第8話 黒い海

(再び現れたソルシア。戦いの場に赴く面々。なのはは何とか対話をしようと試みるが・・・・・・)

「大丈夫でしょうか・・・・・・?」
快活なエイミィが神妙な面持ちでモニターを凝視していた。
映し出されているのは、ディーモス開発地区の南。
今は廃墟となっている地域だ。
多くの高層建造物が取り壊されずに残っており、異世界の迷路のようになっている。
闇が好みそうなところだ、と言ったのはブライトだった。
本来ならば人がおらず、また経済的に価値のない地区に管理局が局員を派遣することに意義はない。
しかしそこに影が、ましてやソルシアという重要な存在があるとなると話は変わってくる。
ここへはブライト、フェイト、アルフ、なのは、ユーノの5名が派遣された。
クロノはアースラで待機し、必要となれば応援に駆けつける予定だ。
クロノに比べ実力で劣るブライトが任されたのは、プラーナへの対策のためであろう。
「あの子たちを信じるしかないわ」
リンディは難しい顔をして呟いた。

 10分前。
ディーモス南部に影が現れたという報せを受けたなのはとユーノは、直ちに現場に向かった。
2人の傷は癒えており、小規模の攻撃ならこれだけで充分だという認識であった。
が、事態は一変した。
敵をあらかた掃討した時、ソルシアが現れたのだ。
彼女の強さは前回の戦いで周知であるため、増援としてフェイトたちが向かった。
「あ〜あ、またアンタたちなの?」
完全に包囲されているというのに、ソルシアは退屈そうにため息をついた。
「つまんない。ザコばっかりじゃん」
明らかに挑発だというのに、アルフは拳を握りしめて前に出ようとした。
使い魔の軽率さをフェイトが慌てて鎮める。
「ソルシアちゃん! 聞いてっ!」
なのはがレイジングハートを構えつつ、ソルシアに近づいた。
「あなたと話がしたいの! お願い・・・・・・!」
彼女らしいやり方だった。
話し合わないことにはお互いを知ることはできない。
方法のひとつとして、これは間違いではなかっただろう。
だがソルシアは首をかしげた。
「よく言うよ。さんざん仲間を倒しておいてさ。いまさら話し合い? アンタ、バカじゃないの?」
「そ、それはあなたたちが・・・・・・いきなり襲ってきたからでしょう!」
なのはは引き下がらなかった。
ソルシアとは言葉を交わせるのだ。
言葉が通じるなら、次は心を通わせればいい。
戦わざるを得ない状況になるまで攻撃はしないでと、なのはは皆に言い含めておいた。
「私、高町なのは! なのはだよ! お願いだから話を聞いて!」
なのははソルシアの正面に立った。
(またこの子の甘さが出た。話し合いなど無意味だというのに)
ブライトは思った。
そもそも彼女には大昔の人間の気質が未だに宿っている。
彼ははじめてアースラに来た時、クルーの出生などを丹念に調べ上げた。
だから知っている。
彼女の出身世界、しかも彼女の生まれ育った国の特殊な風習を。
戦国時代という物があったらしい。
この頃では戦の前に、武将が怒声を張りあげて名乗るそうだ。
これには味方を鼓舞し、敵を恐れさせ、手柄をあげたときにはその所在が明らかになるようにとの意味があるらしい。
しかし、名乗りは戦国という時代にこそふさわしい風習だが、ここにあっては何の意味も持たない。
ソルシアの背後をとっているブライトはいっそ、プラーナ・ライトニングを放とうかと考えた。
彼は悟られないようにフェイトに思念を送った。
(ソルシア・・・・・・?)
(うん。あの子の名前だよ)
フェイトからの応答に、ブライトは嘲笑で返した。
(名前? バカバカしい。間もなく消えるのに、なんで名前が必要なんだ)
そう考えるとソルシアに対し、憎しみに近い念すら抱く。
彼女はなぜ対話を試みようとするんだ。
憎悪のいくらかは、なのはにも向けられていた。
「う〜ん・・・・・・じゃあね、その杖を手離したら考えてもいいよ」
ソルシアはレイジングハートを指差した。
できるハズがない。
闇は狡猾だ。
彼女が武具を捨てたところで奇襲をしかけるに決まっている。
(話し合いが通用する相手じゃないのに)
ブライトはソルシアの背中越しに、なのはに手離すなという視線を送った。
なのはがコクンと頷く。
その仕草を見たソルシアは、なのはに交戦の意思があること感じ取った。
「それができないようじゃ、話を聞く気にはなれないねッ!」
ソルシアが一瞬、空気に溶けたように見えた。
彼女はいつの間にか上空に舞い上がり、足下に40個の魔法陣を展開させていた。
「来るぞ!」
ユーノが叫んだ頃には、中空を赤い光弾が飛び交った。
(速いな・・・・・・あれは・・・・・・)
ソルシアに高度を合わせたブライトは、光弾の標的から外れている。
結果、4人をおとりに使うかたちとなるが、ソルシアに決定打を与えられる状況にあるのは彼だけだ。
ブライトは右手にプラーナを集束させる。
「・・・・・・ッ!」
だがその手から漏れたわずかなプラーナが、気配となってソルシアに届いてしまった。
「上等じゃん。やってみなよ」
ソルシアは手招きした。
「・・・・・・」
ブライトは躊躇した。
今の彼では不意を衝かない限り、ソルシアを倒すのは無理だ。
ならば役割を変えよう。
彼はソルシアの注意を可能な限り、自分に引きつけるようにした。
この隙になのはかフェイトが光弾の嵐を抜け出してくれればいいが・・・・・・。
ブライトの期待に応えたのはフェイトだった。
金色の刃を携えてソルシアの上から踊りかかる!
(ためらうな! そのまま斬りつけるんだ!)
フェイトのすぐ後ろに12個の光弾が迫っているのを見たブライトは、念話でそう叫んだ。
彼の声を聞いたフェイトはさらに加速をつけ、ソルシアへと一直線に駆ける。
刃がソルシアの背中を斬り裂いた。
(よしっ!)
それを見たブライトは思わず拳を握った。
「アンタ・・・・・・!!」
振り向いたソルシアに再び刃が振り下ろされた。
黒い風が舞い、少女の影がまるで内側から破裂したように飛散した。
それと同時に魔法陣も、空中を飛び交っていた光弾も霧のごとく消えた。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・終わったのか?」
息を弾ませながらユーノが寄って来た。
回避に失敗したらしい。衣服のあちこちに焦げたような跡が残っている。
「たぶん――」
ブライトが呟いた。
「まだだ」
その言葉を裏付けるように、黒い魔力が荒れ果てたこの地に今も渦巻いている。
勘の鋭いアルフがそっと見下ろした。
赤茶色の土から突き出た無数の高層ビルが聳起している。
ブライトはおもむろに天を仰いだ。
灰色の雲からそっと顔を出した太陽が、ディーモスの地表を部分的に照らしている。
不意に2人の視線が、全く同じ場所に注がれた。
朽ちたビルの一角。
ちょうど陽の当たらない路地裏から、黒い影が目に見える形で立ち上った。
それは瞬く間に人の姿をとり、見覚えのある少女の風貌を明らかにする。
「ふふん、さっきのはちょっと痛かったよ♪」
次の瞬間には少女は5人のすぐ前にいた。
「お前・・・・・・!!」
5人が動くより先に、円形魔法陣がソルシアを覆った。
「まずい・・・・・・みんな、離れるんだ!」
アルフの怒声に4人は放射線状に距離をとる。
ソルシアの強さは他の影に抜きん出ているが、まさか5人同時に攻撃はできまい。
速射性に優れているが、彼女の攻撃は直線的で分かりやすい。
絶えず回避を続け、攻撃の手が止んだ隙を衝けば必ず勝てる。
ブライトですらそのように考えていた。
思ったとおり、ソルシアはまずフェイト、なのはに攻撃を集中した。
この場にいる中でこの2人が最も強いと判断したのだろう。
機動力に富むフェイトは軽々と、やや動きの重いなのはは時折バリアを展開しながら回避する。
ソルシアの恐るべき点は攻撃を2人に集中しながらも、常に他の3人に意識を回していることにある。
そのためマークされていないアルフたちも、迂闊に飛び込むことができない。
赤い光弾がユーノの脇をかすめた。
バインドをしかけるために立ち止まったためだ。
「なのは! 私の後ろに!」
フェイトはあえてソルシアの正面に移動した。
意図を測りかねたなのはは訝ったが、彼女に策があると気付き、フェイトの背後に回る。
標的が直線状に並んだことでソルシアの攻撃はさらに激しさを増した。
『”Bullet Stop”』
バルディッシュが瞬き、フェイトを中心に半径30メートルほどの球状結界が展開される。
境界を越えた光弾が、結界の効力によって急激に速度を落とす。
『”Reflect Bullet”』
ほんのわずか結界内を漂っていた無数の光弾が、ソルシアに向かって飛んだ。
ソルシアは退屈そうにあくびをすると、右手を軽く払った。
光弾が針路を変え、あさっての方向に飛んでいく。
そのうちのいくつかはブライトたちに向かったが、大半は廃ビルのガラスを突き破って消失した。
ブライトを除く4人にとって意外なことが起こった。
ソルシアが瞬きをすると、彼女の周囲に桜色の魔法陣が出現した。
「ディバイン・シューター」
魔法陣が輝き、見覚えのある桜色の光球が跳ねた。
「あれは・・・・・・なのはの!?」
今度はなのはが打って出る。
「ディバイン・シューター!!」
両者から放たれた光球が激しくせめぎ合う。
ソルシアの攻撃が直線的なものから追尾性を持ったものに変わったため、回避が難しくなった。
しかし弾速は明らかに低下している。
ソルシアの意識は今度はなのは一人に絞られた。
下方に回り込んだユーノとアルフが、ソルシアの四肢をバインドで絡めとる。
だがソルシアはそれには見向きもせず、目の前の少女を睥睨する。
2人のシューターは威力も性質もほとんど同じだった。
鋭い誘導が剣となり盾となり、空中を飛び交う。
「なんだ、大したことないね!」
四肢の自由を奪われているというのに、ソルシアの口調には余裕さえ感じられた。
あのシューターは彼女の意思だけで制御できるのだろうか。
「どうしてこんなことするの!?」
回避と迎撃を繰り返しながら、なのはが叫んだ。
「まだ分からない? おかしいな・・・・・・」
ソルシアは含みのある笑みを浮かべて、
「特にアンタはよく知ってると思ってたけど?」
と吐き捨てた。
不意にソルシアが全真に力を込めた。
彼女をつなぎ止める4本の鎖が音を立てて崩れようとしている。
それを待っていたように、フェイトが驚異的なスピードで迫り、ソルシアの頭上から滑空した。
迷いのない一撃が金色の鎌となってソルシアに振り下ろされる。
「その技はさっき見たよ」
しかしわずかに遅かった。
バインドを振り切ったソルシアが右手から凄まじい量のプラーナを放った。
完全に不意を衝かれ、フェイトの体は大きく押し返される。
「まったく、ワンパターンなんだから」
ソルシアが高笑いした時、背後で何かが動いた。
「じゃあ、これならどうだ?」
冷たい声にソルシアが振り返ると、ブライトが冷たい視線を彼女に向けていた。
彼女の瞳に映るのはブライトという少年が突き出し五指。
「ふうん・・・・・・そういうことだったんだ・・・・・・」
ソルシアは妙に納得したように頷き、ブライトを睥睨した。
「アンタだったんだね・・・・・・」
彼女が最後に見たのは五指から迸るアメジスト色の閃電だった。

「気配が消えた・・・・・・たぶん、大丈夫だと思う」
辺りを調査し終えたユーノとアルフが、それでも油断なく様子を窺いながら言った。
「ソルシアちゃん・・・・・・」
なのはが顔を伏せた。
彼女はまだ敵、味方を区別することに躊躇いがあるようだった。
そんな生ぬるい思考の少女を見て、ブライトは小さくため息をつく。
(この子は何も分かってない)
話し合いが通用する相手ではない。
ほんの一瞬、気を緩めただけでも取り返しのつかない事態に陥るおそれがあるのだ。
油断できない。
それが闇に対してブライトが最初に感じたことだった。
そう思う反面、なのはの優しさが分からなくもない。
だからブライトは、
「すまなかった。話し合う機会があったかもしれないけど、僕たちの安全が最優先だと思ったんだ」
と自らの強行を正当化しつつも、なのはの試みが無駄ではないことを付け足した。
それよりも考えなければならないことが他にもあるハズだ。
ブライトが思ったとき、ユーノがぼそりと呟いた。
「さっきソルシアが使った魔法・・・・・・あれってなのはのディバイン・シューターだよね?」
ユーノの問いに頷いたのはフェイトだった。
「間違いないよ。あの誘導性と威力はなのはと同じだった」
フェイトはなのはを慰めるように言い、それからブライトを見やった。
何か知ってるんじゃないの? とでも言っているような視線だ。
「と、とにかく一度戻らないか? 連中の姿は見当たらないんだ。ここにいる必要はないだろう」
注がれた視線をはねのけるようにブライトが言った。

 戦地に赴いた者たちをエイミィが迎えるのは、今やアースラでは恒例となっていた。
彼女は帰艦した魔導師たちの安否を確かめ、無事であることが確認されると艦橋へと誘導する。
「モニタリングしていたけれど・・・・・・厳しくなりそうね」
リンディが難しい顔をして言った。
彼女が言っているのは、もちろんソルシアについてだ。
並の魔導師を超える力と執念深さ。
なによりなのはの特性を完全に模倣した能力を持っているとなると、いよいよ楽観視などできない。
「この分だとヒューゴも相当な手練かもしれません」
そう言ったのは脇にいたクロノだ。
「奴ら、魔法とプラーナを的確に使い分けてる。ムドラが関わってるってのは間違いじゃないかい?」
腕を組んだアルフが挑戦的な視線をクロノに送った。
彼女はクロノが以前、ムドラを疑うような発言をしたことを覚えていた。
ここにはブライトもいるから彼女のこの言葉は思いの外、大きな意味を持つ。
「そうだけど・・・・・・でも違うとも――」
「これだと決め付けるのは良くないよ」
渋るクロノを制したのはフェイトだった。
ここで憶測を戦い合わせるのは得策ではない。
後手になるが、報告を元にその都度、影の殲滅に向かう方法が地道ながら最も効果的かもしれない。
もちろん、影との対話のチャンスがあれば積極的に働きかける。
クロノよりも彼女のほうがよほど大人じゃないか、とエイミィは思った。
「なのはさん」
リンディが母親のような口調で言った。
「話し合うことは大切よ。お互いを理解するためにはまず相手の気持ちを知らなくちゃならないから――」
なのはの胸に言葉の意味が浸透するのを待って、リンディはさらに続けた。
「でも、それだけに頼るのは危険だわ。時には戦わざるを得ない状況に直面するかもしれない。そうなった時、
それでも対話を試みる姿勢はとても危険よ。あなたの安全のためにも、ね――」
「はい・・・・・・」
なのはは素直に頷く。
ブライトは心の中で拍手した。
僕の言いたいことをよく言ってくれた、と。
「それにしても、なのはさんほどの魔導師の力をたやすく真似できるなんて・・・・・・。これは正規の訓練を受けた武装局員でも、
油断できないってことを改めて思い知らされたわね」
「そうですね。それに未だに目的もハッキリしていない。手探りの状況です」
リンディの陰鬱さが伝播してしまったエイミィは、同じようにうな垂れた。
「話し合いの必要なんてないのでは?」
重苦しい空気を苛立たしげに破ったのはブライトだ。
「どうして?」
なのはとエイミィが同時に訊いた。
「奴らは突然に、しかも無差別に人々を襲っているのですよ? たちの悪い冗談ならともかく、聞いた話では死者も出ているそうです。
どんな理由があろうと許されることではありませんよ」
彼にしてはずいぶんとよく話す、と傍で聞いていたフェイトは思った。
「その理由を知るために対話が必要だと思うけど?」
なのはを庇護したいユーノは、横から口を挟んできた。
「知ってどうするんだい?」
「・・・・・・もちろん、お互いが納得する形で事件が終わればいいと思うけど」
「これだけ負傷者が出てるのに?」
「・・・・・・・・・」
ブライトの射すくめるような視線に、ユーノは黙り込んでしまった。
彼はさらに追い討ちをかけた。
「管理局の本部が集中攻撃を受けでもしたらどうするんだい? それこそ取り返しのつかないことに――」
「あ、それなら大丈夫だと思うよ」
それまで静観していたエイミィが妙に明るい口調で言った。
ブライトが怪訝な顔をしていると、
「彼女たちがいるから」
と言い置き、手元のキーを叩く。
中央のモニターが本部の通信部とつながり、画面の奥に無機質な金属の壁を映し出す。
「まだ着いていないのかしら?」
リンディが呟いた時、モニターの向こうで動く影があった。
「あっ!」
フェイトが思わず叫んだ。
彼女の視線の先にはかつて剣を交え、今は戦友とも呼ぶべきベルカの騎士がいた。
『久しぶりだな、テスタロッサ』
「シグナム」
シグナムと呼ばれた女性の目は、今や主を想う一途さに加え誰かを守りたいという強い意志が宿っている。
それは主はやてだけではなく、もっと多くの――自分が関わってきた、あるいはこれから関わるかも知れない人々へと向けられている。
『元気そうだな』
「あなたこそ」
直接の面識がないブライトはモニター女性とフェイトとを交互に見ていた。
『あたしも忘れんじゃねーぞ』
モニターの外からひときわ面倒くさそうな声が聞こえた。
「ヴィータちゃん?」
訊くまでもない。
もう1人のベルカの騎士はシグナムを押しのけるように割って入ってきた。
『おう、なのは。元気かー?』
眠そうな目と眠そうな口調。
なのはは苦笑いを浮かべつつ、
「私は元気だよ」
と手を振って答えた。
「2人だけかい?」
とアルフが問うた。
『シャマルとザフィーラは遠隔地で戦ってるけど、もうすぐ来るんじゃねーか?』
ヴィータが抑揚のない調子で言った。
相変わらず素っ気ない。
彼女らしいと言えばそれまでだが、口調からだけでは感情を読み取れない。
そのヴィータの目が不意にブライトに向けられた。
『なんか見たことない奴がいるけど?』
おかしな物でも見るような目つきに、ブライトは無意識に身構えてしまう。
「そういえば紹介がまだだったわね。彼はブライト君。民間人だけど、影と戦うためにアースラに留まってもらってるのよ」
それからリンディはブライトに、闇の書事件とベルカの騎士について簡単に説明した。
逆にシグナムたちはムドラの民との戦いについてはある程度知っているために、説明の必要はなく自己紹介だけにとどめた。
『ふーん、お前もムドラだったのか。そういえばこっちにも2人いたな』
ヴィータの無愛想ぶりは、彼女をよく知らない者から見ればずいぶんと無礼な態度だ。
『ま、種族の差はどうあれ今は仲間なんだ。せいぜい仲良くやろうぜ』
そう言うヴィータの視線はブライトには向いていない。
(なんて厭な奴なんだ)
ブライトは思っていたことが口から出そうなのを慌てて押し戻した。
『初対面の相手に失礼だぞ、ヴィータ』
シグナムが厳しい視線を投げて諌めた。
「はやてはどうしてるの?」
ユーノの問いに答えるように、車椅子に乗ってはやてが顔を出した。
『なのはちゃん、フェイトちゃん。久しぶりやなー』
はやてが少女らしい愛嬌を振りまいた。
(また知らない顔だ。それに変わった話し方だな)
ブライトは思ったが、彼女が強大な魔力の持ち主であることを知ると、すぐに彼女への印象を変えた。
『なんか大変なことになってるみたいやね。シグナムもヴィータもさっき帰ってきたばっかりなんよ』
「そっちは大丈夫なの?」
『うん、皆がおるし平気や。これがうちらなりの償いやと思ってるから負けるわけにはいかへんしな』
はやては笑った。
(償い? ・・・・・・そうか、さっき聞いた事件のことだな)
ブライトは納得し、ふとなのはを見た。
(彼女には気の毒なことをした)
僕こそ償わなければならない、とブライトは強く思った。
『とにかくこっちは大丈夫やから、みんなは安心して戦ってな。それから、なのはちゃん――おめでとう』
「・・・・・・?」
『裁判のこと』
はやてたちは本部にいるため、なのはの裁判については誰よりも早くその情報を得ている。
が、今日まで話す機会がなかったため祝辞を言いそびれてしまった。
「ありがとう、はやてちゃん」
なのはは涙をそっと拭った。

 

「シグナムは強いよ。もちろん、他の皆もね」
艦橋を出たブライトは、横を歩くフェイトにヴォルケンリッターについていくつか質問をぶつけていた。
「本部にはジュエルシードがあるから、当然多数の戦力を差し向けてる。それにベルカの騎士が加われば完璧だよ」
クロノもシグナムたちには一目置いているため、自然と力を認めるような発言をする。
「そんなに強いのか?」
話を聞いただけではよく分からない。
フェイトがシグナムとの模擬戦の成績を教えると、ブライトは信じられないという顔をした。
(ほとんど互角じゃないか)
あの鋭い眼光を放つ騎士にそれほどの力があるのか。
(つまりこちらはこちらで戦いに集中できるわけだ)
ブライトが密かに心配していたのは、再び本部に戻ったジュエルシードのことだった。
闇があれを狙う可能性は高い。
世界を闇で覆うことが連中の目的であることは明白だ。
そのためには力と数がいる。
数についての条件はすでに満たしている。
しかし力については――まだ完全とはいえない。
(闇の力は増している。奴らがさらに力を手に入れる前に倒さなければ・・・・・・僕は永遠に闇に勝てなくなる)
フェイトはちらっと”彼”を見た。
重大な何かを考えている顔だが、その顔は――。
(違う・・・・・・違うのに。なのに、どうして? どうして彼を重ねてしまうんだろう・・・・・・)
フェイトは用事があると言って踵を返し、行くべき場所へ向かった。

 

 ユーノにとっての戦場はむしろここであると言っていい。
厖大なデータの中から必要な部分のみを抜き出す作業は、スクライアが得意とする分野だ。
「ごめんね、手伝わせちゃって」
宙をただよう書物を手に、ユーノは後ろにいるなのはを気遣った。
「いいよ、好きでやってることだし。でもこんなに多いと大変だね」
なのはの作業進捗度はユーノの10%にも満たない。
いちいち彼の指示を仰がなくては進まないことを考えると、もしかしたらユーノ1人のほうがはかどるかもしれない。
「でもこんなに多いのに、僕たちが欲しい情報はほとんどないんだ」
情報がないのはユーノの責任ではない。
が、彼の役割は必要な情報を引き出し、それを戦線に送り届けることだ。
それができていないユーノは、たびたび自分の無力さに苛まれる。
”無いのではなく、探しきれていないだけなのではないか?”
という悪い考えが首をもたげてくる。
「なのは」
作業を続けながらユーノが呼んだ。
「なのはのやり方・・・・・・僕は間違ってないと思ってるから」
「えっ?」
「話し合って理解すること。無駄じゃないよ」
艦橋でブライトと口論になった時、彼はなのはの行動が正しいことを証明したかった。
ブライトの追及に押された挙句、シグナムたちに仲裁された形となったが、これでは納得できない。
「うん、ありがとう。・・・・・・私ね、ときどき自分が間違ってるんじゃないかって思って――」
「そんなことない」
「――でもユーノ君のおかげで自信が持てたよ。ありがとう、ユーノ君」
なのはがとびきりの笑顔をユーノに向けた。
「う、うん! なのはが元気になってよかったよ・・・・・・」
眩しい笑みにユーノは思わず目を背けた。
嬉しいハズなのに、なぜか居心地の悪さを感じてしまう。
「なのは、もういいよ。後は僕がやるから!」
「ええ? どうして? まだこんなにあるのに・・・・・・」
「いや、いいんだ。なのはは休んでて!」
「・・・・・・?」
1人でやるというユーノと、それでも手伝うというなのははしばらく揉めたが、結局なのはが折れることで終結した。
「ふう・・・・・・」
なぜか火照った体を冷ますために、ユーノはイスに深く腰かけた。
「なんでドキドキしてるんだ」
中空を泳ぐ書物を眺めながら、ユーノはため息をついた。
「それにしても・・・・・・」
”調べる”時間はもう終わっているのかもしれない。彼は時々、そう考える。
書庫には厖大な量のデータが眠っているが、これらは全て過去を収めたものだ。
未知の物に対する道しるべとなる情報はあっても、明確な解答はここには無い。
イスの背もたれに身を任せてユーノが天を仰いだ時、書庫のドアが開いて誰かが入ってきた。
「ユーノ」
この場所には珍しい少女の声に、ユーノは思わず身を乗り出した。
「フェイト? どうしたの、こんな所に・・・・・・」
言葉はまるで、きみはここに来るべきではないと言わんばかりの口ぶりだった。
「うん、ちょっと訊きたいことがあって・・・・・・」
フェイトは周囲をはばかるようにユーノの側に寄った。
「珍しいね、きみがここに来るなんて」
彼はフェイトがやって来た珍しさに気をとられ、彼女の顔をよく見ていなかった。
「訊きたいことって?」
一向にフェイトから次の言葉が出ないことに、ユーノは怪訝な表情を浮かべた。
フェイトは充分に間を置いてから口を開いた。
「・・・・・・生まれ変わりって・・・あるのかな?」
「えっ!?」
ユーノは耳を疑った。
あまりに突飛な質問であるが、それ以上に切り出したのがフェイトである。
彼女の出生の秘密を――断片的とはいえ――知っているユーノは答えに窮した。
「輪廻のことだったら、各地にそういう考え方はあるけど・・・・・・」
この程度のことしか言えない。
実際、輪廻というのは人間が考え出した概念であって、客観的に真偽を明らかにする方法はない。
そもそもこの2人は輪廻を考えるには若すぎる。
宗教的な風俗を学ぶ必要があるが、フェイトはそこまで込み入った解答を望んではいない。
フェイトは質問を変えた。
「ユーノはどう? 生まれ変わりってあると思う?」
「・・・・・・・・・」
どうして彼女は答えに困る質問をするんだ。ユーノは頭を掻きむしりたくなった。
ここでの返答次第でフェイトは大きく変わってしまうんじゃないか。
彼女が輪廻を受け容れるか否かが、彼女の人生を分岐させてしまうんじゃないか。
思慮深いユーノはそこまで考え、答えを出せずにいた。
「ごめん、フェイト・・・・・・。僕には分からないよ・・・・・・」
そんな責任の重い発言はできない。
ユーノは答えることを辞退した。その代わりに彼は勇気を振り絞って質問した。
「どうしてそんな事を訊くの?」
フェイトは答えた。
「少し気になっちゃって――」
彼女もまた明確な答え方を避け、曖昧に返した。
「僕が言えたことじゃないけど・・・・・・」
ユーノはできる限り感情を抑えて言った。
「死ぬことも生きることも同じだと思う。命はひとつしかないから尊くて、死ぬということはその命がなくなることだ。
だからみんな必死に生きてる。必死だからこそ誰かが死んだ事を認めたくなくて、輪廻なんていう考え方ができたんだと思う」
ユーノは努めてゆっくりと言ったが、途中から自分が何を言っているのか分からなくなっていた。
とにかくフェイトに希望を捨てるなという意味のことを述べたかったのだが、その意図は伝わっただろうか。
「今日生まれた誰かが、昨日死んだ誰かかもしれない。でも誰だって関係ないよ。前世なんて分からないし・・・・・・。
大切なのは今生きている人が、一生懸命に生きる・・・・・・生き続けることだと思う」
ユーノの語彙ではこう言うのがやっとだった。
フェイトは目を伏せ、彼の言葉を繰り返した。
”今日生まれた誰かが・・・・・・昨日死んだ誰か?”
(・・・・・・ッ!?)
彼女の思考はひとつの結論にたどり着いた。
輪廻が人の考えでなく本当にあるとするならば――。
シェイドがこの世界に戻ってきている可能性はある。
ブライトとシェイドを重ね合わせてしまう自分は間違ってはいないハズだ。
が、ここに矛盾が生じる。
もしシェイドが輪廻の輪を辿ったのなら、彼はどこかで”生まれた”ハズなのだ。
世界のどこかで産声をあげた中の誰かが、彼であるということになる。
ブライトは――彼は自分を15歳だと言っていた。
だから彼はシェイドではない。
言葉遣いや雰囲気、プラーナの性質に至るまでがシェイドに似ているが。
彼は”彼”ではない。
「ありがとう、ユーノ。やっと、やっと分かったよ・・・・・・」
「え・・・? あ、ああ・・・・・・」
ユーノはぎこちなく頷く。
やって来た時とは違い、フェイトの瞳からいくらか迷いが消え、代わりに澄んだ光が宿った。
「ごめんね、邪魔しちゃって」
「ううん、別に構わないけど・・・・・・」
(いったい何が訊きたかったんだろう?)
ユーノの苦悩をよそに、フェイトは悠然と書庫を出て行った。
(僕・・・・・・間違ったこと言ってないよね?)
フェイトが去った後も、ユーノは悶々と悩み続けた。

 

 

 

 数日後。
アースラ通信室にいつもの報せが届いた。
「コーテック駐屯地に出現しました! 今、現地の局員が対応にあたっていますが不利な状況です!
貴艦に援護を要請します!」
送信元はメタ地区とある。
「こちらアースラ、了解しました! ただちに援護します!」
エイミィが額に汗を浮かべながら応答した。
モニターには送信元であるメタ地区周辺の地形が表示されている。
戦場となるコーテック駐屯地はかなり大きい。
今まで狙われなかったのが不思議なくらいだ。
「誰か――」
と言いかけて、エイミィは口を噤んだ。
誰もいない。
クロノもなのはもフェイトも、別の地方に派遣されている。
武装局員も任地に赴いているか、負傷のために療養しているかのどちらかだ。
この艦にはコーテックに応援に向かえる者がいない。
「どうしよう・・・・・・」
エイミィが呟いたとき、ブライトが通信室に入ってきた。
「すみません、勝手に入ってきて。たまたまそこを通りかかったら聞こえてきたものですから」
白々しくそう述べ、ごく自然な動作でエイミィの後ろに立つ。
「僕が行きます」
「え、ちょっと待って!」
ブライトの唐突で、しかし当然の申し出にエイミィは慌てた。
「なぜです? まともに動けるのは僕くらいしかいないんでしょう?」
「それはそうなんだけど・・・・・・」
「・・・・・・?」
「フェイトちゃんたちがもうすぐ戻ってくるだろうから、それからでも――」
エイミィはブライトひとりを戦地に行かせたくはなかった。
数々の戦いをモニタリングしていた彼女はブライトの力をよく見ていた。
激しさを増す影の攻撃に、彼だけでは心許ない。
そう考えての意見だったが、ブライトには通らなかった。
「そんな暇はないでしょう。こうしている間にも彼らは追い詰められているかも・・・・・・」
「だけど・・・・・・」
2人はしばらく無言で見つめ合ったが、口を開いたのはブライトだった。
「やはり、エイミィさん。僕が行きます」
「・・・・・・・・・」
「僕は民間人。あなた方の指示を待たずに行動できるハズです」
ブライトは誰が何と言おうと現場に向かうつもりでいた。
この凛とした瞳を見れば分かる。
やがてエイミィが折れた。
「分かった。でも無理はしないでね。危険だと思ったら――」
「ええ、すぐに身を退きますよ」
ブライトはウソをついた。
今の彼はこの小さなウソすら見抜かれかねない。
ブライトはフードを深く被りなおすと、拳を握りしめて通信室を後にした。

 

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