第9話 汚染

(リンディ救出に駆けつけたフェイトたち。しかし残虐な賛成派は周到な罠で待ち構えていた)

 無機質な機械を相手に生身の人間が苦戦する様を、デューオは愉しんでいた。
少数の魔導師が、数え切れないほどの兵器を相手に奮闘する。
地上で、中空で絶対的窮地に追いやられながら、それでも果敢に戦う様は――。
見る者の涙を誘う。
しかしこの老人は笑っていた。
力が何物にも勝り、力が全てを解決できると証明できる瞬間を心待ちにしているのだ。
事が対話で片付く時代などとっくに終わっている。
今、この今に求められているのは全てを束ねる力。
平和と正義と秩序のために、それを正しく扱うことのできる者だけが持ってよい力。
新たな時代の幕開けはこの老人と、中空を飛び交うキューブがまず目撃することになるであろう。
生き延びた反対派はじきに自分たちが誤っていたと気付く。
もうまもなく――。
デューオは笑った。
この圧倒的に有利な状況で。
戦いの主導権を握っている自分に酔いながら。
しかし意識はしっかりと保っている。
万が一・・・・・・万が一、何かが起きて自分が窮地に立たされても――。
それを覆す方法が彼にはある。
いかに修練を積み、場数を踏んだ優秀な魔導師でさえも。
この老獪を倒すことは不可能なのである。
彼はそれを分かっているからいつまでも笑っていられる。
(・・・・・・・・・・・・ふむ)
彼は戦況を見渡した。
反対派は思いのほか粘っている。
気になるのは2人の少女。
何かを狙っているらしいと気付く。
(さて、どんな手で来るか・・・・・・)
デューオは後ろに回した手を軽く振った。
遊撃を続けていたキューブがその合図で彼の元に集まる。

 

「お前たち、リンディ提督を守れ!」
敵の攻撃が激しくなってきた。
彼らはそう感じた。
が、その感覚は誤りでキューブの動きはなんら変化を見せていない。
これは彼らが疲弊しているからだ。
際限の無い敵に魔力を行使した結果だ。
この状況下では誰かを守る以前に、自分の身すら満足に守れない。
レーザー光が飛び交う中を彼らは巧みにかいくぐり、キューブを叩き落していく。
数名は常にリンディの傍から離れないが、ここにも魔の手が伸びる。
「みんな、無理をしないでっ!」
リンディが自分に近い者から順にバリアを展開させた。
彼女はそう言うが、無理をしなければ死ぬ。
敵は自分たちをからかいなぶっているのだ。
劣勢を覆すには常に本気で、常に全力で当たるしかない。
キューブは言うまでも無く賛成派の手にあるが、この無表情な機械はリンディだけを狙っては来ない。
デューオの指示に間違いないのだが、彼は決定的に惨めな思いを味わわせるつもりだ。
リンディに己の無力さを叩きつけるつもりなのだ。
(・・・・・・・・・・・・)
もちろん彼女はそこに気付いているが、この状況ではどうすることもできない。
彼女が戦ってきた相手は皆、どこかで慢心していた。
シェイドにしろ、影にしろ、優位であるからこそ劣勢の者が決して抱かない油断をしていた。
デューオも例外ではない。
経験豊富な老獪でもこれだけの戦力差を見れば、やはり慢心してしまうものらしい。
これは彼のプライドがそうさせる。
この状況でいちいち万が一を想定していては、それはただの臆病者だ。
「上空の奴を狙え!」
そう叫んだ局員は数秒後、凶弾に倒れた。
リンディは両手に力を込め、さらにバリアの出力を上げた。
それに伴い有効範囲もわずかに広がる。
だが当然、広域におよぶ戦場全てはカバーできない。
中空で戦う局員たちはリンディの庇護を受けないまま、キューブと戦っている。
青い光が2度、3度閃き、魔導師が駆ける。
クロノだ。
フェイト、なのはが何らかの作戦を立てているのに気付き、彼は多くのキューブを自分に引き付けた。
速力のある彼はそう易々とキューブの攻撃を受けない。
S2Uを振りかざす姿は、年頃にしては見事な戦いぶりである。

 

 シューターを操って的確にキューブを撃ち落とすなのはは、その合間に収束をおこなった。
2度目のディバインバスター。
通用しないことは分かっている。
複数機のキューブを盾に、1度目はデューオにまで届かなかった。
今度は収束率をさらに上昇させる。
デューオに決定打を与えられればそれに越したことはないが、これは作戦の一部だ。
本命はおそらくその直後に動くであろうフェイト。
念話は使えないが、目を見ればフェイトが何を考えているのかある程度分かる。
自分にできることは――。
できるだけフェイトが作戦を遂行しやすいように、バスターの威力を高めること。
届かなくてもいい。
失敗だけはできなかった。
「ディバイン・・・・・・・」
2個のシューターを待機させたまま、なのははレイジングハートを下方に向けた。
狙いはもちろん、今もニタリと笑っているデューオ。
その視線がこちらに向けられている。
やはりバスターは万全の防備を敷いたデューオに防がれるであろう。
「バスターーーッッ!!」
収束に時間のかかるこの技は、相手に準備をする時間を与えてしまう。
射線上から移動する、防御する、そもそも発射そのものを潰す。
当たれば戦局に与える影響は大きいが、その効果を期待するには賭けの要素が強いのだ。
思ったとおり、彼の前には無数のキューブが展開された。
数は先ほどよりも多い。
なのはのバスターも完全に封じられるだけの物量だ。
放たれた桜色の光は真っ直ぐに走り、キューブを屠っていく。
その隙を逃さずフェイトが大きめの弧を描いて、デューオの側面に背後に回りこんだ。
(フェイトちゃん!)
デューオの注意を引き付けることには成功している。
後はフェイトが一瞬でも速く間合いに飛び込み、圧倒するだけだ。
黄金に輝く戦鎌を振り上げ、フェイトは――。
それを振り下ろす。
「・・・・・・ッ!?」
狙いは確かだったし、タイミングも悪くはなかった。
しかし咄嗟に振り向いたデューオはその刃を受け止めていた。
優雅に突き出した右手に薄紅色のシールドを発生させ、渾身の一撃を防ぎきっている。
「その戦術は間違ってはおらんぞ、フェイト・テスタロッサ君」
異変が起こった。
シールドと組み合っているバルディッシュの刃が溶けるように消失したのだ。
「なに・・・・・・?」
惑っている暇はなかった。
戦場に新たに補充されたキューブがフェイトを取り囲んでいる。
手に残る奇妙な感覚。
状況は最悪だった。
すばやく距離をとり、かろうじて難は逃れたものの、これで勝機はなくなった。
今の失敗でデューオはますます警戒心を強めただろう。
先ほどのような奇襲も効果は薄いと考えたほうがいい。
「ふむ、まあ、その方法しかなかろうよ」
もちろん、老獪なデューオは反対派の勝ちの目が奇襲しかないと分かっていた。
圧倒的な戦力差だ。
正攻法で敵が勝つハズがない。
となれば、とる戦術はこの場を支配しているデューオの捕獲。
それをやるならフェイト、というところまで彼は読みきっていた。

 

 急襲は失敗に終わった。
中空に離脱したフェイトは窮地の局員を援護することで、反対派の存命を図る。
多勢に無勢という構図は変わらない。
唯一、戦況を一変させられるハズだった作戦ももろくも朽ち果てた。
キューブを斬り裂きながら、フェイトの意識はまだ手に残る違和感に向けられていた。
魔力を防がれたというよりも、吸い取られたような感覚だった。
デューオ自身の防御能力も相当に高いハズだが、それとは別の――。
別の能力を持っているような気がした。
それが何かを考える余裕は今はない。
魔法にはミッド式やベルカ式があるから。
重要なのはこの危機をどう乗り越えるかだ。
「一度、ここを離れよう」
クロノは戦闘の最中、隙をついてなのは、フェイトの背後に回りこんで短く告げた。
ここでいたずらに被害を増やす必要は無い。
まずはリンディの安全を確保すること。
今回の件にデューオが絡んでいることは明白だから、後日、対策を立てることはできる。
局員の間でもすでにこの考えでまとまっているらしい。
無事に生還することで作戦の成功とする。
保守的だがこの状況では正しい判断といえた。
だが――。
「敵の一角を切り崩す。手を貸してくれ」
クロノは背中越しに告げると、その場所を指し示すように飛んだ。
まずフェイトがそれに続き、遅れてなのはが後を追う。
円環状の建造物は内部にいては四方が壁だが、上空は入り口でもあり出口でもある。
実際、リンディ救出に駆けつけた局員たちも上から侵入している。
キューブの数は依然として多いが、戦場を隙間無く覆うほどではない。
クロノの言うように、一点だけを狙えば必ずそこに穴ができる。
難しいことではない。
「行こう、レイジングハート」
包囲網に穴を開けるだけなら、なのはの得意分野である砲撃が効果的だ。
激戦ではあるが、魔力の消耗はそれほどではない。
ここにはクロノもフェイトもいる。
一時離脱の作戦、こちらは成功するだろうという安心があった。
「愚かだな。じつに愚かだ」
下では戦況を傍観しているデューオが、小さく小さく呟いた。
彼の読みはすでに次の段階。
奇襲が失敗した少数部隊の生き延びるための思考は――。
逃亡だ。
退却、後退、離脱。
言い方はいろいろあるが、行動は同じ。
窮地を逃れるために活路を開いて逃げるに違いないと。
デューオは完全に読みきっている。
だから。
連中が行動を起こす前に手を打っておいた。
地下の格納庫のシステムに指示を出し、さらに数百機のキューブを起動させてある。
それらは間もなく地上に這い出し、この建物の唯一の穴に蓋をする。
消耗している連中がそれを切り崩すことは不可能だ。
「彼らはもう少し考えてから行動すべきだったな」
始まる前から勝利している戦いに、デューオは何ひとつ不安を持っていない。
(手応えがないな・・・・・・)
デューオは笑んだ。
戦において手堅く勝利を得るには、常にイニシアティヴを握っておくことだ。
想定外のことすら想定しておいて、万全の備えを敷いておく。
あらゆる状況に対応できるように、先の先の先まで読んでおく。
空を見ていたデューオが視線を落とすと、3人の武装隊が自分を取り囲んでいることに気付く。
「あなたを捕獲します」
いち局員が高官を逮捕する場面などまずない。
デューオは嘲った。
キューブは上空の敵を殲滅するために、地上近くで展開している数が少ない。
そこを狙っての逮捕劇だったらしい。
「無駄だな、それは」
周囲に4個の光球を発生させたデューオは、それを真っ直ぐに武装隊に向けて放った。
牽制程度のこの技も、デューオにかかれば十分な威力を持った兵器に変わる。
「くぅ・・・・・・!」
速度も威力も凄まじい。
局員はかろうじてこれを防ぐが、光球の勢いは衰えない。
(・・・・・・・・・・・・)
敵3人に対し、放った光球は4個。
最後の1個は彼らの脇をすり抜け、リンディに向かっていた。

 

 防御に終始しているリンディは、膠着状態となっている戦況にイラついていた。
終わりの見える拮抗ならまだしも、敵はどう考えてもこちらを嬲っているようにしか見えない。
今はこうして局員たちの防御にあたっているが、それもいつまで持つか分からない。
(なんとかしないと・・・・・・)
思ってはいるが名案は浮かばない。
自分が朽ちるだけならまだしも、助けに来てくれた部下たち。
息子であるクロノや、フェイト、なのはまで惨めな最期を迎えさせたくはない。
(・・・・・・・・・・・・)
全ての魔力を注ぎ込めば、この建物を破壊することも不可能ではない。
が、味方を巻き込まないようにするには高い精度が要求される。
この状況で敵がそれを許してくれるとは思えない。
「・・・・・・っ!?」
突然、正面から恐ろしいほどの勢いを持った光球が飛んできた。
バリアを前面に2重に展開し、からくもそれを防ぎきる。
光球の向こうに笑っているデューオが見えた。
「・・・・・・ッ!!」
忌々しい。
賛成派であるだけならまだしも、こんな強硬策で罪もない人々を陥れるなんて。
ここで負けたら・・・・・・。
ここで負けたら全てが無になる。
敵襲をかいくぐってまで訴えた公会堂での演説も。
ひそかに反対派との連絡をとりあっていたことも。
この後に行われる投票も。
全てが無駄になり、全てが賛成派の思い通りになってしまう。
それだけは避けなければならない。
管理局が、ミッドチルダが、この世界が。
破滅に向かうことを止められるのは。
反対の声を上げている者だけだ。
「デューオ閣下」
リンディが呼んだ。
「あなたはこの先に何を目指すのですか?」
心からの問いかけだった。
こんなことをして何になる?
他人を虐げ、力で屈服させる強行の先に何が残るというのか?
「管理だよ、リンディ提督」
10数メートルの距離をおいて対峙した2人は互いに睨み合った。
「ミッドのみならず、内縁宇宙・・・さらには外縁宇宙をも含めた全ての世界を管理、統率する」
「力で押さえつけて?」
リンディには理解できなかった。
この問答は昨日もしているが、2人は飽きることなく同じことを言い合った。
「そうするしかないのは、きみもよく分かっているのではないかな?」
まただ。
この挑戦的な笑み。
デューオは空を指差して言った。
「見るがよい。彼らは今も戦っているではないか」
確かにそうだ。
だが、やむなく力を使うのと、積極的に力を使うのとでは違う。
デューオはその差異には目を背け、結果だけを議論の材料に持ってくる。
「勝つためではなく、彼らを守るためですわ」
だからリンディはそう言ってやった。
これは攻撃ではなく防御。
防御は攻撃を受けないかぎり、できない行為だ。
「それでもよいだろう。だがその方法では管理することは不可能だな」
彼は呆れたように言った。
リンディの考えは甘い。甘すぎる。
全ての人間が自分と同じ考えを持っているわけではない。
文化や思想の違いから起こる諍いは数知れない。
それを治めるにあたって、守るだの対話だのと言っていては解決はみられない。
「管理し、統率するには力が必要だが、力は持つのではなく使うものなのだよ」
「違うわ! 力は持つだけで抑止力になる。必ずしも行使する必要はないのよ!」
「では敵がそれをしたらどうする?」
「その時に限り、防備の意味で行使しますわ」
「――だろうな。だが敵の最初の攻撃で誰かが死んだらどうなる?」
「え・・・・・・?」
「きみは誰かが犠牲になるのを待ってから力を行使するのかね?」
「違います! それは――」
「それを正当防衛というが、本当に防衛するつもりなら誰ひとり犠牲者を出してはならないのではないかね?」
「・・・・・・・・・・・・」
「昨日も言ったが、それで死ぬのはきみではない。きみを信じ、慕い、ついてきた罪もない部下なのだよ」
デューオの切り口は陰湿で鋭い。
分からないのは、ここで対話をしていることだ。
リンディが反対派で貫く以上、生かしておくわけにはいかない。
ならばすぐに殺せばいいものを、彼は狩りを楽しむようにじわじわと追い詰めていく。
(・・・・・・・・・・・・)
このやり方は――。
敵対するものに存分に惨めさを味わわせ、恐怖におののかせるこのやり方は――。
誰かに似ているような気がした。
デューオの瞳孔に邪悪な光を感じたリンディ。
「分かったらさっさと降服するのだな。今ならまだ間に合う。きみの部下も全員助けよう」
彼の表情はすでに勝者のそれだ。
部下を助ける。
その言葉は信じないほうがいい、とリンディは思った。
ここまでやってきた獰猛な策士だ。
「わしは嘘はつかん。きみが我々に協力的になれば、誰も悲しまずにすむ」
「断ります!」
リンディははっきりと言った。
こえは部下を助けるためなのだと自分に言い聞かせながら。
デューオは何度か見せた呆れ顔で、
「きみは命の重みについてもう少しよく考えるべきだな」
作戦の最終段階を決行することにした。

 

 幾筋もの光が宙を飛び交い、キューブが破砕し、局員が倒れた。
戦う局員の魔力と、放出されるキューブの数。
どちらも有限だが、先に底をついたのは前者だった。
リンディを連れ、この戦場から離脱する。
安全で妥当なこの作戦は、実際に彼らが行動し始めた時には失敗していた。
どこから現れたのは3百機を超えるキューブが、上空を完全に覆ってしまっている。
銀色の天井が銃口をこちらに向けている。
これにはフェイトも戦慄した。
退路を完全に断たれている。
上も下も右も左も、あらゆるところに敵がいる。
「くそ・・・・・・ッ!!」
上空から降り注ぐレーザー砲を防ぎながら、クロノは次の策を考えた。
――ない。
活路を開こうにも、敵はすでに手を打っている。
下方ではいよいよ消耗した局員が戦闘不能に追いやられていく。
エース魔導師2人は果敢に戦っているが、疲労は相当なものであろう。
「・・・・・・フェイトちゃん、大丈夫?」
肩で息をしながら、それでもなのははフェイトを気遣う。
対するフェイトは、
「うん、平気・・・・・・って言いたいところだけど」
額に汗を浮かべて微妙な笑みを返した。
「ちょっとキツイかな」
それはなのはも同じだ。
自分を守り、誰かを守り、敵も倒す。
周囲を敵に囲まれている現状では、きわめて難しいことだ。
下では負傷した局員が無様に横たわっている。
死んではいないが、自力で立てないほどの傷を負っているのは確かだった。
見回すと、必死に抵抗している局員の数はわずか6名。
リンディを含めると、たった10人で無数のキューブを相手にしていることになる。
勝ち目はない。
諦めたくはなかったが、誰もがそう思った。
その思いが。
彼女たちの動きを鈍らせた。
「ふむ・・・・・・」
デューオは無防備な姿勢で勝負がついたことを確信した。
この状況ではもはや、自分を襲って一発逆転を狙う者もいないだろうと。
残る10名はただ自分たちを守るだけで精一杯だと。
分かっていたのだ。
デューオは小さく指を振った。
それを合図にキューブは一斉に攻撃を中断した。
「・・・・・・・・・・・・?」
なのはたちは不安げに周囲を窺う。
チャンスだとは思わなかった。
ある意味ではチャンスであるが、勝利のための、ではない。
何機かのキューブが彼らの周囲を飛び交った後、デューオの傍についた。
局員たちは顔を見合わせた。
憔悴しきった彼らは――。
キューブの誘いに従い、地上に降りた。
天井を作っているキューブはそのまま、展開しているものは彼らを不気味に注視している。
「提督、すみませんでした・・・・・・」
一番に降り立った局員がそっと呟く。
「何も言わないで」
リンディの精一杯のねぎらいだった。
クロノはそっとリンディを見た。
覚悟はしているのだが、まだ希望を失っていない顔だ。
フェイトはその場に屈み、倒れた局員の肩に手をあてた。
治療が必要だ。
ユーノにちゃんと治癒魔法のやり方を教わっていないことを彼女は悔いた。
多数のキューブを率いてデューオが一歩、こちらに踏み込んできた。
「見事な戦いぶりだった。管理局の部隊が、これほど有能なのは喜ばしいことだ」
その有能さを管理という名の支配に使え、と彼の目は暗に語っている。
「しかし残念なことにこれで終わりだ。状況を見たまえ」
彼は両手を広げて笑んだ。
もちろんキューブを周囲に置いているため、逆転は望めない。
「もう一度だけチャンスをやろう。リンディ提督、これが最後だということを認識したうえで――」
彼は顔の筋肉を弛緩させて、
「降服するのだ。我々に協力すればきみたちの身の安全は保証する。約束しよう」
最後通牒を突きつけた。
文字通り、これが最後だと言わんばかりに。
「・・・・・・・・・・・・」
”最後”が”最期”になるかはリンディの返答ひとつにかかっている。
意志を曲げ、他の9人を救うか。
意志を貫き、ここで無念の死を遂げるか。
どちらの重みも、リンディに返答を躊躇わせた。
デューオはどちらかというと気が短いほうだ。
残虐な強硬策をとる時点でその性格がハッキリと分かる。
リンディが返事をしないのを、彼はノーという答えだと受けとった。
「40年待ち続けたわしだが、これ以上は待てんな。リンディ提督、残念だが――」
デューオは再び指を振った。
瞬間、静止していたキューブが獲物を狙う猛獣のように、彼らを取り囲んだ。
「・・・・・・・・・・・・」
なのはは静かにレイジングハートを構えた。
フェイトは強くバルディッシュを握り締めた。
クロノたちもそれぞれのデバイスを携える。
最後のあがきだ。
「きみたちの事はわしの記憶の中に留めておくとしよう」
デューオは笑った。
その笑みは彼が見せた表情のどれよりも不気味で、どれよりも不吉だった。

 

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