第4話 蔓延

(クージョを訪ねたリンディたちは、そこで恐ろしい事実を知ることになる)

 クージョは何も言わない。
間を持たせるのにリンディがお茶をすする音だけが響く。
なのはもフェイトも時おり互いに顔を見合わせるだけで、何とも息苦しい雰囲気である。
沈黙の直前にクージョが呟いた一言から、彼女が何かを知っていることは明らかだ。
それをすぐに話さないのには、よほどの事情があるからなのか。
「ねえ、クージョ・・・・・・さっきの――」
「あの箱にはちゃんと名前があるのよ」
リンディがしびれを切らして言葉を発するのを待っていたように、クージョが自身の言葉をかぶせてきた。
「私は見たまま”キューブ”って名づけたけどね。今もそう呼ばれてるのかしらね」
彼女の目はずっと遠くを見ているようだ。
この言い方だと、そのキューブというものは以前から存在していたことになる。
が、リンディ含めここにいる者であの箱を知っているのは誰ひとりいない。
「あれは一体何なの? 賛成派が妨害に放ったものだとは思うけど、あんなものは・・・・・・」
記憶にない、とリンディは言う。
クージョは憔悴したように、
「立派な兵器よ。いずれは管理局の主力として前線で活躍する予定よ」
「・・・・・・?」
フェイトは声をあげそうになった。
主力? 兵器?
何を言っているのだろう。
まるで戦争でも始めるような口ぶりだ。
フェイトはこのクージョという女性が怖くなった。
もともと冷たい印象を与える風貌だ。
黒い長髪で片目を隠し、時に刺すような厳しい眼をしたりもする。
ダークパープルの口紅がさらに冷徹さを増している。
「兵器って・・・・・・? そんな話、初めて聞いたわ。局は何を考えてるの!?」
リンディは無意識に声を荒げていた。
半分はクージョにぶつけたようなものだ。
「誰だって好んで戦争をしようとは思わない。あくまで外敵に侵攻された時の備え・・・・・・。
これは局の苦肉の策・・・・・・そう思いたいわ」
断言する口調から願望に変わったのを、リンディは聞き逃さなかった。
彼女にはまだ管理局への忠誠心と期待が残っている。
もちろんリンディもそうだ。
だからこそ局が間違った方向に歩み始めているのを、身を呈してでも止めたいのだ。
「あれは使用者に忠実よ。命令されれば人間にも動物にも躊躇うことなく攻撃してくるわ」
(・・・・・・・・・・・・)
フェイトには先ほどから気になっていることがあった。
口調がどうもおかしい。
クージョの話し方は独白っぽくもあるし、含みをもたせた挑発めいた部分もある。
彼女は重大なことをまだ話していない。
フェイトは思ったが、この場では言及することを避けた。
この程度ならリンディも気づいているだろう。
「おそらくキューブは私たち反対派を殲滅するよう設定されているハズ。うかつに外にも出られないわね」
クージョがため息まじりに吐く。
でも私たちはここまで出て来たのよ、という言葉をリンディはかろうじて飲み込んだ。
「魔力や気配まではまだ識別できないハズだから、顔を隠していれば平気だけど・・・・・・。
そっちの方がかえって怪しいわね」
大仰に笑う。
もちろん聞いている側は誰も笑わない。
「ずいぶん詳しいわね。研究員だからかしら?」
クージョが科学班研究員になったことは以前から知っている。
艦船の航行システムなどは彼女らのような頭脳派が生み出したものだ。
「もう辞めたわ」
「え?」
「今は局の外に出て未来の科学者を育ててるわよ」
意外だった。
プライドの高い彼女――リンディはそう思い込んでいる――が違う仕事に移っているとは考えもしなかった。
分野としては違いはないが、局の専属として務めるか外で人材の育成に励むかは大きく異なる。
「時々は戻りたいと思うこともあったけどね・・・・・・」
「あった?」
「ええ」
どうやらクージョにはリンディたちが想像もつかないような深い事情がありそうだ。
そこを訊くべきか迷っていた時、彼女の方から語り始めた。
「自分で言うのもヘンだけど私は頭がいいからね。局は面白いように開発が進むって喜んでたわ」
「へぇ・・・・・・」
厭な女だ、とは誰も思わなかった。
「開発って言っても次元間航行システムのアップグレードが主だったけどね」
専門的な話はさっぱり分からない。
現場にいるリンディはこういう技術の恩恵に与(あずか)ってはいるが、いちいち仕組みまでは考えない。
「その研究を急に降りろって言われて、次に配属されたのが自律兵器の開発室だったわ」
「・・・・・・兵器・・・」
フェイトはこの単語のみに反応した。
「前線で戦う武装隊のサポートを目的としてね」
そこでクージョはいったん言葉を切った。
先をためらっている。
リンディは感じた。
が、中途半端なままに終えてよい話ではない。
クージョは深く息を吐いてからこんなことを言った。
「あのキューブを作ったのは私よ」
さらりと言ってのけたせいで、リンディたちは驚くのが一瞬遅れた。
「それ・・・本当なの・・・・・・?」
「こんなウソついたって楽しくもなんともないわ」
拗ねたように即答してクージョはさらに詳しい話をした。
「各世界の治安維持活動を主とする管理局の版図はどんどんと広がっているわ。
事件が複雑に絡み合えば、捜査対象となる区域も膨張していく。ここまでは自然なことよ」
「・・・・・・」
「当然、未知の世界に飛び込むことになるわけだから、現場にでる局員には常に危険が伴うわね。これも自然。
そうなると今度は秩序を守る局員を守るための仕組みが重要になってくる。そこで考えられたのが――」
「問題のキューブというやつね?」
語りに割り込まれたクージョはわずかに不快そうな顔をしながら頷いた。
「これには私も賛成したわ。私のやった事で現場にいる多くの局員を危険から救えるなら、やり甲斐のある仕事だった。
ノウハウはあったしね。研究が進めば人間同様の作業がこなせるとも期待されていたわ。けれど・・・・・・。
キューブが試験段階に入った途端、私は開発室を追い出されたのよ。あの屈辱は今でも忘れないわ」
「どうして? 局としてはあなたの手腕には頼ってたハズじゃないの?」
「私は昔から反戦主義者だったから、私がキューブに余計な細工をする前に追い出したかったんでしょうね」
「余計な細工って?」
「ようは行動に制限をかけることよ。自分から攻撃をしかけないとか、威嚇程度にとどめるとかね」
「その制限がなかったらどうなるんですか?」
ずっと聞き手にいたなのはが問うた。
「使用者の思い通りに動くわね。何の罪もない人を葬れ、といえばその通りに動くし」
クージョは相手が少女だからと言って口調や語気を変えたりはしない。
「制限をかけるというのは、つまりキューブにというよりそれを使う人のためなの。
残虐な人間がキューブに残虐な指示をしても従わないように。従順すぎても困るのよ」
言うことは分かる。
従順な兵士を使う者が暴走するのを抑止するため、ということなのだろう。
「でもそれができなかった・・・・・・今やキューブの技術はそっくりそのまま賛成派の手の中にあるわ」
クージョはこの時だけはハッキリと自分の感情を顔に出した。
悔いているのだ。
人を救うための技術が、対立する同じ人を殺めるための道具として使われている事実が。
そうなることを予見できなかった自分が。
たとえ予見していたとしても、どうにもできない無力さが。
腹立たしい。
「考えてみれば反戦主義者なら”自律兵器”っていう時点で断るべきだったのよね」
「しかたないわ・・・・・・人命が救えると聞けば、私だってそうしたハズよ」
虚しい慰めだ。
今さら何をどう言っても事実は変えられない。
「賛成派はキューブのテストもかねて私たちを狙うに違いないわ。連中の目的はひとつ・・・・・・世界の制圧よ」
まさか、とリンディは笑った。
普段は茶化したりすることのない彼女も、ここばかりは笑いたくなった。
だがクージョは笑われたことに対して怒りはしない。
それどころか、自分の言っている意味がリンディに正しく伝わっていないことを嘆いてさえいた。
「時空管理局は大きくなりすぎたわ。治安維持を名目に、自分たちの考え方を世界に押し付けてきた。その結果がこれよ」
「あの、でもいくらなんでも侵略なんて・・・・・・」
フェイトがおずおずと口を挟んだ。
彼女もまたクージョの考えが飛躍しすぎていると思っているひとりだ。
「あなたはフェイトさんだったわね? 幼くして優秀な魔導師、ムドラとの和平も成し遂げた奇跡の偉人ね」
「いえ、そんな・・・・・・」
フェイトは照れることを躊躇った。
「そこに至るまでに戦いがあったわね? つまりあなたやあなたたちと対立した敵がいたってこと・・・・・・。
その敵は世界支配を望んだりはしなかったかしら?」
冷淡に、とても冷淡に彼女は問う。
「それは・・・・・・」
即答はできなかった。
(シェイドは・・・たしかにそう思ったこともあったかもしれないけど・・・でも・・・・・・)
敵とはつまり、管理局に敵対する者だ。
戦う以上、平和的に話し合いで解決ができない者が相手となる。
「ムドラの少年・・・名前は忘れたけれど私も話は聞いたわ。つらい過去を持っていたのよね?
魔導師への憎しみが凶行に走らせたのだと私は考えているけれど、あなたはどう思う?」
「・・・・・・私も、そう思います」
「憎しみがさらに歪んで世界を支配したい、と思うようになったりは?」
「違いますッ!」
フェイトは知らないうちに立ち上がっていた。
怒鳴っていた。
彼を冒涜する者は許さない。
彼女は鋭い眼光でそう言い放っていた。
「フェイトちゃん・・・・・・」
なのはは不安そうにフェイトとリンディを交互に見た。 「気に障ったのなら謝るわ。ごめんなさい」
クージョは謝罪の念がこもっていない口調で謝った。
フェイトの反応から、この少女がムドラの少年にどのような感情を抱いていたかを、クージョはすぐに察した。
「話がそれてしまったわね。重要なのは人間の心よ。秩序を守るべき管理局が、その幹部が何をどう考えるか?
そこがまだ腐っていなければ局は進むべき道を正すことができるハズよ」
シェイドの話とまるでつながらない、とフェイトは内心で憤った。
やりとりをしばし傍観していたリンディは、
(この女性は何を考えているのか分からない)
と奇妙な怖さを感じた。
「私たちはとうすればいいかしら?」
リンディはクージョの考え方を引き出す質問をした。
自尊心が高いらしい彼女に対して下手に出る、かなり効果的な訊き方だ。
「あなたのことだから、仲間集めは大方終わってるんでしょう?」
「まぁ、ね・・・・・・」
仲間集め、という言葉にムッときたリンディはつい素っ気なく返す。
「法的な話をすれば、反対票が賛成を上回ればいいのよ。簡単なことだわ」
実にさらりと言ってのける。
(そこまで運ぶのにどれほどの困難があるか分かって言ってるのかしら)
今になってリンディは、ここに来たのは時間の無駄ではないかと思えてきた。
以前から軍隊化に反対の声をあげている者がいる、という情報を頼りに訪ねたまではよかったが、
すでにクージョは局を去っているために投票権もない。
危険を冒して得た情報はキューブの存在についてだが、それも元々は彼女が設計したものだとなると、
いまひとつ収穫があったとは感じられない。
「でも現状では賛成派が多数なうえに、幾度の妨害で反対派からも転身する者がいるのよ」
「だから法的な話をすれば、と言ったでしょ? おおまかな状況は私もある程度は知ってるわよ」
クージョは3杯目のお茶を淹れてきた。
「仮に否決になっても、中身のほとんど変わってない代替案を出して、通るまでやるでしょうね」
政治って好きになれない、とクージョは付け足した。
「さっき言ったように、重要なのは人の心なの。何度投票しても何も変わらないわよ?」
クージョの挑戦的な視線は、リンディの心拍数をあげるのに十分なものだった。
同じ反対派なのに考え方が根本的に違う。
とにかく反対票を集めて否決させることに躍起になっていたリンディに対し、
クージョはそれがそもそも無駄だと言った。
ではどうすればいいのか、と問おうとしたリンディに、
「連中が手段を選ばないのだとしたら、こっちもやり方を考えなくちゃならないわ」
とクージョが述べた。
しかしすでに展望があるらしいクージョは、それほど悩むそぶりはみせない。
「賛成派の首謀を捕まえる。そうすることでしか腐敗は止まらないわ」
「何ですって!?」
リンディは驚いたが、フェイトは予想していた。
このクージョという女性は優秀な頭脳を最大限に発揮できるように、冷静で冷徹な性格を得たようだ。
「捕まえて、その後はどうするんですか?」
なのはが訊いた。
すでに大人の話でついてはいけないが、それでも荒っぽいことになるなら手助けがしたい。
直接は知らない人でも誰かが傷つくのは見ていられない。それがなのはだった。
「止めさせるしかないわね。どんな手を使ってでも」
ここでもクージョは物騒なことをさらりと言う。
「どんな手を使ってもって・・・・・・話し合いで解決は・・・・・・」
「ないわ」
なのはの言葉は辛辣な一言に遮られた。
「リンディ、あなたにも言っておくけど平和的な解決はもうない。連中が兵器を使ってきた時点でね」
「・・・・・・」
分かってはいたが認めたくはなかった。
頭でものを考えて行動するのが人間なのだから、こちらの正当性を主張すればどうにかなると信じている。
「軍隊化されることで得をする人間か、そもそも軍隊化そのものを奨励している人間がいるってことよ。
そういう連中を言葉だけで心変わりさせることができる?」
クージョの意見は厳しいが、彼女は現実しか見ていないからこう言っている。
夢や妄想や希望が介入するとものが見えなくなり、危険を安全と履き違えて行動してしまう恐れがある。
管理局に利用され裏切られた格好となったクージョは、この点をよく心得ている。
「賛成派はあなたのその甘さや優しさに付け込んでくるわよ?」
言われるまでもない。
「分かってるわ・・・・・・」
本人はそう言い返すのがやっとの精神状態になっている。
「結局、争いは避けられないわけね――」
リンディは精一杯の皮肉を投げつけた。
クージョは嘲るように、
「その争いをなくすための争いよ。何度も経験してるでしょ?」
言い捨てた。
「とにかく上を変えないことには同じことの繰り返しよ。あなたがどう考えているかだいたい察しはつくけど、
そのやり方じゃ駄目ね。時には強硬策に出る決断も必要よ」
ずいぶんハッキリと言う。
これを頼もしいととればいいのか、野蛮ととればいいのかリンディには分からなかった。
しかし確実に言えるのは、クージョの意志が強いということだ。
彼女は管理局に失望したようだが、その分だけ希望も持っている。
どんな手を使ってでも局の腐敗を止めようとする姿勢は、リンディにも通ずるところがある。
「これが私のやり方よ」
クージョは念を押すように言った。
目的は一にしているが、そこに至るまでの道には大きな開きがある。
どちらも自分の方針に妥協はない。
「・・・・・・」
やはりこの強硬策には馴染めない。
そう感じたリンディは席を立った。
「有益な情報をありがとう。参考になったわ」
嫌味ではない。
キューブやクージョの過去など、得たものは多い。
また、局の上層の考え方もある程度は見えてきた気がする。
「納得しかねるって顔してるわね。でもこれだけは忘れないで」
クージョはとても真剣に――威圧するような視線で――こう締めくくった。
「あなたも私も目指すところは同じ。平和を愛してるからこそ腐敗を止めるのよ」
「・・・・・・!!」
リンディのライバルは遠回りをして今、はっきりと誰にも分かる形で彼女の心強い同志となった。
「まったく、あなたには敵わないわね」
リンディは笑った。クージョも笑った。
「敵わないついでに訊くけど、キューブに弱点は――」
「ないわ。あれは私の知識と知恵の集大成なの。弱点があるなら、それは私自身の弱点だわ」
ここまで言い切れる人間も珍しい。リンディは内心で舌を巻いた。


「いいんですか? さっきの人・・・・・・もっと訊くべきことがあったのでは?」
宿舎に戻った途端、護衛のひとりが不服そうに言った。
「ええ、いいのよ。とりあえず仲間だと分かっただけでも」
今はそれで十分だった。
自分の周りには軍隊化に反対する者がこれだけいる。
そう思えるだけで、それは戦意へと変わっていく。
「クージョさん・・・・・・ですか。その方は信用できるので?」
いつの間にか出先から戻ってきていたロドムも口を挟む。
あなたどこに行ってたの、という言葉をかみ殺してリンディは、
「とげとげしいところはあるけれど、私たちの味方よ。信用していいわ」
素っ気なく答える。彼女の意識は別にあるようだ。
「ロドム、ここに来た時のこと憶えてる?」
「はい?」
逆に問われたロドムは返答に窮する。
「タクシーで・・・・・・」
「ああ、覚えていますよ。あの襲撃のことでしょう?」
ヒントを与えられてロドムはすぐに答えを出した。
「クージョ宅へ行く時にも狙われたって話したわよね? 彼女が原型を作った物でキューブという名前らしいけど。
タクシーを襲撃したのも、それと同じとみて間違いないわ」
この推理には自信がある。
タクシー内で彼女は空に光るものを見た。
その光とキューブが放った光は同質のものと思えた。
「ほう・・・・・・もうそんなところまで・・・・・・」
ロドムは顔に少しだけ影を作って呟いた。
「しかしそれが分かっても、肝心の犯人が突き止められなければ危険なことには変わりありませんな」
彼はアゴに手をあてて後ろ向きなことを言った。
リンディとしてはこれでも十分な収穫だと思っているから、前進していると考えていたが甘かったようだ。
「演説の日はできるだけ先延ばし、まずは安全の確保を図られては?」
「どちらも同時にやりたいわね。反対派が恐れることなく反対票を投じなければ――」
現実は理想のとおりには行かない。
実際、多くの反対派が報復を恐れて身を潜めてしまっている。
今のこの状況こそが、そのまま管理局の未来を映し出していると言えた。
「彼らの言い分も分からなくはないですけどね」
不意にロドムが気になることを言った。
「どういうことかしら?」
敵の肩を持つような言い草に、リンディはほんの少しだけイラついた。
「ブリガンス弁護士が死んだというのはご存じでしょう? なのは君を擁護していた――」
「ええ」
「魔導師総括のソウェル、行政副官メイドン、管理局法律顧問ガンレイ、司法記録官ハーマン・・・・・・。
知っているだけでもこれだけの重要人物が闇に殺されたんです。遺族の怒りたるや相当なものでしょう」
「それは・・・分かってるわ。でも管理局の武装を強化することには繋がらないわ」
「上は彼らの死の原因を、局の脆弱さのせいにしているんですよ。脅威に打ち勝つ力がなかったと。
力さえあれば危機は未然に防げる。そう思っての起案です」
「それじゃあ管理局に劣る人々はどうなるの? 局の顔色を窺って生き延びるとでも?」
「弱者は局が守ります。強者は局がくじきます。それが管理です」
「それを支配というのよ」
リンディは一蹴した。
2人は互いを見合ったまま視線を外さなかったが、しばらくしてロドムが肩を震わせた。
「即答ですね。しかも切り返しが的確です。恐れ入りました」
ロドムは子供のように笑った。
「どういうつもり?」
リンディはまだ不機嫌だ。
「ディベートの練習です。向こうの中に頭がキレる奴がいます。あくまで演説による効果を狙うのであれば、
そいつの言い分に負けてはなりません」
「あなた・・・・・・朝から出かけていたのは、それを調べに?」
「私は反対を表明していなければ投票権もありませんからね。どこでも自由に行けるわけですよ」
リンディが予想もしない動きを見せるこのロドムという男。
飄々としているが実は優秀で頼りになる部下だと、彼女は改めて思った。
「その人物の名前は――?」
訊こうとしたところでベルが鳴った。
ビオドールだ。
護衛がリンディに彼を通してもいいかと尋ねてきた。
「いいわ、入れて」
ビオドールはすぐに入ってきた。
「元気そうなお顔を見てホッとしましたよ」
彼は挨拶がわりに表情をほころばせた。
「最近は疲れることばかりですけどね。皆がいてくれるおかげです」
リンディの笑みにはあまり余裕が見られない。
が、こういう顔を作っておけばそれが束の間の安息に変わる。
「護衛の数を増やすか、所在を変えたほうがいいですよ」
ビオドールはいきなり本題を述べた。
「部下から聞きましたが、なぜあなたはみすみす危険に飛び込まれるのです?」
彼はすでにリンディたちがキューブの攻撃を受けたことを知っていたようだ。
「戦いだからですよ。安全なところにいては決して勝てませんから」
言いながらリンディは、これを戦いだの勝利だのと言いきっている自分に嫌気がさしていた。
クージョのやり方が正しいとも思えないが、自分の認識も正しいと言い切る自信がない。
気がつくと戦っている自分がいる。それが情けなかった。
「この娘たちはどうなるのです? まだこんなに幼いのに、危険に巻き込んでは――」
ビオドールはそばにいたなのはの頭を軽く撫でた。
「あ、あの、私はいいんです。リンディさんのお手伝いがしたいから・・・・・・」
なのはは咄嗟にリンディの肩を持った。
それを聞いていたフェイトも小さく頷く。
「前にも言いましたが、やはり今回の話・・・・・・身を退か――」
「いいえ」
リンディはきっぱりと言った。
「今の管理局は間違っています。力で力を押さえるやり方には賛成できません」
「・・・・・・・・・」
2人は無言のまま見つめあった。
(この人は・・・・・・)
一切、口を挟まなかったロドムは思った。
この人は反対派ではなかったのか?
日頃の接し方からリンディとは共通の理念を持っているように見えたが、ここで彼が述べることといえば、
リンディの活動を止めさせようと働きかける発言ばかりだ。
(それともリンディ提督の身を案じてのことか)
しかし反対派にとって彼女はもはや旗印といってもいいほどの影響力を持っている。
ここでリンディが助言どおりに退けば、反対派は戦意を削がれて軍隊化は可決されてしまう。
「ビオドール提督」
そこまで思い至ったロドムは、はじめて彼に声をかけた。
「単刀直入にお尋ねします。あなたは軍隊化に賛成ですか? 反対ですか?」
曖昧な回答を許さない、二者択一の質問だ。
彼は少し考えて答える。
「反対ですが、公私ともに口にしたことはありませんね。それをすればどうなるかは分かっていますから。
私の心情は・・・・・・リンディ提督、あなたにしか漏らしていません」
ビオドールははっきりと意思を伝えた。
嘘をついているわけではなさそうだ。
リンディとしてもこの告白は嬉しい。
つまるところ、彼にとって一番信頼が置ける人物こそが自分だと言っていることになる。
行動を諫めるのも身を案じてくれているからなのだろう。
「ありがとうございます」
彼女は深々と頭を下げた。
付き合いは長いが、打ち解けているというほどの仲でもない。
それが一気に縮まった感じだ。
「こんな状況です。誰もが誰もを信用できなくなっています。ですがロドムさん、私は信用してください。
反対派であると同時にリンディ提督の友人です。せめてそこだけでも理解を」
「・・・・・・失礼いたしました。疑心暗鬼に陥っていたようです。お詫びします」
ロドムは自ら厭な役目を引き受けた。
このビオドールがリンディの味方に値するのかどうか、それを見極めるためにあえて鋭い質問をぶつけたまでだ。
そうでなければ彼がした質問は、ただリンディとビオドールの関係を悪化させるだけの禍根でしかなくなる。
(恥ずべきだな)
ロドムは思った。
これは人間対人間の戦いだ。
あるいは自分の心の闇との戦いと言い換えることもできる。
今度の戦いは今までと違う。
魔法はほとんど役に立たない。
知識と知恵と人心が勝敗を決する要素だ。


 嵐は未明に起こった。
戦いだ。
知識と知恵と人心が関わるほうの戦いではない。
公会堂を借り切って演説を予定していたリンディ一行が外に出た途端、あのキューブの群れが襲ってきた。
状況としては襲撃だが、準備をしていた彼女たちがうろたえることはなかった。
しかし出現したキューブが50機を超えていたため、思わぬ苦戦を強いられることになる。
「なのは、行くよ!」
2人の魔導師は同時に天を翔けた。
先に飛び込んだのはフェイト。
戦鎌状に発生させた光刃を優雅に力強く振るう姿は、戦域にいる他の局員に勇気を与えた。
なのはもやや遅れる格好で敵群に飛び込むが、こちらは得意の射撃で殲滅する。
金色の光が一閃し、その直後に風を斬る音がしてキューブが爆発する。
『”Divine Buster”』
その後ろでは桜色の砲撃が一直線に突き抜けたが、なのはは使う魔法を間違えた。
キューブの移動速度は速い。
拘束もせずに直射型の攻撃をしかけても、キューブは容易く回避してしまう。
たった一度とはいえ戦ったことのある相手に、これは痛恨のミスだった。
『”Snipe Shot”』
武装隊もそれぞれに標的を絞って攻撃する。
「リンディ提督! さあ、今のうちに!」
ここでは敵の全滅が目的ではない。
リンディを守り、彼女を公会堂まで送り届けることが最優先だ。
公会堂は管理局建設の施設のため、セキュリティが厳しい。
これはつまり施設内であれば安全であるということになる。
施設全体を強力な結界が覆っていることも強みだ。
すでに公会堂が視認できる距離であるが、キューブは示し合わせたようにリンディたちの行く手を阻む。
フェイトは大群に怯むことなく斬りかかっていく。
かく乱戦法や隙を衝いての一撃・・・・・・を狙うのは難しい。
この完全な立方体には表情がない。
どこを向いているのかも分からないし、思考を読み取ることもできない。
赤いレーザー光がフェイトの頬をかすめた。
凄まじいスピードだ。
なのはのシューターをも凌ぐかもしれない。
「2人とも、気をつけるんだ!」
相当な場数を踏んできた武装隊にとっても、油断ならない相手らしい。
護衛に守られ、攻撃をかいくぐりながらリンディは今頃になって事態を呑み込んだ。
この襲撃はあまりに強引すぎる。
寝込みを襲うならまだしも、ここは町からそう離れてはいない。
多くの人間が目撃しているのだ。
この奇襲が軍隊化賛成派の仕組んだことだと噂が広まるだけで、リンディの演説以上の効果があるハズ。
(妨害のためならなりふり構っていられないってことかしら? それとも・・・・・・)
この場で、大勢が見ている前でリンディを殺害し、恐怖心を植え付けようとしているのか。
公会堂が近付いてきた。
「もう少しです!」
なのは、フェイトが中心となって戦ったおかげで、キューブの数は半分以下になった。
それだけ攻撃の手も緩むから、リンディにとっては素早く目的地に辿りつくチャンスだ。
縦横無尽に飛び回るキューブに対しては、次第に呼吸を合わせられるようになったなのはのシューターが撃ち抜く。
攻撃の体勢に入ったキューブには、閃電のように翔けるフェイトがレーザー光を発射するよりも早く斬り払う。
地上と空中に散開した武装隊は、各々が戦いながらもフェイトたちを的確に援護した。
『”Accel”』
中空を漂っていた桜色の光球が、このメッセージを受けて加速した。
ゆるやかに弧を描いた12個のシューターが眼前のキューブを焼いた。
相手は生物ではないから、なのはも手加減はしない。
手心を加えることが与える味方への悪影響は、彼女もよく知っているところだ。
(ここで頑張らなきゃ――)
なのはにとって、ここで戦いリンディを援(たす)けることは償いだった。
シェイドの奸言(かんげん)に乗って管理局を一度は離反し、結果としてムドラの復讐に加担した。
その後になのはは戻ってはきたが、今度は闇につけ入る隙を与えてしまった。
全ては彼女の弱さが引き起こしたことだ。
意識さえ強く持っていれば撥ね退けられる誘惑だったのだ。
いつも傍にいるフェイトでも、さすがに彼女のここまでの意思には気付かなかった。
戦い方が違う。
フェイトは思った。
まず対話から入ろうとするなのはは、いざ戦いが始まっても相手を叩き潰すような戦法はとらない。
それは話し合いの余地を残すためで、そもそも争いを好まない彼女の性格からはできないことだった。
しかし今のなのはは明らかにこれまでとは異なる。
(相手が機械だから?)
手加減をするべき敵ではない。
冷酷無慈悲なキューブに対しては、こちらも同じように非情に徹するべきではある。
しかし――。
(なのは・・・・・・?)
力で押さえようとする戦いぶりを見て、フェイトはある種の怖さを覚えた。
正気こそ保っているが、これは暴走に近いかもしれない。
「リンディ提督が公会堂に入られたぞ!!」
頭上で声がした。
護衛対象が目的地に到達したということだ。
異変が起こった。
執拗に攻撃をしかけてきたキューブがくるくると回転を始めたかと思うと、一斉に戦域を離脱しだしたのだ。
武装隊が油断なく構える中、なのはだけがその後を追いかけた。
「待って、なのは!!」
フェイトが慌てて後を追う。
「追いかけなきゃ見失っちゃう――!」
なのはは振り向くこともせずにキューブを追走した。
焦っていた。
リンディの命を狙い、自分たちをかき乱す敵の居所を突き止めたかった。
しかしそれは早計だ。
機動力でも十分に追いつけるフェイトだったが、ここは敢えて――。
「・・・・・・ッ!?」
なのはの両足が金色の円環に掴まれた。
バインドを選択した。
「な、何するの?」
ほどよい距離を保っていたキューブの一群が、北の空へと消えていく。
「駄目だよ、焦っちゃ」
そのキューブの姿が完全に見えなくなってから、フェイトはバインドを解いた。
なのはは恨めしそうに空を見た。
「どうして?」
彼女は詰め寄った。
一緒に追うことはあっても、自分の邪魔をする理由が見当たらない。
「敵をよく知らないのに飛び込むなんて危険だ。それに、なのはらしくない・・・・・・」
フェイトはやんわりと諫めた。
彼女の気負っていることを半分ほどしか理解しないで。
「でも追いかけなきゃ調べようがないじゃない」
好戦的だ、とフェイトは思った。
「落ち着いて。私たちの役目は母さ・・・・・・リンディ提督を守ることだよ。攻める時じゃない」
なのはの強さは頼りになるが、今の状態では悪い言い方をすれば足を引っ張るかもしれない。
困惑した様子のなのはだったが、最後にはフェイトの諫めに従った。
「さ、戻ろう」
ずいぶん遠くまで来てしまった。
武装隊と合流しておかないと、万が一の事態に対応できない。
「うん・・・・・・ごめんね、フェイトちゃん。勝手なことして・・・・・・」
「なのはの気持ちは分かるよ。私だってそうしたかったから――」
気持ちは同じだが、理性が行動を抑制したのはフェイトだけだったようだ。
リンディは無事に公会堂にたどりついた。
敵の正体も居所も掴めていないが、これだけでも十分な成功と言えるだろう。










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