第16話 投薬

(デューオの思慮に欠けた行動が、自らの居場所をフェイトに知らせてしまう。相容れない両勢の戦いが静かに始まった)

 彼はずっと独りだった。
大勢の中にいた独りだった。
片田舎の静けさも、大通りの賑わいも、この男にとっては全く同質のものだった。
つまり相対的に孤独を感じさせるためだけの音だ。
早くに両親に死なれ、庇護者を失った彼は遺産を食い潰しながら日々をしのいだ。
特別に裕福だったわけではない。
この星での資産家は略奪の的にしかならない。
両親は節制を重ねて密かにお金を貯めていた。
決まった用途はない。
そもそもモノが有り余っているわけではない極寒の地では、通貨そのものに大きな価値がない。
多くの人間は”上”と”下”に分かれ、物々交換をしながら生きている。
その循環の中に通貨を織り交ぜても、交換に一手順が加わるだけで却って効率が悪いとの声も聞かれるほどだ。
明日も分からない生活を送っている人々にとって、いつ無価値になるか知れないお金は富の象徴にはならない。
したがってこの男の人生は恵まれていたとは言いがたい。
どうせなら保存の利く食糧を抱えていたほうが幾分マシだった。
そうであれば彼は頻繁に”下”に赴くこともなく、寒さの中で栄養を摂りながら生きていただろう。
彼はずっと独りだった。
生涯に多大な影響を与えるキッカケによって、2人の同志と引き合わされても――。
なおこの男は孤独だったのだ。
彼が漸くそれに気づいた時には、巨大な艦は3人を載せて広大な宇宙の海に投げ出されていた。
同志ではなく、単なる同行者だったのだ。
ブロンテスも、テミステーも。
彼らが凍てついた星を出たがっていたのは魔導師に復讐したいからではない。
この広い世界を制圧してムドラ帝国を復活させたいからではない。
(結局、俺だけなのか・・・・・・)
怒りの炎はそれを抱く者が集まればより強く、より赤く燃え上がる。
デューオは憎悪の結集が事を成すのだと思っていた。
1人より2人、2人より3人。
魔導師を憎むムドラの民が力を合わせれば、彼らがいかに強大であろうと敵ではない。
甘い見通しではない。
彼らが訴えに耳を貸した時点で、これは実現するものと彼は信じていたのだ。
だが、そうではなかった。
復讐心や憎悪、怨恨の情よりも――。
彼らの中にあったのは探究心だったのだ。
つまり未知なる世界への好奇心。
知らないものを知りたいと思う意欲が、彼らを行動的にしていただけだった。
先を急いでいたデューオはこれに気づくのに時間を要した。
仲間の性質を見抜くよりも、やがて対峙する魔導師に意識が向いていたのだ。
彼が真実を知ったのは、魔導師が時空管理局を組織していることが明らかになる少し前だった。
会話が噛み合わなくなってきたのだ。
それまではデューオ主導の元、加わった2人が彼に賛同する形で怨敵討伐の計画が進められていた。
しかし次第に彼らが魔導師撃砕に消極的であることが露になってくる。
特にブロンテスはそこが顕著で、暇があれば艦内の設備を触っている。
(俺の持ちかけた話に便乗したのか――)
デューオは思った。
何か面白いことをしてくれるらしい男に、好奇心旺盛な2人が近づいてきた。
興味本位の接触は失われた技術との出逢いを齎し、彼らはその時点でもう目的の多くを達成してしまっている。
(たしかにここまで来られたのは彼らの力によるものだが・・・・・・)
実際、2人の助けは必要だった。
デューオには機械というものが分からなかったため、艦の飛ばし方どころか乗艦の方法すら理解できなかった。
ムドラの民を運び、敵を討つために宇宙を舞う艦も、それを扱える者がいなければただの金属の箱だ。
それに命を与えたのは紛れもなくブロンテスであり、また彼を連れて来たテミステーだ。
奇妙な関係が成り立っていた。
この3人は誰が欠けていても成立しない。
艦を提供したデューオは、知的好奇心を満たす為の2人の行動によって目的の地を目指す事ができた。
探究心の強い2人は、しかし各々が力を持たない為にデューオから艦その他との出逢いを受け取った。
彼らはすぐに縁を切る事はできない。
誰もが真の目的を達成していないからだ。
デューオの旅は魔導師を滅ぼすまで終わらない。
テミステー、ブロンテスの旅は世界をくまなく巡って見聞を広めるまで続く。
この絶妙のバランスを3人ともが認識していた。
切る事のできない縁――今は続けなければならない関係だ。
だがその時が来れば・・・・・・。
誰からともなく解消されるものであると誰もが分かっていた。
必要なのはそのタイミングを見誤らない判断力と。
そこに至るまでの準備だ。
デューオは早くからその時を想定して行動していた。
普段の何気無い会話からあらゆるものを吸収するだけだ。
テミステーからは彼が得ている世界に関する知識を獲得する。
この勉強家は宇宙を旅する間に多くの文献に触れてきたらしく、復讐心に突き動かされて学びを疎かにしてきたデューオにとっては、
まさしく知識の宝庫だった。
いちいち現地に赴いて蔵書やデータに目を通す必要は無い。
知りたいことはテミステーの口に直接語らせればよいのだ。
その一方でブロンテスからは機械に関する知識を手に入れられる。
”下”の住人だった彼は当時、新世代の技術の研究に携わっていた。
そのためか目にするのは初めてだった艦も、まるで手足のように操る事ができたのだ。
デューオは機械についての多くを彼から知った。
艦がどのような原理で宇宙を航行できるのかも、通信設備の使い方も、蓄積されたデータの呼び出し方も。
馴染みのない単語の羅列に当初は苦しんだが、これもやがて悲願を達成するのに役立つのだと思い直し、
彼はこの世界のあらゆる仕組みを理解しようとした。
殆どは執念と言ってよかった。
この男の全ての行動はつまり、魔導師を滅ぼすことに繋がる。
それ以外の目的での行為は彼にとっては時間の無駄だった。
ムドラの悲しい歴史に触れた瞬間から、彼の一生は魔導師への復讐に捧げられていた。

 

 

 つまらない過去を思い出し、老獪デューオは大息した。
人生の半分をとうに越え、彼にはふと後ろを振り返りたくなる瞬間がある。
歩いてきた道には何があったか。
この先の道には何があるか。
そもそも終着はどこなのか?
分かりきっているそれらの問いを、彼は意味もなく自分に向けてしまう。
たかだか数年で終わると思っていた戦いを、数十年かけても決着させられなくなってから、彼は自分が誰なのかすら曖昧になった。
管理局は想像を超越する規模の組織だった。
”管理”の名が想像させるように、彼らは世界のあちこちに広く配置され、それぞれが大きな影響力を持っていた。
この世界の秩序――魔導師たちが考える独善的な安定――が乱れようとすれば、彼らはすぐに駆けつける。
そしてかなり高圧的な態度でもって無理やりに押さえつけ、平和を維持できたと思い込むのだ。
デューオはそれが気に入らなかった。
太古にムドラの民を殺戮し、極寒の地に閉じ込めておきながら、平和の使者として振る舞う彼らが許せなかった。
その身勝手さも、傲慢さも、憎悪の糧にしかなってはくれない。
しかし負の感情だけで全てを成し遂げられるとは限らない。
今や次元の遠近に蔓延る魔導師を見た時、デューオは一筋縄ではいかないと初めて感じた。
憤りが真実を予測する眼を曇らせていたのだ。
ただ復讐心から行動するだけでは彼らには及ばない。
この現実を受け容れるのは、彼にとってはある意味では死よりも苦痛を伴なう。
戦う前から敗北を認めざるを得ないのだ。
だが身の振りようによっては”戦う前から”勝利することも可能だ。
目を背けたくなるような下品な手段ではない。
堂々と、正面から、敵に当たるプライドを捨てない作戦があったのだ。
その遂行にあたり、彼は2人を誘った。
断られることはないと分かっている。
彼らは好奇心を満たす為だけに行動しているのだ。
時空管理局には最新の技術と、その活動によって得た知識の書庫がある。
この極めて魅力的な餌にブロンテスとテミステーはあっさりと釣られた。
作戦は大胆且つ秘密裏に遂行された。
デューオは管理局員登用試験で非凡な才能を発揮し、ほどなくして前衛の部隊長を務めるまでになった。
ブロンテス、テミステーはその知見を利用してまず外部顧問として本部に出入りして信頼を得、
当時高官だった数名の推薦を受けて正式に彼らの仲間入りを果たした。
目的こそ大きく違ったが、彼らは最終的に同じ場所に登り詰めた。
大権を獲得し、管理局の方針をある程度決められる立場にまでなったのだ。
ここに至るまでに既に10数年が経っていた。
元々、魔導師に対する興味の薄かった2人は、もはや故郷を離れた時のそもそもの名目が、

『魔導師への報復』

であったことなどとうに忘れ去ってしまっている。
ムドラの民として怨敵に囲まれての生活は居心地は悪かったが、苦痛というほどでもない。
むしろ漸く権力を振りかざせるまでに伸し上った欣喜のほうが大きかった。
今や部隊を率いることも、その部隊をどこに派遣するかも決定できる彼らだったが、
デューオは行動を起こすにはまだ早いと思った。
いかに地位を築いたとはいえ、やはり少数での叛乱は直ちに鎮圧される。
有能な局員を可能な限り遠くに送り出し、本部の防備が手薄になったところを叩くという手段もあったが、これも確実性に欠ける。
彼の悩みの種は味方が少なすぎることだった。
信頼できる仲間も、連携をとれそうな同志もいない。
事を成すには――自分の思い通りになる戦力も必要だ。
デューオが目をつけたのは、地上本部近くにある次世代兵器研究所だった。
兵器とは名ばかりで、そこで研究開発が行われているのは子どもの玩具のような小型機だった。
人員と予算と時間をかけて作るようなものではない。
見栄えばかり豪奢な研究所を瞥見したデューオは、復讐に燃えるムドラの民らしい狡猾で効果的な方法を思いつく。
今の地位を利用すれば容易いことだった。
もはや”遂行する”必要もない。
型にはまった書類に自分の名前を添えて提出するだけの。
事務手続き以外に何の労力も必要としない一手だ。
だがその作戦がデューオに齎すであろう成果は計り知れなかった。
彼はただちに行動した。
名目をでっち上げ、全所員に真の意味での”兵器”を作らせた。
彼らが最も納得しそうな理由を考えるのは簡単だった。
局員の活動の範囲が広がり、それに伴う危険に備える為に彼らを守る自律兵器が必要だと。
そう言うだけでよかった。
この頃の彼は既に聞く者を闇雲に信じさせる声調と口調を手に入れていた。
時に熱を帯び、時に緩急をつける語りには、多くの人間が彼は正しいと半ば盲目的に信じるようになる。
実際、誰も何の違和感も抱くことなく彼の思うとおりに動いた。
クージョという当時有能だった女性を中心にチームを組ませ、やがて自分たちを滅ぼすための兵器を作らせる。
研究が順調に進んだ頃合を見計らって彼女を追い出し、そこそこに利発な者たちに後を継がせた。
クージョは彼も驚くほどの才女だった。
ブロンテスが彼女を知っていれば、目的そっちのけで執拗にアプローチしただろう。
この女性は人間を知り、機械を熟知していた。
才女にできないことは殆どない。
既存の兵器をよりコンパクトにせよと指示されれば、彼女は性能はそのままに指示よりもサイズを小さくできたし、
飛行性能を上げよと命じれば、アクロバティックな制動を可能にした。
デューオにとっては優秀で勝手の良い手駒のハズだった。
彼女なら数秒の操作で世界に遍く活動する魔導師たちを殲滅する兵装を作る事も不可能ではない。
だが――。
残念なことにクージョは反戦主義者だった。
自ら攻めることも、過度の防衛も彼女は嫌っていた。
局員を守るための自律兵器という名目でも、この愚直な才女は必要以上の火力を持たせはしなかった。
その性質を見抜いたデューオは設計が軌道に乗ったのを確認してから、彼女を放り出した。
戦いに消極的な人間が、戦うための兵器を何の疑いもなしに作るハズがない。
彼の読みは確かだった。
異動辞令を出すのがもう少し遅かったら、彼女はこの最新の自律兵器――キューブに、
デューオが全く意図しないプログラムを組み込むところだった。
つまり一定以上の命令には従わないプロテクト。
機械が人間に闇雲に従わないための思考回路だ。
これは彼が欲しかったものとは違う。
狡猾なムドラの民は誰よりも信頼でき、誰よりも忠実に働く優秀な味方を欲していた。
現場の局員を守るフリをしながら、復讐の機会を虎視眈々と狙う機械だ。
それさえ手に入れば。
その運用が確かだという証を得られれば。
もう彼にはテミステーもブロンテスもいらなかった。
手元には彼らよりもずっと役に立つ戦力があるのだ。
この宇宙に広く薄く展開している局員たちを、その場にいながら討伐できる。
もはや智謀もプラーナも必要ない。
必要なのはたった一度の、非情な命令だけだった。
(どのみちあの2人は切り捨ててもよかった・・・・・・)
そう思えるだけの冷酷さが、彼にはある。
この若き老獪の当初からの目的は、魔導師の撲滅にあったハズだ。
怨敵を残らず滅ぼし、ムドラの民が世界を支配するのは付随された目標でしかない。
そもそも2人が同行することになったのは、魔導師との戦いに向けての戦力補強のためだ。
悲願成就の目処が立った時点で、彼らはただの同郷の人に成り果てた。
「・・・・・・・・・・・・」
時は――。
もうそこまで迫っている。
全ての始まりと全ての終わりが――。
それを分かっている彼はもう何もしない。
やるべき事は済ませている。
この先、何が起ころうとも――。
どれほどの力を、どれほどの影響力を持つ者が現れ、彼を阻もうとしても。
決して変えることのできない未来がひとつだけある。
(そうとも・・・・・・)
いくつかのアクシデントに見舞われはしたが、辿るべき道を少し遠回りしたに過ぎない。
極寒の地を飛び出したあの瞬間から、この結末は決まっていたハズだ。
もう誰にも止められない。
もう誰にも変えられない。
デューオの仕掛けた最後の罠は、彼の意思によって動かされるのを静かに待っていた。

 

 これまで反対派は常に劣勢に立たされていた。
両勢力はあらゆる点で対極的だったのだ。
たとえば地道に講演を繰り返し、あるいは態度保留の高官に接触して説得を試みるなど、反対派は表に出ることが多かった。
比して賛成派は一部を除いて行動はしなかった。
軍事力を強めることに危機感を持つ反対派に対し、彼らには焦りも恐れもない。
”成立したほうがよい”と思う派閥と、”何としてでも阻止すべき”と考える派閥ではそもそも姿勢が異なる。
だが前者の、極めて高位にある人物はそうではない。
彼だけはこの法案に対して強い執着があった。
ただの可決だけでは満足できない。
権利を持つ全ての官吏が賛成票を投じなければ、彼は心を満たされる事はない。
これはより多くの者に絶望を味わわせるためだ。
彼らは彼らが賛成した法案によって身を滅ぼす。
その様をデューオは間近で眺めたかったのだ。
この崇高な理念が反対派を追い詰め続けた。
先手を打ち、相手の戦力を削ぎ、一度は中核を拉致するに至った。
しかし、今回だけは――。
攻守が逆転してしまう。
常に攻め手だったデューオが、守りを選ばざるを得ない展開が訪れた。
「うむ・・・・・・」
空気の流れが変わったのを感じた彼は、ゆっくりと目を閉じた。
視覚を捨て、閉じた目で周囲を窺う。
こうすれば彼が故郷から持ち出したプラーナはとても鋭敏に働く。
魔力の塊が向かって来るのを彼は感じた。
強く、眩い光が。
「お前たちの出番だ」
執務室の机に埋め込まれた制御盤を叩き、パスナンバーを入力する。
あらかじめ組み込んでおいた命令が実行され、彼のずっと下が慌しく動き始める。
惑星プロント――。
地上本部から遠いここを別荘代わりに使っていたデューオは、これまでに蓄えた知識を用いて”秘密基地”を作った。
武装しているわけでも、侵入者を排除する様々な罠をしかけているわけでもない。
あるのは廃棄されているが電気は通っているビルだけ。
これが近くを通りかかる者の警戒心を失わせ、疑いの目を逸らす効果を担っている。
彼は大胆にもここを新たな根城とした。
管理局本部との連絡が取れ、かつ彼らの目の届きにくいこの位置は彼にとって理想的な地理条件を満たしている。
「愚かな魔導師どもめ・・・・・・頭数を揃えば勝てると思っているのか・・・・・・?」
彼が感じる魔力の数は多く、強い。
この時点でデューオは勝利を確信していた。
たったひとりのムドラを捕らえるのに、臆病者と罵られても反論できないほどの大部隊を引き連れる彼らに、
培った知識と経験とプラーナが敗れるハズがないのだ。
仮に数の差がそのまま勝敗を左右するのだとしても。
やはり彼が負けるハズはなかったのだ。
「さて、大切な客人を出迎えに行かねばならんな・・・・・・」
デューオは襟を正すと、静かに目を閉じて深呼吸した。
体内を流れるプラーナはいつにも増して活発になっていた。

 

 

 惑星プロントに降り立ったフェイトたちは、ここに来る前から警戒していた。
フェイトがそうするべきだと言ったからだ。
ブロンテスたちを捕らえた時とは状況が全く違う。
逃げる彼らを追うのではなく、その場に留まっている彼との戦いが始まるのだ。
「放送は初めから僕たちを誘い出すためだったのか?」
あの老獪ならやりかねないとクロノは思ったが、フェイトはかぶりを振った。
「デューオさんはきっとそれで居場所が知られるとは思ってなかったと思う」
彼にとってフェイト・テスタロッサの秘める能力はその殆どが想定外だろう。
シェイドが与えた”視力”が魔力やプラーナを超越してあらゆるものを見通すことをデューオ・マソナは知らない。
それでも警戒を怠るべきとはないというのは、彼が彼だからだ。
当然、突き止められる可能性も考えて備えはしているだろう。
今回はその時期があまりに早かった、というだけなのだ。
読みの深さはフェイトも彼に負けてはいない。
この広大な荒地の広がる星に、忘れ去られたようにビル街が取り残されている。
既に人の姿の無い、朽ち果てた町だ。
丘陵に陣取った管理局の精鋭は、はるか前方の灰色をやや下に観た。
「惑星プロント――たしかに時空管理局の管理下にあるが・・・・・・」
そこを拠点にするのは大胆を通り越して愚かだ、とクロノは思った。
何らかの理由で調査でもされれば、デューオが秘密裏に動いている事などすぐに本部に知られてしまう。
「だから・・・・・・じゃないのかな?」
なのはが言った。
「みんなの様子がよく分かるから」
彼女にはデューオの考え方はよく分からない。
なのはの場合はそれをあれこれ推測するよりも、最もストレートな方法――つまり直接的な対話から得ようとする。
相手が意思ある限り、それは不可能ではない。
これが高町なのはが貫き通す信念だった。
「そういうこともあるか」
クロノは油断なく周囲を窺った。
やはり目につくのは孤島のように荒地に浮かぶ小さな町だけだ。
「フェイト――」
「・・・・・・いる!!」
金髪を微風に靡かせながら、フェイトは真っ直ぐに尖塔を見つめた。
その言葉を聞いて同行した武装隊が前に出た。
「相手がムドラだと分かった今、きみだけが頼りだ。我々がしっかり護衛するよ」
彼らは強い正義感と使命感からそう言ったが、その意思を現実に反映させるのは難しい。
たとえここに比類なき民間協力者がいたとしても。
経験豊富な若き執務官がいたとしても。
プラーナすら会得した全ての魔導師の希望となる魔法少女がいたとしても。
天才が作り出した無数の黄金の自律兵器があったとしても。
デューオにまともに対抗できるのは、たったのひとりしかいない。
「あの町のどこかにいるんだな?」
クロノの問いに、フェイトは小さく頷く。
中空を漂うキューブUがフェイトたちを囲うように移動した。
おそらく最後の戦いとなるであろうこの旅に際し、クージョはキューブUの索敵能力を改良していた。
魔力に頼る魔導師と違い、これは熱や音、光などを”気配”として感じ取る。
この能力は時にフェイトの力をも凌駕することがある。
「まさか・・・・・・」
空気が変わったのを感じたクロノは、反射的にデバイスを構えていた。
一瞬遅れて武装隊も戦闘の体勢に入る。
管理局が関わってきた中で最も小さく、最も大きな戦いが始まろうとしていた。
それを初めに告げたのは空気の振動。
数秒遅れて聞こえる風を斬る音。
そして――。
無数のキューブだ。
「来るぞ!!」
クロノが言うより早く銀色のキューブが大挙して押し寄せる。
それを迎え撃つべく黄金のキューブも前に出た。
空は一瞬にしてレーザー光の作り出す網に覆われた。
「フェイトちゃん!!」
勇猛果敢な少女は無数の光の中に身を躍らせた。
輝く戦鎌が振り下ろされ、薙ぎ払われ、中空にいくつもの弧を描いていく。
銀色のキューブはその度に体を真っ二つに割られ、火花を上げながら大地の上に残骸を積み重ねていく。
戦況は反対派に有利なハズだった。
電子戦に強い新型のキューブが、機能に劣る敵のロックオンを妨害し弱体化させる。
それが少々の数の差を簡単に埋めるハズだったのだ。
だが、現実はそうではない。
時代遅れのキューブは新型に迫る能力を既に手に入れていた。
デューオの放った無数の駒は、対ECMへの備えを施されていたのだ。
「数が多過ぎますっ!!」
もはや視認では敵と味方の区別もつかないほど両勢力が入り乱れている。
実戦経験が豊富な彼らは殆ど感覚だけで互いの位置を確認し合い、かろうじて連携をとっている。
あらゆる方向から放たれるレーザーに、歴戦の魔導師も一瞬たりとも防備を疎かにはできない。
なのはは一度上空に抜け、発生させた6個のシューターを敵キューブにぶつけた。
桜色の光弾が美しい軌道を描いて無慈悲な兵器を焼き払っていく。
敵味方入り乱れての戦場では、射撃系の魔法は扱いが難しくなる。
敵キューブは群から離れたなのはに攻撃を集中させた。
四方から迫るレーザーが少女を撃ち抜こうと迫る。
幼少にして過酷な戦いを何度も繰り返してきた彼女は、素早くシールドを展開してそれを防ぐ。
その間にも光の速さで翔けるフェイトが敢えて敵の攻撃の激しい場所に飛び込み、金色に輝く鎌で敵を薙ぎ払っていく。
戦力差は埋まらない。
銀色のキューブが煙をあげる度、黄金のキューブは機能停止に追い込まれ、やがて局員が凶弾に倒れた。
クロノの魔法も、なのはの魔法も、フェイトの魔法も。
数で迫る敵を押し返すには至らない。
「キリがないぞ!」
誰かが叫んだ。
戦場に新たに補充された敵キューブが、フェイトたちを少しずつ追い詰めていく。
「私が敵を引きつけます!!」
フェイトが飛んだ。
彼女を狙ったレーザーはその後ろにいた銀色のキューブを破壊した。
「キューブはあの町の方から飛んできました。デューオさんもいるハズです。それなら――」
町に近づくものを最優先に狙うに違いない、とフェイトは言った。
「危険すぎる!!」
「元よりそのつもりだよ!!」
クロノの制止を無視して彼女は一直線に飛んだ。
デューオの居場所の見当はついている。
今の彼女ならキューブを引きつけるどころか、それらとの距離を空けるだけの速度で飛ぶこともできるだろう。
「クロノ君、お願い!」
そんなフェイトを彼女が放っておくハズがなかった。
現状ではデューオとの対決は避けられず、そうなれば頼りになるのはフェイトだけだ。
この空を覆いつくすキューブを殲滅しても、そこに彼女がいなければ何の意味もない。
なのはは身を翻すと、遥か彼方の金色の光を目指して飛んだ。
フェイトの思惑通り、敵のキューブの大半が彼女を追い始めた。
だが彼女の行動は反対派を窮地に追いやり、デューオを優位に立たせるだけだ。
(フェイトちゃん・・・・・・!!)
両者の距離は縮まらない。
機動力に富むフェイトと、なのはが追いかけるには無理がある。
「それなら・・・・・・!!」
別の方法を思いついた彼女はその場に留まり、レイジングハートに意識を集中した。
いくらか危険を伴う方法だが、なのはとフェイトの間にある信頼が揺らがない限り――。
この場で彼女が取り得る最も効果的な作戦だった。
幸いにも大勢の敵が射線上に――ほぼ一直線に――並んでいる。
(フェイトちゃん!!)
念話は空気の振動を必要としない。
(なのは・・・・・・!?)
後方に強い魔力を感じたフェイトは、それがなのはのものであると瞬間的に悟った。
さらにその力が、自分に向けられていることも。
「ディバイン――」
桜色の光が青空に美しく輝く。
収束された魔力が彼女の愛杖の一点に明滅する。
(避けて!!)
メッセージは極めて短く。
だがフェイトにはその意図が既に分かっていた。
「バスターッッ!!」
この声を聴く前に。
光が届く前に。
フェイトはそうしていた。
旧式の敵キューブは直線的に相手を追う。
標的の軸がずれ、無数の兵器が方向を転換しようとした時には、もう後方から迫る桜色の光の餌食になっていた。
強力な一撃がキューブの殆ど全てを焼き払う。
運よく生き延びたガラクタは、それが再び攻撃を始める前に金色の光が斬り裂いた。
「なのは――」
彼女の到着を待ったフェイトは複雑な表情を浮かべた。
見事な連携ではあったが、
「無茶だよ」
彼女は取り敢えずこう言っておく。
「ごめん・・・・・・」
「ううん、ありがと」
責める理由などない。
なのはの行動は強引な一手ではあったが、フェイトが必ず躱してくれるものと信頼しての判断であると考えれば、
彼女の心を満たすのは無謀に対する怒りではなく、信頼に対する感謝の情だ。
「おかげで助かったよ」
フェイトは滅多に弱みを見せない。
それをすることが良い影響を及ぼさないことを知っているからだ。
だが、なのはにだけは――。
彼女は時おり、隠したい想いを吐露することがある。
「うん――」
なのはは笑顔で頷いた。
この少女はかつてフェイトを助けた。
だがそれ以後、彼女は何度もフェイトに助けられた。
少々の無茶をしてでも、この美麗でしなやかで、誰よりも強い魔法少女を守りたいと思うのは。
なのはにとってはあまりに足りなさ過ぎる恩返しの気持ちだ。
「急ごう! デューオさんはきっとこの先にいる!」
2人は視線を交わした後、聳立(しょうりつ)するビルの間を駆け抜けた。

 

 

 戦いに勝つためには。
ひとつ、相手を圧倒する力が要る。
物理的なものだけでなく、知性や知識、それを織り交ぜて立ち回るための知恵。
彼にはそれがある。
魔導師を相手にする時に最も強く輝く力。
プラーナだ。
これが備わっているから、彼は敗北の可能性を考えなくて済んだ。
敵は魔法だ。それを使う魔導師だ。
ならば――。
容易く打ち勝つことができると。
圧倒的な戦力差を除けば。
デューオは何十年と待たずにこの戦いに勝利していたハズだ。
”秘密基地”を出た彼は、瓦礫の上に立って辺りを見渡した。
その必要はないのにそうしてしまうのは、彼があまりに長く管理局に居すぎたためだ。
肉眼に頼らなくとも目を閉じて意識を集中するだけで、目では見えないものが見える。
強く、眩いふたつの光が。
「思ったとおりだ・・・・・・」
彼の口は勝手に笑っていた。
(あの2人はほぼ必ずと言っていいほど、行動を共にしている)
しかしそれは何の問題にもならない。
近頃名を馳せている少女が組んでいるからといって、それが彼の作戦に大きな影響を与える訳ではない。
デューオにとって重要なのは、彼女たちが2人でやって来るという予想が的中したことだ。
これは彼の洞察力、プラーナの先を読み取る力が未だ衰えていないことの証明になる。
辿る道筋が予定とは少し異なっても、辿り着く場所は必ず同じだ。
(さあ、来い・・・・・・わしを止めたいのだろう?)
ここが間もなく戦場になることを、誰もが知っている。
彼も、彼女たちも。
今や廃墟となったこの町が。
互いの主張を力を持ってぶつけ合う場になることを。
知っていた。
「・・・・・・・・・・・・」
やがて遥か彼方の空に、ふたつの光が現れた。

 

   投票日まで あと4日

 

  戻る  SSページへ  進む