第15話 真相 U
(ついに闇の”本体”への道にたどり着いたブライト。彼はそこで衝撃的な真相を知ることになる)
ブライトは背中に冷たさを感じた。
氷の刃を押し当てられたような傷みすら覚える。
しかし彼はここに来て、不安とは無縁の感情を持とうと決めた。
クレリックの言うように、彼は今、誰よりも闇の中枢に近づいている。
しかもたった独りで。
ここで抱く感情が戦局に与える影響は大きい。
彼は冷静になるよう努めた。
冷たい風がなぶる。
扉をくぐった直後、どこか別の星に飛ばされたらしい。
NECTORとは重力がまるで違い、体が軽く感じられる。
ここでの重力は彼に味方をしそうだ。
とはいえ周囲を見渡した彼は、やはり味方などいないと理解した。
この星にはほとんど陽があたらない。
ブライトはエダールセイバーを起動した。
今はこの光刃だけが唯一の光源だ。
クレリックの言葉によれば、ここは”本体”の居場所ではない。
しかし最も重要な地でもあるという。
ブライトは慎重に歩を進めた。
どこに向かえばいいかは分かる。
最も闇の濃い部分。
不気味な闇の吐息が、北側から流れてくる。
不規則にうねった岩肌が、ブライトの進行を妨げるように足にからみつく。
進むにつれて地形が険しくなってきた。
(フェイトさんは大丈夫だろうか?)
暗い考えが一瞬だけよぎった。
クレリックの身を案じるようなことはしない。
彼はただの影だ。
一族を裏切り、自分たちに極めて有益な情報をもたらしてくれたが、ブライトはやはり彼を闇としてしか見ることができない。
(どうせ”本体”を倒せばクレリックも消える。彼もそれを承知で教えてくれたんだ)
同情する気にはなれない。
フェイトやなのはから見れば、彼は冷徹に感じられるかもしれない。
それでも構わなかった。
闇さえ祓うことができればそれでいい。
他人の評価など気にする必要はない。
この冷徹さこそ力なのだ。
5分ほど歩いて、彼は立ち止まった。
闇が強い。
彼は待った。
ここまで来れば、必ず向こうから姿を現すハズだ。
奴らが彼の存在を見過ごすハズがない。
「さあ、来い。お前たちを滅ぼす者はここにいるぞ」
ブライトは自らを奮い立たせるように、天に向かって言った。
黒い風が吹いた。
地がうねり、遥か彼方で影が伸びた。
ブライトの立ち位置からたっぷり500メートルはある。
(警戒心が強い・・・・・・当然かもな)
彼は目を細めると、その影に向かって悠然と歩いた。
戦況はフェイトが圧勝していたが、しかし圧倒的に不利な状況にあった。
ソンカカイ、セキシボウという2体の刺客には、彼女を脅かすほどの力はない。
問題はこの影の性質にある。
何度か目撃されているように、影には実体がなく、したがって倒すことはできない。
フェイトが勝ち、クレリックの安全を保障するためには2体が消滅という結末を迎えるしかない。
「ムダだ」
貧弱な短剣を構えるセキシボウが嗤った。
彼はもう十数度、バルディッシュの餌食になったが今もこうして立っている。
ソンカカイも同じだ。
フェイトはできるだけ体力を消耗しないように心がけるが、まるで斃れる気配のない刺客にじりじりと後退する。
この宮殿内において、影は不滅の力を得る。
金色の光刃が何度突こうと、何度斬ろうと刺客は液状化・実体化を繰り返す。
埒の明かない戦いにフェイトが音をあげた時こそ、この戦いはフェイトにとって最悪の結末で終わる。
「今ごろはあいつも死んでいるだろうよ。次はお前たちの番だ」
ソンカカイが不吉なことを言った。
「ブライトは死なないよ。――私たちもね」
フェイトは決して弱音を吐かない気丈な精神の持ち主かもしれない。
彼女は自分が孤立すればするほど強くなる。
これは彼女のたどってきた悲しい過去がそうさせているのだろう。
「クク、強がりだな。お前たちの死は決まっている。オレたちを敵にした時点でな」
ここでフェイトは、初めて逃げるかどうかを考えた。
無敵とも思える影を相手に、クレリックを守りながら戦うことに益があるとは思えない。
意思を読み取ったクレリックがささやいた。
「難しいでしょう。ヒューゴに居場所を知られている以上、動きは全て読まれています」
役目を終えたクレリックに生き延びようという意志はないのか。
「どうしたらいい?」
宮殿内の様子に関してはクレリックの方が詳しそうだ。
彼は答えに窮した。
即答しない時点で彼に策がないことをフェイトは察知した。
知っているなら、もっと早くに助言のひとつでも授けてくれただろう。
「時を稼ぐしか・・・・・・」
クレリックはそう言ったが、ではその後にどうすべきかまでは思いつかない。
「やっぱり私がいないとダメかい?」
声を聞くまでアルフが近づいている事にフェイトが気付かなかったのは、やはり闇の力によるものか。
「アルフ!」
体のあちこちに傷をつくっているが、彼女は凛として立っていた。
「ヒューゴに殺されたと思っていたが、まだ生きていたか」
「言うな。その分、オレたちの楽しみが増える」
2体は唇の端をゆがめた。
「しかしここに奴がいるということは、ヒューゴは消えたか」
「らしいな。まったく、たった1人相手に消滅とはな」
「あんな奴の命令を聞いていた自分がバカバカしくなってきた」
「同感だ」
2体は愚痴を言い合った。
「私が来たからには好き勝手はさせないよ」
拳をかたく握りしめ、アルフが前に出た。
「クレリックだっけ? あんた、ちょっと下がってな」
「しかし・・・・・・危険です。奴らを倒すことはできま――」
「まあ見てなって」
ソンカカイが動いた。
それに合わせてアルフも地を蹴る。
短剣を使っての攻撃は斬る、突く、払うのどれかしかない。
アルフはそれを一瞬で見切り、見事に懐に飛び込むことに成功する。
至近距離に敵を捉え、アルフはソンカカイの腹部に拳を叩きこんだ。
「・・・・・・・・・ヒューゴはこんな奴に消されたのか?」
ソンカカイは嗤った。
銀色にうねる自分の腹を見ながら。
アルフの拳はその銀の海に手首まで呑みこまれている。
「ちっ!」
小さく舌打ちし、アルフは拳を引き抜いた。
「厄介だね。フェイトが苦労するわけだ」
言葉ほど彼女は追い詰められたような表情はしていない。
ふいに違和感を覚え、アルフは右手を見た。
指先に銀色の水滴がついている。
(なるほどね、そういうことか)
アルフは頷いた。
その仕草から刺客を倒すには至らないまでも、少なくとも事態を好転させる方法を思いついたと分かる。
「どうするの?」
フェイトが訊いた。
「こうするのさ!」
直後、再びアルフが跳んだ。
「ムダなことを」
ソンカカイも跳んだ。
アルフは中空で身をよじると、腰のひねりを利用して右腕を突き出した。
対し、すっかり慢心しているソンカカイは避けることもしないで彼女の攻撃をまともに受けた。
拳はまたしても彼の腹部に突き刺さるが、先ほどと同じようにアルフの拳は銀色の海に埋没してしまう。
地上でそれを見ていたセキシボウも、アルフの愚かな攻めについ構えを解いてしまった。
だがフェイトはそこに付け入らない。
アルフに任せてみようと思った。
「かかったね」
呟いて笑んだアルフの瞳には、獣特有の鋭さが光る。
眼光に不気味さを感じながらも、ソンカカイはまだ余裕だ。
この世界に生きる者に闇を殺すことはできない。
しかしこの余裕が仇となった。
腹の中に閉じ込められたアルフの拳が淡く輝く。
「クラッシュッッ!!」
アルフがキーワードを叫ぶと、光はいっそう強くなりソンカカイの体が膨れ上がった。
「・・・・・・この――!!」
ソンカカイが危険を感じてもがくが、もう遅い。
光はさらに強くなり――。
「オオオオォォォォッッ!!」
断末魔の叫びをあげたソンカカイの体は内側から破砕した。
「なんてことだ・・・・・・」
それを静観していたセキシボウが漏らした。
そしてハッキリと恐怖を覚えた。
内部から照らされた影に逃げ場はない。
「ヒューゴはこうして消えたのか・・・・・・」
光を恐れたセキシボウは銀色の液体に姿を変え、この場から逃げようとした。
「ギャッ!?」
だがそれより早く金色の光刃が背中から貫いた。
フェイトがバルディッシュを握る手に力を込めた。
アルフのおかげでこの不死身とも思える刺客を消す方法は分かっている。
「バルディッシュ!」
フェイトが叫ぶと同時に金色の光刃は太陽のように輝き、セキシボウを焼き払った。
かろうじて逃げ延びた一部も、バルディッシュの眩い光に照らされて消滅した。
アルフは中空から俯瞰したが、この空間には脅威となるものはもういないらしい。
が、時に用心深い彼女はクレリックから離れた位置に降り立った。
「ありがとう。おかげで助かったよ」
やはりアルフは最も頼りになるパートナーだとフェイトは思った。
「ブライトは?」
アルフは主の褒め言葉に驕らず、姿の見えない仲間の安否を尋ねた。
「主の元へ向かわれました・・・・・・」
すでに崩壊した扉を指差して答えたのはクレリックだった。
が、アルフには瓦礫の山にしか見えない。
「あの扉が唯一、主に近づく道です。残念ですが引き返すしかないようです」
「ブライトは――」
アルフが言った。
「戻ってこれるんだろうね?」
「それは・・・・・・たぶん・・・・・・」
アルフはクレリックの襟をつかんで、顔がくっつくほどに近づけた。
「たぶんじゃないだろ! ブライトは戻ってくるって何で言えないんだ!」
どうして彼女が怒るのか、フェイトはもちろん彼女自身も分からなかった。
「すみません・・・・・・私の役目は主に続く道へ案内する事です・・・・・・それ以上は・・・・・・」
「無責任なこと言ってんじゃないよ! それじゃあブライトはどうなってもいいって事なのかい!?」
「ち、違います!」
「アルフ、やめて」
「何で止めるんだい!? もしかしたらあの扉をくぐったのはフェイトかもしれないんだ! それでもよかったのかい!?」
アルフはこみ上げる怒りを抑えられなかった。
「アンタは他の影と何も変わらない! 2人をこんな危険な場所に連れてきた目的は何だ!?」
「アルフッ!」
見かねたフェイトが彼女の腕をつかんだ。
「ブライトは戻ってくる。大丈夫だよ」
「フェイト・・・・・・どうしてこんな奴の言う事を信じるんだい? 私たちがワナにはめられた可能性だってあるんだよ?」
「違うよ。もしワナなら、私たちはとっくに死んでるよ」
クレリックは2人のやりとりを見ていたが、やがてしぼりだすように言った。
「あなた方を危険に晒してしまったのは私です。言い逃れはしません。ですが・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「主を消滅させなければ、闇の蔓延を止めることはできません。あらゆる世界のあらゆるものが闇に侵食されるでしょう」
アルフが落ち着いたと悟ったクレリックが背後の扉を指差した。
「あの扉を抜ければ宮殿の外に出られます。ここにいたら、いつまた刺客が襲ってくるか分かりません。急いでください」
言葉のわりにクレリックの口調は落ち着いていた。
先ほどのアルフの件もあるから、努めて平静を装っているのだろうとフェイトは思った。
「アルフさん。さっきはあんな風に言ってしまいましたが、ブライトさんはきっと無事に戻ってきます。主さえ消えれば誰も悲しまずにすむのです」
冷たい風がクレリックの肌を撫でた。
「あなた方はもうここにいる必要はありません。いるべき場所へお戻りください。じきに・・・・・・ブライトさんが闇を断ち切ってくださるでしょう」
「・・・・・・」
「急いでください。私は誰も死なせたくない。あなた方を生きてここから脱出させなければ・・・・・・私がいる意味がありません!」
「・・・・・・分かった」
アルフは頷き、クレリックの指し示した扉へ急いだ。
フェイトもそれに続く。が、クレリックが立ち止まっていることに気付き、振り返った。
彼は2人に背を向け、天を仰いだ。
「何やってんだい! あんたも早くっ!」
「私はここに残ります」
「どうして!?」
「闇が裏切り者の私を放っておくハズがありません。私といればあなた方にも危険が及びます。それに・・・・・・」
後ろ姿だからよく分からないが、彼は泣いているように思えた。
「主が消えれば私も消えます。どちらにしても私の運命は決まっています」
「運命・・・・・・」
フェイトは逡巡した。
”本体”が消えればクレリックも消える。
短い時間だったが、フェイトにとって彼は仲間だった。
罪のない人々を混乱と恐怖に陥れ、全てを覆おうとしている闇と戦った仲間だ。
だからクレリックを置いて逃げるなどできなかった。
その一方で彼が言うことも理解している。
「私に構わないでください。私の役目は終わりました。闇を・・・・・・闇を祓ってください! さあ、早く!」
フェイトの脳裏にブライトの姿がよぎった。
彼が”本体”を――。
倒す。
つまりブライト自身がクレリックを消すということだ。
この事実は変えられない。
私情を挟むな!
フェイトは自分に言い聞かせ、アルフの後を追った。
この時、突き刺すような冷たい感覚が2人を襲った。
だが2人は振り返らなかった。
扉を目指し、力の限り飛んだ。
クレリックの最期を見たくはなかった。
2人の後ろでは何体もの影が現れ、クレリックを取り囲んでいる。
すぐに手を下さないのは、彼の恐怖心を最大まで引き出すためだ。
彼は最期に号(さけ)んだ。
「流れは変えられない! たとえ私を始末しても、光が必ず闇を滅ぼす! 永遠の闇など存在しないッッ!!」
彼の言葉はフェイトの心に深く突き刺さった。
背後で剣が振り下ろされる音が聞こえた。
影は肉眼でかろうじて見えるほどの距離に現れた。
やはり”本体”に近い影だけあり、そうそうブライトの近くには姿を見せない。
ブライトはエダールセイバーを携えて悠然と歩くが、影はそこから動こうとはしない。
(僕を待っている? ワナか・・・・・・?)
可能性は充分にある。
というよりこれまで常に奇襲によって戦いのイニシアティヴをとってきた連中のことだ。
伏勢がいると思ったほうがいい。
しかしブライトはここに限って持ち前の慎重さを欠いた。
周囲に注意を向けることなく、彼はただ目の前の影を目指して歩を進める。
すると空気が振動して前方から影の声が聞こえてきた。
「ここまでたどり着いた人間は未だいない。お前が最初で最後だろう」
落ち着いた男の声だった。
「裏切り者がいたか・・・・・・ヒューゴは何をやっていたのだ」
彼の名はハイマンという。
具現化した闇の幹部クラスに位置するが、ブライトはそんな事は知らないし知る必要もない。
ハイマンが”本体”なら斬ればよいし、そうでなければ聞き出すまでだ。
そのハイマンがブライトが近づくにつれ眉をひそめた。
そして頷いた。
「お前かッ! そうか! お前なんだな!?」
ハイマンは狂ったように腹を抱えて笑った。
「今回だけはお前に感謝するぞ、ヒューゴ! まさかルーヴェライズ自らおいでになるとはなッ!」
自分は向こうを知らないが、向こうは自分を知っていることにブライトは少しだけ不愉快になった。
だが怒りはしない。
怒りは闇を助長させるだけだ。
「お前の亡骸を届ければ、主はきっとお喜びになるだろう」
ドレッドヘアをなびかせながらハイマンは笑い続けた。
「奴を殺せ! 奴を殺し、主への捧げ物とせよ!」
ハイマンの鼓舞を受け、地面が大きく隆起した。
それはちょうどブライトの目の前で起こり、すぐに見慣れた光景が広がる。
湾曲した剣を両手で構えた新たな影。
それが刺客であることは言うまでもなく、ブライトはうんざりしていた。
よほどの自信家なのか、たった1体で現れた刺客は進み出て言った。
「我が名はプレストン。おっと、名乗る必要はなかったな。なぜならここが貴様の墓場になるのだヴァッッ!!?」
刺客の体が胴からふたつに割れた。
わずか0.2秒。
ブライトがエダールセイバーを起動し、刺客を斬り、再び光刃を収めるまでにかかった時間である。
彼のゆっくりとした歩みはハイマンとの距離を確実に縮めている。
「何をしている! 奴を殺せ!!」
荒廃した大地に闇の手が伸び、見飽きた悪鬼がブライトを取り囲んだ。
悪鬼が槍を携えて飛びかかった!
が、その足が再び地につくことはなかった。
彼は前方の悪鬼を貫き、左手から迫る悪鬼をプラーナで焼き、返す刃で背後から攻めてきた悪鬼を斬り捨てた。
ハイマンにはこの一連の動きが見えなかった。
ブライトの動きはあまりにも速すぎる。
しかも放った刺客がまるで示し合わせたように3体同時に倒れたのだ。
これでは嫌でもブライトの強さを認めなければならない。
悟ったハイマンはひとまず彼から逃れようと地に潜った。
その時、ブライトが逆手に持ち替えたエダールセイバーを地に突き立てた。
先端からほとばしる光の波が、舐めるように地を這った。
「ウガアァァッッ!!」
ハイマンの苦痛の叫びが響き、次の瞬間には彼はブライトの前に姿を見せていた。
「・・・・・・・・・」
ブライトは無言のままハイマンを睨みつけた。
「”本体”はどこにいる?」
そう問うブライトの声は、闇よりもよほど深い黒を思わせるような凄みがあった。
「どこにいるんだ?」
感情がない。
今のブライトには――。
怒りも恐怖も快感もない。
ただひとつ、使命感だけが今の彼を動かしている。
地に潜ろうとしたハイマンは、ブライトの眼光にひるんだ。
「何をいきがっている? それで闇に勝ったつもりか?」
声がうわずっている。
せめてブライトが怒気を露にしていれば、ハイマンはここまで狼狽はしなかっただろう。
彼から何の感情も感じられないことが、ハイマンにはかえって恐怖だった。
「同じ質問はしないぞ。もう一度だけ訊く。”本体”はどこだ?」
「・・・・・・フフフ・・・・・・」
「・・・・・・?」
「ハーハッハッハッ!! ”どこだ”だと!? 愚か者め!!」
ハイマンの五指から鈍色の閃電が放たれた。
予測できなかったブライトはわずかにたじろいだが、すぐさま光刃を起動してこれを防ぐ。
「愚か者めッ!!」
ハイマンはもう一度言った。
閃電が激しさを増す。
しかしこれがプラーナである以上、エダールセイバーを構えるブライトにとってはさほどの脅威ではない。
彼はハイマンに気付かれないように距離をつめた。
鈍色の閃電はブライトを焦がそうと伸びるが、それらは全て光刃に吸い込まれるようにして消滅する。
「オオオオォォォッッ!!」
次の瞬間、アメジスト色の光刃が閃き、ハイマンの右腕を斬り飛ばした。
均衡のとれなくなったハイマンにはもはやプラーナを放つ力はなく、無様に尻もちをついた。
しかも滑稽なことに、彼はその姿勢のまま後ずさりを始めた。
「ま、待て! 私を消せば”主”の居場所を知る術を失うぞ!!」
アメジスト色の光に照らされ、ハイマンは生き延びようと必死にもがいているように見える。
「言わないならお前を消すだけだ。闇はどこにでもいるからな。そいつらに訊けばすむ」
そう言ってブライトはエダールセイバーを振り上げた。
「分かった! 分かった! 言おう! だからそれを下ろしてくれ!!」
ハイマンがあまりにも情けない声で嘆願したため、ブライトのほんのわずかな情けがハイマンの寿命を延ばした。
「なら言え。どこにいる?」
ブライトの瞳にはおそらくハイマンの姿は映っていない。
彼はそのずっと先、深い深い闇のずっと向こうにいるであろう、まだ見ぬ”本体”を見ている。
「お前のすぐ近くにいる」
「なんだと?」
「お前もよく知っている人間だ。主はそれを宿主として生きている・・・・・・!」
「ウソじゃないだろうね? もっともらしい話で逃げようとしても無駄だぞ」
ブライトは光刃をハイマンの喉元に突きつけた。
「ウ、ウソではない! 信じてくれ! その人間の名前は――」
・
・
・
・
・
ブライトは愕然とした。
「そんなハズは・・・・・・」
「本当だ。主への報告を行っているのは私だけだ。私は何度も見ている!」
「信じられない」
が、信じるしかない。
ハイマンが示した名の持ち主には、ブライトも心当たりがあった。
”本体”が自分の近くにいると睨んだ時点で、その人物も範疇にあった。
だから彼はその人物を観察していた。
だが甘かったようだ。
初めからその人物だけに狙いを絞っておくべきだったのだ。
今になって後悔して遅いが、無念さだけが残る。
その時、不意にハイマンの視線が右に揺れた。
ブライトはそれに気付き、エダールセイバーを片手で振るった。
背後からブライトを貫こうと迫っていた悪鬼は、バックハンドで振られた光刃に叩き潰された。
奇襲は失敗した。と同時にブライトにもいよいよ怒りがこみあげてくる。
「僕を殺そうとしたな?」
「・・・・・・・・・」
再び突き出された光刃は、ハイマンの喉を今にも貫かんとしている。
ためらう必要はない。
”本体”の居場所はもう分かった。ハイマンを生かしておくことに意味がないのだ。
「ち、違うッ! 今のは奴が勝手にやったことだ! 私は・・・・・・」
「だが”本体”の居場所は分かった。お前を生かしておくことにメリットがない」
グリップを握る手に力がこもる。
「待て! 待てッ! 主の居場所は教えたら私を見逃すと約束したではないか!」
ヒューゴやソルシアがこれを見たら何と言うだろうか?
詭弁家で狡猾、”本体”に通じているという理由で2体を手足のごとく動かしていた、あのハイマンが。
たった1人の少年に命乞いをしているこの情けなさ。
彼がすがっていた”本体”のご威光も、今となっては何の役にも立たない。
「そんな約束をした覚えはないな」
「で、では・・・・・・では世界を二分しよう! これでどうだ!?」
「世界を二分する?」
「そうだ! 我々が世界の半分を、お前がもう半分を支配するのだ。私なら主に掛け合える。それでどうだ?」
ブライトは息を長く吐いた。
「面白そうな話だな」
という返事に闇であるハイマンは皮肉にも光を見出した。
「そうだろう。そうと決まればすぐにでも主に報告しよう! さあ、これで世界は私たちのものだ!」
「ところで――」
立ち上がろうとしたハイマンをブライトが制した。
「僕がなぜここに来たか分かるか?」
「・・・・・・・・・?」
ハイマンは背中に冷たいものを感じた。
「僕がここに来た理由はな、”本体”を探し出すため・・・・・・つまりは闇を祓うためだ」
光刃が輝きを増した。
アメジスト色の光がハイマンの後ろに影をつくった。
「分かるよ。お前たちがしきりに世界を手に入れたいと言っているのは、かつての僕の支配欲だろう?
たしかに僕にはそういう野心があったからな。大半は魔導師に対する復讐心からだったけれどね」
ブライトの独白はハイマンに恐怖と安堵を与えた。
「そうとも! 私たちはお前を映したにすぎない! 支配欲に駆られたのもそのためだ! だが逸(はや)ってしまった!
お前をさしおいて支配を目論んだことは私たちの落ち度だ! だから二分しようと言うのだッ!」
「そうだな。だからお前たちが世界を得ようと考えるのも、そもそもお前たちが存在するのも僕の責任だ。責任はとらないとな」
この時、ハイマンははっきりと恐怖を感じた。
闇が好む恐怖ではない。これは力の源にはならない。
「僕は世界支配なんて望まない。ムドラ帝国の復活も諦めた」
ブライトが詰め寄った。
「魔導師に対する復讎心(ふくしゅうしん)もない・・・・・・」
ひとつの終わりが来た。
ハイマンは懇願した。
「分かった! 二分が気に入らないなら、三分の二をお前にやろう! これでどうだ!?」
しかしブライトは何の反応も示さない。
「なら四分の三! いや、それ以上でもいい! 条件を出してくれッ! 主は必ずお前の条件を呑もうッ!!」
ブライトはかぶりを振り、エダールセイバーを高々と持ち上げた。
「ヒイイィィィィッッッ!! た、たのむ! 私を消さないでくれッ! 何でもする! だからどうか――ッ!!」
ブライトは静かに目を閉じると、ハイマンを刎(くびは)ねた。