第14話 激戦地
(追われる立場となってしまったクレリックを護るため、闇の核を突き止めるためブライトとフェイトは死地に飛び込む決意をする)
闇は日増しに強くなる。
1分、1秒ごとに彼らは力を手に入れ、光を追い落とそうとする。
「ヴァスティラン隊長! D4区が攻撃を受けています!」
「ケッセル小隊は艦尾へ。私たちはここに留まります」
「了解しました」
アースラへの闇の襲撃はこれで何度目になるだろうか。
知恵をつけた闇は正攻法ではない、奇襲を選んだ。
まず艦尾で暴れ、クルーの注意を引き付けたところで今度は艦橋に現れた。
正反対の方向に現れた闇にクルーが右往左往していると、さらに中ほどから這い出た闇によって分断されてしまう。
見事な戦術だった。
結果、クロノ、なのは、ユーノはそれぞれ別の地で孤戦するハメになった。
さらには影が艦橋に現れたためにリンディら高官までもが前線に立って戦わなければならない。
通信士や航行士などのいわゆる文官はすでに退避させている。
(ユーノ、そっちは片づいたか?)
わずかな手勢を率いて影を殲滅したクロノが、今もどこかで戦っているであろうユーノに思念を送った。
(まだだ! こいつら・・・・・・キリがないっ!)
クロノやなのはと違い、ユーノは積極的に敵を攻撃する魔法が得意ではない。
他の武装隊が戦うのをサポートするのが主な役目だが、そのために戦いが長引いてしまっている。
(分かった、すぐにそっちに向かうよ)
(いや、僕よりもなのはの方が心配だ)
クロノになのはを任せるのは癪だったが、事は一刻を争う。
これを最後にクロノからの念話は途絶えた。
おそらく各部でクルーたちと合流しながら、なのはの救援に向かったのだろう。
「ユーノ君、来るぞ!」
局員たちが再び構えた時、影は天井からしたたり落ちてきた。
機関部で戦うなのはは、戦域の狭さをもどかしく思っていた。
アースラ内部での戦闘は、その戦場そのものが防衛対象となる。
局員たちは魔法の威力を抑え、かつ迅速に敵を破らなければならない。
この状況の中で戦場を自在に飛び回る悪鬼たちが、なのはたちにかなりの苦戦を強いてくる。
しかも今回は数が多い。
「後ろだ! あの上にいる奴を狙え!」
ここにいるのは24名の武装隊だが、彼らは影に翻弄されるように個別に戦わざるをえない。
本来、連携作戦を強みとする彼らにとって、この状況はかなり辛い。
唯一その縛りのないなのはでさえ、自由に砲撃できない場面とあっては彼女の持ち味を生かすことができない。
淡い桜色の光が幾筋にも伸び、俊敏な悪鬼を的確に捉える。
が、威力が足りない。
「愚か者め」
悪鬼たちはなのはを見据えた。
「闇の恐ろしさを見せてやろう」
と悪鬼は言うが、なぜかなのはを狙おうとはしない。
影が言うように、なのはに恐怖心を植えつけるためだろうか。
なのはに考える余裕はなかった。
「うぐっ!」
局員が悪鬼のプラーナに蹂躙されていく。
「ディバイン・シューターッ!」
ここでは追尾性能に優れた魔法しか使えない。
なのはは局員を守るように体を捌くと、シューターを立て続けに撃った。
影はなぜかなのはを避けて攻撃しようとするため、これで敵の足並みは乱れてくる。
(なぜ彼女を避けようとするんだ?)
激しい攻防の中、局員の頭を疑問がかすめた。
だが、それは一瞬のことだ。
混戦状態となった今、わずかな雑念が死を招く。
なのはは愛杖・レイジングハートを敵を倒すために構えた。
(・・・・・・・・・)
しかしその瞳には彼女らしくない迷いがあった。
「どうした? その程度かい?」
8体の刺客を相手に、アルフは互角の戦いぶりを見せた。
クレリックが言ったように、この宮殿内では魔力の大半を失うらしい。
それは影の側も同じようで、敵は肉弾戦を中心にアルフに詰め寄った。
制約を受けないのがプラーナだが、刺客はこの強力な技を使いこなせないようだ。
見えないプラーナの風は直線的で、回避を直感に頼るアルフは余裕で躱す。
「何やってる! さっさと殺してしまえっ!」
腕を組んで正扉にもたれたヒューゴが怒声を浴びせた。
「ふん、そろそろあんたの出番じゃないのかい!?」
刺客の放つ拳を軽々と払いのけ、アルフが挑発した。
「冗談じゃないよ。きみごときにボクが動くまでもない」
ヒューゴは嘲笑すると、鋭い双眸を刺客に向けた。
「時間をかけすぎだ。今すぐ殺せ」
この言葉に鼓舞されたか、刺客の目つきが変わった。
彼らは壁にかけられてあった剣や槍を引き抜くと、一斉にアルフに飛びかかった。
「そんなもので――」
アルフは臆することなく、その場に仁王立ちになった。
「私を止められると思ってるのかい!」
目前に迫る刃を紙一重で避けたアルフは、刺客の腹部に怒涛の連撃を叩き込む。
この間に槍を携えた2体の刺客が挟撃を試みた。
が、これを察知したアルフは目の前の刺客の首をつかみ上げ、挟撃しようとして来た影に向かって放り投げた。
それと同時に頭上から剣が振り下ろされる。
アルフは上体を反らせてそれを避けると、さらに半身をねじって回し蹴りを叩き込む。
わずか4秒で3体もの刺客が昏倒した。
「役立たずめ」
ヒューゴは悪態をついたが、自分から動こうとはしない。
四方から迫る影を相手にしながら、アルフの意識は常にヒューゴに向けられていた。
あれは数で攻めて来る影とは違う。
いわばリーダー格だ。
今は傍観しているからいいが、もし自ら動くとなるとアルフに勝算はない。
ヒューゴはもちろん、アルフが自分を意識していることを感じ取っている。
(あの女のことだ。この程度の戦力を片付けるのはわけないだろう。だが僕に注意するあまり、迂闊に動けないでいる)
彼の読みは当たっている。
刺客そのものの能力は大した事はない。
ほとんど魔法を封じられているアルフでさえ、格闘だけで倒せる程度だ。
だがよく見ると、アルフの動き方は不自然だ。
その理由もすぐに分かる。
彼女は戦いの中で、常に視界の中にヒューゴを捉えている。
ほんのわずかでも目をそらせば、ヒューゴは一瞬で間合いを詰め、アルフを手にかけるかもしれない。
短剣を構えた刺客が再び挟撃を試みる。
アルフは昏倒した影が持っていた槍を拾いあげると、刺客に向かっていった。
「ぐぐっ・・・・・・!」
次の瞬間には槍先は刺客のノド笛を貫いていた。
アルフはそれを強引に引き抜くと、頭上で回転させた。
その姿があまりに勇ましく、数で勝っていた影たちはたじろいだ。
「さあ、次はどいつが来るんだい!」
刺客たちは後ずさり、振り返った。
後ろではヒューゴがゴーサインを出している。
闇の雑兵でしかない刺客に退くことは許されない。
ここではヒューゴの命じるままに、言葉通り力尽きるまで戦わなければならない。
「たった1人に何をやってる。見ろ、ただの使い魔じゃないか」
彼は嗤った。
圧倒的に不利な状況で果敢に闘うアルフだったが、さすがに息があがってきている。
このまま手数で押せば勝てる、とヒューゴは言いたいのだろう。
刺客は互いの目を見て頷きあうと、一斉に躍りかかった。
すでに昏倒している2体を除いて、6体の影が手に手に武器を持ち迫る。
武器の重量に差があるため、刺客の攻撃にも波ができた。
アルフは身をかがめて、まず迫ってきた1体のアゴに拳を打ち込む。
ひるがえって、湾曲した刃を振り上げた刺客の側面に回りこみ、その背に槍を突き立てた。
「オオアアアアァァッッ!!」
残り3体。
アルフはヒューゴから目を離さないようにしながら、影の動きに合わせて体を捌く。
3体の刺客は細身の長剣を手にしている。
リーチが長く、太刀筋も数とおりが考えられるため、まずは回避に専念する。
が、アルフの懸念は杞憂に終わった。
ヒューゴの視線に怯えてか、刺客たちは我先にアルフに斬りかかろうとしたのだ。
だがその方向がまずかった。
無謀にも彼らは正面から躍りかかった。
アルフは槍を捨てて剣を手にすると、先手の攻撃を防ぐ。
競り合った影を押し戻し、直後に身を捻って斬りつけた。
残る2体が左右から振りかぶったが、アルフはこれを余裕で躱す。
「・・・・・・・・・」
ヒューゴの顔から笑みが消えた。
恐ろしく素早い動きだった。
アルフはほとんどその場から動かずに2体の刺客を斬り捨てたのだ。
2人はしばらく睨み合った。
10秒過ぎ、20秒が過ぎた。
アルフが先に口を開いた。
「かかってきなよ。もうあんたの頼りにしてる連中はいないんだ」
剣を放り投げたアルフは、得意の格闘の構えをとると手招きした。
途端、ヒューゴは狂ったように腹を抱えて嗤いだした。
「いいね、その闘争心! きみの内に燃え上がる怒りを感じるよ!」
侮辱ともとれる態度にアルフは拳を握りしめた。
「ボクに対する怒りかい? それとも憎悪かい? 滑稽だ! まったく滑稽だねっ!」
「こいつ・・・・・・ッ!!」
アルフは怒りを覚えると、反射的にヒューゴに飛びかかっていた。
2人の距離は10メートルもない。
嗤い続けるヒューゴにはこれを防ぐ手立てがない。
だが――。
「そうやって頭に血が昇ると、すぐに体が動くところが滑稽だと言うんだよ」
ヒューゴはまだ嗤っていたが、アルフへの備えだけは忘れていなかった。
彼は人差し指を向け、指先にほんのわずかのプラーナを帯びる。
ただそれだけのことで、アルフの体は空中に固定された。
「いつもいつも、きみはそうだな。考えるよりも先に行動する。愚かな蛮勇だよ」
「くそ・・・・・・!」
アルフは必死に呪縛から逃れようともがいたが、プラーナは彼女が想像する以上に強力だった。
「だけどボクたちにとってはありがたい事だよ。特にきみのような血の気の多い獣はね――」
アルフの体は遥か後方に弾き飛ばされた。
「つつ・・・・・・」
背中を打ちつけた衝撃で、アルフの意識が一瞬遠のく。
「ふふ、ボクが憎いか? ああ、隠さなくてその目を見れば分かるよ。きみの場合はね」
ヒューゴは口元にだけ笑みを浮かべて、さらに続けた。
「いい恰好だね。ボクを殴り飛ばしたいが、できなかったことがよほど悔しいと見える。そうだろう?」
「ふざけるな!」
「おおっと、そう怒らないでほしいな。ボクは事実を言ったまでなんだから」
ヒューゴはアルフの神経を逆撫でするための最も有効な手段で攻めてくる。
彼女のように感情制御にいささか問題のある者こそ、闇が何よりも好むエサであることを彼女自身はまだよく分かっていない。
いまだ起き上がることのできないアルフを見下ろしながら、ヒューゴは悦に入った。
「きみを殺すのは簡単だけど、今はやめておくよ。それよりも少しでも長生きして、ボクたちの役に立ってくれ」
そう言い捨ててヒューゴの体は空気に溶けた。
「待てっ!!」
同時に呪縛が解かれたアルフが立ち上がったが、すでにヒューゴの姿はなかった。
後ろを見やると、彼女が下した刺客たちの姿もなくなっている。
「逃げられちまったみたいだね・・・・・・」
生かされている、とは思わない。
自尊心の強いアルフはたとえプラーナを向けられても、最後には必ず自分が勝つと思っている。
この滑稽なほど前向きな姿勢は闇に対しては効果的な武器だ。
だが生来の気性の激しさが結果的に闇を助長させてしまっている。
「お、おい! どこまで行くんだ!?」
ブライトは前を走る2人について行くのに必死だった。
ここでは魔力の大半を失う。
そのうえ重力の強い惑星であるため、3人は飛翔魔法を使うことができず、したがってとにかく走るしかなかった。
「とにかく逃げるのです! ここにいる限り、私たちに勝ち目はありません!」
クレリックは後ろも見ずにただ走った。
今は話すのも惜しい、逃げるしかないという悲壮感がクレリックの言葉を通して伝わってくる。
「ということはここが闇の拠点だと思っていいのか!?」
ブライトは早くも息があがっている。
この体は長時間の運動には向いていないらしい。
「違います! ここはあくまで中継地点でしかありません! 奴らは――」
不意にクレリックの足が止まった。
「どうしたの!?」
振り返ったフェイトの目に奇妙なものが映った。
床から伸びた黒い手がクレリックの足をしっかりと掴んでいる。
その手の持ち主が足を掴んだまま、ずるずると這い上がってくる。
(今、あいつを失ったら”本体”への道を永久に閉ざされてしまう!)
ブライトは地を蹴って飛び上がり、エダールセイバーを振るって黒い手を斬り飛ばした。
(・・・・・・!?)
斬った感覚がない。
が、クレリックを足止めしていた黒い手は確かになくなっている。
「後ろですっ!!」
クレリックの声に慌てて振り向いたブライトの目の前で、銀色の水柱が聳起した。
その水柱が人の姿を形成する前に、彼は再び光刃を振り下ろした。
今度は手ごたえがあった。
光刃は太刀筋のままに水中を両断した。
が、相手は液体だ。
一度は体を左右に裂かれた水柱が、次の瞬間には具体的な形をとりはじめている。
しかしこれを許すほどブライトは寛大ではない。
グリップを持ちなおした彼は両手に力を込めて光刃を振り下ろす。
が、無駄だった。
液体を斬ることはできない。
ブライトは半歩下がり、あえて水柱が完全な人の姿になるのを待った。
液体は無理でも、固体になれば斬るのはたやすい。
闇に対して油断しないブライトでさえ、時に判断を誤ることがある。
今がそうだった。
「動くな」
という声が宮殿内に重く響いた。
目先の敵に捕らわれていたブライトは、刺客がもう1体いることを忘れていた。
後から現れた刺客は体の一部分に銀色の液体を残しながら実体化し、クレリックの首筋に短剣を押し当てた。
ソンカカイと名づけられたこの刺客は、クレリックの自由を奪いながら目線はフェイトとブライトから外さずに言った。
「武器を捨てろ」
2人にとってクレリックの存在がどれほど重要かを、影は知っている。
ここでクレリックを始末するのは簡単だが、条件を提示すれば2人をたやすく消す事が可能だとソンカカイは読んだのだ。
そのためにはまず敵の戦闘力を奪わなければならない。
「武器を捨てろと言っている」
ソンカカイはまずブライトに言った。
位置からしても彼なら奇襲をしかけてくる恐れがあった。
が、その懸念に反してブライトには余裕はない。
ブライトのすぐ傍ではもう1体の刺客、セキシボウがすでに実体化している。
迂闊には動けない状況だった。
(言うとおりにして)
フェイトからの思念を受け取ったブライトは小さく頷いたが、しかし武器を捨てることを躊躇った。
ムドラの民である彼にとって、エダールセイバーは命と同格だ。
それを自ら手放すことは、自害と同義ということになる。
ブライトは逡巡したが、フェイトの言葉を信じてグリップから手を離した。
金属製のグリップが床を打ち、渇いた音を立てる。
「よし、お前も捨てろ」
ソンカカイはフェイトに言った。
「早くしろ」
刺客の目はバルディッシュただ一点に向けられている。
この時、用心深いセキシボウがブライトのエダールセイバーを拾い上げようと、彼に近づいた。
一方でフェイトもバルディッシュを持つ手に軽く力を込めながら、ゆっくりとおろす。
瞬間、絶好の機会が訪れたことを2人は同時に悟った。
セキシボウの手がグリップに触れるか触れないかの瞬間、ブライトはそれを引き寄せた。
「・・・・・・ッ!?」
慌てたセキシボウがグリップの行方を目で追ったが、すでにアメジスト色の光刃が彼の右手から発せられていた。
その光刃が目の前で一閃し、セキシボウの胴がふたつに割れた。
「貴様ッ!!」
突然の物音に振り返ったソンカカイが怒りを露にして、ブライトに斬りかかろうとした。
が、それより早く飛来した金色の光刃がソンカカイの体を背中から貫いた。
2体の刺客は再び銀色の液体となり、地中に没した。
手元を離れたバルディッシュを引き寄せたフェイトは、そのままクレリックの元へ駆け寄る。
「大丈夫?」
「ええ、おかげで。でも安心はできません」
言いながらクレリックは注意深く辺りを見渡した。
宮殿内にいる限り、常に闇に見張られていると思ったほうがいい。
「その通りだ、急いだほうがいい」
いつにも増して険しい表情でブライトが言った。
彼が目を向けた先には、銀色に輝く水たまりが広がっている。
刺客はまだ消滅していない。
3人は再び走り出した。
「あの扉を抜ければ、奴らもそう簡単には追っては来られないでしょう!」
クレリックは通路のずっと向こうにある扉を指差した。
「フェイトさん、きみが先に行ってくれ。僕は後ろを守る」
守るというのは、もちろんクレリックのことだ。
「分かった!」
3人は影の奇襲に備えながら扉を目指す。
(あともう少しだ)
フェイトが扉に手をかけた。
「急げ!」
その隙間に身をねじこむようにクレリックがくぐり抜ける。
ブライトは一瞬、背に妙な気配を感じながら扉を乱暴に閉じた。
アースラの損傷は時間を経るごとに深刻になる。
「隊長、機関部が援護を要請しています」
動力炉へと続く通路の影を片付けた第2遊撃隊は、各部の被害状況を見ながら進行を続けた。
闇は鎮静に向かっているが、アースラの受けた被害は大きい。
「ここからは遠い。第3隊に頼もう」
抑揚のない声で隊長が言ったが、直後、援護を断る別の理由ができた。
「滅べ、人間」
いつの間にか、第2隊は悪鬼に取り囲まれていた。
「まったくキリがないな」
武装隊の中でもエリートで構成された第2隊は、臆することなく影との正面対決を受け容れた。
彼らは魔法の使い方にもデバイスの用い方にも長けている。
(壊さない程度に派手にやれ。奴らの目を私たちに引きつけるんだ)
(了解)
悪鬼が槍を突き出す。
局員はそれを紙一重で躱すと、デバイスの先端に発生させた魔力刃で悪鬼の咽喉を一突きにした。
数の多さは戦力の大きさに比例しない。
悪鬼は遊撃隊の数倍の数で攻めるが、断末魔の叫びをあげるのは悪鬼のほうだった。
「図に乗るなよ、人間め」
形勢は一気に逆転する。
悪鬼たちが一斉にプラーナを放った。
見えない邪悪な力が武装隊の四肢の自由を奪う。
「うっ!」
プラーナの存在を知っている彼らは、この呪縛から逃れる術までは知らない。
『”Meteor Blast”』
おびただしい光球がどこからか降り注ぎ、悪鬼たちの体を容赦なく撃ち抜いていく。
クロノだ。
なのはの援護に向かう途中だった彼は、前方の邪気に満ちた影を睥睨した。
「クロノか。奴を先に始末しろ」
顔を見合わせた悪鬼たちは槍を携え、クロノに躍りかかった。
それに対しクロノはS2Uの先端に発生させた魔力刃で迎え撃つ。
クロノが跳んだ。
プラーナの直撃を避けるための選択だったが、これは思いのほか効果があった。
悪鬼は敵を視野に捉えるために仰ぐが、すでにS2Uの刃は最も前方にいた悪鬼の腹を貫いていた。
さらに返す刃が左右から迫る悪鬼を斬り捨てる。
彼は強くなった。
思えばクロノの戦闘スタイルは遠距離戦に傾倒していた。
魔法の多くが射撃、追尾といった間接攻撃に分類されるからだ。
ところが剣技を操るメタリオンの登場により、クロノの戦闘スタイルに欠点があることが分かった。
使命感の強いクロノは、接近戦を勝ち抜くための努力を怠らなかった。
その成果がここに表れている。
――執務官クロノ・ハラオウンは侮れない。
影の間でそのような情報が密かに伝達された。
彼の強さに怯えたように、悪鬼たちの士気は目に見えて下がった。
それを見逃さなかった武装隊はクロノと共に影の殲滅を再開した。
扉を抜けた先は白壁が延々と続く通路になっていた。
光源がないにもかかわらず、目の前は陽を浴びたように明るい。
(たしかに闇が嫌いそうな場所だ)
ようやく落ち着いたところでフェイトは、ずっと抱えていた疑問を口にした。
「ねえ、クレリック。訊いてもいい?」
「なんでしょうか?」
ひとまず闇の脅威が去ったということで、3人は体力の回復も兼ねてゆっくりと歩き出した。
「どうして私たちに”本体”の場所を教えてくれるの?」
「・・・・・・」
それはブライトも訊ねたかったことだ。
”本体”にたどり着く唯一の手段としてクレリックについて来たが、考えてみればこれこそワナということもありうる。
意味ありげな言葉を吐き、自分たちを闇のワナに陥れたのでは?
と考えると、ブライトは自然とグリップに手をかけていた。
もしそうだとしたらすでに手遅れだが、クレリックだけは斬っておこうと思った。
「私が闇だからです。所詮、あの黒く冷たい連中と同じだからですよ」
「どういうこと?」
「すでにご存じかと思いますが、影は負の感情の結晶です。怒り、憎悪、恐れ、嫉妬、そして裏切り・・・・・・。それが私なのです」
クレリックは明言を避けたが、2人はそれだけで大方理解できた。
クレリックはいわば、裏切りの結晶だ。
”影が影を裏切った”
ということなのだろう。
「なるほど、つまり味方を裏切って僕たちに教えてくれたわけだな。ならついでに教えてくれ」
「はい」
「僕たちが”本体”を倒せば、お前は消える。それを承知でのことか?」
「もちろんです。あなた方が主を倒してくださるなら、これ以上望むことはありません」
「どうしてそこまで?」
「影の中にも、闇のやり方に反発を感じる者がいるということです。闇による世界支配など、私の望むところではありません」
「そう・・・・・・そうか・・・・・・」
ずいぶん複雑だな、とブライトは感じた。
様々な感情が入り混じって生まれたのが闇だ。
もしかしたら、ひとかけらの善の心もそこに混じっていたのかもしれない。
「あなたみたいな人が他にもいるんだね?」
フェイトの問いにクレリックは表情を曇らせた。
「主に反発した者はほとんど消されました。残っているのは私だけかもしれません」
「・・・・・・・・・」
訊かなければよかった、とフェイトは思った。
気まずい想いをしているフェイトをよそに、ブライトはどうせ”本体”を倒せば闇は全て消える、という程度にしか考えていない。
「あの扉が見えますか?」
という言葉を聞いて、また扉か、とブライトは思った。
目を細めなければ見えないほど遠くに階段がある。
段をたどってみると、20段ほど上がったところに装飾が施された扉があった。
妙な威圧感がある。
「あの扉を抜けた先に、主への道があります」
フェイトの頭に小さな疑問がよぎった。
「さっきから気になっていたんだけど、”主への道”ってどういうことなの?」
クレリックが目を丸くしてフェイトを見た。
「”本体”の居場所までは分からない、だけどそこまでの道は分かるってことだよね?」
「ええ」
「その意味がよく分からないんだ」
ブライトはクレリックに気付かれないようにグリップを握った。
即答できないようなら、これはワナと考えすぐに斬るべきだと判断したからだ。
「説明が足りませんでした。あの扉の向こうに、主に最も近い影がいるのです」
ブライトはグリップから手を離した。
「主への報告役として、今もいるハズです」
「つまり、そいつに直接訊き出せということか」
「はい」
数秒おいて、クレリックが付け足した。
「おそらく主の居場所を知っているのは、その報告役だけかと思われます」
「もし失敗したら――」
言いかけてフェイトは口をつぐんだ。
先に失敗した時のことを考えてもしかたがない。
今は行動する時なのだ。
「待って!」
少し前を歩くクレリックをフェイトが呼び止めた。
彼女の手にはすでにバルディッシュが握られている。
「しつこい連中だな」
やや遅れてブライトもグリップを構えた。
前方で2本の水柱があがり、瞬く間に人の姿をとる。
「下がってて」
2人がクレリックを護るように進み出た。
「オレたちは面倒が嫌いなんだ」
ソンカカイが短剣を弄びながら近づいてくる。
「僕もだよ。お前たちの相手はウンザリだ」
対峙したブライトの右手からアメジスト色の光刃が音を立てて伸びた。
2体の刺客は貧弱な武器を手に距離をつめる。
フェイト、ブライトは互いの位置を測りながら刺客の攻撃に備えた。
おそらく強敵ではないが、突破されてクレリックが狙われる危険がある。
ここまでくればもうクレリックの案内は必要ないのだが、だからといって見捨てることもできなかった。
ソンカカイが跳んだ。
それに合わせてブライトも飛び、2人は空中でせめぎ合った。
勝負はすぐについた。
ブライトの光刃が短剣ごとソンカカイの胴体を斬り裂いたのだ。
一方、地上ではフェイトとセキシボウが睨み合っていた。
用心深いセキシボウはソンカカイと違い、迂闊に飛び込むようなことはしない。
フェイトからしても、ヘタに動けばクレリックと離れすぎてしまうため攻め込むことができない。
「・・・・・・!!」
背後に危険を感じ、振り返ったセキシボウの目の前でアメジスト色の残像が閃いた。
「ガアアアァァァッッ!?」
袈裟がけに斬られたセキシボウは銀色の血しぶきをあげながら溶けた。
刺客の姿は消えたが、2人は構えを解こうとはしない。
感覚で分かるのだ。
あの2体はまだ近くにいる。
何かが割れる音がした。
音のした方向を見ると、あの扉へと続く階段が崩れはじめている。
「急いでください! ヒューゴが! ヒューゴが扉を封じようとしています!」
クレリックが指差して叫んだときには、すでにブライトが駆けていた。
”本体”への道を失いたくなかったからだが、ここで躊躇えば敵の中枢で孤立することになる。
ブライトは走った。
すでに階段の半分近くが崩壊している。
「あっ!」
彼の後ろでフェイトが声をあげた。
ちょうどブライトの背後に水柱が聳起し、ソンカカイとセキシボウが姿を現した。
「もう遅い。貴様らはここで死ぬのだ」
ブライトは肩越しに振り返った。
再び現れた刺客に、ブライトとフェイトは分断される形となった。
「行って! ブライト!」
「でも・・・・・・」
「ここは私が何とかするから! 早く! 扉が・・・・・・!」
2体の刺客とフェイトとを交互に見ながら、ブライトはわずかに逡巡した。
「急いでください! 扉が消滅してしまえば、主に接触する機会を失います!」
クレリックも叫んだ。
”本体”の元へ行くのは3人で、と考えていたブライトは即断ができない。
階段が一段、また一段と崩落していく。
「早く!」
「・・・・・・・・・」
ソンカカイが不気味な笑みを浮かべてブライトを見た。
崩壊はすでに扉の近くまで迫っている。
ブライトは走った。
何を躊躇することがある。
クレリックを信じてここまで来たのは、闇の根源を絶つためではないか。
「愚か者め。たとえ主の元にたどり着いたとして、1人で何ができる」
吐き捨てるように言ったセキシボウは、悠然と振り向きフェイトを睥睨した。
ヒューゴはこの2体の刺客に、
”クレリックを追え”
と命じたが、これは、
”主の元へと案内するクレリックと、それについて行った2人を殺せ”
という意味だ。
2体の刺客はフェイトからやや距離をおいて短剣を構える。
しかしこんな武器など、フェイトのバルディッシュの前では気休めにもならない。
ブライトが地を蹴り、崩れ落ちる階段にしがみつく。
「ブライト!」
自分の名を叫んだ少女に彼は不安と希望の入り混じった笑みを返すと、力強く扉を開いた。
途中、振り向いた彼の瞳には、
”必ず戻ってくる”
という意志が宿っていた。
それを見届けたフェイトは愛杖バルディッシュとともに、立ちはだかる2体の刺客と向き合った。
「奴はまもなく死ぬ。貴様もここで果てろ」
「・・・・・・・・・」
ソンカカイの挑発をはねのけ、フェイトは無言でバルディッシュを構える。
その後ろでクレリックが不安げに成り行きを見守っている。
「心配しないで。私が守るから」
というフェイトの言葉が心強い。
が、クレリックは覚悟していた。
自分の存在はそう長くはない、と。
もともと彼女らを”本体”へと続く道に案内するのが彼の役目だったが、いまその役目は終わった。
彼に存在する意義はもうない。
「行くよ、バルディッシュッ!」
金色の光刃を閃かせ、フェイトが飛んだ。