第7話 闇の攻撃 アースラ攻防戦

(新たな同志を迎えたアースラ。しかし喜びもつかの間、影の攻撃はさらに激しさを増す)

 戦いは未明に始まった。
クルーの多くは眠っていたが、突然の敵襲にたたき起こされた。
影との戦いはいつも奇襲に始まる。
戦闘においては常にイニシアティヴをとられているようで、腕利きの魔導師も充分に力を発揮できない。
「油断するな! ・・・・・・後ろだっ!」
このような状況下にあって、一団を率いるクロノは冷静だ。
自らデバイスを引っさげて戦い、しかも仲間への適切な指示も怠らない。
影は常に不意を打ってくるが、裏を返せばそれは敵の攻撃が必ず背後から来ることを意味する。
したがって前方ではなく後方に注意を払っていれば、戦いを優位に進めることができるハズだ。
『”Meteor Blast”』
S2Uの先端からおびただしい量の光球が迸った。
回避を許さない光のカーテンが前方にわだかまる影の戦士を撃ち抜いていく。
この技は強力なため、出力を加減しなくてはならない。
さもなければ今、戦場となっているアースラ艦体を内側から破損してしまう。

 戦いの場はアースラに着目すれば、艦首から艦尾にまで及んでいる。
艦橋、会議室、トレーニングルーム、食堂、厨房・・・・・・。
敵は主戦場を選んではくれない。
この艦には戦闘魔導師のみならず、通信士や記録官といったいわゆる文官も多い。
いざ戦闘となると、まず彼らを安全な場所まで退避させなくてはならない。
「ディバイン・シューター!」
避難を確認したらすぐさま行動開始だ。
「奴らを殺せ。この艦を闇で満たせ」
なのは、ユーノの前に現れたのは10体の影の戦士。
その中にクモ型とサソリ型が混ざっている。
桜色の光球が術者の意のままに動き、まずは前衛のクモ型を破った。
形態の違いは移動速度にも違いを生む。
2人はじりじりと後退した。
これに勢いづいた影の戦士が飛び込んでくる。
が、これは軽率という他ない。
陣を組んでいた影は2人を追ううちに足並みが乱れ始め、今は最も足の速い数体が間合いにいるのみだった。
強力な影も各個撃破すれば大したことはない。

 さすがに戦い慣れしているブライトは、常に1対1の状況を作り出そうと体を捌いている。
通路にいる限り、周囲を敵に囲まれる恐れはない。
ただし狭い場所であるために挟撃されることがあるが、こういう事態での対処法を彼は心得ている。
幸いにも肩の傷は完治しており、彼にとっては思うとおりの戦いが展開できた。
しかし、力不足の感は否めない。
並の影に対しては優位に戦えるものの、戦士相手では楽勝とはいかない。
武具を持っているからというのが理由だが、確かに丸腰の彼にとってこの相手は相性が悪い。
近づけば長剣の餌食になり、離れれば彼のプラーナ・ライトニングは防がれる。
せめて彼にも戦士と対等に渡り合えるだけの武具があれば、この状況を少しは好転できたハズだ。
「全てを闇に!」
闇の戦士が長剣を振り上げて迫ってくる。
ブライトは右手を突き出し、指先にプラーナを集束させた。
戦士の体が宙に持ち上げられる。
ブライトが指を軽く曲げると、戦士はあらゆる物理法則を無視して側壁に叩きつけられた。
その隙を逃さず、彼の手から閃電が飛ぶ。
1対1の状況ならこれができた。
自身はほとんどその場を動かず、プラーナにのみ頼って戦える。
では相手が複数の場合は?
ましてや今のように前後の退路をふさがれている場合は?
彼にとっては不本意だが、選択肢はひとつしかない。
「サンダー・レイジッ!」
金色の雷が通路にわだかまっている戦士を焼いた。
――援護を待つこと。
昔の彼にはこのような選択肢はなかった。
プライドが許さなかったし、何より彼には強大すぎる力があった。
今、彼には力はない。
かろうじて残っているプライドも、力がなければそれは身を滅ぼすだけの刃に成り果てる。
「ブライト、大丈夫?」
影の戦士を屠りながら駆けて来たフェイトは、まず彼の安否を確かめた。
「ああ。ありがとう。きみのおかげで――助かったよ」
こう答えるブライトに、フェイトは妙な親近感を持った。
「2人一緒に戦おう」
次に彼女がそう言ったのも、その妙な親近感がそうさせたものだ。
「その方がよさそうだ」
ブライトは頷いた。
正直、影の戦士を相手に無傷でいられる自信がなかった。
狭い場所での戦いは大勢を同時に相手にせずに済むが、自らの身の置き所まで危うくする。
フェイトはちらっとブライトを見た。
室内ででもフードを深く被っているのは妙だが、彼女はそんなことには気付かない。
それよりももっと、彼女にとっては遥かに意味のある要素を――。
彼は持っている。
たとえば敵を前に躊躇いなく閃電を放つ姿や、軽い身のこなし。
フェイトはもっと彼を見たいと思ったが、眼前の戦士が許してくれそうになかった。
「彼らを殺せッ!」
影の戦士がなぎ払う。
ひとまず背後を襲われる危険から逃れたブライトは、前方の数体にのみ集中する。
戦術は変わらない。
まずはプラーナで空中に固定し防御できなくなったところを、集束させた閃電で倒す。
「ブライト、気をつけて!」
「・・・・・・きみの足を引っ張らないよう頑張るよ」
もはやこの言葉は謙遜ではなくなっている。
事実、ブライトが影の戦士1体を倒すのにかかる時間が長くなっている。
(危ないかもしれない・・・・・・)
ブライトは宙返りを打ち、影の戦士の死角に飛び込む。
この狭い戦場なら殺到した戦士たちが同士討ちするかもしれないと踏んでの戦術だった。
読みどおり、戦士たちは我先にブライトを斬ろうと迫り、互いを押しのけるようにわだかまっている。
ブライトはまごつく1体から長剣を奪い取り、それを背中から突き刺した。
「オオオォォォ・・・・・・!」
断末魔の叫びをあげて戦士が崩れ落ちる。
だが時間をかけすぎた。
彼のすぐ後ろで別の戦士が長剣を振り上げる。
影ごときに仲間意識などないだろうが、この動きの機敏さはたった今倒された仲間への報復に見えた。
「何やってんだい!!」
呆然と立ち尽くすブライトの前に、どこから来たのかアルフが割って入ってきた。
彼女は迷うことなく眼前の戦士の腹部に拳を一発叩き込んだ。
その勢いによろめいたところに、アルフは怒濤の連撃で追い討ちをかける。
速い。
1秒間に正確に6発、拳を叩き込む。
ブライトは改めてアルフの格闘能力の高さに感心した。
この拳の前には剣も盾も無意味か。
「あんた、死ぬ気かい?」
影を見据えたまま、アルフが後ろにいるブライトに言った。
くどいようだが、アルフはブライトがあまり好きではない。
それが口調に露骨に表れてしまっているのだが、当の本人は、
「まさか・・・・・・まだ死ぬつもりはないよ」
とさらりと言ってのけた。

 通路内を金色の閃電が駆け、闇の戦士が倒れていく。
アルフが加わったこともあってか、数分もすると影はじりじりと後退を始めた。
(おかしい・・・・・・)
異変に気付いたのはブライトだった。
退くことを知らない影が、なぜ今になって後退を?
そのおかげでこちらは攻勢に出ることはできるが、何かがおかしい。
『”Scythe Slash”』
フェイトは前進を続ける。
敵の一群を切り崩したアルフもとって返し、フェイトが撃ち漏らした影を叩き潰した。
ブライトは訝りながらも、やはりプラーナを浴びせて敵を屠っていく。
いつしか戦場は通路からドーム型のホールに移っていた。
ここには障害物となるものがない分、個々が自由に戦える。
アルフが戦士のあごを蹴り上げた。
それほど力を入れたわけでもないのに、影の戦士は吹き飛ばされて背中から落ちた。
「へっ、シャドウハンターの力を見たか!」
アルフが意気揚々と吼えた。
「シャドウハンター?」
指先に込める力を緩めながらブライトが訊いた。
「ああ、私たちのことさ。影を狩るからシャドウハンター、分かりやすいだろ?」
アルフが笑うと、ブライトもつられたように、
「相変わらずだな、アルフさんは」
と笑った。
「・・・・・・・・・」
周囲に気を配っていたフェイトは、ブライトがそう呟いたのを聞き逃さなかった。
不意に敵の姿が消えた。
水が引いたようにこのアースラから全ての影が消えた。
「どうしたっていうんだ?」
アルフは油断なく辺りを窺った。
一進一退の攻防の中、影は決して不利な状況ではなかったハズだ。
何しろ相手は無限に増え続けるのだから。
「誘き出されたのかもしれないぞ」
ブライトが言った時、ホールの中心に巨大な水柱が立ち昇った。
床から溢れる黒い水が轟音をあげながら、高さ10メートルほどの立体となる。
それが具体的な形を持ち始めた時、フェイトたちは絶句した。
目の前にはだかっているのは巨大なサソリだ。
サソリの姿をした影には何度も遭っている。
問題はこの10メートルという巨体と――。
唸りをあげる4本のハサミだ。
頭から上が人間の上半身に置き換わった姿は、アースラのクルーならほとんどが見た覚えがあるハズだ。
「ド・ジェムソ・・・・・・」
ブライトはついそう呟いてしまった。
「なんでこいつが?」
アルフはたじろいだ。
この姿は記憶に新しい。
巨体から想像もつかない剽悍な戦いぶりと残虐性。
「アルフ、ブライト・・・・・・行くよっ!!」
「え、ちょっと!?」
ブライトが制止しようとした時には、すでにフェイトは舞い上がっていた。
「なにボーッとしてるんだい!」
見るとアルフもすでに戦闘体勢に入っている。
(勇敢だが、僕たちだけで大丈夫か?」
彼はそう思いながら、この巨大サソリの体内にはジュエルシードがないことに気付く。
(何とかなるかもしれない)
「フェイト、一気に決めるよ!」
アルフが素早くド・ジェムソの背後に回りこみ、チェーンバインドを撃った。
複数本の鎖が巨体を支える節足を封じる。
ド・ジェムソが足元に視線を落とした隙を狙って、フェイトが上空から一撃。
金色の鎌が肩から腹部にかけてを一文字に切り裂いた。
が、威力が足りない。
振り上げたハサミがフェイトを吹き飛ばした。
「フェイトッ!」
フェイトに意識が向いたせいか、バインドの出力が一瞬だけ低下した。
ド・ジェムソの咆哮がアースラを震わせた。
「しまった!」
アルフが叫んだが遅い。巨大なサソリは自力で節足をつなぎ止めるバインドを引きちぎった。
アメジスト色の閃電が走り、ド・ジェムソの肩を焼いた。
「今のうちにっ!」
そいつから離れろ、とブライトが言った。
彼は全身の力を雷に変えて巨大サソリの動きを止めようとしているが、力が及ばない。
ド・ジェムソの瞳にブライトの姿が映った。
ブライトは閃電を放つのをやめた。
「フェイトさん! こいつの弱点は首だ!」
彼はそう叫び、両手を突き出した。
うまくいくとは思っていない。
プラーナに必要な要素は憎悪だからだ。
魔導師への憎悪を失った彼に、以前のようなプラーナを使うことはできない。
だから彼は目の前の巨大サソリを憎んだ。
強く、激しく・・・・・・あらゆるものを焼き尽くす業火のように憎んだ。
ド・ジェムソの巨体が宙に持ち上げられた。
「フェイトさんッッ!!」
ブライトはそう発音したつもりだったが、ほとんど声になっていなかった。
今の彼にはこの巨体を持ち上げ続ける力はない。
(急いでくれ!)
額に青筋を浮かべながらブライトは祈った。
汗がとめどなく流れてくる。
息も苦しい。
プラーナの呪縛から逃れようとド・ジェムソが暴れるたびに、彼にかかる負荷が倍加する。
フェイトが懐に飛び込んだ。
ド・ジェムソが慌てて眼前の少女に視線をやった時には、すでに金色の光が一閃していた。
「”anvyaaka figo gone !! ”」
首を斬られた巨大サソリはつかの間悲鳴を上げたが、やがて噴き上げる黒い血の海に沈んだ。
・・・・・・静かだ。
この世から生あるものが全て消え去ったような静寂だ。
(・・・・・・弱すぎる?)
ブライトはド・ジェムソが消えた辺りを見て思った。
フェイトの強さは分かっているつもりだったが、それにしても呆気ない。
ふと自分の両手を見ると、プラーナの余剰が指先で小さな放電を繰り返していた。
(つまりこの分は僕の思い通りに使えなかったということか)
まだブライトという体には馴染めていない。
「――って聞いてるのかい?」
アルフがイラだった口調でブライトに迫った。
「あ? ああ、ごめん・・・・・・何だって?」
考え事をしていたせいでアルフの言葉が耳に入っていなかったらしい。
「まったく・・・・・・」
アルフはブライトを軽く睨んでため息をついた。
「なんで弱点が分かったのかって訊いてるんだよ」
アルフが言った時、ブライトはまずフェイトを見た。
――良かった。
彼女は今、周囲を警戒してか高高度からホールを俯瞰している。
「昔、何かの本で読んだんだ。どんなに強い者にも必ず弱点がある。それは首であることが多いってね」
もちろんデタラメだ。
このオオカミにはこの程度のデタラメで充分だ、と彼は思っていた。

 

「そう――」
再びアースラに安穏が訪れた頃、リンディはクロノやフェイトから報告を受けていた。
この頃は芳しい報告が届かない。
なのはの無罪確定――厳密には無罪という表現はそぐわしくないが――が最も新しい良い知らせだった。
それ以外ではどこで影が現れたとか、どこの世界が襲われたとか、つまらないものばかりだ。
エステカ、アースラに現れた影の戦士は、間違いなくあの遺跡にいた土塊だ。
さらに十数分前にホールに現れたのも、かつて8個のジュエルシードを抱えていた巨大サソリだという。
「共通するのは間接的ですがムドラの民が関わっているということです」
クロノは義務からそう述べたが、この発言は危険だ。
ようやく叶ったムドラとの和睦に水を差しかねない。
彼は”ムドラの民が”ではなく、”メタリオンのリーダーが”と言い換えるべきだった。
なぜなら土塊の戦士や巨大サソリに関わったムドラの民は一人しかいないからだ。
「その考えは早計よ。現にムドラも襲われているわけだし」
提督という立場は重い。たとえ憶測でもその言動には大きな責任を伴なうからだ。
軽はずみなことは言えないため、結果としてこのような無難な受け答えに終始することになる。
「ですが無関係とも言えませんよ」
頼むからそんなこと言ってくれるな、という意味の視線をリンディは投げつけた。
「それよりなのはさんたちの具合はどうかしら?」
リンディは無理やりに別の話題に持っていこうとした。
彼女の意図を汲み取ったフェイトが、
「部屋にいると思います」
と話に乗ってきた。
影との戦いでなのは、ユーノは傷を負った。
これまでの過酷な戦いからすれば傷と言えるほどのものでもなかったが、状況が状況である。
常に万全の体勢でなければならないとの考え方から、2人は治療を受け自室で静養していた。
「ブライト君は?」
「彼も背中に傷を負ったそうで、医務室にいるかと」
答えたのはクロノだ。
「大事に至らなくてよかったわ」
リンディは無難な相鎚を打った。
彼女も相当疲れているようだ。
どんなに誠意をもって事に当たっても、問題は次から次へと押し寄せてくる。
今回の場合は相手の意思がまるで掴めないという不気味さも相まって、提督としての彼女の心労は察するに余りある。
「クルーのためにも充分な休養が欲しいところだけど・・・・・・」
残念ながら影はクルーの回復を待つほど親切ではない。
神出鬼没。同時多発。
近頃の影の特異性を端的に言い表すとこうなる。
本部でも本格的に調査が行われているが、有用な情報は未だ寄せられていない。
「あなたたちも少し休むといいわ。いつまたこんな事になるか分からないから」

 艦橋を出、クロノと別れたところでフェイトは医務室の前を通りかかった。
「――ええ、はい。ありがとうございました」
医務室の扉が開き、しきりに頭を下げながらブライトが出てきた。
「ブライト」
フェイトは少し遠慮がちに彼を呼んだ。
「ケガ、大丈夫?」
フェイトは彼の背中を覗き込むように訊いた。
「大したことなかったよ。むしろこっちの方が心配でね」
ブライトは苦笑しながら左肩を指差した。
傷口は塞がっているが、どうも違和感が残っているらしい。
2人はアースラの長い通路を歩いた。
「ねえ、ブライト・・・・・・」
声に振り返ったブライトはフェイトが自分の歩調について来ようと歩幅を広げていることに気付き、
慌てて歩調を彼女に合わせた。
「ブライトはどうして影と戦おうと思ったの?」
「ここに来た時に言わなかったか? 今、世界中であれが暴れてる。僕でも役に立つなら、そうすべきだと思っただけだよ。
力があるのにそれを使わないのはもったいないからね」
もっともな理由だ、とフェイトは思った。
が、彼女が聞きたかったのはこんな当たり障りのない答えではない。
「怖いとは思わなかった?」
フェイトの問いにブライトは怪訝な表情を浮かべた。
質問の意味がいまひとつ分からないという顔だ。
「別に・・・・・・どうしてそう思うんだい?」
「うん、その・・・・・・影ってよく分からないでしょ? 何を考えてるのかとか・・・・・・」
それに、と彼女は続けた。
「たった独りで――」
ブライトはフェイトの目を見ないようにして言った。
「確かに何を考えてるのかは分からないな。でもこうして実際、多くの人が襲われているのを黙って見過ごせないよ。
使命感なんて言うつもりはないけど、これが僕のやるべきことだと思ってる」
ブライトは彼らしくない強い口調で言った。
2人は沈黙のまま歩き続ける。
フェイトはちらっと彼を見やった。
このブライトという少年は寡黙なのか。
自分も決して多弁ではないが、かといって彼ほど無口でもない。
こちらから話しかければそれに対する受け答えをちゃんとしてくれるが、逆に向こうから話しかけられた記憶はない。
フェイトはもう一度、今度はじっくりと彼を見た。
「何か?」
ブライトがその視線に気付き、フェイトは慌てて目を伏せた。
だめだ。
見れば見るほど、彼とシェイドとを重ね合わせてしまう。
(シェイド・・・・・・)
気がつけば彼女はシェイドの姿を想い描いていた。
そもそも彼は本当に死んだのか?
時折、フェイトはそう考えることがある。
彼はもしかしたら・・・・・・実は今もどこかで生きているのではないか?
思えば彼が死んだ事を証明するものを、何一つ持っていないことにフェイトは気付いた。
彼の亡骸を納めた棺と遺影は宇宙の彼方に放した。
フェイトはそれをアースラの艦首から見送っている。
だが――。
本当に彼は死んだのか?
分からない。
棺は空ではなかったのか。
遺影はそれらしくでっち上げた作り物ではなかったか。
(どうして考えてしまうんだろう? もう気持ちの整理はつけたハズなのに・・・・・・)
あのパレードの歓声の中、フェイトは彼の死を受け容れたつもりでいた。
彼は死んだのだと。
彼女ほど”死”という言葉の意味を理解している少女はいない。
かつて母の死を間近に見ている彼女だからこそ、シェイドの死という現実にも向き合えたハズだ。
――ブライトという少年は。
どことなく彼を彷彿させるものがある。
何が、というわけではない。
(そんなハズないのに・・・・・・!)
フェイトは必死にブライトと彼との相違点を探そうとした。
彼はもっと背が高くなかったか。
彼はもっと透き通った瞳をしていなかったか。
彼はもっと深く憂いを帯びたような声をしていなかったか。
彼はもっと強く、しなやかではなかったか。
しかしいかにフェイトが苦悩を否定しようとも、ほんのわずかブライトを視界に捉えてしまうだけで、
彼女が必死に見つけた相違点は脆くも瓦解してしまう。
「ブライトはどう思う?」
会話ができるなら内容は何でもよかった。
とりあえずこの苦しい思考から逃れたい。
フェイトは無意識にブライトに疑問を投げかけた。
「あの影のこと――」
ああ、と相鎚を打ってブライトはすこし考えてから言った。
「ただの戦闘狂・・・・・・じゃないかな? 一応、人語は解するみたいだけど。でも――」
ブライトはここで声のトーンを落として諭すように言った。
「闇は手強い。今度こそ話し合いの余地はないぞ」
「・・・・・・ッ!?」
フェイトは目を見開いて彼を凝視した。
「それはどういう・・・・・・・・・?」
「あ、僕の部屋、ここだから」
聞き返そうと声をかけた時、ブライトは逃げるように自分の部屋に入ってしまった。

 

 

 戦いは日を追うごとに激しさを増していく。
際限なく現れる影が地上を覆い、あらゆるものから光を奪おうとした。
「奴らを殺せ! 全てを闇に!」
各地に派遣された魔導師がムドラと共に、得体の知れない襲撃者と死闘を繰り広げる。
「トラスに出現。ティグレ採石場が襲われた」
「第12師団、メイランドで交戦中! 援護を・・・・・・」
戦いは常に影の側が有利だった。
もともと数が違いすぎる上に、先手を打ってくるのは必ず影だ。
状況を確認し、魔導師らが派遣される頃にはすでに影の態勢は整ってしまっている。
しかも影は短期間に驚くほどの力をつけている。
言ってみれば管理局の行動は羊を率いて虎口に飛び込んでいるようなもので、ほとんどの戦いでは
苦戦の末に影を追い払うが、魔導師らの受ける傷も甚大なものになってくる。
 次元間を航行するアースラをはじめとする艦は遊撃隊としての任務にあたった。
まるで法則性のない影の出現に対しては、このように遊撃を行うことは効果的だった。
が、アースラに限っては効果的すぎた。
不思議なことに影は狙ったかのようにアースラにつきまとった。
この艦の行く先々に、あるいはこの艦そのものに。
影は現れた。
クルーにはわずかな休息の時も与えられない。
休息は即、死につながる。
熾烈な戦いの中、エース魔導師の活躍はめざましかった。
どんな魔導師より速く、どんな魔導師よりも強かった。
彼女らをサポートするパートナーの働きも、エースの評価に大きく与した。
なのはという少女は戦いに信念を持って臨んでいる。
罪を償うこと。
保身的な思考も多分に含んでいるが、彼女は影に襲われている人々を1人でも多く救うことで、
過去の大罪への償いになると考えている。
フェイトという少女は以前にも増して強くなった。
どんな理由であれ、人々を無作為に傷つける影を許すことはできない。
なのはに比べれば戦う理由としては軽いかもしれないが、これはこれで彼女の信念であることに違いはない。
ブライトという少年にもまた、信念と呼べるものがある。
彼の場合、前述の2人と異なる点はこの信念が彼の意思によって作られたのではなく、義務であることだった。
彼には成すべき事がある。
義務が彼を奮い立たせ、彼に影と戦うための力を与える。
この毅然とした態度はクルーたちの目にはどう映ったか。
リンディは彼をどう評価したか。
(どうでもいい・・・・・・)
これがブライトの正直な感想だ。
自分が人からどう見られていようと構わない。
成すべき事を成すだけだ。
ただ――。
彼がアースラに身を置くことになったのは、正しいようにも思えるし間違っているようにも思える。
何か見えない力が自分をアースラに導いた。
ブライトは一度だけそう考えたが、すぐにこの考えを捨てた。
(違う、これはたんなる偶然だ。管理局の目が僕に止まっただけだ)

 ブライトはよく戦った。
影が現れたという報せを受けると真っ先に飛び出し、プラーナをためらいもなく使ってそれを倒した。
彼は常に1人で戦おうとしたが、これはしばしばなのはやフェイトの同行によって失敗した。
リンディがそうさせているのだとブライトは気付いていたが、敢えてこれに逆らおうとはしなかった。
もし彼に以前のような力があれば、強引にでも彼女らの同行を拒否しただろう。
つまり彼には力がない。正確には影と渡り合えるだけの力が彼には無くなっていた。

クロノは冷静さの中にも自分の力を誇示するようなところがある。
ユーノは治癒や補助が得意だが、これは性格が如実に表れているからだ。
アルフは接近戦では驚異的な強さを見せるが、智力による読み合いは苦手だ。
なのはは射撃系に強みがあるが、もう少し積極的に動いてもいい。
フェイトは智勇ともに闇を圧倒する力を持っている。

 ブライトは彼女らとともに戦う中で、それぞれの特性をよく観察した。
(彼女らを守らなければならない)
彼は何度もそう自分に言い聞かせた。
しかし皮肉なことに・・・・・・。
彼に力はない。

 

 

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