服を着た少年だ。
この少年も影には違いないが、悪鬼や猟犬とは明らかに異質な空気を放っている。
戦いに参加せず、立ち続けているだけ。
監視しているようにも見えるし、拱手しているようにも見える。
――幹部クラスか?
ブライトは思った。
ソルシアや、話でしか知らないヒューゴのような格が与えられているような気がする。
確認されていない影という情報があったが、あれのことかも知れない。
(奴から目を離さないほうがいい)
ブライトはそう言い、向かってくる悪鬼を斬り飛ばした。
「うっ――!?」
不意にブライトの動きが止まった。
どこからか伸びた戦士の剣が、彼の首にあてがわれていた。
「ブライトッ!」
叫んだフェイトは、しかし助けに行くことができない。
向けられた戦士の瞳が、近づけば彼を斬ると脅している。
「まずは貴様を殺し、主へ捧げよう」
戦士の口調は冷たいが、これまでにはない感情に近いものが感じられた。
(油断したか・・・・・・)
と思う余裕が彼にはまだある。
「そう言う割には動かないな? まさか僕を殺すことを躊躇っているのか?」
ブライトは口の端に笑みを浮かべて言った。
この戦士は・・・・・・まだ自分を殺せない。
こうして自分を死の淵に追い詰め、恐怖心を煽る狙いがあるからだ。
闇を生み出した、いわば親であるブライトの恐怖心は、影にとって何にも勝る栄養源となるだろう。
(なにか手を考えないと)
ブライトは俯瞰した。
真下では局員と影が激しい戦いを展開している。
目の前にはフェイトがいるが、戦士の注意は彼女に向けられているため、救援は期待できない。
切っ先が首筋に触れた。
その時、
「ガアアアアァァァッッ!」
耳元で断末魔の叫びを聞かされたブライトは、あてがわれていた刃が無くなっていることに気付いた。
フェイトではない。
目の前の彼女はブライト以上に現状を把握できていないのか、驚いた目で自分を見ている。
「お前は・・・・・・」
振り向いたブライトは絶句した。
あの青い服の少年が、戦士を一刀のもとに斬り伏せたのだ。
(僕を助けた?)
ブライトはそう思ったが、警戒は怠らなかった。
「話を・・・・・・話を聞いてください」
少年が語りかけてきた。
「何だって?」
ブライトは目を細めた。
「どういうこと・・・・・・?」
今が戦いの最中であることも忘れて、フェイトが尋ねた。
「あなた方ならきっと・・・・・・できるハズです」
そう言って少年はひざまずいた。
「できる? 何がだ?」
ブライトが問い詰めようとした時、どこからか現れた猟犬の群れが恐ろしい速さで迫ってきた。
2人は考えるよりも早く光刃を抜き、十数体の猟犬を叩き斬る。
猟犬の狙いは2人ではなく。少年だった。
(仲間じゃないのか?)
ブライトはフェイトに目配せした。
フェイトは分からないといった風にかぶりを振る。
「奴が裏切り者だ!」
ブライトの思案は悪鬼たちの怒声にかき消された。
この瞬間、戦況は大きく転じた。
戦場に展開していた影たちが、少年に攻撃をしかけた。
「ブライト、あの子を――」
「分かってる!」
言わずとも分かる。
2人は少年を護るように体を捌き、影の猛攻に備えた。
状況を理解できないでいるが、この少年が事態を動かすキーであることは分かる。
ましてや敵に狙われるところを見ると、よほど重要な情報を握っているとも考えられる。
『彼を護らなければならない』
2人は瞬時に判断し、悪鬼たちを斬り捨てていく。
「裏切り者を始末しろ!」
影にとっては極めて危険な存在なのだろうか、
局員や目の前の2人よりも、まず少年を葬ろうとする悪鬼たちの動きは妙に俊敏だった。
「私たちから離れないで!」
繰り出される槍を躱し、フェイトが叫んだ。
少年にしても全くの無防備ではないが、八方から迫る敵に対して孤立していては無力に等しい。
フェイトが前方、ブライトが後方を護るように動いた。
敵勢力のほとんどが少年に向かっているため、2人の負担は増したが逆に局員たちには余裕が生まれた。
下方では局員が掃討戦を始めている。
「どうして味方であるハズのお前が狙われているんだ!?」
ブライトが息をはずませながら訊いた。
「何か知ってるのか!?」
少年は頷いた。
となれば何としても彼を護りきらなければならない。
明確な目的がブライトに力を与えた。
彼はエダールセイバーを振るう一方、遠距離から迫る影に対しては閃電を浴びせた。
誰かを護りながら戦うのは困難だ。
今のようにあらゆる方向から、しかも俊敏な動きで襲い来る敵に対しては防戦に徹するのは得策ではない。
時には退き、時には打って出ることで常に敵の虚を衝く。
ブライトの最も得意とする撹乱戦法だ。
フェイトも彼に合わせるように進退のタイミングを見極めていた。
2人にとって幸いなのは、護るべき少年が自分の置かれている立場を心得ていることだ。
少年は2人の邪魔にならないように、且つ自身に危険が及ばない位置を確保する。
「後ろです!」
少年の言葉にブライトが振り向くと、戦士が長剣を振り上げていた。
咄嗟に左手を突き出し、閃電を撃つ。
無防備な状態で飛び込んできた戦士は、ムドラの放つ猛烈なプラーナの風に消し飛んだ。

 数分後、全ての影が消えた。
正確には少年の姿をした影を除いて、ということになる。
光刃を収めたフェイトはつかつかと歩み寄り、少年を気遣うように訊いた。
「怪我はない?」
「ええ、あなた方のおかげです」
少年はひざまずき、丁寧に礼を述べた。
「一度、アースラに戻るか?」
ブライトが苛立たしげにフェイトに訊ねた。
管理局のやり方はいつも決まっていて、参考人は担当する艦に連行されるのが常だ。
そうなると当然、リンディやクロノによる尋問が待っているがブライトはそれを避けたかった。
鋭いリンディはブライトやフェイトが知られたくないと思っていることに感づくかもしれない。
(そうしなくちゃいけないんだけど・・・・・・)
ブライトの問いにフェイトは思念で答えた。
彼の悩みはフェイトもよく分かっている。
できれば重要事はここですませたい。
戦いが終わった時、局員の一人が報告のために先に帰艦している。
ということはこの少年の奇行もすでにリンディたちの知るところとなっているだろう。
(戻っても戻らなくて、そう変わらないかもな)
とブライトが思っていると、
「時間がないのです。あなた方の艦に戻る暇はありません」
と少年が強く言った。
2人は顔を見合わせた。
そして軽く笑う。
「そうか、時間がないのか。それならアースラに戻りたくても無理だな」
「うん、そうだね」
示し合わせたように2人は頷きあい、少年の顔を見た。
「そういえばまだ名前を聞いていなかったね」
フェイトが言った時、
「2人とも、大変だよッ!」
魔力の波とともに現れたアルフが呼ばわった。
「アルフ? どうしたの?」
「また出たんだよ! しかもアースラにさ!」
息を切らしている。
アルフによれば、アースラが襲撃に遭ったのは2人が惑星ラダに到着した直後だったらしい。
なのはやクロノが応戦しているが、プラーナを使う悪鬼たちに苦戦を強いられているという。
ここで2人にとって思わぬ報せがもたらされた。
アースラ内部が混戦状態となっているために、リンディまでもが前線で戦っているというのだ。
現れた影は艦橋にまで及んでいるため、ここでの戦いをモニタリングできる状況にない。
(ということはリンディさんたちは、ここでの出来事を知らない・・・・・・?)
ブライトは幸運に恵まれたようだ。
つまるところ、アースラが危険な状態だから2人にはすぐに帰艦してほしいということだろう。
「私たちは先に戻る。きみたちはどうするんだ?」
声に振り返るとすでに局員たちが帰艦の準備を始めている。
ここでの発言権はフェイトに委ねられている。
「影に関する重要な情報を得られそうです。私とブライトはここに残って、彼から話を聞きます」
「そうか・・・・・・分かった」
局員たちはそれ以上は言わなかった。
「気をつけろよ。きみたちの事だから心配はいらないと思うが」
彼らは護るべきアースラに戻った。
残されたアルフは訝るような視線を少年に向けた。
「こいつが何か知ってるのかい?」
アルフの目には少年は数多い影の一部としか映らない。
「アルフ」
フェイトが静かに言った。
「アースラに戻って。ここは私たちが引き受けるから」
だがアルフはかぶりを振った。
「ご主人様だけ残すわけにはいかないよ。危険が去ったとは限らないんだし」
という主人想いのアルフの発言に、ブライトは見えないように不快感を表わした。
「お言葉ですが、ここは安全です」
少年が口を挟んだ。
「ですがこれから向かうところは・・・・・・おそらく最も危険な場所でしょう」
「何だって?」
真っ先に反応したのはアルフだった。
「あんた、何者だい?」
敵意のあるアルフの視線に、少年は短く、
「クレリックと申します」
とだけ答えた。
「大丈夫だよ、アルフ。この子は私たちの味方だから」
フェイトがなだめた。
「クレリックか。お前は何を知ってるんだ?」
いい加減、話が進まないことにイラつきながらブライトが訊いた。
「あなた方が探している、”主”の居場所を――」
「主? ・・・・・・”本体”のことか!?」
ブライトは身を乗り出していた。
「はい、正確には”主”へと続く道ですが」
「どこだ?」
ブライトはクレリックの肩を掴んで問うた。
「ちょ、ちょっと待ちなよ。いったいどういう事なんだい?」
どこかへ消えようとするクレリック。その後を追おうとするブライトに向かってアルフが言った。
ブライトはちらっとフェイトを見た。
フェイトは逡巡していたが、やがて頷くとアルフに”本体”について説明した。
ただし彼がシェイドであることは伏せている。
「そんな事、ユーノだって言ってなかったじゃないか?」
アルフはブライトを見やった。
どうして誰も知らないことを2人だけが知っているんだ、と責めている視線だ。
「僕が独自に調べたことだよ。連中のひとりから聞きだした」
ということにしておく。
今はアルフにいちいち釈明している時ではない。
「クレリック、案内してくれ。時間がないんだろう?」
アルフの追求を適当にあしらい、ブライトが先を促した。
「はい。しかしお連れの方はよろしいのですか?」
「お前が言うように、僕にも時間がないんだ。だから急いでくれ」
ブライトはそっと耳打ちした。
そしてアルフに向き直り、
「きみは僕たちの帰艦を急がせるために来たんだろう? なら一緒に来るのはまずいんじゃないか?」
ブライトは何とかアルフを遠ざけようとする。
「向こうにはクロノがいるから大丈夫さ。それよりこっちの方がヤバそうな感じがするんだよ」
彼女はあくまでもフェイトを案じてついてくるつもりだ。
危険を感じているのは、動物的な勘によるものだろうか。
「ありがとう、アルフ」
遠ざけたいと思うのはフェイトも同じだったが、使い魔の優しさと忠誠心に彼女は微笑んだ。
「本当にいいんだな?」
ブライトは念のため、もう一度だけ訊いた。
アルフが頷く。
「分かった」
彼女の意思を確かめ、ブライトはクレリックに言った。
「このメンバーで行く。頼む」
「分かりました」
クレリックはお辞儀をすると、そっとブライトの手を掴んだ。
「さあ、あなた方も手をつないで下さい」
言われたとおり、3人は互いの手をつないで円を組んだ。
光が4人を包み、彼らをまだ見ぬ地へと誘った。

 

「うわ・・・・・・!?」
地を踏んだブライトたちは、無様に地面につくばった。
体が重い。
立ち上がろうとするのだが、足が地面に喰われたような錯覚に陥る。
「な、なに?」
フェイトもさすがに焦ったのか、必死に体勢を立て直そうとする。
「惑星NECTOR・・・・・・重力が強いので気をつけて下さい」
クレリックだけは平気な顔をしている。
「先に言ってくれ。いや、急かしたのは僕だったか・・・・・・」
ブライトは先に立ち上がったアルフの手を借りた。
しばらくして余裕が生まれたフェイトは、辺りを見渡した。
最初に受けた印象は闇だった。
ここには太陽の光が届かないのか、上空には灰色の雲が渦巻いていて向こうがよく見えない。
むき出しの岩盤が続く大地に生命の息吹は感じられない。
死の星だ。
フェイトは思った。
「あそこです」
不意にクレリックが指差した先を見ると崖があり、その上に不釣合いな宮殿が建っている。
「あれか・・・・・・」
ブライトは目を細めて宮殿を睨みつけながら、あそこまでどうやって行こうかと考えていた。
重力が強い分、飛翔のために使う力は大きくなる。
クレリックは苦ではないだろうが、こういう環境に慣れていない3人にはやや困難だ。
「まさか、あんなところまで登るのかい?」
アルフも同じことを考えていたらしい。
「心配いらないよ」
フェイトが言い、愛杖バルディッシュを起動した。
「お願い」
『”Yes sir”』
バルディッシュが金色に明滅をはじめた。
「つかまって!」
「どうするんだ?」
「私にまかせて」
フェイトに言われ、ブライトは半信半疑で彼女の肩を掴んだ。
アルフもそれにならう。
「あなたも」
様子を見ていたクレリックに声をかけるが、彼はかぶりを振って言った。
「私は平気です」
クレリックは小さく頷くと、身を浮上させた。
「行くよ!」
フェイトが強く言うと、バルディッシュがそれに呼応するように輝く。
『”Anti-gravity jump”』
フェイトを中心に柔らかな羽根が広がり、直後、3人の体は重力に逆らって持ち上げられた。
浮遊感はわずかに一瞬。
気がつくと3人はすでに崖の上にいた。
再び地に足をおろしたブライトは、先ほどの浮遊感が忘れられないでいた。
(彼女はどこまで強くなるんだ?)
ブライトは思った。
彼がブライトとなってフェイトに再会してから、彼女は目を見張る速さで新たな力を獲得している。
そばにいる彼にも、フェイトがいつそのような力をつけたのかが分からない。
彼女の強さには、闇でさえも追いつけないのではないか。
「ご無事でしたか」
クレリックはすでに宮殿を見据えていた。
「参りましょう。主さえ倒せば闇は消えます」
というクレリックの口調には決意と諦めが混在していた。
「”本体”はいないって言ってなかった?」
すかさずフェイトが訊いた。
フェイトはまだクレリックを信用していない。
出会った闇のほとんどがそうであるように、クレリックもまた言葉巧みに懐に潜り込んでくるつもりかもしれないのだ。
もしクレリックの言うことに少しでも矛盾を見つけたら、その時は迷いなく斬りつけるつもりでいた。
「私が案内できるのは、主の元ではなく主へと通ずる道です」
「どういうこと?」
「私には主がどこにいるのか分かりません。しかし主に最も近い闇の居場所なら分かります」
「分からないね。つまりそいつに訊けってことかい?」
アルフが腕を組んだ。
「そうです。あなた方ならそれができると思っています」
クレリックの言葉にウソはなさそうだ。
話しているうちに4人は宮殿の前まで来ていた。
荘厳だが、見た目から受ける威圧感の大きさは異常だった。
宮殿そのものが闇で形作られているのではないか、とさえ思わされる。
扉に手をかけたクレリックは振り返って言った。
「ご注意を。この中ではほとんどの魔力を失います」
忠告をしたクレリックは、ゆっくりと扉を開く。
中は思いのほか、明るかった。
吊り下げられたシャンデリアの光が、エントランスを等しく照らしている。
床を覆う真紅のカーペットが数メートル先で左右に分かれ、二階へ続く階段へと伸びている。
(思ったよりも普通じゃないか)
意外な内装にアルフは一瞬、動物的な勘をどこかに置き去りにしてしまった。
「そういえば――」
ブライトは最も肝心なことを訊くのを忘れていた。
「どうしてお前は、僕たちに味方するんだ?」
フェイトがちらっとクレリックを見た。
「それは彼が裏切り者だからだよ」
背後の扉が開き、聞き覚えのある声が響いた。
振り向いた4人の目に映ったのは、敵意に満ちた視線を向けるヒューゴだった。
「ヒューゴ・・・・・・!」
咄嗟にフェイトが身構えた。
だがヒューゴはフェイトには構わず、
「クレリック、よくも裏切ってくれたな」
常に飄々としているヒューゴが、珍しく激しい憎悪をたたきつけた。
「お前の動向には注意していたつもりだけど、まさかこいつらと接触するなんてね」
クレリックの額を汗が伝った。
(こいつがヒューゴか・・・・・・)
ブライトは目を細めた。
話には聞いていたが、見るのはこれが初めてだった。
(うっ・・・・・・)
ヒューゴと目が合った瞬間、ブライトは眩暈を覚えた。
彼は嗤(わら)っている。
ブライトにはその嗤いの意味がなんとなく分かった。
永い間、捜し求めていたものをついに見つけた喜びが。
ヒューゴの表情からありありと滲み出ている。
「そうか・・・・・・きみも来てくれたのか・・・・・・」
吐息とともに流れ出たヒューゴの声が、恐ろしくゆっくりとした速度でブライトに届く。
「逢いたかったよ、ルーヴェライズ」
「・・・・・・ッ!!」
この威圧感。
不覚にもブライトは後ずさってしまった。
「ルーヴェライズだって!?」
信じられないという顔をしたのは、もちろんアルフだ。
「どういうことなんだい?」
「つまりこういうことさ」
ヒューゴが一歩を踏み出した。
「彼は生きていた。姿を変えてこうしてボクたちの前にいる。これ以上、分かりやすい説明はないね」
「わけの分からないことを。アルフさん、こいつは狂言で僕たちを惑わそうとしているんだ!」
ブライトが言ったが、その割にはフェイトの顔に驚きの色が見えない。
「さあ、どうかな?」
冷ややかな笑みを浮かべたヒューゴは、左手を軽く払った。
彼の周囲の空間が歪み、8体の影が姿を現した。
今までに見たことにない、より人間味を帯びた男の姿だ。
「逃げましょう! ここで戦う必要はありません!」
クレリックが叫んだ。
「おっと、そうはいかないよ。裏切り者には相応の制裁が必要だからね!」
ヒューゴはクレリックを一睨すると、今度は右手を床に突き刺した。
「出番だぞ・・・・・・」
地が揺れた。
宮殿全体が泣いている。
「いけない! ここはすでに奴のテリトリーです! 早く! 早く逃げましょうっ!」
叫びながらクレリックはすでに走り出していた。
「あ、待て!」
だがこの時、ヒューゴの目の前に2体の影が伸びていた。
インディゴブルーのコートを着た、いかにも残忍そうな少年の姿で現れる。
「ソンカカイ、セキシボウ。奴を追え」
たった今、名を与えられた2体の影は銀色の液体となって床に溶け出し、吸い込まれるように消えた。
「ここは私に任せな!」
アルフが立ちはだかるようにして言った。
「えっ?」
フェイトはクレリックとアルフを交互に見た。
走り去ったクレリックは廊下の中ほどにいる。
「よく分からないけど、あいつなら闇を倒せるかもしれないんだろ? だったら私がこいつらを足止めしとくよ!」
「アルフ・・・・・・」
「さっ、早くあいつを追いかけるんだよ。ブライト、あんたもね」
「アルフさん・・・・・・いいのか?」
「さっき、あんたがシェイドかも知れないって思ったけどさ。本当はどうなんだい?」
「・・・それは・・・・・・」
ブライトが惑っていると、アルフは笑い出した。
「なんてね、闇を倒したら教えてくれよ。さあ、早く!」
「わ、分かった。ありがとう、アルフさん!」
ブライトは短く礼を言うと、フェイトとともに逃げたクレリックを追いかけた。
「たった1人でボクたちの相手を? 尻尾を巻いて逃げ出さない点だけは褒めてあげるよ」
ヒューゴの生み出した刺客たちは、すでにアルフを殺さんものと戦意を露にしていた。
「ふん、だから何だっていうんだ。さっさとかかってきなよ」
「だが愚かな蛮勇は身を滅ぼすと思え、アルフ。・・・・・・殺せッ!」
ヒューゴが叫ぶと同時に、8体の刺客が一斉に踊りかかった。
「フェイト、ブライト・・・・・・頼んだよ!」
アルフは戦闘の構えをとると、影を睥睨した。

 

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